【閑話】小話集その2
本編前に、何となく書きたくなったので。
【とあるイストカレッジ役場の部門長】
私の名前はスミヨン。3年前まではグラバル共和国の官吏として働いていた。
これでも長年政務に関わってきた身だ。父親もローランド共和国で働いており、共和国の在り方というものはよく分かっていたつもりだ。
しかし、どうにも私は、潔癖すぎたようだ。
ある日のこと、私は見に覚えのない罪を着せられた。
「スミヨン君。君にはテイラー大臣の汚職疑惑に加担した疑いがかかっている。しかし、テイラー大臣はこの国の重鎮だ……分かるね?」
テイラー大臣は、国庫管理を一任されている、私の上司だった。
個人的にはあまりいい上司とは言えなかったが、それでも確かに優秀だった。外貨を獲得し、国庫を潤すという点において、極めて高い能力を持っていた。
多少性格に問題があるが、その実力だけは認めていた。
ただ、尊敬出来る上司かというと、そうでもなかった。
テイラーは、外貨獲得のために各国商人とパイプを深めていた。
そこで色々誤魔化して、接待という名目で私腹を肥やしていた。それは私も知っていたことだ。
横領と言える範囲かどうか、この国の法からすると、かなり極めて黒に近いグレーゾーンだという認識だったが、私の諫言はテイラー大臣には届かなかったようだ。
前回の選挙の結果は、テイラーにとって、極めて悪いものになった。
テイラーは、ガルドナ・イースラー元国務長の派閥に属しており、言ってみれば保守派とでもいうべきところに身を置いていた。
ところが、前回の選挙の結果、ガルドナが自分のポストから転げ落ちてしまったのだ。
選挙で過半数を占めたのは、ファボ・カク派という革新派であった。
ファボ・カクは、平民として産まれた先祖返りであったのだが、精神力が高い程度でこれといった固有能力も持たない、ただの人間族のはずだった。
だが、人身掌握に優れ、極めて高い政治能力を持つ彼は、30半ばという年齢で自分の派閥を持ち、大多数を誇った保守派を一新してみせたのだ。
当然テイラーは焦った。自分自身は何とか選挙で生き残りを果たしたものの、ガルドナは落選。他の保守派も数少ない人物しか残らなかった。
だからこそ、テイラーはファボに近づいた。ここで幸運だったのは、ファボがテイラーを有用な人材として、元々引き入れようと考えていたことだった。
ならばどうして私が…と思ったのだが。
「スミヨン君。私はね、君のことを高く評価しているよ。しかし、清濁を飲むという意味では、君は少し、ね」
そのように告げてくる目の前の男――ファボ・カクは、私の肩をポンと叩く。
「何、君ならば次の選挙で、官吏としてではなく、政治家として戻ってこれるだろう。それまでの面倒は見ようじゃないか。その間、勉強したまえ」
ファボはそう言うと、既に用意された辞任届け、ご丁寧に私のサイン一つで済むように作られたものを、机に置いた。
その隣には……横領罪として、私の逮捕状が用意されていた。
それから妻と子供2人を連れて、すぐさま国を出た。勿論辞任届けにはサインをしてきた。特におかしな記載はなかったので、国に留まりさえしなければ家族にまで危害を及ぼすことはないだろう。
ファボ・カクは、自分の利のためならば何でもするが、約束は守るという点においては、フェアな人間ではあったはずだ。
要するに、私がどこかでファボの不利益になるようなことをしなければ、手出しはしてこないだろう、という判断もあった。
問題はこれからどうやって暮らしていくか、ということだった。
◆◆
「スミヨンさーん。ゼンちゃんが呼んでますー」
「ま、また私ですか……というより、実は私ではなくて、ユーキリス様でもよろしいのでは?」
「……お願いしますねー」
そういって上司は私に書類の束を押し付けて、素早く階段を下りていった。
あの様子だと、恐らく代官様に押してもらった決裁分の書類に違いない。代官様も優秀だが、代行様に比べてチェックが甘い。
規決裁分で代行様が注釈することはあまりないが、上司が行くと少なからず課題が出るのだ。
私の今の役職は、「イストランド郡、運輸・交通部門長」。
あれから運良く、新規の代官が就任しているというフィナール領の話を聞きつけ、「村」という小さな単位ではあるが、再び官吏として職を得ることが出来た。
半年に及ぶ旅の疲れは限界に近かった。それゆえに、この募集を聞きつけた時は狂喜したものだ。
私の同期は10人程度。何でも筆頭執政官として、「女傑」ランド氏のご息女、ユーキリス様がいるものの、他に官吏として人員を用意していなかったのだという。
大した仕事がないだろう、というのは安直にせよ、たかが1郡の話で、しかも冒険者の功績として代官職に就いただけの土地。
元々国に直接仕えていた私ならば、特に問題なく職務に励めるだろう。ひとまずひと時の安息の地として、子供達が成長するまでの繋ぎの職としては十分だ。
そう、ここで気付くべきだった。雇用条件に、
「最低賃金月額金貨3枚、半年ごとに金貨6枚。別途歩合報酬有、昇格制度有」
という、人口5000名にも満たない一群としては、破格の条件という意味を。
◆◆
「一応私が雇用主のシャレットよ。代官なんてやったことないから、あとはこっちのゼンとユーリに聞いてね」
初の出仕は、「まずは1週間、領内を見て回ること」という命令もあり、雇用が決定した10日後のことだった。
目の前のエルフらしき人物が、この郡の代官であることをこの場で初めて知った。両隣の同期の顔を見る限り、こちらも初対面だったのだろう。
しかし、冒険者シャレットは、同じく冒険者であるゾークとともに、凄腕の冒険者であると聞いたことがある。
どうも見たところ、足が不自由なようだ。代官になったことと、何か関係があるのかもしれない。
だが、今はそれより、隣に佇む美少年のことだ。決して美少女ではないと、近隣の住人からは聞いている。信じ難いが、シャレット様の御子息だ。
「私がー、筆頭執政官のユーキリスでーす」
「ゼン・カノーと申します。母に代わり、業務を代行することがありますので、皆様どうぞ御鞭撻の程、よろしくお願いします」
筆頭執政官の言葉はあまり頭に入らなかった。それだけゼンと名乗る美少年に惹きつけられていた。
同期の連中は、半分ほど侮りや疑惑の目をした者がいたが、もう半分は固まっていた。私もどちらかといえば、固まっていた方だ。
(カノー?称名持ちということは、先祖返り?いや、だが、しかし……)
固まっている者同士、目を合わせる。
彼らの前職は、いずれも官吏か、あるいは政事に携わる職だったと聞いている。あとの半分は、少しばかりの読み書きや計算が出来る程度だ。
政事に関わってきた者というのは、それだけ多くの人物を見てきており、それなりに人物眼というものを鍛えている。
だからこそ、ゼン・カノーと名乗った目の前の少年が、ただの少年ではないことが分かる。
「それでは雇用条件にありました通り、領内の観察は行っていただいたものと考えます。ユーキリス筆頭執政官には、ある課題を出しております。それを踏まえたうえで……」
少年は我々を一瞥する。私のところで僅かに目が留まった。
「スミヨンさん、でしたかね。貴方にお尋ねしますが、領内を見て、どう思いましたか?」
「……はっ。率直に申し上げまして、驚いております」
そう、私は一週間どころか、猶予としての準備期間3日間すら使って、フィナールの町から郡内を調査して回った。
そこでいくつもの驚きがあった。確かに人口は少ないが、発展する余地が大量にあり、その下準備が着々と進んでいたからだ。
聞けば、シャレット代官が就任して間もなく始まったことが、交通の整備であったという。
その時はユーキリス筆頭執政官はまだ就任しておらず、少なくともここに彼女が関わった形跡はない。
むしろ目立ったのは、「ゼン・カノー」が行ってきた、土壌改良や、交通整備。人口調査といったものだった。
彼は私の返答に、ニコリと笑うと、一言。
「ではスミヨンさん。貴方が驚いたこと、気付いたことをまとめて、私に報告して下さい。明日で結構ですが、口頭説明と書類資料を用意しておくように。今日出来る範囲で結構です」
それから、と付け加える。
「リラさん、エイブさんには、官吏務めをしたことがない方へ、最低限の教育をお願いします。研修期間として2週間。成果についてはユーキリス執政官に報告を。バコタさんとラロッカさんには、今からでもユーキリス執政官に付いてもらいます。よく相談して、課題に取り組んでくださいね」
リラ、エイブ、バコタ、ラロッカ。
いずれも元官吏、あるいは政事に関わる職務についていたことは、初日の同期の顔合わせで既に知っている。
その中でこのゼンという少年は、各自が持つ能力を的確に見抜き、最初の仕事を割り当ててみせた。
皆が唖然とする中、「それでは、これにて解散とします。勤務時間は8時間としておりますが、必要あれば延長をユーキリス執政官まで申し出るように。その分の追加手当も出しますので」と告げると、少年は部屋を出て行く。
私はとんでもないところを職場に選んでしまったのではないか、その疑問は、後日あっさり肯定されてしまうことになる。
◆◆
「スミヨン、入ります」
本来シャレット代官の執務室の前で、ドアをノックしてから宣言し、「どうぞー」という返答の元、中へ入る。
執務室の机に座るのは、当時から美少女っぷりに加速がかかっている、ゼン・カノー役場長代行。
この役場長代行というのは、非常に多くの政務をこなしているにも関わらず、「代官の息子」というだけで何も肩書きがなかったゼン代行に対して、ユーキリス筆頭が付けた肩書きだ。
シャレット代官に対して、ゼン代行と呼ぶことが今は普通になっている。
「それにしてもスミヨンさんか……ユーリに押し付けられた?」
「ええ……まぁ……」
「まあスミヨンさんなら丁度いい案件なんだけどね。ごめん、ちょっとそこに座って待っててくれる?」
書類の束から目も離さず、凄まじいスピードで読み進めては、チェックを入れたページに栞を貼り付けていくゼン。
何でも「速読術」という独特の読み方らしいが、見たところ予算関係の書類のはずだ。そんなに早く間違いが分かるものなのだろうか?という疑問は、もうあまり感じない。
これが「ゼン・カノー」という人物なのだと、私は半分諦めている。
2~3分もしないうちに、「ふぅ」と一息吐くと、ゼン代行が席を立ち、そのままお茶を2人分用意しようとする。
慌てて私が、と言おうとしたが、「いやいや、お茶くらい飲んで行って下さいよ」と手と口で制される。
恐縮しながらゼン代行からお茶を受け取り、「まずは一口どうぞ。お話はそれからで」と言われてしまう。
私は内心嘆息した。このパターンは長くなるパターンだと。
執務室を出たのは1時間後のこと。思ったよりは短かった。
しかし……。
「ユーリ筆頭には、私からもお説教が必要ですね……」
私が渡した決裁済の書類は、既にゼン代行の注釈が加えられており、非常に納得の行くものばかりだった。
何が悪かったのかよく分からないポイントもあったが、そこはゼン代行が注釈だけでなく、説明を含めて解説してくれた。
問題点の答えは、ゼン代行は直接示さない。我々に与えてくれるのはヒントのみ。
回りくどいやり方かもしれないが、ゼン代行は我々に考えさせ、そこから新しい発想が生まれるのだ。
その労力は生半可なものではないのだが、その分過分と言えそうなほど、給料は貰っている。
部門長という役職は、ゼン代行と部下の狭間で、色々と苦労させられるが……。
「それでも、やり甲斐はあるというもの、か」
私は一つ苦笑いをして、2階へと向かう。
部下への仕事の追加は、とりあえずユーキリス筆頭に文句と説教を小一時間してからにしよう。
筆頭がいつもどんな風に言われているか知らないが、筆頭も決裁印の権限があるのだから、代行が気付いた半分くらいのポイントは気付いて貰わなければならないのだから、八つ当たりくらいは許されるだろう。
どうせ私も部下に仕事を振れば、八つ当たりを食らうのだから。
―――
【Bクラス冒険者ネリー】
ある日のフィナールの町にある冒険者ギルドで、いつものようにヒバリは受付に座っていた。
今の相手は、依頼完了報告をしてきたネリーだ。
内容はB級魔物の討伐依頼。本来Bクラス冒険者がパーティを組むか、ソロならAクラス冒険者が受けるような内容だ。
一応Bクラスから受注可能なものではあるが、これを単独で受けるBクラス冒険者は、ネリーくらいなものだ。
ついでに言えば、受注したその日の夕方には完了報告してくるのも、ネリーしかいない。
ゾークとシャレットという、SSクラス冒険者という世界でも片手レベルの冒険者もいるが、実質フィナールの冒険者ギルド最強戦力は、ネリーである。
「ネリーさん、まだ昇格試験、受けないんですか?」
「必要ありますか?そもそもナハト殿の権限で、昇格出来ると聞いてますが」
「うーん……ギルドマスターも検討はしてるみたいなんですけど、ネリーさんの場合、実力は申し分ないんですけど……」
ヒバリはナハトにネリーを何故Aクラス冒険者にしないのか、だいたいの理由は知っている。
確かにギルドマスター権限でAクラスの認定は可能なのだが、ネリーをAクラスとするには、それなりの根拠が必要になる。
実力的には全く問題はない。こなしている依頼の数はそれほど多くないが、依頼達成までの速度や、その達成内容は「完璧」が殆どだ。
だが、それだけでAクラスに認定していいかと言われると、本部への説得材料としてやや厳しい。
Bクラスまでなら、問題なく上げられるのだが、Aクラスへの昇格となると、本部へ昇格の理由を通達する必要がある。
単純に「強い、早い」だけなら、Sクラスでもいい程だと思ってはいるものの、ネリーにはAクラスへの昇進のための「実績」と「経験」が不足しているのだ。
「長期間の護衛依頼や、パーティを組むような依頼は、受ける気はありませんね」
「ですよね。ネリーさんはゼンさんの従者ですもんね……」
事も無げに指名依頼を拒否するネリーの説得は、ヒバリは既に諦めている。
この点が「実績」と「経験」の不足、という部分になっている。ネリーはゼンの傍から長く離れるつもりはないし、他の冒険者と組む気もないのだ。
そこがナハトがAクラスに認定出来ない理由であることも、ネリーは重々承知しているが、指名依頼は1度だけしか受けたことがない。
その1度が、ゼンやネリーを非常に不愉快にさせたため、余計に受ける気がなくなった、ということもある。
「傲慢な連中の言うことなど、二度と耳にしたくはありませんね。ゼン様も今後は相手を選んでいいと仰ってます」
無表情で辛辣に言い放つネリーに、僅かばかりヒバリも同情しないこともない。
確かに1度だけネリーが受けた指名依頼は、とあるパーティとの合同による1週間の護衛依頼であり、その相手はとにかく品性に欠く連中だった。
◆◆◆
「けっ、愛玩獣人が助っ人かよ。この町のギルドはシケてやがんなあ?ついでにDクラスのガキに何が出来るってんだ?」
いかにも、といった人間族の中年男性冒険者が、俺とネリーを一目見て言い放つ。
初対面で最初のセリフがこれである。早くもこの依頼を違約金払ってやめようかと思った。実際ネリーの目が怖い。
ネリーに指名依頼が来たのは、今回が初めてだ。
厳密にはネリーに直接というわけではなく、「旅の無聊を慰められるような、愛らしい冒険者がいると聞いた」とかいう、意味不明な護衛依頼だ。
むしろギルドからの推薦でネリーに白羽の矢が立った、ということらしい。
内容としては、アルバリシア帝国にある都市までの商隊護衛、ということになっている。片道およそ10日程度。
まあぶっちゃけ俺が[空間箱]に入れて運べば、1日もかからんのだが。
正直ロクなことにはならんと思っていたが、想像以上にひどかった。やはり俺が付いて来て正解だった。
「まあまあ、いいじゃないですか。戦闘面は役立たずでも……ね?」
ちょっとだけイケメン風の鬼人族男性が、意味ありげに俺とネリーをねっとりと見つめてくる。
多分ネリーを紹介したのは、ナハトかヒバリかだろうが……ナハトかなぁ。あのおっさん、こういうのも経験だー、みたいなことを言いたいのかもしれない。
だったら余計なお世話としか言いようがない。ぶっちゃけネリーのクラスアップにしろ、そんなに急ぎでもないし、こいつらと共同してまで依頼を受けたくない。
更に悪いことに……こんな依頼の仕方をする依頼主が、まともなわけないのである。
「ぐふふ、依頼主は、俺様だぞ?順番は間違えるんじゃないぞ」
オークに人類種っていたの?って感じの、でっぷりとした人間族商人。こいつか依頼主らしい。何の順番だっつーの。
ちなみに冒険者ギルド規約的に、そういった交渉は受け付ける必要は全くない。まあそれで依頼主からの評価が下がることもあるだろうが、事情を説明すれば、きちんと評価してくれるとのこと。
他にも何人か護衛役と思しき人物がいるが、それぞれ【完全解析】をかけてみたところ、一番まっとうに戦えそうなのは、前者2人っぽい。
一応肩書きはBクラス冒険者だが、レイスの方が役に立つんじゃね?って程度の強さしかなさそうだ。
(なあ、ネリー……違約金払って帰ろうか?)
(私ならば耐えられますが、ゼン様のことを侮辱されるのは我慢なりません。しかし、依頼失敗とされるのは、ゼン様の名誉に関わります)
(いや別にいいよ俺は)
(なりません。むしろこの場にゼン様をお連れしたのが間違いでした、申し訳ございません)
ネリーは俺を第一に考えている、それは重々承知している。
でも今回は、まだDクラスでしかない俺が、Bクラスのネリーのパーティの一員として来ただけの話であって、経歴に傷が付くとか、そういうことは流石にないと思うんだが。
いや、ネリーは俺の従者と常々主張しているから、そこに傷が付くのも嫌なのかもしれないが。
はぁ……仕方ない、ちょっと親の威光を借りるとするか。
俺は豚とおっさんとキモメンの前で、一言挨拶する。
「こちら、今回ご指名頂いたBクラス冒険者ネリーでございます。私の従者でもあります。申し遅れましたが、私はDクラス冒険者、ゼン・カノーと申します。「槍聖」ゾークと「賢王」シャレットの1人息子です」
SSクラス冒険者の名前が出れば、流石に引くかと思ったのだが……。
「おいおい、あの暑苦しい男と不感女の息子だってよ。笑わせるぜ」
「くふふ。そもそもあの2人、まだ生きてるんですか?だいたい「槍王」と「賢者」でしょうに。誇張も知識が伴いませんとねえ?」
「それが誰のことか、わしは知らんなぁ……与太話は夜にしてもらおうか」
駄目だこいつら。
ってかネリーが切れる寸前だ、やっぱこれ違約金払って依頼破棄した方がいいな。
「だいたいテメェらの役割、分かってんのか?別にテメェらの実力とか、どうでもいいんだよ」
「そうそう、旅の無聊を慰めるため、という内容だったでしょう?まあ、そこの小さいのは些か幼すぎますが……」
「ぶふっ、まぁ待て。わしが一番だろう。金を払うのはわしなんだぞ」
……あー、そういうこと?だったら冒険者なんざ雇わずに、他所に依頼せぇや。
しかも俺の性別、多分間違ってるし。いいや、知らね。
「……どうやら、私たちとは合わないようですね。違約金を払いますので――」
「ああん?そんなもんもう遅ぇんだよ。それとも何か?契約通り違約金の10倍払うってのか?」
は?どういうことだ?
そう思ったところ、クソメンの鬼人族の男がニヤニヤして説明してきた。
「今回の指名依頼は、冒険者ギルド推薦者ということになっています。その推薦者が契約破棄をしてきた場合、違約金は10倍払いというのが慣例ですよ?」
「……聞いたことがありませんね。与太話はそちらではないですか?」
「うるせえ!こっちゃアジェーラ聖国冒険者ギルド所属だぞ!本部ギルドの慣例くれぇ知っとけやガキが!」
脳内で【天上書庫】の知識をフル活用して、これが正しいかどうか調べる……というのは難しい。
流石に現行ルールまで調べようがない。
「ついでに言えば、本部ギルドに報告が挙げられるでしょうねぇ……クラスダウン。もしかしたら冒険者剥奪まで――」
そこまで言いかけたクソメンの顔面に、ネリーの拳が突き刺さった。
派手にぶっ飛んだ鬼人族の男は、顔面が陥没している。
オーケー、もう我慢しなくていいわ。
俺よりネリーが先にキレるのは珍しいかもしれんな。
あっけに取られる連中を無視して、俺は豚に[空間箱]から金貨を投げつける。
「分かりました。では、10倍の違約金をお支払いします。金貨50枚ですね。お納め下さい。どうぞ本部とやらに報告されると良いでしょう」
俺もクソオヤジ冒険者の横っ腹を蹴り飛ばす。肋骨3~4本は逝っただろう。
目には目を、歯には歯を、理不尽には理不尽を。
父さんも母さんも、妥協出来るラインを超えれば、依頼失敗なんて気にするなと言っていた。
恐らくナハト辺りが頭を抱えるだろうが、最初から気乗りがしない依頼だった以上、こんな連中と10日間も行動出来ん。他に懸念もあるっちゃあ、あるしな。
「き、貴様ら、タダで済むと……」
「一言忠告しておきましょう。ネリーがここから3日ほど進んだところで、ワーウルフの群れを見つけましてね。半分ほど討伐したのですが、あとの半分はどこに行ったかまだ調査中でしてね。せいぜいかち合わないように、お祈り申し上げておきますよ」
「ワ、ワーウルフの群れを、一介のBクラス冒険者がっ!?」
「彼女は非常に優秀な従者でしてね。10体ほど始末してきたようですが、また群れになった際に今度はまとめて倒すそうです。あなた方が丁度いいエサになるかもしれませんねえ……」
ネリーに【念話】で伝えると、彼女は頷くまでもなく、豚の首根っこを抱えて、片手で持ち上げる。
そのまま大量の穀物を積んだ荷台に投げ捨てると、その荷台ごと持ち上げる。
他の護衛役はもう逃げ出す寸前だ。元々彼らは父さんや母さんを知っていたのだろう。もしかしたらネリーのことも知ってたかもしれない。
荷物を落とすことなく、ネリーは頭上で荷台を揺らす。豚は何か言っているが、途中で我慢出来なくなったのだろう、揺らされ続け、ついに吐き出した。
「や゛、や゛め゛ろっ、やめ゛でぐれぇー!」
ネリーにもういいと伝えると、汚い豚の胸倉を掴み、今度は俺が持ち上げる。
「知ってましたか?この穀物、元々は私の母が管理する土地で作られたものでしてね。今後一切の取引を凍結するように具申することにします」
そのまま豚を投げ飛ばす。汚いおっさんをいつまでも掴んでいたくない。
「性根を入れ替えたら、謝罪金として白銀貨持って来い。農業ギルドにはこの俺、ゼン・カノーから伝えておくからな」
ああ、こいつら商隊だったな。商会名後で確認しとこ。
◆◆
あの連中をその場に捨てて、俺とネリーは一旦イストカレッジに帰還。冒険者として正しかったかどうか、両親に一応報告したところ、「問題ない」とのお墨付き。
それからフィナールの町の冒険者ギルドに向かい、ギルド長ナハトに直接今回の顛末を報告した。
無論、報告だけでは済ませない。俺が聞いた冒険者ギルドの説明と、ギルドに置いてある手引きの説明。ベテランである両親からの説明。
いずれも今回の件は、ネリーだけに責任の所在はない。
「さて、何か問題ありますかね」
「問題だらけだぜ……あいつらみてぇな、くだらねえ連中も依頼として受けてこそ、Aクラス――」
「ならば私はAクラスになる必要はありませんね。そもそも私も冒険者として大成したいわけではありません」
「ギルドとしては、実力が確かな連中は――」
「あいつらは、俺の両親も侮辱した。そんな連中に付き合っているほど、ヒマじゃないもんでね」
「いや、そもそもゼンはD――」
「俺はネリーの主人だし当然だよね。そもそもネリー個人への指名依頼では無かったんだけど?だいたい本部とやらの規約も、デタラメ言ってたと思うんだけど?わざわざ金貨50枚払ってきたわけだけど?」
「だから、ああいう輩が――」
「あ、10倍で思い出した。今回の指名依頼、ギルドからの推薦だったよね。推薦した側として、相手の情報をこちらに与えなかったことと、違約金の契約を知らせなかったこと。この責任所在はどこに?」
「……いや、だから……」
「父さんと母さんにも事の顛末は報告済だよ。SSクラス冒険者として、ギルドの不始末を追求してもらっても――」
「……すまなかった。あいつらが本部にどう報告するか分からねぇが、フィナール冒険者ギルドとしては、冒険者ネリーに責任の追及はしない。これで勘弁――」
「では、ゼン様のお支払いした法外な違約金についても、ギルドで保障して頂けますね?」
「………努力する。って、それはもうあいつらに謝罪金を要求――」
「問題のすりかえは困る。それはそれ、これはこれだ。ま、もっともあいつらから謝罪金は取れないと思うけどね」
「……そりゃ、また、なんでだ?」
「あいつらはアルバリシア帝国にたどり着けない。それこそ他に護衛を依頼していなけりゃ、十中八九、ワーウルフの餌食だろうね」
「私が一昨日、依頼で討伐した10体は、群れの半分程度でしたからね。それはご報告差し上げた筈ですが?」
「………」
「ま、最悪金のことはいいけどさ。後のことは知らないからね?それこそフィナールの冒険者ギルドで受けた依頼なんだから、何とかすればいいさ」
これ以来、ちょくちょくネリーに指名依頼は来るものの、冒険者ギルドからの依頼はしばらく来なくなった。
◆◆◆
ヒバリが知っているのはあくまで一部始終に過ぎないが、どうやら商隊は途中で魔物に襲われ、護衛から見捨てられた商人はそこで餌食となったとか。
商隊の生き残りから、ゼンが商人に情報提供していたとの証言もあり、依頼放棄というより、依頼中断といった線で報告がなされている。
冒険者に護衛依頼するに当たって、こういった揉め事は少なからず存在する。
今回のような、喧嘩別れのような形になった場合、両者の事情聴取を依頼を受けた冒険者ギルドで行い、過失の配分を見極めることになる。
そして生き残りの証言により、「依頼主による著しい名誉毀損があり、冒険者として依頼破棄したことは正当な権利である」という沙汰が下された。
「いずれにせよ、Aクラスへの昇格は、試験を受けずとも良いと聞いております。相応の依頼を数多くこなせば認められる、と」
「えーっと……はい、本部規定は、ネリーさんの仰るとおり、A~Bクラス相当の依頼を300件達成で、自動的に昇格になります」
ヒバリの説明通りだが、実際はAクラスへの昇格は、所属するギルドマスターからの昇格試験に合格することでクラスアップするケースが多い。
BクラスからAクラスともなれば、人格などに問題が無ければ、だいたいは100件もこなさないうちに実力が認められる。
特にネリーのようなソロの冒険者であれば尚更だ。強力な個の力は、それ相応のクラスにする義務がギルドマスターにはある。
「私にとって冒険者のクラスを上げるのは、ゼン様の意向に沿っているに過ぎません。であれば、不快な思いをせずとも、片手間にやる程度で十分です」
「片手間で……」
ブラストタイガーやら、ワーウルフの群れやら、ゴブリンジェネラルの巣やらを、フラっと来ては討伐して、その日に帰る、などというBクラスの冒険者など、世界広しといえど、ネリーくらいなものではないだろうか。
そんなことを考えるヒバリであったが、そんなハイペースで依頼達成が可能ならば、300件達成というのも、案外早いのかもしれない、とも思った。
結局、困難な採取依頼なども含め、FクラスからAクラスまで僅か3年少々という記録的ハイペース。
それも依頼達成数による自動昇格といった形でのAクラス冒険者が、フィナールの冒険者ギルドに生まれたのは、<災害級>討伐戦の僅か1ヶ月前のことであった。
ファボさんは、いつか再登場するかもしれません。




