【章間】その頃の神界
次から第三章に入ります
少々ぶっちゃけると、神界絡みの話は案外適当だったりするんですよね。
その日のアクリイック神界は、ごく普通に始まった。
ゼンが残した時計をもって1日とする、というアズリンドの決定によって、ホウセンを除く神々は「1日」をある程度意識するようになった。
だからといって何が変わるというわけでもないのだが、シェラは「一応我々も元人類だからな」と、時計に即した生活を送るようになっていた。
もっとも、朝夜の区別すらつかない神界である。あくまで目安、といったところだ。
ラピュータがいつものように「ルーム」で精霊と戯れていたところ、ゼンからの【念話】を感じ取る。
既に【念話】を何度か受けているラピュータに焦りはない、今回も何か面白い話を聞かせてくれるのだろうか、と思っていたのだが。
(ラピュータ、お前俺に話しかけられるんじゃないかと思うんだけど)
「は?」
ゼンの【念話】に疑問を浮かべるラピュータ。だがゼンにその困惑が伝わった。
(あ、来たっぽい。こう、俺と話してる感じを頭で思い浮かべてみろ)
(えっと……もしもし?)
(イイネ、その感じナイスだ。もしもしと来たか、うん、懐かしいな。そこはあいむこーりんぐとか何かかと思ったわ)
(あいむこーりん?こう、えっと、聞こえてますか?)
(だいたい大丈夫だ、どうも【次元干渉】は【思考対話】にも効くらしいな。これで話せる)
いずれ話せるようになるかも、と思っていたラピュータだが、【思考対話】というのは聞いたことがない。考えていたのは、自身がいつか【念話】を取得し、それでゼンと対話を試みる、という方法だ。
何が起こっているというのか、狼狽するラピュータ。
(結構この【思考対話】は感情が伝わってくるからな?ラピュータがめっちゃテンパってるの分かるから。適当なところで落ち着け)
ゼンにより【思考対話】というスキルの説明を受けたラピュータは、「何それ」と呆れた声を上げた。
アズリンドが後にこの話を聞いたとき、「なるほどねー、確かに電話だね!」としきりに納得したのだが、他の神々にはピンと来ない話であったとか。
(つまり、私にも【念話】が使えるということでしょうか?)
(厳密にはちょっと違う。遠い相手にも俺は思考で話しかけられて、その相手は俺に話しかけることが出来るっていう。電話とほとんど同じなんだが、まあアズなら分かるだろ。とにかく俺から【思考対話】を受ければ、俺と話が出来るってことだけ分かればいい)
(それはまた便利なスキルですね……)
(ちょっと呆れてるだろお前。一応、特殊能力になるらしい。代わりに【念話】が消えたから、進化した結果だな)
これに加えて【次元干渉】を持つゼンは、対象が神界にいても問題はないらしい。そのかわり、魂のリンクで繋いであるラピュータと、眷属であるネリー以外では、明確なイメージをするのが困難らしく、【思考対話】を届けることが出来なかったという。
ゼンが神々の姿を覚えていないというわけではない、転生した後に、記憶にごく僅かなズレが生じたため、持っているイメージと実物に、ちょっとした違いが出ているのだ。
当然といえば当然の話で、【思考対話】の対象はイメージと実物が合わないと届かない。電話番号が1桁違っても届かないのと同じこと。
ただし、少なくともゼンは不都合とは思っていない、ラピュータは神界にいるのだから、ラピュータを通して話せばいいだろうと思っている。
(まぁ、【思考対話】つっても、そこまで便利でもないけどな。リンクしてるお前以外だと、割としっかり姿を覚えてる相手でも、しばらく経ったら届かないっぽい)
これはゼンがリリーナを相手に試みた結果なのだが、半年程度は【思考対話】が可能だったものの、以降はゼンからリリーナへ【思考対話】を届けられなくなった。実物とイメージにズレが生じたのだ。
では逆にリリーナが【念話】をゼンに届けられるかというと、今度はリリーナが【念話】を届けられる距離がネックとなり、リリーナもゼンからの手紙でそれを知ることになった。
これを知ったリリーナは危機感を持ち、ゼンに毎月のように手紙を書くことになったのだが、それはまた別の話。
(では、これでいつでもカノー様とお話出来る、というわけではないのですね?)
(そうだな、俺から話しかけた時限定、ってことになるだろう。お前が【念話】を使えたとしても、今度は干渉不可、ってところが引っかかるんじゃないか?)
確かにそうだ、とラピュータは思う。
そもそも【念話】を取得したとして、地上への干渉が不可能になっている以上、その可能性は大いにありうる。
それに気付かなかった己を僅かに恥じるが、ゼンは気にしない。
(定期的に【思考対話】は入れるようにするよ。俺にとって定期的でも、そっちがどうかってのは、分からんことなんだがな。俺8歳になったんだけど、そっちでどれだけ時間が経ったのかわからんし)
(カノー様が降りられてから約8年、ですか。確かにこちらとは感覚が違うようです)
この「感覚の違い」というのは、神界と地上では時系列が全く異なることを指す。実のところ神界感覚では、1年も経っていなかったりする。ゼンの残した時計で言えば、2ヶ月も経っていない。
神界とは一種の加速空間のようなもの、というゼンの推測はそれほど外しているものではない。ただし、正確なものとも言い難い。時系列として噛み合っているわけではなく、正しく「別次元」の時間の流れなのだから、時間経過という点ではさほど比較の意味がないのだ。ゼンは4年近く神界にいたことになるが、地上で50年経ったかというと、また別の話になる。
そして神界の住人は、時間の流れというものにひどく疎い。ラピュータにしても見送ってから「それなりに」経ったかな?という程度だったりする。
(今のところ、地上で大きな問題が発生しているってことはなさそうだ。一応手が届く範囲では取り得る手段は講じているつもりだが、実際これが世界云々にちゃんと関わっているかどうかが分からん)
(それでしたら、アズリンド様が先日、世界が僅かに安定してきているというお話をされましたわ)
(俺のやったことに関係あんのかが分からんな)
(どこまで関係するかは分かりませんが、無いということはないでしょう。カノー様が降りられてから、すぐにそうなった、と聞いております)
(すぐ、ねえ。やっぱそっちは全然時の流れが違うっぽいな。まあいい、安定傾向にあるってことだな?)
(はい。ただ、決定的なものとは、とても言える状況にはないようですが)
(それはそうだろうな。俺としてもまだそんな行動を取ったつもりはないし。とりあえず地上の人類には、手が届かんところに手を付けてみるつもりでいる)
(手が届かないところ、ですか?)
(そこまで辿り着けるかどうか、まだ分からんがな。俺なりの考えで動いてみるつもりだ。何をしたら崩壊が止まるか、ってのは分からんのやろ?)
ゼンにしても最大の悩みは、「世界の滅亡」とは具体的に何をすれば回避出来るのか、という点にある。
本人なりに解釈した結論はあるのだが、これが正しいものかどうか、ということは不明のままだ。
しかし僅かでも安定傾向に向かっているということは、間違ってはいないのだろうと、方針を続けることにする。
(まあこうして対話出来るようになると、本当に色々言いたいことはあるんだが、これだけ聞いとこう。神具ってのは、地上にあっちゃまずいんだよな?)
(私としてもそれほど詳しくはないのですが、そう聞いております)
(でだ。俺の「ブロックガン」がなんで地上にあったのか、聞きたいんだが?)
正直迷ったラピュータだが、(知ってるんだな?)と感情を読まれてしまったので、素直に答える。
(えっと……アズリンド様が、カノー様が降りられた穴に落とされたそうです)
(おい、なんか嫌な予感がしたぞ。まさかとは思うが)
(はい、その、ですね。カノー様の神具は全て地上にあるものかと。ホウセン殿がそうされるように進言したそうで……)
地上で「マジか」と小さく呟くゼン。ブロックガンですらあの経過年数だ、他の神具がどうなっているか全く分かったものではない。
(探さないとマズいか?神具探しまで手は回らんぞ)
(それは、カノー様なら大丈夫なのではないでしょうか、なんとなくですが)
(なんとなくかよ!神がそれでいいのかよ!)
ゼンの「何なのその善一だったら大丈夫的フレーズ!」という思いは、ラピュータにも伝わった。
(世界神アズリンド様がなされたことですから、私はそう決着を付けました、ええ、考えても無駄だと思いましたので)
(その割り切りは正しいかもしれんな……そういえばお前はそもそも精霊神だし、神族かどうかも怪しいんだった)
実際のところ、ラピュータは神であっても神族ではない。
神族に限りなく近い精霊体というのが正しいのであり、ついでに精霊という存在の神である、というだけで普段から特に何をしていたわけでもない。
むしろ精霊を現在進行形で使役するゼンの方が精霊神の在り方に近かったりするのだが、誰もそこに疑問を持っていない。ゼンは結構疑問に思っていることなのだが、「マスター」扱いされているので、気にするだけ無駄と割り切っている。
(あとは、貰ったスキルについても色々突っ込みたいんだが、特に【変化之理】についてはこれ与えちゃダメだろうと心の底から思ったんだが、そこらはおいおい聞こう)
(いいんですか?)
神界で一番神から遠い存在のラピュータだが、明らかに過剰な贈与能力の質と数を与えたことは知っている。
(お前に言っても仕方ないだろう。それより精霊神なら「肉体と魂の不適合」ってどういう意味か分かるかと思ってな)
それを思念で聞いたラピュータが青ざめる。
(まさか、カノー様がそうなっておられるのですか!?)
(なってるな。他にそういう存在を見ないから、やっぱ俺が特殊か。その焦り方だとマズいのか?こないだ42%から44%になってたが)
(その、42%とか44%というのは、わかりませんが……不適合というのは、カノー様が本来持つ魂のステータスが、肉体的に完全には発揮出来ない、ということです)
(んじゃ逆に言えば、ちゃんと適合しとけば肉体的に制限がかかるこたぁないのか?)
(そこまでは分かりませんが、ステータスとは、肉体で発揮出来る以上のものは本来持ち得ないのです)
なるほどね、とゼンは思う。
スキル関係については問題はないように思う。汎用能力まで手が届くとすると、行使しきれないところがあるのかもしれないが、武術や魔術という分かりやすいところでそういう傾向は感じない。
だとすれば関係してくるのはパラメータだ。【無限成長】の存在を考えると、どこかに限界値があるにせよ、肉体的に負担がかかるほどのパラメータを持つ、ということはないことになる。
となれば、少なくとも肉体が使える以上のパラメータはそもそも持てることがない。【変化之理】でネリーの成長値をいじっているが、上昇を続ける限りは、肉体が追いつかないということは、本来ない、はずだ。理を曲げていることは確かだが、どうやら一つの結論が出たようだ。
このゼンの結論は、およそ正しい。
実のところ、ゼンは意識していないが、【変化之理】によりネリーが変わったのは、厳密には成長値ではない。「成長値に合わせた成長」を変えてたりする。
身体的に大きな変化が出るわけではないが、「ステータス相応」の身体能力を持つように成長するのだ。
もちろんいきなり100などといった変化を行えば、それなりに大きな変化が現れるのだが、ゼンが【変化之理】について、慎重な使用を心がけている結果、不都合はまだ出ていないという話になる。
ネリーの成長については、元々成長するはずだった姿と、今の姿では、結構な差が出ているのだが、人類としておかしな成長にはなっていない。少しばかり肉体の成熟が進みすぎている程度だ。具体的には背丈的に20cmくらい差が出た。
ゼンがかかっている肉体的限界値は、まさに「不適合」な部分である。本来無いはずの肉体的限界、それが「44%」という数値になって現れているのだ。
普段から鍛錬を続けることには、確かに意味がある。肉体的な鍛錬を行うことにより、筋肉云々以上に、肉体と魂との適合が行われることとなり、限界値は高まる。
ただし、鍛錬・訓練と共にパラメータの上昇もなされており、更には【成長促進】も手伝って、結局成長に限界が追いつくのは、相当先のことになる。
これはゼンが自身に【変化之理】を使用すれば、相当に解決される部分ではあったのだが、結局自分に使ったのは、本当に先の話になる。
(そういうことであれば、当面は問題ない。スキルは完全に使えてると思うし)
(そうでしょうか?私には大問題に思えますが……)
(確かにどうも肉体的な限界を抱えているっぽいが、行動に支障が出ることはない。戦うことだけなら、変な特殊能力も覚えたし、それを使えば阻害されることもないみたいだ。【大魔鬼化】ってやつなんだけど、知ってるか?」
(カノー様はいったい何になられるおつもりなのですか!?)
デビモス・コウの名はラピュータも知っている、そしてそのスキル名も。
第三級中級神として一時神界に居たこともあり、面識もあるが、現在はアクイリックには存在しない。
世界の崩壊時からではなく、ホウセンが言うには、「飽きたから別の世界へ行ってくると言っていたぞ」とのことである。
その強さはホウセンに次ぐとされ、【万夫不当】対【魔鬼神化】による神界大決戦がしばしば行われていた程だ。
【大魔鬼化】のような変身スキルはいくつかあるが、特殊能力としてその性能は、1.2を争う性能となっている。
(おいまさか【一騎当千】と【大魔鬼化】の進化の先がそれだったりするんじゃねぇだろうな)
ラピュータが思い出したスキル名はゼンにも伝わった。
名前的にそうとしか考えられない、とゼンは思い、それは正解である。
既に嫌な予感しかしないゼン。何しろ【一騎当千】は使用頻度も高く、どうもそろそろ何かに変わりそうな気がしてならないのだ。
(私も良く知りません。ですが、ホウセン殿も最初は【一騎当千】だったそうですから……)
(自惚れるつもりはないが、俺なら有り得る話な気がするわ……)
【一騎当千】の上昇値すら既に限界を超えているというのに、明らかな格上の【万夫不当】となれば、どれだけ上昇するのかとゼンは戦慄する。
この際【大魔鬼化】も使用頻度を高めておくべきかと、少々悩むゼンであった。
◆◆
「8歳で既に神族級ステータス、ということなのか?」
ラピュータの報告にシェラが呻く。
神族級、というのは数値的にはおよそ1000程度から、ということになる。シェラは感覚でしか分からないが。
「そうらしいわ。筋力や器用さはヴァニス並、魔力はだいたい20分の1って仰ってたわね」
厳密には眷属を作っているから分からないらしいけど、とラピュータが続く。
その眷属ネリーも既に神族級なのだが、そこはさておく。
「ボクの20分の1……既にカノー様に勝てる気がしないんだけど。【精霊魔法】は何でもアリな魔法だし、そもそも魔術は無制限で撃ち放題だし」
魔力の高さでどれだけ勝っていても、【魔素吸収】と【天上書庫】の波状攻撃に耐えられる気がしないとヴァニスは語る。
それにヴァニスは【魔素吸収】の性能を正しく把握してなかったりする。
「まあほら、ゼンちゃんは今のとこ人類種だし、アタシたち神族だし。って【精霊体化】があったっけ……」
完全な神族は同じ完全な神族でなければ致命傷は与えられない。だが精霊体となれば完全な神族相手でも傷を付けることは出来る、ということを思い出すヨシュア。
半分程度はその通りだが、完全な神族を倒すにはやはり神族である必要があったりする。だがゼンは例外とすべきである。
ゼンとの【思考対話】を終えたラピュータは、報告をしようとアズリンドの元へ向かったところ、何でも他の世界からやってきた上級神の使者に会っているのだという。同じようにアズリンドの元へ訪れていた3人の女性神からそのように教えられたため、ならばと4人でゼンのことについて話している最中だ。
「確かにカノー様は【変化之理】を持っておられるし、ありえぬ話でもないか」
シェラは贈与能力に【変化之理】があったことを思い出す。
あのスキルは、素質など全く無関係に成長や進化を操れるスキルで、「世界之理」を覆す、世界神専用のようなスキルだ。
実際にゼンは創造神の半魂、世界神でなくともあるいは「理」の変更まで可能かもしれない。
「いえ、カノー様は自分には【変化之理】は使っていないそうよ。眷属の成長を変えたとは仰ってたけど」
ラピュータがシェラの言葉を否定する。
ゼンの成長については、本人は何もしていないという。ただ【成長促進】や魂が持つ経験がそうさせているのでは、と推論を語っていた。
元々の素質から既に桁違いであり、これ以上、となると不適合なこともあり、【変化之理】は自身に使う予定はないと語っていた。
「不適合状態、か。普通なら大事なんだけど、カノー様なら確かに関係ないよね」
制限があるにせよ、【大魔鬼化】を持つゼンにとって、ステータスを発揮したければそれを使えば済む、とヴァニス。
大魔鬼のことは当然ヴァニスも知っている。その強烈な力のことも当然。あの姿ならば、不適合だろうが肉体的にステータスの制限がかかることは有り得ないだろう、身体能力的には神とほとんど変わらなくなるほど強力な変身スキルなのだから。
「そもそもゼンちゃんは【無限成長】持ちだし、すっごい唯一能力もあるじゃん。【限界突破】だっけ?あと【理外進化】もあるし」
ラピュータから聞いた【限界突破】というスキルの存在をヨシュアは指摘する。
そもそもゼンに限界などありはしない。迎えた限界はスキルと意志が打ち砕くのだから。何より【理外進化】という意味不明なスキル所持者だ、この世界の基準など無関係に成長し、進化する存在、それがゼンだ。
「……カノー様の器なぞ、我らに分かるものではない、か」
「そうだねー、ゼンちゃん色々すごいし」
「すごかったもんね、確かに」
「2人は何を言っているのかしら?」
などと会話しているところに、アズリンドが戻ってきた。
何とも言えない表情で帰って来たアズリンドに何事かあったかとシェラが尋ねる。
「お帰りなさいませアズリンド様。どちらからか、使者が来たと聞きましたが」
「うん、えっと、よくわかんなかったけど……」
首を傾げて困惑するアズリンドに、訝しげな視線の4人。
どう言えば良いものか、と悩んだ挙句、アズリンドは端的に結果のみ述べた。
「えっと、私、昇進したんだって。第二級上級神になっちゃったみたい」
「……今、なんか、ありえないことを聞いた気がするんだけど」
「アタシもそう聞こえたかなー、あははは……え、マジ?」
たっぷりフリーズした後、ようやく再起動したヴァニスにヨシュアが続く。
シェラは未だ固まっている、ラピュータは素直に「おめでとうございます?」と言ったっきりだ。ラピュータは今一つ理解出来ていない。
「私にもよくわかんないんだけど、なんか、ゼンさんのやってることが、別世界の【未来予知】っていうスキルに引っかかったみたいで、それが私の功績ってことになってるみたいで」
アズリンド曰く、「放棄された世界の寿命が延長される」という予知がなされた、とのこと。
それを功績とされ、神として一つ階級が上がった、とのことだ。
神が干渉出来ない状態で世界の寿命が延びるということは、本来、ない。
厳密には、アズリンドは現在世界神であるものの、「暫定」ということになっている。そもそも放棄された世界に世界神など必要ないのだから、世界神になるまでの見習い措置として「管理神」というのが正しい。
だがアズリンドは「世界之理」が固定された状態で延命に成功している。そしてこれが「2回目」であり、神の干渉とは無関係な延命は「初」である。
1回目は、アズリンドが己の力を使って【世界之理】に追記を行い、先祖返りのルールを曲げた時。
そして2回目はゼンが成した延命なのだが、これをアズリンドが「加納善一」の魂を連れてきた結果として評価された。
「加納善一」は魂こそ神々の干渉を受けたものの、「ゼン・カノー」に対しては、神は非干渉の存在。
転生者にせよ、地上に住む人類種の手により、放棄された世界の安定が成されるというのは、「偉業」だったりする。
そして不確定なものではあるが、【未来予知】による予知によると、このまま安定に向かう可能性が出てきたのだ。
「その、そう、創造神様の魂を連れてこられたことを咎められたりなどは……?」
何とか再起動を果たしたシェラがおずおずと尋ねると、アズリンドは苦笑した。
「なんかね、これ、「良くあること」なんだって」
「はぁ?」
「えっとね、何回あったか、ってのは良くわかんないみたいなんだけど、ゼンさんみたいな、創造神様になりえる魂が、他の世界に行っちゃうことは、結構あるんだって」
「はあ……?」
「今回みたいにね、本当に完全な前世の記憶を持って転生しちゃうことは、初めてかもしれないんだけどね。今の創造神様のところに向かう前に、別の世界に転生しちゃうことは珍しくはないんだってさ」
「はぁ」
「だからね、流石に放棄された世界に来ちゃったことはまずかったんだけど、【未来予知】で回避されるかも?って出てきたし、創造神様の魂なら何でもアリだから、ってお使いの人が言ってた」
「ええと、それで、昇進、ですか?」
「うん。まだ分かんないんだけどね。世界の滅亡を回避したら、私が正式に世界神になるからって言ってた」
未だに「おめでとうございます」とすんなり出てこないのは、シェラ・ヴァニス・ヨシュアがそれなりに神としてキャリアが長いからこそ、と言える。
下級神から中級神の存在が雲の上の話だとすれば、中級神から上級神となると宇宙まで飛び出る存在の話である。
そこから更に上の創造神ともなれば、銀河系をぶち抜くほどの存在なのだが。
「ねえ、創造神様ってそんなに軽くていいの?」
「ゼンちゃんなら、分からなくもないけどねぇ……」
創造神があちこちに転生して回る存在、というのはアズリンドですら初耳だったことだ。
「えっと、私にはよく分かりませんが、アズリンド様が昇進されたということは、世界の「格」が上がった、ということなのでは?」
「まだ放棄の、撤回は、されてないが、そうなる、な」
ラピュータの言に何とか頷くシェラ。そこは正しくラピュータも把握している。
しているのだが、ラピュータには事態の大きさが分かっていない。この場合他の神族にとって、ということだが。
ついでに言うと、「それで、結局これってどうなるの?」などと言うアズリンドも同じだったりする。
「はぁ!?」「うん?」「そうか」
それぞれアイン・ガダース・ホウセンの、アズリンドの「昇進」に対する反応である。
アインとホウセンは、理解している。ガダースは理解していない。ガダースは元々下級神。イマイチ付いていけてない。
「放棄された世界の格が上がるなど、どういうことであるか……」
「私は悪くないよ!?多分悪いのはゼンさんだし!」
「そもそも悪いことではないだろう。何か問題でもあるのか?」
「だよね?ホウセンさんの言うとおりだと思うんだけど、みんななんか納得してないみたいで」
「俺様にゃあよく分からんがなぁ。アインは何か文句d「あるわけないのである!」ないならいいじゃねえか」
「文句はない、ないのであるが、どういうことであるか!?シェラ!有り得る話か!?」
「私に聞かれても困るのだが……ヴァニスは結局どう思った?」
「ボクに聞くの!?ボクだって分かんないよ!ヨシュアは!?」
「うええ、アタシに振らないでよー!ラピちゃんはどうなの?」
「別にいいんじゃないの?アズリンド様が良ければそれでいいと思うわ」
「私にはまだピンと来ないんだけどねー」
喧々囂々の神界模様である。
ちなみに世界の格が上がるとどうなるかというと、世界の回復力とでも言うべきか、資源の回復が早まったり、生物の進化速度が高まったり、神族は使えるリソースが増えたりするのだが、今のところ大きな意味はない。放棄されている世界なのだから。
統べる神族としては、世界の格が上がることは、大変名誉的なことではある。しかしそれが放棄された世界となると、これもまた複雑なところでもある。
ただ、今のアズリンドには、大した意味はないことは確かだったりする。
◆◆
「私にも言語機能がつきました。名前をください」
「えっと、私が昇進したからそうなったの?」
「はい。今のところは言語機能だけです。感情はありません」
「それ嘘だよね?明らかに今まであったもん!」
「私は貴女の分霊です。貴女のせいです」
「何それー?どういうことなの?」
「私は貴女と同じなのですから、私の行動は貴女の責任です」
「だったら私の行動は貴女の責任じゃないの?」
「否定します。私は貴女ですが、貴女は私ではありません」
などと会話するのは、アズリンドとその使徒。
第二級上級神になったその時から、使徒の少女は喋るようになった。
心なしかアズリンドの目には成長もしたように見える。
どことなく自分の成長を見ているようで、何となく気持ちが悪い。
「気持ちが悪い、というのは不本意です。訂正を求めます」
「なんでわかるの!」
「私は貴女ですから。考えていることは全て貴女の思考です」
「じゃあ、私の今考えていることは?」
「ゼンさんに決めてもらおっかな。何となく私とゼンさんのk「やめよう!?私が悪かったから!」ですが私もそう思います」
やりにくいことこの上ない。
アズリンドが若干うんざりすると、使徒はうんうんと頷く。
「貴女の気持ちは理解しました。やりにくいですよね。分かりますよ」
「もういいから!はぁ、シェラさんから聞いてたけど分霊ってこんなんなんだ……」
「はい、こんなんです。こんなんで申し訳ないですね」
「全ッ然そんなこと思ってないよね」
「私には感情がありませんから」
この一連のやり取りを、ほとんど無表情で行う使徒は、確かに気味が悪い存在である。
ただし、使徒は嘘偽りなく事実を語っている。紛れもなく自分はアズリンド本人である、だから混合しないように名前をくれと言っているのだ。
厳密には感情がない、という点については、若干自分でもどうか、と使徒も思っているのだが。
アズリンドは少なくとも害意はないとして、放置することにした。
悪意は相当ある気がするが、今更という気がしなくもない。
そもそも彼女は善一を連れてきた張本人だ。確かにそのおかげで随分と天秤はいい方向に傾いたが、それはそれだ。
こうして神界に、アズリンドに良く似た少女が徘徊するようになった。
名前についてはゼンに決めてもらうまで待つ、ということにした。次に【思考対話】がラピュータに届いたときに付けてもらうつもりである。
何か邪魔をするというわけでもないが、どうにもやりにくい神々であった。
◆◆◆
見たことはあっても話したことのない少女にどう名前を付けろというのか。
ラピュータも無茶振りをしているのは理解しているようで、若干申し訳ない感情が伝わってくる。
アズの分霊ねぇ、それはアズリンドじゃアカンのかね。
分霊というのは、いわゆる神道における分霊と基本的には同じものだ。神社なんかの分霊は全て「同じ神」とされているわけだが、アズの使徒がそうなのかというと、若干違うっぽい。
将来的には、少なくとも見た目は完全にアズになるらしく、区別するために名前を用意しろという。見た目が完全に同じで、あとは人格形成ってところか。うーむ、一卵性双子とかそんな感じなんだろうか。
となるとアズリンドに似た名前が良かったりするのだろうか?
(カノー様、出来れば分かりやすく別の名前をお願いしたいそうです)
(つってもなあ、小さなアズってことには変わらんのだろ?難しいこと言うなや)
(あのですね、出来れば自分の子供に付けるような名前でお願いしたいと……)
想像妊娠かこの野郎。
だがそれなら少しは考えるか、俺とアズの子供ねぇ。日本人的名称は呼びづらい感じなんだよな。
けど俺の前世は日本人なわけで、名前っつーと出てくるのは日本的なものなんだよなあ。それでいて一応神なわけだから……。
(サクヤ)
思い浮かんだのは、日本神話でもメジャーどころ。
木花咲耶姫から一部名前を拝借した。
(サクヤ様、ですか?)
(呼びにくいか?)
(いえ、大丈夫です!お喜びになるかと!)
まずまず好評だったようだ、我ながら少し安直かなと思ったんだけど。
日本神話の女性神といえば知ってるのは、伊邪那美・天鈿女命・櫛名田姫神あたりが浮かんだのだが、イマイチしっくり来なかった。
天照大神からアマテラス、あるいはテラスというのも考えたのだが、仰々しいかと思い却下した。
それに少しばかりこの名前は、何か予感というか、関わりがどこかで出そうな気もしたのだ。
実際に会う、なんてことはないと思うけど。
とりあえず満足したようなので、【思考対話】を切る。
さて、一週間後はフィナール領国境付近で、カルローゼ王国とアルバリシア帝国での合同軍事演習が行われるそうだ。
演習といっても、それは名目上のことで、実際には国境付近で現れた<災害級>の討伐が目的らしい。他国への配慮なのかもしれんが、だったら演習とは言わんだろうに。
一週間後という点において、緊急性の高い<災害級>相手になんともぬるい対応、としか言いようがない。勝手に討伐したいくらいなのだが、発見者が冒険者ギルドに報告した結果がこれだ。国が動くとなればその対象を勝手にどうこうするわけにもいくまい。
フィナール領主としてギースは極めて遺憾と言っているようだ。そりゃあそうだろうな。まだ直接の被害は出てないとはいえ、領内に<災害級>がいると分かっているのに、国軍が討伐に向かうから待っとけ、というのだから。
辺境だからってないがしろにしすぎでないかい?と俺も思う。
両軍の代表者は、国王ソルの長男イアン・ナモ・カルローゼと、帝王ヴィーの長男バルド・アルバリシア。
そこはまあ問題では無い、直接関わることはない……とは言えないか。
両軍合わせて5000人規模と聞いている。そんだけいれば<災害級>相手でも負けるようなことはあるまい。しかし無駄な被害が出るのは確実なので、俺としては極めて不本意なことだ。
問題はそれに従軍する人物のことだ。
従軍しているのはリリーナとフラン。そしてそれぞれに護衛役として指名依頼を父さんと母さんに出してきた。なんで姫君をこんなもんに従軍させるかね?馬鹿なの?死ぬの?
そんな背景や、政治的な問題もあり、本当に気が進まないのだが、依頼を受けざるを得なかった。そんなわけで両親は既に従軍中、のはずだ。
「片方だけからなら、断ってもいいのだけれど」というのが母さん談だ、俺も王国・あるいは帝国の片方からなら、断るという選択肢もあったように思う。ただ両方からとなると、流石に断りにくい。相手方の面子を考えると、片方だけっていうわけにもいかないし。
明らかに厄介事の臭いがするし、父さんもネリーも嫌な予感しかしないと言っている。ぶっちゃけ俺も関わりたくないのだが、リリーナとフランが出張って来ている以上、俺も同行しないわけにはいかないだろう。
魔物絡みだし、本来は冒険者ギルドで対応するのだが、ここらで両国の仲の良さというか、そういうものをアピールしたいという思惑もあるようだが、どうにも裏目に出そうな感じがしてならない。
(ネリー)
(はいにゃ)
【思考対話】でネリーに話しかける。もう夜も遅い、わざわざ部屋まで向かうのはどうかと思った次第。
なんというか、既にネリーは少女ではないだろう。1人の女性と見るべきだ。
肉体的に俺がもっと成長していれば、もう手遅れだったかもしれん。何がって言わせんな恥ずかしい。
最近割と接触が増えてきて、アピールされているのが分かる。いやしかし、まだ14歳なんだが、うん、もういいんじゃね?いや俺が良くないわ。
(一週間後のことだが、俺も行くしかないだろう。ネリーはどうする)
(当然お傍につきますにゃ)
両親も頼れるが、一番俺が頼りにしているのはネリーだ。
更なる成長を遂げたネリーなら、<災害級>なんぞ鎧袖一触だろうし、魔物については心配はしていない。いや、もちろんステータス的な意味ですよ?確かに肉体も相当強化されたように思うけど。大人になりました的な意味もあるけど。
既にネリーには動いてもらっている。窮屈な思いをさせているとは思うが、本当に申し訳ない。
ただ、両国の思惑というか、ヒューマンエラーとでもいうか、悪巧みというか。
こんだけお膳立てされて、俺が無関係なわけがない。絶対ただで済むわけがない、フラグ立ちまくってるわ。ついでに両国の思惑とは全く違う結末が待ってる気配ビンビンである。
というより、帝国は明らかに、王国もそれとなく、俺にちょっかいを出してきている。面倒なことになってきた。てか詰んでるかもしれん。
あるいは、第三者の思惑が混じっている、という可能性すらあるのだから。
一つため息を吐いて、起こりえる事態をいくつか想定しておく。
最悪なのは俺の命が失われるということなのだが、許容出来るレベルとしては、両軍の敗退くらいまでだ。これをきっかけに両国の国交断絶、という程度ならまだいい。ただし戦争状態になるような事態は避けなくてはならない。
許容出来ないラインはしっかり定める。両親やネリーは勿論のこと、リリーナとフランまでは守る気概は持つ。<災害級>が<厄災級>になっている事態も想定に入れておく。
その時は両国のことなんぞ知らん、早急に<厄災級>の魔物だけは倒させてもらう。<厄災級>とやらはまだ見てないにしろ、少なくともホウセンから「上級クラス」の魔物には違いない。厄介な相手かどうかは、魔物を見てみないと分からんのだが……。
いずれにせよ警戒すべきなのは、この場合魔物ではなく、人類の方だろうなぁ。
登場人物紹介をおまけで付けてあります。
第三章スタートは4/15 6:00から




