【幕間】二人のSクラス冒険者(Ⅱ)
時間経過回、といったところでしょうか、主人公視点はありません
フィナールの町に住む冒険者ギルド長ナハトは、アジェーラ聖国にある冒険者ギルドの本部に、Sクラス冒険者の派遣を要請しようとしていた。
本来ならばフィナール領で起きたことは、フィナールの町にある冒険者ギルド支部で対応しなければならない。
しかし、今回ナハトにもたらされた情報は、緊急というわけではないにしろ、ここにいる冒険者では対応が難しいと判断したものだ。
およそ1年前に起きた、2人のSクラス冒険者の引退、これが今でも尾を引いている。
頭数で言えば、フィナールの町を拠点にする冒険者は、1年前より増加傾向にある。
Aクラスの冒険者も2名だけだが、フィナールの町で依頼を受けている。
しかし、絶対的な実力者というわけではない、Aクラスでも中堅どころ、といったところだ。
フィナール領内に、<災害級>と思しき魔物がいるらしい。
これがナハトにもたらされた情報であり、フィナール領内の噂である。
まだ存在すら確認されておらず、<災害級>となればそれなりに目立つ。
あくまで噂、というだけであり、実害はいまだ無しとくれば、少なくとも王国は動くまい。
しかし、新領主として就任したばかりのギース・フィナールは、即座に冒険者ギルドに依頼を行った。
「<災害級>と思しき魔物の存在の有無を確認せよ、存在が確認出来た場合はこれを討伐するように」
そもそも単独の冒険者が当たれる依頼ではない。
万が一<災害級>が存在した場合、それに当たれる戦力も無い。
情報収集だけなら可能だが、討伐、となれば話は変わる。
(所詮噂、そもそも<災害級>がいたとすれば、フィナール領では既に何かしらの被害が出ているはず)
そう思ったナハトだが、領主から依頼が出たとなれば、話は別だ。
レイス辺りならば、存在に気付いたとしてもその情報を持ち帰れるが、逆に言えばレイスしかいない。
A級の2人は<災害級>と対面した経験が無い。
カルローゼ王国は動かない、となれば、本部に派遣依頼を行うしかないと、ナハトは決断しかけた。
そんな時のこと。
ナハトが要請文をしたため、ギルドご用達の使い魔を利用して本部へと手紙を送らせようとしていたところ、ギルドの受付嬢が血相を変えてナハトの部屋に飛び込んできた。
「そんなに慌ててどうしたよ?」
眼鏡を掛けた茶髪少女、まだ新人だが、依頼受付を担当している人間族の少女だ。
美しいというわけではないが愛嬌があり、冒険者からの人気もそれなりにある。
確かに慌てる癖というか、そういったところが目立つ少女であるが、ナハトとしてもこれほど慌てている様子は見た覚えがない。
少女は息を整えるように一つ深呼吸をする、左右対称に分けた髪を僅かに整えると、ナハトに告げる。
「シャレット代官様が、お見えになられました!」
ナハトはそれを聞いて疑問を覚える。
来たのがゾークなら分かる、義手とかいう変わった道具を左腕につけて、それほど不自由はしていなかった。
実際のところ、イストランド郡でしばしば魔物討伐をしていたこともあった、と聞いている。
しかしシャレットは右足を失っている、簡単にここまで来れられるはずもないのだが、と思ったところ、ゾークに連れてこられた可能性に至る。
ただ、目の前の少女は、「代官が来た」というだけでここまで慌てるものだろうか?
相手の地位にさして物怖じすることもない少女なのだが。
「慌てる理由がわかんねえな。ゾークさんも一緒なんだろ?」
「いえ、あの、確かにゾーク様もお連れなのですが、その」
「あー、いい。とりあえず俺が行くからよ」
ナハトにしてみれば謎だらけだが、会えば分かる話だ。
一度手紙を仕舞って、ナハトはギルド受付に向かう。
そこで2人の姿を確認した、そう、「見慣れた姿」の2人を。
ナハトは我が目を疑った、どう見てもその姿は、健康そのもので。
むしろ体つきなどは、ゾークは一回り力強くなったように思えるし、シャレットにしても何も不審な点は見つからない。
そう、元々腕や足など失っていないかのように。
ゾークがナハトに気付くと、声をかけてきた。
「ようナハト、久しぶりだなぁ。受付の嬢ちゃんが変わっててよぅ、説明が面倒だからお前から頼むわ」
「ステータスボードを見せたら、慌ててどっか行っちゃって、困ってたのよね」
シャレットの言うことは分かる、受付嬢はまだ一年にも満たない新人だ、シャレットは代官として有名になりつつあるが、ゾークのことは知らないだろう。
故にステータスボードの開示を求めた、だがそれで慌てるというのはどういうことだろうか。
いや、そもそも2人の体はどうなっているのか。
ナハトとしても疑問だらけだ。
「久しぶり、はいいんだけどよ、2人とも、えーっと、体はいいのか?」
どう聞こうかと悩んだナハトにゾークがあっさり答える。
「健康そのものだ、そろそろ仕事すっかなと思ってよ、なんかいい依頼ねえか?A級魔物とかよ」
ゾークの簡潔な答えに、シャレットが僅かばかり補足する。
「ナハトさん、気持ちは分からなくもないけど、健康そのもの、ってのはホントよ。何も問題ないわよ」
困惑をより深めるナハト。
受付の窓口を見ると、そこには二枚のステータスボード。
恐らくはゾークとシャレットのものだろう、何気なしに手に取って眺めると、ナハトは凍りつく。
「なんだこりゃぁ……」
SSクラスの冒険者でもこんなステータスの持ち主は見たことが無い。
先ほどの受付嬢があれほど混乱してきたのも分かる。
そこに並んだ「S」ばかりの数値、そして追加されている【自動治癒】という固有能力。
偽装した、という可能性は薄い。
シャレットならば代官であることから、あるいは、とも思うが、そのようなことをする2人ではない。
ナハトは疑問だらけの頭を整理する、何から聞けばいいものか。
と、そこで<災害級>のことを思い出す。
ステータスボードも、四肢のことも、不明なことではあるが、この2人は隔絶としたSクラスの冒険者だ。
この2人なら情報収集する程度は十分可能だ、シャレットの動きにも不自由なところは見られない。
話すだけ話してみるか、とナハトは領主の依頼文を2人に見せる。
依頼文を読んだ2人の様子は、強張る、などということもなく。
むしろそこに浮かんだのは、愉悦。
「<災害級>か、こう言っちゃなんだがよぉ」
ゾークがいかにも楽しそうに目を輝かせ。
「今の私たちには丁度いい相手よね」
シャレットは口元を薄く吊り上げながら。
2人はナハトに告げる、この依頼はゾークとシャレットにて請け負った、と。
◆◆
「なんつーかよぉ、俺らも強くなったって思うんだがよ」
「ネリーも強すぎだし、ゼンはそれ以上よね……」
「俺らのステータスが偽モンなんじゃねえかって思えるくれえだが」
「本物よね、間違いなく」
「つーことは、だ。あいつらは俺らより遥かに上の「S」なんだろうなぁ……SSクラスの冒険者にはなれそうだけどよ、俺らが最強ってのは、無理があんな」
「ゼンが強いのはまだ分かるけど、ネリーが強いのはどういうことなのかしらね」
「まあ、ゼンに付き合ってりゃそうなる、って話だろうけどよぉ、アレだ、魔道具のせいだろ?」
「そういえばネリーはゼンの眷属だったわね。主人が強くなれば、従者も強くなる……アレもデタラメな魔道具よね、10%って言ったって、ゼンの10%ってどれだけ強いのよ」
「俺らのもデタラメだがなぁ」
ゼンが神具を完成させてから数ヶ月、ゾークとシャレットは制御のために訓練の日々を重ねていた。
ゾークは勿論のこと、シャレットとてかつては強さを追い求めた存在、与えられたものとはいえ、その強さを十全に発揮することに異議はない。
SSクラスの冒険者という一つの最強の称号は、手に届く、というよりは若干過ぎたような気持ちになりつつある。
同じようにゼンとネリーも日々の鍛錬を再開した。
ゼンは成長期以上に鍛錬と食事を繰り返し、ネリーも成長期における一つの境目を迎えようとしている。
結果として、ゼンは失った元の肉体を取り戻すことは出来なかった。
あくまで外観上は。
実際のところゼンの肉体的能力は、飛躍的に向上したのだが、元々少女と見間違われるほどのそれは、更に華奢な状態で固定されてしまった。
「脱いだら凄いから!マジで!ムキムキですから!これから成長するのか逆に心配ですから!むしろ筋肉付きすぎだから!」とゼンは言うが、肉体的に少年と呼べそうな部分は既に無く、長く後ろに束ねた黒髪の輝きが特徴的な、儚い美少女そのものである。
本当に髪を切ろうかと言い出したゼンだが、これをシャレット・ネリー・ユーリの女性陣が阻止した。
「そんなに艶な黒髪を切るのはもったいないわよ」
「ありえないでしょー。女の子は髪がいn「俺は男だっつってんだろ!」男の子でも髪は大事でしょー?」
「出来ればですね、髪留めを使ってもらいたいのですが」
最後のネリーの意見だけ通したゼンだが、ならばせめて服装だけでも、と、男の子成分を意識した意匠で自ら服を作り出したのだが、女性陣にことごとく「却下」されてしまった。
逆にユーリに弄ばれる有様で、「スカートだけは、スカートだけは勘弁してくれ!」という主張に留まった。
ゼンは色々諦めた、やはりそういう点を女性陣に攻められると男性は勝てないのだ。
ただし、自らが作ったネリーの作業着だけはOKサインを貰った、ゼンからすれば、猫耳従者となればやっぱりエプロンドレスでしょう、と。
なおネリーはスカートを好まず、あまり着てくれなかった、合掌。
鏡石を自ら磨き上げ屋敷に設置した姿見を見て、ゼンはため息しか出ない。
「本ッ当に大丈夫か俺、まだ男だよな?いや、俺男としてちゃんと産まれたよな?男の娘とかいうカテゴリじゃねえよな?」などというぼやきが、ネリーの耳に入ったとか。
ついでに(立派なものをお持ちでしたから心配いりません、見た目はアレですけど)などと、思われたのだとか。
さてゾークとシャレットである。
ほぼ体の制御を掴んだ2人がやることは、まず現有戦力の確認とでも言うべきか、どの程度戦えるかを確認していた。
ゾークの槍は神の領域に一歩入り込み、シャレットも自身の固有称号が「賢者」から「賢王」に変化していた。
すなわち、パラメータ上昇に伴って、自身の技量も1ランクというか、2ランクくらい上昇した、ように思えていた。
2人とも確かな手応えを感じたのだが、試す相手がいなかった。
元々ゾークとシャレットはお互いで模擬戦などすることは無い、そもそも戦う間合いが違うからだ。
単独でも十分強い両者だが、特にシャレットは弓を使うにしろ接近戦は不得手だ。
かといって、近場にいるC級魔物など、元より大した相手ではない。
どうにも自分達の実力が分からず、特にゾークは「この際ちっと遠出すっかな」などと言い出した。
シャレットにしても、それもいいか、などと思ったのだが、これにはユーリが泣きついた。
「ただでさえあたしも本当に忙しいのよぉー!」
屋敷内に響くユーリの魂の叫びは、工房にいたゼンまで届いた、聞こえなかったことにした。
何が起きたのかだいたい予想がつくが、ユーリの言うことは分からんでもないな、と理解を示した。
ただ理解を示しただけで、何をするつもりでもなかったのだが。
そんな事情もあり、近場で戦える相手、となると、シャレットはゼンとネリーしかおるまい、と結論付けた。
ただしゼンにしろネリーにしろ、このステータスで戦うには弱くはないにしろ強くもない。
とはいえゾークは「ありゃ隠し事してんのはスキルだけじゃねえよ」と早々にバレていたし、シャレットも薄々感づいてはいた。
ゼンはステータスボードを偽装している、と。
元来シャレットはパラメータまで【擬態】していると考えていなかったが、ゼンにそれを尋ねると、あっさり認めた。
「俺もネリーも普段は【擬態】で隠してるけど、俺は1年前から全て「S」だし、ネリーも魔力以外は「S」になってるね」
ゼンはまだ分かる、全適正で、先祖返りだ。
ただネリーまでそれほど強化されているとはどういうことか。
そこまではゼンは答えなかった、「日々の鍛錬の賜物ということにしといて」と。
ゼンの仕業に違いないと思ったが、そこまで深くはシャレットも追求しなかった。
というわけで、基本的に2対2での訓練を開始した。
最初のうちは、経験の差があり、ゾークとシャレットは白星を先行させた。
経験不足というのは、特にネリーが顕著であり、ゾークとの技量差が出ていた。
シャレットはゼンと魔法戦を挑むのだが、これは逆にゼンが圧倒した、当然の結果である。
ただ勝負を決するにあたり、ゾークがネリーに槍を突きつける、ということが多かったため、結果としてそうなったのだ。
しかし模擬戦を重ねるにつれて、ゾーク達の旗色はどんどん悪くなっていった。
ゼンが魔術を放棄してゾークに当たると、ネリーは一直線にシャレットに向かう。
こうなるとどうなるか、ゼン自らが槌を振るい、作り出した長刀で、ゾークを圧倒してしまうのだ。
その間にシャレットはネリーの動きを捌けずに負けてしまうという、まあゼンからすれば当然こうなる、という結果だ。
しばらくこのパターンが続くと、ゼンが「これはアカンわ」と言って、長刀ではなく槍を使うことにした。
これで同等かと思いきや、1ヶ月も続くと、ゼンが槍を以てしてもゾークに負けることはほとんどなくなり、ネリーがシャレットを捉えて終了、ということになってきた。
今度はシャレットの近接戦がネック、ということなのだが、互いのためにということで、戦法をある程度固定することにした。
それはゾークとネリーが前衛を務め、シャレットとゼンが後衛を務める、という形で続けたのだが……。
ゼンは訓練の最中、密かに【完全解析】を利用して、色々な変化を確認していた。
そのゼンにして結論付けたことが一つある、「強者との戦いは、互いにいい経験値になる」というものだ。
自分自身のステータスの変化も知っていたが、それは大したことではない、問題はネリーのレベルだ。
元より鍛錬を続けている自分とネリーだ、確かにそれにより成長した面もあるが、模擬戦を繰り返している間に最も成長したのはネリーだ。
既にネリーはレベルは30を超えて、パラメータは全てSという枠を遥かに突き抜けていた、ゾーク以上に、だ。
【変化之理】による成長幅も随時変更を入れている、上昇幅を上げても問題ないとした。
それに加えて、自分もレベルは上昇したし、パラメータも向上しているため、「眷属」による効果で、多少の技量差の違いなど、もはや誤差だ。
そのせいか、【格闘術】の伸びはあまり良くないが、身体能力とパラメータの両方でゾークを御せるほど強くなった。
己のことを棚に上げて、人外の領域というか、確実に神の領域に入ってんなー、などと考えるゼンである。
また、両親についても「神具」は既に解析として出てこない。
それすなわち完全に身体と同化したということだ、やはり所有者認定されたら神具として存在しなくなるという読みは正しかった。
義足・義手として[同化]すればそれはもう神具ではなくなるのでは、という考えは正しく、パラメータの数値や動きを見ても、十全に扱えているのが分かる。
かけた術式は[高強化]だが、補助的に[全身強化]という肉体的に直接作用するような術式も施して正解だった。
汎用能力も軒並みレベルが上がっているし、以前より確実に強くなった両親を見て、多少なりとも安心したのは事実だ。
まあ、人体改造みたいな真似をして少し悪いことをしたかもなあ、などと思うゼンであった。
ただしこの配慮、後に想定していた前提に若干の誤りがあったため、もしかしていらない配慮をしたのだろうかとゼンは考えることになる。
「正直、技量の差っつーかよ、ネリーはそんなもん関係なしにブチ込んできやがるからなぁ……」
ゾークはネリーとの戦いを思い出す。
最初のうちは、まあ、何とかなった。
ただ、最近はまともに当たることが難しい、何しろゾークにして、もはやネリーの動きは見るのが精一杯だ。
獣人なのだから身体的能力が高いことは分かってはいるが、<災害級>の魔物にしても、あんな速さは持ち得ないし、払った槍を刃ごと跳ね返すような筋肉は有り得ない。
ゼンに対しては、もう諦めていた、長刀を使われたら自分でも勝ち目がないのに、最近は槍でも五分だ、我が子ながら怪物とかいう次元にない。
「あなたはまだいいわよ、私はネリーに近づかれたらどうにもならないのよ?どう見てもゼンは手抜きなのに、魔術の発動が恐ろしく正確だし、詠唱なしであれってズルいわよ」
シャレットは若干自信を失いかけていた。
最も得意とする遠距離戦で、ゼンに全く歯が立たない。
何しろ無詠唱で自分と同レベルの魔法が飛んでくるのだ、魔術というのは恐ろしい。
では弓を混ぜればどうか、というと弓の技量でもこれまた全く歯が立たない、仮にも「弓師」から「弓者」にクラスアップを果たしたというのに、これも次元が違いすぎた。
ネリーに対しては最初から投げている、一緒に旅をしてきた途中でもそうだったし、成長した今では距離を取ることすら難しい、最近加減が厳しくなってきて、一撃もらえば一発終了だ。
2人の結論は、「ゼンとネリー相手に戦うなら、<災害級>の魔物の軍団と戦った方が余程マシ」だった。
シャレットは後に述懐する。
あの頃から、ゼンは<厄災級>よりもよほど強かったのではないか、と。
あるいはネリーもそれに近かったのかもしれない、と。
◆◆
「いやぁ、楽しみだぜぇ!割とマジでよぉ」
「まだいるとは決まってないのよ、本当はいないならそれにこしたことはないんだから」
ウキウキのゾークを嗜めるシャレットだが、その表情も口元が歪んでいる。
噂の発信源であるフィナール領南西へと向かう足取りは軽い。
この場合2人にあるのは慢心などの類ではない、ただやっと自分達の力が試せる、という単純な喜びだ。
「1週間だかんねー!それ以上は持たないからー!」
シャレットが領地を留守にする条件に、1週間という期間を泣きながら出してきたのはユーリだ。
その場に居たゼンは「俺とネリーは?」とシャレットに連れて行けと言ったのだが、「ダメだかんね!ゼン君まで行っちゃダメだから!政務回んないからー!」ということで、ゾークとシャレットの2人旅である。
ただ2人としても、何かしらの確証を持って南西へ向かっているわけではない。
いるらしい、という曖昧な情報しかないのだから、ある程度行き当たりばったりになるのはやむをえない。
いないならそれにこしたことはない、というシャレットの談は、本来正しい。
そのような魔物がいるということは、それすなわちフィナール領の危機である、自分の力量を把握したいにしろ、代官としても喜ばしいことではない。
ないのだが、2人の共通事項は「いて欲しい」である。
SSクラスへの昇進の一つの考慮項目に、<災害級>の魔物を単独撃破するというものがある。
とはいっても、単独で撃破することなど普通は有り得ない、<災害級>の魔物は<災害>の群れの代表だ。
それに単独で当たるというのは、ただの自殺行為だ、群れには群れで挑むのが普通だ。
なので、厳密に考慮している点は、<災害級>の魔物を一人で対することが出来るか、という点だ、群れ対群れの中で一騎打ちが可能かどうか、ということだ。
以前のゾークであっても、この点はほぼ既にクリアしていることだ。
ブラストタイガーとの戦いで、恐らくはギースが証言してくれるだろう、A級だがもはや<災害級>にほとんどなりかけていた。
シャレットでは、一騎打ちはどうか、という点では少々悩ましい。
実際のところ純粋な魔法使いはSSクラスにはいない、それだけ魔法使いは単独行動では厳しい。
魔法使いは基本的に他者と連携してこその「火力担当」である。
魔物の群れに先制して範囲攻撃を加えるのが魔法使いであり、ここ一番の大ダメージを与えるのも魔法使いだ。
一概に魔法使いと言えど、「水法士」であったり、「風法師」であったり、得意とする属性というものは、ある。
ただし、シャレットはそれらに加え、治癒魔法使いでもあるからこそ、万能魔法使いの証である固有職業「賢者」を持ち、現「賢王」なのだ。
ゾークとシャレットは、ネリーに比べれば、一年前から遥かにレベルアップしている、というわけではない。
神具を体内に取り込んで上昇したステータス、ゼンやネリーと研鑽に励んだ日々は、10年に匹敵するほど濃い経験である。
実のところ、ゼンがこっそり【成長指導】してたりするのだが。
「んー、なんか怪しいかも」
街道から大幅に外れて南西へと向かっていたゾーク達は、そろそろフィナール領を外れるのでは、というところまで来ていた。
明確な境はないが、隣接する別の王国領にさしかかろうとしたところで、シャレットが魔力の残滓らしき気配を察知した。
見える範囲では、怪しいところはない。
ただ、ゾークとしても、思うところはあった。
「ゴブリンソルジャーなんざ、この辺りにはいなかったよなぁ」
2時間ほど前に一撃で屠った魔物を思い出す、街道から外れてはいるが、C級が出るほど遠くもない。
ゾークの直感も、何か近くにいる、と告げている。
「怪しいのは……」
「まあ、あの林だろうよ」
視界に入る中では、魔物が隠れるようなところは見当たらない、となれば、南西にかすかに映る林が怪しい。
<災害級>独特のプレッシャーは感じられないが、何かが居そうなところ、といえばそこしかない。
シャレットはゾークの言葉に頷き、林へと足を進めた。
(あそこに何もいなければ、一度戻らなきゃいけないわね)
出発してから既に4日が経とうとしている、シャレットはユーリとの約束は無視してもいいかな、などと思ってはいたが、色々任せっきりの友人だ、無碍にするのもよくないだろう。
「まあ、あそこ見てから一回帰るか、ゼンも怖ぇしな」
「そうね、ゼンは怒ると怖いものね」
口うるさくはないが、華奢になり、より美しさが増したゼンは、機嫌を損ねると大層恐ろしい、美しさがそのまま冷酷さに感じるのだ。
一度ユーリに怒ったゼンを見た2人は、ゼンは決して怒らせまいと決めていた。
少なくとも怒りの矛先だけは回避せねばならないのだ。
置いてくるような形になったので、期間だけは守らねばまずいだろう、というのは2人の共通見解である。
ゾークはシャレットに先行するように林の中を進んでいた。
奥に進むに連れて、警戒レベルが上昇していく。
「こりゃいるな。しかも、結構多いぜ?」
何がいるかまでは分からないが、ゾークは「敵」がいると確信した。
魔物かどうか、というところまでは分からない、あるいは野生の獣かもしれない。
ただ、居るのは「敵」だと直感が告げている。
シャレットもまた、別の方法で敵がいることを確信した。
明らかに感じる大きな魔力、残滓で感じたものと同じ類のもの。
正体が判明すれば押し引きを考えねばなるまいと思う。
更に進み、ゾークは一つの集団を発見した。
まだ距離はある、およそ150メートルほどだが、林の中の僅かな空間に、それを発見した。
「なるほどな、<災害級>っぽいぜ?」
「確かに<災害級>だわ。これならまあ噂ってのも、仕方ないわね」
そこに居た集団は、100体近いゴブリン。
その中で最も大きな存在、二足歩行の巨大な角の蛮人、その名前を2人は知っている。
「ゴブリンキング、か。まぁそこそこ頭が回る連中だ、増えるまで大人しくしてたんだろうよ」
ゴブリンキング。
<災害級>の中では、個体としては比較的弱い部類だが、<災害>を引き起こす長としては相当悪い部類に入る。
それは何故か、ゴブリンキングとは、ゴブリンが生きている間に進化する最終形である。
その知性は極めて高く、ゴブリンと呼ばれる魔物を集めてひたすらに群れる、群れて数を集める。
最終的には1000体を超える魔物の群れを率いて、町を襲うのだ。
個体としては弱い、というのは<災害級>の魔物としてはそれほど珍しくない。
だが、知性が高い<災害級>の魔物は人類から姿を隠して群れを増やすのだ。
その傾向が特に顕著なのが、ゴブリンという本来臆病な魔物が進化した、このゴブリンキングである。
一度<災害>が起これば、止めることは難しい。
だからこそ早い段階で対応せねばならないのだが……。
「うまいこと隠れてやがるなぁ」
「そうね、ここからだと、隣の領に行く可能性は高いけど、だからって見逃すこともないわね」
フィナール領内ではあるが、人里という意味では隣接する領であるナジュール領に向かう可能性は高いだろう。
一度戻って報告するか、あるいはこの場で倒すか。
数はまだ多くはない、ゴブリンは個体としては同級の魔物よりは弱い。
問題は、ここで見える範囲が群れの全てかどうか、ということだが。
「まぁ、ゴブリンキングさえ倒しちまえば、いいか」
「雑魚は私に任せなさい、ま、苦戦はしないでしょ」
2人はあっさり、この場での討伐を決定した。
シャレットから見えるゴブリンキングは、ゾークが槍を振るうには十分なスペースに存在していた。
ならば、あの位置にゾークを届かせる、その道を作るのが自分の役割。
魔力を静かに練る、周囲のゴブリンは、一撃で屠る。
唱える魔法は既に決めている、風魔法の上級魔法[竜巻]、ではなく、初級魔法の[風刃]だ。
ゼンの提言を思い出す。
「魔法も魔術もそうなんだけど、範囲系ってのは、そんなに威力が高いものでもないよね」
「それはそうよ、魔力がその分収束しないんだし、威力を上げようとしたら魔力が尽きるもの」
「それって実際のところどうなんだろうね?」
「というと、どういうことかしら?」
「いや、例えばさ。母さんなら、風魔法が得意なんでしょ?使える魔法で一番強いのは何になる?」
「まあ、[竜巻]かしらね」
「[竜巻]ね。まあそれなりに威力はあるだろうけど、そんなに致命的なダメージが入りそうな感じもしないなあ」
「そうねぇ、範囲は広いけど、致命傷を与えることはあまりないかしら」
「個人的に思うことだけども、魔法ってのは、難しい魔法ほど威力が高い、みたいな考えが前提にいると思うんだ」
「あなたの魔術もそうじゃないの?」
「んー、難しい魔術ほど威力が高い、ということは無い、かな?あながち間違いでもないんだけど。ただ要するに、魔力をどんだけ込めるかってことで、威力は違うと思うんだよね」
「つまり?」
「1つの[竜巻]と、6つの[風刃]、どっちが魔法として難しい?というより、どっちの方が魔物を倒すには効率がいいか、って話なんだけど」
[風刃]と[竜巻]、殺傷力が高いのは、単体に使用する前者だ。
ただ、[風刃]を複数枚、一度に詠唱するという発想は、シャレットには今まで無かったものだ。
簡易詠唱で使える[風刃]は確かに同時に使えなくは無い、範囲攻撃という意味ではやはり[竜巻]の方が上だろう。
しかし林の中という場所を考えれば、[竜巻]の効果が薄いのは確かだ。
ゼンは言ってた、「効率の問題」だと。
今この場で必要なのは、「威力が高い大魔法」ではない、「確実に殺す魔法」だ。
ゾークの道を拓く、ならばその道にいる敵を一撃で倒すことが望ましい。
だからこそシャレットは、「8枚」の[風刃]を一度に繰り出すことにした。
「ゾーク、行くわよ![風刃]!」
シャレットが作り出した風で作られた刃が8枚、ゴブリン達を襲う。
厳密には、シャレットは狙いを全く付けていない、ただ真っ直ぐ[風刃]を撃ち出しただけだ。
ゼン曰く、「面制圧をするのに、精密な狙いなんていらない」、確かにその通りだとシャレットは思う。
[風刃]は風魔法でも初級レベル、同時に中級レベルへの登竜門とされている。
この刃をどれだけ鋭く、どれだけ大きく作れるか、というのは魔法使いの資質に関わる問題で、そのまま風魔法の適正評価へと繋がるものだ。
それをシャレットは8枚、鉄をも切り裂くほどの鋭さを持ち、自身の身長と同じくらいの大きさで作り出し、ゴブリンキングへと撃ち出した、それだけだ。
同じことが出来る魔法使いは、世界でも数人、ゼンは例外、シャレットの魔力の高さは人類種で間違いなく最上位級にある。
ゴブリン達は反応すら許されず、あるものは首を飛ばし、あるものは半身に裂かれ、あるものは腕を切り飛ばされ、不運なものは5つに切り裂かれた。
その中でゴブリンキングは、1枚の刃を胸に受けるに留まった。
「ギャギャッ!」
敵襲。
ゴブリンキングはそれを悟った。
「逃げるんじゃねえぞごるぁっ!」
風の刃を追うようにして躍り出る一つの影、ゾークは槍を右手に持ち、ゴブリンキングへの突貫を開始した。
ゴブリンキングへの威圧用に叫びはしたものの、ゴブリン程度は自分が引きつける必要もない。
中にはゴブリンだけでなく、B級のゴブリンリーダーや、C級のゴブリンソルジャーも混じっているのだが、一顧だにする必要はない。
(シャレットにしちゃ、ネリーやゼンの方が余程恐ろしいだろうぜ)
人を恐怖の対象みたいに言うなとゼンなら言うだろうか。
かくて100メートルはあろうかという距離を、5秒かからず駆け抜ける。
ゴブリン達が反応する瞬間を与えず、槍が届く範囲のゴブリンを斬り飛ばす。
その姿、正に疾風。
ゴブリンキングの元へ辿り着くまでに、斬ったゴブリンは8体、どこを斬ったかまではゾークの知ったことではない。
ゾークの背後を襲おうとしたゴブリンもいたのだが、シャレットの[氷矢]で貫かれて命を散らした。
(これが<災害級>たぁ笑わせてくれるぜ)
ゾークの目前に居るのは、3メートルの巨体を持つゴブリン、ゴブリンキング。
胸に傷があることから、シャレットの[風刃]が当たったことが確認出来た。
ゴブリンキングはれっきとした<災害級>だ、威圧感も相応に持ち合わせている。
だがゾークは目の前の相手に恐怖を覚えなかった、むしろ、物足りない。
「ギャギッ!」
目先のゴブリンキングが剣のようなものをゾークに振るう、しかしその動きはゾークにとって全く俊敏さを感じさせない。
ゾークは剣先を槍で払うと、そのまま袈裟懸けに槍を叩きつける。
浅い、と判断したゾークは、槍を構えて仕切りなおす。
ゴブリンキングはたたらを踏むが、まだ致命傷ではない。
己の胸部から滴り落ちる青い血がゴブリンキングの怒りを呼ぶ。
「ギャーッ!」
巨体に任せた突進とともに、剣を携えてゾークを潰そうとする。
だがやはりゾークの脅威にはなりえず、むしろ鈍重。
焦りもなく、僅かに体を右方向に動かすと、そのままゴブリンキングの足元を槍で払う。
ズシリと伝わる確かな手応え、しかし斬るには至らず、無理に押さずに刃を引きながら、右方向へ身をかわす。
ゴブリンキングは痛みをこらえ、自分の左側に回ったゾークを捉えようと体を回転させるが。
「遅いぜマヌケ」
ゾークは更にゴブリンキングの背後へと回り、今度は逆足を斬りつける。
斬れた、とゾークは確信した。
「グギャァッ!」
ゴブリンキングは己の右足がないことに動揺した、足がない2足歩行の体は、あっさりと崩れ落ちる。
そもそも人型魔物は脆い、ゴブリンは特に顕著だ、オークやトロルのような強靭さがない。
ただ知性が高いため厄介な存在、というだけの話だ。
ゴブリンキングは狂乱しながら己の腕を振り回す、見るものによれば、恐ろしい光景。
ただゾークは、面倒くさそうに僅かに距離を取る。
動けない魔物などもはや脅威になりようもないが、あの腕力任せに当たると、痛い。
まあ、痛いだけだがな、とゾークは思い、ゴブリンキングの剣を持つ腕を、斬り飛ばす。
「ギャギー!」
右足と右腕を失ったゴブリンキングは、もはや立つこともかなわず。
ゾークは7割ほど力を込めて、ゴブリンキングの脳天を槍で貫いた。
「弱かったな」
「弱かったわね」
2人は掃討戦を行いながら、感想を述べる。
「アレならブラストタイガーの方がいくらか強かったぜ」
実際のところ、ゴブリンキングよりは、<災害級>になりかけているブラストタイガーの方が、個体としては強いであろう。
一撃の威力はともかく、動きの俊敏さが比較にならない。
ゴブリンキングの<災害級>と呼ばれている特長は、ゴブリンという面倒な魔物の群れの長、という点だけだ。
「そうね、[風刃]も効いてたみたいだし。まあ一応、私たちが強くなった、ということは確かみたいだけど」
シャレットは適当な方向に[風刃]を放ちながら、ゴブリン達を掃討していく。
ここで倒しきっても、いずれまた沸いて来るだろうが、数は減らしておくにこしたことはない。
シャレットが確認出来たのは、己の魔法の威力は確実に以前より高い、ということ。
そしてゾークの動きもまた、以前とは比較にならないということだ、訓練中は気付かなかったが、あれほど速かっただろうか。
「イマイチ実感ねえけど、まあ、依頼は完了ってことでいいな」
ゾークとしては、不完全燃焼、という気持ちも多少はある。
大手を振って<災害級>を倒した、と言えるのだが、倒したのがゴブリンキングでは自慢にならんな、とゾークは思う。
シャレットの言うとおり、自分達は強くなったのだろうが、釈然としない思いもあった。
確かにシャレットの攻撃魔法は強力になっていたようだが、己はどうなのだろうか、と。
「まあ帰るか、討伐部位と魔石も回収したし」
「そうね、ゴブリンキングだけは、一応死体ごと持っていきましょ」
あらかた掃討し終えた2人は、フィナールの町に戻ることにする。
ゴブリンの死体は、さほど役に立たないとゼンから聞いている以上、持ち帰る必要はないだろう。
こうして<災害級>の討伐を終えた2人は、3日後にフィナールの町に帰還した。
◆◆
2人の帰還を聞いたナハトは自ら受付へと赴いた。
<災害級>は存在したのか、何の魔物だったのか、話を聞いて対処せねばならない。
そして冒険者ギルド内で2人の存在を確認したのだが、表情としては晴れやかではない、むしろ、落胆。
それほど厄介な魔物が居たのだろうか?もしくは見つけられなかったのだろうか?
受付の少女に代わり、話を聞く。
「よぉお疲れさん、冴えねえ顔してるが……どうだったよ?」
「居たな、<災害級>、ゴブリンキングだったぜ?」
軽く答えたゾークに、ナハトは小さく呻いた。
決して強くはない、強くはないがゴブリンキングとなると、噂は本物であり、納得が行く。
厄介な存在ではあるが、緊急依頼としてフィナールの町にいる冒険者を集め、ゾーク達を向かわせれば、フィナールの町だけで対応は可能だと判断する。
本来地方の冒険者ギルドとしては本部への要請は、本当に緊急時のみなのだ。
ただし、ゴブリンの数がどれくらいいるか次第では、領主ギースに私兵の派遣を要求する必要がある。
今どれくらいの群れか聞かねばなるまい、巣がどこにあるかも確認せねば、とナハトは焦りながらも考える。
「数と位置は?」
「132体、南西のフィナール領とナジュール領の間にある林に居たわね」
ひどく具体的なシャレットの回答に、若干の疑問を覚えつつナハトは思考する。
132体、フィナールの町にいる冒険者の質と数を考えれば、どうだろうか。
Aクラスの冒険者は今別件で出ているが、戻り次第緊急依頼をかければ、行けるだろう。
と、そこまで判断したのだが。
「倒した数が132体ってだけで、逃げたゴブリンの数までは分からないけどね」
「……は?」
シャレットの言葉が、どういう意味か分からずに、ナハトが間の抜けた声をあげる。
「だからよぉ、ゴブリンキングだったっつってるじゃねーか。魔石と死体持ってきたから確認頼むわ」
「は?」
「討伐してきたっつってんだよ、依頼完了でいいか?」
そう言ってゾークは道具袋からサッカーボールほどもある魔石と、大きな角を取り出し、ナハトに渡す。
それを見たナハトが、ようやく2人が本当に「依頼完了」したことを理解する。
信じ難いことだが、2人で<災害級>を討伐してきた、という現実を。
死体見るか?とゾークに聞かれたので、慌てて首を振った。
「ゾ、ゾークさん、2人で殺って来た、ってこと、か?」
「おう?まあ、そうだな」
「私は雑魚を倒しただけだけどね、まあ一応2人でってことにしといて」
シャレットは道具袋とはまた別の袋をナハトへ差し出す。
ナハトが中身を見ると、大小入り混じった魔石が大量に入っていた。
この大きさならば、ゴブリンリーダーやゴブリンソルジャー、あるいはもしや、A級のゴブリンコマンダーもいたかもしれない。
この数を?2人で?
思考が一周回ってようやく落ち着いてきたナハトだが、2人が何故落胆しているのかが分からない。
「な、なぁ、依頼完了って割には、シケた顔してるけどよ、どうしたんだ?」
ナハトの疑問に、2人は顔を見合わせる。
ゾークがひどくつまらなさそうに答えた。
「いやよぉ、ちょっと弱すぎてなぁ」
シャレットが続いた。
「まぁ、久しぶりの依頼には、丁度良かったかもしれないけど。ちょっとだけ、ゾークと同感ね」
もはや2人が何を言っているのか理解できないナハトだった。
◆◆◆
「要するに、魔物が弱すぎてつまらなかった、と。まあゴブリンキングじゃなぁ」
「だろ?つまんねぇ相手だったぜ」
「<災害級>と言っても、格下もいいところだったわね」
俺は両親が帰って来たことに安堵した、ユーリの相手をするのが面倒になってきた的な意味で。
安否?んなもんこの辺りに出てくるような魔物に今のこの2人がそう簡単にやられるワケがない、つーか相手になる魔物とか領内にいるのかね?
しかも今回はこれといった縛りもない、十全に戦える両親が、ホウセンにして、「中級だが雑魚」という存在に負ける理由がない。
ゴブリン連中はついてきただろうが、100や200、母さんなら秒殺だろう。
「さ、さ、<災害級>ですよー?普段のお2人見てると、アレですけどー?」
「うーん……<災害級>ですけど、ゴブリンキングは大したことないのでしょうか?ゾーク様とシャレット様ならそう遅れを取ることはないと思ってましたけど」
ユーリとネリーは微妙な反応だ。
まあ<災害級>ってのはそれなりに恐ろしいんだろうけど、俺からすればそうでもないんだよな、どうもホウセンの「中級」というラインを超えない感じだ。
だとすれば、ネリーならどんな<災害級>でも大した相手じゃねえんだけど。
案外ネリーは自信を持たないというか、まあ、慢心しないのはいいことだけど、もう少し自分の実力を客観的に見るべきだろうなあ。
てかなんだ?強い魔物と戦いたいのかね、この2人は。
「強い奴と戦りたいの?」
「そういうわけじゃないn「そうだな」そうなの!?」
久々の流れに軽く笑った。
そういうことなら、別の方法もあるっちゃあ、あるんだけどなぁ。
「魔物じゃなくてもいいなら、俺やネリー以外にも戦える相手は呼べるよ?どんなのがいい?」
「呼ぶ?どういうことだそりゃ?」
父さんの疑問声。
あ、そう言えばまだ見せてなかったかも。
てかこっちに来て、魔術と似たような魔法はいくつか見てきたけど、これを使っているところはまだ見たことないんだよなあ。
「んー、召喚魔法、ってあるのかな?」
「使い魔を呼ぶ、ってことだろうけど、アレは別に戦うような相手じゃないでしょ?」
母さんも疑問系。
うーん、いるにはいるけど、そんなに強力なものは呼べないのかねぇ。
なんか伝書鳩的な扱いらしいんだけど。
「そうだなぁ、三頭犬って知ってる?」
どうやら知っているのはネリーだけらしく、他の3人は頭に?マークだ。
そのネリーも詳しい、ってわけじゃないようだ。
「えっと、三つの頭を持つ巨大な犬で、なんでも<災害級>を超える<厄災級>に近いほど強力な野獣とか、って聞いたことありますけど」
「野獣、って認識なんだ。うん、まあ、<厄災級>ってのは分からんけど、だいたいその通りだな」
呼べる中でも比較的強いから、まあ<災害級>なんかよりはよっぽど強いだろうな。
ホウセンの「上級でも下の方」とはまともに戦えるんだから。
最強の[古代龍]は流石に呼ぶつもりもないが。
<厄災級>と聞いて、母さんとユーリが引き攣っているが、そんなものいくらでも呼べる。
「戦いたいんなら、俺が召喚魔術で呼ぶよ?」
というわけで、イストランド郡でも僻地もいいところ、という場所で[三頭犬]を呼んで、実際に父さんと母さんに戦ってもらった。
その結果だが。
「ゼン」
「はい」
「これ、禁止」
「はい」
「私たち死ぬかと思った」
「はい」
「ちょっと、骨ありすぎた、俺もヤバかった」
「hai」
「ゼン様の呼ぶものはおかしいです」
「hai」
「えっと、あたしは何も見ませんでしたー」
「haい、ってなんでいるんだよユーリさん」
召喚魔術はよほどのことがない限り使わない方が良さそうだ、少なくとも[三頭頭]以上はやめとこう。
魔力出力が上がってるからか、呼んだ[三頭犬]の強さが半端じゃなかった件、父さん母さん必死でした。
ほどほどに相手をするように、という命令がどうもファジーすぎたようだ、正直すまんかった。
第二章もあと3~4話くらいかな?と思います。
来週中くらいには終わるでしょう。
ここから隔日掲載ということになります、次は4/6 12:00です




