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12 ボスに油断は禁物

「イツキ!?大丈夫だった?」


最初に僕を見つけた花菜が一直線にこっちに向かって走り出してきた。


あ、面倒ごとの匂いだ。


僕は一歩下がったものの、花菜はかまわず突っ込んできた。


「えっと……なんとか大丈夫。罠を踏んで変なところに飛ばされただけで……」

「急に消えたから心配したよ……って、怪我しているよ!」


花菜が慌てた顔で僕の腕を掴んで、凝視してくる。

クラスメイトの嫉妬のような視線が突き刺さるのを感じる。

別に、深い傷じゃないのにと思いながらも、僕は花菜の好きにさせることにした。


「ここに癒やしの光を生み、この者の傷をいやしたまえ!『癒術』」


白い光が僕の腕を包み込み、傷をいやしていく。

花菜の職業は、回復師。そのままの傷をいやす職業で、花菜はクラスメイトの中で回復魔法のレベルがずば抜けて高い。

あっという間に僕の腕の傷は癒え、光も霧に消える。


「はい、完了。大丈夫だったの?本当に」


大丈夫と言われても、本当に大丈夫だったのだからそう言えばいいのかもしれないが、たぶんそう言っても納得はされないだろう。

なら……


「まぁ、何とかね。それより今の状況は?」


ここは、一気に話題を変更させるという手に限る。

花菜の表情も一気に真剣に代わり、僕も真面目な態度に変える。


「重傷者も、死者も現状はゼロ。でも、怯えている人が多数いるという状況だよ。ボス部屋は目の前だし、いつでも行けるんだけど、それをためらっているというのが今の簡単の状況かな」


これは、バットステータス『恐怖』が付いているような状況だろう。僕が頑張って敵を倒したとはいえど、殺される恐怖を一度味わってしまったら、元に戻るまでなかなか時間がかかるだろう。

直すには……自分が強いという事を微塵の疑いもなく信じるしかない……


面倒な……


たぶん、今は信用のない僕が何をしても無意味に終わるだろう。変えられるのは……慎太ぐらいだ。

僕は慎太に向けてゆっくりと歩みを進める。


「慎太、大丈夫?」

「あぁ、俺は大丈夫だが……お前は大丈夫だったのか?」

「なんとかね、それよりこの状況をどうにかする目安はできたの?」


慎太なら、うまくクラスメイトを先導してこの状況を変える事ができる。

あまり、頼みたくないけど……慎太に頼むしかない。


期待して僕は慎太を見るものの、慎太はなにも思いついていないような感じに首を横に振った。


……だめか……


心の中で嘆くものの、慎太には伝わらなかった。


「慎太、とりあえず自分が強い事をみんなに見せつけるとかして、みんなに勇気を分けてくれ」


小声で慎太に、なにかのセリフを真似してアドバイスを送る。

きょとんとしている慎太も、少し経ったらようやく理解したような顔になり、そのまま立ち上がる。そのまま、腰から綺麗な装飾がされた聖剣を抜き、真上に掲げた。


「ここに聖なる光を生み出し、天地を貫く一本の柱となれ!悪を貫き、この世界の要となれ!『光柱』!」


そのまま慎太は魔法を繰り出し、真上に向かって光の柱が立ち上る。光は天井をも打ち抜き、わずかな穴から光が漏れ出てくる。


慎太の魔法が強いとは聞いていたが、この威力だとほぼ僕と同じぐらいの強さだ。同じ力の光と闇。コンビを組めばさぞかし輝くだろう。


「俺らは強い。強いんだ。軽いけがぐらいはするかもしれないけど、重症という事はありえない。ましては、死ぬ事なんてありえない。怯える必要なんてないはずだ」


慎太の演説が響くものの、心を動かされたのはクラスメイトのほぼ一部。


やはり、だめだったか。予想はしていたが、効果の無さに少しばかり呆れを覚える。どうせ、慎太が強いだけで自分は弱いとか思っているのであろう。


やるしかないかと僕は決断する。これをするという事は、クラスメイトをさらに戦いへ巻き込む事になる。僕が原因で、クラスメイトが死んだりしたら、嫌いな奴でも責任を感じてしまうだろう。

でも……何もしないと何も始まらない。

僕は、慎太と同じように魔剣を抜き出し天井に向けて構える。


「ここに万物を飲み込む漆黒の闇の力を生み出し、万物を貫き、飲み込み、破壊する柱となれ!『闇柱』!」


僕の持つ剣を中心に黒い渦が巻き上がり、同じように天井を打ち抜く。

そして僕は……嘲るような表情を作り出す。

できる限り、相手の心を逆なでするような……いらつかせるような黒い笑みだ。


「お前たちは、ただの臆病者なの?ザコ雑魚と言っておきながら、そんなざまとは笑わせてくれる。所詮そんな臆病者なの?」


完全なる煽り、嘲り、挑発。

だけど……恐怖を上回る怒りを生み出すことができれば完璧だ。


「ふ……ふざけるな!だれが怯えてなんているもんか!」

「そうよ!私達の方が勇敢よ!」


ほぼ全員の、簡単に乗せられたクラスメイトは立ちあがってボス部屋に挑む覚悟を決める。


……チョロい。


同い年とは思えないほどのチョロさだ。正常に物を考えられていたのは僕と、慎太。あとは、涼香と花菜とリナと……一部の聡明なクラスメイトぐらいだ。

ほとんど僕とかかわっている人だけで、僕の周りには特殊な人しか集まらないのかとため息を漏らしてしまう。


「行くぞ!ボス部屋へ!」

「「「おー!」」」


うまく、空気を操る事に成功した慎太がクラスメイトを先導して連れていく。

結果的に、僕のイメージがさらに下がる事となってしまったが、もともと見下されて最低の場所まで落ちていた物だから変わらないだろう。


慎太が重そうな鉄の扉を押しあけて、中に入る。それに続いて他のクラスメイトもなだれ込むように入っていく。僕は最後尾だ。


「気を付けてください!ここのボスは毒とかは使いませんが、攻撃力が非常に高い事と攻撃パターンが読みにくいです!」


付き添いの兵士の声が響き渡る。


冷たい感覚が背筋を通り抜け、一筋の汗が頭を通り抜ける。

僕が最初にまっさきに移動したのは部屋の端。

広い空間を隅々まで見渡すことができるからという単純な理由だ。


自然と閉まっていく鉄の扉を眺めながら、ボスの出現を待ちかまえる。

ボスは鉄の扉が閉まる事で出現し、襲いかかってくる。

なので、それまでの時間は警戒をし続ける事になり精神の疲労がだいぶかかる。


鉄の扉が閉まる音が響き、辺りの空気が凍りついたように動かなくなる。

そして……ボス(バケモノ)が部屋の真ん中に正体を現した。


僕らの三倍はあるであろう身長に、ぬめりで薄くてらりと輝く緑色の皮膚。頭の二本のつのの様なものが生え、口の端からよだれをたらし、原始的な恐怖をまわりにまき散らしている。背中には赤く染まった大きな斧が担がれていて、相当な力持ちだという事を言わずして伝えている。

オークだ。ファンタジー世界でよくあるオークだ。

あらかじめ聞いていたので、心の準備はできていたが実際に対面してみると、なかなかの威圧感がある。


「行くぞ!」


慎太が果敢にも攻撃に出て、ようやく凍っていた空気が溶けて、世界が正常に回りだす。

さて……僕も行くか。


勇気を決めて……僕は部屋の隅からボスに向けて走り出した。


「とりゃ!」


とりあえず、僕は魔法をまとっていない状態で切りかかってみる。

予想に反してあっさりと剣は通り、緑色の血が少し飛び散る。意外と一階のボスは弱いものなのだろうか。


だが、そこまでダメージを受けた様子は無い。やはり、傷が浅いのだろう。

なら……一気に責めるべきだろう。


後ろから飛んでくる魔法を横目に見ながら、僕は一旦後ろに飛び下がる。

前方は、物理戦闘ができる五人ほどの剣士と、慎太が剣を振るって攻撃していたり、槍が使える二人ほどのクラスメイトが少しだけ離れた場所から攻撃していた。

さらには、手に籠手を付けて殴りかかっている人までいる。たしか、武器を使わない素手での攻撃のみに特化している職業、『格闘士』を持っていた具象だ。攻撃力のステータスが素手攻撃時のみは100を超えていると言っていたはずだ。


後方では、魔法職が魔法を縦横無尽に放っている。色とりどりの魔法陣が輝き、魔法が生み出される光景はさぞかしきれいだろう。その中に暇そうにたたずむ何人かは、回復職と結界師などの特殊な職業の人だろう。

きれいに整っている陣形だ。何事もなければボスもこのまま押し切れるだろう。


ボスは、ずっと攻撃を受けているが、無駄に体力が高いのでひるむ様子もあまりない。たまに、慎太の攻撃で軽くのけぞる事があるだけだ。


とりあえず、魔法を使うべきだろうと僕は紙の魔法陣を一枚ポケットから取り出す。


「ここに闇の力を生み出し、万物を打ちすえる巨大なる槌となれ!力で押しつぶせ!『闇槌化』!」


闇の霧が剣を覆い始める。だが、その形は『漆黒剣』とは違って、剣の先端に黒い塊をくっつけただけだ。

『闇槌化』は武器付与の応用技で、剣を霧によって槌のような形にして剣では繰り出しにくい打撃攻撃に特化するための物だ。魔力消費も、完成するまでの時間も短いが、霧が動かせないし、一撃で霧が霧散してしまうという弱点がある。威力は折り紙つきで、強度もなかなかの物だ。


「よいしょっと!」


僕は掛け声と共に塊のついた剣を肩に担ぐ。

敵までの距離は、頑張ればひとっ飛びで行ける。真下から筋力を旨く使って跳べば、頭の位置まで届くだろう。


「といやっと!」


足に力を入れて、僕は一気に最前線まで躍り出る。そのまま、さらに強く足に力を注ぎ、高く舞い上がる。

ここまで上まで跳びあがれれば大丈夫だ!


一瞬で好機と判断し、僕は槌を思いっきりボスの脳天に振り下ろす。

ドシンと言う音と共に手に衝撃が走り、ボスの頭に槌がのめり込む。そのまま、返ってきた衝撃を利用しながら後ろに一回転して僕は地面に着地する。


旨くいっただろうか。なかなかイイ手ごたえだったと思うが。


ちらりとボスの方を確認すると、ボスはふらりとよろめくものの、倒れる兆しは無くすぐに持ち直した。

やはり、これだけでは足りないか……

思考を一回切り替えて、新しい攻撃方法を考え始める。だが、敵は待ってくれないようでついに背中の斧に手をかけて突然構え始めた。


「チッ!全員、警戒しろ!」


慎太の怒号が響き、緊張が全員に走る。斧を構え終わったボスは、一切のためらいなく斧を振りおろして僕らを吹き飛ばそうとしてきた。


「私の……出番」


涼香の静かながらの響き渡る声が部屋の中に広がり、それとともに彼女の持っている杖の魔法陣が輝く。


「ここに、万物をせき止める光を集わせ、全てを守る為に全てを止める壁を作り出せ。『結界・壁』」


前と変わらない詠唱と共に、光の壁がボスの斧の進路上に出現し、振り下ろされた斧と衝突してガキンという音が響く。

さすがに、完全に衝撃を殺す事ができなかったのか、光の壁にヒビが少しだけ入ってしまっているが、あの凶悪そうな斧を止められたのはさすがと言うべきだろう。


「今だ!行くぞ!」


慎太の声と共に、僕らの攻撃がさらに強くなる。段々とボスも弱ってきているようで、次の攻撃へと移ろうとしているようだが、行動がのろのろとしている。

決めの一手となりそうな魔法を出すべきだろうか。でも、強い魔法は必然的に発動するまでに時間がかかり避けられてしまう可能性が高い。連発もできないからまだ機会をうかがうしかないだろう。


「とりあえず今は……ここに万物を飲み込む漆黒の闇の力を生み出し、剣の元に集わせ万物を切り裂く剣を生み出せ。破壊の波を巻き起こせ、『漆黒剣』」


剣に攻撃用の霧をまとわせ、いつでも戦えるようにする。

敵はゆっくりながらも斧を背中の方に構えている。腕を真上に持ってきている形だから……一撃目のように横にスラッシュするような形とは違って、振り下ろし型だろう。


「慎太!上から来るぞ!気をつけろ!」


僕は警告を叫ぶものの、聞こえただろうか。たぶん、届いていないだろう。

その間にもボスは斧を振り上げていく。だが……頭の中に嫌な予感が浮かび上がった。

こういう、振り下ろし系の攻撃だと、小説では、衝撃波などで人が吹き飛ばされるという現象が良く起きる。

まさかと思い、ボスの斧を凝視すると……緑色の何かを纏っているのが確認できた。


「みんな!離れろ!今すぐに!」


大声で叫ぶものの、声に気が付いたのは後衛の魔法職たちと前衛のごくわずかだけで、後は相変わらず攻撃を続行している。

いそいで駆けつけて助け出そうとするが、ボスが攻撃を始めるのがわずかに早く、僕はひるんでしまった。その一瞬の時間が命取りとなり、斧は容赦なく振り下ろされる。

慎太たちは、それだけをよければよいと判断したのか、わずかに体をうごかして斧を回避する。高慢……いや、怠惰故の過ちだろう。


斧は、だれにもあたらず地面に衝突した。だが、衝撃波のような物が斧を中心に走り、周囲にいた慎太達を思いっきり吹き飛ばした。


「ちっ!」


短時間で変わってしまった状況を僕は脳内で整理しながら、対策を考える。現在、前衛は3分の2が吹き飛ばされてしばらく戦闘に復帰できない状況。残った3分の1だけでは止めるのは難しいだろう。

なら、次に犠牲になりそうなのは……後衛の魔法職。魔法職は全体的に物理攻撃に弱いから……攻撃に耐えきれるかは分からない。

と、ここまで考えたところで一つの事に僕は気が付く。


ボスの斧が……地面に埋まっている状況。

今なら……僕一人でできる!


そう判断して、僕はポケットから一番大きいサイズの紙を取り出す。

斧が抜かれるまでは数秒……その時間を利用する!


「ここに万物を飲み込む漆黒の闇の力を生み出し、全てを破壊し!砕き!粉砕し!絶望の中に死の柱を築きあげろ!『天邪罰』!」


紙が光ると同時に、ボスの足元と頭上に魔法陣が展開され始める。


間に合え……間に合え!


焦る心を落ち着けながら、僕は意識を総動員させて魔法陣の構築に集中させる。

ぎりぎり、ボスが動き出す前に魔法陣を構築することに成功し魔法陣が起動する。


「いっけぇぇぇ!」


今、使える最高の魔法『天邪罰』。

二つの魔法陣の間を黒い渦が巻き、中の物を押し、すりつぶし、粉砕していく。

ボスはあっという間に粉々になって消え、後にはころりと落下した片腕と、いつの間にか出現した宝箱が残った。


「やったか……」


安堵のため息がクラスメイトの中から響き、それは次第に歓声へと変わる。


「よっしゃぁぁぁぁ!やったぞ!」


喜ぶクラスメイト達に、うかない顔をしている慎太。とどめを僕に取られた事を悔しがっているのだろうか。

だが……その空気も一瞬で凍りついた。


「はぁ……これが今の勇者の実力ですか……」


どこからか……冷徹な声が響き渡った。

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