怒りのゼン
ゼンのターン。
ちょっとだけ未来をチラ見せしてみました。
後年に伝えられるフィナール領国境付近での戦いは、「勇者の初陣」とも「英雄譚の始まり」とも伝えられるが、討伐戦に参加してた兵士達はこう語る。
あれはそんなものではなかった。あったのはただ、純粋な怒り。ゼン・カノー、並びにネリーという存在は、決して怒らせてはならないと知らしめた。
あれは戦いなどではない。そう、言ってみれば、一方的な虐殺劇。その戦果は華々しいが、事実はそのようなものではなかった、と。
命を救われた勇士の一人にして、後に帝国軍幹部にまで上り詰め、そしてその後別の主を求めた男はこう話す。
「ゼン様は、たとえこの世の全てを敵に回しても、ただ1人、敵に回してはならない。そういう存在かと思われます」
敬愛する上司にそう告げたところ、上司は満足そうに頷いた。
「当然です。ゼン様は絶対なる御方。あるいは、神そのものと言っても良いでしょう。精進するように」
男からすれば、この上司もまた、敵に回してはならない人物であるのだが、この方がゼンを裏切るなど考えられない。
たとえこの世の全てが、とは言ったものの、ゼンを裏切る存在など、余程の命知らずか、ただの阿呆か。そのようなものだ。
主や他の上司に比べれば、他の存在などただの弱者。今から戦いに赴く先も、聖獣などと言っているが、何が聖獣か。その程度、上司らや普段戦っている相手と比較にすらなるまい。
カルローゼ王国の元近衛である女性騎士は、あの戦いが如何なるものであったかを上司に話した。
「ゼン様も大層恐ろしかったものですが、ネリー様も恐ろしかったです。死を通り越した気がしましたよ」
「へえ、そうだったんだ。ぼくはまだ一緒にいなかったし、わからないけど、わからなくもないね」
上司が新参というわけではない。ただあの場所にはいなかった、というだけだ。
この上司がネリーと出会ったのは、学園時代と聞いている。
「我々を完全に縛り付けるほどのものでしたから……といっても、最近はあまりそのようなことはなされませんね」
「ネリー姉さまはちょっと強引だけど、うん、そういうことはしな……いや、そうだったかな?あれ、ちょっと言いにくいかも」
上司はネリーに頭が上がらない。ずっと昔からそうらしい。実力は確かな上司だが、他の上司と比べると、少しばかり弱気な性格にある。格付け的にはネリーと同じなのだというのに。
誰がどれだけ立場が変わろうと、ゼンの右腕はネリー、というのは暗黙の了解だ。今も昔も、その認識はずっと変わらない。
ちなみにゼンは、あの後何があったのかとネリーに聞いたのだが、あまり明確な回答は帰ってこなかった。返ってきたのは端的な事実だけ。
実際に何が起きたかは、両親から聞いている。ここまで行き着いたのだから、必要なプロセスだったのだろうと割り切った過去ではある。
少しばかりネリーを強くしすぎただろうかと僅かに悩んだが、これもまた結果として正しかった、と思っている。
結局のところ、ネリーがあの時何を思ったのか、ということは、ネリーにしか分からない。そしてネリーも決して誰かに話すことはしなかった。フランには何となく気持ちが理解出来たらしい。
こうして世界の運命を変えた一戦は、後年に語り継がれる。記録には残らない形で、記憶が奏でる一つの戦い。
吟遊詩人は詠う。勇者ゼン・カノーが誕生したのはこの戦いではない、だがここから物語は動き出したのだ、と。
◆◆◆
大体の位置取りは掴んだ。巣に向かって、左翼から帝国軍が突出して、王国軍が右翼に位置取りしてる感じか。
召喚魔術を行使して[鷹]を数体呼び、【思考対話】で視界をリンク。上空から見える光景を共有化。
【思考対話】の仕様は会話出来るというだけではない、こういう使い方もある。実に便利だ。リリーナには誤魔化して使っているが、ネリーには仕様を教えてある。両親にも使用済だ。
この戦場にやって来てまず行ったことがこれだ。到達間近になった時点で[鷹]は飛ばしてある。周囲に近づく魔物は少ない。
何もせず一直線にここまで来たわけじゃない。<災害級>に合流しそうな手近な魔物は、途中であらかた片付けてきた。完全ではないにしろ、ネリーがやっていたことがこれだ。巣で増えるのは仕方ないが、増援は防ぐ。
全て準備完了、とまでは行かないが、考えうるイレギュラーは潰しておくに限る。もう一度言うが、ただの八つ当たりではなかった、というわけだ。
今から見せる力は、「人の理解に及ぶ範囲」で、分かりやすい力。単純な武力。強さとは何か、一つの答え。
俺が持つスキルを全て使うわけじゃない。その気になれば【大魔鬼化】して【精霊魔法】を使えばこの一帯が消し炭にする程度、楽勝だ。両軍もぶっ飛ぶ可能性大だからやらないが。
今回は人知の及ぶ範囲で俺の力を見せ付ける。例えば、魔術。
元々隠しているものではない。俺が使えるのは魔法じゃなくて、魔術。だが、出る結果は同じ。今回のテーマは、あくまで分かりやすい、ということ。
一度首だけ振り返り、告げる。
「お前ら、そこから動くな。動いたら死ぬぞ?」
使っている【威圧】は解かない。動かれるとまた乱戦が始まる。別に人類種まで倒そうってワケじゃない。
俺の視界の前には人類種はただ1人。ネリーが単身で魔物を蹴散らしている。射線には入らないように、俺から見て左側で戦闘中だ。
指示通り帝国軍の撤退を援護するために、あくまで迎え撃つ姿勢だ。それでいい。今回は俺に任せておけ。
ネリーも相当溜まっているのは分かっているが、今回は俺が目立つ必要がある。俺も相当イラついているんだ。すまんネリー。
5つの原始魔術を行使する。【天上書庫】を利用した、[火矢]を始めとする、5種類の[矢]。一つ一つの出力は、A級魔物など、当たればそれで致命傷。
その術式を展開させる。その数、総計50式。術式としてはもっと複雑だ。目標は魔物の群れに向けて、適当な「場所」にセットする。
そしてそれらの術式をループさせる。これで簡易自動砲台の出来上がりだ。ついでに「可視化」させておく。こうすれば、分かりやすいだろ?
魔術式が俺の左右を固めるように展開する。高さと左右をランダムに配置させたその術式は、長さ200メートルはあろうかという、要塞の砲台そのもの。
いつか母さんに語った、ごくシンプルな面制圧の方法。これと同じことが出来るのは、この地上では俺1人。あるいはアクイリック全体でもそうかもしれない。
上手いこと魔物も群れを固めている。群れに対してはこれで十分だが、俺はこれで済ませるつもりは、全くない。
「行くぞ。[矢雨]」
名前は適当に今付けた。我ながら適当なネーミングに苦笑する。
本来告げる必要など全くない。あくまで周囲が分かりやすいように、「俺の魔法」を見せ付けるだけのこと。無駄に手を振り下ろして見せる。
展開させた術式を発動させると同時に、人型ほどの巨大な槍のような、赤の矢、青の矢、緑の矢、黄の矢、金の矢が間断なく魔物の群れに降り注ぐ。
当たる当たらないはさほど関係ない、元々それほど狙っているわけじゃないし。あくまで面制圧が目的。当たれば死ぬだろうがな。
勝手に【魔素吸収】も起動しているようだ、魔力量が減ってる気がしない。つっても今の魔力量じゃ回復しなくても問題ない。消費量は分速5000程度だろう。既に7桁ある魔力量にとっては、大したことじゃない。
あるいは召喚魔術まで使おうかと思ったが、それはやめておく。今回は「俺の力」を見せ付ける。
召喚魔術だって俺の魔術の一つではある、しかし見た目では魔物との違いが良く分からないだろう。あるいは魔物を使役出来るという再アピールになるかもしれないが、混乱を広げすぎるのも考え物だ。
既に[鷹]は使っているが、これは偵察用。空中から攻撃するのであれば、[大鳥獣]くらい呼んでいる。もっと格上もいるが、空を飛ぶ種類ではかなり強力な召喚獣。偵察にはサイズがデカすぎるので、今回は[鷹]に留めた。
今にして思えば、カルロのおっさんに脅しが足りなかっただろうか?いや、カルロはカルロなりに努力した、ということにしておこう。少なくとも今までアプローチはかけてこなかったわけだしな。
5種類の矢が、もはや槍なのだが、その50本がランダムに撃ち出される。狙いは「場所」で指定してあるので、着弾地点にバラつきはある。
だが問題ない。俺が張ったのは、一種の「弾幕」。【威圧】が効いてそう簡単に近づいてこないにしろ、魔物の動きを封じるためのもの。
数秒から十数秒ごとに撃ち出される。起動式をいじり、間隔を適度にズラした。魔物も知恵なしというわけではない、この程度の細工はした方がいい。
指定した「場所」は一つの術式につき、半径10メートルほどの円。群れに合わせて指定したが、制圧には十分だろう。これを50式、用意したのだから。
固定砲台でありながら角度を選ばぬ、衛星砲台と呼べるそれは、確実に魔物を減らす。仕留める数の多少は気にしない、他から見えればそれで十分。
完全に自動砲台化した術式を放置して、自分も弓を取り出す。こちらは精密に狙う。
つがえた矢の数は、1射につき5本。10本程度撃つことも可能だが、少し距離がある。5本に留めて確実に仕留める。
矢筒をもっと大きく作るんだったかな。取り出した矢筒を足元に転がす。数本、矢筒から飛び出した。
1射、1射と丁寧に。正確に射る。狙う的はいくらでもある、的がある限り、この場で撃つ。
放った矢は属性矢。ただの矢ではなく、当たれば仕込んである魔術が発動する。そのほとんどは、[爆発]だ。刺さった相手は周りを巻き込んで爆死する。
俺はいくらでも同時に魔術行使出来る。[遠目]と[看破]も使い、更には[鷹]との視界共有も常時行っている。
普通ならこんな情報量を整理するのは不可能だろうが、キレてる俺は、冷静なようだ。問題なく「平行思考」が行えているらしい。便利すぎるぞ【天上書庫】。
多重視界を前にしても、混乱することはない。探しているのはただ1体。恐らくは、この<災害級>の長。それは[看破]でしか見つけられないもの。
[看破]は弱点を見抜くだけではない。不可視のものを見抜く性質もある。今回の長は、そういう類のものだと当たりを付けている。
気がつけば自動化した術式も、随分と魔物を倒したらしい。視界に映るのは魔物の大量の死骸。恐らく数百は屠っただろう、数がもっといれば、もっと屠れたんだがな。
わざわざ後ろは見ない。視線は感じられるので、完全に撤退した、ということは無いだろう。ネリーの方も大分片付いたようだ。
俺が放った矢の先にあるのは、無数の爆発跡。素材については今回はどうでもいいか。この矢を使った時から、いや、術式砲台を使った時点で諦めている。
今回用意した弾丸と矢は、約2000発、約2000本。既に40射は放ったから、一射に5本、使ったのは200本くらいか。
既にマガジンはちょっと消費済みだ。途中の雑魚に4マガジン、80発くらい使った。使うと決めると、あっさり消費するものだな。
と、そんなことを考えたその時に、[看破]が引っかかった。探していた不可視対象が見つかった。隠れているのは、2体。
1体は紛れもなく群れの長。ホウセンにして「上級でも厄介だが、強さは並」としたそれは、「インビジサウルス」という、【隠蔽】を常時使った「恐竜」。
サイのような巨体を更に膨れ上がらせた、トリケラトプスってこんな感じ?という正に恐竜と言える存在なのだが、問題はその姿を見せることがほとんどない、という点にある。
無色無臭、しかしそこにいる、という恐怖感は生半可なものではない。俺も神界で戦ったときには苦労したものだ。見えない相手、しかもデカい、硬い、どうやって戦えばいいのかと神界では半泣きで戦った。
恐らくこれは、<厄災級>だ。しかも相当に厄介な。俺の想定もややズレていたようだ、1ランク下の「カメレオンリザード」辺りかと思っていたのだが。いや、元々はそうだったのかもしれない。進化してこうなったという可能性は高い。
だが取り得る手段はいくらでもある。特に今の俺には、この程度の魔物、相手にもならん。1分あればケリがつく。
念のために[看破]は起動し続ける。インビジサウルスを確定させたとはいえ、他に不可視の対象がいないとも限らない。ともかく、見つけた。
一本の特殊矢を取り出し、つがえる。かなり強引に引いている。距離は目測およそ2キロ。
[遠目]だからこそ見えるものの、通常視力では相当小さく見えるだろう。[看破]なしではそもそも見えないが。
サイより遥かにビッグサイズだというのに、インビジサウルスの動きはなかなかに俊敏だ。ついでに矢の一本で倒せる相手でもないが、これは「目印」だ。
体格に合わない弓の弦を引き絞る。この距離を届かせるとなれば、それ相応のサイズが必要だ。当然、弦も相応に硬い。鋼製の糸よりも硬いのだから、弦で魔物を斬ることすら可能だ。
恐らく人類種でこの弓を引ける人物は、せいぜい父さんくらいなものではないだろうか。父さんも十分に引けているとは言い難い。ネリーなら使えるだろう。体格的にも俺より合うかもしれない。
【一騎当千】は使うまでも無い。十分引いたと思い、放つ。大気を切り裂き、放った矢は、正確にインビジサウルスの眉間を貫いた。頭を抜いたが、たかが一本の矢で死ぬような相手ではない。
そして、インビジサウルスがその姿を現す。あの矢は[看破]を仕込んだ特殊製。これを食らえば全体像がはっきりする。
そもそも矢の部分まで【隠蔽】出来るはずもなく、そこに何かいるというのは一目瞭然だが、全体像が見えないと戦いづらい。これがネリーに伝えておいた、「目印」。
これで<厄災>の長は特定し、姿を見せた。周囲にいる魔物も数を相当減らしている。
だが一つ問題が出てきた。[看破]で見破ったもう1体。それがどうも「人」であるようだ。少なくとも魔物ではない。
あの場所に居たのだし、[看破]で姿を見つけたということは、【隠蔽】持ち、あるには似た何かを所持していることは確かだろう。魔法かもしれない。
何故そんなところにいる?そこで何をしていた?何かを待っているのか?
単純に倒すというのは、易い。だが何をしていたか聞き出す必要がある。勘などではない、単純に怪しすぎる。【完全解析】が可能なほど全体は見えていない。
敵か、味方かという判断で言えば、「敵」という可能性は高い。冒険者ギルド辺りから派遣された要員、という可能性もあるにはあるのだが。
少なくとも探している範囲では、他に[看破]で引っかかる相手はいない。そろそろ頃合と見ていいだろう。
いずれにせよこの距離からインビジサウルスを弓矢で倒しきれるとは思っていない。ここからは、切り込む。弓と矢筒を[空間箱]に戻し、長刀とブロックガンを取り出す。
(ネリー、目印は付けた。アレが長らしい。見えるな?)
(承知。確認できました。切り込まれるのですね?)
(直接倒す。この場は任せたぞ)
(承りました。ですが、ご注意を。何か嫌な予感がします)
(俺もそう思う。何か異常があれば、頼んだぞ)
ネリーの嫌な予感、というのは的中率がとんでもなく高い。恐らく、人らしきアレが何かしてくる可能性、といったところか。
当然俺も警戒しているが、このまま遠距離戦で、というわけにもいかないだろう。備えを万全にするべく、[硬化]をかけて、腰に刀、懐に短剣、鎧に鉄線を仕込み、手からワイヤーを放てるようにしておく。
左腕には先端に丸い鉄を取り付けた単純な鉄線。右腕には先端に玉鋼の刃を取り付けた玉鋼製の鉄線。鉄線自体も殺傷力はあるが、鉄で作った方はあくまで捕獲用。玉鋼で作った方は、捕獲にしては切れ味がありすぎる、本当に「暗器」としての武器。
俺は左手にブロックガン、右手に長刀を持ち、言葉を告げて、駆け出した。あらかた近くに居る魔物は倒した。自動砲台化していた原始魔術を一度解除する。
「群れの長はインビジサウルス。死にたくなければ、ついてくるな」
◆◆◆
夢か現実か、もちろん現実だ。その場に残った者達は、確信している。これほどの威圧感、夢であろうはずがない。
【威圧】を受けて正常だったのは、僅か数十名。正常と言っても、大半は恐れおののき、ただ事態を見守ることしか出来なかった。
比較的冷静だったのは、当然両親であるゾークとシャレット。
この両親にしても、これほど強烈な【威圧】を受けたことはないし、大規模というには次元が違うゼンの魔術を見て、完全に平静だったとは言い難い。弓術についても、だ。
「ゼンの奴、冷静にキレてやがる。何すっかわかんねえ。言うとおりにした方がいいぜ、兄ちゃん」
そうイアンに告げるゾークだが、身体中汗だらけだ。無論疲労によるものではない、【威圧】による精神的なプレッシャーで溢れ出た脂汗だ。
インビジサウルスという個体名も聞こえた。伝説の<厄災級>であり、見たことも戦ったこともないが、一国の軍隊を総動員しても勝てる相手ではないとされている。
既にゼン以外から遠くに強力な威圧感を持つ個体がいるのも確認した。いずれにしても王国軍の兵士が勝てる相手ではない。
ゾークとしては、シャレットと2人ならまず勝てるだろうと思う。ネリーまで含めれば、必勝。
「い、い、いン、インビジサウルスあ、相手に、ひ、とりで、戦う、と」
イアンは正常にしろ、ゼンの【威圧】をまともに受けられるほど精神力は高くない。だがそれでも王族の意地か、何とか言葉を捻り出す。
幸いと言うべきか、ゼンは既に魔物の群れをほぼ掃討し、距離を離しつつある。少しずつ【威圧】の圧力が減っていく。だがしかし、今までの光景。そして今見ている光景。どちらも信じ難い。
駆け出したゼンの動きもまた、尋常ではない。速度で言えばゾークのそれより遅い。ゼンは人に見える程度の速度で走っている。走りながら、片手で何かを撃ち出しては、片手で何かの長物を振り、魔物を屠る。
その光景はもはや「殲滅戦」と言わんばかり。この地に残る魔物は全て殺すという明確な殺意。1体ずつ、確実に。見たこともない武器を両手にしつつ、長い刃で断ち切っては、撃ち出す。
だがそれより、何と言った?インビジサウルスと言わなかったか?カルローゼ王国建国後、最大の危機となった、あの<厄災級>を相手に?1人で?無謀だ。と言い切れない自分にイアンは気付く。
「落ち着けや兄ちゃん。嬢ちゃんは大丈夫か?」
「えっ、えっとー、大丈夫、ゾーク父さま」
ゾークはいつの間にか近くまで寄ってきていたリリーナを咎めることはしない。 あらかた魔物は片付いた。ならば自分の近くに来た判断は正しい。
どうもそれより前から居たような気がするが、護衛役に付いてきた、ということにした。
それにしても、リリーナは動揺こそすれ、【威圧】が効いている様子が無い。大した嬢ちゃんだとゾークは2段階、リリーナの評価を引き上げた。何気に「父さま」が気に入ったところは置いておく。
リリーナが兄に対して治癒魔法の[沈静]を詠唱すると、イアンはかなり落ち着きを取り戻してきた。彼女は治癒魔法について言えば、年齢以上のものを使える。
「ありがとうリリーナ。もう、大丈夫だ。して、あの少女、インビジサウルス、と言わなかったか?」
幾分平静を取り戻したイアンが、少しばかり現実逃避した問いを行う。
「少女?何言ってるの?言ってたじゃない、「ゼン・カノー」って。あの人が私の未来の旦那様だよ」
呆れたように返答するリリーナの言葉を聞き、反芻する。そうだった、彼は確かに名乗った。
「ああ、うん?ああ、そうだった。そうか、彼が、ゼン・カノー殿か。そうか……」
リリーナから突きつけられた現実は、イアンに王国の「失策」を気付かせた。後手に回った王国だが、最大の失策は、これだ。
馬鹿なことをした。あんな怪物相手に「大人しくしておけ」などと言ってはいけなかった。フィナール卿に伝えた伝言は、確実にゼンを怒らせた。だからこそ彼はここにやって来たのだ。己の力を理解させるために。
イアンはある一点において、王族の誰よりも頭が回る。元来大人しい性格だからこそ、人物の「逆鱗」がどこにあるか、理解が早い。
王国はゼンを侮った。頭だけはいい先祖返りの変わり者、などという評価は断じて否。辺境に住む、ステータスだけはいいらしい、先祖返りの自由人の子供、などという評価は噴飯物。あれは怪物などという言葉では足りない。
ここに来て父である国王ソルは、ある意味慧眼であったと思う。だが、方法を間違えた。王国領内にいるから。王族だから。貴族だから。そんなものは、彼には全く関係ないのだ。
彼は確かに言った。「舐めてるだろ?」と。そう、確かに王国はゼン・カノーを侮った。恐らくは、帝国も。
イアンは何とか己を叱咤し、どうするか、と考えた。
このまま軍をここに留め、自分はゾークと共にゼンの後を追う。ベストではないが、これ以外ないだろう。兵士は連れて行くだけ無駄というのは、イアンでも分かる。A級魔物の前でもほとんど動けなかった、<厄災級>となれば、それどころではないだろう。
そもそも動ける兵士の方が少ない。前線に位置した兵士は多くが気を失っている。後方でも恐怖の表情を張り付かせ、固まってしまっている。当然だと思い、そこを咎めるようなことはしない。
2人でというのも、ゼンの注意を無視することになるかもしれない、だがここで放り出すというわけにもいかないのだ。王族としての、残り僅かなプライドが、そこにはあった。
そこまで考えたところで、帝国軍に動きがあった。100名少々という人数だが、ゼンの後を追い出したのだ。
「何を考えているのだ帝国は!」
やむを得ずイアンもまた、「付いてこれるものは付いて来い!」と声を張り上げて、進む。
前線から数十人、後方から数十人が駆け出す。この時、後方からやって来た者の存在には、誰も気付けていなかった。
この時点でゾークは王国を見限った。イアンという男は、まずまずの評価を与えられる存在だったのだが、ゼンの忠告を無視した。キレたゼンに歯向かってはならないというのに。何が理由かは不明だが、今回の怒りは尋常ではない。
ゾークはイアンがゼンに何を告げたかは知らない。
だがゾークは知っている。ゼンが普段見せる実力は、その片鱗に過ぎないものだと。そしてまた、今見せた力も恐らくは全力ではないと。ゼンは確実に怒っている。その怒気ははっきりと伝わった。それがこの結果。
後はせめて、リリーナを守るという依頼を果たすべく、リリーナを遠ざけようとしたのだが、それも失敗した。
「ゼン様のかっこいいところを見たいの!お願い、ゾーク父さま!」
「……あー、まあ、死にはしないだろ」
思いのほか、リリーナを気に入ってしまったようだ。それにある意味ゼンの傍というのはある意味最も安全とも言える、と正当化した。
金髪幼女から父さまと言われるシチュエーションに、少々酔ってしまったゾークである。
フランはシャレットに背負われて、ゼンを見守っていた。魔力切れではもう戦えない。回復力も高いフランにしても、例外ではない。片手に短剣を持つのが精一杯だ。
しかし、その表情は畏怖するものではなく、その感情は恐怖と全く逆方向。ゼンの繰り出す凄まじい魔術と、人外の極みにある弓術に酔いしれていた。フランは正しく、恍惚していた。歓喜に震えていた。
繰り出した魔術は、自分でも使えるもの。だが、スケールが違いすぎる。次元が違うにしろ、それすらも温い評価。まさか魔術をあれほど同時に使い、そして行使し続けるなど、誰が出来ようか。間断なく発射される「槍」は魔物を駆逐し続けるのみ。
そして行使を続けながら、強弓、というものには足りぬ。言わば、神弓、と言えるほどの正確な、それでいて強烈な射撃。一射で五本。魔法でもどうか、という距離をまるで苦にせずに。矢が刺さった相手は、全て爆ぜた。なんという威力。
ゼンの参戦から、僅か5分足らずの圧勝劇。ゾークもシャレットも強い。ネリーは更に強い。だがゼンは強いという語彙では足りない。圧倒的な存在。絶対強者として降臨した、天下無双。正しくこの世の頂にある最強の男。
このような男に誰が勝てるというのか。帝国軍全軍を以てしても一太刀すら浴びせられない。王国軍と結んだところで、両国ごと駆逐される未来すら見える。勝負にすらならない。
フランの評価は、極めて正しい。ゼンがそのようなことをするかどうかはさておき。
「やはりゼンは、英雄というには少々足りぬのだ。そうは思わぬか?シャレット母上」
「英雄ね。まあ、間違いでは、ないと思うけれど」
一言告げてから、ゼンは魔物の殲滅に入った。シャレットはその光景を見ながら、この場はゼンに任せるべきだと判断した。
「面制圧」とはこうするのだ、と実践して見せたゼンを見て、シャレットは【威圧】を受けながら、僅かな恐怖をゼンから感じてしまった。
シャレットは思わず唇を噛んだ。今自分は何を思った?我が息子がその力をこちらに向けることなどないというのに。
それに対して、フランは「英雄では足りない」と大絶賛してみせた。母親としては、むしろ誇るべきことなのだ。我が子はこれほどまでに強いのだと。
この娘はゼンに対して好意、というには足りないほどの好感情を持っている。それが自分を「義母」と呼ばせるのだろう。もう既にこの娘は、ゼンに嫁ぐと決めている。帝国の使者もそう言っていた。
聞こえた群れの主の名はインビジサウルス。<厄災級>で、カルローゼ王国の危機に陥った歴史も知っている。しかし、ゼンは苦もなく処理してしまうだろう。故に援軍など必要ない。あとは己の仕事を完遂すればよい。
だがしかし、気になることがある。何故ゼンはあれほど怒っていたのか。自分がいないところで、何が起きたというのか。ずっと見えていたわけだはないが、ゼンは確かに笑っていた。あの笑顔は、見たことがある。ゼンの怒りの笑顔だ。
ゼンは滅多なことで本気で怒りはしない。そう、あれはユーリが思わず、「住んでる人なんて、税を払うだけじゃないですかー」と為政者にあるまじき発言をゼンの前で呟いてしまった時のこと。ゼンは静かに笑い、「今、何つった?もっかい言ってみ?」と静かに詰め寄った。
その笑顔は、凄まじく怖かった。優しい、というわけではないにしろ、普段本気で怒ることはない人物が、怒るというのは、とても恐ろしい。
凄惨な微笑みを浮かべてユーリに詰め寄ったゼンは、静かに追求を続け、最終的にはユーリが泣いて土下座して謝ったが、ゼンは反省文を100枚分書いて来いと告げた。「二度とそんな発言は許さない。次はない」と、冷酷な笑顔のままで。
あるいは今回、最初から怒っていたのかもしれない。<災害級>が発生しているにも関わらず、温い対応をしたとはシャレットも思っていることだ。だがシャレットもまた、帝国がゼンに直前に告げた内容を知らない。
そしてバルドである。彼は4度、命を救われた。誇りなどというものは、既にズタズタだ。狂気を宿らせ、恐怖に震え、そして今、彼の心境はいかなるものか。
一度はフランの援護を受けて、撤退する殿を引き受けてもらったこと。
次にゼンの従者であるネリーに間一髪で命の危機を救ってもらったこと。
更にそのままネリーが殿を務め、瀕死の帝国軍に向かう魔物を撃退してくれたこと。
そして最後に、ゼンが圧倒的、という言葉では足りないほど魔物の群れを完全に駆逐してくれたこと。
バルドは恐慌状態になる寸前まで来ていたのだが、それらの助力を受け、己の命は繋がった。それが彼の劣等感をこれ以上無く刺激させた。
無謀な策、無様な結果。何一つ功績を挙げられることなく、このままでは「無能」の謗りを受けることは確実。
更にゼンが見せた、理解不能なまでの、人知を超えた一方的な虐殺劇。あれにフランが嫁げば、次の帝位は確実にゼンになる。
もはや普通の手段では、自分が帝位に就くことは不可能だ。A級魔物ですらまともに戦えたのは精兵中の精兵とフラン、シャレットのみ。この戦力で更に「インビジサウルス」という<厄災級>と戦う?無謀を通り過ぎて、ただの無駄死にだ。
ならば、最後の手段を使うしかあるまい。何とか平静を取り戻して、告げる。本当に平静だったのかは、極めて怪しい。
振り返ることは結局なかったのだが、どうして彼はそこまで帝位に拘ったのか。何がそこまで彼を追い込んだのか。結局誰にも分からない。
「シャレット殿、フランを連れて、共に来い。私は動ける兵を連れて、ゼン殿を追う」
当然、シャレットやフランから諫止されたが、聞く耳を持たない。
もうこれしかないのだ。自分が帝位を確実にするには。
「動ける者は聞け、我らはこれより修羅となりて、ゼン・カノーを追う!後方に残っている者も一部付いて参れ!」
この時点でシャレットも帝国を見限った。フランも戦える状態にないと言うのに。もはや護衛依頼などどうでもいいということか。
バルドが狂っているのは明白。誰が共に行くものかと思ったのだが、シャレット本人はまだ戦える。
フランを背負うのは多少ハンデになるが、今のステータスなら問題は無い。何よりフランは自分を義母として慕ってくれている。
「妾としても、戦うつもりは無いのだ。本来ならば兄上の言うことなど、最早聞くべきではないことは分かっておる。だが、ゼンの晴れ姿を見たいのだ。頼むシャレット母上」
こうまで言われては、シャレットも覚悟を決める。ゼンだけではなく、フランは自分も頼りにしてくれている。
ならば期待に応えなければならない、そう決めた。バルドの不自然な言葉には、気付けなかった。
一方的な虐殺を行っていたのはゼンだけではない、ネリーもまた、ゼンには及ばずとも存在感を示していた。【威圧】に加え、現実離れした行為を見せるゼンの姿を直視出来ず、ネリーを見ていた者も存在したのだ。
さりとて彼女もまた、まともに見られたものではない。迎撃に務めた彼女だが、襲ってきた魔物を「全て」駆逐した。1体残らず、帝国軍に近寄らせることを許さずに。
その光景たるや、魔物といえど無惨なもので、その場で吐く者も次々と現れた。ネリーは無表情でただひたすらに、拳で、足で、篭手で、膝で、肘で、脛で、指で、頭で、力任せに、体の部位全てを使い、魔物を撲殺し続けた。魔物の血に塗れたその姿は、悪鬼羅刹もかくや。
羅刹は美しさをそのままに、凄惨に魔物を迎え撃ち、魔物を追い、全てを確実に屠った。まともな魔物の死体などありはしない。ゼンの攻撃で死んだ魔物も、似たようなものなのだが、遠目からでは分からない。
無表情に淡々と、ただ仕事をこなすかのように、魔物を確実に屠る羅刹の美女。
凄絶な笑みのままに、さも簡単そうに、人外の魔法を繰り出し魔物を屠る、怪物の美少女。
両者の表情を垣間見える位置にいた者は後に語る。姿形は両者ともに確かに麗しい。だが、麗しいのは外見だけ。中身は化け物そのものだと。
そのネリーなのだが、主の命令通り、帝国軍を守るという業務は果たした。次に受けた命令は、「この場は任せた」というもの。
ここにきて彼女は僅かに苦笑した。「魔物など全てゼン様が倒されてしまったではありませんか」、そう内心呟いた。自分の事は棚に上げて。
ある程度の不満は晴れた。主の実力を見せ付けることが出来たし、自分もそれなりにストレス発散が出来たようだ。一つ息を吐く。
残る魔物は巣の中心にいる百足らず、A級もそれなりに残っている。群れの長は相手は<厄災級>だという。だが主ならば全く関係あるまい。恐らく数分あれば全て始末してしまうだろう。
最近ようやく自分の強さというのがどの程度のものか、ある程度客観的に見ることが出来るようになってきた。どうにも主の呼ぶ[三頭犬]は本当に伝承の野獣であるようだ。
冒険者ギルドの依頼で討伐したA級魔物など歯牙にもかけない強さだ、それを圧倒出来る自分は確かに強者なのだろうと考える。
それでも、こうして主と戦場に立つと、自分の実力など、まだ足元にも及ばないと思う。遠目に垣間見えた<厄災級>は彼女にとって、何の脅威にも見えなかった。
だからこそ気になる。この胸騒ぎは何なのか。主は言っていた、この際敵というのは、魔物だけではない、と。
主なら不覚を取ることは考えられない。危害が主に向けられたものならば、という前提付きになるにしても。それでも何かが起こる、そう予感していた。
そしてネリーは気付き、毛という毛を逆立てそうになるほど、怒りを覚えた。両国軍が主の忠告を無視して巣へ突撃を敢行している様を見て、殺意を覚えた。
これ以上主の邪魔をするというのか。弱者が何をしようというのか。愚かにも程がある。愚物、愚鈍、愚の骨頂。
付き合いきれない、そう思った。庇う必要など全く無い。何をしようがもう知らない。勝手に死ねばいい。主も今回は見限るのではないか。そう思った。
だが、ゾークとシャレットのこともある。これは「異常」でもある。語る言葉など持たないが、自分も向かわねばならないだろう。主の意向は絶対だ。思わずネリーは呟く。
「もしゼン様に、何かあれば、殺す」
自分でも驚くほど、無感情に、冷たい声が出た。
◆◆◆
笑みが薄らいできたことに気がついた。やっぱり相当キレてたんだな。
ブロックガンを軽く振り、空になったマガジンを[空間箱]に直接落とし、片手で新しいマガジンを装填する。これで7マガジン目。
グリップ部分にカートリッジを仕込む、オートマチック式の銃だが、2つのマガジンが装填できる大型拳銃だ。弾丸のサイズが少々控えめだからこそ、そんな仕様に出来た。
精霊体だった頃は片手でも持てたが、この体では片手使用は割としんどい。手のサイズ的な意味で。使えんことはないけども。
メイン・サブの両方に長距離射撃用のものを装填しておいたが、もういいだろう。炸裂弾仕様のマガジンに切り替える。
随分と長刀も魔物の血糊で塗れた。軽く振り、血を落とす。こんなことで欠けたり錆びたりする柔な強度はしていない、まだこの長刀では50体そこそこしか狩ってない。ただでさえ滑りやすい刃をしているのだから、確実に斬れるようにしておく。
走りながら、少しばかり思う。やりすぎたかもしれん。
それに体が少しおかしい気がする。肉体に負担がかからない程度にしてたつもりだったんだが、何があった?取り立てて支障はなさそうだが。
まあええわ。これが切っ掛けで王国を追われようと、帝国に追われようと、どうでもいい。どうにかする。
俺も色々考えすぎたんかな?段階はキッチリ踏むつもりでおったけど、どうも配慮に欠けたらしい。やっておきたいことはやれたかなとは思う。
王国での日々はそんなに悪いことばかりでもなかった。7割程度はイストランド郡でやることは終えているし、あとはユーリがどうにかするはずだ。
ギースもまずまず信頼出来る領主になったと思うし、有用な知識や技術を無碍にするようなことはないやろ。
これが終わったら、まず帝国と話してみるか。あまりにも使者と指揮官に温度差がありすぎた。指揮官は帝国の第一席らしいから、帝位絡みで俺に文句を言いたいところがあったんじゃないか?
帝国の武力は欲しいが、諍いの種までは必要ない。それを押し付けるようなら、フランには悪いが、断固として拒否する。そうなると帝国入りもナシやな。
王国は話す価値があんまりないかもしれん。すぐにどうこう、ってのは考えてないけど、ユーリには一応ケースによっては、ギースに付くように伝えてある。
流石にそこまでやることはないと思うが、イストランド郡はもはや無視出来る地帯ではないはずだ。白目剥いて倒れたギースには手紙を仕込んできた。簡潔な文章だが、あいつは頭は悪くない。内容については意図に気付くやろ、多分。
さて、見える魔物は全部仕留めてきた。既にインビジサウルスは射程圏内。まだ100メートルはあるが、先に仕掛ける。
まだ動く気配を見せない【隠蔽】中の存在は気になるが、巻き込むわけにもいかない。だがしかし、そこは邪魔だ。よりによってインビジサウルスのすぐ背後にいやがる。
「そこに居るお前。死にたければそこに居ろ。死にたくなければ逃げろ。10秒待ってやる。動きがなければ、殺す」
伝わったはずだが、動きは無い。ふーん。そうか、死にたいか。【威圧】にビビって動けないってんならしゃーないけど、そんな感じはしない。
更に近づいたところで、[遠目]と[看破]により全身が確認出来た。【完全解析】を使用する。どうやら「アンヌ」という女性のSクラス冒険者らしい、竜人族か。でもなんかおかしいな。
過去まで探ろうとして、ノイズが走った。記憶が見えない、というのはどういうことだ?状態に「呪い」とあるが、これか?しかし呪いなどという状態異常は知らんなぁ。
ここに来て未知の魔法と遭遇、ってことでいいのかな。それとも魔法じゃなくて別の……まあ、作為的なものには違いない。推測だが、「呪い」たる状態異常により、記憶が封印されているんだろう。何とも用意周到なこった。
そういえばリリーナには【解呪魔法】とかいう見たことない汎用能力があった気がする。リリーナなら解けるか?
「ガルオォォォン!!」
おっと、やっとのこさこっちに気がついたか?インビジサウルスがこちらに向けて威嚇してきた。恐竜だけあって、なかなか気配に鈍かったりするんだよなこいつ。それでいて気がつくと身が軽かったりするんだが。
「もしかしたらまだ自分が【隠蔽】しているとでも思ったか?お前眉間に矢ァ刺さってんぞ?」
思ったことが口に出てしまった。まあいいや。インビジサウルスもこちらに突貫してきた。
それではこちらもということで両者激突、とはならず。一刀の元に斬り捨てよう、と見せかけて、本命はこちら。
その巨体は10メートルはあろうかという恐竜の足元を抜け、更に前進。そこからアンヌに向けて左手を放つ。何をしようとしているかは不明だが、分からない相手を先に潰す。
「なっ!?」
「馬鹿が。死にたくなければ逃げろっつっただろうが」
ワイヤーは目を凝らしてなければそう見えるものでもない。戦闘態勢は取っていたようだが、鉄線はアンヌの体にキッチリ届いた。
両腕を拘束しようと思ったが、残念ながら右腕と体を結ばせるに留まった。だが、十分。
「聞きたいことがある。そのまま寝てろ」
竜人族は強い。皮膚が硬く、生半可な攻撃はなかなか通さない。だが共通した弱点を持っている。それは「雷」に弱いということ。
だからここで使うのは、【精霊魔法】。決して電導性が高い成分ではないが、鉄線でも肌に触れさせれば問題ない。俺?そもそもそういう属性の妖精を身に纏うんだから関係ないね。
雷属性の精霊ってのは、そもそもいないということになっているんだけど、いるんだなこれが。それが光属性にカテゴリされてるだけっていうね。
自分ごと鉄線を通した電撃は、アンヌに確実にダメージを与えた。小さく悲鳴を上げて倒れるアンヌ。解析でも「気絶」になっている、問題ない。
ただ【隠蔽】も解かれたので、そのままにしておくと魔物に食われるだろう。だから、こうする。
「そおいっ!」
後ろに来ている気配に向けて、ワイヤーごと投げ飛ばす。ジャイアントスイング?そこまで遠心力得なくても、俺の腕力ならちょっとしたカタパルトやで?むしろ加減の仕方が難しいわ。
上手いこと行けば誰かに当たるだろ。誰かに当たればクッションになる。そう簡単に死なない、多分。アンヌの生命力も高いし。当たった相手?知らんがな。
ってか後ろの連中は何で来たんだよ。両国軍はよ。大方の予想は付くが。なあ、そんなに死にたいの?死ぬの?死ぬよ?俺まだインビジサウルスとはまともに戦ってへんよ?
俺とてインビジサウルスと魔物の巣の間に挟まれてるから、一つずつ対処せにゃいかんのだが、巣は一先ずほっとくか。適当に【威圧】を放って縛り付ける。流石にインビジサウルスにはあまり効果が無いようだが、十分。
と、両軍に振り向いた先で起こっていた現象に、強烈な違和感。なんだ?これは。
何が起きているのか端的に話せば、「同士討ち」、ということになるんだろうか?
インビジサウルスのプレッシャーは相当こちらに向いている。このクラスになるとそりゃ恐慌状態にかかって同士討ち、というのは十分ありえる。
だが、襲っている側、この場合帝国軍になるのだが、どうにも正常に見える。流石に1人1人解析するまでは至らないが、全て「呪い」だ。いや、バルドは正常なのに襲っている。
そして襲われている側、王国軍の半数と、一部の帝国軍。こちらは大混乱だ。だが、もう半分の王国軍、こちらは「何もしていない」のだ。ついでに「呪い」。ヤバいなコレは。
こりゃシクったかな?両軍全てを解析するわけにも行かなかったにしろ、こんな状態異常があるとは思ってなかったわ。この仕込み、どちらかが、という可能性より、むしろ、別。
アンヌにしろ分かったことはSクラス冒険者の竜人族、というだけだが、どちらかの手というより、多分これもまた別の手のところではなかろうか?
両軍大乱戦にある中、両軍の大将、バルドは襲う側、イアンは襲われる側のようだ。帝国軍全てが襲う側ではないところに、帝国軍として、ということではないと読む。
インビジサウルスって<厄災級>とちゃうん?そんな魔物の目の前で、いやこっち見とるからまだ後ろなんやけど。何やっとるんや、人類同士で。
冷静に思考を続けたいところだが、時間は待ってくれない。この場にいる見知った顔がよろしくない。父さんと母さんは対応中だ、ここはいい。だが、リリーナとフランまでいるのは不味い。
リリーナはまだ戦えるような少女ではない。フランにしろ、母さんに背負われているところを見ると、恐らく魔力切れ。2人とも明確な足手まといだ。
しかもどちらも襲われている側。最悪だ。どこがどう転んでも、この場を収拾するのは相当難しい。【威圧】を強めるにしろ、この場合逆効果になりかねない。
まず[沈静]を瞬時起動させたが、襲われている側が僅かに安定しただけ。冥法術で[麻痺]か[縛止]?いや、魔法は使える。ならば[沈黙]?今度は声が届かない。 いっそ全て?ダメだ、今度はインビジサウルスに食い殺される可能性がある。アカン状況や。
まだ手詰まりではないはずだ。どうする?そうだ、[睡眠]という手が。と、考える前に。体が動いた。インビジサウルスの隣を抜けて。光速ってこんな感じかいな?と思えるほどの速さに自分もビックリだ。
「フランッ!」
兄であるはずのバルドが、母さんが兵士に対応している間、混乱の最中にあるフランを明確に狙い、何かを投げようとしていた。何するつもりだこいつ。
それが見えた。だから、体が勝手に動いた。バルドがむしろ好都合とばかりに笑みを浮かべたのが見えた。俺が瞬時にフランの手を取ると同時に、構わず何かをそのまま投げてきた。
そんな投擲で間に合うと思うな。[風壁]を発動して、投擲してきたものを止める。そして【精霊魔法】を起動、逆にバルドへ投げ返す。
だがそれもまた防がれた。帝国軍の兵士……違うな、コイツはSクラス冒険者だ。ゾルバとかいう魔族の男だ。帝国のお抱えか?とにかくそいつの結界に阻まれたようだ。
バルドは何を投げてきた?そして狙いは、フランと俺の両方か?だとするとこの場を混乱させたのは帝国軍側?いや、そう単純なモンでもないやな、多分。ってやべっ。
「リリーナッ!」
父さんが「王国軍」の兵士に囲まれて相手している間に、今度はリリーナ相手にようわからんヤツが何かを投げやがった。
わざわざ【隠蔽】したまま投げてきたようだが、[看破]で既に見破っている。これまたSクラス冒険者だ、ヨハンとかいう人間族の男。装備からしてコイツは王国お抱えか?
フランの手を取ったまま、リリーナを抱え込み、それを避ける。投げ返す余裕まで無かったが、ヨハンに対してナイフを投擲。当たった、【隠蔽】も解いた。
まるで帝国軍と連携したような動きだが、コイツはリリーナ「だけ」を狙ってきた。相手の目的が分からんねぇ、連携してるわけじゃないってことか?
まだピンチは終わってない。ヨハンが動いたと同時に、王国軍の一部が「俺に向かって」十数の矢と魔法を撃ってきやがった。それに加えてインビジサウルスもこちらに突進。ああもうメンドい!
「うおりゃあああっ!」
対処すべき方法が多すぎてどう魔術を行使するべきか判断が付かず、力技に出た。フランとリリーナをおんぶに抱っこで抱えつつ、【一騎当千】を発動。突撃してきたインビジサウルスを「持ち上げて」、盾にする。
兵士の攻撃はインビジサウルスには効いていないし、【一騎当千】を使ったとはいえ重さなんぞ微塵も感じない。力技中の力技になったが、何とか耐えた。
たかが1~2分足らずの間に次々に問題発生だ。事態の成り行きに脳内処理が追いつかなくなってる。何がどうなっているかさっぱりだ。
相手側の行動から目的がまるで見えん。だが、一時的にとはいえ、フランとリリーナは確保した。ここで[麻痺][縛止][沈黙]を一気に使う。使おうとした。
ここからは伝聞になる。後からネリーに聞いた話だ。
というのも、魔術を使おうとした瞬間に、俺の意識が少しばかり飛んでしまったようだ。どうやら何かを投げつけられたらしい。
油断したわけじゃないが、少しばかり反応が遅れた。フランまでの距離を一瞬で駆け、あの巨体を持ち上げたツケがここに来て出てしまった。
痛烈に体の内側から響く痛み。それを堪えた瞬間を狙われてしまった。【一騎当千】使用中は肉体にあまり影響が出ないはずだったんだが、その許容量も超えてしまうほどだったか。
投げてきたのは竜人族の女だったと言っていた。アンヌだったんだろうな、対応が温かった。やはり殺しておくべきだった。今更の話だけどな。
そしてリリーナとフランを抱えたまま、俺はその場から消えたらしい。
次は4/21 6:00。
結構な急展開ですが、アクセント的な感じでお願いします。




