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転生者は創造神  作者: 柾木竜昌
第二章 幼年期 ~鬼才の片鱗編~
29/84

【幕間】二人のSクラス冒険者

主人公不在回です

最近長くなってますが、近いうちに調整することになると思います

 ゾークとシャレットは、冒険者ギルドへ辿り着くと、今回の依頼についての説明をフィナール冒険者ギルド長ナハトから受けていた。


「まあ、シャレットさんには、ちっとばかし申し訳ねえんだが」

「仕方ないわよ。懇意にしてる、ってわけじゃないけど、フィナール卿から頼まれたら断れないもの」

「しかしギース・フィナールは面倒な奴だからなあ……」


 ナハトは40歳半ば、フィナール領の冒険者ギルドに派遣されたギルド長である。

 元々鬼人族としてAクラスまで上り詰めた実力派冒険者であるが、粗野ながらも気遣いの出来る存在として、ギルドマスターの目に留まった。

 40歳にして引退というのは、戦闘可能期間の長い鬼人族としてはいささか早い。

 ゾークもまた鬼人族と人間族のハーフであり、シャレットもハーフエルフであることから、恐らくはあと14~5年は冒険者を続けられるであろう。ナハトも同じく、純粋な鬼人族であるため、やや成長が人間族に比べて遅いものの、その分老化も遅いのだ。

 故にナハトは、50歳近くまで現役でいることは可能だった。

 しかし本部のギルドマスターから、後進の育成に当たって欲しいという説得をされた結果、40歳での引退。冒険者ギルド局員としての第二の人生をスタートさせたのである。


 そのナハトにして、「気が進まない」のが今回の指名依頼だ。

 しかしギルドとしても領主からの依頼は「出来ません」と簡単には言い難い。

 Sクラスの冒険者であるシャレットならば、断ることは可能だと思い、ギルドを通して、「依頼」を形ばかり通すことにしたのだ。

 だがシャレットはギルドの面子を立ててくれたのか、依頼を引き受ける選択をしたようだ。

 本人が了解したのなら、ということで、ナハトはこれから面倒事を引き受けることになるであろうシャレットに同情とも、謝罪ともとれる思いを抱くことになった。


 不幸中の幸いというべきか、夫であるゾークも同行するという。

 ただ、これが幸いになるのかどうかは少しばかり怪しい。

 冒険者嫌いのギースと、直情的なゾークの折り合いは、どう見ても合わない。水と油である。

 不測の事態に備えるという意味では、これ以上ない同行者なのだが、シャレットが苦労するのは目に見えている。

 それでもギースと二人で行動するよりは余程いいだろうと、ナハトは無理矢理前向きに捉えることにした。


「ギルド側で調べた結果、ブラストタイガーの目撃情報は、西の「迷いの森」近辺らしい」

「遠いな、しかも範囲が広すぎる」


 ナハトの情報にゾークは顔を顰める。

 ゾークは直情的ではあるが、冒険者としての判断は極めて早く、かつ理性的な面も持ち合わせている。

 戦いにおいての判断を誤ることは、まず無い。

 だからこそ、探す範囲の広さを知り、必要な情報が足りないという判断を下した。


「でも、A級だったら、そこからくらいしか出てこないってのもあるわね」


 ブラストタイガーはそれほど生息する数が多い魔物ではない、と思われている。

 A級の中でも強力な部類に入る魔物ではあるが、目撃回数が少ないことから、そう判断されている。

 だからこそ、目撃すれば早めの対処が必要な魔物でもある、ということだ。


 西側の「迷いの森」とは、そもそも人類は入ることが出来ない森とされている。

 調査しようにも、全貌は全くの不明。歩いている方向は同じはずなのに、いつの間にか元の場所に戻される、という謎が多い森である。

 そして、入れたと思われる者は、帰ってくることは無い。

 故に危険とされ、隣接しているアルバリシア帝国・カルローゼ王国は、両国ともに立ち入りを禁ずるという法を発している。


 アルバリシア帝国とカルローゼ王国は、南北に隣接した国である。

 位置関係で言えば、アルバリシア帝国が北であり、カルローゼ王国が南である。

 どちらが豊かかと言えば、カルローゼ王国に軍配が上がるであろうが、アルバリシア帝国も鉱山を多く所持しており、金銭的な収入で言えば、アルバリシア帝国の方が若干上回る。

 両国の貴族院はいずれも冷戦状態ではあるが、国全体として見れば、それほど険悪なものではない。

 少なくともカルローゼ王国民は、アルバリシア帝国をそこまで悪く受け取ってはいない。


 ナハトから情報を受け取った二人は、ダリル・フィナール伯爵の領主館へと向かう。

 依頼主はダリルであり、ギースは付添人だ。

 本来付添人とは依頼完了の判断が難しいものに付く監査役のようなものなのだが、今回の依頼は討伐部位と魔石を見せれば済む話である。

 そこに付添人を付けるというのは、そこに何がしかの本意があるものと見るべきだろう、とシャレットは考える。

 ダリルの屋敷を借りている身ではあるが、ダリル本人と会うのは今回が初めてだ。

 友人であるユーキリス・ランドの話では、悪い人間ではないということだが。


(問題はギースよね。典型的傲慢貴族、しかも自由民と冒険者嫌い、か。ゾークとの相性は最悪ね)


 あらかじめゾークに余計なことは言わないように口酸っぱく言い付けておいたものの、シャレットは衝突しないことを祈るばかりだ。

 元々ゾークには貴族に対して思うところがあるわけではない。

 貴族だから面倒なだけで、あとはその貴族がどんな性格をしているか、というだけだ。

 なので、貴族嫌い、というわけではなく、合う合わないの話である。

 ただ、貴族というのは特級階級であるため、その無駄なプライドの高さが癪に障る、というだけの話だ。

 これを相性が悪いというのかどうかは、割り切りの問題だろう。


「よくぞいらっしゃいました。シャレット様。お連れの方はゾーク様ということでよろしいでしょうか」

「はい、私がシャレットです。連れのゾークは作法に慣れませんし、私も疎いのですが、どうかご勘弁を」


 二人を迎えたのは、エドナ・ランド。

 既に初老を迎えた彼女であるが、シャレットはこの人がユーキリスの母だと悟った。

 友人ユーキリス、呼び名はユーリの母であるエドナは、フィナール領を事実上一人で発展させてきた才女であると聞いている。

 ともすれば、もしかしたらこのエドナが今回の真の依頼者、という可能性もあるのではないかとシャレットは考える。


「我が主、ダリル・フィナールが応接室にて迎える準備をしております。案内しますので、どうぞこちらに」



◆◆◆



「では、ギース様に討伐の現場を見せろ、と仰るわけですか……」

「私の教育が行き届かなかった尻拭いをさせるようで、すまんな」

「そんなことはありませんが、私とゾークの二人でA級魔物を討伐する、というのは、不可能では無いにしろ、危険は伴います」

「危険、ということは分かっているのだが、同行させるのはせいぜいあと一人までにしてもらいたい、というのが本音だな」


 私がその言葉を聞いて、思いついたのは、ゼン。

 だけど、あの子を連れて行くのは、色々な意味で危険すぎる。

 それにまだ3歳という年齢に加えて、まだ目立ちたくないという思いを持っている。もう既に目立っている気はするのだけれど。

 不意に私の体に小さく肘鉄されたのを感じると、ゾークの目が否定を訴えていた。

 どうやら同じことを考えたらしい、ゾークも反対、と見ていいわね。


「承知しました。ですが場合によっては、討伐を中止して引き上げる可能性もある、とお考えください」

「ふむ、不測の事態を考えて、ということか?」

「ブラストタイガー1体を倒すだけなら、俺とシャレットじゃそんなに難しくねえがな。状況次第じゃ退くこともある、ってことだ」


 ゾークが余計なことを言ったけど、その通り。

 ブラストタイガーが徒党を組むということはほとんどないけれど、強い個体の傍には、他の魔物が群れる、という可能性は十分考えられることよね。

 その場合、二人ないし三人というのは、戦力として心許ない、それなりに準備が必要になる。

 しかし、どうもフィナール卿の反応は芳しくない。


「戦果無し、というのは些か困るのだ。君たちに依頼するのはあくまで「討伐」である」


 これを聞いて、依頼を断るという選択肢を考える。

 ゾークにしてみてもやはり反対みたい。情報不足だし、本来の順序を考えれば、まずは「偵察」を行うべきよね。


「お言葉ですが、生息地の確定すら出来ていない以上、討伐までお約束はしかねます。どうしても討伐に拘るのであれば、私たち二人ないし三人では力不足かと思われます」


 命あっての冒険者。Sクラスになったとはいえ、無謀なことは可能な限り避けてきた。

 たまにゾークが暴走することはあるけど、これは一種の護衛任務でもある。

 ギースに何かあれば、その時こそ私たちの身が危うい。

 この依頼は、リスクが高すぎる。私はそう判断した。

 フィナール卿の表情が苦々しく見えるけど、報酬はさておき、依頼に制限がありすぎるわ。


「申し訳ありませんが」、と断りを入れようとしたところ、エドナ女史が口を開いた。


「そういえばお子様は、たいそう優秀なお子様のようですね」


 ゾークの警戒が気配で伝わった。

 私も【半魔眼(ハーフアイズ)】を起動させる、エドナ女史の本意を探る必要がある。

 ゼンのことは知っていてもおかしくはない。徐々にあの子も自身が先祖返りであることは周囲に伝えているようだし。


「町まではまだ伝わっていない様子ですが、麗しい美貌の持ち主で、聡明なお子様であると聞き及んでおります。さぞかし素晴らしい淑女に育たれるのでしょう」

「……私の息子は、男の子ですが?」

「そうでしたか、これは失礼しました」


 わざとらしい。というよりも、もっと詳しく知っているに違いない。

 これは何かしらの駆け引きを仕掛けられていると見るべきね。

 事実【半魔眼】で見える感情も、私の脳内に警鐘を鳴らしてるわ、これは一種の「脅迫」。


「私もそろそろ引退する年齢が近づいておりまして、そのような優秀なお子様には、是非ともフィナール家にお仕えして頂きたいと考えております」


 これは嘘ではない、事実そう思ってるみたい。

 でも、この言葉には裏がある、そうスキルが告げている。


「俺らは自由人だから、ゼンも自由人だし、仕えるかどうかは本人次第だぜ?」


 ゾークの言うとおりね。

 だけど、エドナ女史は、そういうことを言ってるわけじゃない。


「左様でございますか。ただ、ギース様は執着される性格の持ち主ですからね」


 これか。内心舌打ちする。

 恐らくゼンの存在を知るのは、エドナ女史だけ。

 隣のフィナール卿からは困惑が伝わってくることから、ギースも「まだ」ゼンのことは知らない。

 ギースの人となりについて、会ったことは分からないけど、傲慢な性格をしているのは確かね。

 そういう輩がゼンを欲しがれば、どういう手段に出てくるか分からない。


 いずれ知られるにせよ、「知られ方」というものがある。

 私たちの子である以上、普通はそれほど強硬な手段は取って来ないでしょう。

 私たちはSクラス冒険者なのだから、そう簡単に踏み込んできたりはしない。

 だが、冒険者を嫌っているということは、軽んじている、ということでもあるでしょうね。そうなれば何をしてくるか分かったものじゃない。

 もちろんゼンであれば何とでもするでしょうけど、逆に言えば何をするのか私たちでも分からない。

 滅多なことはしないと思うけれど、下手をすると追われる立場になりかねないわね。あの子なら上手くやれる気もするのだけど……。


 つまり、エドナ女史はこう言っているわけだ。


「黙っておいてやるから、依頼を受けろ」、と。


 ゼンは私たちに迷惑をかけることを嫌っている、ということは分かっている。

 でも、エドナ女史は交渉相手として、私くらいじゃ太刀打ち出来る相手じゃないわね、年季が違いすぎるわ。

 最悪依頼を断って、フィナール領を出たところで、エドナ女史が何をしてくるかは分からないし。

 となると、依頼は受けざるを得ない、か。


「ゼンに執着される覚えはありませんし、ギース様もそのような方ではないでしょう」

「そうあれば良いのですが、私としてもなかなか難しい方ですので」

「いずれ機会があれば、紹介することもあるかと思います。さて、ご依頼の件ですが、いくつかの条件付きで、今回の依頼を受けさせて頂きます」

「それは助かります、条件、と言いますと?」


「まず我々のみでブラストタイガーの所在を探ります、それから付添人であるギース様をお連れして、討伐する。ということでどうでしょうか。それまでギース様にはここでお待ちしていただく、ということになりますが」

「なるほど、それはこちらとしても助かりますね。それまでギース様にはここにいていただく、ということですね。ダリル様、いかがでしょうか?」


 白々しいことを言う、と思うけれど、私としても精一杯。

 少なくとも依頼中はゼンのことを漏らさない、という譲歩は得た。

 今後厄介事が増えそうな気はするけど、ゼンのことは伏せておく、という旨は暗に伝えてきたし、【半魔眼】でもその約束を違えるつもりはないようね。

 ユーキリスに恨みたくなるけれど、さすがに筋違いかしら。


 結局なお渋るフィナール卿をエドナ女史が説得して、あとは細かいところを決めて依頼の受領となった。

 最後にふと、ゼンが言っていたことを思い出したので、口にしてみた。


「息子は物作りに興味を持ってまして、工房を作りたいのだそうです。村で作ってもよろしいでしょうか?」

「ふむ、工房とな。まあ町中でもないし、村に何を作るかは好きなようにするといい」

「ありがとうございます、息子も喜ぶでしょう」


 フィナール卿の言質は得た、ゼンの言うとおりみたいね。


『自由民は家を持てないって聞くけど、それは土地を開発出来ないということじゃないでしょ?少なくとも俺は畑を作ってるけど、誰も疑問を持ってないし。多分町中以外になら、家を作ってもいいと思うんだ。だから工房もアリだと思うんだけどね』


 そもそも私たちは大工でも農民でもないのだから、ピンと来る話でもなかったのだけど、確かに開拓民はそうしてるのだから、当然といえばそうよね。

 工房、という言葉を聞いて、何やらエドナ女史が言いたげだったけど、そこで話を切り上げる。

 これ以上は付き合ってられないわよ。



◆◆◆



「本来ならば、討伐にかかる手間までギースに伝えたかったのだが……」


 ダリルとしては、冒険者というものが魔物を討伐するためにどのようなことをしているか、というところまで伝えたかった。

 しかしエドナの「そこまでギース様が同行するのは無理がある」という助言を受け入れる形となった。

 確かに堪え性のない息子だ。いつまでかかるか分からない捜索に付き添うのは無理な注文やもしれぬ、とダリルも折れたのだ。


 実際には魔物討伐以外にも冒険者は様々な仕事をする。

 ギースのような性格からして、最も分かりやすいのが魔物の討伐、というだけだ。

 しかし、魔物を討伐するということは、冒険者以外にも出来ないことはない、私兵を用いればいいだろう。

 だが、兵士は魔物討伐が仕事ではない。治安維持であったり、私兵ともなれば領主自身の武力でもある。

 それを軽々と外へ派遣してよいものではないのだ。


 そもそも冒険者と兵士では、戦闘能力という意味でも比べようが無い。冒険者というのは高低あれど、魔物討伐のエキスパートである。

 今回の依頼は、ブラストタイガーの目撃情報が3ヶ月ほど前に報告され、しばし経った後に異なる情報源からも目撃情報があったため、討伐対象とすることにしたものだ。

 まだ明確な場所は特定出来ておらず、A級魔物の討伐となれば、いささか私兵では荷が重い。

 いずれは冒険者ギルドに依頼を出すことに決めていたが、ギースに冒険者の強さを見せる対象としては格好の相手だろう。


 ブラストタイガーとは、ダリルが持つ私兵で倒すには、30人は必要だとダリルは考えた。

 これを少数で倒すことにより、ギースに冒険者の強さを理解させる、というのがエドナの考えだ。

 実のところ、ダリルの私兵30人程度では、ブラストタイガーは倒せないのだが、それを知る者はこの場にいなかった。


 Sクラスの冒険者とは、A級の魔物相手でも一人で対抗出来るほど強いという。

 それが二人居るともなれば、多少は無理が効くということで、ギースに戦いを見せることは可能だとエドナはダリルに伝えた。恐らくシャレットを呼べば、ゾークも来ると読んだ。

 ダリルもエドナも、シャレットに恩を売っているとまでは思ってないが、屋敷主からの依頼は断りづらいだろうと踏んだ。

 多少思った形と言えど、ダリルはおよそ目的を果たせるだろうと安堵した。


「しかし、シャレット殿に息子がおるとは知らなんだな、エドナは知っておったようだが?」

「はい、3歳になる混血種であります。たいそう賢い子供であるとか」


 ダリルの疑問にエドナは答える、が、全ては教えない。

 シャレットとの約束は最低限果たすつもりだからだ。

 もし知っている限り、と言われれば主には答えるが、ギースにまで伝えるわけにはいかない。


 実のところ、エドナはゼンについて、出回っている情報を限りなく収集している。

 ゼンは「カノー」という先祖返りであること、またそれを国内では緘口令が敷かれていることについては、既に掴んでいる。

 また、村人に未知の知識を提供していることも知っている。よって先祖返りの中でも、「前世(きおく)持ち」であるのは確かだ。

 その知識は極めて有用である可能性が高い、村人の評判は良いものだと聞いている。

 故にフィナール家に仕えて欲しい、というのは紛れも無く本心である。


 ただし、王都でも緘口令が引かれるほどだ。向こうからやってくるのであればともかく、こちらからアプローチするのは薮蛇だろう。

 シャレットにはああ言ったものの、こちらから何かする、ということは極力避けるつもりでいる。

 何もしなくても村を豊かにしてくれるのであれば、そのまま領地の発展に繋がるのだから、それだけでも十分だ。


 それに前世(きおく)持ちであろうと、まだ相手は3歳の子供。両親のことも考えれば、余計なことをするつもりはない。

 村でも評判のいい子供だが、色々奇抜なことをするのだという。人格が破綻しているような子供ではないにしろ、やはりまだ子供という線は抜けないのだろう、というのがエドナの現評価であった。


 エドナが引っかかったのが、ゼンが工房を持ちたがっている、という点だ。

 つまりゼン・カノーは知識だけでなく、何がしか技術も持ち合わせているということ。

 これも未知の技術である可能性は高いと見ているが、その技術提供まで行ってくれるかは、まだ不明だ。

 知識が有用である以上、技術もまた有用と見るべきだろう。

 その技術を広く広めるには本来町中に工房を用意するべきだ。


 しかし町中に自由民が建築物を所有するには、相応の理由が必要になる。

 その理由とは実績であり、知名度である。

 一番いいのは親子ともどもカルローゼ国民になってもらい、町中に家を用意する、という方法なのだが……。

 エドナにそういうところまで考えさせたのは、シャレットがエドナの前で話したことによる、失策とも言えるだろう。


「ともあれギースも、多少は知ってもらいたいところだが」


 エドナは主の言葉に同意する。

 今回の目的はあくまでギースの矯正だと考えを改める。

 ゼンのことについては、まだ静観するべきだろう。いずれ機会を持ち会ってみたい存在ではあるため、頭の片隅に入れておく。

 王国にも、多少なり情報を掴んでいる者はいる。

 それが動く気配が無いとすれば、国としても取り扱いは慎重に、ということなのだろうとエドナは結論付けた。



◆◆◆



 ゾークとシャレットがブラストタイガーを発見したのは、それから2週間後。

 フィナールの町から北西へ向かうところおよそ1週間といった盆地に、ブラストタイガーは巣を張っているようだ。


 発見出来たこと自体は喜ばしいものの、二人の判断は厳しいものだった。

 依頼としては、「二人ないし三人」という条件で出されたものであるが、ゾークとシャレットの二人での討伐は可能にしろ、ギースの安全確保までは難しい、というのが二人の見解である。

 想定以上とまでは行かずとも、想定内で収まる範囲ではかなり悪いと言えるだろう。


 ゾークは知人の冒険者に協力の要請をシャレットに提案し、シャレットはそれを受け入れることにした。

 ゼンのことも考えたが、ここでゼンを呼び出すのは何のために依頼を受けたのか分からなくなる。

 近隣にいて、最も信頼が置ける実力者となると、ゼンかネリーになるのだが、それ以外となると相当格が落ちる。

 ゾークにしても、その知人がブラストタイガーと戦えるとは思っていない。あくまで保険のようなものである。



「ようやくか、待ちくたびれるところだったぞ」


 シャレットはゾークに協力者への要請を頼むと、自身はギースの元へ向かった。

 気が重いが、ダリルから依頼の全権はギースに渡されてある。

 依頼の中止というのを決断するのは、目の前のこの男なのだ。


「発見はしましたが、討伐には危険が伴うものかと思われます、我々だけではギース様をお守りしながら、というのはいささか……」

「ならぬ、父上は同行して良いのはあと一人までとしておる。それともSクラス冒険者とはその程度か?」


 シャレットはこのような軽い挑発に乗るような人物ではない。

 そして目の前の人物は、A級魔物というものを軽く見ていることを理解する。

 少なくともAクラスの冒険者が単独で勝てるような相手ではないのだ、Sクラスの自分達で、一対一という条件が整えば、勝てない相手でもないが。


 説得は難しいだろう、としながらもシャレットはギースを見る。

 20歳そこそこの、それなりに整った顔立ちをしたギースだが、明らかに見下した視線でシャレットを見ている。

 そんなこと【半魔眼】など使わずとも分かる。


「状況としては、良くありません。ブラストタイガー以外に、B級のワーウルフが数体群れている様子です」

「数体とはまた曖昧だな、何体いるのか分からんのか」

「少なくとも5体より多い、とだけしか」


 使えぬ奴め、などとギースは言うが、シャレットからすれば、ゾークと二人で戦うには許容量ギリギリだ。

 さらに巣を作っている、というのはかなり危険な状況である。

 A級の魔物ともなれば、近辺に居る魔物を従えることも珍しくなく、住処を定めた後は魔物がそこに集まるようになる。そしていずれは数を伴い、人里を襲う。

 その間にA級がS級、すなわち<災害級>という個体に進化することもあるのだ。


 この危険性をシャレットはギースに説いたが、ギースはまともに取り合わなかった。

 魔物勢の襲撃が危険なことくらいはギースも知っているが、冒険者程度であしらえる相手だ。

 ギースからすれば、私兵を派兵すれば金と時間がかかるので、冒険者に任せているだけだと思っている。


(魔物なんぞ、恐れるものではない。俺一人でも十分だ)


 などと考えるギースが無能かというと、それなりに実力を伴っているからこその過信である。

 ギースは少なくともCランク程度の冒険者並みの戦闘能力を持っている。事実ステータスもD~Cでまとまっており、まず優秀な能力と言える。

 D級の魔物程度に遅れを取ることはなく、魔物とはこの程度、という認識であった。

 ただ、D級とA級の魔物の実力差を知らないだけなのだ。

 そしてブラストタイガーを筆頭とした、A級魔物の持つ特殊能力についても。


 故にシャレットの説得は届かず、何とか同行者を一人増やすのみに留まった。

 ギースからして、連れてきた同行者は自分より強いとも思えず、やはりこの程度ではないか、と考えた。

 確かにゾークの連れてきた冒険者はB級になりたての者であるのだが、ギースよりは確実に勝る存在である。



◆◆



「こんな面倒な仕事とは聞いてないっすよ、ただ付いて来いって何すかそれ……」

「金貨10枚ならいい仕事だろーが、別に戦えとは言ってない」

「そりゃそうっすけど、A級討伐でしょ?お()り出来るか分かんねっすよ。おいらそんなに強くねえっす」

「いないよりかはいいからな。あの坊ちゃんも全く使えねえわけじゃねえが、お前の方がマシだ」


 道中、ゾークは早々にギースとの会話を打ち切った。あとはシャレットに丸投げである。

 代わりに話しているのはレイスという、獣人のうち狐人族に当たる冒険者で、先日Bクラスに昇進した若手である。

 このレイスにしても、ギースの扱いは面倒らしく、ゾークと共に周囲の警戒に当たっている。


 レイスはあまり単独で依頼を受けることはない、自身の戦闘能力がそれほど高くないことを自覚しているからだ。

 ステータスのそれで言えば、C級としては優れていても、B級としてはどうか、といったところ。

 しかしながら、斥候(スカウト)としては非常に優れた才能の持ち主であり、索敵や警戒であれば、Aクラスの冒険者にも劣らない。

 故にギルドとしても、実績を加味して、Bクラスへの昇進を認めた者である。


 今回偵察は既に行っているものの、何が起こるか不透明な状況、ということもあり、ゾークはレイスの存在を思い出した。

 そこで大した説明もなく、「金貨10枚」の仕事と言うと、レイスは飛びついた。

 内容に関しては、ギースやシャレットと合流してから知ったのである、少しばかりレイスは後悔した。

 今更止めるとも言いにくいし、報酬も申し分ないので、そこまでの不満はないが……。ゾークの説明不足はいつものことにしろ、レイスは己の欲深さを後悔する。

 レイスにとっても、ゾークにとっても、本当によくあることなのだが。



 道中シャレットがたいそうギースに文句を言われながらも、どうにか1週間程度で現地に到着した一行だが、レイスの調査結果は、状況が悪化している、というものだった。


「ちょいとマズイっすね、ゾークさん達でもちっとキツいかも」


 というレイスの見方は正しく、A級ブラストタイガーが1体、B級ワーウルフが10体、C級ビガーリザードが15体という報告を持ち帰ったのだ。

 このビガーリザード15体、というところでギースは青ざめた。

 現実として戦ったことのある相手だからこそ、ようやく危険だという認識が出来たのだ。

 人ほどに大きい蜥蜴のような姿をしたビガーリザードは力強く、ギースとしても単体で戦う相手としては難しい相手だ。

 それが15体、ということになれば、出発前にシャレットがしつこく危険と伝えてきたのも分かる。


「ビガーリザードが15体とは……やはり私兵を呼ぶべきか?」

「そうして欲しいところだが、今から言ってもなぁ」


 およそ5日振りにギースに返事をしたゾークだが、今から私兵を呼んだところで、状況悪化は避けられない。


「ギリギリよねぇ。あと1週間もあれば、人里を襲い出すには十分ね、<災害級>になるかは微妙だけど」


 シャレットの分析はおよそ正しい。

 正確な数字は不明だが、魔物は一定数集まると、人里に纏まった数で襲い掛かる。

 襲われた集落はひとたまりもなく蹂躙されるだろう。

 そして魔物は更に数を増やす、だからこそ<災害>なのだ。


 報告を受けた二人には、深刻な事態だとしながらも、焦りはない。

 Sクラス冒険者だからこそ、今ここで倒す必要がある、と判断した。

 そこに正義感というものはない。あるのはSクラス冒険者の矜持。

 まだ<災害級>の魔物にはなっていない、<災害>を防ぐのは冒険者の責務である。


「ギース様はどうされますか?」

「どうする、とは何だ?」


 シャレットの問いに苛立つギース。

 こんなものSクラスだろうと冒険者三人でどうなるというものではないだろう、100人単位で私兵を派遣するしかあるまい、とギースは考える。

 しかし、シャレットはそう聞いているわけではない。


「いえ、予定通り付添人として検分を行うのかと思いまして」

「そんな状況でないくらい分かっておるわ!」


 この女は何を言っているのか、ギースには理解出来ない。

 依頼がどう、という状況でないくらいはギースにも分かることだ。

 だが、ゾークがそれを否定する。


「まぁ、やるしかねえだろうな、やっぱアイツらを連れてくるべきだったなあ」

「やるしかない……?何を言っているのだ貴様は!?」

「だから、討伐だよ。あの巣をぶっ壊す。そいつが俺たち冒険者の仕事だよ」


 ちっと数が多いけどな、と語るゾークを、ギースは理解出来なかった。



◆◆◆



 冒険者どもがやるというのであれば、俺とて逃げるわけにもいくまい。

 隣の狐が声をかけてくる、この狐は基本的に戦わんようだ。

 Sクラスなどと言うが、冒険者二人で何が出来るというのだ。

 ビガーリザードが15体だぞ!?それにそれより強い存在が11体いるというではないか!

 あの粗野なゾークとかいう男と、シャレットとかいう見た目だけはいい女の二人で倒せるはずがない。


「武器は持ってなくていいっす、戦う必要があればおいらが守るっすから。旦那は手ぶらでいつでも逃げられるようにした方がいいっす」

「戦いの場で貴族に逃げる前提などたわけたことを言うな!」

「そこは貴族とか関係ないっす、命あっての物種っすよ。おいらの役割は旦那の護衛っすから、旦那の命優先なんすよ」

「むぅ……」


 癪に障ることだが、この狐の言うこともわからんではない。

 貴族は誇り高いものだが、魔物共に名誉なぞ分かるまい。

 それに貴族を守るのもこの狐の役割なのだろう、抜いていた剣を鞘に戻す。


 何やら俺より先に居るシャレットが手で指示をしているようだ。

 これより先の坂の下には魔物がひしめいている、らしい。

 見えぬものは仕方あるまい。


「あの者らはそのような多くの数の魔物の相手が出来るのか?」


 自信というのは少し違うのだろう。気負いなく戦いに挑む二人を見て、俺も少しばかり落ち着いてきた。

 狐の男、確かロイスとか言ったか?平民の名前など覚えんからな。とにかく聞いてみる。


「検分役なんで、倒した魔物を見ればいいっす。出来れば前に出て欲しくないんすけど」

「ならぬ、俺は父上に冒険者の強さを知れと言ってきた。ならば戦っている姿を見なければなるまい」


 父は随分と冒険者や自由民を買っているようだ。

 大した仕事もせずに高額な報酬を取る者や、我が国が守るべき民でもない者を何故評価するか分からん。

 王都の同僚(きぞく)もいい印象を持たぬようだ。

 まあ、我が国に属するのであれば、どちらもそれなりに使ってやらんでもないがな。


「仕方ないっすね、ゾークさんが見えなくなったら、坂の下が見えるところまで前進するんで、それ以上は前に出ないでほしいっす」


 ロイス?ライス?まあ、狐で良かろう。

 ともかく狐はそう言うと、シャレットの背中をじっと見ているようだ。

 そしてシャレットの杖から、旋風が巻き起こった、風魔法か!


「かかって来いやぁっ!」


 ゾークが大声を張り上げて坂を飛び降りるように駆け出した、始まったか!


「旦那、坂の見えるところまで行きやす、魔物に見つかるとマズいんで、身を屈めてほしいっす」

「う、うむ」


 俺は焦る気持ちで狐の後ろを進むと、やがて信じ難い光景が眼に映った。


「……なんだ、これは」


 眼に映るもの、それはゾークの鬼神のような槍捌きと、蹂躙されていくビガーリザード。

 それよりも更に大きな狼、確かワーウルフだったか、それを撃ち抜く氷の塊を放つシャレット。

 シャレットは大きくは動かない、だがゾークは目にも止まらぬ速さで槍を払い、突き、叩きつけながら、叫ぶ。


「どうしたぁッ!こっちだおらぁッ!」


 ゾークのやっていることは理解はできる。ああやって魔物の気を引き、魔法使いであるシャレットを守っているのだろう。

 しかしその動きは理解出来ない。いや、そもそも魔物の動きすら目で追うのが精一杯だ。

 アレと戦う?俺に出来るわけがない。2メートルはあるであろう狼に対抗するなぞ、およそ人間のやることではない。

 それが、10体?いたのだろうか、いたのだろう、な。

 ことごとくゾークの槍の一撃で吹き飛ばされ、叩きつけられて、頭を割られ、屠られる。

 時としてゾークの体に噛み付こうとする魔物には、シャレットの水魔法であろう、氷の塊が突き刺さる。

 だがゾークとて全て回避しきれているわけではない、ビガーリザードの体当たりを直に受け、吹き飛ばされる。

 しかしゾークは倒れない、痛みも見せず、逆にビガーリザードに突きを入れる。

 シャレットは巧みに位置取りを変えて、魔物の視線から姿を外す。

 恐らくは詠唱しながら動いているのだ、何という集中力。

 およそ魔法使いとは思えぬその動きで魔物どもを巧みに捌く。


「ゾーク!そろそろ!」「おう!」


 半数は減っただろうか、シャレットの叫びにゾークが答える。

 よく見れば、シャレットは大量の汗を流している、魔力切れか!?

 魔力が尽きた魔法使いは後ろに下がるしかない。

 ここまで戦ったのだ、賞賛するしかあるまい。

 しかしシャレットは何やら小瓶を取り出し飲み干したようだ。回復薬(ポーション)だろうか?


 だが残りはゾーク一人ということになる、俺も逃げるべきなのか?

 しかしシャレットが取った行動は、逃げではなく、持った杖をその場に投げて、弓を取り出す、というものだった。まさか弓使いでもあるというのか。

 魔力切れ間近の人間が弓など引けるものなのかと思ったが、先ほどの回復薬(ポーション)の効果が高いのか?その動きに鈍さはない。

 シャレットは弓を引き絞り、ゾークが一旦体勢を整えるように、坂を上り始める。

 それは撤退ではなく、魔物を遠ざけるためのものであったようだ。

 シャレットが放ったであろう矢が、狙い過たず狼に突き刺さる。

 これならばいけるのではないか、そう思った時だった。


「ゴァァァァァァァァァッ!」


 その声を聞いた瞬間、俺の本能に恐怖が襲った。


「ゾーク!本命が来てるわよ!お願い!」

「っと、お出ましかい、かかって来いやあっ!ごるぁ!」


 本命、と言ったそれは、俺にとって、恐怖でしかなく。

 なんだ、これは。

 背筋が凍る、今にも逃げたしたくなる恐怖の塊。


 これは、だめだ。

 ついに屈めた身を上げ、後ずさる。


「旦那ッ!逃げるなら逃げてくれ!半端が一番ダメだ!」


 狐の言うことなんて聞こえてない、ただ半端と言われた。

 足が動かない、尻餅をついてしまった、もうだめだ。


 そうだ、あの大虎相手に、無手なんて有り得ない。

 俺は鞘から剣を抜く。


「ッチ、コッチ向けやごるぁ!シャレット!坊ちゃん!」

「いけない!レイス!お願い!」


 ビガーリザードが近づいて来ているのが分かる、しかし体が動かん。

 あの、4メートルか、5メートルか、という大虎を見たとたん、恐怖が体を支配した。


 だめだ、戦うんだ。

 しかし動けない、ビガーリザードに今にも噛み付かれようとした時、狐がビガーリザードの頭部に短剣を突き刺す。

 狐はビガーリザードと揉み合う、俺は動けない。


「旦那、下がって!逃げて!」


 逃げる?どこにだ、逃げ場などどこにある。

 あの大虎相手に逃げ切れるはずもない。

 ああ、もう、だめだ。


「ダメだ!ゾークさん、恐慌状態(テラー)だ!おいらも軽くかかってる!旦那がやべえ!」

「シャレット!防御!」


 何かが近くにいる。

 何かが近づいてくる。

 やめろ、近づくな。


「うわああああああああああ!!」


 何かを、斬った、気がした。

 近づいてきた、何かを。


「っ!旦那!すいやせん!」


 斬ったものは、見えた。


 女だった。



◆◆◆



「シャレットさぁぁぁぁぁぁん!!」


 どうやら坊ちゃん側で何かあったらしいが、俺もそれどころじゃねえ。

 数は減らしたが、ブラストタイガーは健在だ。ようやっとこっちを向かせることが出来た。

 コイツからは目を離しちゃなんねえ、俺も油断出来る相手じゃねえんだ。


「絶対殺す!」


 言葉に出して、意志を明確にする。

 何があったかはわからねえが、坊ちゃん側の防御結界は張れているようだ。ゼンの奴、何が大したことねぇ回復薬(ポーション)だ、魔力切れ寸前の奴があんなこと出来るかよ。

 俺も回復薬(ポーション)を取り出して、飲む。

 相当暴れてキツかった体が、随分楽になった。やっぱ相当いい回復薬(ポーション)じゃねえか、ゼンの基準はどうなってやがんだ。


 恐慌状態(テラー)は、精神力が低いやつほどかかりやすい。

 ブラストタイガーを相手にする時に目を離しちゃいけねぇ理由がこれだ。戦う前から負けちまう、絶対倒す気概で挑まねえと、まともに戦えねぇ。

 それにしたって普通は何かしらかかるもんだが、A級くれえだとこのくらいは普通にあるこった。

 最近A級と戦ってなかったから忘れてたこったが、ゼンのあの魔道具(チョーカー)に比べりゃ大したことねえよ。


 威嚇しながら飛び掛るブラストタイガーをいなす。

 コイツは<災害級>になりかけてるくれえ強い、このデカさは間違いねえだろう。

 更にどうにもシャレットの援護も貰えそうにねぇ、アクシデントだろう。

 坊ちゃんが恐慌状態(テラー)にかかったのはレイスの声で分かった。

 シャレットは防御結界はしてくれているが、戦闘不能に陥ったと考えるべきだろうな。

 だがそれを考えるのはコイツを倒してからだ、今コイツをここで倒せないようじゃ、


「Sクラス冒険者失格なんだよッ!」


 コイツはもう<災害級>に近ぇ、本当なら俺一人じゃちっと手に負える相手じゃねえ。だがここで倒せなきゃSクラスの看板が泣くってもんだ。

 気合を込めてブラストタイガーの胴体をブッ刺すが、効いてる気がしねえ。


「ガウッ!」


 チッ、雑魚(ワーウルフ)が俺の左腕に噛み付きやがった。

 俺は力任せにワーウルフを右手一本で槍を払う。

 倒せたかどうかは微妙だが、あっちもタダじゃ済まねえだろう、問題は左腕だ。


 動かせないほどじゃねえ、が、流石にキツいな。使いモンにはなりそうにねえ。痛みなんざ捨てるほどあるが、そこに気を使ってる場合じゃねえ。

 今すぐ治癒魔法を使ってもらわねえとヤベぇんだろうが、シャレットに来てもらうわけにもいかねえ。

 使えないが、左腕がまだ繋がってるってこたぁ、チャンスかもな。


 ブラストタイガーの魔石は白銀貨レベルだ。金のためってんなら普通に倒すが、ちっとばかし余裕がねえ。

 倒すには、魔石をブチ壊す以外に方法がねえ。

 考えている間にもブラストタイガーの噛み付きや爪が止まらねぇ、当たり前だがよ。

 しかしまあブラストタイガーの動きにまだ体がついてくるのは、ゼンやネリーと()り合ってきたおかげだな。

 アイツらは間違いなく最強になる、将来は俺でも勝てる気がしねえぜ。

 3年後のアイツらと戦うくらいなら、今のコイツの方がよっぽど弱い。


「グルァァァ!」「オラァァッ!」「ゾークさん!ヤバイっすよ!」


 レイスが何か言ってやがるが、今更逃げるなんて出来ねえよ。

 残ってる魔物は、コイツとワーウルフが1体、ビガーリザードが3体、か?

 俺も周りを気にするほどの余裕はねえが、残ってる魔物も初っ端のシャレットの一撃で弱ってるはずだ。

 ならまあ、コイツには、「くれてやる」とするか。


 ブラストタイガーの魔石は、口の中だ。

 見た目じゃどこにあるのかわからねえ。だから、開けさせる。

 俺は右手一本で槍を持ち替える、払いは捨てた、ただ突くのみ。


「来いよオラァッ!」


 意識を保つためにも俺は声を張り上げる、多分相当痛ぇだろうなぁ。

 ブラストタイガーも大きく鳴いて飛び掛ってきた、俺ごと食われるワケにはいかねえ、死ぬつもりはねえんだ。

 俺が死んだら、後ろの3人もタダじゃ済まねえし、ゼンやネリーの面倒も見れなくなる。

 まぁ、逆に面倒を見られるかもしれねーが、な。


 大きく口を開けて飛び掛ってきてくれた。ありがてえ、都合よく噛み付きで来てくれたぜ。

 左腕の状態はもう分からねえが、辛うじて動く。動くっつーことは、力は入るってこった。

 頼むぜ、俺の左腕。

 俺の頭ごと、いや体ごとか、コイツは狙ってきている。だが全部は食わせねぇ。


 食わせるのは、左腕だけだ。


 鋭利な歯牙が俺の左腕を引き裂く、まるでナタみてえな切れ味だ。

 だが、まだ切れてねえ。俺の渾身の力で振り絞った左腕の筋肉が、ギリギリのところでまだ切れちゃいねえ。

 引きちぎられるのは時間の問題だが、魔石さえ見えれば、それでいい。


 口の中が一瞬だけ見えた、俺の左腕は噛み付かれている分だけ、隙間がある。

 右腕一本で割れるかどうかは分からねえが、今この瞬間が、コイツを倒す最初で最後の機会。

 頼むぜ、きっちり割ってくれよ、俺の愛槍(あいぼう)


「んぐうあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 渾身の力を込めて、槍をブラストタイガーの口の中にぶち込んだ。

 手応えアリ、だ。




「シャレットよぅ、おめえもなかなか大変なことになってるじゃねーか」

「ゾークも随分無茶したわね、まあ止血はしてあるから、傷自体は防げるわ」


 俺がブラストタイガーを倒すと、残った魔物はどっかに行っちまった。

 流石に追う体力はもう残ってねえし、出血量がヤバかったから、ゼンの回復薬(ポーション)をもう1本飲んでおいた。

 一気に3本飲むと副作用で逆にヤバいらしいから、この1本で打ち止めだな。


 シャレットの元に行ったら、シャレットは防御結界を張ろうとした時に坊ちゃんに右足を切られたみてえだ。

 坊ちゃんの剣がそれなりに業物だったらしい、右膝から下がキレイに切れてやがる。

 治癒魔法をすぐかけたから傷自体は塞がってるが、そりゃ動けるワケねえよな。

 坊ちゃんのせいにするわけじゃねえ、完全に恐慌状態(テラー)にかかっちまったら、そういうこともあるからな。

 実際かかるのは怖えが、もっと怖いのはかかった味方っつーことだ。

 レイスがしきりに武器を取り上げておくべきだったと言ってるが、まあ、しゃあねぇな。


 俺も左腕が肘から先がねえ。槍はブチ込んでやったが、左腕は完全に噛み千切られた。

 死ぬほど痛かったが、ゼンのポーションのおかげか、ちったぁ楽になった。

 血も止まってるし、あとはシャレットから治癒魔法を貰えばいいだろ。


「おめえの足、また生えてくる、っつーことは、ねえだろうなぁ」

「アンタの左腕も生えてはこないと思うわよ?」


 これで生えてくるっつったら、魔族でもよっぽど再生力の強ぇ奴じゃねえと無理だろうな。

 シャレットが治癒魔法を使ってきてくれた、とりあえずお互い死ぬようなこたぁねえだろう。

 しかしまあ、どっちも冒険者としちゃあ、もうやってけねえなあ。


「もしかして、引退、っすか……?」

「まあ、そうなるだろうよ」


 レイスの言うとおりになるだろうな。

 左腕がなけりゃ戦えない、ってこたぁねえが、右手一本で魔物と()り合えるなんざ考えてねえ。


「ちっとばかし、報酬に上乗せしてもらえるよう頼めねえかな?」

「どうかしらね?まあ、まだ寝てるギース次第、ってトコじゃない?アンタは戦えない、私は動けないじゃ、Sクラス冒険者なんて肩書きはもう通用しないし」


 シャレットも俺と似たようなもんだ。

 失ったのは右足だけ、つっても四肢を欠いた冒険者なんてマトモにやっていけるワケがねえ。

 俺も左腕を失ったが、動けるだけシャレットよかマシかもしれねーな。


「レイス、わりーんだがこの袋に魔物の死骸入れてくれっかな、解体する必要はねえからよ。坊ちゃんは俺達で見ておくから、頼むわ」


 レイスはさっきから泣いてやがるが、俺達も似たような光景を見てきたんだ。

 こういうことは覚悟してずっとやってきたし、悔いがねえわけでもないが、なっちまったもんはしょうがねえよ。


「レイス君、冒険者をやるってことはね、こういうこともあるのよ。貴方は優秀な斥候(スカウト)だから、パーティーの安全を第一に考えることね」


 シャレットが慰めているが、あんまし経験はねえんだろうな、コイツはそういうマージンの取り方をよく知ってっからな。

 ゼン達のことも頼みてぇトコだが……ま、アイツらなら、必要ねえか。



◆◆◆



 レイスの手により気絶(オト)されたギースは、目が覚めて現状を把握すると、真っ青な顔で謝罪した。

 自分がやったことは覚えていた。

 ゾークとシャレットは、気にするなと告げると、そのまま帰路に着いた。

 帰り際は、ゾークがシャレットを支えるようにして歩く格好になったため、レイス一人で警戒することになった。

 憔悴したギースにしても戦える状況になく、レイスは極めて警戒レベルを上げて哨戒についた。


 1週間の距離は、今の一行にはかなり厳しいもので、10日ほどかかったところで、町へと到着した。

 この頃になるとギースもかなり精神的に立ち直り、レイスと合わせて警戒に入っていた。

 シャレットは「魔法は使えるから、そこまで気にしなくてもいい」と言うが、流石にそれを良しとするほど、ギースは厚顔無恥でもない。

 尊大な男ではあるが、この状況においても傲慢に振舞うほど人格が破綻しているわけではないのだ。


 彼らを出迎えたエドナは愕然とした。

 更に受けた報告は、かつてのローランド共和国のそれに近いものになりかねなかったと聞き、言葉を紡ぐことが出来なかった。


「魔石はやむなく破壊したため、手元にはありませんが、討伐証明となる部位については死体ごと持ち帰りました。付添人であるギース様も討伐完了を認められましたが、ご確認なさいますか?」


 シャレットのその言葉に、エドナは首を振り、「お疲れ様でした」と言うのが精一杯だった。

 丁度ダリルは留守にしており、帰還したギースと共に言伝を頼むことで、依頼完了となった。


 ギースは帰り際に、二人に告げた。


「真に世話になった、父上には報酬を出来る限り多く支払うように伝える。この度のことは、心の底から謝罪する、今後のことは出来る限り便宜を計らうことにしよう」


 シャレットはさりげなく【半魔眼】を使用したが、ギースが本当にそう思っているので、完全に依頼は達成されたと思った。


 あとはギルドへの報告である。

 町に入った際に、ゾークはレイスに金貨15枚を渡し、「5枚は追加報酬だ、数が多かったしな」と伝えると、帰っていいと言った。

「流石に受け取りにくいっす」というレイスの主張は無視して強引に手渡したが、「せめて家に着くまではご一緒するっす」というレイスの言葉を是として、三人はギルドへ向かった。


 冒険者ギルド長ナハトは、ゾークとシャレットの姿を見て、瞑目して天を仰いだ。

 フィナールの町では他にSクラスの冒険者はいない、そもそもSクラス冒険者はカルローゼ王国にしても抱えている人数は僅か3人。

 全ての町の冒険者ギルドの中でも100人を少し越える程度だ、SSクラス冒険者に至っては世界で3人しか登録されていない。


 そもそもフィナール領ではAクラスの冒険者すらいないのだ、Bクラスにしても突出した存在はいない。

 そして、ゾークとシャレットは、現役の中では相当SSクラスに近づいていたSクラスだったのだ。

 その冒険者の存在が、失われてしまった。

 痛恨では済まされないだろう。そしてこの影響は、フィナール領全体に及ぼす可能性がある。

 報告を受ける前から暗澹とした気持ちになったナハトであった。


 ナハトはレイスも含めた3人から事情と報告を聞いた。


「すまねえ二人とも、とりあえずお疲れさんとしか言えねえ。まだ引退届けは受け取れそうにねえわ」

「まあ、仕方ないわね。報酬はどうなるのかしら?」


 シャレットとしても、今すぐ引退届をギルドに提出されれば困る、というのは分かる。

 ゾークはあまり気にしていないが、周りに与える影響というのが多少なりともあるだろう。

 報酬に関してはあらかじめ聞いてはいるものの、確認のために聞いておく。


「最低保障で金貨30枚は支払われるだろう、あとは依頼主次第だな、報酬は直接受け取りになってる」

「ってことは、またいずれ行かなきゃならんのか。俺が行くか?」

「一応指名相手は私だから、私じゃないとダメでしょうね」


 さすがに貴族と言えどそこまで鬼ではあるまい、とナハトが慌てて言う。


「いやいや、ここに来てお二人さんに出向けなんて言わせねえから。家で養生してくれや」


 家路に着いた3人の姿を確認すると、ナハトは深いため息を吐いた。

 いずれゾークとシャレットの負傷は知られることになるだろう。

 そうなるとBクラス10人程度で、フィナール領の冒険者を引っ張っていくことになる。

 魔物の絶対数が多いこの領で、この人数。


 ゾークとシャレット、特にゾークは相当数の討伐依頼をこなしてきた。

 果たしてフィナールの町の冒険者ギルドは運営し続けられるのであろうか。

 いや、元々いる冒険者はともかく、流れてきた冒険者はこの町に滞在してくれるかどうか。

 今後の見通しが極めて暗いことを認めつつ、今後の方針について考えることになった。

次は3/31 12:00予定

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