【幕間】シャレット
私の名前はシャレット。
見た目は20歳そこそこに見られるのだが、実のところ28歳。
ギリギリだ。
そろそろヤバいかも、と最近思い始めた。
というのも、子供の頃から一緒に居る男が、いつまでたってもこっちを向いてくれないのだ。
私は魔族の父を持ち、エルフの母を持つ。
種族としては、エルフだ。
エルフは基本的に森から離れない。
そんなエルフの里にたまたま行き着いた魔族の父が、母と恋に落ちた。
母も里を出たいと思っていたようで、二人は駆け落ち同然で里を出た。
森から離れるのは容易ではなく、色々大変だったそうだ。
ほどなくして私は産まれた。
小さな頃から魔力が高く、先祖返り並と言われた。
魔法の才能に恵まれた私は、洗礼で「ダブル」であるとされた。
両親は私が政治材料にされかねないと危惧していたが、国王様から直々に言葉を頂いた。
「ダブルであろうと無理にとは思わん。無理強いはせぬ」
その時はあまりピンと来なかったのだが、国王様直々のお言葉、というのは大きな意味があったと思う。
それから学園に入学したのだが、その時に出会ったのが、私の隣で寝ている男だ。
◆◆◆
「俺と一緒に戦ってくれねーか?」
「私と組みたいの?」
「ああ、俺一人でもやっていく自信はあるが、それじゃアタマは取れねえ。俺は強くなりてぇんだ」
学園のカフェで私は一人お茶を飲んでいた。
そこに現れたのが目の前の男だ。
この男は学園でもちょっとした有名人だ、名前くらい私も知っている。
男は私の目の前に現れると、パーティを組んでくれ、と言い出した。
「アナタ、単独でしか動かないんじゃなかったっけ」
そう、この男は、学園に入学して以来、誰ともパーティを組んだことがないことで有名なのだ。
そんな男が私に対してパーティの誘い、何故?
「せめて同級トーナメントで優勝しねえと、アタマ取ったっていう証明にはならねえだろうがよ」
男は鼻を鳴らす。
何とも無謀なことを言い出す男だ。
なかなか面白い。
同級トーナメントとは、最大4人で構成されたパーティ同士の模擬戦だ。
学園の入学した年の同級生同士の戦いであり、そこで優勝したパーティはその年代において「最強」とされる。
同級生最強=強い、というのがこの男の理屈なのだろうか。
「私は興味ないわね」
言い寄ってくる男は、いくらでもいた。
それらの男よりは確かにこの男は強いだろうが、馬鹿に付き合うつもりはない。
そもそもトーナメントに出るつもりすらない。
そう言って、会計へと向かったのだが、
「待てよ、俺も困ってんだよ。お前もそうじゃねえかって思ったから話しかけたんだよ」
などと言い出した、何を言っているのだろうか。
「お前、3ヶ月後に戦闘クラスが再編されるって知ってるか?」
「何のこと?」
「戦闘クラスは3年期生、まあつまり来期の俺らだけどよ、最低でも一度はパーティで実績作らないと退学になるんだとよ」
はあ?
どういうことよそれ。
一人で活動する戦闘職なんていくらでもいるわよ、何で今更そんなことになったのよ。
「俺も困ってんだよ、目ぼしい相手っつーかよ、俺みたいにパーティを組んだことの無い同期なんて知らねーんだ」
「ああ、だから私に声かけたの?」
同じ境遇だもんね。
「そうなんだよ、形だけでも組まなきゃならねーし、あんたは俺と同じ単独主義だろ?」
「確かにそうね、後腐れもなさそうだわ」
私も入学したと同時に冒険者ギルドに登録して、一人で活動してきた。
同期は顔色を伺ってくるような連中ばかりでつまらないし、大人も両親にそう信用するなと言われていた。
私には、見えないものを見る力がある。
神殿の鑑定士からの[鑑定]を受けた時のことらしいが、私が固有能力持ちだと知られた時には大騒ぎだったそうだ、王族で引き取るべきだという主張も多くあったそうだ。
私のスキルは、【半魔眼】というスキルである。
半分とはいえ【魔眼】と付いたスキルであり、真偽を見極められると思われたものだったが、「明らかな嘘」も半分程度しか見極められない、という実験結果を知り、世界に強く影響を与えるものではないという判断がなされたそうだ。
この実験については、あまり詳しく覚えてはいない、色々話をされた、という認識くらいだ。
ただ、成長していくにつれて、【半魔眼】というスキルは、【魔眼】との違いが自覚出来るようになってきた。
「見えないものを見る」という効果。
探ろうとする意識をする必要はあるが、相手の嘘を見抜くというより、相手の感情が見える、というものだ。
何が違うかというと、【魔眼】を持っているわけではないので断言は出来ないが、「嘘をついている」ことが分かるのではなく、「嘘をつこうとしている」ことが分かるのだ。
感情が見える、というのはそういうことだ。
私と組みたい相手は、「私を利用したい」という感情を込められた言葉ばかりだった。
目の前の男が信用出来るというわけでもないが、初のパーティくらい同期と組んだ方がいいかとは思う。
何かしらの実績、というのであれば、ペアでトーナメントに出ればそれで済むだろう。
ただこの男、実績云々というよりも…。
「流石に4人相手に1人で勝ちぬけられるとは思わねーよ、でも俺は強い。お前も強い、そうだろ?」
そう言って男はニヤリと笑う。
彼は彼なりの打算を持って私を誘おうとしている、しかしそこに「利用」といった、マイナス感情は感じないのだ。
群れるつもりはない、だが負けるつもりもない、ということか。
【半魔眼】による彼の感情は、とてもシンプルなものだ。
あるのはただ一点、「強くなりたい」という欲望だけ。
余計な感情は、ほとんど見当たらない、彼にとっては私は「残り物で、強いっぽい」モノらしい。
これで本音を隠しているのであれば、私のスキルが通じていない、ということになるが、そんな感じはまるでない。
この私を残り物扱いとは、いい度胸じゃない。
「いいわ、パーティの動きなんて練習するつもりはないけど、アナタと一緒に出てあげる」
負けたくないんでしょ?そう言うと、彼は豪快に笑った。
「出るからには優勝だ、それ以外はありえねえよ」
彼は自身を指差し、自分の名を告げた。
「俺の名前はゾーク。冒険者のクラスとしちゃ、まだCクラスだが、いずれはSSクラス冒険者になる男だ。目指すのは最強だ」
馬鹿な男ね、名乗りも馬鹿っぽい。
でも、シンプルで分かりやすいわ。
もし途中で余計なことを考え出したら、その時は即座に見切ってやろう。
「知っているでしょうけど名乗りましょう、私はシャレット。「賢者」シャレットよ」
◆◆◆
「思い出すと物凄く恥ずかしい……」
出会いを回想してみたのだが、学園時代は私にとって黒歴史だ。
この馬鹿からすれば、いい思い出なのかもしれないが、私はそれなりに現実を見ているつもりだ。
正直そろそろ落ち着きたい、というのが本音なのだ。
ちなみにスキルは途中で馬鹿らしくなってきて、最近は他人にしか使っていない。
この馬鹿の考えていることは、常に単純で、ストレートに物事を言ってくる。
一直線すぎてフォローする側にいつの間にか回ってしまった、まあ、その在り方は不快なものでもないのだが。
エルフの血筋が強いせいか、私は見た目と年齢が人間族のそれとは異なる。
魔族もエルフも長寿人種であることから、私もそれなりに長く生きられるとは思うのだが、冒険者として活動出来るのはあと10年くらいではないかと思う。
人生設計を考えると、そろそろ拠点を作りたい。
率直に言えば、子供が欲しい。
私はこの馬鹿が好きだ。
この馬鹿も私を好いていてくれているようだ。
ただ、好きでいてくれている、というだけなのだ。
この馬鹿は恋愛感情とか、性的行為とかに全く興味を持たない。
かれこれ10年以上一緒にいるのに、そういうところを見せたことがないし、そういう感情も見たことが無い。
女として見て欲しいと思ったことが何度あることやら。
デリカシーもない、宿屋で着替え中にノックもせず部屋に入ってくることなんてザラだ。
ただ、まあ、頼もしい存在では、あるのだ。
今更他の男と、なんてことは考えられない。
「はあ……」
何度目かのため息。
この手のため息はあまりにも吐きすぎた。
自分で言うのもなんだが、それなりに見られる顔立ち・体つきはしていると思う。
人間族の美的感覚にはセックスアピールとして十分だろう。
ドワーフ族辺りからすると、少しばかり身長が高すぎるかもしれないが。
エルフにしては、割といいサイズの胸を持ち上げてみたり……
「おはようございます、と言いたいのですが」
飛び跳ねて片方の隣を見る。
「ネリー起きてたの?」
そこにいるのは、猫耳を付けた少女、ネリーが立っていた。
歳の割にはしっかりしている子だ。
彼女の名前はネリー。
私たちが保護している獣人族の子供だ。
本人曰く、今6歳であるらしい。
「寝ていた方がよろしかったでしょうか、この時間に起きるように指示されたのですが」
「そうだったわね、ごめんなさい」
この子は奴隷である。
マスターはゾーク、ということになる。
ただ、買ったわけでもないし、貰ったわけでもない。
犯罪調査のクエストで違法な奴隷商を処罰することになったのだが、その時に成り行きでゾークの預かりということになったのだ。
調査の結果、この子は正当な奴隷ではないと判明、本来は解放される予定だった。
他にも何名かそういった子がいて、解放することになったのだが、この子に付けられた隷属道具が外れなかったのだ。
本来の奴隷に付けられる正当な魔道具ではなく、恐らく古代道具ではないかというのが専門家の見方で、外す方法が見つからなかった。
さらに、持ち主である奴隷商が死んでしまったため、最初に保護したゾークがマスターとして道具が認識してしまったらしい。
そういった経緯があり、今は行動を共にしている。
「シャレット様、マスターのことでお悩みかと思われますが」
「んー、今更って感じもするし、そろそろって感じもするし?」
「考えすぎるというのもよくありませんよ?時には単純な方法も有効かと思われます」
獣人らしい思考だ、と馬鹿には出来ない。
ネリーは純粋な獣人族だと聞いているが、その中でもネリーのような猫人族は、下手な人間族よりよほど知恵が回る。
別に獣人だからといって知恵が回らないこともない、ただ少しばかり本能に忠実すぎる人種なだけだ、もっともそれほど人数はもういないのだけれど。
実際のところ、ネリーは柔軟な思考の持ち主で、年齢に沿わない精神性を持っている。よく気が回るし、戦闘もこなせる。
奴隷という身分が邪魔なのだが、一角の人物になれる十分な素質がある。
だが、本人は奴隷であるという自覚を持ちつつ、それを自身で貶めるようなことは全く言わない。
少なくともそう思っているという感情は、スキルでも把握できない、自分が奴隷であることを気にすることはないようだ。
一応はゾークのために、という基準を持っているようではあるが、
「マスターは単純ですけど、よくしてくれています。何よりお強いです。強い者に従うのは私たちの本能みたいなものですから、あまり考えることはありませんね」
行動も感情もこの言葉に収束される、と私は結論付けている。
しかしネリーはここで終わらない少女でもある。
「だから同じくらいお強いシャレット様は、早くマスターを落とすべきです。その子供を私がしっかり育てて、お仕えしたいのです」
これなのだ、しかも本気でそう思っているのだと分かる。
ただ、こういう主張を、御主人様にもしてくれるのは、一種の援護射撃にはなっている、かもしれない。
それでもその気になってくれない馬鹿に、そろそろ苛立ちも感じているところでもある。
私も、そういう経験は、その、いまだに無いのだが。
「シャレット様」
「なに?」
「今、マスターはお休みですよね」
「そうね、飲み過ぎたのかしらね、起きる気配もないわ」
何やらネリーは悪い顔をしている、不穏に思った私はスキルを発動させる。
良くないことを考えている、だが私にとって本当にこれが良くないことなのか、もう少し聞いてみないといけない。
「シャレット様は、マスターと一緒にお酒を飲んでましたよね」
「うん、まあ、そうだけど?」
「それを注いでたのは、私なんですよね」
そんなこと意識していないので私には分からない。今のネリーの感情から読み取れるのは「悪巧みをしました」、というもの。
「……何が言いたいのかしら」
「頂いたお小遣いで、マスターのお酒にちょっとした薬を混ぜてみました。それほどおかしなものではないですよ?マスターを害することは禁止事項ですから」
ネリーの笑みが深くなる、本当に6歳なのだろうか。
ちょっと寒気がしてきた、一体どんな薬を飲ませたのだろうか。
害するという気持ちは全くないことから、毒だとかそういうモノではなさそうだ。そもそもマスターに害する行動など出来ない、という隷属道具があるのだから当然だろう。
「マスターはそれに気づいてません。余程の事が無いと、起きないでしょうし、起きても酔いは覚めないでしょうね」
「何が、言いたいのかしら?」
二度目の台詞に声が震える。
「私は指示通り起きました。そしてサブマスターのシャレット様から指示を受けて、外で見張りをするように言われました。それだけです」
悪魔の囁き、そんなフレーズを思い浮かべる。
何をしてもいいんですよ、と本能に告げてくる。
これはスキルでは感じ取ったものではない、と、思う。
「シャレット様がこれから何をされるか、ということは分からなかったのですが、予定した見張りの時間を過ぎたのでここに戻りました」
ネリーは「今から何が起きるか知らないし、知ったときは既に事が済んでいた」と、そう言いたいようだ。
「そこで私が見たものについては、マスターに報告するつもりです。「何があったのか」という説明をするつもりです」
「……つまり?」
「先ほども言いましたよね、時には単純な方法も有効かと、と」
つまり、そういうことを、言っているわけだ。
ネリーの顔は、もはや悪魔の笑みそのものだ。
もはやスキルで見るも必要は無い。
「マスターは単純です、優しいです。だからこそ、そこに付け込むのです。弱点を責めるのは、戦いの基本です」
これはもはや戦いだ、と言っているのだ、と理解する。
「私はシャレット様に何も言いませんでした。マスターのためにも、そこだけは守って頂ければ、そういう協力をすることが出来ます」
これは誘惑だ。だが、確かにこうでもしなければ、「その気」になってくれないかもしれない、というのも実感している。
はしたないと思われるかもしれないが、馬鹿はそんなことを思わないのではなかろうか。
色事にも初心なのは分かっている、もちろん自分もそうだ。
だが、残る痕については、流石に分かってくれるのではないか?
責任を取ってくれる可能性は、高い。
それを切っ掛けに落ち着く拠点を提案する。
初めて同士で子供が出来るとは思わないが、拠点さえ出来れば、早いうちに子供を宿すことは不可能ではない。
エルフの妊娠時間は半年程度、産まれて来る子供の成長速度については、鬼人族・人間族・魔族・エルフ族という約4混血ということになり、予想は付かないが……。
「決まりましたか?」
「……ええ、それじゃあ外の見張りに立ってもらえるかしら」
「了解しました、ご武運を」
最中に起きると思います、という思いが伝わってきた、余計なお世話だ。
そして私は、行動を起こす。
◆◆◆
ゾーク達は、近くの1000人ほどが住む村に拠点を求めた。
近くには3万人程度が住む町もある。
歩いて2時間ほどの距離があるが、馬や馬車も用意した。
町内ではないにしろ、生活には困らないだろう。
ゾークはネリーに家事を指示し、家を守るように「命令」した。
「命令」しないと、互いに一定の距離を離れることが出来ないのだ。
ゾークにはゾークなりに美点がある、小さな女の子に金を稼いでもらうつもりは毛頭ない。
「家族」を養うのは家長の仕事だ。
(俺はこいつらを幸せにしなきゃいけねえ、最強への道を諦めたワケじゃねえが、俺にだってそれより大事なモンがあるってこったな)
ゾーク自身の欲は「強さ」という一点に注いできたつもりだったが、共に行動してきたシャレットは元より、ネリーについても思いのほか大事な存在だったようだ。
SSクラス冒険者という、「最強の称号」はこれで遠ざかることになるかもしれないが、「家族」より大事なものだとは思わなくなってきた。
あの日から、「欲しいモノ」は変わっていないつもりだが、「失いたくないモノ」は既に近くにいたのだ、とゾークは自覚した。
「じゃあ行ってくらあ」
「いってらっしゃい、稼いで来てよね、蓄えもそれなりにしかないんだから」
「分かってるさ、コイツの分まで稼がないといけないからな」
「落ち着いたら私も手伝うから」
シャレットが妊娠した。
「いつ」というのは分からないが、もしかしたら初めての時だったかもしれない、とシャレットは思う。
エルフは妊娠発覚までに必要な時間は短いのだ、1ヶ月もあれば何かしらの兆候は出てくる。
ゾークは戸惑ったが、新しい「家族」が出来ると理解すると、これ以上なく喜んだ。
ネリーに「家族を養うのは男の甲斐性ですよ」と言われると、やる気に満ち溢れてくる。
蓄えはそれほど多くないが、Sクラス冒険者であれば仕事などいくらでもある、これからは金優先で仕事をすることになりそうだと思う。
シャレットはゾークの変化を感じ取っていたが、それは喜ばしいことだと思う。
この子を無事に産み、新しい生活が始まるのだ。
複雑な混血種として産まれて来るであろう子だ、聞いた話では出産時は凄まじく苦労するかもしれないが、何としても産むのだと決意する。
ネリーは強い両親の子だ、とても鍛えがいのある子が産まれるに違いない、と期待した。
シャレットが付きっ切りになるのは難しいだろう、子供について面倒を見るのは自分の仕事になるだろう。
色々なことを教えよう、一緒に修行もしよう、そしていずれは共に戦うのだ、さぞかし楽しい毎日になりそうだと期待する。
ゾーク達の拠点生活が始まり、それからおよそ5ヶ月後、出産の時が訪れる。
第一部完!
第一章はプロローグみたいなもんです。
次回から本編開始ということになります。




