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転生者は創造神  作者: 柾木竜昌
第三章 幼年期 ~迷いの森編~
43/84

それぞれの思惑

第三章スタートです。

幼年期については、最終章ということになります。

 カルローゼ王国文官筆頭、アール・ラルがその情報をいち早く察知したのは、本当に偶然の産物である。

 内容はカルローゼ王国としても看過出来るものではない。だが本来はフィナール領でも十分に対応出来ること。


 フィナール領近辺に<災害級>の発生を確認せり。


 その情報をいち早くもたらしたのは、ゼンに付けていた使い魔を使役出来る貴重な部下の1人である。

 王国はゼンをマークすべく、アールに命じて、ゼンに関する情報を常に把握出来る人材を付けていたのだが、彼の者がフィナールの町に拠点を構えていたところ、この情報が耳に入ったのだ。


 領内の危機ではあるが、これを「好機」と見なしたアール。すぐさまソルに情報を提供するとともに、腹案を語った。

 この腹案をソルは快諾したのだが、それと同時に別の人物から一つの報告がなされたと同時に、腹案が崩壊してしまった。


 アルバリシア帝国に行軍の動きあり。


 先手を打たれたかもしれない。ソルとアールは難しい表情で考える。


 この場合先手とは、カルローゼ王国に攻め入ってくる、ということではない。帝国といえど宣戦布告も行わずに他国へ攻め入るような真似はしない。

 だとすればタイミングとして有り得るのは、<災害級>の討伐だ。隣国とはいえ国境に近いところで発生した<災害級>ならば、そこに軍勢を派遣するのは至極真っ当な判断だ。

 フィナール領は帝都アルバニアに近い。「お隣」と言えるほどに。

 だからこそ、国軍の派遣はごく自然なことであり、抗議するようなことではない。しかし国家の面子というものを考えると、王国内にて発生した<災害級>を他国の軍勢に倒されるというのは外聞が悪すぎる。

 だが、面子云々よりも、懸念すべき材料がある。続けてソルにもたらされた情報が、それだ。


「冒険者ギルドを通じて、帝国は指名依頼を行いました。依頼内容は「フラン・ニス・アルバリシアの護衛役」。指名先はシャレット代官でございます」


 それを聞いてソルは唇を噛む。やはり先んじられている、と。

 アルバリシア帝国はこのタイミングに乗じてきた。華々しい戦果とともに公表を行うつもりだ。

 ゼンがそれを受けたのかどうかは分からない、少なくとも付けている部下からの報告はない。だがそうでなくても問題はないのだ。問題は周囲に与える影響であり、外堀を埋めた後にゼンに迫るという手段もある。

 強硬策とも言えるが、効果は、ある。少なからず帝国とゼンには関係があることを公にするとなれば、今まさにソルが抱えている問題が表明化することになるだろう。

 その公表する内容は考えるまでもない。見出しはこんなところだろう。


「アルバリシア帝国は、第四席フラン・ニス・アルバリシアと、ゼン・カノーとの婚約を発表した」



 ヴィーの思惑を聞いたソルは、いずれ公式な場で、となる前に動き始めた。

 円満な婚約に持ち込むため、まずはシャレットの代官としての功績を認め、名誉子爵として取り立てようと貴族達の説得を試みた。

 しかし思った以上に貴族達の反応は反発的なものであり、国王にしても貴族達を蔑ろにする態度は取りにくい。王国の枷、及びゼン・カノーに対する周囲の認識の甘さが浮き彫りになった形だ。


「国民ですらない自由人如きを貴族として取り立てるなど言語道断。強行するようであれば国王失格と弾劾する用意がある」

 言葉は違えど、主だった貴族達の総意はこれに終結された。

 貴族はプライドが無意味に高く、地位を脅かすような存在を認めない。

 もちろん全ての貴族がそうであるわけではない。王族に近い高位の公爵一同はソルの意向を是としたし、ゼン一同を知る貴族は賛成に回った。ただそれでも、いいところ4分の1。


 貴族達の言葉を鵜呑みにするわけではないが、国王を非難するだけの力は持ち合わせている。王都カルローゼに近い貴族領で国王の非難が行われるとなれば、カルローゼ王国の地盤を揺るがしかねない。国王ソルといえど、ゼンのためだけに王国を分裂させるわけにはいかないのだ。

 かといって無為に時間が過ぎるのを待つ、というわけにもいかない。放っておけば帝国がゼンに近づくのは確実だ。代官領を持つとはいえ、永住してくれるとは限らない。

 それに加えてヴィーは第三席を用意してもいいと言っていた。その先にある可能性は、帝位。次いではアルバリシア帝国そのもの。


 ゼンの目的が何にせよ、これだけの条件を出されればどうか。あるいはその両親はどうだろうか。

 少なくない焦りを覚えたソル。無論出て行くと決まったわけではないが、これだけの条件を付けられれば、ゼンもフランを拒む可能性は低いのではないか。

 どうにかして帝国が動く前に、最低でもシャレットへ爵位を授けなければならない。引き受けるかどうかは分からないが、爵位を授けようとした、という事実だけは作る必要がある。

 少なくとも王国に住んでいることは確かなことだが、自由人という立場は今でも変わりはない。ならば王国として貴族として迎えようとした、という「お手つき」である示しだけでも、と考えたのだ。


 貴族達は認めようとしないが、フィナール領、厳密にはイストランド郡の発展度合は目覚しいものがある。

 これをもたらしているのはゼン・カノーであることは明白だが、公に言えばシャレットの功績ということになっている。これはソルもその方が都合がいい。


 シャレットの功績を認めない貴族達の主張は2つ。

 1つは自由人が何をしようと関係はない。シャレットを代官に任命したギース・フィナール伯爵の功績である、というすり替え。

 もう1つは、自分達の領民がフィナール領に取り込まれた結果であり、功績などありはしない。むしろ抗議を申し出る、という責任転嫁。

 いずれも詭弁、と切って捨てたくなる主張なのだが、本気でそう思っている者もいる。この主張に全く理がないというわけではないのだ。


 シャレットを名誉子爵に任ずる、という形式すら取れないことに歯がゆく思うソル。この分ではリリーナとゼンを婚約させることは、極めて困難なことになるだろう。

 それでも何か手が無いものかと腹心アール含め、文武の高官にも考えさせている。ただ、アール以外は妙案どころか、爵位はともかくリリーナをゼンに嫁がせることには否定的なのだ。

 文官にすれば、第三王女となればゼンに与える以上の役割がいくらでもあるのではないか、という。

 武官にしても、SSクラスのシャレットを召抱えるのは歓迎するとしても、その息子には武勲は無い。リリーナと婚約させる意味は、シャレットを繋ぎ止める以上のものを見出せない、という。

 リリーナ、アールを含む腹心達、あるいはイストランド郡を正しく知る者。シャレットへ爵位を与えたい国王ソルの味方というのは、案外少ないのだ。ゼンにリリーナを嫁がせるとなると、更に。



 アールが「好機」と見てソルに出した腹案は、この<災害級>の発生に対して国軍を派遣し、シャレットに率いさせる、というものだ。

 国軍を率いて<災害級>を討伐するとなれば、王国として格好のアピールとなるうえに、分かりやすい「功績」になる。貴族達の説得材料になるとともに、国民からの後押しも期待出来るのではないかと考えた。

 ゾーク共々SSクラス冒険者であれば、もしかしたら2人で当たれる実力はあるかもしれないが、先立って国で対応するということを伝えれば、先行は防げる。まだ冒険者ギルドで緊急依頼が出たという事実はもたらされていない以上、すぐに動き出せばこの策は採用可能と見た。

 しかし、この策はアルバリシア帝国に先手を打たれた。こうなると次善策を取る以外選択肢がない。そもそも国外的な意味でもアルバリシア帝国に単独で討伐させるのは都合がいいとは言えない。


「アール、使い魔を出して帝王ヴィーに伝えよ。討伐軍を出すことに異存は無いが、我が国と共同で当たりたいと」

 ソルの判断は早かった。まだ行軍を開始した報告はされていない、であればせめてカルローゼ王国としても討伐に当たろうとしたという格好は見せなければならない。


「かしこまりました。しかし、帝国から冒険者ギルドへと既に指名依頼は出されております。シャレット代官が依頼を受けるかどうかはともかく、軍を率いらせるのはいささか……」

「国軍はイアンを大将として派遣する。それにリリーナを従軍させ、その護衛依頼をゾーク殿に出すがよかろう」

「なるほど、妙案かと思います」


 アールはソルの出した指示の裏に何があるか理解し、首肯した。

 王国として同一人物に同じ内容の指名依頼を出すというわけにはいかない。後出しの不名誉を謗られる可能性が高い。

 ならばシャレットと同じくSSクラスの冒険者であり、その夫であるゾークを指名することで均衡を図るというのは一つの方法だろう。

 だが、これだけでは足りない。どうするつもりか、とアールは続きを促す。

 ソルはしばし考えた後に、決断した。


「国内の多少の反発は覚悟の上だ。もしアルバリシア帝国がその場でフランの婚約を持ち出すようであれば、リリーナの婚約を発表する。これを帝王ヴィーに伝えるように」


 全ての段階を飛び越す、ソル苦渋の決断であった。

 だがソルの意向そのものが通ったとは言い難く、「用意」をするに留まった。



◆◆



「ふうん?なかなかソルも思い切ったじゃねえか。まあこっちには関係ねぇけどな」


 カルローゼ王国の中でも最速の鳥種を使役する使役者(テイマー)が放った使い魔は、僅か2日という速さで帝都アルバニアに到着した。

 その使い魔から帝王ヴィーに届いた書状の内容は、ヴィーとしては想定の範囲内だが、ソルらしからぬ強引な方法を取ってきたものだと思う。

 書状の内容はおよそ前述の通り。あと1日遅ければ既にアルバリシア帝国軍は出発するところであった。

 既に出撃したものとして書状を無視するという選択も可能ではあるが、今後の両国に軋みが出るのは望ましくない。何より国境付近とはいえ、発生地はフィナール領だ、入国の際に外交的な問題が出てくるだろう。


 そもそも関係がないというのは正しくその通り。ヴィーにとってみれば、ゼンがリリーナを婚約しようがしまいが、フランとの婚約に支障が出ることはない。

 フランは不満かもしれないが、あるいは共同で婚約を公表してもいいとすら思っている。

 ゼンを帝国に迎えてしまえば、むしろその方がいいかもしれない。ゼンにとって内外に追い風を受けることになるだろう。こうなれば第三席といえど、次の帝位というのはあながち有り得ない話でもない。

 カルローゼ王国としてそれが受け入れるかどうかはさておき、アルバリシア帝国としてはリリーナが付いてくるか、付いてこないか、それだけの話だ。


 ヴィーは書状の通り、共同で<災害級>に当たるものとして、10日後に現地で合流すると返答をしたためた。しかしこれに異を唱える者が出た、長男である第一席バルド・アルバリシアである。


「父上、この度は私が軍を率いる初陣であります。それが<災害級>の討伐となれば光栄なことでありますが、王国軍と共に、というのはいささか心外であります」


 バルドはヴィーの長男であり、次世代の帝位を望む第一席である。

 初陣というのは、単純に戦うという意味での初陣ではない。一軍の大将として、という意味になる。

 彼は愚物ではないが、カルローゼ王国のイアン・ナモ・カルローゼほどの傑物と言われているわけでもない。そんな彼には、今回の討伐戦は箔を付ける絶好の機会である。

 そんな息子に対して、咎める視線を隠さずに問う。


「おめえにゃ王国軍と連携する力量がねえ、って言ってるようなもんだが?」

 これに怯まず息子が答える。

「確かに些か自信はございませぬ。されどイアン王子と共に、というのは自信云々以前の問題であります。何卒ご再考頂きたい」

「なるほど、な。まあそいつは分からんこともねぇが、イアンが出てくる以上、こっちもおめえを出すしかねえ、そこは理解しろ」


 ヴィーとしてもバルドの言い分は理解出来なくもない。

 バルドとほぼ同世代と言えるイアンは、名実ともに比較対象になりがちだ。正直なところヴィーから見ても、息子と比べれば、イアンが勝るように思われる。あるいは帝王ヴィーだからこそ、そう判断出来ることかもしれない。

 内心忸怩たる思いはしているだろう、というのは容易に想像がつくのだが、外聞を考えると予定通りバルドを大将として出撃させる以外にない。


「されば、演習、ということにしていただけませぬか?無論形だけで結構であります」

「そこまでイアンと比べられるのは嫌か?」

「否定はいたしませぬ。いずれにせよ連携は不可能と思って頂きたい。我らが遅れを取るようなことは、あってはならぬのです」


 バルドはイアンと共に<災害級>と当たる気はない。共同軍となればそうせざるを得ないが、演習となれば必ずしも協力する必要はない。

 名目は演習であり、演習地において<災害級>が発生したため、帝国軍はそれに当たった。そういう形にして欲しいというのがバルドの申し出である。

 姑息。ヴィーは純粋にそう思う。実力こそ全てという帝国にそのような言い訳は相応しくない。だが一定の理解をしてやる必要はあるだろう。それに戦果としては、アルバリシア帝国軍が討伐を成したという結果が欲しいのも確かだ。


「よかろう。だが出し抜くにしろ焦りはするな、いいな?」

「ご理解感謝します。それではよしなに」

 そう言って背を向ける息子の背中を見て、僅かに不安を覚えたヴィー。

 問答に淀みはなかったが、少なからず感じた息子の焦り。これが大事に至る可能性は、少なくないのではないか。

 そう思い始めた自身の思考を振り払うように、文官に返答の書状を用意させるように指示をするヴィーであった。



 バルドは相当な焦りを感じていた。今回の討伐について、ではない。妹フランに対して、次いでその相手ゼン・カノーに対して、だ。

 兄弟の中では唯一の先祖返りであり、世界に覇を唱えられる特殊能力(エクストラスキル)の持ち主であるフランは、既に兄弟の中を通り越して、アルバリシア帝国でも指折りの実力者だ。

 特に魔法については極めて異質であり、大陸の中でも既に1,2を争うのではないかと言われている。そのような実力者が帝位に就かないほうが不自然、という意見すらある。

 次の帝位の最有力であるバルドとしては、フランの存在は些か疎ましい。英傑と呼ばれる父ほどではないにしろ、自身とて凡百の帝国人ではない。帝国第一席という、次の帝位を継承する存在、それがバルド・アルバリシアであるはずだと。

 だからこそフランが国外へ嫁ぐと聞き、最初は安堵した。だが、その後の父の言葉は聞き逃せるものではなかった。


「ゼン・カノーにフランと婚約させる。結婚した際には、ゼン・カノーにアルバリシアの家名を与え、第三席とする」


 第三席である弟はこれを不満としなかった、元々帝位を強く望んでいるわけではないからだ。第二席の姉にしても、強い男が来るのは歓迎、という。

 だが、バルドとしては到底受け入れられるものではない。

 聞けばゼンたる者は、フラン以上の実力者だと言う。あの妹以上の実力者などそう居てたまるものかと思ったが、第三夫人であるセレスの部下からの情報だ、確かなことなのだろう。

 だとすれば第三席といえど、己の次の帝位を脅かす存在となりえる。あるいは既に、父ヴィーは後継者としてゼン・カノーを選んでいるのではないだろうか。

 そこに思い至ったバルドをヴィーは責められまい。実際その通りにするかというのは別として、少なくとも帝位を望める地位を与えると身内に決定付けたのは、他ならぬ帝王ヴィーのその言葉なのだから。


 ただでさえイアンに強烈な劣等感(コンプレックス)を抱いているバルドである。その感情は父ヴィーにしても、これほど、とまでは考えいないほどに。

 分かりやすい武力に関わる固有能力(ユニークスキル)を所持しているイアンはそれだけで実力者だ。何もスキルを持たないバルドにとって、イアンは妬ましい。

 今回の討伐は元々アルバリシア帝国軍単独で成すはずだったにも関わらず、それを共同軍で成せという。しかも、相手の大将がそのイアンであるという。

 筆舌し難い思いがバルドを襲ったが、何とか父の前では平静を装った。そう、何時も通りに。


 故に欲する、バルドが帝位を確実にするための何かを。

 それが実績であったり、あるいは、また別の方法。

 だからこそ、付け入る隙があった、与えてしまったのだった。


 あくまでこれは最終手段。この時点ではバルドはそう思っていた。

 誰もいない自分の部屋に戻り、ある者から預かったものを懐から取り出す。それは、手のひらほどの小さな球状の魔道具。

 使い方は聞いているが、使わないにこしたことはない。何しろ何が起きるかまでは具体的に教えてくれなかったのだ。

 聞いているのは一つの結果だけ。その結果とは、バルドにすれば十分なもの。いずれにせよ、使わないにこしたことはない。

 そして人員も既に付けられている。Sクラスの冒険者を筆頭に数十人、これについてもまた、使うつもりは、なかった。だが、連れて行く決断は既に下している。


(私の手で<災害級>を討伐する。それが叶えば、次の帝位はやはり私だと見せ付けられる。これを使う必要はない。ないのだ)


 そう己に言い聞かせながら、それを再度懐に収めた。



◆◆



 イアン・ナモ・カルローゼは<災害級>を討伐する国軍の大将として3日後に出陣を控えていた。その気分については、憂鬱、の一言に尽きた。傑物など言われているが、イアンはそう振舞うことが求められているからこそ、そうしているだけなのだ。

 元来イアンは他者の顔色を気にする。臆病、というほどではないが、やや弱気な節がある。だが産まれ持ったステータスと固有能力(ユニークスキル)が、それを許さなかった。

 長子として産まれ、第一継承権にあったのも、彼にとって不運だったかもしれない。人は産まれる時と場所を選べないのだ。


「なあ、リリーナ。僕が次の討伐の大将になったわけだけど、務まるかな?自信が無いんだけど」

 自信無さ気に語る兄を見て、リリーナは思う。何故この兄は私にだけこのような弱気を見せるのかと。

「大丈夫だよ。私にはゾーク父さまがいるから、そこは全然心配してないけど」

 だからこそリリーナもイアンには余所行きに振舞ったりしない。自然体で接する。


 イアンとリリーナは、5人いるソルの子供達の中でも最も仲が良い兄妹である。

 何故そうなったのかというのは、理由はあまりない。強いて言えば、先祖返りであるところ、固有能力(ユニークスキル)持ちであるところ、という共通点があったからだろう。

 普段は立派な王族として在る2人だからこそ、というのもあるかもしれない。


「リリーナの中ではゾーク殿は既に父さまなんだね」

「だって私はゼン様のお嫁さんになるんでしょ?だったら父さまでいいと思うんだ。義父さまって呼ぶべきかな?」

「あはは。まあ、その通りになるかどうかは分からないけど。リリーナはゼン・カノー殿のお嫁さんになりたいのかい?」

「なりたい!というか、なるんじゃないの?あんまりよくわかんないけど」


 普段は浮いた噂を曖昧に流すリリーナだが、イアンに対してだけは本音を隠さない。

 聡明な少女を装ってはいるものの、案外リリーナは政事に疎い。色々なしがらみが生じていることは知っていても、その複雑さがいかなるものか、までは考えが及んでない。

 天真爛漫、というまでは行かずとも、存外楽観的な妹に兄は苦笑する。

 イアンはゼンを直接は知らない。知っていることと言えば、父であるソルがリリーナを嫁に行かせたがっている、自由人の先祖返りであるという程度。あとは噂程度のもの。

 王族が嫁ぐ先としてどうか、と非難を浴びているのは知っている。兄からすれば妹が嫁ぎたがっているから、良いのではないかと思っているのだが、政治的判断としてはどうなのか、若干疑問符は付く。


「まあ、色々とあるみたいだよ。僕も周りから色々ある立場だから、あまり言える義理はないんだけど」

「面倒だよね。王族って」

「うん、僕もそう思ってる」


 王族にあるまじき会話内容であるが、王族らしく振舞う2人だからこその共通見解であったりする。

 他の3人の兄妹ももちろん王族なのだが、「王族らしく」という点を少しばかり取り違えている節がある。

 既に長女は諸国に嫁いだ後ではあるが、残り2人の次男と次女は王族だから偉いと言わんばかりの傲慢さを持ち、貴族達から持て囃されている。

 それを好ましく思っていないのはイアンとリリーナであり、国王ソルにしても同じこと。公爵家もあまり良い顔はしていない。

 だからこそイアンにどうしても国民の人気が集中するし、配慮ある貴族や文官武官ら配下一同もイアンを支持しているところがある。


 そういえば、とイアンはふと思い出す。そもそもリリーナの部屋に来たのは愚痴を聞かせたいからではない、リリーナが学んでいる魔法が役に立つかもしれないと思ったからこそ、やってきたのだ。

 イアンは懐から小さな球を取り出し、リリーナに見せる。


「リリーナ、これなんだけどさ。何か呪いのようなものがかかってないかな?」

 取り出した球をリリーナが手に取ると、何かを感じ取ったのか顔を顰めてみせる。

「何これ?なんかやな感じがする。お兄ちゃん、これどこで手に入れたの?」

「王国軍の兵士の1人が持ってたのを見つけてさ。僕も何か変だと思って、取り上げたんだけど……」

 これをイアンが手に入れたのは、あくまで偶然だ。

 イアンが訓練所で見かけた兵士は、取り立てて不自然であったわけではない。ただ見たことのない兵士だったので、イアンが声をかけただけだ。

 だがその兵士は受け答えにいくつか矛盾があり、それを不審に感じたイアンはその場で兵士を捕らえた。その所持品の中に入っていたのだ、この球だ。

 この球には何か妙な魔法がかかっている。そう感じ取ったイアンは、リリーナが[鑑定]や[解呪]という難易度の高い魔法を習熟中であることを思い出し、リリーナなら何か分かるかもしれないと思い、この場に持ってきた。

 リリーナはまだ[鑑定]も[解呪]も使えない。しかし学んでいるからこそ、この球が何かしらの魔道具であるということは、分かる。


「効果については分かんないけど、古代道具(アーティファクト)っぽいね。でもあんまりいい感じはしないかな。壊しちゃった方がいいかも」

「そっか。リリーナもそう感じるなら、やっぱりこれは封印した方がいいかな」

 実のところ、リリーナに見せるまでもなく、イアンはこの球が危険なものだと思っていた。

 何かしらの確証が得られれば、というあわよくば、程度の思いでリリーナに見せただけだ。

 流石に古代道具(アーティファクト)を壊すなどという真似はしないにしろ、王国の研究者に渡して厳重に封印してもらうのがいいだろう、とイアンは判断した。


「それじゃあ、3日後だね。リリーナは無理しないように」

「お兄ちゃんも、出来ればゾーク父さまに任せちゃった方がいいと思うな」

「本当はそうしたいんだけどね。まあヨハンも同行するみたいだし」


 そう言ってイアンはリリーナの部屋を去り、球は王国の魔道具研究者に預けることにした。



◆◆



 とある会議室にて、それぞれの報告がなされていた。

 居る影は、顔も声もよく分からない。おそらくは人類種、というだけだ。

 その場は暗く、灯りも僅かにしか灯されていない。


「帝については、まずまず」

 一つの影が告げる。


「王は気付かれた。だが全てではない」

 更に一つの影が告げる。


「領には既に入っている」

 また別の影が告げる。


「万全でなし。されど問題あらず」

 そしてまた、一つ。


 それらを聞いた、中央の影が、告げる。

「我が国こそ、人類種のあるべく唯一の国家」


 そして唱和する。

「我らが神こそ、唯一の神。そして我らこそ、無二の神民族である」


 中央の影は、何かの像をその場に掲げる。

「この世に人間以外の人民は不要なり。神もそう告げられておる」

「然り。神託でもそう告げられた」

「然り。混血などあってはならぬ」

「然り。大国など我らの国だけでよい」

「然り。聖獣は我らの手にあり」

「然り。大陸は我らのためにあり」


 ここはとある国の一室。そしてここに居るのはその幹部達。


 歪んだ国家。歪んだ思想。神託を守れなければ、大陸の存在すら認めない。


 だが国が破綻することは無い。このような思想の持ち主は、国内でもごく僅か。この集団のみ。だからこそ制御出来る。


 神託で告げられた内容は、「混血で産まれた異人は大陸を混乱に陥れる存在である」というもの。


 その内容は、大幅に捻じ曲げられたものである。だが全くの嘘ではない。真実を織り交ぜた嘘は、やがて事実になる。


 それが誰のことを指すか。その調べは付いている。


 今回の事態は、それを排除する絶好の機会であり、不要な大国を混乱に陥れる、最大の好機。


 だからこそ、十分過ぎるほどの準備を整えた。


 全ては信奉する、我が神のために。



◆◆



「こんな馬鹿な話があるか!<災害級>が倒せぬというのであれば分かる!だがフィナール領には最強の冒険者が2人いるのだぞ!その2人に別の依頼をしたのは王国と帝国ではないか!」


 フィナール領主、ギース・フィナールは王国からの使者に猛抗議を行っていた。何故自領に発生した<災害級>を放置せよ、などというふざけた命令が下されるというのか。

 フィナールの町の冒険者ギルドに<災害級>の発見の報告がなされたのは、既に2週間前のことだ。

 すぐさま緊急依頼をかけるように指示したのだが、それが間に合わなかった。これには冒険者ギルド長ナハトも困惑した。

 エドナがこの世を去ったばかりで、まだ執行官が未熟なため、タイムラグが発生することは、やむを得ない。しかし冒険者ギルドが自主的な動きを見せる前に、その間を縫って、王国から国軍を派遣するため、討伐は控えるようにと通達が伝えられたのだ。


 使役された使い魔が先触れを出してきた時には何かの間違いかと思ったのだが、こうやって正式な使者も来た、来てしまった。

 更に帝国軍が既にフィナール領に向かっているという。名目は共同演習になっているが、両軍ともに討伐が目的であることは明白だ。子供にも分かることだ。こうなるとフィナール領主といえど、勝手な真似は出来ない。

 そしてフィナールの町の冒険者ギルドにも、最高戦力であるシャレットに帝国から指名依頼が出され、王国から同じく最高戦力であるゾークに指名依頼が出された。


 残された道は限りなく少ない。せめて拡大だけは防ぐために、冒険者ギルドを通して何とか現状維持に努めるギース。

 幸いフィナールの町の冒険者ギルドには、Aクラスに昇進したネリーというゼンの従者がいる。実力的にはギルド長ナハトも太鼓判を押すほどだ。

 そこでネリーに指名依頼を冒険者ギルドを通して出そうとしたのだが、ナハトがそれを止めた。


「分かんねぇことが多すぎるんだよ。特にネリーさんはゼンの従者だ。ゾークさんやシャレットさんは王国や帝国のギルドを通して指名依頼してきたからしゃあねえが、俺としては認められねえ。直接言ってくれ」

「むぅ……確かに。シャレット代官一家に負担がかかりすぎる、か」

「本来ならここで緊急依頼を出したいところだ。<災害級>が発生しているのは間違いねぇ。魔物が群れてやがるし。だが何が<災害級>になってるかもわからねえ状態だ。国から止められちゃしょうがねえが……」


 ナハトとしても今回の措置はありえない、と思っている。<災害級>の討伐を国で行う、というのは分かる。しかし討伐を止められるというのはどういうことか。

 せめて調査だけでも先に出したいのは確かだが、既に群れの規模が大きくなっている以上、調査依頼を出すにしても、誰が受けてくれるというのか。

 それこそ領主ギースの名の下に、Sクラスへの昇格が検討されているネリーに指名依頼を出すしかないだろう。冒険者ギルド本部で昇格が認められるかどうか、という点についてはかなり微妙なところだが、ナハトとしてはAクラスという枠組みと見なしていない。

 ネリーは、冒険者ではあるものの、ゼンの従者であるという姿勢を崩さない。実際既に何件か指名依頼を出しているが、長期間の護衛任務などは断っている。また、ゼン以外とパーティを組むことも無い。それ故にSクラスとなると、経験的にどうか、というところになる。

 その分というわけではないが、討伐依頼など受けた2日後に帰ってくる、という手際が良いにも程がある仕事っぷり。時として対象外のA級魔物をついでに狩って来る始末だ。

 戦いぶりを知っている人物は少ないが、その代表格がレイス。曰く、「正直ゾークさんより強い」という。そのゾークもこれを否定しない。


 やむを得ずギースは自らイストカレッジに赴き、ゼンにネリーへの指名依頼を出したいと腹を括って告げた。今回ばかりは苦手意識など持ってはいられないのだ。

 ギースにとっては多少意外だったのだが、ゼンはギースの憤慨に理解を示した。


「今回ばかりは、領主殿の怒りも理解出来る。<災害級>相手に対応が遅すぎる、というのは同感だよ。ネリーに出したい依頼は何?」

「良いのか?ネリー殿はゼン殿の従者だろう?」

「そこは<災害級>とは無関係だろ。というより、父さんと母さんに最初から討伐依頼出せば済んだ話なのに、なんでこうなった、と言いたいけども。まぁ、少なくとも領主殿は悪くないよ」


 そこで話した依頼内容は、「両国軍到着まで魔物の拡大を防ぎ、フィナール領を防衛する」という、普通冒険者1人に出す依頼とはとても思えない内容。

 ギースとしても分かっている、無茶な依頼内容だと。だがゼンはこれを了解し、更に「俺も少しばかり手伝おう」とまで言ってくれた。これにはギースも安堵した。

 ゼンの実力については、冒険者ギルドに提出された簡易ステータスしか知らないのだが、Cクラスでありながら、Aクラスにも匹敵するという評判であるということは知っている。

 実際の実力については良く知らないにしろ、ゾークやシャレット以上に、ゼンはかなり特殊である存在ということは身を以て知っていることだ。ギースは、ゼンが「怪物」だと断じている。


 ゼンは<厄災級>になる可能性を少しでも減らすために。

 ネリーはゼンの希望を叶えるために。

 厄介な縛りを受けつつも、<災害級>の範囲拡大を防ぐために動き出した。



◆◆◆



 起こしたというのに、まだか。

 まだなのか。

 あれからどのくらい経った?

 そうか、寝ていた間にそれほど経ったか。

 しかし、何故起こした。

 我を起こす時は決めていたはずだが、まだ時は来ていない。

 ほう、そうか。

 なるほど、随分知恵を付けたのだな。

 ふむ、そうか。

 それもよかろう。

 そうか、その名はどこか、覚えがある。

 どこだったか、忘れてしまったがな。

 されば今一度眠るとしよう。

 そうだな、時が来るか、あるいは、お前が死した時に。

まあ分かりやすい伏線をいくつか置いた回、といったところでしょうか。

次は4/17 6:00予定

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