ぜん・かのー、3さい
ちょっと長いです、まあスキルの評価がメインですかね
カルローゼ王国、フィナール領。
王国の中でも、歴史的に比較的新しい領地の一部であり、領民の暮らしはそこまで裕福というわけではない。
しかし、辺境なれども発展していく土地、というのは活気があるものだ。
豊かとは言えまいが、町を作る喜びがそこにはある。
開拓民と呼ばれる平民が多く移り住むフィナール領は、今まさに発展途上にある土地であると言える。
その領主の名は、ダリル・フィナール伯爵、かつてカルローゼ王国の「武の化身」と呼ばれた、カルロス・フィナールの長子である。
カルロスは当時王国で頭角を現した人物の一人であり、元々騎士であった。
多くの魔物討伐を成し遂げ、隣国との戦争も経験し、いつの間にか騎士団長という枠を飛び越えて、武官として王の直臣となった。
王は数多くの功績を称するとし、彼を貴族として取り立てた。
その結果生まれたのが、フィナール家である。
彼は業務に実直な男であり、貴族になったからといって、取り立てて変わったところもなく、ただ己の仕事に全うする人物であった。
それゆえに、妬まれる。
成り上がりの貴族は、他の貴族からして、面白くない存在なのだ。
カルロスは人間の機微に疎いわけではなかったが、貴族との付き合い方が上手かったわけでもない。
順調に名誉男爵から、名誉が外れて正式な貴族となった彼は子爵となり、そろそろ領地を、という時期になっていた。
正式な貴族ともなれば、元々領地を得るものではあるが、彼が領地を得たのは、晩年伯爵になってからだった。
王は信頼の置ける武官を手元から放したくはなかった、また他の貴族も領地を与えまいとしきりに働きかけを行っていた、というのがことの背景にあった。
カルロス自身は自分の領地を持ちたいという思いは無かったのだが、壮年にさしかかり、自分の子供達のことも考えるようになっていた。
自分がどうあろうと構わないが、子供達は自分の家名を継ぐことになる。
王から離れたいというわけではないにしろ、このまま王の下で働き続けるよりは、離れたところにいる方がいいかもしれない。
自分自身もそろそろ引退を考える時期に来ていることもあり、当時の文官筆頭に相談した。
文官筆頭はその意思を是とし、王にカルロスへ領地を与えるべしと進言した。
最終的には王もカルロスに領地を与え、そこに赴任させることにしたのだが、問題はどの領地を与えるかであった。
貴族達は王の決断を良しとしなかったが、最悪自分達の領地が減らなければそれでいい。
そういった思惑で貴族達が王に進言した領地は、王都カルローゼから遠く西の地、旧ローランド共和国であった。
ローランド共和国は、アルバリシア帝国・カルローゼ王国に挟まれた小国で、内乱を繰り返していた。
そうしているうちに人民は離れ、最終的には<厄災級>と呼ばれる魔物に蹂躙された地である。
その魔物は冒険者達の手によって倒されたが、ローランド共和国はもはや国体を成さず、カルローゼ王国に併呑されたばかりであった。
旧ローランド共和国領改め、カルローゼ王国フィナール領となったその土地は、伯爵領としては広すぎるものであった。
それに対して、人口は少なく、魔物らの襲撃にあった街は荒廃していた。
領地経営などしたこともないカルロスは途方に暮れた、元来カルロスは武人であり、政務に通じていたわけではないのだ。
ただでさえ手に余る広さに加え、どこから手を付ければいいのか分からないほど荒れた土地。
カルロスは自分の手腕だけでどうにかなるものではないと判断し、ある種の英断を下した。
「人種・身分・国籍問わず、土地を発展させようとする者を広く受け入れる」
王は頭を抱え、貴族達は嘲笑し、筆頭文官は苦笑した。
カルロス・フィナール伯爵は自分の領地を管理出来ぬ愚か者である。
そういった評価を周りから受けようとしていたその時、一人の神童がカルロスの元へ訪れる。
その少女はエドナ・ランド、魔族の父を持ち、人間の母を持ったハーフであり、ローランド共和国における、最後の政治家と呼ばれたウェス・ランドの孫娘であった。
カルロスはエドナの聡明さを知り、フィナール領の政務執行官として任命すると、エドナはそれに応え、フィナール領の復興に乗り出した。
辣腕を奮うエドナを苦々しく思う者は多くいたが、その手腕は本物であり、慕う者は更に多かった。
彼女の政策は強引でありながらも、革新的であり、カルロスは良き理解者でもあった。
そしてこれから、という時にカルロスが最後の時を迎える。
カルロスは長男ダリル・フィナールに領主を譲渡し、長女スバル・フィナールにその補佐を命じた。
死ぬ間際、カルロスはダリルにこう語った。
「お前は少し貴族に染まりすぎている、貴族だから偉いなど有り得ぬ、領民あってこその貴族と知れ。エドナを重用し、スバルと協力すれば、伯爵として任を全う出来るだろう。過ぎたる欲は身を滅ぼす、お前のことだ。エドナの諫言から目を背けるようになれば、お前は大成することはない。これを忘れるな」
ダリル・フィナール伯爵は、無知ではないが、凡庸な人物である。
父の死後からやがて30年が経つが、これといった功績を残しているわけではない。
ただ、これはダリルが悪いということではない、本来ダリルに向かうべき功績が、執行官に過ぎないエドナに向かっているためである。
だがこれを不満に思うほど、狭量な人物でもなかった。
妹であるスバル・フィナールは父の死後、王族に嫁ぎ、既にフィナール領を離れている。
エドナもまた、旧ローランド民の夫を持ち、いまだ強い影響力を残しているが、そろそろ現場を離れようかとダリルに語っていた。
ダリルは不安に思っていることがある。
自分の代で斜陽を迎えるということは無いだろうと考える、エドナは自分の代でも大きく貢献してくれた。
しかし次の代ということになれば、どうだろうか。
フィナール領は発展目覚しく、カルローゼ王国に属してからおよそ40年ということを考えれば、今の状態は悪いものではない。
子供ながら途方に暮れる父を心配したほど荒れ果てた土地、それを40年でここまで復興、いや発展させてきた。
全て、とまでは言うつもりはないが、エドナのおかげだと思っている。
だからこそ、ダリル自身に評価が向かなくともそれで構わない。
問題は次の代のことだ。
自分の子らは、教育が悪かったのか、環境が悪かったのか、今となっては分からないが、随分と好き勝手にやっているようだ。
長男のギース・フィナールを後継者とすることは決まっている。
今となっては、父カルロスの遺言は極めて的確だったと思う。
同じことをギースに伝えなければならない、と考えてはいるが、ダリルにあってギースにないものがある。
「亡き父にはエドナが居たし、私にもエドナがいた、でもギースにはエドナがいない、と考えるべきだろうな」
ダリルは息子についてエドナに相談していた。
自分はそれほど健康とは言えない身だ、51歳という年齢は、人間族としてそろそろ考える時期に来ているだろう。
すぐに、というわけではないにせよ、半年後には亡くなっている、という可能性も否定は出来ないところだ。
「私もそう長くはありませんね、娘はあまり政治に興味を持ちませんでしたし、坊ちゃまに物を教えるところまでは及ばず、申し訳ありません」
エドナも既に55歳、かつての少女の面影はもはや薄い。
多忙を極めた40年、体を壊さなかったのは奇跡に近いものがある。
ダリルとてエドナの跡を継げるような人材を探さなかったわけではない。
しかし、エドナの地位をそのまま引き継げるような人材は、結局現れなかった。
「しかしここまでやってこれたのです、私の代わりはいなくとも、領地運営には困らないでしょう」
「ギースが無茶を言わなければいいんだがな」
ギースは無能ではない、むしろダリルからすれば、自分よりは頭が回ると思っている。
ただし、優秀なステータスが災いし、傲慢な性格に育ち、特級階級意識というものが高い。
貴族の地位に拘り、平民を軽く見る志向にあり、領主としては不安が残る。
特に不安視しているのは、自由民や冒険者を軽視している点だ。
自由民は領地に金銭をもたらす存在であり、領地を豊かにしてくれる存在である。
そして冒険者は、他の領地に比べて魔物の発生率が高いフィナール領にとってなくてはならない存在なのだ。
身分問わず愛せよ、とは言っていない、だがギースが冒険者を軽んじている点は、極めて危ういとダリルはギースに忠告した。
しかし、常々言い聞かせてはいるが、ダリルを父として尊敬していない節が見られ、どこまで理解しているものかと、ダリルは思う。
いっそのこと次男であるナイル・フィナールに、とも思ったが、ナイルは性格的に破綻はしていないものの、ギースの器量には及ばないであろう。
ただでさえエドナという大黒柱は次の世代にいないのだ、ナイルでは領主は務まらないとダリルは考えている。
結局のところ、自分よりは能力があるように見えるギースに託すしかないのだ。
「せめて冒険者の存在がどれだけ有り難いかを教える機会があればな……」
ダリルの呟きをエドナが拾った。
「であれば、冒険者に依頼してみましょうか。1人心当たりが居ります」
「ふむ、エドナに冒険者の伝手があると?」
「Sクラスの冒険者が二人、近くの村に住んでいることをご存知ですか?」
そういえば4年ほど前だったか、エドナの娘に頼まれて、冒険者の住まいを提供したことがある。
自由民故に、フィナールの町に住まわせることは出来なかったが、ダリルの別荘を貸していたことを思い出す。
直接会ったことはないが、名前は確か……。
「シャレット殿、だったかな?」
◆◆◆
家から出ていくつかの村を越えた先に、フィナールの町があった。
途中で見かけた村は、そこそこに栄えていた。
俺が住む家のある村も、妖精に調べてもらった人口より確実に増えている。
どうもこのフィナール領というのは、結構なフロンティアになっているらしく、まだまだ開発途中であるようだ。
フィナール領というのがどこからどこまで指すのか、という地理的なことは分からん。
さて、どうやら俺は第一次成長期というのを終えたようだ。
終えたようだと言っても、完全に成長が止まるというわけでもないようだが、姿形については一旦の区切りになるだろう。
2ヶ月ほど前から成長が鈍化し始めたことは自覚出来たし、1ヶ月前から今だと変化はほとんど無いようだ。
急激な成長、というのはこれで一度終えることになるのだろう。
今何も見なくても【完全解析】がかけられることから、最後に見た自分の姿にほとんど変化がないことを意味する。
実際のところ、どんな姿をしているのか、ということはあまり語りたくない。
今の年齢はというと、3歳を少し過ぎたところだ。
かつて[遺伝鑑定]を受けた時に説明された通りの成長をしていると思う。
この姿で7年かと思うと、若干げんなりするのだが、思ったよりも育ってくれたというのが本音だ。
俺の知っている人間の感覚で言えば、小学生というカテゴリに収まるか収まらないか、といったところ。
150センチはないにしろ、145センチくらいはあるように思う。
ネリーに一時追いついたのだが、またしてもネリーの方が背が高くなってきたようだ、ぐぬぬ。
とはいえ、想定している文明レベルなら、何がしかの仕事を始めてもおかしくない程度ではなかろうか。
これくらいなら、子供としても何かやってて変に思われたりすることはあるまい、まあ種族にもよるんだろうけど。
ネリーが俺の眷属……まあ、聞こえが仰々しいので、従者ということにしてあるのだが、それからおよそ3ヶ月は毎日鍛錬の日々だった。
俺もネリーを伴うことで外に出られるようになり、稀に父さんと狩りに出ることもあった。
生憎村には俺と同年代、というか本当に年齢的な意味でなら同年代はいたのだが、肉体的な意味では俺に近い子供というのはいないようだった。
ネリーと一緒に村人とコミュニケーションを取ったり、農具を借りて畑を作ってみたりという日々だ。
種は母さんにお願いしていくつか種類を買ってきてもらった、【五穀豊穣】については後述する。
畑を耕したのはいいが、やはり土壌としてはあまり良くないようで、およその形を作った時点で、腐葉土の確保に向かった。
腐葉土の存在は誰もがハテナマークで、肥料については辛うじてネリーが「なんでも獣の糞などを混ぜるといいとか聞いたことがある」という程度だ。
そのネリーにしろ、半信半疑といった感じだった、実際のところは間違いでもないが合ってもないんだよなそれ。
近くの林まで歩くことおよそ1時間、といっても俺とネリーは歩くのが速いし、実際には10kmくらいの距離があるだろうか。
道らしきものはあるのだが、どうもあまり使われている様子がない。
一人で来るときは方向感覚が狂いそうだなと思ったが、誰も住んでいない捨てられた集落跡だったりするものはあるので、迷うというところまでは行かないだろう。
そもそも位置関係が分かれば、空間魔術を通せば[転移]を使う手段もある。
便利そうに思えるが、この[転移]は、今いる座標から目的の座標に移動する、という術式である。
かなり精密な座標計算が必要で、目に見える範囲でそこに瞬間的に移動することは可能だが、見えない場所に飛ぶのはリスクが極めて高い。
要するにあれだ、「いしのなk
失礼した、そういう仕組みに加えて、「Z軸」とでも呼ぶべきか、世界は「丸い」ということも計算に入れなければならないのだ。
よって正確に使うには、「今いるXYZ座標から対象地のXYZ座標までαβγの分[転移]する」という術式を使う必要がある。
[転移]に比べたら、別次元が対象の[空間箱]の方がよっぽど簡単に使えたりする。
座標については[座標確認]という空間魔術の基礎とも言える術式があるので、その確認さえ出来ていれば問題は無い。
厳密に言えば、それがあるので俺が道に迷うということはほとんどないだろう、XY座標さえ確認すれば、今どの方向に向かっているかというのは分かるわけだし。
話が逸れたが、林に入ると、まあそれなりに生き物はいるようだ。
というのもこの世界、魔物以外の生物がどうにも少ないのだ。
流石に微生物レベルで少ないかというとそうでもないが、野生の獣については数えるほどしか見たことが無い。
魔物に食われたりしているのだとすれば、そりゃ魔物の肉だって食う必要が出てくるだろう。
ビガーシープの肉は普通の羊肉より美味かったし、狩れれば魔物だって食用になるだろう、狩れればだけど。
かといって、魔物がそんなに多いかというと、そこも思ったほどでもない。
父さん曰くフィナール領は魔物が出やすいのだと聞くが、これだけ人里離れても見当たらないのであれば、少なくとも適時駆逐出来る程度にしか出てこないのだろう。
Sクラス冒険者が二人住んでいるという点も大きかったりするのかもしれない。
さて、林の様子、というかおよそ林らしきところまで入ると、足元の感触といい、臭いといい、腐葉土にきちんとなっているようだ。
というより、ある程度入ってからは足元を取られるレベルだ。
これがこのまま使えるというわけではないが、十分使えるレベルにあると思う。
ざっくりと林から腐葉土を[空間箱]に詰め込み、俺とネリーで耕した畑の近くに山のようにして置いておいた。
今すぐ使う分は、天法術を使用して乾燥を速め、およそ実用になり得るであろうところまで進める。
【成長指導】の範囲も随分と広がったもので、腐葉土を混ぜ込んだ畑の土壌は割とあっさり改善されたようだ。
土壌評価Eから土壌評価C-まで上昇したので、御の字といったところだろう。
ただ肥料については、これだけ生き物がおらず、家畜も少ないと来れば、家畜の糞などを利用した堆肥は難しいだろうと判断した。
とりあえずベースはこれでいいだろうと判断、あとは種を蒔いてみてのお楽しみということにした。
それから3ヶ月ほど経っただろうか、一部の作物は既に収穫可能というレベルに成長したようだ。
【成長指導】もせず、随分と成長が速いものだと感心したが、このくらいの速度で育たないと人の手に渡らないのかもしれない。
収穫した作物はなかなか美味で、とりあえずの土壌改善方としては間違っていないようだ。
採れた野菜は村のみんなにおすそ分けした、何故売らないのかと聞かれたが、そもそも俺自身にまだ金は必要ないし、両親の稼ぎを考えたら微々たる物だ。
それよりもこういう野菜が採れるようになるので、山のように置いてある腐葉土を畑に混ぜてみるように伝える。
そういう時は先祖返りである俺の「カノー」が役に立つようで、実際にいい野菜が採れたこともあり、村の人達は率先してやってくれた。
日頃コミュニケーションを取っていた価値があるというものだ。
その一方で、俺は裏庭に家庭菜園というレベルで小さな畑も作っていた。
父さんに鍛錬の邪魔じゃね?とか言われたが、これは実験、というとあっさり了解してくれた。
畑は3つほどに分けて作ってある、作物が育つには微妙なサイズなのだが、これにはそれなりの理由がある。
元の土壌は腐葉土を混ぜ込んでいないものが2つと、腐葉土を混ぜ込んだものが1つ。
まず前者の1つには、【五穀豊穣】でトマトを植えてみたのだが、早送りでもしてるんじゃねという勢いで育った。
3日後には既に実がなったほどだ、ヤバイなこのスキル、飢えることはねえな。
植えてから思ったことだが、どうやって受粉したのかすら不明だ、「本来の成長を無視する」という能力の発動範囲が広すぎる。
ただそんなに美味しくはなかったけど。
ちなみに腐葉土を混ぜ込んだものにも植えたのだが、こっちの方が出来は良かった。
大きさ自体は変わらなかったが、栄養価も味も腐葉土入りの方が上だ、土壌の質=作物の質、ということでOKだろう。
【五穀豊穣】で出来る種の拡散はやめた方がいいだろうかと思ったのだが、そのさらに種となると、幾分効果が落ちるようだ。
ただほっとくといつまでも増えて行きそうな種だ、生態系をぶっ壊しかねないので、植えて放置というのはやらない方がよさそうだ。
さて残り1つで何をしていたのかというと、ビガーシープの食べられない部分や骨を砕いて土に混ぜ込んでみたのだ。
一応タンパク質を含んだものであり、成分的にはもしかしたら肉骨粉みたいな扱いにならないかなと思った次第。
といっても、魔物の成分である。俺にも良く分からないことが多いのだ。
しばらく経過を見て、土壌を確認すると、「B+」という評価になった、これは効果アリか、と思ったのだが。
「魔土」という成分がやけに多いことを気にしつつ、これに【五穀豊穣】のトマトを植えてみると、僅か1日で大変なことになった。
まあ、なった実はトマトである、トマトであるのだが、バカデカいトマトである、一般的なそれの3倍くらいあるのではないだろうか。
しかもちょっと動くのだ、怖い。
とまあ、そう思ったことは確かだが、【完全解析】の結果を見て納得はした。
これがヨシュアの言っていた、魔植物なのだ。
魔植物は魔素の多いところで出来ると聞いたが、つまりは魔素が多いと、そういう成分が土にも含まれやすい。
そして魔物は魔素の塊であり、それが土に返ることで一種の養分になる。
これがこの世界の土壌の良し悪しになっているのではなかろうか。
つまるところ、魔植物は狙って作れる、ということになりそうであり、魔物は魔物で使い道があるということではなかろうか。
で、実際のところ魔トマト(命名は【完全解析】)は、見た目がアレなことを除けば、大変美味でなおかつ栄養価も高いようだ。
ネリーに相当引かれたのだが、料理している間は結構大人しいもので、ごく普通に食べられた。
ヨシュアの言っていることは正しい、魔植物は美味である。
だからといって単純に魔物の肉骨粉を混ぜこめばいいってものではないだろう、土壌を見て正しく評価出来るのは恐らく世界で俺ただ一人。
魔植物には危険なものもいるということだし、情報の取り扱いは慎重にせねばなるまい。
また、この土壌は極めて痩せやすいということもある、一度魔トマトを成したあとは、魔土成分が大幅に低下し、土壌評価も「D」まで下がっていた。
色々と検証を行ったところ、どうも魔植物というのは土壌にある魔素を根こそぎ持っていくような性質があるらしい。
最初は【五穀豊穣】の種のせいかと思ったが、市販の種でも成長速度こそ違えど似たようなことが起こるのだ。
魔植物が出来上がる度に母さんが悲鳴を上げるのだが、何度となく試しているのだ、いい加減慣れて頂きたい。
とはいえ、抜いた先から逃げ出そうとしたり、声にならないカン高い悲鳴が聞こえたりするので、それもやむをえないのだが。
俺はどうかって?魔植物っていうくらいだから、何があろうと動じたりすることはない。
何があってもいいように細心の注意を払って作物の収穫を行っているのだ、実をもいだ瞬間破裂されてビビったことはあるが。
生食は……やめたほうがいいんじゃないかな。
まあ農業ごとばかりやっていたわけでもなくて、もうネリーがいなくても大丈夫だろうと判断された時に、スキルの検証を行った。
これまで試したのは【一騎当千】と【五穀豊穣】だけだったのだが、こっそり[転移]で村から離れて、スキルを実際に使ってみた。
まずは【魔素吸収】なのだが、使っている、という認識はまるでない。
1時間ばかり使っても特にこれといった変化を感じないのだが、【完全解析】をしてみると、魔力量がとんでもないことになっていた。
そもそもパッシブで事実上魔力量を消費しないというのに、アクティブでこの効果、何考えてるんだ魔術神。
で、だ、周囲の魔素を吸収するというのはどういうことか。
うん、魔術使えないわ、使えない場所になってしまった。
その場から3kmくらい離れたところで、やっとのこさ火法術が行使出来た。
ただ出力については術式より大幅にダウンしていたので、「魔素」という大気成分を「魔力量」として吸収する、で間違いない。
一応翌日にはその場所でも術式を行使出来たのだが、やっぱり出力は低め。
アクティブに行使し続けたら世界から魔法が消えるかもしれん、魔物もついでに消えてくれたりしないだろうかと思うが、魔物は魔素の塊であっても魔素が必須なモノなのかは分からんので、下手なことはしまい。
一応使い方によっては有益になるかもしれない、魔術を使ってくる魔物はいるし、こういう空間が作れるということは知っておく。
併せて検証したのは【天上書庫】の「平行思考」とは何ぞ、ということだ。
知識については、役に立つような立たないような、微妙なところだ。
何しろ整理されてない百科事典のような感じなのだ、情報の整理化というものが全く出来ていない。
ググったら整合性問わずのソートで知識が出てくる、そんな感じだ、「アジェーラ」についても相当苦労して情報を収拾した結果、それだけが事実だったということだ。
それでは「平行思考」についてはどうか、単純に言えば、物事を平行して考えられること。
つまりは全く別のことを考えながら別の行動が出来る、みたいなものなのかと思ったが、どうも違う気がする。
では答えは何か、実は最初から答えがあった。
魔術とは何か、術式の複合物であると答えたい。
[空間箱]みたいな術式は単純なので、その複合化した術式を覚えておけば事足りる。
空間魔術自体は極めて複雑な術式の塊であるが、[空間箱]のようなものは、「Aという次元層をBという地点に作り出す」というものだ。
そのAは固定されているわけだから、予め術式を組む必要は無い、覚えておけばいいだけだ、あとはBをどこに設定するかなので、[座標確認]と大した違いは無い。
さて答えとは即ち、魔法による無詠唱と同じように、魔術に「術式計算」という概念を平行して行えるのだ。
10通りの術式が必要な魔術があるとする、当然10通りの計算をしなければならないから、行使にはそれなりに時間がかかる。
しかし俺はどうもそれを「1回の思考で10通り」の計算を行っているようだ、実際の思考数が10通りなのかはまた別の実験をしたわけだが、そら早いに決まってる。
魔術というのは、複雑な魔法陣を術式で埋める、あるいは魔法陣を重ねて作る、そういったものだ。
で、どれだけ平行思考出来るのかというか、これが分からなかったわけだ。
俺の頭は一つしかないわけで、脳内で別々のことを意識して考えるなんてこたぁそうそう出来るわけもなく。
原始魔術の最高難易度5種の同時展開に挑戦してみたら、あっさり出来てしまったわけで、まあ随分とこれまた強力なスキルである。
で、だ。
【魔素吸収】+【天上書庫】の組み合わせは、最強である、としか言いようが無い。
最速で放てる魔術、最速で回復する魔力量。
最強の組み合わせとしか言いようが無い、最上級の召喚魔術である[古代龍召喚]を使って龍を10体くらい浮かべておいても問題ないのではなかろうか。
実際に、サイズが小さくなおかつ魔力量を消費しやすい[女王蜂召喚]で試してみたのだが、200匹くらい呼んでも減らないため、どこまでやれば減るか諦めた次第である。
まあ平行思考数については、どこかに最大数が設定されているはずなのだが、精神力も相当高まっているので、限界を調べるためには成長が追いつきそうに無い。
これらに加えて【一騎当千】があるのだから、俺の戦闘力は相当高い、というよりも魔術神に手が届くレベルに来ているのではなかろうか?
まあエネルギー消耗があるし、一撃必殺で来られたら実際には勝てないだろうけど。
油断をするつもりはないが、慢心は良くない。ただ加減はしなくちゃならない。
遠慮なくぶっ放す場はそんなにありそうにないな。
ちなみに【一騎当千】のパラメータ上昇率であるが、数値にすると1000が初期値のようだ。
「大幅に」という初期値が1000だったのだろう。
ただ、使っているうちに上昇する数値が増えてきた、ホウセン、お前もか。
【万物造成】と【鉱石変質】は、うん、まあ、説明するまでもないと思う。
それなりの制限もあるっちゃあ、ある。
【万物造成】は俺は「植物」というカテゴリで見ているものでも、変換出来ないことがある。
いわゆる「野菜」になるようなモノには出来ないようだ、食用はダメらしい。
植物には違いないのになあ、とか思う。
【鉱石変質】にある弱点は、「鉱石」の純度がちょっと高すぎるのだ。
加工してみないことには分からないのだが、まだ加工出来る環境は整ってない。
本当に小さな石をヒヒイロカネに変えてみたら、出来てしまった。
アカン、地上に「神具」生まれてまう。
というレベルなので、この二つのスキルは本当に限定的に使わざるを得ない。
地上で作ることが不可能なものを生み出す可能性が非常に高い。
まあ、既に魔術が存在しないので、もはや手遅れではあるのだが、拡大は防ぐ所存である。
【精霊体化】と【大魔鬼化】は危険、としか言いようがない。
いずれも己を変化させるものであるが、一応服を脱いで試した結果。
【精霊体化】についてはまあまともだと言えるだろう、物質を完全に無視して通り過ぎるという現象を除けばだが。
他者から認識出来る、という点も魔物で試した。
まあ、物理的には全く攻撃が両方通らないわけで、魔術でぶっ飛ばした。
使えるスキルではある、あるのだが、肉体は全く持ってないわけで、何も持てない触れないは問題がありすぎる。
恐らく声も聞こえないのではなかろうか、【念話】は出来るようだが。
【大魔鬼化】は、何度か試しているうちに制御が効いてきた。
何もないところでやると、すんごい残念な気分になるのだが、理性的には間違いなく俺なので、制御は出来てるはずだ。
水辺でどんな姿をしているのか見てみたが、うん、割とかっこいいんじゃないかな?
堕天使なのか魔王なのか鬼なのかはっきりしないけど、イケメンでいいんじゃね?
というかこれをデフォルトの姿に出来れば年齢問題が解決しそうなのだが、どうも勝手に【威圧】が効いてしまうようだ、喋れないし。
制限時間の問題もある、効果切れで元の姿に戻ると相当疲労しているので、リキャストをすぐ試す気にはなれない、精神的にキツいものがある。
やろうと思えば出来るのだが、連続使用は危険なのに加えて、制限時間も大幅に短縮される、あるいは【一騎当千】も挟む・同時に使うということも出来るのだが、心身ともに負担が多すぎる、いずれ暴走するか肉体が滅びるだろう。
どっちもどっちというか、メリットは大きいがデメリットも大きいスキルだなと思う。
ついでに【威圧】の話もしておく。
効果を掻い摘むと、「対象範囲に精神力に依存した恐慌状態を与える」というアクティブスキルのようだ。
この「恐慌状態」というのは魔物で試したのだが、逃げられたので、言葉通り受け取って良いのだろう。
母さんに聞いた話、【大魔鬼化】した俺はたいそう恐ろしかったというので、まあそうなんだろうなと思う。
ネリーは「きれいだったにゃ!」というコメントだったのだが。
「対象範囲」も精神力に依存するようだが、最小範囲はおよそ半径1mの円、といったところだ、最大は分からん。
さて、これまで検証していなかった中で、最大の問題児は間違いなく【変化之理】である。
「変化のルールを設定出来る」というのは理解が及ばなかった、というか何がなんだか分からん。
というよりも、【完全解析】をした結果の文面でも今一つ効果が理解出来ないものなのだ。
実際のところこのスキルで何が出来るのか、1つだけハッキリしたことがある。
対象の進化・成長を変化させる、という点で「成長」とは何を指すか。
これがどうもパラメータの上昇値のことを指すらしい、ということが分かった。
恐らくは、これを俺に付けたのはアズだろう、ってかアズ以外ならこんなもん俺に寄こそうと思わないだろう。
アズよ、俺に地上で神になれというのかね?
まあ他の連中のスキルも大して変わらんけども。
上限値についてなのだが、俺の精神力依存であることは確かなようだ、自分を対象にすることで確かめた。
ただ、精神力の1/10というのは破格過ぎる数字だ、馬鹿じゃないの?と言いたくもなる。
成長値が(4~6)でSって扱いになってるこの世界で、俺の(22)とかはぶっ飛んだ数字だというのに、更にそれを飛び越える数値に変化させられるらしい。
馬鹿じゃないの?二度言いたくもなる。
ただ、これを使わない、とするには、惜しい気もするのだ。
間違いなくこの世界の「理」を外したスキルだが、身内に対して一種の加護を与えられる、ということでもある。
数日悩んだ結果、ネリーの成長値をまず固定化した、もちろん高い方に、だ。
筋力と素早さの成長値(2~5)になっていたものを(5)に固定したり、魔力に対しても(2)に固定した。
ネリーのステータスボードを見せてもらったのだが、[人物鑑定]による成長値は、やはり筋力A・素早さAとなっていた。
恐らくこれでステータスチェックは避けられると読んだのだが、果たしてそれは正解だったようだ。
素質というモノはあくまで素質であり、個人差がある、というのは母さん談だ。
故に運が良ければ最大乱数を引き続けることもあるだろう、うん、おかしくは、ない。
だが、俺はこれで終わるつもりは毛頭ない。
どうも冒険者ギルドに加入する際には、[人物鑑定]を受ける必要があるらしいので、そこまではネリーの成長値はAに設定しておく。
母さん曰く、最後に[人物鑑定]を受けたのは学園に入学した時らしい。
厳密には、「受けなければならない[人物鑑定]」を受けた時であって、ステータスボードは一種の身分証明書みたいなものだったりするので、自主的にボードの更新はしていたようだ。
母さんは[鑑定]を使えるので、ステータスボードの更新も自分で出来るらしい、ボードの更新はそれ専用の窓口みたいなもんがあるそうだが、別に更新が義務というわけではない。
ただ、優秀なステータスを持っていることを証明出来れば、やはり周囲の見方が違うので、変化があれば更新する、という人が多いそうな。
冒険者ギルドの加入は5歳からと聞いている、幼すぎるが低ランクでは街中の雑用であったり、ちょっとしたお手伝いレベルの仕事しか請けられないそうだ。
ギルドに加入するのは、俺も既に決めていることだ、そしてネリーもやはり俺と同時にギルドに加入するらしい。
学園というものについては、その時期が近づいて来たときにでも考えることにする、入学の際はネリーと一緒に入学することになるだろう。
と、ここまで考えた時点で【擬態】で誤魔化せるのではないか、ということにようやく気付いた。
ある日のこと、俺とネリーは人里から離れた場所までダッシュを続けていた。
俺は元々極めてタフだし、ネリーも[強化]や[治癒促進]がかかっている、時速30キロ程度なら3~4時間程度余裕だ。
着いた場所は、何もない荒野。人どころか道もない。
「ネリーは、強くなりたいか?」
俺は問いかけた。
「ゼン様のためならば、どこまでも」
ネリーはそう答えた。
元々日々の【成長指導】に加え、成長値も変えてある、更に魔道具のブーストもかかっている。
既に筋力や素早さはAを越えて、やがてSになるだろう。
だが、俺が欲するのは、もっと上の存在。
神レベルとまでは言わないが、人外レベルにはなってもらうつもりだ、俺の従者として、共に戦ってくれる存在として。
「ネリーは強くなりすぎることが、怖くはないか?」
ネリーはクスリと笑ってみせる。
「今更ゼン様がそれを仰るのですか?私はゼン様の従者です、ゼン様には敵わずとも、それ相応の能力は必要でしょう?」
思わず天を仰ぐ、決して悪い意味ではない、これほどまでにネリーは俺に尽くそうとしているのだ。
「今から俺の隠されたスキルをネリーに使う、誰も知らないスキルだし、俺が持っていることを知られる術はない、ネリーにだけ、そのスキルを今から使う、結果について、詮索はするな」
「この身は全てゼン様の物、どうぞご随意に」
それを聞いて、俺はネリーに【変化之理】を使用した。
何かしら反応がすぐに出ることはないが、【完全解析】で確認出来る。
名前 ネリー(ネリー・チシャ)
種族 獣人種猫人族 9歳
職業 なし
称号 ゼン・カノーの従者
状態 健康 眷属 (主:ゼン・カノー)
Lv:17
生命力:203/203 (15)
魔力量:56/56 (7)
筋力:204 (10)
器用さ:184 (9)
素早さ:201 (10)
魔力:56 (6)
精神力:134 (10)
運:150
魅力:102 (10)
経験値:1034/4700
汎用能力
戦闘系:【体術6】【格闘術5】【弓術5】【隠密4】【暗器5】
魔法系:【魔力操作4】
職業系:【裁縫4】【料理6】
採集系:【採集5】【採掘3】
その他:【家事6】【礼儀5】【交渉3】【生存術5】【直感6】
[強化]や[眷属]によるパラメータ付与を持っているため、レベルにして相当強い。
だが、これからは更に強くなってもらうつもりだ。
獣人種というのは人類種とあまり変わりはないのだが、身体は極めて頑強に成長するそうだ。
どの程度までパラメータを引き出せるか未知数なのだが、父さんレベルの動きが既に可能になっていることから、こと戦闘面ではポテンシャルが極めて高いと思われる。
ただ魔法は少なくとも猫人族は苦手なようだ、元々の成長値も低かったし、身体能力に優れる代償なのかもしれない。
本人も使いたいわけではないらしく、事実向いていないのだろう、よって魔力値の成長は控えめにした、あくまで他に比べれば、だが。
今回設定した数値は最大まで、ということではない、まずは2倍程度に調整してみることで、どれだけ影響が出てくるかという確認をしてから、数値の変化を行うことにする。
肉体とパラメータの相関性がまだよく分からないしな。
「普段見るステータスでは素質までは分からないんだったな」
「そうですね、ステータスボードでなければ、分かりませんから」
「じゃあ、伝えておくが、ネリーはたった今、[全適正]になった。素質は全部Sだ」
「……にゃ?」
何を言っているのか分からない、というネリー。
気持ちは分からんでもないが、そもそもステータスというものがあるこの世界がおかしいのだよ。
「ついでに【擬態】もかけておくから、今までとちょっと表記が変わるかもしれん。許可するまで擬態を解くことを禁止する、いいな?」
【擬態】をかけたステータスを見て理解したのだろう、ネリーは頷く。
ただしばらくステータスの確認を行っていなかったのか、「いつにょまに」などと呟いている。
ステータスは既に父さん級だもんな、実際父さんも無手でネリーの相手をするのはもう無理っぽいし。
俺にしても、【格闘術】についてはネリーから学んでいる最中だ。
さしあたり成長値については以前のものをそのままに【擬態】し、パラメータも最大B程度にしておいた。
あとはステータスボードの更新を行うときに注意すればいいだろう。
「まあ、何を言っているか分からんかもしれんが、強くなるペースは落ちない、むしろ加速すると思う、そのつもりでいればいい」
「ゼン様はとんでもにゃいにゃね……」
それでもすんなり受け入れてくれるネリーたんギザカワユス。
とまあ、こんな感じにスキルの検証を行ったり、という日々を過ごしてたわけだ。
ちなみに、俺のステータスもかなり変化してきた、こんなところだ。
Lv:12
生命力:732/732(63)
魔力量:246521/246521(64)
筋力:468 (29) S (B)
器用さ:456 (31) S (C)
素早さ:431 (29) S (C)
魔力:346 (29) S (D)
精神力:1035(31) S (A)
運:∞ (∞)
魅力:756 (29)
経験値:?/3800
スキル
超越能力:【?】
唯一能力:【限界突破】【理外進化】【変化之理】【?】【?】
特殊能力:【完全翻訳】【無限成長】【完全解析】【改良模倣】【次元干渉】
【一騎当千】【魔素吸収】【天上書庫】【万物造成】
【鉱石変質】【五穀豊穣】【精霊体化】【大魔鬼化】
固有能力:【成長促進】【念話】【精霊魔法】【成長指導】【擬態】【威圧】
【擬態】で誤魔化してはいるものの、とうの昔に人類種という概念はぶっ飛ばしてる感がある。
特に魔力量についてはもう項目自体いらないんじゃないかと思うくらいだ。
有力な魔法使いであろう母さんの1000倍だ、【魔素吸収】をやりすぎたんや……。
さて、レベルについてはまだ不明なことが多いのだが、少なくとも俺に「経験値」という概念はもう存在しないものと考えた方がいいかもしれない。
というのも、俺のレベルが上がる条件の一つに、どうやら「新しいスキルの取得」と「スキルレベルの上昇」があるようだ。
この場合スキルというのは、汎用能力のことを指すのだが、【大魔鬼化】を習得した時も1レベル上がっていたので、その辺りの区別はなさそうだ。
そこに気がついたのは、ネリーから無手を学んでいた時のことだ。
その際に持っていた【格闘術2】が【格闘術3】に変化した時、レベルも上がっていた。
ついでに土壌関係で色々やっていたら、【魔素調合】とかいう謎の汎用能力が増えたり、【開墾】というスキルのレベルが上昇したわけだが、この時もレベルが上がっているようなのである。
パラメータの上昇はレベル上昇に限らないため、色々やってたらこんな数値まで上がっていた、というわけだ。
つまるところ、俺はレベルを上げたければ、少なくとも持っているスキル「以外」のことをやるのがいいのだろう、或いは低レベルを鍛えるというのもある。
スキル関係だけでなく、レベルが上昇するパターンが有りそうな気はするのだが、その辺りは年齢加算以外はまだ不明だ。
正直なところ、もはや俺にとってステータスは、大した意味はないものだと思う。
精神力や魅力などは顕著なもので、どういうわけか成長値なんて意味あんのかというレベルで伸び続けている。
正直パラメータの中で最も分かりにくいのがこの二つなのだが、まあ運はほっとこう。
精神力の上昇は【天上書庫】の副作用もあるのではないだろうか。
平行思考を行っているから思考速度が早くなるという理論が成り立つかどうかはさておき、精神力を伸ばす一つのポイントになっている気がする。
【大魔鬼化】の制御なんかも多分そうだろう。
ただ肉体を鍛えるというのはとても大事なことだ。
パラメータを最大限引き出すにはそれ相応の肉体がなければならない。
あくまで感覚、という前置きは必要だが、今のところはまだその兆候はないものの、肉体的限界、というものがあるというのは実証済みだ。
【一騎当千】を使用すると、「パラメータ」は大幅に上昇する、今ならおよそ1600程度になる。
これで何が出来るのか、廃村で試したことがあるのだが、家一軒分くらいは余裕で持ち上がるのだ。
ただ、これをやった後に【一騎当千】の効果が切れた際、尋常ではない痛みに襲われた。
それでも冷静だったのは、精神力が高いからなのかどうかは不明だが、明らかに肉体が行使出来る限界を越えたと見ていいだろう。
落ち着いて治癒魔術を行使することで事なきを得たものの、3歳のゼン・カノーが行使可能なパラメータは限界がある、ということだ。
少なくとも7年は身体的に成長はしない、ただそれは鍛えられないということではないはずだ。
恐らくはこの辺りで出てくるような魔物に引けを取ることはないだろう、生命力も高い。
だが何が起きるか分かったものではない、現状は落ち着いていても1年先がどうなるか分からないのだから。
振り返ったところで、今俺はフィナール領主が住む、フィナールの町に向かっている。
厳密にはそういう町名が付いているというわけではない、フィナール領を代表する町だからそう呼ばれているだけだ。
だいぶ近づいたのか、町を囲む城壁のようなものが見えてきた。
あの内側が、「国民」が住める場所、ということなのだろう、確かに魔物がそう侵入出来るものでもなさそうだ。
「あの壁を壊すのは、ちっと俺でも無理があるな」
「町壁なんて壊したら国を追われるわよ。あの壁は魔法が使われてて、高いんだから」
「そういえば私も町は久しぶりですね、ゼン様が産まれた時以来、でしょうか?」
「俺はまだ町に入ったことがないからなあ、産まれたのは町中と言われても困る」
一家総出で町に向かっているのは、一応理由がある。
3歳になったところで、成長が一段落したと見た父さんは、そろそろ俺達の魔道具を作れと言い出した。
革で腕輪でも作ろうと思っていたのだが、術式を血で刻んでいると知った母さんに止められた。
ぶっちゃけその程度で死にはしないのだが、ネリーにも反対されたので、自重することにしたのだ。
魔道具を作れと言われても、その環境がないのだから、そこから始めないといけないわけで。
「流石に器具なしでモノは作れんよ」
「じゃあ買いに行くとするか、町行くぞ」
「えっ」
という流れになったわけだ、俺も行かなくてはならないと思っていたし、丁度いいっちゃあ丁度いい。
母さんはあまり乗り気ではないようだ、目立つと思われたのだろうか。
既に俺の名前はチラホラ流れ出していることは確かだ、腐葉土の存在が他の村にも伝わってきたしな。
「ゾークさんとこの娘さん」というだけで、「ゼン」はまだあまり知られていないが。
ただね、娘さんってどういうことよ、俺女の子っぽくしたことなんて一度もないっつうの。
この噂の流れを聞いたとき、円滑なコミュニケーションを村人と取り続けたことを若干後悔した。
まあだからといって、全員で町に来ることはないのだが、どうも母さんが「指名依頼」というものを領主から受けたのだそうだ。
冒険者ギルドを通して、特定の誰かに仕事を依頼する、というものなのだが、Sクラスの冒険者なのだ、そういうこともあるだろう。
これに強制力というものはあまりないのだが、ギルドとしては基本的に受けるように冒険者には通達している。
ギルドというのは一種の組合みたいなもんだが、そこを通された仕事を断られるのは確かに外聞が悪かろう。
ただ今回は、依頼主と依頼の内容が問題なのである。
「フィナール領国境付近にA級魔物「ブラストタイガー」の存在を確認した、その討伐を請う。なお付添人としてギース・フィナールを伴うように 領主ダリル・フィナール伯爵」
これが母さん宛に「指名依頼」として届いた内容である。
母さんはこれを断れないと判断した、何しろ今住んでいるのはフィナール伯爵の別荘なのだ。
それに領主からの依頼を断るのは、フィナール領に拠点を構える身としてはよろしくない。
問題は付添人が付くことだ。
ギース・フィナールたる人物がどのような人物かは不明なのだが、あまり評価はよろしくない。
どのみち「嫌な予感がする」としたのが父さんで、母さん宛ではあるが、同行することにしたのだ。
俺とネリーはついでのようなものなのだが、父さんと母さんが領主のところに行くので、町を一度見てみることにした。
領主のところと、実際の討伐には同行する予定はない、実際にどれほど期間がかかるのか不明だからだ。
というわけで、一家総出のお出かけではあるが、町に入れば別行動である。
ちなみに一通り見終えたら、俺とネリーは帰宅することになっている。
ただ、父さんの「嫌な予感」というのは得てして当たるもので、ネリーも「何かある」と思っているようだ。
俺としても何かが起こりそうな気がしてならないのだが、「ブラストタイガー」自体は俺からすると、父さんや母さんの脅威ではないように思える。
秒殺とまではいかんだろうが、単体であれば二人なら苦戦まではしない。
一応作れる範囲で回復薬を渡しておいたが、心配しすぎだろうか。
ちなみに作った回復薬は、その辺りに生えてた草を普通に調合することで出来るレベルなので、効果はお察し。
品質が低いので、飲み過ぎないようにと伝えてある。
何かあるとすれば、二人の実力以外のところで何かがありそうな気がするのだが、こればっかりはどうしようもないかなあ。
次は3/29 12:00
そろそろ隔日更新になってくるかと思います。




