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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

また逢いましょうシリーズ

生まれ変わったらまた逢いましょう



 人生は簡単に楽しくなる。

 里親が早くに亡くなったけれど、私は誰にも教わらなくとも知っていた。

 例え居酒屋のウエイトレスの職だけで生活していても、楽しみは簡単に見付けられる。

 うんざりするほど嫌な客が多くとも、その訪れる客を観察して推測することは仕事中の楽しみ。

 休日は楽しい小説を探しに本屋巡り、時にはアンティーク店巡り。或いは路地でバイオリン演奏を聴いたり、または友人とお茶をしてお喋り。

 人生に不満はない。

 けれども、ふと気付くと私は誰かを待っていた。

 誰かと約束をしている気がしていて――――…ずっとずっと待っていた。


 そして、来た。

 ある日の晩。賑わう店内でお酒を配っていた私を見る客がいた。

 店の隅の席で、静かにワインを啜るプラチナブロンドの男性。

 上質な黒の背広、そしてコートに革靴。金持ちであることに間違いはない。

 金の取手の杖をついて脚を組んでいる彼は、シルクハットで顔を隠しているようだったが、美しい人だと言うことは隠せていない。

 店内の女性客も男色家の客も、その美しさに釘付けになっていた。

 けれども決して、誰も彼に話し掛けようと近付くものはいない。

 接客をした男好きの豊満な体型のもう一人のウエイトレスも、カウンターに頬杖をついて見惚れるだけだ。

 俯いて隠しているつもりだろうけれど、彼が私を見ていることはわかっていた。視線を感じる。

 そして、どことなく楽しげな微笑を浮かべていることもわかっていた。

 私に笑いかけている。

 まるで無言で冗談を言い合っているような気分。何故か私まで楽しくなり、口元が緩んでしまった。

 けれども、私から話し掛ける気はおきず、閉店まで居座っていた彼とは結局なにも話さずに、仕事を上がり家へ帰ろうと歩く。

 すっかり夜に染まり、静まり返る郊外の路地を進めば彼は現れた。

 闇に溶け込むような黒いシルクハット、黒いコート。待ち伏せされたことに不気味がるところのはずが、私は不思議と恐怖を抱かなかった。

 相変わらず彼は、微笑みを浮かべている。


「――――…見付けた」


 漸く口を開いた彼の声を聴いた瞬間、懐かしさが胸の奥底から込み上がって溢れてきた。

 シルクハットを取った彼は、青い瞳を細めて私に笑いかける。


「見付けた、ラティーシャ」


 違う名前で呼ばれたけれど、その名は不思議と昔から知っているようで、幼い頃に呼ばれたことを今教えられた気がした。

 優しい青い瞳には、私に向けられる愛がある。

 彼は私を愛している、その事実が明白にわかった。


「……私はリディアよ」


 つられて笑みを浮かべながら、確認のため私は名乗る。


「俺はジェレン」


 その名前は、とても不思議な感覚を与える。

 待っていた人と、漸く出逢えた。約束していた人。

 私の、愛しい愛しい人。

 そういう存在の名前だと、思った。彼とは初めて会ったはずなのに、彼を知らないはずなのに、不可思議な感覚は全然不気味には思わず、逆に嬉しいことで私は笑ってしまう。


「リディア、いい名だ」

「……貴方は一体……?」


 カツン、とゆっくり歩み寄る彼に問いかける。

 何者なのか、この感覚はなんなのか、教えてほしい。


「俺は吸血鬼。君を大昔から愛し、何度も出会っている。君は何度も生まれ変わる……神に与えられた宿命か、俺と交わした約束か……それは今でもわからない」


 彼は悲しげに微笑んだ。

 忘れていたことを教えられて納得する一方で、まだわからないと首を傾げてしまう。

 吸血鬼? 生まれ変わる?


「前回はイギリスにいた。名はラティーシャ」

「ラティーシャ……イギリス……」


 しっくりくるこの感覚は、私の前世に関するもの。

 一説には、何度も生まれ変わるらしい。魂は不滅で、再び肉体に宿りこの世に生まれる。

 巡る魂。生まれる前の人生。生まれ変わり。

 私の前世は、イギリスで生まれたラティーシャ。


「他の人間もそうなの?」

「恐らく君だけ」

「何故貴方はラティーシャだとわかったの?」

「顔立ちが似ている。瞳を見てわかった。何百年も想い続けた魂の持ち主だ」

「記憶はないけれど、魂は懐かしがっているの?」

「魂に刻まれていると、君は解釈していた」


 私の質問に、彼は間も置かずに答える。まるで用意していたかのように、慣れているかのようだった。

 この肉体には記憶がない。

けれども、魂は覚えている。

 私はラティーシャの生まれ変わり。

 なるほど、と私はすんなりと受け入れてしまう。可笑しいくらい、あっさり。


「そして貴方は不死身の吸血鬼?」

「そう、吸血鬼だ」

「長年私を探してるの?」

「愛しているから」

「何度目の再会?」

「五度目だ」

「他の人を愛さないの?」

「……君が俺のたった一人の最愛の人だ」


 吸血鬼を名乗る彼にまた質問攻めをすれば、想いを込めて最後の質問を私を見つめながら答えた。


「場所を変えて詳しく知りたいところだけれど、先ずは吸血鬼だという証明をしてくださる?」

「それでは俺の屋敷へ案内しよう」


 その質問には、姿で答えた。

 彼の青い瞳は、金色に染められ三日月のように開いた口からはみ出るのは鋭利な犬歯。それが吸血鬼である証明だ。

 そんな彼が掌を返せば、左右から貴婦人が降ってきた。ふわりと舞い降りてきたと表現した方が合っている。

 彼と同じ上質なドレスに身を包んでいた。右の金髪の貴婦人は橙色、左のアジア系の黒髪の貴婦人は赤色。

 二人とも彼に並ぶほど美しく、ぞっとしてしまう。そんな彼女達は、私ににっこりと笑みを向けた。親しみを込めた笑みに、つい笑い返してしまう。


「ラティーシャ!!」

「久しぶりですわ!!」

「わ!?」


 耐えきれなくなったように、二人は私に飛びかかり挟み込んで抱き締めた。

 二人とも豊満な胸を押し付けては、首を締め付けるから苦しくなる。

 けれども何故だろう。この二人の抱擁は懐かしくて、そして嬉しく感じる。

 友人との再会だ。


「こら、二人とも。俺より先に触るとは何事だ」

「奥手なジェレンが悪いのですわ」

「彼女はリディア。リディアにとったら初対面だぞ」


 彼は少し不機嫌になる。瞳の色は青色に戻っていた。

 アジア系の貴婦人に膨れつつも指摘する。二人は一度私から離れると、スカートを摘まみ会釈した。


「リナリですわ」


 アジア系の貴婦人はそう名乗る。健康的な肌色をしていて、とても美しい黒い瞳をしていた。


「ミシェルよ、よろしく」


 金髪の貴婦人はライトグリーンの瞳を細めてにっこりと笑う。

 それから、二人はまた私を抱き締めた。

「リディアよ、よろしくね」と私は笑いながら返す。


「あたし、会うの三回目だけど、二回目もジェレンにあんな感じの質問攻めをしてすんなり納得してたわ。なんでなの?」


 ミシェルは、私の左腕に自分の腕を絡ませた。


「何故かしら……私も不思議。でも本当に生まれ変わりで魂は貴女達を覚えているからなのかもしれないわ」

「だからこそ、また巡り逢えるのですわ」


 答えると、リナリが私の右腕に寄り添って歩き出す。

 けれども、目の前に彼が現れて手を差し出したから、二人はさっと私から離れた。彼にエスコートを譲ったらしい。

 微笑む彼の青い瞳を見つめながら、笑い返して手を重ねた。そっと握ると引き寄せてくる。

 次の瞬間、抱き締められた。

 私と彼を置いて、世界が回転するかのように目まぐるしく変わる。

 感覚が狂ったけれど、抱き締められている感触は変わらない。


「さぁ、着いた」


 世界がピタリと止まっていても、私は世界を見ようとしなかった。

 私を抱き締めたまま見下ろす彼から目が放せない。

 見上げる私を彼も放そうとはせず、見つめてくる。

 彼をどう呼べばいいのだろう。

 遠い昔から愛し合っている恋人。運命の最愛の人。永久の恋人。

 どれが相応しいのだろうか。どれも足りない気がする。

 互いに唇に意識がいくけれど、私はなんとか衝動的な行動をする前に顔を背けた。


「ありがとう、ジェレン」

「……どういたしまして、リディア」


 礼を言えば、ジェレンは名残惜しそうに腕をなぞりながら手を離す。

 彼が触れたところが熱を帯び、痺れていく。

 もっと触れられたい。

 そんな願望から背けるように、目的地を見た瞬間、声が漏れてしまった。

 目の前には、街一番の豪邸。噂では何かの博士のものだと聞いていた。

 私が借りているアパートは二階建て。そのアパートの五倍はある。暗くてよくは見えないけれど、敷地内も建物の二倍はありそうなくらい広い。

 呆気に取られる私を置いて、リナリとミシェルが開かれた扉から中に入っていった。

 それからジェレンが私の手を取り、玄関へと導く。

 階段を上がり、立派な玄関の扉を潜り中へ入った。

 お屋敷に足を踏み入れる経験はなかったから、思わず観察してしまう。

先ず入って注目するのは階段。螺旋階段で、二階に繋がっている。

 その天井にはシャンデリア。赤茶などの暖色系を貴重にしているそこを暖かく照らす。

 吸血鬼の屋敷にしては、とても明るいことに笑ってしまう。なにより美しい。


「彼はダリウス」


 ジェレンが燕尾服の執事を紹介する。彼がリナリ達のために扉を開いたらしい。

 黒髪で長身の男性だ。瞳の色は珍しく、紫色に見えた。とても静かな雰囲気で口を開くことなく会釈する。

「どうも。リディアです」と私も自己紹介した。


「ラティーシャ?」


 二階からひょこっと顔を出したのは、少年のあどけなさが残る顔の男性。

 赤みかがった茶髪で、後ろで一本に結んでいるらしい。

 彼はすぐに手摺に飛び乗り、ブーツで滑り降りて私の目の前で着地。


「あはっ! ブロンドだ! よかったね!! ラティーシャ!!」


 ニカッと明るく笑う彼は、私の髪を指差す。つられて笑みを浮かべながら、首を傾げる。


「ラティーシャは、次はブロンドがいいと言っていたんだ。彼はディーン」

「そうなの? 私は赤毛がよかったわ。ディーン、私はリディアよ」

「じゃあブロンドのリディアの次は、赤毛なんだ!」

「だったらいいな」


 ジェレンが紹介してくれたディーンはとても無邪気に笑う子だ。

 どうやらこの屋敷にいる使用人も吸血鬼みたい。それとも使用人に扮した吸血鬼?

 居間に案内されるまでに女性の使用人にも自己紹介してもらえた。覚えのある人達ばかり。


「吸血鬼皆と知り合い?」

「俺の信用できる仲間だけだ。ヴァシリスは今日いないけど、あとで会わせる」


 他にも吸血鬼の仲間がいるけれど、私には会わせられない理由があるらしい。

 居間には小さなバーがあって、カウンターに座るように椅子を差し出された。

 腰を下ろせば、リナリとミシェルが少し離れたソファーに座った。

 ダリウスがワインを注いで渡す。


「それは赤ワイン?」

「ホットワインよ」


 訊いてみれば、ミシェルがウィンクした。

 赤ワインではないらしい。一体どこから手に入れたのかと隣に座るジェレンを見上げる。


「吸血鬼は神が誤って造った存在だ。人間の生命の源、血を飲んで若さと強さを永久に保つ」


 私の無言の問いには答えず、ジェレンは吸血鬼について話し始めた。


「ニンニクと太陽と十字架に弱いという話は小説だけ。実際俺達に効くのは銀だ」


 カウンターに背を向けたまま肘を置いて、ジェレンは続ける。


「神はこの世のバランスを保つために、銀だけでは足りないと考えた。それで不老不死の吸血鬼を滅する存在を神は造り出した。"鬼殺し"と呼ばれる花。その花のエキスは吸血鬼にとって毒だ。と言っても超人的力を封じて動けなくする程度だ。元々"鬼殺し"はある人間につけられていた名前だった」


 神が誤って造った不老不死の存在。吸血鬼。

 吸血鬼を滅する存在として浮かんだのは自分だった。


「私?」

「……君はいつも言い当てる」


 懐かしそうに微笑むとジェレンはカウンターに向き直り「なにを飲みたい?」と訊いてくる。

 気付けばカウンターの中にはいつの間にかディーンがいた。


「ホットワインをお願いできる? 本物の赤ワインでね」

「畏まりました」


 ディーンはクスクスと笑いながら、ホットワインを作りに消える。


「花のエキスとその人間の血が交わると吸血鬼を殺す猛毒となる。初めはフィリピンだ、俺も生まれていなく、吸血鬼に成る前……千年以上前だろう。最初の"鬼殺し"は自分の血と花のエキスで吸血鬼ハンターをしていたそうだ。そのせいか、フィリピンの吸血鬼は我々と違う。他の生き物と同じく進化したのだろう。日中は美しい人間だが、夜になるとおぞましい怪物になる。胴体だけで蝙蝠の大きな翼で飛び、舌を糸のように伸ばして獲物の生き血を吸う。名はアスワング」


 フィリピンの吸血鬼を想像した私は、悪寒を覚えて身を縮めた。


「君はいつもやつらの話を聞くと嫌そうな顔をする。俺達にはそんな表情を向けたりしないのに」

「ジェレン達は友だちだから」

「……俺も友だち?」


 クスリと笑ったジェレンは、私の発言が嫌だったみたいで微かに眉間にシワを寄せて首を傾げる。

 リナリとミシェルは、ソファーで静かに笑う。


「私は"鬼殺し"という存在。だから何度も生まれ変わるのね。猛毒な花を愛してしまうなんて、物好きな吸血鬼もいるみたいね」


 カウンターに頬杖をついて、質問にちょっとした皮肉で返す。


「天敵の吸血鬼を受け入れて愛した猛毒の花もまた、物好きな人だと思うだろう?」


 少し顔を近付けてジェレンも皮肉を甘く囁く。

 私とジェレンは、本来相容れない関係。

 不老不死の吸血鬼と、吸血鬼を殺す猛毒。

 なのに、私達は愛し合っている。何度も巡り逢いながら、愛し合っている。

 見つめ合いながら、互いにそれを確認した。


「……どうやって、私を見付け出したの? ジェレン。愛で私の居場所がわかるの?」

「残念だが愛で君の居場所を見付けられるなら、もっと早く見付けられたはずだ。アスワングは何故か君が生まれることを感知し、その国に向かう。君が生まれる前に殺すためだ。花のエキスがなければ毒はない。母親の腹にいる君を吸い殺そうとすることを、俺達は阻止する。ハンターの注目を集めたくないから、国の外で追い出す。それから二十年近く潜伏しながら君をその国の中で探す」


 恐ろしいフィリピンの吸血鬼は、私を殺すために空を飛ぶのか。

 想像するだけで身の毛がよだつ。

 そこでディーンがホットワインを持ってきてくれたので、礼を言って飲んだ。温かい。

 ジェレン達は手間をかけて、私を探してくれたみたいだ。

 アスワングを頼りに生まれる国を見付けて、二十年かけて私を見付ける。

 それをもう五回はしているのだ。


「私と一番最初に出逢ったきっかけは?」

「1470年代ルーマニアだ。偶然君の母親に恩があって、アスワングに襲われそうになったところを助けた。それから二十数年経ったら、君は吸血鬼ハンターになっていて俺を見付け出したんだ。母親から聞いた名と容姿を頼りにね。彼女は自分で調べ"鬼殺し"だと理解して、吸血鬼ハンターこそ自分の使命だと思ったらしい。けれど母子を助けた俺に疑問を拭えず、見付け出した」


 名前と容姿を頼りに吸血鬼を見付け出したなんて、とてもパワフルな自分に思えた。

 最初に見付けたのは、私の方。やはり、懐かしい。そう思ってしまう。


「俺は興味が惹かれて、毎晩彼女の元を訪ねた。次第に彼女も吸血鬼である俺に気を許し……」


 そのあとの言葉はなくともわかる。

 吸血鬼ハンターと、吸血鬼は愛し合った。


「……"鬼殺し"のことを話したのは、相棒だけ。彼は当然のように許さず、彼女の血を搾り取って殺そうとした。俺は阻止して助けようとしたが……」


 間を空けてから、笑みをなくしてジェレンは話す。

 私達が愛し合うことを許さなかった吸血鬼ハンターの相棒が、猛毒だけでも手に入れようとした。


「血が足りず……死にかけていた彼女に俺の血を飲ませようとした。体内の血が足りないと、吸血鬼の血が増殖して人間を吸血鬼に変える。それが吸血鬼に成る方法であり、彼女を救う方法だった」


 その日の光景を思い浮かべるように、ジェレンはカウンターを見つめる。


「彼女は拒んだ……人間のまま死なせてくれと、吸血鬼にしないでほしいと頼んだ。それから……生まれ変わったらまた逢おうと言ったんだ」


 綺麗な顔に儚い笑みが浮かんだ。


「俺は約束した。必ず見付け出すと。そうしたら君は"また逢おう"と微笑んで……」


 ――…息絶えた。

 それが約束の始まり。

 何度も生まれ変わる私を、不死身のジェレンが見付け出す。

 四百年も前から、ジェレンは私を愛しては看取り、そして再び見付け出してきた。


「……神様は完璧ではないのね」

「だから吸血鬼が存在する」


 神様は完璧ではない。

 この世のバランスを保つために、不老不死を滅する猛毒の存在を造ったはずなのに、役目を果たすことを止めて愛し合ってしまった。

 予想なんて、出来なかっただろう。

 数奇な愛の形であっても、猛毒の私は不老不死の彼を愛し、彼もまた私を愛している。

 見つめ合えば、ジェレンは愛しそうに微笑んだ。


「……今夜は泊まるといい。用意してある」


 そっと囁かれて、我に返る。

 彼と見つめあうと遠い記憶を振り返るように、ぼんやりしてしまう。


「そうね……疲れたから眠らせてもらうわ」


 ホットワインを飲み干して、私は立ち上がる。

 ジェレンは肩を竦めて苦笑したけれど、ダリウスに部屋の案内を頼んだ。

「おやすみなさい、リディア」とリナリとミシェルが挨拶をすると、ジェレンも「おやすみ。また明日」と微笑んで見送ってくれた。

 ダリウスに客室に案内され、その部屋で眠らせてもらった。

 どこでも寝れてしまう私だけれど、とても快適な睡眠ができて、目覚めがよかった。

 なんだか生まれ変わった気分。そう思うくらい爽快な目覚め。

 でも何度も生まれ変わっている私が言うと可笑しいから、クスリと笑ってしまう。

 横たわったまま背伸びをすると、男性がいることに気付いた。

 ヘッドボードに腕を置いて見下ろす彼は、色素が抜けてしまったような奇妙な白っぽい髪を束ねている。

 ミシェルとジェレンより色白であって、美しい顔立ちだけど病的な印象を覚えた。


「……おはよう。貴方はヴァシリス?」

「おはよう。違う。私はヴェイドだ」


 まだ会っていない吸血鬼は、ヴァシリス以外にいたみたい。


「いい夢は見られたか?」

「覚えてないけど……きっといい夢だったと思う」


 ヴェイドは女性が眠る部屋に無断で入ったことを謝りもしないけれど、私も不快には感じなかったので笑って答える。


「見覚えはないのだけれど……初めて会うかしら?」

「初めて会う。私は新参者だ」


 正真正銘、初対面の吸血鬼らしい。起き上がってちゃんと挨拶しようとしたら、忽然と現れたリナリとミシェルが私が横たわるベッドに飛び込んできた。

 リナリはエメラルドグリーンのドレス、ミシェルはサファイアのドレスだ。


「ヴェイドは成り立てですの。面白いのよ、彼は予知夢を見るの」

「予知夢であたし達を見付けて、吸血鬼にしてくれって頼みに来たの。ジェレンはリディアを見付けることを条件に仲間にしたのよ」

「予知夢? それはすごいわ」


 特殊能力を持つ吸血鬼ヴェイドは、リナリとミシェルが来ると歩いて部屋を出ていった。

「見たいものを全て見れるわけじゃないから、時間がかかりましたけれどね」とリナリは閉められた扉を振り返ってから、私ににっこりと笑いかけてきた。


「買い物しましょう、リディア。ドレスを仕立ててもらいましょう」

「行きましょう、行きましょう」

「ええ?」


 朝から急なお誘いに苦笑を溢すけれど、リナリとミシェルに支度を急かされながら楽しんだ。

 吸血鬼は皆金持ちなのかと問えば、長生きしていれば財産を築くことは簡単だと言い切った。

 彼らも、上手く生きていると感心してしまう。

 買い物にはジェレンとディーンが付き添い、二つの馬車で仕立て屋に向かった。

 女性だけの馬車の中で訊いてみれば、ジェレンは私を守るために信用できる吸血鬼の仲間を集めたらしい。

 ジェレンは、吸血鬼集団のまとめ役。つまりはボス。

 吸血鬼は長生きした者が強い。だからこそ、ジェレンに仲間は従う。

 リナリは二回目の再会の時からジェレンといるそうだ。場所はメキシコ。


「激しかったですわよ。目を合わせるなり、貴女は飛び付いて二人して熱い口付けをしていましたわ」


 クスクスと掌で口元を隠してリナリは笑う。

 メキシコ人の私は激しかったらしい。記憶がないはずなのに、心が赴くまま抱き付いた。今の私には真似できそうにもない。


「昨夜はキスの一つでもすればよかったのに、二人して見つめあったくせに堪えちゃって。本当はしたかったでしょう? リディア」


 ミシェルも私をからかい、顔を覗いてきた。

 ちょっと赤くなったことを感じて、頬を押さえる。


「ラティーシャも再会してすぐにキスをしたの?」

「ラティーシャは違ったわね」

「ラティーシャの前のアネモアも違いましたわ。アネモアはわたくし達が育てましたの、幼少期から保護しましたから」


 聞けば三回目はギリシャで名はアネモア。

 アスワングに襲われる直前で救ったため、生まれる前の段階で見付けていた。両親は早くに病死してしまい、身寄りもなかったアネモアを、ジェレンは引き取り仲間とともに育てたそうだ。

 愛する恋人に育てられたなんて経験、きっと地球上で私だけね。

 四回目はイギリスで名をラティーシャ。

 ラティーシャとは半年も一緒にいられなかったらしい。雪降る日、列車の中で吸血鬼に惨殺されたそうだ。犯人は未だに見付かっていないらしい。

 自分が殺された時のことを考えると、ぞっとしてしまうのでやめた。

 日中はずっとリナリとミシェルに引っ張り回されるように買い物を楽しんだ。

 初めて着る高価なドレスを身に纏って、部屋の鏡の前に一回転すればジェレンが言った。


「妬いてしまう」


 私は振り返り、首を傾げる。

「リナリとミシェルとずっといたから?」と問うとジェレンは首を横に振った。


「それも多少は妬いている。けれどもそれよりも、妬いていることがあるんだ。昨夜働いていた君をずっと見ていたけれど、楽しそうだった。俺抜きで人生を楽しんでいたことに妬いてしまう。楽しそうで、とても輝いてて……美しかった」


 微笑みながら、ジェレンは歩み寄り私の後ろに立つ。そんな彼に背を向けたまま見上げて私は笑って見せた。


「ウエイトレスにその口説き文句は素敵ね」

「リディアはユーモアに溢れているね」

「イタリア生まれのリディアのことを教えてあげましょうか、ジェレン。リディアは楽しみがないと生きていけないの。だから楽しみを見付けることが得意。世界は楽しみに溢れているの。知ってた?」


 皮肉で着飾って言ったあと、鏡を見てみる。

 映っているのは、ブロンドで翡翠色の瞳の女性とその後ろに立つ美しい紳士。

 高価なドレスを着ているせいか、昨日と別人に見えてしまう。それとも愛する人と再会したおかげかしら。


「では、一緒に楽しめることを見付けよう」


 ジェレンはそっと私を両腕で抱き締めて耳元に囁く。力が抜けてしまいそうになる。

 身を委ねてしまいたくなるくらい、彼の抱擁は心地いい。

熱さが込み上がり、あの衝動が甦る。

 互いに唇を意識して、見つめあったあと、近付けた。


「ジェレーンさぁまぁ! ヴァシリスが来たよ!」


 そこでディーンが部屋に入ってきたから、私もジェレンも離れる。

「そうか……」と足早にジェレンは部屋を出た。その様子を見てディーンは首を傾げている。


「ディーンは歳いくつ?」

「五十八歳と十八歳!!」


 なんとなく話をしながら私も二階に降りようとしたけれど、変わった回答に足を止めてしまう。

 五十八歳は吸血鬼になってからの歳で、十八歳は人間だった歳だろうけれど、わざわざなんで別に答えたのか。


「何故足さないの?」

「え!? どうやって足すの!?」

「えっ」

「えっ?」


 わからないと言う真顔をされて、戸惑ってしまう。

 算数を知らないのでしょうか。教えるべき?


「また会えて嬉しいよ、リディア!」


 きょとんとした彼は、無邪気に笑いかけた。

 ありがとう。

 そうしたら、ディーンが抱きついてきた。腰に腕を回して胸に顔を埋めてくる。まるで、甘えている子どもに感じた。


「ラティーシャは……殺されちゃったんだ。ジェレンは怒ってイギリス中の吸血鬼を探して犯人を探してたけど見付からなくて、そしたら君がまた生まれてきた。ジェレン、すっごく幸せそうだ」


 ギュ、とディーンは力を込めて私を締め付ける。


「リディアはちゃんと守るからね」


 無邪気でも、私を守りたいと強く思ってくれているディーンに微笑みが溢れた。

「ありがとう」と私はディーンの頭を撫でる。

 ディーンは離れると、上機嫌な足取りで先に部屋を出た。私もあとを追いながら、疑問に首を傾げる。

 ――――…私は何故、吸血鬼に成るという選択をしなかったのだろうか。




 螺旋階段を降りて、居間に行けばソファーにシルクハットを被っている男性がいた。彼も上質な身形。

 背凭れに両腕を置いて、足を組みソファーを占領した彼の印象はあまりよくない。

 なにより私を見る彼の反応がよくなかった。

 鋭い眼差しで見ると、興味なさそうに視線を逸らす。


「冷たいのね。私が嫌い?」

「不機嫌なだけだ。君は頭がいいから、今回こそは博士や教授になっているはずだと予想して外した」


 ヴァシリスの反応に首を傾げれば、ジェレンは笑って教えてくれた。

 教授かと思えばウエイトレスだったから、期待を裏切ってしまったことが原因。


「アネモアはヴァシリスが教育して天才児になったのよ。ヴァシリスにとって自慢な娘だったんだから」


 カクテルを飲んでいるミシェルが教えてくれた。


「自慢の娘が生まれ変わったことを喜んでくれないの?」

「出来の悪い娘に生まれ変わったことに嘆いているところだ」


 問えば、ヴァシリスはつれないことを言い返す。ジェレン達は面白がって笑う。

 アネモアはヴァシリスにとって、心の底から自慢の娘だったらしい。

 彼とは時間をかけて関係を修復しないといけないわね。育て親だもの。


「ところで……悪人の血は嫌い?」

「健康的なら悪人でも飲むわ」

「酔ってたら、なかなかいい味よ」


 話題を変えて、彼らの食生活について訊いてみた。

 悪人でも善人でも関係なく、健康的な人間の血を好むらしい。

 そこでヴァシリスが左手を上げて注目を集めた。


「食事を悪人に絞れと言いたいのならば、アネモアに言われてから極力悪人を選ぶようにしているぞ」

「あら、アネモアはいい父親を持ったのね」


 アネモアと同じことを言おうとしたらしい。

 誰も座っていないソファーに腰を下ろして手を叩く。


「再会して早々私が貴方達の食事に口出しをしたら不快感を抱くかもしれないけれど、よかったら食事のついでにマフィア退治をしてくれないかしら」


 笑って私は提案した。

 皆は不快感を抱いた様子もなく、私の話に耳を傾けてくれる。


「私が生まれてきた年からイタリアに住んでいるのなら知ってると思うけれど、街を我が物だと言い張って暴力や恐喝をして住民からお金を巻き上げてる犯罪組織よ。この街にもマフィアがいて、私が働く店もよく恐喝されてるし、お客が被害に遭ったってよく聞くの。最悪なことに二勢力のマフィアが対立して争ってる最中よ。どれほどの巻き添えが出るかわかったものではないわ。だからそのマフィアを食べてほしいの、いいかしら? マフィアの抗争で死んだと思われるならハンターに見付かる可能性も低いし、街は平和になるし、貴方達は喉を潤せて、私はハッピー。どうかしら?」


 食べてほしい、なんて言うなんて私の順応性は高過ぎると笑ってしまう。

 マフィアを排除していけば、街も平和になる。正直警察も役に立たないから、彼らに街を守ってほしい。


「ふむ……それならハンターの目を欺くためにわざわざ国外で狩りをせずに済む。だが、そう簡単に抗争による死に見せ掛けることができるか?」


 ヴァシリスが一番に口を開き、試すように私に訊いてきた。


「情報ならお客から得られて、最適な獲物が見付けられるわ」


 ウエイトレスも役に立つのよ、と言ってやる。


「勿論、頻繁にマフィアを狙ってはだめね。だからたまには私の店のお客から少しもらいましょう。殺さなくとも、血をいただくだけでいいでしょ? 酔ったお客を気絶させて怪我に見せかけた傷から貰う。噛み跡は残しちゃだめよ」


 皆の顔を見ながら話していたら、クスクスと笑い出した。

変な提案だったのかと首を傾げれば、ジェレンが答える。


「まるで悪戯を考えているみたいに楽しそうだ」

「……ええ。悪戯みたいで楽しいわ!」


 普通の人間からしたら、人間を上手く食べる作戦なんて酷い話だけれど、吸血鬼が恋人の私は悪戯感覚で考えていた。

いかにハンターの目を掻い潜れるか、という遊びをしているみたい。

 ヴァシリスまで笑っていた。


「では早速今夜からやってみるか。悪人は食い殺し、飲んだくれの血を盗む」


 すぐに仏頂面に戻るとヴァシリスは立ち上がり、ジェレンに視線を向ける。

 ボスであるジェレンは頷いて決定した。


「さぁ、食事に行こうか」


 にっこりと微笑むとジェレンは瞳を金色に輝かせた。



 私は狩りを見学するなんてことはしない。それ楽しくなさそう。

 夜の仕事中に私はマフィアに関する情報を集めるだけ。

 ディーンとダリウスは時々店に居座り、泥酔したお客を狙う。

 日中はリナリとミシェルに振り回される。彼女達と買い物に出掛けると色んな発掘が出来るから飽きない。

 ジェレンがずっとそばにいて、私が覚えていない過去の話をしてくれる。彼の声で聞かされることが、とても好きだ。

 毎日が楽しくて仕方がなかった。

ジェレン達といると細部まで楽しい。

 ある日の晩、居間のバーのカウンターについてジェレンと二人きりでワインを楽しんだ。


「天才と呼ばれる存在は、才能を発揮しないと退屈に苦しむ。だから君は楽しむという才能を見事に発揮しているのだろう」


 楽しくて仕方ないという話をしたら、ジェレンは上機嫌に笑いかけてくれた。

 気分が良くなり、ジェレンの笑顔に見とれてしまう。


「私は天才? でもヴァシリスには出来の悪い娘だって言われたわ」

「ヴァシリスは自分の知識をアネモアに吹き込んだんだ。元から頭がいいから全てを吸収して、妬けるくらい仲が良く常にお喋りをしていたよ。それ故にアネモアは才能がありすぎて、活かせないと退屈に苦しんでいた。人生が退屈だと思うなら、先ずは自分の才能はなにかと自己分析するべきだろう」


 どうやら先程の話は、アネモアを見て学んだことらしい。


「話を聞いていると、少し過去の自分は別人に思えてしまうわ」

「育った環境が影響しているのだろう。でも魂は同じだから、瞳を見れば君自身だとわかる。俺が愛しているのは、たった一人だけだ」


 ジェレンは首を振り、別人ではないと否定する。

 四百年間愛している人は、たった一人。

 幾度も生まれ変わる私を、見付け出して愛してくれる私の吸血鬼。


「……貴方は何故、私を吸血鬼に変えなかったの?」


 前からの疑問をぶつけてみると、ジェレンは私の左手を掴み握り締めた。


「何度もプロポーズをした。永久に俺と生きてくれと……でも君は断った。人間でありたかったのだろう」


 少し悲しそうな表情で俯いたけれど、すぐに顔を上げて私にとびっきり甘い微笑を向けてくる。


「リディアは、永久に俺と生きたいかい?」


 過去と同じく、私にプロポーズをした。

 とてもイエスと頷きたかったけれど、心が何故か躊躇させる。それには、理由があるはずだ。


「過去の私が断ったことに理由があるはずよ。だから、私も断る」

「……またか」


 残念そうに肩を竦めて俯いたけれど、ジェレンは私の左手を放さない。

 私は握った。


「過去の私の気持ちを変えてみせて」

「!」


 私は楽しい遊びのように笑って提案した。

 途端にジェレンはニヤリと魅惑的な笑みを浮かべる。


「永久に俺と生きたいと思わせればいいんだな?」

「そう、貴方の愛で世界の終末まで寄り添いたいと思わせてみて」

「どれほど君を愛しているか、証明しよう」


 見つめ合いながら、ジェレンは私の左手に唇を押し付けた。

 愛の証明なんて必要ない。見つめてくるジェレンの青い瞳から、海のように深い愛を感じる。

 四百年間の愛。それが私だけに注がれている。


「貴方はなんて愛情深い吸血鬼なの……海のように深くて溺れてしまいそうだわ」


 うっとりと見つめながら口に出した声は、吐息のようだった。

 ジェレンは、なにも言わずに私を熱く見つめる。

 やがて――――…唇を重ねた。

 ピリピリと熱が肌を駆け巡るような感覚が走る。

 ジェレンは私の頬に手を当てると深く口付けをした。

 赤ワインの味がする。

 情熱的な激しい口付けで、ジェレンは私の息さえも奪う。

 次第に力が抜けていってしまうけれど、ジェレンの方は力が増して私を強く抱き締める。

 世界が急に目まぐるしく回転したかと思えば、見覚えのないベッドに押し倒されていた。

 ジェレンの部屋に運ばれたらしい。

 腕をついて押し倒した私を見下ろすジェレンは、答えを待つ。息を整えながら見つめた私は、ジェレンに腕を伸ばして引き寄せて唇を重ねた。それが答えた。

 ビリッとドレスが引き裂かれる。少し驚いて震え上がったけれど、ジェレンの口付けに応えて身を委ねた。

 とろけるほど熱く抱かれた激しい夜だった。




 それからジェレンの部屋に眠る毎日だった。

 ダリウスは相変わらず静かだけれど、ディーンはいつも賑やかだ。ヴァシリスはディーンが気に入らないみたいで、よく睨んでいる。

 ヴァシリスとは、最近チェスやカードゲームの相手をして楽しくやれてきた。

 リナリとミシェルは相変わらずで、私を連れ回す。飽きとは無縁だった。


「んぅ……やめて、ジェレン」

「仕事で疲れてるのかい?」


 ベッドに横たわって眠ろうとしたら、首筋から胸元まで口付けの雨を降らせてきたから拒む。

 仕事の疲れではない。


「貴方が毎晩激しいせいよ」


 吸血鬼だから性欲は人間よりあるとリナリから聞いた。不老不死の彼には体力も追い付かない。

 もうへとへとで眠りたくてしょうがない。


「んー……じゃあ愛撫させて、リディア」


 ジェレンは私の胸に顔を埋め、スカートの中に手を滑り込ませてきた。

「やめてったら」と私は彼の頭を押し退けて拒む。

 愛撫でその気にさせられ、夜中続けられるからだめ。


「本当に疲れてるの。今夜は眠らせて」

「……わかった」


 頬に手を当てて頼めば、優しく微笑んだジェレンは私を抱き締めて横たわる。


「おやすみ、リディア」

「……おやすみなさい、ジェレン」


 ジェレンの腕の中で目を閉じて、静かに眠りに落ちた。

 こんな日々が永久に続くなんて、この世でもっとも幸せなことだと思えた。

 けれども翌朝、私は今まで吸血鬼に成ることを拒んだ理由に気付いた。

 私は不老不死の吸血鬼を殺すことが出来る猛毒。

 そんな私が、吸血鬼の血を受け入れて吸血鬼に成れるのか?

 きっと私は、吸血鬼には成れない。相容れない血が拒みあって、死ぬんだ。

 初めてジェレンの申し出を断った私は、どうなるか予想ができて拒んだに違いない。

 頭のいいアネモアも、きっと理解していたはずだ。

 私は生まれ変わることができても――――…永久に生きることは許されない。


「……」


 愛する人の腕の中で目覚める幸せな朝のはずなのに、悲しみに襲われる。

 吸血鬼に成ることを試すことなどできない。万が一拒絶して死んだら、どんなにジェレンが苦しむか。想像を絶する。

 ただでさえ、私の死を何度も味わっている彼に、そんな苦しみだけは与えられない。

 私は両腕でジェレンの頭を抱き締めた。目を覚ました彼は、抱き締め返してくれる。


「おはよう……俺の愛しい人」

「……おはよう。私の愛しい吸血鬼さん」


 胸を引き裂くような悲しみに堪えるように強く抱き締める。

 どれほどジェレンが私を愛しているか、理解しているからこそ辛かった。

 彼は永久に愛し合うことを願っている。私だけが最愛の人だから。

 でも私は吸血鬼には成れない。何度も彼に私の死を見せなくてはならない。

 けれども、また逢えるから希望がある。その希望が彼を生かす。私が、彼の生きる理由で糧なのだ。

 私はどうしようもない猛毒だ。私と二度と会えなくなれば、彼は生きることができなくなる。

 私は彼が生きるために何度も死に何度も生まれ変わる。

 それを繰り返すにつれて、互いの愛が膨れ上がってしまって、永遠に消えない愛となってしまった。

 私もジェレンも、何度でも巡り逢いたいと強く望んでいる。

 だから、きっと、これからも繰り返す。

 ジェレンは愛する人の死を何度も見なくてはならないけれども、これが私達の永遠の愛の形。

 私よりも深い愛を持つ彼は、同時に深い悲しみを背負う。

 私といる時その悲しみを癒せますように、と強く強く願った。


「愛してるわ、ジェレン」

「俺も愛している、リディア」

「……愛している」


 永久に愛してるわ。




 再会してから一年近く経った頃、ジェレン達は国外で食事をすることになった。


「本当に行ってしまうの?」

「そろそろハンターが嗅ぎ付けるから、国外に目を向けさせなければこの街に来てしまう。君と離れたくはないが……」


 ジェレンは寂しそうに私の髪を撫で付ける。

 わかっている。食事に私は連れていかない。

 豪邸に残るのは私とダリウスとディーン。二人は私の護衛。気付かないフリをしているけれど、ジェレンは決して私を一人にはしない。念のためだ。


「……リディア。戻ったら一緒にローマに行こう?」

「ローマに?」

「ああ」


 都心に行ったことのない私に、ジェレンは誘ってくれた。憧れのローマ。

「絶対に楽しいですわよ」とジェレンの肩越しにリナリが表情だけで言う。

 ミシェルは早く頷くようにと頭を縦に振った。

 皆とローマを思う存分楽しめそうだ。


「行くわ。行く」

「決まりだ」


 ジェレンの手を握り締めれば、彼の方が嬉しそうに笑った。

 唇を重ねて、口付けを交わす。離れがたくて、とても長くなってしまったけれど、誰も急かさなかった。


「愛してるわ。ジェレン」

「俺も愛しているよ、リディア。すぐ戻るから」


 ギュッと抱き締め合ってから、ジェレンは仲間とともに行ってしまう。


 ――――…それが長い別れになるなんて、誰も予想なんてできなかった。


 その夜、仕事に行った。随分とマフィアによる被害が減って、お客は一年前よりも明るくて幸せそうで、私は嬉しかった。

 なかなかこの仕事は辞められない。ジェレンが養うから、給料は寄付している。だからこの仕事はお客の笑顔と見るためと、情報収集のためだけになっていた。

ローマに旅行に行くから、お休みを貰うと店長と話してから、仕事から上がった。

 今夜はダリウスが迎えに来るはずだったのに、店を出ても彼は現れない。

 ジェレンに忠実な彼らしくないと不審に思いながら、帰り道を歩いたら、夜の街に銃声が轟いた。

 嫌な予感がして、思わず私はその銃声の方に駆け出した。

 路地裏に男性が数人、倒れた男性を取り囲んでいた。倒れているのは――――…ダリウスだ。

 苦しそうに胸を押さえている。

 吸血鬼は、普通の弾丸は効かない。だから瞬時に取り囲んでいる男性達が、吸血鬼ハンターだと理解した。

 手遅れだったんだ。

 ハンターに嗅ぎ付けられ、見付かってしまった。


「おい、見せ物じゃねーぞ。失せろ」


 煙草をくわえた眼帯で黒髪の男性が、私を振り返ると冷たく吐き捨る。

 普通ならばマフィアだと思い、人は見て見ぬふりして逃げ去るだろう。

 でも、私は逃げることができなかった。

 地面に横たわるダリウスの目は、"助けるな"と言っている。

 でも、もしも私がここで逃げれば、ダリウスはどんな目に遭う?

 猛毒を持たないハンターは、花のエキスで動きを封じた吸血鬼の身体を刻んで焼く。その残忍な方法でしかハンターは吸血鬼を葬れない。

 これからダリウスは想像を絶する拷問を受ける。

 大事な仲間がそんな目に遭うとわかっていて、見捨てられるわけがない。


「!?」

「逃げてダリウス!!」


 私は煙草を吸うハンターに体当たりをした。

 けれども、ダリウスが逃げる隙は与えることができなかった。

 ハンターが持つ銃で頭を殴られ、私は地面に倒れる。


「リディアっ、様っ!」


 ダリウスは起き上がることもできないダメージを負っていた。

 私を守ろうと手を伸ばすけれど、それは踏み潰される。

 私のお腹も踏み潰された。煙草をくわえたハンターが銃口を向けて見下ろす。


「バカな女め。吸血鬼に加担する人間は死刑だ」


 バカなのはそっちだ。

 私が吸血鬼を殺す武器だとも知らずに死刑にするのだから、笑いたいところだが無理だった。

 今まで考えないようにしていた死への恐怖に襲われる。何度迎えても、それは怖いことだと思い出した。

 なにより、ジェレンを思うと、泣いてしまう。


「言い残すことは?」


 睨み下ろすハンターから目を逸らす。

 同じく地面に横たわるダリウスはもがいていた。

 どうか、どうか、貴方は生き延びて。


「逃げて、ダリウス。貴方のせいではないわ。お願い、ジェレンに伝えて」


 私はダリウスに向かって微笑んだ。

 もっとそばにいたかった。リディアとして、ジェレンをもっと愛したかった。

 その心残りが悲しみになり涙を溢れさせる。


「生まれ変わったらまた逢いましょう――――…さようなら」


 希望はあるからこそ、笑うことが出来た。

 またジェレンが見付け出してくれると信じているから、彼の永遠の愛を感じているから、最期の時も笑える。

 愛しているわ。ジェレン。

 呼吸も痛くなる死の恐怖は、彼への愛で覆い隠した。

 愛している。愛している。

 無情に放たれた弾丸を受ける前に、私がどんなに愛するジェレンに生きてほしいかを思い知る。

 私の頭を貫いた弾丸は――――…とても冷たく感じた。




 また逢いましょう、私の最愛の吸血鬼さん。




end


吸血鬼ネタ、第三弾です。


数奇な愛の形ではありますが、永遠に愛し合う二人。



前から生まれ変わる少女を見付け出す吸血鬼のお話を書きたかったので、昔書いた吸血鬼ネタを書き直していました。

現在日本で六度目の再会から書いていたのですが、長くなりそうなので五度目から書き出したらこちらも長くなってしまいました(笑)


過去の海外を舞台は初めてで、ちょっと色んな意味でドキドキしてます←


六度目も近いうちに書き上げて、公開したいと思います。

バッドエンドではありますが、お粗末様でした。


20140517

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― 新着の感想 ―
[良い点] 海外の映画を観てるみたい、、、とても引き込まれました。
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