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16 絶望と死への願望

「……ん……」


体に冷たい風が吹き込み、意識が少しずつ戻ってくる。

布団を落としたかな……

そう思いながら、当たりに手を振りまわすものの、石が擦れるような音と、金属のカチャカチャとした音しかひびかない。


……なんでこんなに冷たいんだ?


ぼんやりとしていた頭にエンジンが掛かり、急激に現状の把握が進む。

目を見開き周りを見渡すと、冷たくて素朴な石の壁に縦に長い鉄格子。


そうか……捕まったのか……


頭の中にぼんやりとしたイメージが渦巻き、混乱が訪れる。


僕はもう勇者じゃない……ただの……犯罪者……


ようやく昨日の出来事が頭に思い浮かび、ふつふつとした怒りがわき上がる。

だれが……花菜を殺したのか。

国が仕組んでいた事なのか……それとも、クラスメイトの仕業……それか、魔王とかの仕業か……


目をかこうと手を動かすと、チャラチャラと金属のひびく音が鼓膜を叩き、そこでようやく手枷がはめられている事に気が付く。


立派な囚人だな……これは……


手枷に足かせ。武器もなく、着ているのも安そうな白一色で味気のない囚人服。


この後は……どうせ処刑とかさせられるんだろうな……


あきらめという物が無気力というなの悪魔とともに湧き上がってくる。今はもうどうでもいいと思う。何もできない。何もできない。


もしかしたら、ステータスは勇者の物ではなくてもともとの物かもしれない。

ほんのわずかな希望を託して、僕は左手を叩いて本を出現させる。

左手の紋章は……奪われていない。大した効果も分かっていない紋章だけど……良い事はあるかもしれない。


現れた本に、ステータスプレートの場所を開くように念じる。本はパラパラと勝手にめくれ、僕のステータスを表示した。


==================================

天竜 ソラ 16歳 男 レベル:3

種族:人間(????)

職業:?????

称号:?????


HP:50000/50000

MP:50000/50000


筋力:7

体力:1000

耐性:8

敏捷:7

魔力:900

魔防:900

技能:自動魔力回復Lv.MAX、魔法複合、危険察知、『暴食』、言語自動翻訳(聴覚のみ)、『??(??)』

==================================


「ははっ……ははっ……」


あまりのひどさに乾いた声しか出ない。


筋力も敏捷も一般人以下のレベル。体力が有り余っていても力がなければ何の意味もない。

魔法も、頼みの綱の闇の魔法は無くなっていて、全属性魔法適性さえもない。魔法がなければ魔力があっても無意味。

有り余る体力も、処刑などの時は痛みの時間が長くなるだけのマイナスしかない。


もう……どうでもいい……

でも……殺されるなら……憎い奴をよろこばせながら殺されるよりは……

僕は舌を突き出して、かみちぎろうとする。

だが、その瞬間、後ろから声をかけられた。


「お……新しい犠牲者が来たか……」


その声に反応して、ぼくは即座に後ろを向く。そこには、隅っこでうずくまっている男がいた。

赤くて少し逆立っている髪に、好戦的な目。だが、戦いを望む根本に優しさの様なものがあるのを感じる。


「なんだ?その本。持ってきたのか?」

「いえ……偶然手に入ったものです」


これまでずっと味わってきた孤独感を紛らわすために、僕は会話を交わす事にする。

どうせ、結果的には死ぬんだ。最後ぐらいはまともに人と話してもいいだろう。


「まぁ、どうせ俺はあと一日の命だ。読ませてくれないか?その本」

「いいですけど……何をしてここに入れられたんですか?」

「おう、なんか奴隷にされそうになっていた獣人を助けたら国家反逆罪だとさ。牢にぶち込まれて、このありさま。しかも、助ける時にぶん殴ったのがこの国のお偉いさんときた。公開処刑だとさ。まったく、暇がありゃしないさ」


辛そうな表情をしながら、男は語る。やっぱり……僕らの視界が狭かっただけで、他の場所ではやはり国は腐っていた様だ。

獣人は、獣の血を引く種族で、強靭な肉体と野蛮な性格を持つと言われている。

詳しい文献は無かったが……相当見下されているのは感じていた。もしかしたら、ファンタジー世界に付き物の奴隷制度とかがあったら、一番のやり玉に挙がっているだろう。


「おっと、名乗り忘れたな。俺の名前はリヒテン。短い間だがよろしくな」

「よろしくです」

「って……その本、見せてもらえるか?」

「いいですよ。はい、どうぞ」


まぁ、この世界の文字とは違って日本語で今は書かれているから読めないだろうと思いながらも、僕は本を手渡す。

リヒテンは、受け取った本を凝視し始めた。今までになかったような真剣な目つきで。


「この文字……俺は読めないけど、どこかでみた事があるな……」

「ほ、本当ですか!?」

「あぁ、どこだったか忘れたがこんな感じの文字がみた事があるぞ」


リヒテンの言う事が本当なら、この世界に……僕らと同じ日本から来た人がいるという事になる。

前勇者の事かもしれないが……手掛かりになるかもしれない……

でも……もう、今更知っても無意味だ。


「ありがとうな」

「いえ……なんの面白みもありませんが」


リヒテンから突き出された本を僕は受け取る。


「後は……辛いなら言わなくてもいいが、なんでお前はここに入れられたんだ?本当に罪を犯したのか……それとも冤罪か」

「……!?」


冤罪という言葉が出たところで、ドキッとする。数少ない……僕の事を理解してくれる人かと。

どうせ、死ぬんだ。この人に……全てを話してもいいだろう。


「実は……」


そして、僕は全ての事をリヒテンに説明した。

僕らは召喚された勇者だという事。

それで、強い力を手に入れた事。

そして……仲間が誰かに殺され、その罪が僕にかけられた事。

僕の勇者の力が……永遠に失われた事。

最後に……国が僕の事を邪魔に思っていた可能性が高いという事。


「そうか……ついに勇者までも手駒にしようとしたか……お前も大変だったな」

「信じてくれるんですか?」

「ここで、疑っても無駄だろ?国が腐りきってるのは既に明らかだし。とりあえず、お前だけでもここから出してやりたいが……最高級の金属でできた枷に、魔力で保護された壁と檻。どう頑張っても無理出しな……」


リヒテンの表情が暗くなる。

死ぬしか道はないのは、既に明らか。なら……最後ぐらいは、嘲笑われながら死ぬよりも戦って死にたい。もしかしたら……こっちの世界で死んだらあちらの世界に戻れるかもしれない。


最後の死への道。僕は、本から……転移結晶を取り出す。


これを使えば、簡単に戦いの場に向かい、簡単に死ぬことができるだろう。

階層は76。今だに踏破されていない階層。勇者だったころの僕でも余裕で殺されるような場所だ。

それに、一般人よりも低い能力で挑みに行く。自殺行為という域を超えた行為だ。


「お、それは転移結晶か?」

「……死にに行くだけですよ。嘲笑わられて死ぬぐらいなら戦って死にたいので」


目ざとく見つけてきたリヒテンに、僕は簡潔に答える。どうせ、使えるのはただ一つ。


「おぉ、なかなか気が合いそうじゃないか。俺もただ国に殺されるぐらいなら魔物に殺されたいってもんだ。俺も連れてってもらえるか?」

「え……でも一つしか……」

「あれ、知らないのか?」


リヒテンさんが常識を問われたような呆けた顔をする。転移結晶は一人しか使えないのが普通ではないのだろうか。


「その転移結晶は握り潰して使うんだが、その潰した人に触れた状態でいると転移ができるのさ。なぁ、俺も行っていいか?」

「別に良いですが……死期が早まるだけですよ?」

「どうせ、残り一日の命だ。俺も戦いの渦に飲まれてきたもんだからな、国のおとなしく殺されてたまるかというところだ」


リヒテンさんが、麻の服をまくって傷だらけの腕を見せてくる。

これは……相当深い傷だ。しかも、多数の傷が重なり合って酷い色になっている場所まである。


「しかも、若者一人で死地に向かわせるわけにもいかんだろう。本当の事を言いあった仲だ。どうせ死ぬならともに逝こうぜ!ってそれを隠せ!」


リヒテンさんのかっこいいセリフの後に、警告が発せられ、慌てて僕は結晶を自分の服の中に押し込む。

直後、コツコツという音が響き、偉そうに胸を張った衛兵があるいてくる。


「……飯だ」


その一言と共に、牢の一部が開けられ、中に小さな器が二つ入れられる。


「……なんだよこれは……」


食べ物とは言えないような腐った匂いと、ドロドロとした感じの灰色の液体。

口に入れたくもない、というか見たくもないぐらいの酷いもの。


「これも、今日で食べなくても済むんだ。命よりも高いだろ?」

「確かに……そうですね」


最後の死が一人きりではなく、短い間だけど語り合った人と二人。

数少ない友人……いや、年の差から先輩ができた事に対する喜びは、ほとんどわき上がらないが、安堵の様な物は流れてくる。


「思い立ったが吉日。早く行かないか?」

「でも……枷はどうするんですか?」

「そのままでいいだろ。この金属も相当の物だから、最後の武器としてはちょうどいいだろうし。最期が何もできずに死ぬよりは、一体ぐらいは倒してあの世への土産としたいもんだからな」

「確かにそうですね……」


あの世への土産……僕には何も必要もないだろう。もはやこの世界での生への未練は無いに等しい。

どうせ、この世界で生きていたって面白い事は何もない。


「よし、じゃぁ行くか」

「分かりました」


リヒテンの手を取り、麻の服の中から結晶を取り出す。

手にかかるリヒテンの手は硬く、何度も鍛えられた事を感じさせる力強さがあった。けれど……疲れきったような冷たさも感じた。


「行きます……」


最後に独り言のような感じに呟き……結晶を握る左手に力を込める。結晶はあっけなく割れて、残骸が当たりに飛び散り……僕らを薄い光が包みこんだ。

視界が罠の時とおなじようにホワイトアウトし、反射的に目をつぶる。

一瞬の浮遊感の後に、足元にしっかりとした土の感触が伝わり、ダンジョンに入り込んだという事を実感する。


「着いたようだな。おい、起きてるか?」


ここが……僕の死地。最後の……舞踏バトル

死んでもいい。勝率は0。


「行きましょうか。獲物を探しに」

「あぁ、そうだな」


これまでの冷たい石とは違った、土のような柔らかさが足の裏を包み込み、最後の優しさの様な物が感じられる。


「お前は……本当に死を望んでいるのか?」


突然のリヒテンの問いに、僕は頭を動かす。

死という物が欲しいというわけではない。この世にもう希望がないだけだ。


「ただ……もうこの世がどうでもいいだけです」

「そうか……そうか……」


リヒテンが考え込むような表情になる。何か答えを間違ったのだろうか。


「とりあえず、敵を探さんと何も始まらないな」

「そうですね、行きましょうか」


土を踏みしめて、歩き始める。入り組んだダンジョンは、少しだけ明るいが完璧な視界が確保できているとは言い辛い。

少しばかり歩くものの、目当ての敵は見つからない。


「そういえば、何を付けてるんですか?胸に」

「あ、ばれていたか。うまく兵士には見つからないと思っていたんだがな」


そういって、リヒテンは服と体の隙間から金属の鎖の様な物を取り出した。細い金属のネックレスに、何か紋章の様な物が刻まれた指輪が通されている。


「これは、まぁ縁担ぎの様な物だな。特に意味はないぞ」


リヒテンさんは眉ひとつ動かさずにそう言いきる。だが、わずかな戸惑いのようなまではぬぐい切れなかった。


少しだけ止めていた足を再び動かし、適当に突き進む。死への足取りは、重くも軽くもなく、敷いて言うなら重力分しかなかった。

適当に曲がったところで変な部屋にたどり着く。扉を開け中に入ると、そこの中心には謎の光を放つ物があった。


「って宝箱か……」

「宝箱ですね……しかも無駄に荘厳な」


とりあえず僕は近づき、足で蹴ってみるものの、何の反応もない。


「とりあえず、開けてみましょうか」

「そうだな。罠で死んだとしても、そこまでの命だったという事だ」


死へのためらいという物もなく、一気に宝箱を引き開ける。幸か不幸か、罠ではなく中には小ぶりなナイフがポツリと置かれていた。


「よいしょっと。なかなか良い獲物かもな」

「どんなものなんですか?それは」

「簡単に言うと、切れ味のいいナイフというところだな。魔力を通しやすい物でできているから、魔法の付与の簡単ってわけ。持ってみるか?」


そう言って、リヒテンはナイフを僕の手に乗せてきた。直後、手に思いっきり重みが掛かり、体が前のめりに倒れそうになる。

重すぎる……自分の体が弱くなりすぎたのか、それともこれ自体が重いのか。

カチャカチャと手枷と足枷を鳴らしながら、僕は立ち上がりバツの悪そうな顔をする。


「さすがに重かったかな。よいしょっと」


なんの抵抗もなく、リヒテンはナイフを持ち上げ鞘から抜く。緑色に薄く輝いていて、命を簡単に吸い込んでしまいそうだ。


「それで……この手枷は切れますか?」

「それは、無理そうだな。その手枷には加護みたいのが掛かっているから全然外れないんだ。ほら、この通り」


そう言って、リヒテンは自分の足枷に向かってナイフを下ろすものの、カキンと弾かれるだけで何も変わらない。というか傷一つ着いていない。


「まぁ、この武器は俺が使っていいか?」

「僕にはどうせ使えないんで良いですよ」


了承の言葉とともに、この部屋から僕らは出る。

そこで……ついに待望の敵と遭遇した。


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