冒険者登録
カルローゼ王国国王ソル・カルローゼは、側近であるアール・ラルから極秘の報告を受けていた。
監視対象としていた、全適正であり、先祖返りとされる、「ゼン・カノー」についてだ。
ゼンについての噂は既に王国まで届いてはいるが、あくまで噂だ。
アールとしても情報収集を怠ったわけではないが、フィナール領は辺境である。
故に正確な情報、となるとアールにしても、さしたる報告は今まで上げることが出来なかった。
フィナール領において、ゼンの母であるシャレットが代官として就任した、という報告は既に受けている。
ソルとしては、この事態は吉報であると考えた。
Sクラス冒険者が代官として就任すること自体が喜ばしい上に、あのゼンの母だ。
自由民であることには変わりないが、少なくとも王国から今すぐ出て行くということはあるまい。
代官という地位がシャレット一行を縛り付けるということにはなるまいが、得られる報酬は冒険者の仕事とは比較にならない。
そう簡単に捨てるような真似はしまい、というのがソルの見方であり、アールも同感だった、Sクラス冒険者が国内に滞在することは大きな利益だ。
頭の固いというか、地位に固執する一部の貴族はいい顔をしなかったのだが、フィナール領は辺境だ。
ソルにしてもそれほど大した影響はあるまいし、そもそも代官になる資格なぞありはしない、誰かに見咎められることもなかろうと判断した。
というのが、およそ一年と少し前になされた報告結果だった。
「ゼン・カノーについてですが、まず、前世持ちである、というのが確定いたしました。フィナール卿の腹心であるエドナ・ランドが直接確かめたようです」
前世持ち、と聞いたソルは僅かに眉を寄せた。得てして前世持ちは人格破綻者であることが多いからだ。
この点において、アールはある程度の報告を鑑定官から受けていた。言葉を交わしたのは僅かではあるが、人格的に破綻しているようには全く感じなかったとのことだ。
ただし、気になることもある。
「しかし、ゼン・カノーは前世持ちであることは認めていますが、先祖返りではないと主張しております。【魔眼】所持者の前において誓える、とのことです」
「【魔眼】持ちに誓える、か。生憎我が国には居らぬが、だとすればゼン・カノーは何者だ?」
「本人にして、「分からない」とのことです」
珍妙な主張だとソルは思う。
やはりどこかに破綻している部分があるのではないだろうか?
「ただ、その前世はかなり明瞭なものであり、噂に聞くフィナール領の人口増は、このゼン・カノーの知識に寄るところが大きい、とフィナール卿のお言葉です」
「ふむ?前世が相当あるのだな。そういう人物こそ赤子として産まれてどこかしらおかしな部分は持っているものだが」
「これは伝聞、ということになりますが、変わり者であることは確かなようです。何でも魔物を飼いならして家畜にしているのだとか」
「それは……なかなか、変わり者であることは、確かなようだな」
変わり者で済ませていいものか、とソルは悩む。
魔物が実際に家畜になっているらしい、という点も噂に聞く内容には入っている。本当にそうしている、とまでは思わなかったが、アールが「伝聞」としながらも伝えてきたことだ、事実から遠いとまでは思わない。
この点は改めて調査するとして、ソルはゼンの人となりをアールに尋ねたが、あまり具体的なことはアールも答えられなかった。
ゼンの性格については、アールもそこまで把握していない。
分かっていることは、フィナール領の人口増加が著しいこと、その中でもイストランド郡というシャレットが代官として治めている地の発展が目覚しいこと。
そして「ゼン・カノー」たる儚げで麗しい少女が多くの試みを行っているらしい、ということだ。
ゼンが想定している以上に、この世界の情報伝達速度は遅い。
王都カルローゼからフィナール領は極めて遠い、隣国であるアルバリシア帝国の帝都アルバニアの方が近いほどにだ。
アールは極めて優秀な文官ではあるものの、庶民出身であることから、貴族との伝手もほぼ持たないという弱点を抱えている。
子飼いの部下はいるものの、ゼンについて常に監視の目を届かせるまでは至らない。
ギースとの仲が悪いということはないし、前フィナール領主ダリルとの相性もさほど悪くなかったのだが、距離という壁はなかなか厚いものであり、アールにとって先日のギース来訪は渡りに船であったのだが……。
「どうもフィナール卿は、ゼン・カノーを恐れてまではいないにしろ、苦手にしているようです」
ゼンについて、アールはギースからの情報を多少なりとも当てにしていた。
フィナール領主がゼンのことを知らぬということはないだろう、あるいは直接会ったこともあるのではと思ったのだ。ギースは直接会ったことを認めたし、古参の腹心エドナからの証言も得た。だがその人となりとなると、ギースは口を閉ざした。
「ゼン・カノーがどんな人物か、か……そうだな、俺から言えるのは、あまり関わるな、ということだけだな」
面識もあるというのに、これ以上のことはギースは語らなかった。
一目では性別が分からないほど美しく、極めて聡明な頭脳を持つ美男子であり、フィナール領の発展に多大な功績があるということは認めたが、それだけだ。
ゼンについての噂は、ソルも多少なりとも聞いている。
今回の報告はその噂の裏付けが取れた、ということにはなった。
聞く限りでは王国に害なすような危険は低いだろう、相当な変わり者だとしても、益する存在であれば大きな問題ではない、恐らくは、と付け足しておく。
とすると、次の段階を考えるべきだろう。
まだ見極めが必要な段階だ、実績があるとはいえ、シャレットが代官になって2年も経っていない、あと2~3年程度は経過を見守る必要があるだろう。
だが、ゼンについては、もう少し具体的に情報が欲しい。
我が目で直接確認するとなれば呼び出ししかあるまいが、何の理由もなしに謁見させる、というのは難しい。
アールやアールの部下を信頼していないわけではないが、伝聞、となると、やはり怪しい部分は付き纏う。
となれば、身内、か。
いずれ会わせようとは考えていたが、末の娘もそろそろ5歳になる。
まだ幼いが、聡明さでは兄弟の中でも一歩先を行く娘だ。
王族としての役割も十分理解出来ている、幼いからこそ逆に見える視点もあるだろう。ゼンは変わり者と聞いているが、娘も変わり者なところがある、あるいは【念話】持ちというのはそういうものなのかもしれない。
そろそろ外に一度出すのもいい頃合だ。
「アールよ、フィナール領へ視察隊を派遣する、名目は発展著しいフィナール領の領地視察だ。半年後、というところか」
「かしこまりました、して、どなたを?」
アールも主の思惑は把握している、問題は「誰」を視察に向かわせるか、だが。
「リリーナを名代とする、必ずゼン・カノーと引き合わせるように」
思わぬ名前に意外な思いのアールだが、なるほど、とも思った。
多少変わり者ではあるが、本質を見極める力は、長男イアンよりもあるいは、という幼いながらも聡い王女だ。年齢も近いことだし、適任といえる。
アールは是の意を示すと、半年後という前触れの使者を出すように手配を行うべく、主の元を後にした。
カルローゼ王国、ソル・カルローゼの第三女であるリリーナ・シュア・カルローゼは、王位継承権としては第五位に当たる。
金髪碧眼の美貌のその姫は、まだ幼いがいずれは華のある麗しの淑女となるだろう、とされている。
王族としてどこへ嫁ぐのか、今から噂されるほどに。
ただし、彼女には一つの癖とでも言うべきか、稀にどこか遠くを見るようにどこかを見つめて動かなくなることがある。
不意に訪れるそれは、周囲からも咎められる要因になるのだが、それ以外は非の打ち所が無いほど優秀な子供とされ、少々の変わり者、という程度のものだ。
まだ喋るのが精一杯だった頃にリリーナは周囲に尋ねたことがある。
「なにか、いる。なに、これ?」
周囲の者には何も見えない、だがリリーナは何かがいると言う。
当然世話をする者は何もないし何もいないと答えるが、幼いリリーナはいると言って聞かない。
結局リリーナの妄言とされ、聡いリリーナはずっと言い続ける、ということは無かったのだが。
「リリーナ様」
リリーナ付けの侍女が、父であり国王であるソルからの伝言を伝えてきた。
内容を聞いたリリーナは、小さく声を上げた、それは喜びの声。
「私と同じ固有能力を持った殿方に、ようやくお会いできるのですね」
リリーナはかねてから父親から聞かされていた。
自身と同じ【念話】を持つ、1つ違いの男の子がいるということ。
また、彼は自分と同じ先祖返りであるということ。
そして、いずれ自身の夫になるかもしれない、ということを。
(その方なら、私のことを理解してくれるかもしれませんね。ゼン・カノー殿、でしたか)
そう淡い期待を持って、リリーナは半年後に、王都を出発した。
◆◆◆
俺とネリーが冒険者登録をすると聞いて、冒険者ギルドの入り口で待っていた人物がそこにいた。狐耳を付けた困り顔の若者、レイスだ。
結構な頻度で会う機会があるので、割と打ち解けているBクラス冒険者の1人だ。俺も気軽に声をかける。
何やら登録の前に言いたいことがあって待っていたのだとか。
はて、何かあったっけか?
「あのですね、ゼンさん、出来れば、仕事はそのままにして欲しいっす」
「は?」
「いや、ゼンさんが出してるじゃないっすか、巡回依頼」
「ああ、あれか。あれがどうしたの?」
「ゼンさんが冒険者になったら、誰が依頼するんすか」
俺はネリーと顔を見合わせる。
【念話】を使うまでもなく、レイスの言っている意味がよく分からない。
「あれ、ギルドでも人気の依頼っす。出来ればずっと出してて欲しいっす」
「えっと、よくわからんのだけど、あの依頼はずっと張りっぱなしにしておくつもりだけど?」
「ホントっすか!?」
いや、逆に心配する理由がどこにあんの?
と、率直に尋ねてみたところ、どうやら俺とネリーが冒険者になることで、「依頼主」でなくなるのでは、という思いがあったらしい。
理屈は良く分からんが、冒険者は自分の事は自分で、というのが基本だから、依頼を出さずに自分でやるのではないか、と考えたようだ。
「そもそもさ、あの依頼はDクラスからだよね?俺達は今から登録ってことになるし、Fクラスということになると思うんだけど」
「いや、その、ゼンさんの実力はおいら、知ってるっすよ。すげーおっかない従魔持ってるじゃないっすか」
あれ?なんでそれ知ってんの?父さん辺りが漏らしたかな?と思ったら、ネリーが肘でつついてきた。
「おいら、目がいいんで、すげーおっかないデカい犬みたいなのが見えたっす、たまたま巡回中だったっす。それとネリーさんが戦っているところが見えたっすよ。あれ、ゼンさんの従魔っすよね?」
「3日前ですよね?」
ああ、思い出したわ、てかネリーは気付いてたのか、すごいなネリー、どうやったんだ?
3日前の夕方、実力チェックということで、ネリーに[三頭犬]と戦ってもらった。
俺は常々ネリーは強いって言ってるわけだけど、やはりピンと来ないようで、冒険者登録前に自分の実力を知ってもらおうと思って、そうしたわけだ。
[三頭犬]には本気で戦ってもらった、手抜きしたら瞬殺されかねないからだ。
結果はアレだ、やっぱりというか、案の定というか、それなりに戦いは続いたんだが……。
[三頭犬]はブラストタイガーみたいな巨体は持ってない、普通の犬とは比較にならない大きさだけども、犬は犬だ、普通の人から見れば犬じゃないとは思うけど。
首の高さで言えば常人より高いだろう、2メートルくらいあるかな?
その名前通り、首が3つある犬なわけだが、逆に言えば特徴的な点といえばそのくらいだ。
強いかと言えば弱くはないだろう、ブラストタイガー程度じゃ相手にならない。
とにかく一つ一つの動作が速いのだ、噛み付き一つ取っても意思がある頭が3つ、連携して襲ってくる。
けども、ネリーはそれ以上に速いのだ。
リーチで言えば[三頭犬]の方が体はデカいんだから当然長い、しかもネリーは無手なわけだし、しかしまあこれが[三頭犬]の攻撃が当たらないわ効かないわ。
ネリーは確かめるように爪の攻撃を受けたりしたけど、押されるようなこともなく。結局間合いを見切ったネリーが[三頭犬]の懐に潜り込んで、ボコボコにし出したので、もういいかと思って適当なところで終わらせた。
俺は散々な目に合った[三頭犬]を労って戻した後に、ネリーに感想を求めたわけだが。
「強かったにゃ、けど、ネリーでもそんにゃに苦労せず倒せると思うにゃ。これが[三頭犬]だったら御伽噺は嘘っぱちにゃ」
これである、[三頭犬]も報われんわ。
まあ、そんなことがあったのだが、どうやらレイスに見られていたらしい。
別に俺の従魔ってわけでもないんだが、説明するのも面倒だしなあ。
「アレを巡回に使われたら、おいら達出番ないっすよ……」
「ああ、なるほどね。そういう手もあったか。でも流石にあれがウロウロするような所には誰も住まないと思うんだ」
普通の人からすれば、ぶっちゃけ魔物と大して変わらんだろう。
100体くらい呼んでも問題はないが、「見て回れ」というのは命令としてファジーすぎる。
上級レベルの召喚魔術で呼ぶような存在は、知性が高く、かなり融通が利く。
[三頭犬]はその中でもかなり賢い、普通の犬よりも賢いのだが、上級の中では弱い部類だ。ペット代わりに連れるなら、[大戦猫]の方がいくらか強いし、見た目もマシだ。
まあ、それでも超デカい猫には変わらんから、見た目が怖いのは変わらんが。
ライオン連れてるようなもんだしなあ。
「まあ、それはいいからさ。俺とネリーの冒険者登録したいんだけど」
別に口止めはしない、レイスならいいだろう。軽い印象だが、冒険者として軽率なことは滅多にしないと聞いてるし、多分悪いようにはしない。
「わかったっす、ヒバリ嬢ちゃんに言えばいいっす。中にいる受付で眼鏡かけてるからすぐ分かるっすよ」
そう言って今度は中に入るように促してきた、心配せんでも俺自ら巡回することは多分ないと思うんだけどな。
さて、ギルド内に入ったわけだが、何やら緊張感というか、そんな気配がする。
伺うようにこちらを見る人もいるし、レイスと似たようなこと考えたのかな?
「あのですね、イストランド郡の巡回依頼を止める予定はありませんので」
俺がそう告げると、空気が一気に弛緩した。
何やら受付嬢もほっとしている、眼鏡をかけたお嬢さんというと、この娘か。
ネリーを伴って、受付へと向かう。
「ここで冒険者登録していいんですかね?」
きれいに分かれた茶髪と、目元のそばかすが印象的な少女は、少しほっとした表情のあと、笑顔で告げてきた。
「はい、こちらで登録となります!ようこそ!冒険者ギルドへ!私はヒバリって言います、よろしくお願いしますね、ゼンさん!」
「い、以上で登録が完了、となります」
「うん、じゃあ、これからよろしく」
「よろしくお願いします」
てっきり[人物鑑定]を受けるもんだと思っていたのだが、何やらステータスボードの代わりになる水晶のような魔道具があって、それに魔力を通せば簡易なステータスが浮き出るというものだった。
便利なものもあるものだと思ったが、[人物鑑定]を行えるような人間がフィナールの町のギルドにはいないらしい、言われてみればそのためだけに雇っておくってのもな。
しっかりと【擬態】は効いたっぽい、「B+」って出てきたし、ネリーも「B+」だった。
しかしヒバリにはどうも引かれてしまったようだ、高すぎたかなぁ。
あれほど頑張って作った笑顔はあっさり凍り付いてしまった、どちらかと言えば俺よりネリーの方が衝撃的だったようだ。
ヒバリは引き攣りながらも冒険者の心得というか、冒険者ギルドの方針などの説明を口にし出した。
「え、えっと、ですね。今から冒険者ギルドとしての、説明を行いますが、必要、ですかね?」
「まあ、確かに両親から色々聞いてますけど、一応お願いします」
どうにも相手の見た目が幼いと、敬語とか丁寧語とかってのが適当になりがちなんだよなぁ、俺って。
元々そういうのはあんま得意じゃないし、見た目もアレだから、適当なくらいが丁度いいか。
ヒバリの説明はおよそ両親から聞いた通りだ。
冒険者のクラス付けとしては、Fクラスから始まりSSクラスまで存在する。
クラスにより受けられる依頼が変わる、まあこの辺りは最初に冒険者ギルドに来たときに確認済みだ。強いて言えば、共同で依頼を受ける場合、要するにパーティで依頼を受ける場合は、同パーティで最もクラスが高い人物に合わせて依頼が受けられる、ということ。
クラスアップについては、対象の冒険者の実績と、所属している町の冒険者ギルドの判断によりAクラスまでは昇格出来る。それ以上のクラスアップの判断は冒険者ギルド本部にて行う。
基本的に強制する事項はほとんどないが、冒険者ギルドの名前を著しく汚すような行為には、依頼受領の禁止や、除名処分といったペナルティがある。
ギルドとしては、問題ある冒険者については、前もって依頼主に説明するといった責任があるようで、冒険者は素行が悪いといいことない、ってことらしい。
前もって母さんから聞いた通り、「緊急依頼」は活動が可能な状態にある限り引き受けなければならない、もっとも<災害級>の魔物の討伐だったり、町の防衛だったり、ケースは相当限られるようだ。
もう一つは「指名依頼」については極力受けるように、ということ、これはあくまで極力ではあるが、ギルドとしてはなるべく受けるように、ということだ。
ただこの「指名依頼」は、とりあえず俺にはしばらく関係なさそうだ、指名出来るのはBクラス以上の冒険者と決まっているのだが、そもそも今の俺はBクラスにはなれない。
「申し訳ありませんが、ゼンさんは10歳になるまで、昇格出来るのはCクラスまで、ということになります」
「ああ、そういう年齢制限があるんだ」
「はい。ただ、パーティを組んであれば依頼受領に制限はありませんので、ゼンさんにはあまり関係ないと思いますけど」
確かにそうなると、俺自身のクラスが上がってなくても、受領に制限がかかる場合はほとんどないな。
俺には何しろ父さんがいるわけで、SSクラス専用の依頼なんぞ無いも同然だろうから、大したことではない。
それに俺も稼ぎたくて冒険者をやるというわけでもないし。
指名依頼を受ける可能性もとりあえずなさそうだし、問題ないな。
「以上で説明は終わりです。何かご質問は?」
説明している間にだいぶ落ち着いたらしい、ヒバリが何とか作り直した笑顔で告げてきた。別に意地悪したいわけじゃないが、聞いておくか。
「依頼は一度にいくつも受けていいものなの?あと採集とかは、元から持ってるものを渡す、とかでいいのかな?」
「えっと、どちらも問題はありません。前者は依頼の期限で終わらせれば問題ありませんし、後者は依頼主が満足するものであれば構いません」
依頼の遂行が出来なかった場合は違約金を支払う目にあったりするようだ、それは依頼書にも書いてある通りか。
「あ、言い忘れてました。冒険者ギルドでは、2年間依頼を受けていないとクラスが1つ下がります、5年間で自動引退となりますのでご注意下さい」
「引退扱いになったらどうなるの?」
「復帰するとしても特例なしではFクラスから、ということになりますね」
ふむ、聞くべきことは聞いたかな?そんじゃま、早速やってみましょーかね。
俺はヒバリに別れを告げて、ネリーと共に依頼書が張られたボードの元へと向かった。
「まあ、見る限りでは本当にアルバイトばっかだな」
「アルバイトって何ですか?」
ネリーが聞いてくる、アルバイトは通じないか。
「そうだな、仕事ってのは基本的に雇用主が誰かを雇ってやるもんだが、例えばこの荷運びなんかがそうなんだけども、「ずっと雇うわけじゃないけど、必要な人員」って、たまにいるよな?日雇いとかもそうなるんだが、必要な時に必要な分雇う、って雇用形式をそう俺の知識の中で言うんだ」
「納得です。しかし、正直に言って、ゼン様がなされるような仕事は、見当たりませんね」
ネリーの言わんことは分からんでもないかな?
確かに「時間の無駄」というレベルかもしれんが、一応意味はある。
フィナールの町における俺の知名度は高い方だ、ただそれが正しく知られているかどうかはまた話が別なんだよなぁ。そこらへんを改善すべく、勤労少年を装ってみようという俺の思いつきだ。
ネリーまで付き合う必要は本来無いのだが、「下積みは大事です」というのはネリーだ、俺もそう思う。では片っ端から、ってワケにもいかんだろう。
これで小遣いなり、あるいは生活のために仕事を請けるギルド所属者もいるはずだ。というわけで、随分古くから張ってあるらしい2枚の依頼書を手に取り、それをヒバリの元へ持っていく。
「ヒバリさん、これ2人でやることにするよ」
「これを、ですか?いや、やってくれるなら、助かりますけど、何日かかるか……」
ヒバリが困惑がちに聞いてきた、やっぱこれ面倒な依頼らしい。
「問題なし。じゃあ受領ってことで」
そんな感じで受けた初依頼は、「ゴミ置き場の清掃」と「廃家の処分」だ。
指定されたゴミ置き場は5箇所、最初の1箇所に着いた時点で、結構な悪臭が広がっていた。乱雑に積まれたゴミが置き場を完全に埋め尽くし、用意してある木箱からゴミが溢れている。
ネリーは露骨に嫌そうだ、五感が良すぎるのも問題だよなあ。
てかこれは冒険者ギルドに依頼するんじゃなくて、適切な人員を配置すべきだと思う、領主に陳情でもするか?依頼主はギースの名前になってたし。でもギースは明らかに俺を避けてるんだよなぁ、ユーリにエドナに伝えてもらうか、最近エドナも出仕してないって聞いたけど、ユーリ曰く「まだ全然元気」らしいから大丈夫だろう。
ただ、これは俺からすると、「生ゴミ」なんだよな、解析もそれっぽい。
お宝ってほどではないが利用価値がありそうな感じだ。
「使えそう、かな?」
「これを何かに使うんですか?」
ネリーは本当に嫌そうだ、廃家処分をさせた方が良かったか?
「まあ、嫌なら無理にとは言わないが。俺もこれは[空間箱]に入れて、悪臭については[浄化]って感じだが」
「火魔法で燃やしたいんですが」
「ネリーがやったらまずこの一帯が火事になるな」
まあやりたくなければ、と伝えたのだが、「マスターにだけ仕事などさせられません!」ということでちゃんと付き合ってくれた、いいこいいこ。
つっても木箱ごと[空間箱]に入れるだけだ、代わりの木箱は置かなくてもいいらしいので、大人2人で抱えられるかどうかという大きさの木箱をぽんぽんと[空間箱]に入れていく。
ちなみに[空間箱]の容量はもう把握しきれん、[無限収納]と言ってOKだろう。
若干視線を感じるが、俺もネリーもいい子ですよ?そんな気持ち悪いものを見るような視線やめてつかーさいよ。
木箱を回収し終えたらサクッと[浄化]、これは神聖魔法にもあるものなので不審がれることはない。[浄化]は聖気とでもいうか、人に悪いものを抜き出してくれるので、悪臭もすっきり、実に便利な術式である。
極端に突き詰めた簡易な[浄化]だと、空気ごと消失という割と物騒な術式であったりもする、ただこれすげー簡単なんだよな。
さっさと終わらせて次の箇所への繰り返し。
フィナールの町はそこそこ広いが、俺とネリーなら移動に困るほどの距離でもない。1箇所10分ほど、移動に10分ほど。
2時間程度で片付け終わりっと。
俺は何ともないが、ネリーが若干むくれている、この手の仕事はさせないほうがいいかな。と思ったのだが、「こういう仕事をしている俺」が不満らしい、下積み大事ってお前もゆーたやん?
次は「廃家の処分」なわけだが、これがまた何と言うか、場所に着いたのはいいが。
「俺らの屋敷とあんま変わらんな」
「そうですね、どうします?」
まあこれまたでかい屋敷なわけだ、でかいっつっても、解体するには、ってことだけど。これは普通1日や2日じゃ終わらんだろう、これもまた依頼主はギースになっているが、これは冒険者の仕事じゃなくて解体屋がせなアカンやつやろ。やっぱギースに直接文句言いにいくか、などと考えてたらネリーが物騒なことを言い出す。
「火魔法で燃やしたいんですが」
「ネリーお前魔法使えるようになってから何かと燃やしたがるよな」
しかもそんなに得意でもない火魔法。なまじ魔力も魔力量も高いもんだから、本当に火事になる、やめていただきたい。
まあ、見た感じそのまま再利用が出来そうな部分は見当たらない。
となると、石材や木材メインだし、ほとんど廃棄だなこりゃ。
中に入るのも躊躇われる感じだ、そもそも入り口らしきところを開くには、強引に行くしかなさそうだ。
これもまた「処分」だから跡がどうなっても問題はない。
そうだなぁ、離れだし周りはある程度安全、ならばぶっ壊すか。
「ネリー、やるか」
「はい、壊しちゃっていいんですよね?」
「屋敷ごとぶっ飛ばすなよ、ちゃんと壊せよ?」
分かりました、と返事はいいネリー。どうもストレス解消のために屋敷ごとぶっ飛ばしそうな気配だ、一応結界張っとこう。
あ、ネリーさんやる気満々やし、これアカンやつやわ、結界強めにしとこ。
「せーの!えいっ!」
ネリーが気合が入ってるのか入ってないのか、という拳一撃で建屋が「ズレ」た。いや、てか、やっぱ動きすぎだから!ちゃんと「壊せ」っつったのに!
「そいや!」
仕方なく逆側から俺も蹴りを入れておく、うん、俺はちゃんと「砕いた」と思ったんだが。おかしいな、俺も「壊す」つもりだったんだが、建屋がネリーの方にまた「ズレ」た。
思いのほか頑丈に出来ていた建屋は、俺とネリーでキャッチボールのようにズレまくった、周りに振動が行ったかもしれん。
4回目くらいでやっと建屋が崩壊した、土台は割と優秀だったようだ。
いやだからその畏怖の対象みたいな視線やめてくださいよ皆さん。俺たち勤労少年少女ですよ?
とりあえず建屋はぶっ壊したので、あとは廃墟になった部分を集めて[空間箱]へぽいぽい入れていく。
最初から建屋ごと入れれば良かったかもしれんのだが、それだけ[空間箱]の入り口を広く作ったら、他に次元干渉するかもしれんし、何かの間違いで誰かが入ったら大変なことになる。
何もなかった、とまでは行かずとも、あとは整地すりゃあまた何かしら建てられるだろう、これで完了ってことでいいな。
というわけで、冒険者ギルドへ戻った俺たちは、ヒバリに報告する。
「ヒバリさん、依頼終わったけど、これってどう完了証明したらいいんかな?」
「……えっ?」
そう、どちらも依頼は完了させたつもりだが、証明出来るものがないので、実際に見てもらうしかないのだが。
ヒバリはフリーズしてるし、まあしゃあないか、普通朝から受けて昼過ぎに戻ってくるような依頼じゃないもんな。
「いや、終わったから。確認はどうするのかなって」
「え、えっと……」
「ほら頑張って、現実、見よう!」
やれるやれる気持ちの問題だ絶対やれるって頑張れ頑張れ、ってネリーが言ってた。なんてくだらないことをやってたら、ヒバリが何とか持ち直した、結構精神力高いんだよなこの娘。
「えー、こほん、この依頼はギルドの職員が直接完了確認することになっております。報酬はその後になりますので、3日後以降にお越し下さい」
「あいよー」
「それから、古い依頼だったので実績評価も高くなります、Eクラスに昇格する可能性もありますので、その際はお知らせします」
「ん?2件だけで昇格っておかしくない?」
と聞くと、どうやら依頼が古くから残されているものというのは、その分実績にプラス評価があるらしい。また、Fクラスとしては、難易度というか、大変時間がかかるものであり、これを2人で、というのはポイントが高いそうだ。
昇格確定、というほどではないにしろ、加味される可能性が高いとのこと。
それはちょっとありがたいかもしれん、何しろFクラスの仕事というのは結構時間拘束があるものが多いのだ。バイトもそんなもんだけどね。
俺の目論見はまた斜め上に行ってしまった感はあるが、やり方があまりにもまずかったかな……。
ちょっと時間が余ったので、採掘ギルドからの依頼を受けてみた、依頼主はデルだ。敷地にある鉱石を整理して欲しいという内容だ、ま、在庫整理ってところか。
2人して採掘ギルドを訪れると、窓口にデルがいたので、話しかける。
「こんにちわ、冒険者ギルドからの依頼で来ました」
「おぅ、整理に……って、えっと、確か、シャレット代官のむすm……いや、息子さん、だった、よな?合ってるよな?」
「合ってます、ゼンです」
そういえば採掘ギルドを訪れたのは久しぶりだ、銀と白銀を買って以来だろうか。注文はしてるけど、俺自ら訪れることはないもんな。
「なんつーか、また、変わったなぁ。てかお前本当に男だよな?」
「なかなか代官殿の息子さんに容赦ありませんな」
大口取引先の息子だぞこの野郎。てか注文してるのは俺の名前になってるはずなんだが。
「あ、いやぁ、そこは毎度ありがとうございますとか何とか言うところなんだが、前にも増して女っぷりに拍車がかかってっからよ」
「せやから俺男やって言うとるやんけ」
つい関西のノリが出てしまう、あ、俺福岡育ちだから。
どうにも関西のノリというのは、感染るんだよなぁ。
「まあ、ええから、整理するわ。場所案内しぃ」
「お、おぅ」
ギルドの奥に案内されると、その際には結構広い敷地が広がっていた。
一応屋根はあるが、あんましいい鉱石保管の方法とは言えないなぁ。
まぁでも、こんなもんか。
デルは一つの鉱石の山を指差すと、こう言った。
「あの山が全部鉱石だ、種類ごとにまとめて、同じモンがある山に置いといてくれや。リヤカーはそこにあっからよ。嬢t「おいコラ」……ゼン様なら鉱石の種類は分かるんだろ?」
「雑な置き方してんなあ、人手不足?」
敬語を投げ捨てつつ尋ねてみると、デルもやや複雑そうだ。
「ここの採掘ギルドに所属している採掘士自体、減ってるんだよ。鉱山があんまねえからなあ」
「なるほどね、掘るものがなければ採掘ギルドの存在意義も薄くなるってことか」
在庫自体はそれなりにある、というのも職人はこの町にそこそこいるからだ。
だから採掘ギルド同士で物流させているのだとか。
とりあえず作業を開始する、俺が振り分けてネリーが運ぶ、という方式だ。
「銅鉱・錫鉱・亜鉛鉱…これは黒曜石か、えーっと、なんぞこれ?解析してっと、ふむ、玉鋼鉱ね……は?玉鋼?」
そもそも玉鋼というのは刀の材料だが、砂鉄を原料にした特殊な製法で出来る鋼だ。それが鉱石になってるってのはどういうことだ?とデルに尋ねると、「使い道はあんまねえが、硬いから金床くらいには使える」とのこと。
値段を尋ねる、安い、むしろ鉄より安い、加工出来なかったら鉄より重いだけ、か。つーか何故こんな鉱石があるんだ、どうなってんだ異世界、これが合金じゃないのはおかしいだろう、成分的には間違いなく玉鋼だぞコレ。
ただそんなに量が掘れるものでもないらしい、元々使う職人も限られるそうだ。
「デルさんよぃ、この玉鋼鉱、あるだけ買ってっていいか?」
「構わねえぜ、ほとんどこの町じゃ使われないからな」
確かに加工するにはそれなりに技術がいるもんな、刀が打てるかどうかはまだちょっと分からん。神界で作ったことはあるが、普通の玉鋼しか扱ったことはないし。
作業自体はあっさり完了した、したのだが、玉鋼鉱以外に、ヤバいものも見つけてしまった。
アポイタカラ、すなわち、青生生魂。
日本神話に出てくる伝説の金属だ、ヒヒイロカネと同じものとされているが、この世界では別物だ。
どうも青鉱と呼ばれているらしいが、成分的に神界で掘れたものと変わりはない、生産神に問い詰めたくなるが、これは確かに掘れないとは言ってなかったな。
あまり掘れない鉱石ではあるのだが、掘れるだけで何も使い道がなく、クズ石扱いらしい。加工する者がいないので、実際漬物石的存在とか、なんともったいない。
すぐさま買取を行った、在庫は4トン、全部買った。
他に掘れるのかと聞いたところ、掘れるらしいがクズ石なので放置されることが多いらしい。
加工出来ない人にはクズ石だろうが、使い道を知っている俺からすると、正に宝の山だ。
流石に集めてもらうと不審に思われそうなのでやめておくが、もし他の採掘ギルドから回って来たら、順次買取を行うと伝えて、冒険者ギルドへ戻り、報告を済ませた。
とりあえず今日はここまでにしておく、次は1週間後くらいだろう。
戻りながら、今後の領地経営について考える。
まず、農村作りということで始めたわけだが、家畜のこともあるし、これは方針として続けていく。
既にイストランド郡はフィナール領の穀物庫と呼ばれ始めている。
これから先は農業ギルドの力も必要だ、出来れば誘致したいところだ。
フィナールの町に農業ギルドは既にあるが、その出張所みたいなものを作ってくれればいいと思っている。
腐葉土も広まってきた、今度は堆肥だ。
魔物骨肉粉を使った肥料も研究しているが、魔植物にならない程度となると、なかなか難しい。それより堆肥が作れるなら、まずそちらからだろう。
本日大量の生ゴミを手に入れたので、実験地を作って堆肥作りを行う。
既にイストランドで生ゴミの回収は試みているのだが、村人達で処理してしまうことが多く、そんなにまとまった量は手に入ってない。
イストカレッジの人たちなら協力も得られるだろう、処理地について考えねば。
チラリと隣のやや後ろを歩くネリーを見る。
従者のポジションだとか何とか、俺はあまり気にしないのだが、ってかその位置は微妙に話しかけにくいんだよ。
本人がそうしたがっているからそうさせてはいるけども。
「なあ、ネリー」
「はいですにゃ」
話しかけると隣に寄ってくる、かわいい、じゃなくていつもそうしてくれねえかなあ。
「そこは譲れないところにゃにょにゃ」
何故伝わったし、てかネリーの素ってホントにこれなんだろうか?なんて考えるが、普段から従者らしく心がけている結果なのだろう。
俺が「ケモナー」だと思ってるからじゃねえだろうな、断じてノーマルである、とも言いにくいところなのだが。
可愛いは正義、間違いない。
「冒険者登録はしたわけだが、俺が昇格出来るのはとりあえずCクラスまでだ、丁度いいラインとも言えるわけだが」
「まだそこまで有名になる気はにゃい、ってことにゃ?手遅れな気もするけどにゃー」
それはまあ俺も思わんでもない、ただ母さんの保護下というポジションは、そう簡単に手出しされないところだろう、悪い立場ではない。
「少なくとも強さで有名になるのは、もう少し先かな。15歳くらいからにしようと思ってる」
「気の長い話にゃね。ゼン様のことだから何か意味があるにゃ?」
「まあ、もっと早くても問題はないんだがな、学園に在籍している間は中立で居られる可能性が高いみたいだし」
事実上、母さんがカルローゼ王国の領内で代官を務めているということは、カルローゼ王国に組していると見なされているとは思う。
少なくともフィナール領の利益に繋がるようなことをやっているのは事実だ。
しかし俺は王国に縛られるつもりは全くない、少なくとも俺が動けるようになるまで間は知恵を出すつもりだが、それだけだ。
ま、それなりに力を貸してもらいたいところだが、そこは王国側がどう動いてくるか次第か。
強いて問題があるとすれば、両親の年齢だ、ついでにユーリもそうなのだが。
俺が15歳になる頃には43歳、衰える可能性は、ゼロではない。
ただし、神具を取り込んだ両親は、寿命こそ延びはしないが、衰えという点では極めて緩やかになるだろう、それこそ天寿の2~3年前くらいにしか衰えが始まらないかもしれない。あとは何歳まで生きてくれるかだが……そこまで考えても仕方ないことか、出来るだけ長生きしてほしいが、協力もして欲しい、傲慢な考えだというのは自覚している。
しかしユーリはなあ、代官代行にいずれ仕立てるとして、そろそろ子を作るには限界に近い年齢だ、最悪俺が何とかするが、相手がいないことにはな。
無理にとは言わないが、血族はやはり特別だ、年嵩はアレとして逆玉の輿のいい相手のはずだが……むう、いい相手を探してやれと母さんに言うべきだろうな。
「で、だ。ネリー。俺はBクラス以上に当分はならない。だがネリーには早急にクラスアップをして貰おうと思ってる」
「ネリーだけクラス上げるにゃ?」
コテン、と首を傾げるネリー。
「ネリーは俺の従者だ。ネリーが有名になることは、俺としてもメリットがある」
クラスに拘っているわけではないが、強さをアピールするために、肩書きとして高クラスの冒険者というのは、分かりやすい。
SSクラスがどの程度か知らない、だがネリーは強さだけで言えばSクラス以上と考えていいはずだ。
「俺の強さはもうしばらく隠したい、だからその分ネリーに目立って欲しいんだわ」
ネリーは俺の従者というポジションを崩さない、なので俺はネリーをカモフラージュに使うつもりだ。
Sクラス冒険者を両親に持ち、Sクラス冒険者を従者に持つ、となれば、危険視される可能性もあるにせよ、強硬な手段はそう簡単に取れまい。
少なくとも人類の権力争いだとか、そういうものに付き合っているヒマはないのだ。
「ゼン様がそうおっしゃるにゃら、やってみるにゃ」
「ま、強さ的にはSクラスは確定だろうが、あとはギルドでの仕事っぷり次第だろうからな、頼むぞネリー」
「はいですにゃ、でもそうなると、一緒にお仕事は出来にゃいにゃ?」
「Cクラスまでは一緒にやるが、その後はネリー個人か、あるいは父さんと一緒に、ってことになるかな?」
「ゼン様のお傍にいられにゃいのはちょっと寂しいにゃ……」
やばい、猫耳を垂らして俯くネリー超可愛い。
基本的にネリーには常に傍にいてもらいたい、というのは確かにある、最近俺もネリーの前では自重しなくなってきたし。
またネリーもそれを望んでいるのだろうが、これから単独で動くことも多くなる、学園では多分あまり一緒に居られないしな。
「ちょっとした予行練習だと思ってくれ、常に冒険者ギルドで仕事してろってわけでもないし、依頼は月に2~3回で十分だからな」
「分かりましたにゃ、それくらいなら我慢するにゃ」
ちょっと妥協して、そのくらいの頻度に抑える。
護衛依頼なんかでは長期間仕事に就く必要があるだろうが、討伐依頼なら常人より遥かに短い期間でネリーなら終わらせられるだろう。
戦闘能力も高ければ、【直感】の高さ故か、獣人特有のものか分からんが、勘が鋭いとかってレベルじゃないしな。
そのうち第六感とかスキルが付くんじゃないか、そんなことを考えつつ、帰路を後にした。
◆◆◆
冒険者ギルド長ナハトがゼンとネリーの冒険者登録を済ませた、と報告を受けたのは、3日後のことだった。元々ゾークから聞いていたことだ、驚きはない。
人気依頼になっている巡回依頼も続けると聞いていた、思うように通達されていなかったが、ゼン本人の口からギルドにその旨を告げたという。
ナハトがフィナールの町の冒険者ギルドを離れていた理由は、冒険者ギルド本部へ、任命書を受け取りに行ったためだ。
ゾークならびにシャレットのSSクラスへの昇格が決定したのだ。
SSクラスともなれば、人類最強の一角、ということになる。
なおかつ、2人は冒険者ギルドとして、相当都合のいい存在でもあるのだ。
SSクラスの冒険者で、国籍を持たない存在は、いない。
何しろ一国が持つ個人戦力としては最高の存在だ、いずれもどこかしらの領地なり地位なりを預けられて、国に高い影響力を持つ。
しかし、これは裏返せぱ、冒険者ギルドはSSクラス冒険者に協力を要請しにくい、ということもでもある。
シャレットはフィナール領イストランド郡代官という地位にあるが、国籍はいまだ持たない。さらにゾークには、今のところ何も地位がない、強いて言えば代官の夫、というくらいだ。
元より冒険者ギルドで優秀な実績を持つ2人であり、協力要請も断られたのは僅か1回、シャレットが妊娠していた頃の話である。
<災害級>を2人で討伐し、さらに多くのA級魔物討伐を繰り返している。
そういった事実は、過去の実績も申し分ない2人の昇格を決定付けるには、十分であった。
これにより冒険者ギルドは、極めてフリーに近いSSクラスを2人同時に得られたことになる。
ギルドマスターは即決、他のギルド幹部も反対なし、という結果に、昇格会議に出席したナハトは素直に胸をなでおろしたものだ。
フィナールの町に帰還したナハトは、ヒバリからゼンとネリーの鑑定水晶の内容を聞き、目を丸くした。
「何かの間違いじゃねえのか?それ」
「記録もあります!間違いないです!」
渡された資料を見ると、両者とも総合力「B+」という表記がされている。
鑑定水晶は簡易な[鑑定]であり、ステータスを全て確認出来る、というわけではない。およそのステータスを統括し、個人の能力を総合的に判断するというものに過ぎない。
シャレットがステータスボードを開示した時は、シャレット自身の[鑑定]によるステータスボードを更新した結果を見せたものだ。
当然ながらこの「B+」という数値、そう簡単に出るものでもない。
このくらいのステータスの持ち主となると、Bクラス冒険者として最初から認定してもいいくらいだ。
あるいはAでも、というレベルなのだが、このステータスを5歳と11歳の子供が持っている、というのは有り得ない。
有り得ないのだが、あの2人は普通の子供ではない、ナハトは比較的冷静に考えられた。
「まぁ、先祖返りと、Sクラス冒険者に旅に付き合ってた娘だ。このくらいは持ってるもんかもしれねえな」
「それは、そうなのかもしれないんですけど……」
いずれにせよ卓越した存在だ。自分がいない間だったということで、Fクラスという認定をしたのだろうが、Dクラス辺りからが適正だろうか、とナハトは思う。
まだ記録されたばかりで、実績は書かれていない資料に目を通す。
「で、登録だけ済ませて帰ったのか?」
「いえ、Fクラスの依頼を3件、その日のうちに終わらせてます。結果も確認済で、完璧、という評価です。今日確認が終わったところです」
「ほー、初依頼で完璧か。流石だな、何やったんだ?」
「えっと、「棄却予定」級を2件と、「普通」級を1件、です」
ナハトはそれを聞いて、資料を取り落とした。
「棄却予定」とは、依頼を受ける人間がおらず、依頼主に返却する予定の依頼のことだ。Fクラス程度で本来そのような依頼は無いが、2件、確かにあったことをナハトも覚えている。
「えっとですね、確認に行った人からは、間違いなく「完璧」にこなしてある、という報告が来てます。元々何も無かったようになっている、とのことです」
「あのめんどくさい依頼を「完璧」とはな……しっかし時間かかっただろうに、ついさっき終わったのか?」
何とか自分を取り戻したナハトは、面倒な依頼を果たしてくれたことに感謝しつつ、相当な時間と労力を割いただろうにと労った。
それを聞いたヒバリが、言い辛そうに切り出す。
「4時間で、完了させたらしいです」
「は?」
「ですから、4時間で終わらせて完了報告がなされました。その後に採掘ギルドの整理の依頼を完了させて、それからはまだギルドには来られてません」
住民の証言もあることから、それが事実であると追加された、という。
どんなことをしたら4時間で終わるというのか、そもそも4時間では移動するのが精一杯ではないか、などと思ったナハトだが、現実は認めなければなるまい。
ゾーク達が<災害級>を討伐してきた現実よりは、まだ認めやすかった。
(SSクラス冒険者2人に、大型ルーキー2人、か。過剰戦力って言われちまいそうだなぁ)
もっとも冒険者の拠点など、国籍のことを考えれば、定めようもないのだが。
ナハトは他のギルド支部からの嫉妬を少なからず受けることを覚悟した。
◆◆
「そういえばヒバリ、お前よくゼンが男だって分かったな」
「えっ?」
「えっ?」
次は4/10 12:00ですかね




