初陣と主従
「よっしゃいたぞ!ゼン、付いて来てるか!」
「馬鹿なの!?マジで30キロくらい走ったよ!?狩りの前に疲れるとかアホなの!?」
本当に2時間草原を走り続けるハメになった。
実際何も目印が無いようなところを走り続けて現地に着くんだから、父さんの方向感覚というか、勘みたいなもんは優れている。
じゃなくて、なんで俺と父さんだけで来たのかって話なんだわ。
まあ、パラメータ的に父さんや俺じゃないと、ここまでスタミナが持たんだろうとは思うけども。
そういう問題じゃなくて、現地には着いたわけだけど、
「二人でやるには多くない?」
現地に確かにビガーシープはいた。
こちらはやや高台になっていて、ビガーシープはまだこちらには気づいていない。ただ見た感じは6体群れているようだ。
所詮は初級レベルだし一人でも相手に出来るくらいだが、普通の羊より倍はデカい相手だ。
今の俺では体格差が辛いし、何より手持ちの武器は弓と短剣だけだ。
ビガーシープはほぼ羊のそれだ、青い羊なので普通の羊でないことは明らかだ、ついでにデカいし。
特性上、矢が通りにくい相手でもある、顔の部分は羊毛に覆われていないので、狙えば通せると思うのだが。
「ゼンは4体、俺が2体だ、いいな!」
「普通逆じゃね!?」
俺初陣やで?この体で戦ったことないで!?
「お前が2体まず弓で倒すだろ?そしたら俺が引き付けるから、あと2体倒せ、残りは俺がやる!」
前提条件おかしくね?一撃必殺が前提かい。
まあ一応父さんも考えなしに言ったわけじゃないだろう。
俺に直接相手をさせるわけではなく、父さんが魔物を引き付けるから、その間に弓で倒せ、ということらしい。
問題は一撃必殺の威力の矢が放てるかどうかだが、ビガーシープのコアは腹の下だ、弓では狙えない。
とすると、やっぱり狙いは額か、青銅製の矢に加え、俺の肉体でどれだけの威力で撃てるかはやってみないと分からないが。
「父さん、少し距離を取るから。1射目で倒すつもりで撃つけど、威力は分かんない、倒せたら射線確保で右手に走る。倒せなかったらそのままもう一度撃つ。父さんはこのまま真っ直ぐの方向を向いて戦って。回る方向は左手向きで」
「上出来だ、やっぱ戦ったことあるんじゃねえか」
「弓を使うなら当然のこと」
とは言ったものの、これで上手く行くのかは知らない。
弓を使うなら当然遠距離からということになるのだが、射線上に味方がいる状態で撃ったことなどない。
最悪父さんなら見えれば避けられると思い、視界に矢が見える可能性を残しておく。父さんの得物は槍だ、そこまで敵と近くにはなるまい。
「よし、ゼンの矢でスタートだ」
父さんから少し距離を離した俺は、[空間箱]から矢筒を取り出すと、その中に10本の矢が入っていることを確認する。
念のために短剣を腰帯に挿しておく、鞘がないのでちょっと怖いがまあ大丈夫だろう。
俺は弓を構え、狙いを定める。
目測距離はおよそ50メートル、神界で使っていた弓ならば鼻歌混じりで当てられるが、この弓だと強度的にちょっとどうか、という気がする。
体格とのバランスも考えると、この距離では2本撃ちは威力不足になりそうだ、1本ずつ撃つ。
矢をつがえ、弦を引く。
ただ引くことだけなら容易だが、壊れないようにギリギリのところをまで引く。
狙いを定める、風はあるが問題ない、多少は無視出来る程度には引けるようだ。敵に動きが無い、キッチリ額を狙って、放つ。
狙った敵が体勢を崩したのを見て、倒したと判断する、次の矢をすぐさまつがえて、引く。
敵が動き出したが問題ない、まだ動きは鈍重だ。
すぐさま矢を放つと、これも狙い通りに額を貫いた。
父さんの声が聞こえる、敵は一斉に父さんの方へと向かい出す。
それを見て俺は右手方向に走り出した、射線確保のために一気に駆ける。
「おらぁッ!」
先走った敵の1体を父さんは一突きで頭を抉る、パワフルな父親だ。
「てめぇらの死に場だぜ!こっちだァッ!」
父さんの気合が敵の注意を引く、さすが歴戦の冒険者だねぇ。
射線は確保した、矢をつがえて放つ、狙いはアバウトに胴体、倒せなくとも問題は無い。
刺さったことを確認するまでも無く次の矢を放つ、胴体に刺さる程度で倒しきれるとは思ってはいなかったが、思いのほか威力があったらしい、敵は既に倒れている。
殺しきれてはいないようだが、父さんは頭部に槍を突き立てると、キッチリトドメを刺していく。
俺がトドメを刺しに行く必要はなさそうだ、ゆっくりと父さんに近づいていくことにした。
こうして、俺の転生後の初陣は、割とあっさり終了した。
「解体出来るのか?」
「皮を剥ぐくらいは全く問題ないよ、むしろ父さんこそ皮は剥げるの?」
「ビガーシープの皮なんて何に使うんだ?肉をバラすのは得意だが」
「え、食べるの?」
「そりゃ食うだろ当然?むしろビガーシープは食用なだけだろうが」
「俺が食ってた肉って……」
「大抵俺やシャレットが仕留めた魔物だぜ?まあ獣肉もあるけどよ」
何やら割と衝撃的なことを言われた気がする。
肉って野生の獣じゃなくて、コア付きの魔物でも食えるんだな、知らなかったわ……。
そういや魔物って死んだらどうなるかとか良く知らんなあ、所詮リソースで作り出したものだから仕方ないか。
俺は丁寧に皮を剥ぐ、ほとんど羊のそれだ。となれば、皮だけではなく、当然その毛も役に立つ。
まあ普通の羊じゃなくて魔物なので、毛だけを刈らせてくれるなんてことはないのだが。
役割分担ということで、俺が皮を剥いだビガーシープを父さんが解体していく。
血抜きを始めているところを見て、俺は布袋を数枚渡す。
「父さん、これに血を入れておいてくれる?」
「魔物の血なんて何の役に立つんだ?」
父さんは疑問のようだが、魔物の血はあると便利だったりするのだ。
「ビガーシープだけじゃないけど、魔物の血があると、ちょっとしたことが出来る可能性があってね」
「ふーん、まあいいや。入れておくぜ」
あまり詳しく聞いてこない父さんは、俺にとってとてもありがたい存在だったりする。
父さんは直情的であり、物事を深く考えたりはしない。
これ即ち「単純」ということなのだが、難しいことは考えない、というのも一つの行き方だ。
その方が人生楽しめる人は、結構多かったりするので、俺にとって父さんはとても好ましい人間性をしていると思う。
本当に人生を楽しめている人間は、案外少ないものだ。俺も十分楽しめた側だが、それゆえに同類を好む、というのも多少なりともある。
物事は複雑に出来ている、だからこそ単純に考えた方がいい、ということもあるものだ。
毛についてはまた別に処理するとして、俺は皮ごと[空間箱]に入れているのだが、父さんはこの量をどうやって持ち帰るのだろうか?
そう疑問に思っていたのだが、何やら父さんは華美な装飾の道具袋を取り出した。
「父さん、それ何?」
「お?この袋か。なんでも入る魔法の袋らしいぞ、原理は知らんが、大昔にゃ結構あったみてえだな」
どうやら貴重な袋のようだ、なんでも入る、ということは何かしらの空間魔術が使われていたりするのだろうか?
しれっと【完全解析】をしてみると、やはり魔道具だ、かかっている空間魔術の術式の完成度もなかなかといったところ。
容量的にはそこまで大きいものではなさそうだが、同じものを4つ父さん達は持っているらしい。
ビガーシープ6体を持ち帰るには1つあれば足りそうだが、用途としては野営道具やら食料やらで2つは常に使っているそうな。
残り2つを戦利品用とすれば、そこまで大量に持ち歩けるというほどでもなかったりするのだろうか。
地球基準で考えればとてつもない量を持ち歩けることになるのだが、俺も神界に来てから大分基準が変わったものだと思う。
ちなみに空間魔術による[空間箱]は別の次元に繋がっており、中での時間が進まないという便利すぎるものだ。熟成なんかも効かないので、融通が利くわけでもないのだが、それは流石に都合が良すぎる。
◆◆
帰り道に父さんに道具袋について尋ねると、やはり高価なものであるようだ。
「そうさなあ、1つにつき金貨20枚くれえだったかな?相場自体は知らねえがな」
「金貨20枚つったらどのくらいになるの?」
「国にもよるが、だいたい金貨1枚ありゃ、普通の平民が1ヶ月暮らすにゃ十分なんじゃねえか?」
なんともアバウトなことだが、それを考えると1つの道具袋につき20ヶ月分。
切り詰めればおよそ2年と考えると、感覚としては300~400万くらいはあるのかもしれない。
「やっぱり結構高い……のかな?」
「高いっつーか、数がねえからなあ。一応こいつも俺の槍と同じで古代道具になるらしいが、詳しいこたぁ俺も知らねーな」
俺らくらいなら、3ヶ月もありゃ稼げる金額だ、と父さんは笑う。
年収1000万以上、となると高給取りだが、命がけの仕事に対しての報酬としてはどうなのだろうか。
物価感覚がないからまだよく分からんなぁ、これが東南アジア諸国くらいだとすれば、高給取りってレベルじゃねーぞ、ってことになるのだが。
一流のメジャーリーガー並なのかもしれないし。
ぶっちゃけた話、冒険者という仕事についている以上、金銭感覚については両親ともども期待しない方がいいような気はしている。
あくまでイメージだが、宵越しの金は何ちゃら、とか、そんな感じがする。
これについては、ネリーに聞くのがいいだろう。母さんでもいいかもしれないが、あんまし金に頓着がなさそうなんだよなあ。
後で母さんから聞いた話だが、同じような道具袋は今でもそこそこの量が残っているらしい。
とはいえ大変貴重なものには変わりなく、無造作に扱っていいものでもないそうなのだが、古代道具では最も多く残っているものであるそうな。
似たようなものについての生産の目処はないとのことだ。
まあ、俺も似たようなもん作れるけどね、身内用に作る程度かなぁ、大量生産要求されたら困るし。
もし金に困る事態が起きたら、作って売るという方法も考えられなくはないけど、俺にしか作れないものは基本的に売りたくはないな。
「結局よ、何のためにビガーシープ狩りに来たんだ?」
「今更それ聞くのかよ、普通最初に聞くとか、あるいは解体してる途中だとかタイミングあるやん?」
もう村が見えている、というところまで帰って来たところで父さんが聞いてきた。いや別に話したくないわけじゃないけどさ。
「ネリーのさ、隷属道具外したって知ってるよね?」
「ああ、俺もちったぁ肩の荷が下りたっつーかよ、ゼンには感謝してるぜ」
「それでさ、ネリーがまた隷属道具付けてくれって言うんだわ。俺に主人になって欲しいらしい」
はーん、と父さん生返事。
ホントに分かってんのかな?
「あんなめんどくさい隷属道具をもっかい付けるのは、ちょっとね」
そりゃそうだよなぁ、とやっぱり父さん軽いです。
ただ父さんは特別反対、というわけでもないらしい。
「俺としちゃあ、ネリーが幸せならそれでいいとは思っちゃいるけどな、ゼンなら何とかするような気もするしよ」
「それはそれで無責任のような気がするけども」
「いやまあ、外せたことは俺も嬉しいけどよ。かといってネリーがそれを待ち望んでいた、って気もしねえんだよな。だから外せた時点で俺の肩の荷は下りたけど、俺としちゃ命令を出さずに済むってだけで、これからネリーと付き合い方を変えるワケでもねえからな」
いちいち命令することがなくなるってだけだ、と父さんは言いたいらしい。
ふむ。まあ、父さんの言い分は分からんでもないかな。
というよりもこの点については父さんの見方は正しいように思う。
父さんもネリーも、隷属道具はそれほど苦にはしてなかった、という話だ。
結構いい加減な作りだったもんなあ、アバウトな命令をしておけば、かなり自由が効く魔道具でもあったし。
でもまあ、いずれにせよ。
「はずみで死にかねないような魔道具は付けさせたくないからね」
これに尽きる。父さんもそれは同感らしい。
「ちなみにビガーシープを何故狩ったかって、そりゃネリーの首輪を作るためなんだわ」
「ほー、お前そんなもん作るのか、しかし何でまたビガーシープなんだ?」
「魔道具作るなら、革細工で魔物の皮を材料にするのが手頃なんでね」
「お前が作れるっつーなら、作れるんだろうな」
「ありゃ、意外とあっさりだね」
「ま、俺の息子だからな」
そんなんでいいのか、と思うが、父さんらしいといえば、らしいのかな。
「まあ悪いようにはならんだろ。ネリーのことは頼んだぞ」
「どっちかっつーと、まだまだ頼みたい側なんだけどねぇ」
違いないな、と父さんは笑う。
実際のところ、まだまだネリーは俺にとって「してもらう」側にいるのだ。
国籍を持たない「自由人」の「奴隷」というのは、極めて特殊な立場になるので、面倒が無いように単なる「自由人」として存在して欲しい。
本人が「奴隷」だと言えばそうなるのだが、せめて「従者」になって欲しいと思っているのだ。
帰って来たところで、母さんとネリーにお説教を食らいそうになった。
そもそも俺に文句を言うのは筋違いだと先手を打つと、父さんに矛先は向いたようだ。
父さんに後は頼んだぞと心の中で告げて、「今から魔道具を作るので、部屋に篭る」と言ってさっさと逃げ出した。
倉庫から使えそうな道具を探して、部屋に持ち込んだ。
用意できたのは鋏・短剣・油・針・瓶・数種類の草・石・木材・金槌・ノミといったところだ。
これで物を作るのは少々心もとないのだが、あるものでやるしかあるまい。
まずは形を決める。まあこれはおよそ決まっているし、設計図を描くまでもあるまい。
最初はビガーシープの皮を取り出し、手頃なサイズに切り取る。
革の首輪を作るには多すぎるというか、過剰なほどあるわけだが、まあ残りもいずれ処理しよう。
切り取った皮からまずは毛を刈ることからスタート、鋏と短剣だけだとなかなかしんどいが、最悪短剣だけでも出来る作業だ。
さくっと刈り終えると、次は皮をなめしにかかる。
魔物といえど、獣のそれと大差はない。ただ結構な魔素を含むところがあるので、そこは神聖魔術で[浄化]をかける。
【魔素吸収】でもいいのだが、そこは検証が済んでいない。今回はスタンダードに作る。
およそ切り取り終えたところで、[浄化]をかけると、羊の皮とほとんど変わりはなくなる。
強いて言えば、そもそもビガーシープの皮が青いこともあり、塗料も用意していないので、必然的に青い首輪というか、チョーカーになりそうだが、丁度いいかもしれない。
実際にここから完全になめした革を作るとなると、それ相応に時間がかかったり、必要な液体があったりするのだが、そこを補うのが錬金術である。
錬金術は元々高度な器具が必要だったりするのだが、草という固定した植物であれば、そこにある成分はおよそ取り出せる。
ぶっちゃけて言えば、植物から取り出せる成分であれば、恐らく1本の草から何でも取り出せるだろう。
【万物造成】なんてチートなスキルをよこしたアインが悪い。だが今回は【万物造成】を使うまでも無い。
石を金槌とノミで加工して、簡単な乳鉢を作る。
それから木材を短剣で削ぎ、すりこぎを作る。
これで簡単な錬金術の器具の出来上がりだ。ついでに調合の基本器具でもあるのだが、今回は調合については後回しだ。
錬金術は化学と魔術の合成学問みたいなもんで、アインとヴァニスの合作術である。
術式自体はそれほど種類は多くないが、[分解]することで簡単な器具でも[抽出]が可能だったりする。
まあ、成分の抽出が出来ても、アインの化学知識では色々と限界があったりしてたわけで、これは俺の独自の術だと言ってもいいかもしれない。
抽出した必要な成分を水に溶け込ませると、皮をひたして【成長指導】を使用する。
この【成長指導】であるが、そもそも成長しないものにかけるとどうなるか、答えは「熟成が早まる」だった。
リソースで作られたものなのに、肉が熟成されていくのを見て不思議に思ったものだが、まあ熟成させて美味くなるんだからいいよね、ということにした。
しかし折を見て解除しないと本当に腐るわけだが、適度に熟成することでより美味しく頂けたことにヨシュアも満足そうであった。
俺の知る法則であれば【成長指導】をかけたところで、「革」にするにはもっと時間がかかるものなのだが、俺の独自の鞣し剤とこの世界の法則は、1時間もあれば十分それらしくなった。
もしかしたら【成長指導】の効果が上昇しているのかもしれない。レベルもちょっと上がったし、効果が上がってるかも。
付け焼刃の知識でここまで出来てしまうことに何となく申し訳なくなるが、俺が自信持ってやれるのはここまでだったりするので勘弁願いたい。
およその生産スキルにおいて言えることだが、鍛冶であればインゴッドにする、裁縫であれば布にする。彫金であれば原石を削って宝石にする。といったところまでは、十全に可能なレベルに到達している。
さすがに工房無し、炉無し、道具なしと来れば、金属類の製作は難しいし、道具についても作成は困難だ。
早めに街で最低限の道具を確保したいところだが、工房まではすぐには難しいだろう。スキルを使いまくれば可能そうだが、検証してからにしたいと思う。
さて、これまでも精密な作業だったのだが、ここからがチョーカー作りの本番である。
歪な形に切り取ると、一気に見栄えが悪くなるし、切り取りすぎてもバックル部分が難しくなる。
この辺りを定規もなしに出来るのは、経験ということもあるし、【計測7】というスキルが効いているのかもしれない。
大まかな太さに一気に鋏で形を切り取る。
想定しているのは、太さ1センチほどの、アクセサリー的意味合いの強いチョーカー。
長さについてはあとで調整するということで、やや長めに切り取った。
ここからが革細工の見せ所。本来もう少しいい道具を使いたいのだが、短剣で細やかに形を整える。
形を仕上げたところで、油を元にニスのような液体を錬金術で作り出すと、それを塗る。
風法術と火法術を利用し、乾燥・光沢を作り出す。
革はなめした時点でも色素が落ちるようなこともく、鮮やかな青色に仕上がった。
後はバックルを作るだけだ。ここは単純に木材をノミで削り、それらしいものに仕上げる。
バックルの取り付けは革の一部分を毛糸を編んで、針で糸を通す。
若干耐久性が心配なので、天法術の[強化]の術式を毛糸に付与してある。
出来上がったチョーカーに、一定間隔で穴を開けていく。まあ5箇所もあれば十分だろう。
自動サイズ補正術式をかけることも考えたが、他にも色々とかけたい術式があるので、これでよしとする。
【完全鑑定】によれば「上質な羊革のチョーカー」とある。品質は「B」だ、ビガーシープの皮という素材を考えれば満足の行く仕上がりと言えるだろう。
さて、チョーカーは出来上がった。少しばかり既に術式を組み込んであるのだが、ここからが魔道具としての術式付与ということになる。
まず付けるべきは、ネリーが望むであろう、「主従関係」についてだ。
主従とは何か。主は従に対して何かを与え、従は主のために尽くす、というものだと解釈する。
もっと複雑なものなのかもしれないが、「雇用関係」よりも上の段階のものなのだろう。
関係というのは縛るようなものではないと思うのだが、形が欲しいのであれば、それらしい術式を使用する。
魔道具でそこを決めるつもりはあんまり無いのだが、[契約]という術式を施すことで、それっぽくなるだろう。
魔力を込めて術式を刻み付ける。
パラメータが上がったからか、今まで作った魔道具よりかなり性能のいいものが出来そうだ。
ただ材料の魔力許容量の低さと、そもそものスペースの都合もあり、複雑なものは難しい。
[契約]自体は召喚魔術で使う術式なのだが、それだけに使われるわけではない。
神族なら誰でも使える術式の一つである、逆に言えば、神族くらいじゃないと使えないものでもあるが。
ただその名の通り、一方的に行使することは不可能な術式になっている。
付与した術式についてだが、どう付与したのかというと、俺の血を使って直接チョーカーに書き込んだ。
針で刻み付けたため、チョーカーとして多少無粋かもしれないが、魔道具というか、隷属道具には見えるだろう。
実際に取り外しについては他人に出来ないようにしてある。まあネリーは自分で外せるけどね。
断っておくがいつも血でそんなことをしているわけじゃない、本来は工程中に魔力を込めて術式を刻むのだ。
革のチョーカーというシンプルな生産品ゆえに、魔力を込める工程がなかっただけだ。
結果として出来上がった革のチョーカーは、[契約]以外の術式もいくつか組み込んだため、危うく「神具」になりかけないオーバーフローを起こしかけた。
まあ実際に「神具」になるような材質ではない、「神具」を作り出すにはもっと優秀な素材が必要だし。
性能自体は自画自賛したくなるほどだ。材料のキャパシティを98%くらいは引き出せたと思う。
100%引き出そうとすると、込めた魔力が暴走してしまうので、これは限界値に近い数字だ。
取り外しは俺とネリーのみが可能なものだ。使うことはネリーにしか出来ない仕組みになっている。
実際につけてもらう時には、少しばかり儀式をしてもらう。
それが術式の起動トリガーになっているからだ。
気がつくと、朝になっていた。
一晩中作業していたらしい、完全に寝不足だ。飯も食ってない。
ついでに少し血を使いすぎたらしい。若干貧血気味だ。
【一騎当千】を使うと疲労はある程度回復したが、やはりエネルギー不足に陥ったので、またしても大量の栄養を摂るハメになった。
昨日と同じパターンやん?こんなループしとったら体に悪いで。
落ち着いたところで、ネリーに話し始める
「ネリー、大事な話がある」
「はい、です、にゃ」
どことなくネリーは緊張している。
俺に申し出が断られるものと思っているのだろうか。
「話し方は、プライベートでは素でいい、ただ人前ではそれらしく振舞って欲しいと思う、まあそこらへんはネリー次第だけどな」
言いたいことの半分くらいは気がついたはずだ。
ネリーはちゃんと察したらしい。
「ゼン様!ネリーのマスターになってくれるにゃ!?」
「父さんや母さんが戻ってきたら、新しい魔道具を付ける、その時に主従契約をしてもらおうと思ってる」
「前の隷属道具じゃにゃいのにゃ……?」
俺は首を振った。
アレは付けん、色々調べた結果作り直しも却下だ。
恐らく封印することになるだろう。
「父さんと母さんの前で説明する。今日は二人とも帰ってくるんだろう?」
「夕方には帰ってくるにゃ」
「じゃあ、その時にネリーに俺から着けてやるよ」
お披露目ってわけじゃないが、事の顛末は見届けてもらおう。
ネリーはとても嬉しそうだ、尻尾がパタパタと振れている。
猫にそんな習性あったっけ?お怒りモードの時には尻尾が立ったりするものだけども。
まあネリーは猫ではなくて猫人族だから、別物といえばそうなんだけどね。
いつもなら鍛錬したりするのだが、今日はさすがに眠い。
ここ2~3日はかなりハードワークをしている気がする。
両親が帰ってきたら起こして欲しいとネリーに伝えると、ベッドに倒れこんだ。
◆◆◆
ゼン様が私の御主人様になってくれると聞いて、私は狂喜しそうになりました。
ゾーク様に不満があったわけではありません。
ただ、ゼン様は間違いなく英雄になられるお方です。そのような方にお仕え出来るのです。
獣人の本能、とでも言いましょうか。強き者にお仕えするのは、獣人としてとても誇らしいことです。
ゼン様は私を家族だと言ってくれました。
そしてとても難しい使命をお持ちのようです。
恐らくは困難な道のりなのでしょう。
ですが、その道を共に歩んで欲しいと、ゼン様は私に仰いました。
思い返すは、先日のこと。
私の隷属道具をゼン様が外してくれたあの時のことです。
外して頂いたことは嬉しく思う反面、私はこれからどうすればいいのか考えました。もしかしたらお傍にいられなくなるのではないか、と。
私はまだ独り立ちできるような年ではありません。
ゼン様も勿論そうですが、解放されたとして、どこに向かえばいいのでしょうか。
ですが、シャレット様は私を家族だと仰いました、ここにいて、いいのでしょうか。
私は決めていました、外してもらった身で心苦しいのですが、ゼン様に隷属道具を私に着けて頂こうと。
思い返すは【大魔鬼化】したゼン様のお姿。
魔王というには、あまりにも美しく、神々しいまでの、力の化身。
あのお姿に、私は確かにゼン様の面影を見ました。
恐らくは<災害級>の魔物ですら遥かに凌駕するであろう、圧倒的威圧感。
心が震えました。
この方に一生、この身を捧げようと決めました。
昨日ゼン様はゾーク様と一緒に狩りへ行ったようです。
私も連れて行って頂きたかったので、とても残念に思いました。
ですが、シャレット様は「そもそもゾークが引っ張っていっただけ」と仰られておりましたので、ゾーク様が悪いのでしょう。
ゼン様は「作業をする」と仰って、さっさと部屋に篭ってしまわれたのです。
何をされるのだろうかと思いましたが、シャレット様は「魔道具を作るらしいわ」とのこと。
ゼン様はそのようなこともお出来になるのですね。
今朝、ゼン様はまたしてもやつれた姿でお見えになられました。
どうやらまた随分無理をされたようです。
狩りで無理をされたわけではないでしょう、昨日は戻られてもお元気そうでしたし。
何でも私のために新しい魔道具を作ってくださったとのこと。
私のために……。
ゾーク様とシャレット様がお帰りになられました。
魔物討伐をした後なのでしょうか、お二人とも武装をしておられます。
「ゼン様は今お休みになられてます、お二人が戻られたら起こすように言伝されていますが」
「そうなの?ネリーは何か聞いてる?」
「新しい魔道具を私に着けてくださるそうです」
それをお伝えした瞬間、シャレット様は愛用の杖を取り落とされました。
「え、ちょっと待ちなさい。魔道具でしょ?一日で?一晩で?」
「はい、一晩中かかりきりだったご様子でした」
「え?そんなに簡単に出来るものじゃないでしょ?魔道具でしょ?」
慌ててるシャレット様の気持ちはわからなくもありません。
熟練した魔道具作者でも、一つの魔道具を作り上げるのには簡単なものでも1週間はかかるそうです。
作り方までは存じませんが、一般的な奴隷用の魔道具でも1ヶ月はかかるものです。
高価なものだからこそ国で管理している面もあるのです。
「それでは、ゼン様を起こしてきますので、ゾーク様とシャレット様は居間でお待ちください」
「おう、頼むわ」
ゾーク様は私に返事をすると、何か呟いているシャレット様を引きずって居間へと向かわれました。
私はゼン様の部屋へ向かい、扉を叩きました。
◆◆
「さて、これから一応主従契約というものをするわけだけども、一応俺が作った魔道具の説明を簡単にしておこうか」
ゼン様は既に目覚めておられました、また何か作業をされていた様子でしたが、手慰み程度のこと、らしいです。
私はゼン様に居間でご両親がお待ちだとお伝えすると、ゼン様は手早く片付けて居間へと向かわれました。
ゼン様が作り上げたという魔道具を取り出すと、ゼン様はその説明を始めました。
「このチョーカーは[契約]っていう術式を刻んである。まあ契約の仕方は色々あるんだけど、今回は俺の血で術式をこのチョーカーに刻み付けたから、これにネリーが自分の血を垂らしてくれればそれで契約は成立だ。あとは俺がこのチョーカーをネリーに着けることで、ネリーは俺の「眷属」ってことになる」
「は?眷属ってちょっと……」
「私が、け、眷属に、なるの、ですか?」
ゼン様は事も無げに作り上げた魔道具の説明をされましたが、私も上手く言葉が出ません。
眷属、それは使徒とも呼ばれる存在。
肉体や思考ではなく、もっと深い部分で主従を定めることにより、主の力を眷属に与えることが出来るとされている。
言わば主の分身とも言える存在、それが眷属。
私がゼン様の眷属になる。
そのようなことが、人の身で可能なのでしょうか?
「まあ、ネリーがネリーでなくなるということはない、強制力は働かせるつもりはないし。眷属っつっても色々あるけど、今回の契約で行うのは「ネリーは俺を殺せない代わりに、俺の筋力・器用さ・素早さを最大10%ステータスに付与される」という内容。それでいいか?」
「そ、そ、そんな、ことが、可能なの?」
人の業ではありません、シャレット様の口が回らないのも仕方ありません。
ゼン様のステータスのうち10%を私が使うことが出来る。
それは、仮にそういうことが出来たとして、私のステータスが10%上昇するのとほとんど同じこと。いえゼン様の10%なのですから、それより遥かに上の効果でしょう、信じられない効果です。
そもそも私がゼン様を害することなど有り得ません、その前に私は死を選ぶでしょう。
「そんなにすげぇもん作れるお前がおかしいけどよ、そいつぁ俺達にはくれねえのか?いいことだらけな気がするけどよ」
ゾーク様の仰ることはもっともです、むしろ私でいいのでしょうか?
ですがゼン様は難しい表情で、こう言われました。
「今回のはそんなにすごいもんでもないし、そもそも眷属ってのは、「無意識な力」ってのが発動するんだ。主に不都合なことを「しないように」なるっていうものでね。何だろう、本能的にそうなるもんなんだ。だから一種の縛りになるっちゃあなるんだよ、無意識だから気付かないかもしれないけど、父さんや母さんにそういうことはしたくないかな」
無意識な力?しないようになる?よく分かりません。
「まあいずれ父さんや母さんにも相応のものを作るからさ。今回はネリーとの契約ってことで。さてネリー、俺はお前を俺の眷族にしたい、ネリーはどうだ?」
「な、なりたい、です」
「じゃあ、左手を出して」
私は震えながら左手を差し出します。
ゼン様は「少し切る、すまんな」と告げてから、短剣の先で私の人差し指を僅かに切りました。
微かな痛みとともに流れる血を、魔道具に塗りつけるようにゼン様は動かしました。
何か光った気がしましたが、私にはよく分かりませんでした。
シャレット様はその様子を見て、二歩ほど後ずさったのが見えました。
ゾーク様も僅かに顔を顰めたのが分かります。
「何なのその魔力……その魔道具、どうなってるのよ、ゼンが込めたんでしょうけど、収束率が尋常じゃないわ」
「俺でも分かるぜ、そいつぁ相当のモンだってな、人が着けても大丈夫なのかよ?」
私にはよくわかりません、とても大きな力を感じるのは確かですが。
「まあ、わからんでもないけど、ネリーにとってはこれは脅威じゃないよ。これはネリー専用チョーカーってトコだね。ネリー、少し屈んでくれ」
私はゼン様に言われるままに、その場に跪きました。
ゼン様は「まあいいか」と呟くと、私の首にチョーカーを着け始めます。
とても暖かい何かに包まれている感覚。
これがゼン様の力なのでしょうか……。
蕩ける様な何かが本能に訴えます。
ゼン様は私そのものである、と。
これが、眷属になるということなのですね……。
◆◆◆
「まあ、びっくりしたかもしれんけど、実際のトコ、そのチョーカーはネリーが外そうと思えば外せるんだわ」
「……それは、眷属になったって言えるの?」
アクセサリーとしておかしくはない、うん、なかなか似合うじゃないか。
我ながらいいデザインが出来たと自画自賛、アクセショップでも始めるか?
ちなみに母さんの疑問はその通り、これは眷属化といっても、限定的なもの。
「何を以て眷属とするかという定義は難しいんだけどね、使徒と眷属は別物なんだけど、その辺りは知ってる?」
「同じものじゃないの?」
魔道具はネリーに着けた時点で魔力の痕跡はほとんどなくなっている。そういう仕組みというか、込めた[契約]が発動した結果が魔力になって見えてただけだ。
母さんも魔力が消えたのに気付いたっぽい、素材が耐え得るギリギリの魔力量込めたからなあ。
【魔素吸収】が勝手に発動してるから、ぶっちゃけ使える魔術は全部使いたい放題だし、魔道具にも注げるだけイケるわけだ。
「えっと、使徒ってのは神そのものと言える存在で、本当に神の分身と言ってもいいんだけど、神の意識通りにしか動かないらしい、例外もあるみたいだけど、俺は神じゃないからさすがにそこまでは知らない。眷属ってのは、主従を決めることにより、主人の能力を従者は限定的に使えるというだけ。すごいことに感じるかもしれないけど、ただそれだけなんだよね。スキルとかまで使えるわけじゃないから。あと無自覚な影響が出たりするから……」
神の使徒は、本当にその神のステータスを持っているのだと言う、実際には7割くらいらしいが。
それに対して眷属は、主人に不利を働かないという代わりに、眷属にステータスの一部を与える、というもの。
この「主人に不利を働かない」というレベルについては、ある程度[契約]に盛り込めるのだが、俺は単純に「主人を殺せない」というものにした。
ただ、これがネリーの意識にどういう影響を与えるか、というのはちょっと読めない部分だ。
魔術への理解が高ければ、[契約]の術式を使うことで行使することが出来る。ただし、個人同士で行うのは人の身では難しいだろう。
何しろ相当高い魔力に加え、それを出力し続ける絶対的な魔力量が必要になる。
俺個人の魔力は、まあ常人のそれよりは余程高いものの、まだ母さんには及ばない、時間の問題という気もするけど。
それ故に、俺は無限とも言える魔力量で出力の低さを補い、それを魔道具に刻み付けた、というわけだ。
まあ、これを理解してもらおうとは思わない。
それに眷属は無限に増やせるわけでもない、ネリーが魔道具を着けている間、俺の魔力は減少するのだ。
今回は10%なので、俺の魔力が今100程度だとしたら、90程度まで低下しているはずだ。あくまで「最大10%」であり、「筋力・器用さ・素早さ」に限定しているため、単純に割合分低下するわけではないのだが、だいたいそんなところだ。
今の体で行使出来る「眷属契約」は多分いいところ2人か3人か、それくらいだろう、しかも魔道具を介さないと無理っぽいし、「5%」くらいになるだろう。
例えばヴァニスのような3万近い魔力を誇れば、眷属に付与出来る最大値「30%」を10人くらいに付与しても、大きな影響はないのかもしれないが。
「で、ネリー、気分はどうだ?」
「……にゃんとにゃく、ゼン様の言ってた意味がわかったにゃ」
ネリーは跪いたまま動かなかったので、何かあったのかと思っていたが、返事ははっきり聞こえた。
そこまで大きな影響はないと思っていたが、ぶっちゃけ眷属になって本人にどういう影響が出るか、意識レベルでは分からんのだ。
「泣いてるのか?」
俯いたネリーの表情は見えないが、零れ落ちる水滴は俺にも見える。
悲しいということでは、ないだろうと思う。
「嬉しいにゃ……」
まだ顔は上げない、恥ずかしかったりするのかな。
まあ泣き顔なんて見られたくないだろうし、俺もそんなに見たいものではない。
「何か変わったこととか、ないか?」
ネリーは俯いたまま小さく首を振った。
今のところ、おかしな点は、ないのだろうか?
手を差し伸べようとした時、「ゼン」と母さんに声をかけられた。
そちらを向くと、母さんは視線を外へ向けた。
「しばらく、そっとしてあげなさい。混乱……ってわけじゃないけど、ちょっとしたら落ち着くわ。ゼンは部屋に戻りなさい」
「……うん、分かった。ネリーのことはよろしくね」
そう言われれば否はない。
多少心配だが、何か悪影響が出ているという感じはしないし、母さんに任せておけばいいだろう。
「あ、母さん、ネリーに触れる分にはいいけど、チョーカーには触れちゃ駄目だよ、感電するから」
俺かネリー以外が触れると、チョーカーから電撃が走るようにしてある、まあ死ぬほどではないので大丈夫だろう。
ちなみに他にもいくつか機能があったりするのだが、まあそれはおいおいでいいか。
父さんと一緒に俺は居間を出た、母さんとのアイコンタクトがあった模様。
「ゼン、どんなモンが作れるか教えろや」
「そもそもどういう素材があるか次第だなあ、素材はあっても器具がないし……」
などと話しながら、俺は居間を後にした。
◆◆◆
「ネリーの望みは叶った、ということでいいのかしら」
「そう、ですね。すみません、シャレット様」
「謝ることはないわ。気分はどう?」
私はネリーが落ち着くのを待って声をかけた。
ネリーから感じたものは、圧倒的な「歓喜」。
流石に気分までは分からないけれど、少なくともこのとんでもない魔道具がネリーを苦しめているということではなさそうね。
無自覚な影響、というのがこれのことなのかしら?
「えっと、気分が悪いということはありませんね。このチョーカーは、とても暖かいです」
「そう、ゼンから触っちゃ駄目って言われてるから、触れないけど」
「いえ、その。チョーカーが暖かいというよりは、何か魔法がかかってるみたいで……」
魔道具なのだから魔力を感じるのは当然よね、と思ったけれど、どうも違うみたい。
「ゼン様の力は感じます。けど、そうじゃなくてですね、治癒魔法が常にかかってる気がするんです」
「えっ?」
治癒魔法の常時発動?まさか……。
「[治癒活性]?」
「はい、多分、そうです」
私は眩暈を覚えた。
[治癒活性]は治癒魔法の中でも中級レベル、私でも使えるもの。
回復を早めるという魔法なのだけど、それほど使うものじゃない。
即効性はないし、効果が出ている間に別の魔法を使ったら効果が止まる。
せいぜい体力の回復を早める程度にしか使わないのだけれど。
「それが常にかかっている、となると……凄すぎない?白銀貨何枚出せば買えるレベルなのかしらね」
本来治癒魔法のかかった魔道具は「消耗品」として魔法札に入れておくのが精一杯。
[治癒活性]に至っては魔法札ですら存在を聞いたことが無い。
それが常にかかっている装備品なんて、ステータスの付与以上だわ……。
使い勝手の悪い[治癒活性]でも、その効果が使い捨てではなくて、永続効果。考えるだけでも恐ろしいわね。
「でも、それだけじゃない、と思います。多分、[身体強化]もかかってると思います」
「[身体強化]!?[腕力強化]とかじゃないの!?」
「動かしてみないと、分かりませんけど」
[腕力強化]や[速度強化]がかかっている魔道具は、ある。
とても高価な装備品で、私たちもここ一番にしか使わない装備。
しかし[身体強化]は、極めて難しいとされていて、付与魔法として最高級の難易度を誇る。
さらにそれを魔道具に込めるなど、そういうことが可能なのかしら?
それこそ<災害級>の魔石でも込めれば不可能ではないかもしれないけど。
これだけでも有り得ないのだけれど。
「これ以上の魔道具が、あるのでしょうね」
ゼンの中では、これは作れる最上級の魔道具ではないのよね……。
恐らくゼンは古代道具を作っているのだろう。少なくとも私たちの知る魔道具でこれほどのものは有り得ない。
前世はどうなっているのやらと思ったが、使命を持って産まれて来る子だ。やはり普通であったわけはないのでしょうね。
◆◆◆
「ゼン、ネリーの首輪に、[治癒活性]と[身体強化]がかかってるのは分かったけど、他に何がかかってるの?」
「[治癒活性]はその通りだけど、[身体強化]なんてかけてないよ?」
「でもネリーは明らかに身体が強化されてるわよ?」
「多分あれだね、認識が違う。俺が施した術式は[身体強化]なんてもんじゃないよ、ただの[強化]」
「えっ?」
「いやだから、[強化]っていう術式をかけたの。まあ効果はお察しレベルなんだけどね。[強化]がかかってるから、多少魔力なり何なりまで上がってると思うけど?」
「[強化]って何を[強化]するのよ、全部なの!?」
「[身体強化]に比べれば難しい術式にはなるけど、まあそのまんまの意味。全部といえば、うん、全部かな。(厳密には運や魅力は上がらないけど)」
「私たちの使っている魔法って何なのかしら……魔術って凄すぎるんじゃない?」
「魔術も魔法も出る結果は一緒だけど、効率の問題だね」
次は3/28 12時予定です




