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転生者は創造神  作者: 柾木竜昌
第二章 幼年期 ~鬼才の片鱗編~
31/84

代官シャレット

 エドナはギースとダリルの名代として、シャレットに報酬の要望を直接尋ねるべく、ゾーク達の住む屋敷へと向かっていた。

 前情報を得るべく、通り道の村にある人々にシャレットのことを尋ねても、これといって情報は得られなかったが、代わりに口々に聞く名がゼンであった。

 町から遠ざかり、屋敷のある村へ向かっている途中、徐々に畑に生っている野菜の数が増えている、これがゼンの知識によるものだということは、明白だ。


 曰く、「畑が良くなる方法をゼンという娘が伝えているらしい」

 曰く、「腐葉土というものが畑を良くするのだとゼン・カノーが伝えている」

 曰く、「ゼン様はカノーたる人物の先祖返りで、3歳という年齢は全く感じさせぬ神童である」

 曰く、「ゼン君は生まれる性別を間違えちゃったねえ。王族に嫁いでもおかしくねえ器量だってのに」

 曰く、「ゼンちゃんか、突拍子もねぇことするけど、ええ子だべ。先祖返りっちゅーても偉そうな感じはしねえべなぁ」


 屋敷に近づくにつれて豊かになってくる村々と、伝え聞く「ゼン・カノー」の噂。

 少なくとも作物を良く実らせる方法を伝えているのと、噂通り見た目麗しい男の子であることは分かった。

 (男の子、よね?シャレット殿も言ってたし)

 いずれにせよ悪い噂はこれといって無いようだ、ますますゼンにエドナは興味を持った。


 やがて屋敷が見えてくる、久しぶりに見る屋敷は、手入れが行き届いていることが良く分かる。

 屋敷については報酬として与えることに決定済みだ。

 元々支払うことが決まっている金貨30枚に加えたもので、破格の報酬ではあるが、ダリルとしてはこれでも足りないと考えた。

 そのために、エドナを使いとして出したのだ。



 ダリルが得たものは、ギースの精神的成長と、フィナール領の一時の平和。

 シャレットが失ったものは、夫と自らの冒険者生命である。


 ダリルは頭を抱えた、冒険者生命については彼らにも覚悟があるだろう、故にギースを責めるようなことは全く無かったと聞いている。

 だが、貴重なSクラス冒険者の存在を失った理由が、ギースの自らの手によるものと出回れば、どうか。

 このことが知られれば、息子がいかに改心しようとも、フィナール領に対する冒険者の心情はいかなるものか分かったものではない。

 今のところはごく少数に留まっているし、冒険者ギルドとしても情報は秘匿するという。

 恐らくはシャレットも喋ることはあるまい。


 故にエドナは進言した、方法は2つある、と。


 1つは下策、屋敷の賃貸を取り止め、今すぐフィナール領を出るように伝えること。

 少なくとも本人が領内を出れば、情報が出回るにしろ、事実を知る者ははごく少数。

 ただし恩を仇で返す、というにはこれ以上無い策であり、エドナも勧めはしなかった。

 シャレットの怒りを買うことは間違いなく、将来はその子ゼンが何をしてくるか分かったものではない、ギースも危うければフィナール領も危ういだろう。


 1つは中策、貸している屋敷をシャレットに与え、永住させること。

 ゾークも片腕を失っており、シャレットに至っては片足だ、冒険者として自由に生きられる身体ではないだろう。

 となれば、フィナール領に残る可能性は高い、この際に屋敷を与えることを引き換えに、町への出入りを避けてもらうこと。

 最適解とまでは言い難いが、従者らしき人材が傍に居ることは周知のことだ、不可能ではないだろう。


 本来上策としたかったのは、「何もしない」ということ。

 予定通り金貨30枚を与えるというだけに留め静観する、シャレットにしてもゼンのことを伝えなければ、これで良しとするだろう。

 自由民である彼らはいずれ国を出るだろう、それまで何もしないという可能性は高いと思われる。

 ただ主はこれを選ぶまいと思い、口にしなかっただけだ。


 エドナはある意味ダリル以上にショックを受けた、ローランド共和国のことを思い出したからだ。

 だが、ダリルよりは冷静であった、確かに被害は大きいが、食い止めた被害はそれ以上だ。

 下策とした案にしても、仮にダリルが選べば、そうしたであろう内容だ、Sクラスの冒険者としては、もう名前以外に価値はない。

 得られるものも無ければ、将来を考えたリスクとして大きすぎるだけだ。


 ダリルは中策を選び、その上で本人の希望を叶えられるだけ叶える、というものとした。

 外聞もあるため、あるいは国民として町に屋敷を与える、ということも考えたのだが、本人がそれを望むかはまた別だ。

 もし自由民からカルローゼ王国民になりたいと言えば、そうするようにとエドナに伝えた。



 エドナは訪れた屋敷で、シャレットがそれほどの不自由もなく出迎えてきたことにまず驚いた。

 見れば片足は足を模った木で支えられている。

 よく出来ている、だが支え木一つでこのように動けるものなのだろうか?


「義足っていうらしいんですけどね」


 詳しいことはシャレットも話さなかったが、何かしらの魔道具であったりするのだろうか?

 追求しようかとも思ったが、エドナはまず自分の責務を果たすべく、シャレットに屋敷を与えることを伝えた。

 ただ、シャレットの反応はあまり芳しいものではなかった。

「いらない、ってことはないんですが」

 と前置きして、欲しいものがあると伝えてきた。


「実は、東にある廃鉱の採掘権が欲しいんです。というか、中で何をしてもいいという権利が欲しいんですよね」

「あの廃鉱を、ですか。何故です?」

「ゼンが「貰えるなら」ということでして。詳しいことは私も良く知りませんし、廃鉱をどうしようと自由だとは思うのですが、ゼンが尋ねておくように、と」

 別にダメならそれでいいということなのですけど、とシャレットは口を閉じた。


 エドナとしても、この場で即答出来ることではない。

 そもそもあの廃鉱はフィナール領にある「だけ」なのだ、元々ローランド共和国だった頃から既に掘りつくされていた。

 3年ごとに調査員は派遣しているが、今更新たな鉱脈が見つかるなどということは当然無い。

 持ち帰り検討するとエドナは返答して、ゼンに会いたい旨をシャレットに告げたのだが、不在だという。

 会わせたくないのかと思ったが、どうやら本当に不在らしく、やってきたゾークにも同じことを告げられた。

 町の出入りについては、いずれにせよ一度持ち帰るのだから、その結果次第でも問題はあるまいとエドナは判断し、その場では話さなかった。



◆◆



「東の廃鉱、か。そんなものがあったかな?」

「私としても、そんなものがあったな、という程度の認識なのですが……」

 エドナはダリルに報告をする際に、自身が持つゼンの情報も提供した、ギースも同席している。

 もはやギースが何かしらの手出しをしてくる可能性はない、それにシャレットにしても、隠す必要はないとしたのだろう。

 だから「ゼンが廃鉱を欲しがっている」と伝えたのだ。


「そもそも廃鉱を欲しいというのは、どういう意味だ?言ってみれば「山が欲しい」と言うのと大差ない気がするが……」

 山が欲しいのと廃鉱が欲しいのとでは、また意味が違うのだが、ダリルの言うことは尤もなことであるとエドナは思う。


 ダリルは考える、例えばの話、「村が欲しい」ということであれば、まだ分かる。

 不自由な身の両親に定期的な収入を得る手段を提供しようというのだろう、体は動かずとも頭と口さえあればいい。

 しかし廃鉱が欲しいというのは、どういうことだろうか。


「厳密に言えば、採掘権というか、「廃鉱で何をしてもいい」という権利が欲しいそうです、ただあくまで「貰えるなら」という程度であるそうでして」

「それは権利というか、何か許可を得るべきものなのだろうか?」

「私としても悩ましいのですが、恐らくはゼンという子供は、何かしら廃鉱を利用する方法を知っているのだとしか」

「それならば、普通は所有権、ということになると思うのだが」

 そうなのだ、シャレットは「廃鉱という敷地を所有したい」とは言っていない。

 ゼンが何かしら利用する方法を知っているとしても、欲しいのは「採掘権」だという。

 言葉のあやかもしれないが、シャレットの言い方を考えれば、そういう主張ではない。


「あるいは単純に、ゼンという子供は、「そういう許可が必要」と考えたのかもしれません」

 ダリルとしては、簡単には頷き難い意見だが、あるいは本当にそうかもしれない。

 両親には当然「そんなこと自由」と言われただろうが、それでも話すべき筋を通す、ということなのだろうか。

 そういえば工房を作る許可を得ようとしてきたのも、ゼンたる子供の話をシャレットが伝えてきたことだ。


「それならばいっそ、ゾーク殿かシャレット殿を近辺の代官にしてはどうだろうか?」

 と具申したのは、ここまで口を開かなかったギースだ。

 ギースからすれば、この際ゼンという子供については問題ではない。

 恩人の残りの人生を考えれば、安定した収入を得ることが一番いいように思う。

 とすれば、廃鉱を含めた一帯をゾークに与える、というのは報酬として悪くないのではないか。

 そもそも町の外は領地といえど、住んでいる民はほとんどが開拓民として流れてきたよそ者だ。

 税金として納められる金額もたかが知れている。


「ふむ、なるほど」

「ギース様の案は、良案であるように思います」

 ギースの案に、二人はそれぞれの考えを以て賛同した。


 ダリルとしては、まず外聞がいい、という点を評価した。

 代官というのは領主に代わり、与えられた地を管理するという役割を持つ、少なくともフィナール領においては先代から国内・国外問わず人材を受け入れてきた。

 代官に任じられる者は、カルローゼ王国民でなければならない、という法は無い。

 そもそも町の外には、村はあってもそれを取り纏める者というのはなかなかいない。

 ゾークにしろシャレットにしろ、元Sクラス冒険者という肩書き付だ、顔役としても十分だろう。

 問題は政務を執行出来る者がいない、ということだが、あの二人のことだ、何かしら伝手はあるのではないだろうか。


 エドナとしても、ダリルとほぼ同じ考えだ。

 どちらを代官にするかという点ではシャレットになるだろう。

 執行者としても適任がいる、というより恐らくはシャレットならば、娘を頼るのではないだろうか。

 それに代官となれる下地は既に出来ている、人望を集め始めているゼンの母親となれば、名声的にも問題にはならない。

 ゼンという子供が何を始めるかは分からないが、取って代わろうなどという野心的なことは考えていないものと推測する。

 ギースがシャレットを害した事実は変わらないが、例え広まったところでもその贖罪、という意味にも捉えられる。

 互いに利益となる話だ、断られることはあるまい。


「では、廃鉱を含めたところで、ゾークかシャレットに代官に任ずるものとする。エドナに任せて構わんか?」

「かしこまりました、シャレット殿を推薦したく思います。町の出入りにつきましても、問題はないかと」

「そうだな、シャレット殿の方がいいだろう。ゾーク殿は些か乱暴ゆえ」


 かくしてエドナは、シャレットを代官とする領地の設定に入った。

 「代官という立場を考えれば」というダリルの意向により、町の出入りについてはこれまで通りとした。

 あの場で告げず正解だったとエドナは思った。



◆◆



 1週間後、正式にシャレットを代官として、フィナール領の東部にある一群、名称にして「イストランド郡」を預けるという通達がなされた。


 これを聞いた冒険者ギルド長ナハトは、心の底から安堵した。

 少なくともこれからフィナール領が冒険者に敬遠されるということはないだろう。

 わざわざギースの件を漏らすつもりはないが、少なくとも悪くは捉えられないものと考える。

 代官というのは、実質その地の領主扱いだ、これは出世だと言っていい。

 元Sクラスであり、フィナール領が未開発土地であるという点を考慮しても、カルローゼ王国領の代官というのはかなりの上役だ。

 冒険者がそういった出世をするのだから、フィナール領にはこれから自然と冒険者が集まるかもしれない。

 在籍する冒険者の平均クラスの低さも、いずれ解消される可能性は高い。

 これで正式に引退届けを受理しても、ナハトは問題は無いと判断した。


 なお、正式な引退届けは、ナハトの元には届かなかった。



◆◆◆



「代官って何さ」

 何か大事になった気がする。

 俺が廃鉱で色々と準備を整えているうちに、母さんは「代官」たるものになったらしい。

 ネリーがそれを聞いて卒倒した、ヤバい話かコレ、名前からして嫌な予感はするけど。

 まあ、廃鉱ごとくれたというのも剛毅な話だが、なんかその他もろもろも付いてきたっぽい?


「んー、ちっちゃい領主みたいなものかしら。一応ここら一帯は私の領地ってことになるみたい」

「まあ俺らも動けないしなぁ、丁度いいっちゃ丁度いいんだよな。代官ってのはほっといても金になるみてえだし」

 そんなに簡単な話なん?ネリーは唖然としてるけど。


「そんにゃ軽いはにゃしゃじゃにゃぃにゃ!代官にゃにょにゃ!?」

「テンパりすぎだろネリー」


 まあなんだ、領主が持ってる領地を代わりに治めるのが代官ってものらしい。

 どっからどこまで?と聞いたら、フィナールの町から東に向かって廃鉱まで、とのこと、アバウトすぎるだろ。


「町からここまで途中にある村は全部私の領地ってことになるらしいわ」

「ああね、って結構あるんじゃ?町から廃鉱まで、普通の人だと3日くらいかかりそうなんだけど」

 距離的な意味だけでも、100キロはあるんじゃないのかな?200キロ近いかもしれん。

 そこに幅まで考えると相当広いんですけど?


「まあ範囲だけは広いけど、そこにある村々の人口を考えたら、名誉職って感じかしらね」

 租税だけ貰ってウマー、という認識なのだろうか?


「何かしなきゃまずいんじゃないの?」

「わかんないわね」

「アカン」


 一応領地の管理とかそういう仕事あるんじゃないの?

 父さんは……これもアカン、完全によそ向いてるわ、全く興味ねえわこの人、認識がタダで金貰えるってだけだわ。

 名誉職つってもなあ、一応「治める」ことはしなきゃいけないんじゃないの?

 ネリーはもう何言ってるかわかんねえ、そろそろ正気に戻れ。



「ということで、代官にはそれなりに責任があるんです!分かりましたか!?」

「なかなか分かりやすい説明だったわね。しかしまあどうしたものかしら?」

「専門家に頼むしかないっしょ、流石に。ここで隠居するってんなら、まあ考えなくもないけど」

「そんなつもりはないな、ゼンが何とかしてくれるんだろ?」

「なんか色々全部丸投げされた感。隠居については、簡単にさせるつもりはないけども。てか母さんこんなもん引き受けたらアカンやろ」

「私もゼンが何とかしてれると思ったのよ」

「あんた方は俺を何だと思ってますか?」

「ゼン様d「それはもういい」にゃー!」


 深刻、というほどではないにしろ、ネリーの言うとおり、それなりに責任があると言えるだろう。

 大まかに代官のやるべきことを言えば、「住民の安全確保」が大目的と言えそうだ。

 他にも「租税徴収」やら「開発奨励」やら「郡法の立法」やら「関税処置」やらあるけども、前2つはともかく、後ろ2つはそもそもそんな状況にない。

 母さんがそんなに気負わずに引き受けた理由が分からんでもない、別に代官を罷免されたって構わんというのもあるのだろう。

 名誉職みたいなもの、というのは他の代官がだいたいそんな感じだからだ。


 代官というのは、ポスト余りの貴族や、何がしか功績のあった人物に与えられる、領主権限内にある中では相当高い地位になるようだ。

 ただ、大体開発が済んでいる領地を「租税地」という扱いで貰うのが普通らしい。

 フィナール領においては、そもそも他に代官というものが存在しない、それだけ未開発だということだ。

 ならば何故開発があまり進んでないのにそういう地位を与えたか、というのはある程度見当がつく。

 ギースの謝罪の証として、地位という名誉を与えた、という意味合いが強いのだろう。

 安定した収入源になることだし、冒険者の廃業をするものだと考えているのであれば、有りがたく受け取るべき、なんだろうか?

 しかし代官となると、そう簡単に領地を離れるというわけにはいかんだろうなぁ。


 ただ朗報というか、それなりにまとまった支度金を用意してくれるそうだ。

 この金は代官の裁量で使っていいものらしい、白銀貨10枚という価値はよくわからんが、金貨1000枚分。

 金貨1枚で一家が1ヶ月暮らせるとなれば、一家の年間所得はおよそ金貨10から13枚くらいあるか?

 物価の現実と、村の人の収入具合を確認する必要があるな。

 ってことは100世帯分を1年間賄えることになるが、そもそもそれに支度金を全部使うというわけではないだろう。

 以前村人に聞いた話だと、税金として領主に納めている金額は世帯ごとに年に金貨1枚、町中に入るのに人一人銀貨1枚。

 妖精から聞いた話では、今のところここから町までの村々の人口はおよそ1500人程度かと思われる。

 世帯人数が4人とすれば、400世帯か。そのままの税率を維持すると、金貨1500枚。

 ここまでが収入の話になるだろう、一律税はちょっと問題がありそうだが、複雑な税をかけるのは難しいか。

 問題は支出だ。


「母さん、例えばなんだが、町からここまで魔物の討伐に1ヶ月従事してもらうとすれば、報酬はいくらになると思う?」

「冒険者一人頭でってこと?1ヶ月拘束するわけだから、そうねぇ、出てくる魔物自体は大したことないし、食事と拠点を用意すれば、金貨2枚あれば飛びつくんじゃないかしら?」

「そりゃつまり、高クラスの冒険者に依頼するまでもないってこと?」

「Cクラスもあれば十分よ。この近辺だって討伐依頼が出ることもあるし、あとは拘束期間の問題だけど、1ヶ月はちょっと長いかもね、2週間で金貨1枚、魔物討伐の証明不要、って感じかしらね」

「ふむ、一種の護衛任務って考えるべきか」


 2週間金貨1枚拘束、あとは歩合制ってとこか、宿が銀貨1枚と考えればそんなに悪い仕事でもないのか?

 常時5人程度常駐させるとしたら、1ヶ月辺り金貨10枚の支出、年間およそ120枚、甘く見すぎとして200枚。

 これから雇う人件費も考えれば、最初の赤字は避けられないかもしれない、だからこその支度金か。


 ともかく人材が必要だ、まずは用意すべきか政務に通じた人材だろう。

 それからその下に付ける人材も必要だが、大筋については、しかるべき人材を早急に用意する必要がある。


「母さんには、政務に詳しい知り合いはいないの?」

「政務についてて知ってても、あんまし興味がないって子ならいるわね」

「うーん、話、聞いてくれると思う?」

「聞くだけなら聞いてくれるんじゃないかしら、最近ふらふらしてて金欠みたいだし」

「連絡取って、そういう仕事があるから手伝う気があれば、一度会って話したいかも」

「使い魔が使える知り合いに伝えてみるわ、少し時間がかかるかもしれないけど」


 さて、色々あるが、一つずつやっていくしかあるまい。

 まずやるべきことは現状確認か。


 最優先事項は予定通り父さんと母さんの義手義足だ。

 ただこれにかかりっきりになるわけには行かないだろう、同時に体勢も整える必要がある。

 代官になったところで今すぐどうこう、というわけでもないと思うが、これも予行練習だと思えば問題ない。

 ガダース並とまでは行かなくても、俺の専用工房を作ることをまず考える。

 同時にそれなりの警備を整える必要がある、金額と人数はざっと決めたが、父さんにギルドに赴いてもらうのがいいだろうか。

 依頼の現実は確認する必要はあるだろう、専門の警備兵を雇うことも考えたが、それは領主に聞かないとまずいように思う。

 村の暮らしぶりについては今すぐどうこう、という必要はあまりないように思う。

 畑の改良も少しずつ進んでいるし、この村が町から一番外れているところになるはずだ、強いて言えば街道の整備か。


「やること山積みすぎるけど、まずは町に行ってくるかね。ネリーにも付いて来て欲しいけど、ネリーにはやって欲しいことがある」

「何をすれば良いでしょうか?」

「とりあえず俺の工房をざっくり作る、その材料の確保だ。こないだ林があっただろう?そこで木を切り倒して道具袋に入れてきてくれ。倒しすぎるのもよくないから、1つの道具袋に入るだけでいいわ」

「分かりました!」


「母さんは村の人たちに代官になったことを通達して回るから、来る人に会っておいて、何か要求があれば聞いて、何かに書き留めておいてくれ」

「面倒ねえ。まあ退屈だし、丁度いいかしら」


「どう考えても面倒な役職についた母さんが以下省略。父さんも体は動かせるでしょ、途中まで俺と一緒に村の人たちに顔見せして、母さんが代官になったって伝えて回るよ。あとは巡回して、母さんの領地っぽい村がいくつあるか確認しといて、村の近くなら大した魔物も出ないし、無理しない程度に戦ってもいいよ」

「体鈍らすのもよくねえしな。ここから町まで歩き回ってりゃいいんだろ?」

「一度俺と一緒に冒険者ギルドまで来てもらうけどね、さてそんじゃ行動しますか」

 本当は母さんの代官からの委任状みたいなもんが欲しいんだけど、そんなものあるか知らないし、父さんの存在は委任状代わりになるだろう。

 まずは物価の確認と、仕入れからだ。


「やっぱりゼンがいれば何とかなるんじゃないかしら?」

「俺もこれにかかりっきりってワケにはいかないんだよ、早めに知り合いと連絡取ってよね」

 俺も領地経営なんぞに関わったことはない、村づくりくらいならしたことがないわけじゃないけど。



◆◆



 村の人達の反応は上々、そんなにピンと来る話でもなかったかもしれん。

 「税を納める人間が変わるだけ」という認識だ、そんなものだろうな。

 全て叶えられるわけではないが、「何かして欲しいことがあれば、母さんを訪ねるように」と伝えておく。

 本来なら村ごとにまとめ役みたいなものが欲しいところだが、村というよりも集落に近いもんだから、そういう存在はいないんだよなあ。

 まず向かうのは冒険者ギルドだ。


「依頼はこの板に張ってあるモンだな、読むことは問題ねえな?」

「うん、ちょっと色々見て回るから」

「じゃあ俺はちっとナハトと話でもしてくるか」


 父さんに連れて来られた冒険者ギルドは、結構キレイに作られている印象だ。

 一応どんなもんかという概要だけは聞いている、今回は仕事の依頼内容とその報酬についてだ。


 町に入って飲食店の相場を再確認、ピンキリだが、定食のようなものだと銅貨50枚くらいが目安。

 となると安宿1泊銀貨1枚という値段はおかしなものでもないだろう、素泊まりならそんなところか。

 銀貨3枚くらいが一家の一日の家計とすれば、月に金貨1枚は結構ギリギリかもしれない。


 依頼の張られた板を眺める、クラスごとにある程度分かれているようだが最低のFクラスは本当に雑用ばっかりだ。

 庭の草むしりから町中の荷物運びみたいな、バイトレベルだ。報酬もいいところ銀貨2~3枚ってとこか。

 町の外で採集してこい、ってのが出てくるのがEクラスからか、全部見たことある素材の名前ってワケでもないが、確かにその辺にあるものではあるな、あとは近場の村へのお使いとか。


 Dクラス辺りからが討伐系の仕事がチラホラ、町からどの方向にいるD~E級魔物を狩ってこい、みたいなものだな。

 報酬も結構バラバラだ、銀貨数枚から金貨レベルまで。

 大体固定給+歩合って感じだな、魔石をどうするかってところで固定部分が変わる感じだ、食材確保の意味合いが強いのかもしれない。

 Cクラスとなると討伐ばっかだな、この辺りから商人の護衛なんかも出てくるようだ。

 片道10日程度で金貨2枚から3枚、賄い付きなら悪くないのかな?


 ちなみにSクラスの依頼はなし、AクラスだとB級魔物討伐で固定給金貨3~5 枚+歩合だったり、商隊規模の護衛で金貨10枚とかだったり、国境を越えるようなレベルだとそのくらいになるのかねえ。

 やはりSクラス冒険者というのは高給取りであるようだ。


 とりあえず出したい依頼の内容は妥当な報酬に見える、というよりも条件が良すぎる可能性もありそうだ。

 依頼内容は……そうだな、こんなところか。


「依頼:10日間の「イストランド郡」街道近辺における巡回警備、報酬:固定給金貨1枚+駆除した魔物の魔石、なお魔物の死体については状態により別途依頼主で買取を行うものとする」


 こんなところでどうだろうか、と考えていると、ナハトと思しき人物と父さんがやってきた。

「おう、ゼン。どんな感じだ」

「こんな感じ。隣の人がナハトさん?はじめまして、ゼンと申します、父がお世話になっております」

 俺が一礼すると、どうやらこの男性がナハトたる人物で間違いないようだ。

 鬼人族かな?結構ごつい感じ、このギルドの責任者らしい。


「聞いてたとおりの礼儀正しい嬢ちゃん、じゃなかった、坊ちゃんだったな。俺がナハトだ、よろしくな」

 気さくな感じがして、いいおっちゃんだ。

 ちょこっとステータスを見てみると、父さんほどではないけど結構戦える感じだ、出会った頃のネリーよりは強いだろう。

 折角なので、出そうとした依頼の内容が妥当なものか教えてもらう。

 書きかけの依頼の紙をナハトに渡すと、なるほど、といった感じだ、そんなにおかしな依頼にはなっていないようだ。


「なるほど、シャレットさんの領地の巡回任務ってトコか。もうちょい詰めはいるだろうが、ギルドとしちゃ十分受けられるだろうよ、何人くらいを考えてるんだ?」

「一先ず先着3人から始めようかなと。そこまで危険な魔物は出ないと思いますけど、それなりに広そうなので」

 父さんも巡回するし、ひとまず3人で十分だろう。

 ナハトは「ちょっと少ねぇ気がするが」と言ったが、足りないだろうか?

 まあ、いきなり全部やろうとは思っていない。


「この魔物の死体、ってのはどういうこった?大抵肉と魔石はギルドで買取するんだが、魔石は冒険者のモンで、死体だけ引き取るってことみてぇだけど」

「そんなに量が集まるものではないと思うんですけど、この辺りに出てくる魔物は毛や皮が加工品になったりするんです」

「ほー、そうなのか。しかし魔物製の服やら誰か着るのかねえ?」

「まあ肉を食べているわけですから、出来たもの次第なのかな、と。まだ売り物としては考えているわけではないですけど」

 なるほどねぇ、とナハト。

 売り物にするとなると、準備が必要だ。

 段階を踏む必要が出てくるだろう。


「Dクラスから受領可、ってことでいいな。例えば…スモールラビットとか、いくらで買い取るんだ?」

「スモールラビットなら、血抜きして最高値は1匹銅貨20枚ってところですかね。まあ、ある程度一覧は作るつもりですよ」

「魔石が冒険者のモンならギルドの買取よりも少し高いくれえか。後でその一覧見せてくれや」

「分かりました、近辺の魔物の種類を教えてくれると助かります」

「おう、ちょっと待ってな」

 そう言ってナハトはギルドの奥に一度戻っていく。


 スモールラビットというのはデカいウサギだ、ぶっちゃけ村人が鍬でも倒せるレベルだったりする、素手だとしても軽傷で済む、まあ死にはしないだろう。

 肉がなかなか美味で、皮も質がいい優良E級魔物だ、個体が小さいから皮を何かに使うには数がいるけど。


 一応だいたいのところは母さんに聞いている。

 村を繋ぐ街道近辺に出てくるのは、D級の「ホブゴブリン」くらいなものだ。

 群れていることが多い個体だが、街道に出てくるのはだいたい「はぐれ」だ。

 知性ある魔物というのは珍しくないが、基本的に「ゴブリン」と名が付くのは臆病な性格をしており、単独で人を襲ってくることはあまりない、人型魔物なのでなんとなくやりにくいかな、という程度だ。

 これがB級の「ゴブリンリーダー」辺りまで進化してくると、さすがに危ういだろうが、そうでなければ時折駆除する程度でいい、全滅させてもまたいつか沸いて来る類の魔物だ。

 廃鉱にちょっと群れていたけど、適当に蹴散らした。ゴブリンタイプは使い道もない、せいぜい骨を削ればちょっとした食器くらいになるかな、という程度だ、それなら他の魔物の骨でもいい。

 基本的には肉片を肥料にするだけになるだろう。


 ナハトが戻ってきた、持ってきた紙は2枚。

 やはり母さんの言っていた魔物の名前がリストアップされている。

 C級はビガーシープとタフビーフにレッドベア、ちなみにレッドベアというのは普通の熊よりちょっと大きいかも?くらいの熊だ。

 熊は熊なのでビガーシープなんかよりは余程強いのだが、魔物として強いかと言われると微妙なところだ、生態数も少ないし。


 あとはD級以下で、特別視する必要のある名前はなさそうだが、そこそこ素材が使えそうな魔物もいる。

 この場合素材というのは、別に魔道具を作るわけではない、普通にモノとして加工出来るかどうか、という話だ。

 なんというか、魔物を駆逐せにゃいかんのは分かるけど、どんなモノに出来るかって考えると、あんま野生の獣とかと変わらんなと思う。

 本能で人を襲うようになっているから、共存は不可能なわけだけども、生まれ方も自然発生だしな。


 ナハトに断って満額の金額を紙に書き込んでいく。

 俺が毎回査定するわけにはいかんし、査定役が必要だな。

 必要そうな人材が多すぎる件、3歳の俺に伝手なんてないし、査定役は俺が教育する以外ないなあ、魔物素材を使うっていう発想が無いし。

 依頼主は母さんにしておこう。



 依頼に出すのは1ヶ月後、ということにしてもらって冒険者ギルドを後にした。

 宿舎の準備が必要だからだ、屋敷自体は広いが、あそこを拠点にするには活動範囲に支障が出る。

 食事と宿をこちらで負担するのであれば、領地の中央付近にある村に作る方がいい。

 これから人手の確保のため、各種ギルドに挨拶回りついでに必要そうな人夫を確保したいのだが、代官業務についてはどこまでやってもキリがない。

 最低限の要員については確保のメドが付いた、俺の最優先事項をまずクリアするとしよう。

 面倒がる父さんを連れて行く、俺一人じゃ色々面倒かもしれんし。

 向かった先は採掘ギルド、鉱石類の納入先であり、採掘を生業とする人々の組合である。


 採掘ギルドの中は何というか、煤っぽい。

 けれど、鉱石の最大の引き取り手だ、これは仕方ないだろう。


「こちらで鉱石の取り扱いをしていると聞いたのですが」

 窓口にいた無愛想なドワーフの中年に声をかける、ってあれ?この人見たことあるわ、治療所で。

「ん?見た感じ別に職人ってわけでも……って、すげー治癒魔法の使い手のガ、いや、ええと、嬢ちゃん?じゃねえか」

「疑問系すごいですね、俺は男なんですけど」

 どうやら覚えていたようだ、しっかし俺そんなに女の子に見えるかね、声については自分じゃ案外分かんないもんだし。

 いや、まあそんなことはどうでもいいか。


 ドワーフの男の名はデルドゥイッシュ、という名前に解析した結果では出てくるのだが、デルで通っているようだ、俺もデルと呼ぶことにする。

「アンタ、ゾークの旦那のむす……こさん、だったんだな。何か用かい?」

 不自然な溜めがあったがまあいい。

「買える鉱石の一覧があればと思いまして。ついでに相場も知りたいんです、値段が折り合えば買っていこうかと」

 調査する内容は、どんな鉱石があるかの確認と、その金額的価値だ。

 銀鉱を買うことは決定済だが、【鉱石変性】を使うにしろ、どんなものにどんな価値があるかを確認しておきたい。

 何やら訝しげにデルがじろじろと眺めてくる、治療所と同じパターンやん?


「アンタ治癒魔法士じゃねえのかい?槌なんて握ったことはないだろうし、鉱山に入るタマにも見えねえが」

「いや、どちらかと言えば本職は職人でして、ちょっと触ってみます?」

 言いながら右手を差し出したのだが、触ってもなおそんな感じはしないらしい。

 あるぇー、そこそこ硬い手のひらになってると思うんだけど。


「職人の手って感じはしねえけどなぁ、まあ別に冷やかしってわけじゃねえんなら構わねえけど」

 ほれ、と出される板5枚、どうも魔道具のようだ。

 どうやら鉱石一覧のようで、右側がおよその値段のようだ、キロ単位っぽい。

 魔道具なのは右側の値段を変動させるためだろうな、よく出来てるじゃないか、在庫量まで変動して表示させているらしい。


 見たことない名前の鉱石がいくつかあるが、神界で掘れる鉱石とさほど変わりがないように思う。

 在庫量を見ても、銅と鉄が一番人気と言ったところか、セドン商店で買った時の鉄は安かったな。

 やはりというか、ダマスカスや黒鉄鉱はリストにないし、白石や黒石もない、ここに書いてある鉱石がこの地上で掘れる全種類ってわけじゃなさそうだ。

 一番高い、というとやはり宝石類の鉱石になるようだが値段に幅がありすぎる、まあ純度の問題だわな。

 安定して高いのはやはり白銀が一番だ、次いで金銀が来るようだ。


「銀鉱を300キロ程度と、白銀鉱を100キロ程度、品質は中級のものを買い取りたいのですが」

 デルが目を見開いた後に、訝しげな様子から、ちょっとランクダウンした、これ呆れられてるとかそういう感じだわ。


「なあゾークの旦那、アンタの息子、頭大丈夫か?」

「知らん。まあ作りが違うのは確かだが」

 父さんそれひどくない?デルもかなりひどいけど。


「そんだけ買って何に使うってんだ?」

「そうですねぇ、まあ色々です。またいずれこちらに来る機会もあるでしょうから」

 何に使うかは既に決めてある、量については必要以上に買っているが、まあ今後の付き合いのためでもある。


「まぁ、大口だからよ、こっちとしてもありがてぇこった。ゾークの旦那も承知なら、俺から言うことたぁねえな」

 じゃあ持って来るわ、と言ってデルが奥へと向かった。

 キロ単位くらいなら持ってこれるのか?と思ったら、3人がかりで鉱石を持ってきた。

 むしろ3人で持ってきたことを褒めるべきだろうなこの場合。

 こっそり見ると、筋力Dレベルの持ち主ばっかだった、さすが採掘ギルド。




 高い買い物になったことを父さんに詫びたが、「ゼンなら損することはねえだろ」という返事、金持ちの親ってのはありがたいねぇ。

 これで今回の町に来た目的は果たしたと思うのだが、あと一つ確認しておかなければならないことがある。

 明確な領地の範囲だ。

 今回母さんが預けられた領地は、「イストランド」と名付けられるらしいが、どこからどこまでという点を確認しておかねばならない。

 いくらなんでも「町から東方向に廃鉱まで」という言葉だけでは分からん。


 領地に地図が存在しない、という可能性もあるにはあるのだが、母さんに「大陸地図」たるものを見せてもらったことはある。

 神界で見た地図より相当狭い範囲でしか描かれていないようだが、こういうものがあるなら、それなりに測量したものがあるはずだ。


 というわけで、父さんも俺も気が進まないのだが、領主の館に向かおうとしたところで、背後から父さんが声をかけられた。

「おお、ゾーク殿ではないか……おや?その腕は?」

 俺達が振り返ると、俺は知らない顔だ。

「おー、坊ちゃんか。丁度いいとこで会ったな」


 父さんは知っているらしい、てか腕のことを知ってて、なおかつこんな往来で言う奴は一人しかいねえか。

 長袖を着て、手の部分にはそれらしく皮に色を付けてあるんだから、パッと見で義手と分かるはずがない。

 解析するまでもないが、一応【完全解析】をかけて名前を確認、うん、間違いないな。

 複雑な気持ちがないわけではないのだが、それは感情の問題だ、当人同士に禍根が無ければ問題はない。


「ギース様、ですね。お初にお目にかかります。ゾークとシャレットの子、ゼンと申します」

 とりあえず腕のことは黙っとけ、と言いたくなる目の前の男に、深く頭を下げる。


「父のことは、またいずれ、ということで」

 極めて軽く、【威圧(プレッシャー)】もかけて俺が言うと、目の前の男は真っ青になりながら謝辞を伝えてきた。

 流石に言いたいこたぁ分かるだろ?


「そ、そうだったな、すまん。しかし、何が、丁度いいのだ?」

 あー、と言いながら父さんが、俺が領地の地図を見たがっていることを説明しだした。

 俺は【威圧】を徐々に強くする、ほんの少しずつだ。

 なんでって?そりゃあ思うところがないわけじゃないし、領主の館に行かなくても済むならそれにこしたことはない。

 地図くらい代官に任命するなら寄こせってんだ。


「あ、ああ。うむ。こ、こちらの、手落ち、だな。届け、させる、ゆえ。その、子を、だな」

「あー、そうしてくれや。俺もあの婆さんはちっとやりにくいし」

 父さんはそう言うと、俺の背中をトンと叩いてきた。

 うん、それでいい。


 【威圧】をこれまた少しずつ解除しながら、俺はこう告げて、その場を去る。

「この場はこれにて失礼します。機会(・・)がありましたら、またいずれ」

 余計なちょっかいは、かけてくるんじゃねえぞ?



「ゼンよう、さっきのは何だったんだ?お前から結構ヤバイ空気を感じたんだが」

「まあいいじゃない。領主の館に行かずに済んだし」

「それもそうだな、俺も面倒だ」

「じゃあ、俺は屋敷に一度帰るよ、父さんはこのまま巡回する?」

「おう、やっぱじっとしてるのは合わねぇしな」

「父さんなら問題ないと思うけど、義手なのを忘れないように」


 などと言いながら、町の外で父さんと別れる。

 俺はというと若干反省中だったりする、ギースに悪いことしたかな。

 まああれだ、俺とて人の子だ、創造神がどうとか以前に、だ。

 加納善一なら怒らなかっただろうか?うーん、どうだろうな。

 とりあえずこのまま[転移]で戻るのもいいが、人目もまだある場所だ、宿舎の候補地も確認せねばなるまい。

 ボチボチと歩きながら、帰宅することにする。



◆◆◆



「お母さんからかぁ、何書いてあるんだろうなー」

 エルフィナ共和国のとある都市において、一人の女性が憂鬱そうに手紙を眺めていた。

 つい先ほど、商人をしている自由民の女性から受け取ったものだ。

 彼女の名前はユーキリス・ランド、通称ユーリ。エドナ・ランドの一人娘である。

 青い髪にやや赤みが混じった髪は両親から引き継いだものだろう、生まれ持った緑の眼は、手紙を写している。

 母親からは会う度に結婚なり定職に就くなり、と説教された日々を思い出す、だがそんな彼女とて主張はある。

「優秀すぎる母親を持つってのも、結構大変なんだよねぇ」


 通っていた学園でも、それなりに苦労をした。

 洗礼で受けた己の職業(ジョブ)が「為政士」という希少(レア)なものだったこともあり、「文官クラス」というクラスで学んでいたのだが、親の七光りとでもいうか、どうしても特別なものに見られがちだった。

 本人としても最初はそれなりに頑張っていたつもりなのだ。

 しかし同クラスでの成績は、いいところ中の上。

 母親との対象評価でなければ、それなりに優秀なユーリだったのだが、「エドナ・ランドの娘」というには、少しばかり足りなかった。


 それでも為政者の官史としてやっていけるだけの知識は学んだのだが、ユーリはその道を敢えて外した。

 学園で出会った数少ない友人に憧れて、己もまた世界を回ろうと決意した。

 その日暮らしが続くユーリだったが、本人は満足だった。

 時として危険な目に遭ったこともあったし、時として他者に感謝されることもあった。

 いいことばかりではないにしろ、今まで得られなかった、生きている実感というものが、確かにあったのだ。


 そのユーリにしろ、僅かに衰えが始まる年齢を迎えていた。

 恐らくはエドナの手紙にもそういうことが書いてあるのだろう。

 一つため息を吐きながら、手紙を開く。

 手紙の中身はさほど長いものではなかったが、その内容について、ユーリは驚嘆した。


「ウッソ、あのシャレットが代官?」


 マジで?と年齢に合わない呟きを発しそうになりつつ、内容を吟味する。

 簡潔に書かれたそれは、

「フィナール領主がシャレットを代官とし、一部の領地を与えた。それに伴いユーリに協力の要請がある可能性が高い。身辺整理を行うように」

 というものだった。

 まさかと思うが、(エドナ)が冗談でこのような手紙を書くはずもない。


 疑問はある、そもそも今のフィナール領に代官を置く理由はない、それほど発展した領地ではないはずだ。

 シャレットほどの実力者なら、何かしらの功績を立てた、というのはおかしくはないが、彼女なら代官などという地位を望むはずもない。

 もしかして補佐官なども付いていないのではないか?

 いや、ゾークという相棒が彼女にはついているが、彼はシャレット以上に文官として働けない人材だ。

 ならば手紙の通り、シャレットが私に協力を要請してくる可能性は高い、とユーリは考える。

 しかし、とも思う。


(あのシャレットが、何も考えずに代官を受けた、ってのは考えにくいんだけどなぁ)


 本当に自分を必要とするだろうか?

 確かに拠点が欲しいと伝えてきた時は、エドナに取り計らってもらったが、ユーリがしたことは、それだけだ。

 簡潔すぎる文面には、事情などは書かれていない。

 己の身辺などあってないようなものだ、何時でも動けるが……。


 もしシャレットの元で文官として務められるのであれば、それに否は無い、この身を落ち着かせるいいきっかけになるだろう。

 少々政から離れてはいるが、知識はまだ身についているはずだ。

 ただ、本当に自分に要請が来てくれるか、それだけがユーリは心配だった。

次は4/2の12:00

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