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転生者は創造神  作者: 柾木竜昌
第二章 幼年期 ~鬼才の片鱗編~
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【閑話】小話集その1

没にしようと思ったのですが、折角書いたので掲載してみました。

読み飛ばし可。

大した中身でもありませんので。

【ユーリのお見合い?】


「ねえユーリ、あなたに婚期なんてものは既に無い、ということでいいわよね?」


 珍しく郡役場に出仕してきたシャレットが唐突にユーリに放った一言は、ユーリに甚大な精神的ダメージを与えた。

 ユーリとて気にしていないわけではない。候補もいたことはいた。

 だが、彼女には相手をやや高望みする傾向にあった。

 三高などという言葉があるが、アクイリックにおいて言えば、イケメン・安定収入・確固たる立場、といったところだろうか。

 元々器量は悪くないユーリなのだが、旅している間に候補に上がってきた男性はいたものの、どうしても後者2つが不安定に見えるものばかりだった。


「シャレットはいいよねー!ゾークさんがいたしー!」

「否定はしないけど、ユーリみたいに選り好みしなかったってだけよ」


 ユーリからすれば、ゾークは学園時代から優良物件に見えた。

 冒険者という仕事は不安定にしろ、ゾークの実力は当時から飛びぬけていたし、シャレットもそうだった。

 2人がくっついたのはごく自然なことで、むしろ遅すぎると思ったほどだ。


 今のユーリは、非常に恵まれている立場、なのだろうと思う。そこは理解している。シャレットに請われてイストランド郡の執行官になった、そこで確固たる地位が築けた、収入も一般人の5倍はある。

 そこまではいいのだが、如何せん多忙すぎる。仕事以外に労力を割く余裕は全く無い。そんな折にこんなことを言われれば、ユーリだって文句の一つも言いたくなる。


「せめてもう少しシャレットも仕事してよー。シャレットってばゼン君に任せっぱなしじゃなーい?」


 意味のない抗議をしている、というのは自分でも分かっている。

 何しろシャレットが仕事をしなくても、何も支障は出ない。必要な代官の決裁は、代行してゼンが7割方行っている。それで郡内の統治は上手く回っているのだから、文句などありはしない。少なくとも、住民にとっては。

 そんな事実を盾に、シャレットは涼しい顔でユーリの抗議を受け流す。


「別にいいじゃない。ゼンだって私がそんなに代官の仕事をする必要は無いって言ってるし。だいたいあなたの仕事でしょ?」

「うー……」


 代官としての仕事を引き受けているゼンではあるが、決裁印はユーリに委任してある。ゼンは常々ユーリにこう言っている。


「基本的に任せるって言ってるでしょ、報告だけくれればいいって。その後に必要な処理が出てくれば都度指示するから」


 実際ユーリのところで決裁することは可能であり、少なくともゼンはユーリの判断に完全な否定をしたことはない。

 だがユーリからすれば、ゼンは報告の際に必ずと言っていいほど修正点を挙げてくるのだ。

 決裁後に修正点を挙げられるよりは、決裁前に挙げられた方が、まだいくらかマシ。そう考えるユーリを役場で働く人々は支持している。決めたことを修正するより、決める前に修正した方がいいに決まっているからだ。

 そこまで細かい修正点は挙げてこないにしろ、ゼンのチェックが完全に抜ける案件は、ほとんどないのだ。


「あたしとしてはー、全ッ然任せられてる気がしないー!」


 というユーリの主張も、概ね役場で働く官吏の総意だったりする。

 しかし、ゼンの指摘箇所は決して無視出来るものではなく、そこにケチも付けにくい。

 最初にユーリが自ら集めた文官は既に幹部級の扱いになっているのだが、来て後悔するという程ではないにしろ、彼らもユーリと大して変わりがない。彼らも相当な待遇で迎えられているのだが、少なからずゼンの被害にあっている。無茶振りというほどではないにしろ、ゼンの指示に応えるのはかなりの労力を要する。

 それだけ突拍子も無いことを言い出すゼンだったりするのだが、彼自身の脳内にあるのは「加納善一」の記憶なのだから、「出来ないことはないだろう」という判断に基づくもので、不可能なことは言っていないつもりである。

 出来ないことをやれとは言っていない。実際にユーリを含む郡役場の官吏は、情報をかき集め、互いに討論しては、結果を出しているのだから。


 つまるところ、イストランド郡役場の官吏達は、求められる水準が高すぎるだけなのだが、それだけに高給取りでもある。

 そこらの役人の2倍から3倍は貰っている立場なので文句も言えないし、得られた生活レベルを下げたくも無い。

 結局辞めるわけにもいかず、何とか己の職務を果たそうと必死な毎日である。


 ちなみにシャレットの郡役場の評判は、大して出仕してこないにも関わらず、高い。決裁印一つ押すにも注釈を付けるゼンに対して、シャレットは「これでいいのね?」と簡単に押してくれるからだ。

 ただし、そうやって処理されたはずの案件は、結局半分くらいは後日ゼンの注釈を付けられて戻ってくることになる。

 一応決裁は通してあるので、それを修正するように、とは言ってこないのだが、それに関連する指示が別途出される可能性は極めて高い。

 どちらにせよ、どこかでゼンのチェックを受けるハメになるので、小言をその場で言われない分シャレットの方がマシ、という理由の人気だったりするのだが。



「で、話は戻るけど。ゼンがね、あなたの事どうにかならないかって聞いてきたのよ」

「なによー!私に文句があるなら、ゼン君なら直接言うでしょー!?」


 聞きたくも無い現実を唐突に突きつけて、なおかつまだ引っ張るのかと憤慨するユーリ。

 ゼンがユーリに言いたいことがあるなら、わざわざシャレットを通しては来ない。ゼンは身内とした者に対して、遠慮などする男ではない。

 さすがに分別はある程度付けるにしろ、良いことは良いと言うし、悪いことは悪いと言う。それがゼン・カノーの評判の一つだ。


 シャレットは「そうじゃなくてね、」と付け加えて、こう言った。


「あなたに、誰かいいお見合い相手がいないかって言ってるのよ。その気ある?」

「是非お願いします代官様ー!」

 その場にひれ伏せそうになる勢いでユーリの態度が一転した瞬間である。



「とはいえ、私もあなたにとっていい相手、なんて限られるのだけど」

 そう前置きして、シャレットがユーリに紹介出来そうな相手を挙げていく。

 ユーリにとっては聞いたことがない名前ばかりだが、シャレットが挙げた人物はBクラスからAクラスの冒険者で、30歳を過ぎたくらいの独身男性。

 相手としてはそう悪い相手でもないのだが……。


「冒険者の人しかいないのー?」

「独身に限ればそうなるわよ。私に言い寄ってきた男はもっといるけれど、紹介出来る男となると、どうしてもそうなるし」

「うーん、不満、ってわけじゃないけどー」

「あなたくらい収入があれば、旦那に頼る必要なんてないんじゃない?ヒモくらいなら誰でもいい気がするのだけれど」

「あたしは男を囲いたいわけじゃないわよー!」


 シャレットとしては、ユーリくらいになればいくらでも男などいるだろうと思っている。

 ゼンに言われたから紹介くらいならするが、ユーリの収入は年収金貨100枚を越える、逆玉の輿候補なのだ。

 一応ゼンなりの気遣いなのだが、シャレットはその辺りの機微には今一つ疎い。何しろ彼女はゾーク一筋でずっとやって来たのだから。


 ユーリとしても、今の自分は結構な物件であると自負できる。

 できるからこそ、安売りするつもりはない。だが、もうそんな年齢でもない。

 基準として、手に職を持つ男性であることは大前提だが、冒険者を結婚相手に迎えるというのは少々抵抗がある。

 自分が安定しているからこそ、生き死にの危険が伴う相手を迎える気にはなれない。シャレットも紹介出来る基準の男性となると、どうしても高クラスの冒険者のような、気概のある人物になる。

 知っている貴族に妾として紹介出来るほど、ユーリも若くはないのだ。


 散々悩んだユーリは、「考えとくー」と言ってその場を流した。

 これについてゼンは「ユーリに考える時間なんてあるの?」と疑問を持ったのだが、そもそもシャレットに紹介してもらうことに無理があったのでは、とネリーに言われてしまった。

 そう言えば自分の母親(シャレット)は、異性といえば父親(ゾーク)のことくらいしか考えていなかった、ということに気付いたのは、その時のことだったりする。



 この日以降、シャレットからユーリにこの話をすることは無かったし、ユーリもそれを忘れてしまっていた。

 それだけ多忙な日々を送っていた、ということなのだが、そんなことを考えるヒマがなかったという方が正しい。

 多忙な日々と言うべきか、充実した日々と言うべきか、ユーリ本人としてもよく分からないものである。


 こうしてユーリは、貴重な男性との出会いの機会を、自ら潰してしまうのであった。




【女傑の最期】


 エドナ・ランドは自分の生涯を思い返していた。

 出仕しなくなってからは2ヶ月も経っていないが、それだけギリギリまで職務を全うしようとした、言ってみればエドナの矜持である。

 その出仕しなくなった理由にしろ、3代目となる主、ギース・フィナールに説得されただけのこと。

 ギースがもう一人前、というには少しばかり心もとないが、フィナール領には娘もいるし、ゼンがいる。

 2代目の主、ダリル・フィナールにしても、「ギースにはエドナはいないものと考えるように」と最期に伝えていた。

 出来る限りのことはしたつもりだし、彼女としてもやれることは残り少ない。

 ギース説得もあり、これ以上関わり続けるのは、自分の影響が残りすぎると思い、出仕を止めたのだ。


 印象深く思い浮かぶのは、最初の主君、カルロス・フィナールのこと。

 粗忽者というわけではなかったが、領主としての資質はほとんどなかったように思える。だが自分を引き上げてくれた恩人のことは、決して忘れはしない。エドナが今の地位にあるのは、彼のおかげなのだから。


 エドナは幼い頃から、貧しいながらも統治のことを学び続けていた。

 それを疑問に思ったことが無いわけではない。それでもランド家として生まれたのならば、避けられないことなのだろうと納得はしていた。

 ローランド共和国の在り方は、祖父ウェス・ランドが生涯を懸けて作り上げた、一つの代議制。

 祖父が生前の折にはそれなりに機能していたし、エドナも共和制を第一に考えたものを学んでいたのだが、ある日それが一変した。


 何時何処で、というのはエドナにしても定かではない。

 祖父が世を去り、代議制という分権が災いし、共和国が国内で小競り合いを繰り返す中、広がり続けた<災害級>が共和国を襲った。

 当時は冒険者ギルドにも緊急依頼などのシステムが存在しなかったこともあり、<災害級>の初期対応が全く成されなかったという背景もある。

 共和国とて軍事力が無かったわけではないが、それを率いる強いリーダーがいなかった。だから共和国は滅んだのだ。

 軍を率いる者は国を率いる力がある、というのは暴論に過ぎるとしても、陥った危機に対抗すべく、纏められるような存在がいなかった。

 共和国という在り方の一つの限界、これが当時エドナが出した一つの結論であり、真実の一つでもある。


 今にして思えば、あれは本当に<災害級>だったのだろうか?ふと彼女はそんなことを考える。倒された長は<災害級>であったとされているが、エドナが見た魔物の数は、そんな生易しい数ではなかった。

 長が<災害級>だったとしても、幼い彼女に映った光景は、<厄災>と呼べるものだったように思う。見渡す限り魔物に埋め尽くされた地平線に、恐怖することしか出来ず、母親に連れられて逃げ延びることしか出来なかった。

 隣国であるカルローゼ王国の救援も時既に遅し。ほとんどの共和国民は逃げるか殺されるか、どちらかしか選べなかったのだ。

 王国軍と勇敢な冒険者達によって<災害級>の討伐はなされたものの、後に残ったのは、国だったもの。それだけだった。


 その後、旧ローランド共和国がカルローゼ王国に併合された。そこを治める者として現れたのが、カルロスだった。


 カルロスの大々的な人材の登用策は、エドナにしてもあまり良い案であったようには思わない。何しろ国内外問わずとなれば、外部の介入を受けることになるのは必死。人種・身分問わず、というところまではともかく、悪手であったように思う。そのおかげで自分が抜擢されたのだから、完全にそうとも言い切れないのは確かなのだが、その分苦労もしたものだ。


 エドナは共和制を否定するわけではないが、魔物という存在がいる以上、権力はある程度集中させておかねばならないと考えた。

 カルローゼ王国は貴族制を敷き、フィナール領となった土地の全権は、カルロスの手にあった。これがエドナにとっても僥倖だった。

 彼は主君として仕えがいのある男だった。政治については素人だったが、だからといって傀儡になるような気骨の持ち主でもなかった。

 エドナは必要あらば何でも、という気概を持って統治に注力したが、その歯止めをかけたのはカルロスである。

 統治については素人でも、部下の手綱を握れる人物ではあったのだ。だからこそ雑多な人材を抱えても、高いカリスマを以てフィナール領の安定を成功させることが出来たのだろう。


 その点ダリルは少々物足りないところがあったのだが、全権をエドナに委ねてダリルは方針だけ、というのも一つの形。

 エドナにかかった負担は大きかったが、黎明期をカルロスが率いたこともあり、大胆な改革は出来ずとも、既に軌道に乗った統治は上手く行った。

 発展は緩やかだったかもしれないが、ダリルは功名心にさほど執着しなかったし、エドナも取り立てて急ぎはしなかった。急激な変化は毒にも薬にもなる、そう学んでいた。


 変化が訪れたのはその息子、ギースの代になってからだろう。厳密にはゼン・カノーがフィナール領に関わり出してからのこと。

 エドナはギースを高く評価していた。傲慢過ぎるところはあるが、ダリルには無かった強いリーダーシップを備えていた。

 それ傲慢さが薄まったのは、2人の当時Sクラス冒険者と関わってからのこと。そこからのギースの選択は、英断だったと今にして思う。


 ギースはシャレットに一部の領地を与え、代官として推挙した。この領地がイストランド郡だった。

 エドナがゼンに初めて会ったのもこの時のこと。当時からエドナはゼンを極めて高く評価していたが、間違いなく劇薬になるだろうとも思っていた。

 それは杞憂だった、という判断は少し早いかもしれないが、そこからのイストランド郡、次いでフィナール領の発展は目覚しいものがあった。


 次々に改革を進めるイストランド郡を見て、少しばかり娘のユーリが羨ましく思ったこともある。

 今では冒険者最強と言わしめるゾーク、シャレットの知名度。カルロスに匹敵、いや、上回るカリスマ性。

 その両親の名の下に異次元の発想を繰り出すゼン・カノーは、いずれ世界に名を轟かせる人物になるのは間違いない。

 そのような人物に囲まれ、領地を統治する。為政者としてこれほどの幸福は無いだろう。


 ユーリには幼少の頃から為政者としての学問を学ばせていた。無理強いをさせたかもしれない。

 だが、数奇な縁も有り、結局はこうして為政者として、立派な職位に就けることが出来た。

 ランド家を継ぐ孫の顔は見られなかったものの、エドナは満足だった。



「ユーリ。シャレット代官やゼン・カノー殿にしっかり付いて行くのですよ。いずれはギース様にお仕えして欲しいところですが……」

「それはー、ちょっと、わからないかなー」

「でしょう、ね。無理にそうする必要は、ありません」

「エドナも存外冷たいな。俺にはお前が居らんというのに」

「ギース様には、ゼン殿ともう少し、仲良くして頂きたい、ところですね」


 エドナの間際に立ち会ったのは、ユーリとギース。夫には既に先立たれている。

ユーリからすればエドナは最後の肉親。ギースからしてもフィナール家に三代に渡り仕えてくれた忠臣だ。2人の目は既に赤い。


 エドナは自分の死期を既に悟っている。恐らく、これが最期だろうと。

 残すべきものは全てを娘に渡したあとだ。わざわざ残すべき遺言書は無い。

 だから、言葉だけ遺すことにした。


「ギース様は、有能な御方です。ユーリも磨けば、光る珠。だからこそ、悔いの無い選択を。ゼン・カノー殿は、決して敵に、回さぬように。シャレット代官を、大事に、なさいませ」


 捻り出す様に告げたエドナの言葉に、2人はただ、頷いた。



 この2日後、フィナール領の始祖、女傑エドナ・ランドの葬儀がしめやかに行われた。




【ゼンの鍛冶講座】


「ゼン、俺に武器作らせろや」

「いきなりだね父さん」

「最近ヒマなんだよ。巡回も飽きてきた。魔物が弱すぎて鈍りそうだぜ」

「だからっていきな「いいからよ、教えろ」……いや、待った。少なくとも武器を作ってても鈍ることには違いないと思うけど?」

「それはそうなんだがよぉ、退屈してんだよ。分かるだろ?」

「俺はそれなりに忙しい件について」


 などと会話しているのは、工房で作業をしていたゼンと、そこにやって来たゾーク。ゾークが退屈しているのは今に始まったことではないし、ゼンはイストランド郡のことで多忙なのは明白なのだが。


「忙しいっつってもよ、こうして工房にいるってこたぁ、今はそれなりに時間あんだろ?」

「むむむ。まあ、丁度いいっちゃあ丁度いいか」


 ゾークの強引な論法に屈したわけではないが、ゼンとしても一つの予行練習になると考えた。

 近いうちに職人をイストランド郡に招こうと思っているゼンだが、鍛冶について教わったことはあっても教えたことはない。

 退屈しているゾークが興味を持ったならば、断る理由はこれといって無い。


「じゃ、槍でも一本作ってみる?」


 こうして親子による鍛冶講座が始まったのだが、ゼンは父親の意外な器用さを知ることになる。



 最初にゼンがやらせたのは鉱石の溶解からインゴッド化まで。

 何から始めるか多少悩んだのだが、鉄鉱石を利用した鉄からスタートした結果、ゾークはかなり綺麗にインゴッドにして見せた。

 ならばこちらはと青銅のインゴッド化もやらせてみたのだが、合金の基礎ともされる、銅と錫の合金化にもさほど手間取ることはなかった。


「一応聞くけど、やったことはないんだよね?」

「ねえな。けどよ、溶かして混ぜて、形にするだけだろ?」

「突き詰めて言えば、そうなんだけども」


 確かにそう難しいことではない。だが父親の性格からして、形はそこまで綺麗にならないだろうと踏んでいただけに、意外だった。

 ついでに言えば、青銅は合金の基礎ではあるものの、合金は合金。それなりに分量を量る必要があるのだが、あまり細かいことを言わずに出来てしまった。

 ともあれインゴッド化に成功したのであれば、と、今度は青銅を穂先にする作業に入ってもらうことにした。

 溶かすだけなら単一の鉄の方が簡単だが、加工するのは青銅の方が易い。

 穂先だけを作るにしろ、刃を打つならば加工し易い方からだろうと判断したのだが。


「どうだ?」

「かなりいい。こりゃ父さんのセンスだねえ」

 ゾークが小一時間ほど槌を振るって作り上げた青銅の穂先は、ゼンにしても十分使用に耐えうるレベルだと判断した。若干打ち込みが甘く、強度としては「あと一歩」といったところなのだが、切れ味の方は青銅製としてかなり高いレベルにある。

 考えてみれば、何故槍の穂先などという面倒な形を最初に作らせたのか。などと思ったりしたのだが、見慣れたものだけにイメージしやすかったのだろう、と勝手に納得するゼン。

 これならば鉄製も十分いけるのではないかと考えたが、そこまでは上手く行かなかった。


「青銅は柔らけぇが、鉄は難しいな」

 本来青銅でも十分難しいんだけど、と言うゼン。

 二時間ほど槌を振るったゾークであったが、自分が思ったような形に仕上げることは出来なかった。歪な形に固まってしまった鉄の穂先を見て、残念そうにゾークは言ったが、それでもゼンは一定の評価をした。


「最初からこれだけ出来れば十分。ちょっと本格的にやってみるのもいいかも」


 最初は父親の手慰み程度になればいい、という程度に好きにやらせてみたが、思ったより筋がいいらしい。

 ゼンがチラリと解析し、ゾークの汎用能力(スキル)にあったのは【鍛冶2】という表記。

 スキルレベルが技量に直結するのは明らかなのだが、そのスキルレベルが出来る範疇とはどの程度か、ということまでは分かっていない。

 一つの見極めになるかもしれないと思い、本格的に鍛冶を父親に教えてみることにした。



 その日以来、ちょこちょこと時間を作っては、ゼンはゾークに鍛冶を教えた。

 鉱石の融解法から、合金の方法、槌の振るい方、仕上げまで、一つ一つゼンは丁寧に教え、ゾークも案外素直に従った。

 というのも、ゾークは今の愛槍に少し不満を持ち出していた。古代道具(アーティファクト)ではあるが、全力で振るえる武器とはもはや言い難い。

 ゾークとて単純な思いつきで武器を作りたいと言ったわけではなく、ゼンが自分の武器を自分で作っていることもあり、実際にそうしてみることにしたのだ。


 神具と融合したゾークは、日々の鍛錬の成果もあり、人外から更なる成長を続けている。流石にネリーほど急激なものではないが、元よりシャレットよりも強さに貪欲なゾーク。

 そんな彼が、己の得物を十分に振るえないというのは、やはり不満であった。


 本来ゼンに作ってもらえば済む話なのだが、ゼンが作った武器は、ゾークからしてぶっちゃけて言えば、怖い。

 抜群の性能を誇る槍が出来上がることは間違いないにしろ、まず間違いなく何かしらの魔道具として作ってくるだろうと思っている。

 もちろんゼンとて普通の武器は作る。というより、魔道具ばかり作るわけではなく、普段は普通の物を作るのだから、頼まれれば当然普通の武器を作ったのだが、ゾークにしろシャレットにしろ、ゼンの作るものはかなり恐ろしい。

 ネリーの魔道具(チョーカー)といい、ゾークの左腕、シャレットの右足。頼めばどんなものでも作りそうなゼンに、作ってくれとは頼みづらくなってきた両親である。


 そんなことを考えていると知れば、ゼンは「心外だ」とぼやいたと思われるが、幸いにしてそこには気付かなかった。

 むしろ普通に槌を振るう父親に、「新しい趣味が出来て良かったなぁ」という程度の認識である。

 そんなわけで、少しばかり調子に乗ったゼンは、ゾークにとある鉱石を渡した。


「こりゃ青鉱じゃねえか?」

「俺の知ってる名前じゃ、アポイタカラ、って言うんたけどね」

「コイツで何を作るんだ?特別なモンとは聞いてねえんだが」


 ゾークとて青鉱が役に立たない鉱石だと知っているが、ゼンは正しい使い方を知っている。

「これ、合金専用なんだよ。この鉱石自体をインゴッドにしても石にしかならんけども、他のに混ぜればすごいよ?」


 アポイタカラは、単独の鉱石としては、石より硬い、という程度でしかない。

 鉱石として使うならば、「正しい分量を合金に混ぜる」という使用方法以外に無い。その「正しい分量」がかなりシビアな部分になり、扱いが難しい点になるのだが、分量を知っている者からすれば、アポイタカラは「強化鉱」と言える鉱石ということになる。

 合金化する金属の種類にもよるのだが、アポイタカラを正しい分量を混ぜ合わせることにより、その金属本来の性能を1~2段階は引き上げることが可能になるという、本当に強化専門の鉱石だったりする。青銅製に混ぜれば鉄並の強度になる。鉄製に混ぜればステンレス製に勝る切れ味になる。

 ゼンとしても成分すら意味不明な、謎でしかない鉱石なのだが、何でもアリだと割り切っている。


 既に1年以上ゾークは鍛冶にハマっており、【鍛冶5】というスキルレベルは、フィナールの町にいる中で指折りの職人並。扱える金属の種類で言えば、ゼンの知識がある分、ゾークの方が確実に多い。

 そもそもパラメータだけならそこらの職人よりも遥かに高いのだから、もはやこの先鍛冶職人になっても困らない。

 あとはベースをどの金属にするかという点だが、これはゼンが指定した。


「ちょっと変わったミスリルを元に、打ってみてよ。分量はコレね」


 といって渡したのは、ガダース作のミスリル、ガダリルにアポイタカラを混ぜたレシピ。言ってみればガダリル改。

 ガダリルは地上に出回っているものでも作れるということは既に分かっていた。

だがそれを強化すれば、確実に神具級になる品質なのだが、この時は深くは考えなかったようだ。

 後にやらかしたか、と思ったゼンだが、魔力を込めなければただの超合金だよな、と自己弁護するのであった。



 半信半疑で受け取ったゾークは早速作り出したものの、当然ながら失敗の連続であった。ただし、ゾークには手応えがあった。これは相当いい武器が出来るに違いないと思い、チャレンジを続けること数十回。

 スキルレベルは【鍛冶6】まで上昇し、棒までガダリル改製で作った槍が、遂に完成した。


「……やばいんじゃねえかこれ」

「……使うかどうかは、父さんに任せるわ」

「そりゃあ、まあ、使うけどよぉ。俺がコレを作ったってのは、信じらんねえな……」


 出来上がった槍の試し斬りに使ったのは、黒鉄鉱。流石に切れないだろうと親子共々笑いながら選んだものだ。

 これが真っ二つになる光景に、ゼンとてしばし固まったほど。

 流石に黒鋼製は斬れなかったが、ゾークの膂力と組み合わせた一撃は、見事に黒鋼を凹ませて見せた。

 元々の合金が相当優秀でないと、いかにアポイタカラを混ぜ込んだにせよ、これほどの超合金が出来るわけもない。


「まさかガダリル製がこれほど優秀とは思わなかった。さすがガダースさんやでぇ……」

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