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世界樹のふもとに




 それは昔、愛した人と大事な人が居た。

どちらも命をかけても守りたいほどに。







朝のひんやりとした静謐な空気、音の無い薄い灰色の室内に白い光が差し込み、ダイアモンドダストのようにホコリがきらきら舞った。

石造りの教会。高い高い天井と、正面にある蔦を模したステンドグラスで彩られた両開きのアーチの扉。その白と緑に黄色の豪奢なそれの向こう側には、世界を支え、浄化し祝福する世界樹が大地のその下から枝葉を覗かせていた。

その枝葉だけでも、何人もの人間が手を繋いで囲んでも足りないほど大きなもので、そこに至る扉の前で人に在らぬモノがそっとため息を吐いた。


きっと見えるものが居たなら彼女は司祭などにより祓われていただろう。

 しかし幸運な事に、細く長い長い時を、彼女はその扉の前で過ごしていた。それはかれこれ人の数える期間として3世紀



かつて世界を救った勇者と、彼女は時を同じくしていた。



 地上と世界樹に焼き付くような戦禍。魔王と呼ばれた人ならざるモノによって総てを掌握し滅ぼさんとした戦。

異世界から呼ばれた聖女に、選ばれし騎士


「(思い返しゃ、長いこと此所に居るもんだわ)」


薄い唇は聞かれもしない独り言をうんざりしたように呟いた。






 肩まである黒く艶やかな髪をばっさばっさと捌きながら、昔を思い出す。彼女自身、己の名と顔も余り覚えていないし史実にも残っては居ないだろうが、視界に映る、この髪の色のお陰で彼女は聖女の盾として選ばれ、最後のこの地まで共に在れたのだ。





 しーぇらあ、服?と呼ばれた聖なる衣に身を包みこの世界に降り立った御身を惜しまず、最前列で結界を張っていた彼女の勇ましい横顔と暖かな茶色い目を思い出す。



おそれ多い話だが、影として聖なる衣を着用する事が多かった私に、新年会で着せられた衣装だから気にしなくても良いとも気遣ってくれ、よく苦い顔で替わりに着てくれる人が居て良かったと溢していた。




そしてその傍ら、銀の楔帷子と革の軽鎧のあの人の事も、




 人の身丈はある大剣を悠々と振り回し、短く刈り込んだ赤毛の入った茶色い髪をなで回す仕草も、楽しげに細めた緑の目も、よく聖女様の肩を組んで笑い合っていた声が今も耳に残っている。淡く秘めた恋心、それは伝えることも出来なかったモノで、懐かしい思いに浸りながら目を閉じたその時、



(『おい、其所にいるんだろう』)




せっかく人が甘酸っぱいそれに浸っていたのに、不粋な重々しい声が耳元で響いた。

うんざりしながら唯一といえる話し相手なおざりに返事する


「(……へいへい、どうした陛下。)」






 まるで扱いが不服だと言いたげに、鼻を鳴らした男の姿は何処にもないが


(『いい加減、封印を解いたらどうだ?』)


「(だが断る。)」



彼女はとりつく島もない物言いで、それを切って捨てた。



うろうろと立ち歩いて居たが、こいつと話すと話が終わらない。

どっかりとステンドグラスに背を預け、床に膝を揃えて座る。

スカートを整えて、そういえば聖女様にパンツがどうたらと言われ叱られた事を思いだし、思わずクスリと息が漏れた。



(『どうした、えらく機嫌が良いな』)


 ぶっちゃけ話しかけられるのも癪だが、ため息を噛み殺し言葉を返す。


(「思い出しただけだし、」)


(『ほう?』)


興味もない癖に先を促すようなそれに、歯を噛み締めた。




第一に、この男は、封印されている癖に、気安過ぎる。

しかし300年、相手をしていればこいつにもコイツの立場とやらをぼんやりと理解してしまい……



(「聖女様に制服?のスカートで座るときは気を付けなさいと言われた事を思い出しただけ、」)


(『ああ…あれか』)



今では悪意も好意も抱いては居ない。


(『たしかに、こちらでは奇抜な丈の腰巻きではあるな。眼福』)


(「ーーー」)


(『まあ、それは良いとして、』)


いや、ものすごくイラッとはさせられるが、概ね関係は良好で


(『話を戻すが、これ以上、お前が封印の要石として在れば、磨耗しすぎて消えてなくなるぞ』)


最近では、突拍子もない事も言い出すようになった。



(「…仮にそれがホントの事だとしても、封印は解かない」)


(『』)


(『…、消えたら来世すらないんだぞ』)


(「いまさらだ、」)




 かつて勇者の盾として、自身が選ばれた時。


己には名すらなかった。


影として生き影として朽ちていくこの身に、名前とこの胸の内に暖かさをくれたのはこの身に替えても護りたいと願った聖女様で、



そして、昼夜を共にし互いの命を預け、いつしか人生を共に歩みたいと願う心を育む事が出来たのは勇者様のおかけで、




私は彼らの生きたこの世界を護りたいし、魔王にももう戦禍の中を歩むような人生を送ってほしくないのだ




(「話し相手が、私だけで飽き飽きしてるだろうが、退屈しのぎにはなるだろう?」)



あと少し、もう少しだけ


(『そんなことはない』)


 300年守ったのだから、あともう少しここに居たっていいはずだ。


魔族の寿命はそろそろ一回りするはずで、そしたらコイツが魔王として生きてかなくてもいい世の中が来るはずで



(『そんなことは、決してない』)


そう呟いた魔王の声はどこか寂しげで、私は思わずクスリと漏らしたのだった。




 時を同じくして、薄暗い廊下から小さな4つの目が見ていた。


「…てんし?」


「いや、ちがうだろ…?」


大人に見つかれば大目玉を食らうであろう大冒険。


暖かみのある茶色い瞳と黒髪の少年と、短く刈り込まれた赤茶けた髪の活発そうな少年は、静謐(せいひつ)な室内に降り注ぐ柔らかな光のなか、樹に侍る黒髪の乙女を確かにその目に映していた。





仄かに薫るのは悲恋フラグか否か、因みに聖女様は新年会で女装させられ脛毛まで刈りつくされた、サラリーマン設定でした。

気づいた方 いたかしらー


お目汚しありがとーございまっ…す!!!



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