3 望まれた異世界召喚
「おぉ、勇者様!」
鼓膜を叩いた声は、クラスメイトの誰のものでもなかった。
誰の声だ?
その疑問が頭を叩き、焦っていた頭をリセットする。とりあえず、もう光は収まっているだろうと思い、僕は目を隠していた手を下ろし、辺りの光景が目に入る。
その瞬間、再び頭が混乱を起こし……一瞬で覚める。
どっからどう見ても教室じゃないぐらい広い空間に、真っ赤で綺麗な絨毯。白い壁は大理石だろうか。
丁寧に長い時間をかけて磨かれたのが分かる、滑らかな光沢を持つ壁に各場所に置かれている不思議な石造。柱は、どこかのお城のように絵みたいなものが彫り込まれていて、観惚れてしまうような美しさがある。
おおよそ、現代の日本ではお目にかかれないような光景。いや、ここまでの絶景は外国でもほとんど見られないだろう。
「ど、どこだここは?」
「机は?イスは?」
同じように、目を覆って渦埋まっていたクラスメイト達が目を開けて戸惑っている間にも、僕はこの空間の観察を続ける。
さきほどまで感じていたイスの硬さは完全に消え、少しだけふんわりとしている絨毯の感触だけが手に響いている。上には、宝石などがふんだんに使用されているであろう照明、シャンデリアがこの空間をこうこうと照らしている。
一か所の壁には色とりどりのガラスで作られたステンドグラスが飾られている。
上の方ばかり見ていた視線を、僕は声のした下に向けるとそこには両手を胸の前に組んで、神でも見ているように跪いている人々が見える。白色と金色でできている法衣を身に付け、何やら長い杖が横に横たわっている。たしか、錫杖という物だったはずだ。
ここまで、調べたところで思考はようやく固まりこの状況の答えが出せてくる。
どう見ても、僕らがさっきまでいた日本でもなく、テレビ番組のどっきりにしては手が込み過ぎている。こういう事を起こせる現象はただ一つ。普通では考えられない事だが、これしか思いつかない。
どうやら……異世界召喚とやらをさせられたようだ。
創作物などでよくある、日常生活から急に異世界に呼び出され、勇者として祭り上げられる物だ。昔は、憧れてこんな事があったらいいなと思いながらいろいろな物を読んでいたから、知識は豊富だ。日常の方で死んで、別の世界の別の体に入る転生というのもあったが、自分の体を確認しても何の代わりもないことから、これは違うだろうと決定づける。
心の中でワクワクが増え、期待感で胸がいっぱいになる。
大抵の創作物では、チート能力を得て嫌な奴をぼこぼこにしたり、現代知識を応用して無双をしていたりしたから、これまでいじめられてきた生活も改善されるかもという希望が顔を出す。
これ幸いに、現代知識は厨二病時代に培った銃器や政治の知識、その他兵器の作りや、便利道具の作り方が頭の中に今も詰め込まれている。日常の中では材料が手に入らなくて作れなかったものが多いけど……もし、ここが本当に異世界だったら作れるかもという希望がわき出てくる。
「ここは……どこですか?」
先生の戸惑ったロリ声に、僕の加速していた思考が一気にさめる。思考が一人走りしてしまったけど、もしここが異世界でなかったら全くの無意味になってしまう。元の世界への未練はほとんどないに等しいから、ここが異世界だという事を僕は願い続ける。
「よくぞいらっしゃいました。勇者様方。そして、ようこそ我が世界へ」
先頭に跪いていた、一番綺麗な法衣をまとっていた老人がしっかりとした声を出す。この言葉で、クラスメイトはさらにざわざわとしだすものの僕は、隠れてガッツポーズをする。
やった!
歓喜で万歳をしたくなるものの、空気を読んで押しとどめる。とりあえず、冷静に一つ一つの事を確認すべきだろう。僕らは、何のために召喚されたのか。この世界のルールはどんなのか。そして、僕らの世界とはどういう違いがあるのだろうか。
「とりあえず、突然こちらの世界に来た事に驚いているでしょう。とりあえず、こちらのイスにお座りください」
老人に勧められるまま、僕らはイスに腰掛けていく。よく、ファンタジーの世界にある長作りの机で四隅には綺麗な装飾がされている。真ん中には、いくつかの灯篭が立てられていて、机の上をゆったりと照らしている。半透明の器からでる光だが、中に燃料となる液体が入っているようには見られない。蝋燭みたいなものが立っているわけでも、電気を使っているわけでもなさそう。残された可能性は……魔法。
魔法という物に、さらに興味がわいてくる。今のところ、本当に存在するとは限らないが存在していたら本当に楽しみだ。
そう思いながら、周りを見渡す。さっきは、見落としていたが、いろいろなところに絵画も飾られている。剣を握った勇者の絵や、杖らしきものを掴んで戦っている絵だ。
僕が周りを念入りに観察している間、他の男子達は、ある一点を凝視していた。その目線の先は、メイドだ。あっちの世界にいた、エセメイドでもなく、ガチのメイドだ。しかも、美人と来た。僕は、そんな事より状況を確認する方が重要だったのであんまり見ていないが、男子達が、女子達から絶対零度の視線を食らっているのは確認できる。
女子の前でそんなに凝視していたら、ばれるってのに……
半ば、呆れながら他の観察を僕は進める。メイドは、僕らの世界であきるほど探求した。メイド喫茶にも行った……でも、そこで出た結論はただ一つ。
メイドは二次元に限る!
こっちの世界のメイドも悪くはないと思うのだが、凝視するほどではない。でも、後でいろいろとメイドの仕草などを聞いておこうと心に誓う。細かい作法とか聞いておけば、いつか役に立つ日が来るかもしれない。
たぶん、絶対にないけど。
自分で考えた事を自分で否定していると、少しばかりざわざわとしていた空間を切り裂くように、老人は声をだした。
「他の世界から呼び出されていて混乱しているところだと思いますので、一つずつ説明させて頂きます」
しっかりとした声は端っこにいる僕のところまでしっかりと届いた。ざわざわとしていた空気は一瞬で静まり返り、老人に全員の視線が向かう。
「申し遅れました。私、最高司祭のヒェライと申します。この度は、ユステ神の手によってあなたたちはここに召喚されました」
予想通り、ヒェライさんは偉い人のようだと思いながら、僕は、ヒェライさんの一挙一動に目を配る。異世界召喚された場合にとくある対応は、神の様に最高の待遇をされるか、奴隷の様に強制的に扱われるかだ。
怪しい挙動をしたら大声で叫ぼうと僕は心に誓い、とりあえず気になった事を質問しようとする。
「すみません、ユステ神って誰ですか?」
僕は、喉を全力で使って叫ぶように質問を投げる。ここまで大きな声を出したから届いているであろう。
「ユステ神とは、この世界のただ一人の神で、至高の存在です。この世界を創り、制御している神でもあります。この度は、人間族の滅びの危機だという神託があり、あなたたちは召喚されました。この世界を救うために」
狂信者の様なセリフがまぎれていたのは気のせいかと思いながらも、僕は最後の一言に高揚感を隠しきれない。
「あなたたち全員に、ユステ神は強力な力を授けたと言っておりました。そこで、あなたたちには私達、人間族を救うために戦っていただきたいのです!」
決め台詞の様に、言い切ったヒェライさん。その場の空気は、期待か、それとも現実を受け入れられない物の嘆きか、凍りついたように動かなかった。
「た、戦いって……」
唖然とした声だけが空間の中に響き、自分の高揚していた感覚も一気に冷めていく。僕らは、平和な日本から来たのだ。いきなり戦いとか言われても戸惑ってしまうだけである。
「戦いは、戦いです。この世界を支配しようとしている魔王をあなたたちには倒していただきたいのです」
冷静に言ったヒェライさんに、食ってかかる人が一人。愛香先生だ。
「ふざけないでください!まだ、子供なのに戦いなんてできるわけないじゃないですか!しかも、そんな危険な目には合わせられません!先生は絶対に許しませんよ!速く元の世界の戻しジュエ!」
威厳あるところを見せようとして肝心なところで噛んでしまった先生に他の生徒たちは、笑いをこらえるのに必死になっているようだった。「あぁ……先生が頑張りすぎちゃったから……」という子供を見る様な視線が先生に集中するが、僕はそんな場合ではなかった。
あのヒェライさんのにがにがしそうな表情……
頭の中にひとつの可能性が浮かび上がる。どの創作物も、この前提があって成り立っていた。念のために僕は、ヒェライさんに質問を再び投げかける。
「魔王を倒さないと……元の世界に戻れないという事ですか?」
「なっ!?さすが異世界からの勇者様。既にご存じの様で」
ヒェライさんの肯定の一言で、愛香先生のおかげで暖まった空気も一瞬にして時が止まったように動かなくなる。だが、静寂は突如にして破られた。
「か、帰れないってどういう事だよ!」
八百万が震えた声で叫ぶ。相当慌てているようだが、今、喚いてもどうしようもない。
だが、そんな事は他のクラスメイトには分からないようで、あちらこちらから怒号が飛び出してくる。
「ふざけんなよ!」
「そんなのはお前らが勝手にした事だろう!早く元の場所に返せ!」
「戦いで死んだらどうするのよ!」
状況を中途半端に理解したクラスメイトが、混乱に陥りながら喚き散らしている。僕は、今の状況を正確に判断するために動いていない。
こんなところで喚いても意味がないのに……
別に、元の世界に未練があるわけでもない。異世界なら、美味しいものもあるだろうしこちらの方が楽しそうだ。魔法などがあれば、もっと面白そう。
そんな事を考えていたら、突如ゴツンという音が響き渡る。
なんだ!?
驚きのままに、僕は音をした方を向く。すると、そこには机に頭を押しつけているヒェライさんがいた。
「しかし、全ては神が行った事なのです!私にはどうしようもございません!」
誠心誠意の謝罪とも見えるそのしぐさに、紛糾の声も一旦収まる。まぁ、人に責任を押し付けたように聞こえるセリフへの呆れが少し、予想以上の謝罪への戸惑いが大半というところだろう。
責任を押し付けたように感じたのは、見渡す限り僕と涼香とリナだけだろう。二人は、ヒェライさんには少し冷たい目を向けているように感じた。
「なんなら、この世界……救わない?」
突然の発言に、空気の流れがガラリと変わる。この声は……慎太だなと感じた。こんな事を言うやつは慎太しかいないのだが。
「まず、ここでヒェライさんをせめてもどうしようもない事だとうと思うよ。今更、どうにもできないから。それよりも、僕らには力があるんだよね。それを世界の為に使うのが常識なんじゃないの?しかも、困っている人を見捨てるというのかい?僕は戦おうと思うよ。この世界の為にも。この世界を救い終わったら神様も元の世界に戻してくれるだろうし」
長い、慎太の演説を耳にして、僕は正論だと思った。だが、それと同時に危険な発想だとも思った。
確かに、ここでヒェライさんを責めてもどうしようもない。困っている人を助ける事も大切だろうと思う。だが、この話に乗ると戦いに強制的に参加することになるだろう。場の空気が参戦に染まると、戦いに慣れていない人でも駆り出され、死を迎える可能性だってある。
まぁ、今回の場合は僕は賛成するとしよう。このまま、否定してもなんの意味もない。
「神も、救世主の願いを捨てる事はないでしょう」
「なら僕は、世界の為に、みんなの為に戦う!」
手を真上に突き出し、かっこつけて慎太はいう。普通なら、あらぶっている変な人と思われるような行動だが、慎太がやるとしっくりくるのでムカついてしまう。
「お前だけに行かせるかっての!」
「私もやる!」
慎太のカリスマ性にひかれたのか、どんどんと参加表明が出て、あっという間にほぼ全員が立ち上がって参加の意思を示している。
これはやるしかないかな……
最初から絶対に参加すると決めていたが、僕はもったいぶって最後まで座っていた。ゆったりと腰をあげ、最後に参加表明をする。
先生は、「戦いなんてだめです!」という感じにぷりぷりと怒っているが、だれの耳にも入っていないようだ。
「ありがとうございます!勇者様方!」
大げさかと言いたくなるぐらいの量の涙を机の上に垂らしながら、ヒェライさんが感謝の言葉を口にする。
結局、全員が戦いに参加する事になったなと思いながらも、この面白い状況を喜んでいる自分がいる事に気が付く。
「とりあえず、この世界の事を教えてもらえますか?まだ、全然分からないので」
「そちらの世界は、こちらの世界とはまた違うようですね。とりあえず、今日は歓迎会を用意してあるのでそちらへ向かいましょう」
そう言って、ヒェライさんはまだ涙が流れている顔を上げる。
あれ?
一瞬だけ、ヒェライさんの顔に浮かんだ謎の表情を、僕は見逃さなかった。
この空気になることを狙っていたのか……
湧いて出てきた疑惑を振り払う。これも、今考えても仕方ない事だと。
「こちらに馬車を既に手配しております。どうぞ、こちらに」
ヒェライさんの手引きにそって、僕らは席を立ち、ついていく。もちろん、僕は一番最後尾だ。こんな扱いはすでに慣れている。これからの異世界生活でこの待遇を一変させてやろうとほくそ笑みながら僕は列の最後尾を歩いていく。
「こちらの馬車になります」
ヒェライさんが指差したのは、金できれいに装飾されたどこから見ても完全無欠で美しい馬車だ。ガラスほどではないが、中が透けて見える物が貼られ、中もキレイに装飾されているのがうかがえる。
「この馬車は一台4人ほど乗れるようになっております。一応、12台ほど用意させて貰いましたが……大丈夫でしょうか」
その言葉にみんなが了承を返す間、僕は凍りついた。一台四人……このクラスの人数が33人だから、自動的に一人余るという計算になる。この場合、一人になるのは……僕しかない。
修学旅行の班決めの様な孤独感を感じながら、馬車に仲のいい人達が次々と乗りこんでいくのを見つめる。結局、僕は一人で馬車を占領することになった。
こんなところまで孤独って……ものすごいむなしい……