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転生者は創造神  作者: 柾木竜昌
第三章 幼年期 ~迷いの森編~
44/84

<災害級>討伐戦

第三章はまだ始まったばかりですが、ややテンポを早めているつもりです。

 俺がネリーに下した指示は、北西にあるアルバリシア帝国との国境付近にいる<災害級>の偵察と、その近辺の魔物の駆除。

 ギースからの依頼もあるし、ネリーにはしばらくそれに専念させておきたいところなのだが、そう簡単な話でもない。本来なら俺もすぐに出たいところだが、母さんが不在のイストランド郡において、その息子までも不在というわけにはいかないだろう。

 <災害級>を両国軍にて討伐するという噂は、ある意味催し事か何かだと周囲は思っているようで、楽観的な見方が多い。

 皮肉なことだが、それによりフィナールの町には多くの見物客(・・・)が訪れており、町中はまるでお祭り騒ぎだという。ギースが頭を抱えるのも分からなくはない。


 だが、イストランド郡民には、少なからず動揺が見られる。ただでさえ旧ローランド共和国の子孫が多いイストランド郡だ、<災害級>が発生しているというのに何故放置しているのかと思っている。

 更には代官であり守護神的存在の母さんは隣国アルバリシア帝国に赴き、同等以上の存在である父さんは王国軍に合流するため既にイストランド郡を発っている。

 これ以上郡民を混乱させるのは防ぎたいし、ユーリにも真面目な顔で「せめてゼン君は両軍の到着までここに居て下さい」と懇願されてしまった。

 ネリーも既にかなりの有名人だし、SSクラス2人とAクラス1人を同時に不在となれば、混乱の拡大はまぬがれまい。やはり俺が残るしかない。


 ここにきてCクラスまでという年齢制限が引っかかるとは考えてもみなかった。 郡内は魔物の活動という意味では相当安定しているのだが、やはりイストランド郡の象徴は母さんや父さんであり、そこにネリーもいる、という安心感はそのまま依存に繋がっている。俺ももう少し強さをアピールしておくべきだったか、と僅かに悔やむ。

 だが、これほどまで大事になってしまった原因は、どうも俺にあるようだ。というのだから本当に笑えない。真に遺憾であり、勝手なことを、と思うのだが、少なからず自業自得であることも確かかもしれない。



 アルバリシア帝国の使者が母さんを迎えに来た際に、帝王ヴィーから俺に送られた書状があるのだという。

 既に嫌な予感しかしなかったのだが、その内容に俺は頭を抱えた。なんで先に俺に了解を得ないままこういうことするかなー?


「ゼン・カノーに告げる。我が娘フラン・ニス・アルバリシアは貴殿との婚約を熱望している。父として娘の願いを叶えたく、今回の討伐が完了次第、娘との婚約を発表する。そのつもりでいるように」


 使者が端的に告げた内容通りの書状文に、名状し難い感情が生まれたが、ここで使者に食ってかかっても仕方がない。流石の母さんでもニマニマする以前に困惑しているし、ネリーは思いっきり舌打ちしてるし、父さんは平常運転だし。

 更に使者は「これはまだ機密扱いなのですが」と、耳打ちしてきた内容は、それは不味いんじゃないかと思えるほど破格の条件。なおかつ俺自身に大きなメリットとデメリットが混合するものであった。

 何でも帝王ヴィーは俺に帝位の継承権を第三席という扱いで授ける予定なのだとか。即決で婚約話を蹴ろうと思ったのだが、これについてはまだ公式なものではなく、あくまで予定であるという。


 フランを婚約相手に迫る、という事態は想定内だ。フランも帰り際にそう言ってたし。でも継承権までは考えてなかった。

 てっきり帝国に別の領地なり地位なりを用意するものだと思っていたし、婚約相手は俺であっても、母さん辺りをそこに就けようとするものだと考えていたのだが。

 継承権を得られるメリットは少なくない。帝位に就くことまではなくとも、アルバリシア帝国内で大きな影響力を持てるというのは、手段の一つとして悪くない。相当の軍事力を得られるのも大きいし、欲しい人手も集めやすい。

 ただし、デメリットを考えると、喜んでばかりもいられる地位でもない。否応なしに継承権争いに巻き込まれる可能性大だからだ。俺が欲しいのはアルバリシア帝国そのものではないのだから、そんなことをしているヒマはない。

 俺が眉を顰めていると、使者は更にこう告げてきた。


「ゼン・カノー殿がこの場でお断りしても、我が帝国としては既に決定事項となっております。婚約について撤回することはありません」

「何故私をそこまで評価されるのか、理解しかねますが?」

「ご謙遜を。ゼン・カノー殿こそフラン殿下の才能を開花させたことは既に聞き及んでおります。そのフラン殿下にして、「英雄以上」のゼン・カノー殿を我が国に迎えられるとなれば、フラン殿下だけでは足りぬほどではございませんかな?」


 これには黙っていた父さんも一言、「分からんでもねぇな」。ついでに母さんも「帝国なら、ありえるかしらね」と消極的ながら肯定の意を示した。ってかこの場合悪いのは母さんじゃね?母さんが指名依頼を受けて、それを俺に投げたからじゃね?

 いずれにせよ断っても無駄。となると、この場で出来ることなどない。「返答についてはまた後日。帝王ヴィー殿に直接お答えする」と答えておくに留まった。

 フランには言っても無意味だろう。彼女自身が望んでいることなのだから。



 しかしまあ、ここまではまだ良かったのだ、ここまでは。何とかならんこともないと思ってた。うん、甘かったわ。


 母さんがアルバリシア帝国に向かった後、次にやってきたのはカルローゼ王国からの使者だった。

 というより使者より先に冒険者ギルドから指名依頼が来たんだわ、だから父さんもここに残ってたわけで。来ることが分かってたから、母さんは1人でアルバリシア帝国に向かったわけ。

 内容についても俺知ってるよ、リリーナの護衛でしょ?なんでリリーナが来なきゃいけないの?と思ったら、これまた案の定だ。


「場合によるが、ゼン・カノーをリリーナ・シュア・カルローゼ第三王女の婚約者と公表する用意がある」


 俺としても多少げんなりしたのだが、いやネリーさん背中抉らないで、最近加減ねぇっすよネリーさん。父さんも何か言えよ!

 まあともかく、帝国サイドと比較すると、妙にトーンが低いというか、何とも中途半端な使者の言葉にこれもまた眉を顰める。「場合による」「用意がある」というのは、何も決定はしていない、ということじゃなかろうか?

 使者にそれとなく聞いてみたのだが、どうにも王国側の方がテンションが低いというか、執着されていないように思う。ただ、使者の人が溢した言葉を俺なりに察すると、どうもリリーナを俺に嫁がせるというのは反対のようだ。


「国王陛下の命令とあらば、いさ仕方なく……」


 というのがどうも使者の本音っぽい。俺を見て不満そうだったもんなこの人。

 もっともそれを俺も咎めたりはしない、勝手にアプローチをかけてきてるのも王国なんだが、と子供じみたことは言わない。そしてネリーさんマジ顔怖いですから。

 ともあれどうも王国側は後手に回っているんだな、ということは理解した。俺のことも<災害級>のことも、両方だ。そりゃ他国に自国領土で発生した<災害級>の討伐をさせたら聞こえは悪かろう。

 どのみち俺が何かしら返答をする必要はない。何しろ何も決めてないのに使者を送ってきたのだ、「そうですか」としか言いようがない。光栄とは言わないよ、面倒くさい。


 父さんは指名依頼について、「条件付」として受けた。「魔物からはキッチリ守るが、内輪もめまでは知らないぜ?」ということを念押しした。これは母さんも同じだ。

 俺があらかじめそう伝えるように言っておいたことだ。断るには相手が悪すぎるのだが、無条件で引き受けていい内容ではない。

 これまた不服そうに受け取る使者を見て、明らかに父さんや俺らを軽んじているということが分かる。どこのどいつだこんな使者を送ってきたのは。やはり王国の総意というわけではないのは明らか。国王ソルの独断に近いのだろう。


 この択一はかなり難しい。ぶっちゃけ2人とも婚約者にしたいところなのだが、帝国はともかく王国はどうだろうか。

 そもそも婚約ということに対しては、俺としてはあまり異存はなかったりする。あくまで婚約は婚約だ。形でしかないし、約定が成されるかどうかはまた別の話だろう。

 受けられる支援は受けておきたい。だがそれを盾にして色々迫られるのは不都合だ。良好な関係を保つ一つの手段でしかない。

 本来であれば、王国側の方から援護が欲しい。イストランド郡という格好の実験地を手にしているのは王国での話だ。だが王国の態度はかなり微妙なところに感じる。恐らくは政治的な縛りになるんだろうけど。


 それに対して帝国側は、デメリットの大きさを目に瞑れば、魅力的だ。ただしイストランド郡は手放す必要があるだろう。それはそれで構わないのだが、改めて帝国で立場を築くのは時間の無駄に思える。

 単純に選択して断るなら、フランの方だろう。だが断っても無駄だという。ならばリリーナの方を断るか、といってもそれはそれで両国の軋轢は不可避になる。断られる側にも立場がある。

 結局のところ俺に選択肢など無い。最も穏便に済ます方法としては、両方との婚約しかないのだが、前述とのループになるだけだ。


 ぶっちゃけた話、本人のあずかり知らぬところで、「詰んでいる」ということなのだろう。

 また妙なところで躓いたものだと思うが、いずれこうなる可能性は少なからず、あった。身から出た錆とも言える。どうにかステータスを隠して凌いできたんだが、調子に乗りすぎたか?いや、悔やんでも仕方がないか。


 出発前に父さんは俺に確認してきた。


「どうするよ?」

「現状維持が望ましかったんだけど、ちょっと困った」

 俺も何とも手が思い浮かばない。こうなりゃ最低ラインを想定して、あとは出たとこ勝負だ。


「指名依頼は受けちまったからよ、依頼は完遂するが、この後はシャレットも俺も、どうでもいいぜ?」

「そこに執着していない両親を誇りに思うよ」

「正直、さっさと<災害級>を倒しときゃよかったよなぁ」


 父さんの言葉には頷くしかない。発見の報を聞いて何もかも無視して倒しに行きゃよかった、フランについては時間の問題だったかもしれないけども。

 せめて学園に入るまでは待って欲しかった。王国制や帝国制の姫ともなれば、このくらいの年齢で婚約、というのは珍しくないのだろうが。


「とりあえず父さんなら大丈夫だと思うし、母さんはそもそも護衛が必要なのか疑わしいフランだし、命に関わるようなことはないと思うんだけど、今後については正直分からないなぁ」

「なるようになれ、か。依頼済ませてさっさとトンズラしちまうか」

「それもいいね」


 割とマジで。と付け加えた。

 実際そのつもりでユーリにも話したしな。最悪<災害級>の討伐完了次第、イストランド郡を放り出して逃げ出す可能性も考えておく。

 逃げたら逃げたで問題がありそうではあるが、縛りを付けられたら最初からそうするつもりだったしな。目的と手段を取り違えるわけにはいかんのだよ。



 どうにも俺自身については詰んでいる気がしてならない、というか詰んでいると思うのだが、それはともかく<災害級>に対しての備えだ。

 なのだが、ここにも制約がありすぎて手の施しようがないというのだから、そりゃあギースじゃなくともキレたくなる。

 ネリーも「いっそ倒しちゃうにゃ?」と言ってくるし、俺も実際そうしたいのだが、それはそれで出来ない理由が発生した。いや、理由というか何というか、そもそも<災害級>は発生しているが、その発生源である魔物が見つからないのだ。


 これにはネリーも困った様子で、確かに魔物の数は増えているし、<災害>の発生には違いないと判断しているのだが、本命の特定がいまだ出来ていない。

 察知に優れたネリーにして見つからないというのは、明らかにおかしい。

 更には、今日ネリーが倒した魔物に、A級のブラストタイガーが5体混じっていた。

 既にかなりの数を掃討しているのだが、群れは確実に厚く、強くなってきている。状況は差し迫っている。見つからない本命、増える群れ、個体の強さ。いずれも看過出来るものではない。


「実際のところ、見つからないってのはどういうことなんだ?」

「間違いなくにゃにかがいるにゃ。けど、どこにいるかがわからにゃいのにゃ……」

「巣とかは見つかったのか?」

「それらしいところは見つかったのにゃ。だけど、そこにはいにゃいのにゃ。集まっているのは確かにゃ、だけどボスらしき存在は見えにゃいにゃ」


 ネリーの報告から「見えない」、と聞いて、ピンと来た。

 確かにそういう魔物は、いる。しかも面倒な奴が。アレだとすれば、確かに見つからん。


「爬虫類系魔物が多くなかったか?トカゲとか」

「確かにちょっと多かったかもしれにゃいにゃ。A級のウォーリザードが68体、集まってたにゃ。A級魔物の数は100体超えてるにゃ」


 A級が100体か、父さんや母さんでも苦戦はともかく、即倒せる数でもねえな。兵士とかいるだけ無駄な気がする。てか実際邪魔にしかならんだろう、精鋭ってんなら戦えんこともないだろうけど、そんなにいっぱいいるのかね?


「やばい数だなそれ。国軍5000人で倒せる数じゃないんじゃね?てかもう<災害級>って言わなくないか?」

「ゾーク様やシャレット様なら倒せにゃくはにゃいけど、普通の兵士では厳しいにゃ。5000人いても、A級魔物はちょっと……にゃ。それに見た範囲では、魔物の数はもう全部で1000体超えてるにゃ。ネリーが抑えてるからにゃんとかにゃってるけど……」


 俺やネリーではどうか、とは言わない。それは考えるまでもないし。

 やはり俺が向かうしかあるまい、アレが本命だとすれば、多分倒せない。

 正しくは、見つけられない、というべきだろう。ネリーが見つけられなかったのであれば、何か特殊な魔法でも使わないと、アレは見つけられないはずだ。


 とはいえ両軍の到着は既に明日。差し迫った状況だが、明日まで持てばいい。国軍の目の前で倒したとしても、手柄はくれてやればいいだろう。

 あるいはそれを壁に自分達の地位を守る、という手段もある。

 魔物の巣自体の拡大は防げない、ネリーがやったのは周囲に群がる魔物の排除のみ。それでもやらなかったら既に<厄災級>になっていたと思う。あるいは、既に進化している可能性もあるには、あるのだが。


「どっちにしろ、本命は俺が倒す」



◆◆



「すまん……」

 目の前のギースに、俺は苛立ちを隠さない。謝ってそれが通ると思うな。


「お前に頭下げられて済む話じゃねえだろうが」

 言葉尻が強くなったのは分かった。無意識に強くなってしまった。


「俺としても不甲斐ない。これは断固として両国に抗議する」

 ギースが頭を下げたまま告げる。だが本当にそういう話じゃない、そういうことじゃないんだよ。


「そういう問題じゃないんだよ、本当にどうなっても知らんぞ」

 ヒューマンエラーを考えて、ネリーは先に現地へと向かわせた。あとは俺が向かうだけだ。


「ここに至っては、正直俺としても、無視したい。だが、両国から言われては、俺としてもどうにもならん。本当に申し訳ない」

 だが、ギースの言葉は、それを許さないもので。だからキレかけていて。


「だからお前に謝られても仕方ねえっつってんだろうが!」

 壁に拳を叩き付けた。こいつに不満をぶつけても仕方がない、八つ当たりだということは分かっている。

 ギースも震えている。それが俺に対するものか、あるいはギースに告げられた命令によるものか、それは分からない。



 翌朝、俺の元に訪れたのは、ギース・フィナール伯爵本人だった。その表情は憤怒に染まっていた。

 そして俺にこう告げてきたのだ。「ゼン・カノーが今回の討伐戦に加わることは認められない」と。

 どういうことだと当然聞いた、するとギースが震えながら説明してきた。今回の討伐戦における、カルローゼ王国の政治的判断と、アルバリシア帝国の指揮官判断によるものだ、と。


「アルバリシア帝国としては、この度の討伐は我らのみで行う。それにカルローゼ王国軍が加わろうが、加わるまいがは知らぬ。だが、ゼン・カノーの参戦は認めぬ」


 アルバリシア帝国軍大将、バルド・アルバリシアは無表情でギースにこう告げたそうだ。

 当然ギースは怒った。そのような勝手な真似が通るものかと。本来自由人であるゼン・カノーは誰かに縛られることはない、と。

 だが、聞き入られなければ、王国軍との戦も辞さず、という強硬にもほどがある姿勢を崩さず、強引に意見だけ述べてさっさと立ち去った、という。



「申し訳ないのだが、ゼン・カノー殿は、参戦を控えていただきたい、そうお伝え願う」


 カルローゼ王国軍大将、イアン・ナモ・カルローゼは申し訳なさそうにギースにこう告げたらしい。

 当然ギースは何故かと問うた。その回答は「ゼン・カノーは希少な才能を持つ智者である」というカルローゼ王国の見解であり、討伐戦などに加えるのは王国の益とならない、というものだ。

 やはりギースが認められるものではなかったのだが、国王に最も近い存在であるイアンに頭を下げられてしまっては、これに抗う術はなかった、という。


 さらに凶報は続き、既にアルバリシア帝国軍はカルローゼ王国軍との合流を拒否したという報告がなされたという。

 そのような形で連携など取れるはずもない。ただでさえ1000体を超えた魔物の群れになっているというのに、数の優位性すら捨てている。

 確かに両軍が共同で、というのは難しいかもしれないが、せめて同時に戦うべきだ。数には数、当然のことだ。それすらも捨てて、命を無駄にするというのか。


 全てが馬鹿らしい。婚約だとか。名誉だとか。どいつもこいつも好き勝手言いやがって。俺を籠の鳥とでも思ってやがるのか。

 王国はまだ理解してやる。確かに俺みたいな打ち出の小槌、そりゃ囲っていたいもんな。うん、分かるよ。クソみたいな理由だが。分かってやるよ。その通りにするかどうかは別だがよ。

 だが帝国はどういうことだよ。俺を取り込みたいんじゃなかったのかよ。使者にはおべんちゃら使わせて。自分勝手にも程があるだろうが。

 何だよ。俺をどうしても縛りたいっつーのかよ。そんなにテメエら金が大事か。面子が大事か。命あってのこったろうが。


 そしてネリーが、決定的な情報を今、持ってきた。冷静だが、僅かに表情を強張らせて。相当の距離を走ってきたのだろう、息を切らせて。【思考対話(テレフォン)】の存在を、俺が忘れているくらいに怒りを感じている間に。


「既に、アルバリシア帝国軍は、巣への単独行軍を開始しております」


 アカン。キレるわコレ。

 思わず笑みを浮かべてしまった。キレ笑いだわこりゃ。

 壁にめり込ませた拳を解放し、屋敷を一部破壊した。



◆◆◆



 フィナール領とアルバリシア帝国の国境付近にて、既に両軍は配置を終えていた。そして帝国軍は今まさに、魔物の群れへの突撃を開始しようとしていた。

 王国軍は慎重に距離を取った配置を行っている。帝国軍が同調を断ってきたということもあるが、想定していた魔物の数の桁が違った。巣もまだよく分からないのに、1000体近い群れを見れば、当然慎重にならざるをえない。

 

「待つのだ兄上!これはならぬ!この数相手に無策などありえぬのだ!」


 いつものボディースーツに加え、部分的に防具を身に付けた、戦装束の姿のフランは必死に兄の暴挙を止めるべく、説得を続けていた。

 見えた魔物の数は尋常ではない、帝国軍がいかに精強とはいえ、単独で当たるのは無謀。更に無策に突撃など、あってはならない。

 この数を相手取れるほど自分は自惚れていない。だが、バルドには届かない。


「フラン、黙っておれ。我らのみで倒す、フランは下がっておれ。シャレット殿、後はお頼み申す」


 話すことはない、とばかりに切り捨てる。既にバルドは馬上の人だ。

 全身鎧を身に纏い、頭には何も付けていない。それは自信の表れか、己の存在を誇示するものか。

 彼の視線は既に魔物の群れにある。物腰こそ何時も通りだが、その目には狂気が宿っている。


「待ちなさい!バルド殿、フラン殿下の言うとおりよ」


 フランに付くシャレットもバルドを制止する、こちらはいつものローブの冒険者スタイル。杖を手にして短剣を腰に下げている。

 帝国軍は既に独断先行しているが、僅かに 見えた魔物の姿にA級を確認した。

 これでは戦う前に瓦解しかねない、せめて自分とゾークが前線に立たねば戦いにすらならない。

 ネリーの姿が見えたことは確認済みだ。そして帝国軍が行軍を開始したと同時に、一目散に走り出したことも。


「冒険者風情に帝国軍の力は分からぬであろう、この程度の<災害級>、我らのみで十分。それでは、これにて」


 だがバルドは止まらない、既に馬上で指揮を始めている。突撃の準備は整った。

 左手に手綱を持ち、右手に槍を構え、今まさにその槍を振り上げようとしている。

 あとは号令一つ、というところで再度フランから諫止の声。


「兄上!ならぬ、ならぬのだ!せめてゼンを」


 王国軍が受け入れられぬにせよ、せめてフランが知る、最強の男を。

 だがその名を聞いた瞬間に、バルドは号令を発した。


「黙れいっ!ゼン・カノーなど不要!行くぞ皆の者!帝国軍の力を見せ付けるのだ!我に続けいっ!」



「やべえなこりゃ。兄ちゃん、どうするよ」


 ゾークは突撃を開始したアルバリシア帝国軍を見て、イアンに問う。

 こちらもいつもの軽装。彼は元々革の軽鎧のみ着込んだスタイルを好む。


「放っておくわけにはいかぬでしょう。父にもこうならないように、とは言われて来ましたし」


 馬上で金属鎧を纏ったイアンが答える。手に持つ武器は長剣。

 イアンには分かる。帝国軍がいかに無謀なことをしようとしているか。

 A級魔物が多数存在するという報告がなされて、ゾークからも慎重にという具申も受けた。

 だがここで無視するわけにはいかない、帝国軍だけが敗れて、王国軍は何をしていたのかという話になりかねない。


「私にはやはりゼン様の知識をお借りすべきかと思えますが……」


 戦場にはややそぐわぬ白いドレスのリリーナは警告する。

 まだ戦を知らぬ身、魔物の恐ろしさは分かっていない。

 だが彼女には彼女なりの分別がつく、あの群れは見た目だけの恐ろしさではない、自分にはないはずの記憶が、そう告げてくる。

 だからこそ智者であるゼンの意見を聞くべきだと兄に告げる。しかし、兄は首を振る。


「私もそう思う。しかし、この場に至っては、そのような時間はないだろう。ゾーク殿、妹をよろしくお願いしますよ」


 元より望まぬ大将なれど、イアンとて王族。そして次世代の国王。

 だからこそ冷静な判断が必要なのだが、それを理解した上で、やはり帝国軍を見捨てるわけにはいかない。

 己のスキル、【武士(ウォリア)】を発動させると、兵士達に向き直り、剣を掲げて高らかに宣言する。


「これより我ら、<災害級>の討伐に入る!皆の者、私が道を切り開く!進めッ!」


 こうしてアルバリシア帝国軍は<災害級>との交戦に入り、続いてカルローゼ王国軍が戦闘態勢に入った。



 最初の一撃は、アルバリシア帝国軍の弓兵の手による射撃。適正距離には遠い距離から放たれた矢は、有効打はほとんどなし。ただ魔物の群れを刺激しただけ。

 続けて発動したのは、帝国軍の魔法士達の範囲魔法。この距離で撃たねば味方ごと巻き込む、というギリギリの距離。刺激された魔物の群れの一部が焼け、切られ、傷つく。それでも倒せた魔物はごく一部、いいところD級まで。

 一気呵成に進む帝国軍だが、その大半は、A級魔物の姿の前に、総毛立ち、竦む。シャレットの予想通りに。

 狂気に任せるバルドとてその例外ではなく、魔物の威圧感に目が覚めた。自分は何をやろうとしているのか。逸った心に支配されていたことに今更気付く。

 あっさりとバルドは馬上から転び落ち、馬はどこかへ行ってしまった。


「うおおおおっ!」


 一部の勇気ある帝国軍の兵士達は、怯むことなく槍を構え、突き進む。彼ら、あるいは彼女らは元冒険者。だからこそ、戦える。そして勝ち目がないことも、知っている。

 だが、軍において上官の命令には、背いてはならない。だからこそ出た犠牲。それは、精兵中の精鋭であったから。それだけが理由。

 勇士達が魔物と交戦に入った時には既に手遅れ。瞬く間に魔物を切り伏せるが、それと同時に傷付く勇士達。


 勇士達は帝国軍でも指折り、Aクラス冒険者並みの力量を持つ者もいる。だが、圧倒的、という程ではない。そしてある者が乱戦の中で、死角。

 1体のブラストタイガーが勇士の背中を爪で切り裂く。いかに生命力たるステータスがあれど、致命傷を受ければ、迎えるは必死。人の身であれば当然のこと。

 声も上げずに血飛沫を飛ばし、倒れる勇士。平野に無残な屍を晒す。

 1人、また1人、倒れる勇士達。我に返ったバルドが号令する。


「ひ、退けっ!体勢を立て直すぞ!」


 既に遅い。A級魔物達が群れをなし、帝国軍に襲い掛かる。少なくない数の勇士を失い、ほとんどの勇士達は傷ついている。それでもなお前線を維持など、出来ようもなく。

 当然ながら押すより退くほうが難しい。ただ逃げ出せば、無防備な背中を晒すのみ。槍隊を前線に出し、前線の建て直しを計る。

 兵士達の多くは、恐慌状態(テラー)にかかっている。戦うどころか、武器を取ることも難しい。武器を取らずに逃げ出す者は、むしろ、正しい。

 それでもなお抵抗を試みる者もいたが、陣形は既に崩れている。このまま戦うことは、既に不可能に近い。

 突撃開始から僅か30分、帝国軍は既に瓦解しかけていた。


「加勢する!イアン・ナモ・カルローゼ、ここに在り!魔物共よ、私はここにおるぞ!」


 そこを救ったのは、カルローゼ王国第一王子、イアン。彼は単身先行し、恐慌状態(テラー)にあるアルバリシア帝国軍から魔物の注意を引こうと試みた。連れてきた王国付けのSクラス冒険者に後方は託してある。

 役に立たない馬から下りて、固有能力(ユニークスキル)の【武士(ウォリア)】を発動させ、戦う彼は強い。A級魔物の1体や2体、ものともしない程に。だが、彼1人では限界がある。


 大喝により魔物の一部は引き寄せた、これこそイアンの狙い。元より単身突破など考えていない。

 やるべきことは、まずこの場にいる兵士を鼓舞すること。そして魔物の群れを集めること。


「いまだ!魔法隊、放て!」


 号令によりカルローゼ王国軍の魔法士達が一斉に魔法を放つ。範囲魔法ではない、確実に仕留める一撃を。

 ゾークの進言により提案された、単体を狙った一斉射撃。精密な狙いが付けられる距離ではないが、威力が減衰する前に魔物に届くその一撃。

 一気にC級までの魔物を駆逐せんとばかりに降り注ぐ[矢]や[刃]。B級の魔物にまで傷を付けられたその攻撃は、決して無駄にはならなかった。


 だが、カルローゼ王国軍の歩兵の多くは、一定距離を保つのが精一杯だった。予定ではここで押し出すことになっていた。恐慌状態(テラー)こそ避けられたものの、兵士達の多くは魔物に立ち向かう勇気を持ちきれなかった。


 当然ながら、イアンに向けられた魔物の攻撃に対して、全ての対処は出来ない。単身で出来ることは、普通は少ない。それでも彼は己を叱咤して、数の暴力に対抗し続けた。

 王国に縁が深い名剣を振り、A級魔物とて退けていた彼の背後から忍び寄る巨体。彼はそれに気付けない、気付いたとしても、対処は不可。【武士】を使った身とて、奇襲を食えば、ただでは済まない。


「これ以上はならぬのだ!」


 その窮地を救ったのは、フラン・ニス・アルバリシアその人。幼いながらも帝国軍の崩壊を目にしたフランは、シャレットの制止を聞かずに帝国軍の殿に位置していた。

 まだ未熟な肉体を振り絞り、常人にはとても出せない速度で、恵まれたステータスを引き出し、混乱する帝国軍の中を駆け抜けた。そしてゼンから教わった魔術を駆使して帝国軍の勇士達を救出することに成功。そのままイアンの援軍に駆けつけた。


 今まさにイアンの背中に飛び掛っていた、A級魔物ウォーリザードの眉間を、正確に[雷矢]で撃ち抜く。魔物とて急所はある。共通しているのはコア部分。されど頭を抜かれてなお生きる存在などそうはいない。

 イアンがフランに気付き、声をかけようとして、やめた。この場で礼を言っている暇は無い。まず事態を収束させねばならない。そこに、更なる援軍が訪れる。シャレットだ。


「吹き叫べ風の息吹よ、ここに我が意を示す、舞え、[竜巻(ハリケーン)]!」


 大幅に短縮された詠唱で繰り出すのは、上級範囲魔法。この場で必要なのは殺傷力よりも、足止め。それを判断した結果だった。

 並の魔法使いでは及びつかぬほどの規模で放たれたそれは、一撃で魔物の群れの2割を屠る、強烈な風魔法。被害が及んだ範囲は約4割。勇士達やイアンを巻き込まない範囲で、限界ギリギリのラインで放った、起死回生の一撃。

 しかしシャレットには分かっている。これは決定打にはならないと。それを承知で範囲魔法を放ったのだ。一撃で屠るための面制圧用初級魔法は、精密な狙いをせねば味方を巻き込む。


 これを見た魔物の群れは、イアンから一斉に攻撃対象をシャレットに変える。シャレットは、魔法を撃った後に、カルローゼ王国軍の方に走る。

 彼女は信じていた。こうなれば彼が必ず前線へ出てくると。そうなれば両軍の崩壊だけは防げる、次いでは本来の護衛依頼にも続くこと。目の前の脅威を取り除かねば、護衛などと言っていられない。何しろ自分の護衛対象は今まさに最前線に居るのだ。


「っしゃああ!かかってこいやおらぁ!!」


 響く大音声は、シャレットが信じていた彼の声。「槍聖」ゾーク。その男、正しく無双也。

 入り乱れる魔物の群れに飛び込むように駆け抜ける、何時斬ったかすらわからぬ槍筋を以てして、魔物を屠る、屠る。辛うじて見えたイアンにして、その姿は正に「鬼神」。

 残っていたA級魔物、ブラストタイガーやウォーリザード、傷ついたB級魔物、ワーウルフやソルジャーアント。何もかもが、ゾークにとっては同じもの。ただ叩き、払い、斬る。それだけの相手。どれもこれもが、ただの敵。


 この姿に帝国軍、王国軍問わず、兵士達の心を奮い立たせる。先ほどの大魔法も見た。負けるという気持ちが、負けないという気持ちに変わり始める。ゾークはイアンに代わり、味方を鼓舞してみせた。結果論だが。

 彼は冷静だった。いかに強かろうと、ゾークとて人類。極めて頑強な肉体を持ち、【自動治癒(オートリカバリー)】が発動していようと、見えない攻撃は避けられない。乱戦は致命傷のリスクが高い。


「早く退けやおらぁ!お前らの命までは俺の仕事にゃ入ってねえぞ!」

「その通りなのだ!皆の者、下がるのだ!兄上、撤退なのだ!殿は妾が引き受ける、シャレット母上、加勢願うのだ!」

「しれっと義母宣言された気がするのだけれど、気分は悪くないわね」


 呆気に取られるバルドと帝国軍に対して、一喝。イアンは既に後退し、フランは残り少ない魔力を振り絞る。

 しかし、2人のSSクラス冒険者にに鼓舞されたとはいえ、恐慌状態(テラー)にかかった帝国軍兵士の反応は鈍い。いまだ魔物を追われ、引き裂かれ、絶命していく帝国軍兵士達。


 そして今度は、バルドの危機。3体の巨大蟻がバルドへと襲い掛かる。その名はナイトアント。A級魔物の中でもその皮膚は硬く、極めて頑強な肉体を持ち、強烈すぎる顎で得物を食らう。蟻というには、あまりにも巨大なその存在。

 フランが放った[風刃(ウィンドカッター)]で1体は屠った。しかし、ここでフランの魔力が尽きた、尽きてしまった。倒れゆくフランを支えたのはシャレット。だが、バルドの命運は、そこに今尽きようとしていた。


 その場を切り裂くは、一陣の風。音も切り裂くその速さで、そこに降り立ったのは1人の獣人美女。


 その装束は、黒一色に統一された、格闘士のそれ。空手着、武道着といった姿に良く似ている。黒い光沢の篭手のみを付けた、簡素すぎる防具。しかし、それを侮りと見たものは、いない。


 バルドを今食い破らんと、顎を近づけたナイトアント。バルドの頭まで僅か数センチ。それ以上の接近を許さない。Aクラス冒険者、既にSクラス級という声も上がるその美女の名は、ネリー。

 彼女の肉体は武器そのもの。身体のいずれも、之武器也。ナイトアントの頭部を砕いたその一撃は、古今無双の蹴撃。返す刀と言わんばかりにもう1体を回し蹴りでコアを正確に打ち砕く。その動きを正確に捉えたのは、フランとシャレットだけ。ゾークは見てすらいない。

 その姿はあまりにも美しく、しなやかで。冷酷な瞳で、結果を確認することなく、周囲を一瞥。群れの集まりが最も濃い部分を見つけると、やや跳ねた長い髪をなびかせ、ネリーはそこへ駆け出す。ただ1人で。


 ある意味主以上に、ネリーは怒っていた。我慢していた。フラストレーションが溜まりっぱなしだった。主がこれほど苦心しているというのに、私がこれほど苦労しているというのに、何たる無様。

 出来れば苦しめている帝国、ならびに王国の両者に鉄槌を与えたいが、流石に主からの不興を買うだろう。だからこそ、魔物に当たる。そう、それこそ全力で当たる。後のことなど知ったことではない、という主の意見に全面賛成である。

 そもそも主も何に躊躇しているのかと思っていたほどだ、主ほどの力を持つ者がこれほど周囲に遠慮する必要など無い。主やその両親以外、彼女にとってはただの弱者。興味すらない。


 ネリーは魔物の群れを単身突き破る、国軍がどうなろうが、彼女の知ったことではない。ただ主の敵が魔物だから、そうしているだけ。ネリーの全速は、それだけで致命的なダメージになり得る速さで、力を込める必要など無い。

 ただ手足を適当に繰り出して、一撃で魔物を壊す。砕く。飛ばす。その光景はゾーク以上に強烈で。それだけで帝国軍も王国軍も畏怖するほどに。


 だからこそ、次の瞬間は、恐慌状態(テラー)にかかったままの兵士は、ことごとく気を失った。


 彼は現れる。どこから現れたかすら、誰にも分からないままに。


 彼は告げる。どう見ても絶世の美少女の姿で。黒い髪をなびかせて。


 彼は威圧する。漆黒の鎧を身に纏い。A級魔物など比べようもない強烈な【威圧(プレッシャー)】を周囲に与えながら。


 張り付かせた凄絶な笑顔のままに周囲を見渡す。その存在を知った者は、平静を保てようもなく。


「お前らさ。俺のこと、舐めてるだろ?ゼン・カノーって男を、舐めてるだろ?」


 静かに告げた彼の声は、染み渡るように戦場に行き渡る。その声に平静を保っていられるのは、ほんの一握り。両国軍の兵士など、ひとたまりもない。A級魔物ですらその動きを止め、それ以下の魔物は群がるように固まる。


 ゾークは脂汗を流し、シャレットは身を震わせ、ネリーは何事もなく魔物を屠る。イアンはどうにか気を保ち、バルドは気絶寸前、フランは顔を紅潮させ、いつのまにか近くに居たリリーナはひっくり返った。


「だからさ、見せてやんよ。ゼン・カノーの力を、ちょっとだけ、な」



◆◆◆



 少しばかり、遡る。


 俺が怒る時に笑うのは、その怒りのままに行動しないように心がけているからだ。だからこそ怒りがこみ上げてきた時には、自然と笑いが溢れる。そう俺は作られている。そう作ったのは、他の誰でもない。俺自身だ。

 笑えば多少なりとも、怒りは収まる。だが、収まらなければ、笑ったままだ。それが怖いと、前世でもよく言われたものだが。

 はてさて、今の俺の姿では、どう映るのかね?相当怖いんだろうな、ユーリに説教した時もガタガタしてたし。あんときゃ【威圧】は使ってなかったんだが。


「ギース。お前の立場は分かった。だから、お前が望むことをしてやろう。さあ、どうして欲しい」


 【威圧】をかけながら、ギースに問う。いや、ギースは悪くないねんな。悪いのは、うん、まあ、俺かもしれん。

 しかしこれを俺のせいにされるのは、責任転嫁ではなかろうか。うん、分かってはおるねんな。

 とにかく今すべきことは、本来ギースへの【威圧】などではない。ようやく俺も冷静になってきたかもしれん。いや、そうでもないかなぁ。


「ふぃ、フィナ、フィナール、りょ、う、しゅとし、ては、わ、わ、さ、さい、がいっ、きゅ、きゅうの、と、う、ばつ、を」

「OKよく頑張った、正直すまんかった」


 お前バイブ機能でも付いてんの?というくらいにガタガタ震えながら、何とか言葉を紡ぐギースが少々哀れになってきた。おかげでだいぶ落ち着いたよ、うん。ギースは犠牲となったのだ、俺の平静のために。

 更に【威圧】を強めたら遂に白目を剥いて倒れた。まあよく頑張った方だな、領主として成長してきたじゃないのギース君。何気にレベルも高くなったよねキミ。こういう時も【威圧】は便利だったりする。勝手に気絶してくれるし。

 しかし【威圧】はネリーには全然効かないんだよな、むしろ恍惚とし出す傾向にある。なんでだ?


「やはり、それだけ大きな力を見せられると、従者としても誇り高いと言いますか……」

「そういうものか?」

「はい。ご尊顔も、いつもの三倍はお美しく見えますね」


 どっか俺が赤くなったりしてんの?少なくとも顔が赤くはなっていないと思うけど。それとも耳辺りにでも出てんの?微妙にこの耳、感覚が違うもんだからよく分からんな。

 まあ今はそれはいいか。それよりもさっさと支度するとしよう。


「そうか。まあギースには悪かったが、少しは落ち着いたようだ。ただこの怒りは収まることを知らないというか、俺の怒りが有頂天とでも言うか」

「ええ、分かります。分かりますよ。私としても、今までの苦労を返せと言いたくなりますから」

「もう後のこと何か知らねぇ。知ったこっちゃねえ。どうでもよくなった訳じゃないけど、今回ばかりは俺もある程度本気で行く。あくまである程度だがな」


 良く見ればネリーのこめかみに青筋浮いてんだよな。そうだよな、今まで不毛な努力をしてきたわけだし。

 俺だってそうだ、何もさせてくれない、不許可とか、何とか、イライラはピークに達している。っていうかピーク越したし。もう知らねぇよホント。


 武器は、うん、[空間箱]に入れてあるね。こないだ直したブロックガンも入ってるね。うん、使っちゃおうかなコレ。もういいよね。俺のもんだし。

 一応取り出して弾丸確認。うん、メインマガジンに装填数20発。キッチリ入ってるね、玉鋼製の炸裂弾。セカンドマガジンには鋼とアポイタカラと合金化して作った超長距離用貫通弾。予備マガジンも100はあるな。よし。

 あとは黒鋼を使った大型弓と、属性を付与した鋼鉄製特殊矢を20本ずつ入れた矢筒が100ちょっと。それから本気用長刀・槍・刀・短剣・鉄線、全て玉鋼と黒鋼で作った、切れ味と強度では神具でなくとも最高クラスの武器。

 更には投擲用投げナイフも50本、ついでに投擲用に作った捨て槍も20本。更には黒鋼にアポイタカラを混ぜた、砕けぬものなどあまりない大槌、すなわちバカデカイハンマーも用意してある。うん、完璧だね、準備バッチリだわ。

 ちょっと無理をして黒鉄鉱を加工して作っておいて正解だったわ。本当はそんなに大っぴらに使えるもんじゃないんだけど、ブロックガン使うし、もうどうでもいいや。


 一応防具もそれなりに作ってあるが、これは今回使わないかな?いや、一応着とくか。

 黒鋼で作った、ハーフプレートアーマーとでもいうか、動きを阻害しない程度に作った上半身のみの防具。下半身は本当に急所だけ守れればいいや。

 多少の傷は[再生]で一発だろうし、[硬化]や[全身強化]辺りも使う。下半身に命に関わる致命傷を受ける可能性は低い。むしろ全身鎧(フルプレート)など邪魔だ。俺の戦闘スタイルには向いてない。

 この場で装備しておくのは防具だけ。あとは現地に着いてから取り出せばいいか。


「では、ネリー。先行しろ。速さは任せる」

「承りました。マスターの意のままに」


 そう言って、ネリーは音速級の速さで駆け出した。付いていけるかって?余裕っすわ。場所を正確に把握してたら[転移]で即乱入したいくらいだわ。

 冷静になったつもりでもまだ笑いが止らないっぽい。あー、張り付いてんなこりゃ。しゃあねえか。

 無理に笑いを止めず、冷静な思考が出来る程度に感情を収める。正直収まっているか微妙なところだが、多少は許せ。俺にも堪忍袋というものは、ある。

 途中で何十体か、もしかしたら100体くらいはいたかもしれないが、八つ当たりに魔物を屠った。いや、八つ当たりではない、冷静な判断に基づいた結果だ、うん。



 到着した戦場では、ざっくりとこれまでの流れが大体読めた。

 帝国が先走って、A級魔物のプレッシャーに負けて、恐怖状態(テラ)って、崩壊しかけたところを、王国軍が救った。

 そこまではいいけど、王国軍も大したこと出来なくて、そこをフランなり母さんなり父さんなりが何とか凌いだ。

 だけども、そこで恐慌状態(テラ)ってる帝国軍は結局後退出来ず、あのクソみたいな指示を出してきた指揮官がアレか。なんだっけ、バルドだっけ。マジでクソだな。

 何ともまあ無様なこった。父さん母さんいなけりゃ全滅コースだったじゃねえか、しかもまだ本命出てきてないっぽいし。ま、それは読めてた。

 助ける義理はないが、目の前で死なれる前に、説教したい。小一時間問い詰めたい。だからネリーに指示を出す。


「アレを助けてやれ。そのあとは迎撃に務めろ、来る魔物は全て潰せ、遠慮は無用。巣は俺が潰す。目印も一応忘れるな」

「承知仕りました」


 そう言ってネリーは音速級で駆け出した。うん、あれ、体当たりだけでも<災害級>だろうが吹っ飛ぶんじゃねえかな。

 てか飛び蹴り入れただけで魔物の頭ぶっ飛ばしたな。あの速さで蹴り込めばそうなるわ。その後の回し蹴りもなかなか見事。面倒な時にはコア狙えって常々言ってるしな。

 というわけで、俺は静かに目測で[転移]を使い、魔物と両軍の間に立ち、両軍に向かって宣言した。


 何もかも知ったこっちゃない。ただ俺がこうしたいから、こうするだけ。誰にも邪魔などさせる気はない。


 背中を振り返ると、魔物がいるわいるわ。ざっと7~800体?群れの数が多すぎてよう分からんな。


 だが、ここからは、俺のターンだ。

次はちょっとゼンの活躍が見られると思います。

4/19 6:00に予定

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