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好奇心デンジャー

海が見える小高い丘にマルヤマさんは住んでいました。家からも見える夕焼けに照らされた海岸を、寄せては返す潮騒の音を聞きながら、彼は散歩をしていました。

 「おや、あれはなんだろう。」

 オレンジ色に乱反射する水面の光とは別に目の眩むような光に彼は気づきました。どうせ何かのゴミだろうと何の気なしに拾い上げてみると、それは確かにゴミのように古びたビンでした。ですが、普通のゴミとも少しばかり違います。中にくるくると巻かれた紙が入っていたからです。

 「ははあ、誰かが異国の想い人に宛てた手紙が入っているんだな。中々ロマンティックな人もいたもんだ。」

なんとも微笑ましいどこかの送り主に、彼は心の片隅で恋が実るように精一杯応援しました。

ところがこのビンを閉じているコルクに「このビンを拾った最初の方へ。」という注意書きが、針のようなもので彫り込むように書かれていました。

 彼は辺りを見回しましたが、彼以外に人影はありません。つまり、マルヤマさんのことなのです。彼はなんとも怪訝そうな顔をして、ビンをまじまじと覗いていましたが、心の底にあった好奇心がふつふつと湧き上がり、気づくとビンの蓋に手をかけていました。

 中に入っていたのは、確かに紙でした。が、ラブレターではありませんでした。

 出てきたのは、なにやら図面のようなもので、そこには見たこともない計算式が所狭しと散りばめられ、完成図と思われるバスケットボールくらいの大きさの球体が描かれていました。しげしげと見つめていると、もう一枚の紙には、よほど重要なのか、奇妙な一文だけが震えたような字体で大きく書かれていました。

 「完成させた暁には、是非とも海に浮かべてください。その7日後に、報酬を授与させて頂きたく存じます。」その文の隣には、3本指で捺印がしてありました。

 「そうか、わかったぞ。これはどこかの国の科学者が、まだ立証されていない理論やら未知の科学物質があったらいいなあ…。などといった希望的観測を込めて作った図面なんだろう。しかし、あまりに夢を詰め込みすぎて、ふとした時に恥ずかしくなってしまったんだろう。そこで、ちょっと変わったやり方で捨ててしまったんだろう。」と、マルヤマさんは分析しました。

 彼は図面が入っていることを知ると、ぼんやりと眺めていた目には、キラキラとした輝きが漲ってきました。

 何を隠そうマルヤマさんは、X国を代表する科学者なのです。誰でも簡単にひよこの雌雄を見分けるように出来るようにしたのも彼ですし、雑種犬と綿毛を掛け合わせてサモエドを作れるように遺伝子組み換えをしたのも彼なのです。

 その大科学者の彼ですら、その図面を見て驚愕しました。自分には思いつかないような斬新で、目からうろこが落ちるようで、しかしながら大変高度な方程式が、この奇抜な代物を織り成していたのです。

 散歩をそこそこに切り上げるや否や、急いで自分の家、研究所という名の離れに駆け込みました。家に帰って改めて図面を見直しましたが、惚れ惚れするような、嫉妬さえしてしまうような出来栄えなのです。この見たことのない方程式を一つX国で発表する毎に、国中のスクープを独占することでしょう。

 現に彼は、研究所に篭もり、図面とにらめっこを挑み続けていました。そして目の下に色濃いクマを飼い慣らしながら一つ、また一つと方程式を解き明かしていき、その度にマスコミから大きな賞賛を浴びました。彼を世界一の科学者と呼ぶ声も日に日に大きくなっていきました。

 しかし、図面の球体へあと一歩と迫ったところで煮詰まってしまい、何をやっても上手くいきそうにありませんでした。

 その夜、マルヤマさんは、大好きなワインを片手にぼんやりと、穏やかな潮騒と星空を眺めながら窓辺で黄昏ていました。

 その時でした。満点の星空からこぼれ落ちるように星が流れていきました。その消え入りそうに儚い星をピントのずれた焦点で見た彼は、思わずこうつぶやきました。

 「あの図面の球体をどうしても完成させたい。私の科学者としての権威、いや、命に替えても完成させたいのだ。」そうぽつりと言ったと同時に、儚い星は大きく光ったと思うと、一瞬で夜に吸い込まれていきました。

 ワインを飲みすぎたせいか、重たい頭を起こしたのは太陽が一番高く昇り、暖かさもピークになった頃でした。

 まどろみの余韻に浸りながら、のそのそと洗面所に向かう途中でした。何かが足に当たり、ころころと転がっていきました。転がりながら視界に入ってきたものを見て、マルヤマさんの目は張り裂けそうに見開かれました。それはどうにも煮詰まって完成の目処すら立っていなかった銀色の球体だったのです。

 彼は、自分の舌を噛みました、それから耳を引っ張りました。それでも銀色の球体はなくなりません。紛れもなく本物だったのです。恐る恐る手で持とうと試みると、それは拍子抜けするほどに軽く、本当にバスケットボールのような重さでした。

 彼には、喜びもありましたが、何故いきなり球体が完成したかというのが気になって仕方がありませんでした。図面と球体を照らし合わせながら隈なく見てみましたが、どこにも不備はありません。マルヤマさんは全くわからなくなってしまいました。

 しかしながら、完成したのもまた事実です。彼は、別の紙に書いてあった報酬のことを思い出しました。あとは、海に浮かべるだけで、恐らく莫大であろう報酬を手に入れることが出来る事を考えると、未知の図面と悪戦苦闘した甲斐もあったと感激もひとしおです。そう考えた彼は、海は逃げもしないのですが、海に向かって一目散に駆け出しました。

 太陽のピークはゆっくりと過ぎ始めて来た頃に、マルヤマさんは海辺に着きました。海は青だったり、砂を含んで茶だったりで、期待と不安が入り混じっているようでした。

彼は、すっかりガタが来て上がりづらくなった肩を振り上げ海に向かって、銀色の球体を投げ込みました。球体は、衰えが見える太陽の放つ光を浴び、乱反射を繰り返す水面を切り裂いたと思うと、音を立てて潜り込みました。

 球体にどんな効果があるかは、マルヤマさんにもわかりません。それを知るために作っていたと言っても過言でもありません。

 固唾を飲んで見守っていた球体は、浮かんでくるのかと思いきや、一向に浮き上がってきません。呆気に取られる程に何も起こりませんでした。拍子抜けしてしまった彼は、何ともやりきれない気持ちで背中を丸め、砂浜に流れ着いた流木を小突くように蹴りながらとぼとぼと帰りました。

 結局何も起こらず、球体を投げ込んでから6日が経ちました。彼はあれからすっかり報酬の事なんか忘れてしまい、自分の研究に追われていました。

 そして、いよいよ報酬が与えられる7日目の朝になりました。彼は、自室のベッドで爽やかに目を覚まし、伸びをしながら美しい海を眺めよう思い、若々しい太陽の光が降り注ぐテラスに出ようとしました。

 テラスに出てからの彼の目は裂けんばかりでした。昨日まであった、揺蕩いながら、私たちを何十億年と見守ってきた母なる海が、すっかり干上がっていたのです。彼は慌てて部屋に駆け込んでテレビを点け、ニュースを見てみると、彼の家の前だけでなく、全世界の海で起こっているのでした。

 海があったであろう場所に向かうとそこは、砂、砂、砂。まるで広大な砂漠のように早変わりしていたのです。マルヤマさんはとりあえず、先の方に進んでみることにしました。

 彼は歩き続けました。果てもアテもないこの砂漠を。一時間ほど歩くとすっかり暑さと疲れにやられてしまい、足取りも覚束無くなってしまいました。

 まさに倒れそうかという時でした。彼の視界に銀色の球体が飛び込んできました。それを見たマルヤマさんは、倒れそうになった足に鞭を打ち、力を振り絞るように歩きました。

 藁をも掴むように球体に手を伸ばし、持ち上げようとしましたが、あれだけ軽かった球体はビクともしないのです。声を掛けてみてもだんまりです。次に耳を当ててみました。照りつけた太陽が表面を少し熱くしていましたが、心頭滅却して耳を押し付けました。

 すると、球体の奥の方から、ざざーん、ざざーんと、この世から無くなったであろう寄せては返す波の音が、微かながらもそれは確かに聞こえたのです。

 マルヤマさんは、寒くもないのに思わず震えてしましました。自分の興味本位で作ったものが海を飲み干してしまったのです。

 その時、辺りが大きな影に包まれたかと思うと、段々と近づいてきているのか、小さくなっていきました。見上げるとそこには、流線型の飛行体がどんどん地上に近づいてきているのでした。

 流線型は、地上に着陸したかと思うと、卵のように真ん中から割れ、中からつやつやでつるり、なんとも滑らかな表面を持った生命体が出てきました。

 「ああ、君がこれを作ってくれたんだね?」

 体の表面と同じく、滑らかに話しかけてきました。

 「そ、そうだ。一体こいつはなんなんだ!?」

 彼は答えましたが、気が動揺しているせいか、生命体ほど上手くは話せませんでした。

 「教えてやろう。我々はこの地球から光の速さで何百年とかかる場所にある星に住む者だ。こいつは、なんでも吸い込んでしまう物質だ。その証拠に海を全部飲み干しただろう。」

 生命体は、いとも簡単に球体を持ち上げ、銀色を愛おしそうに撫で回します。撫で回す手についている指は3本しかありませんでした。

 「そ…その指は…。あの図面の捺印はお前たちのものだったのか。」

 「そうだ。我々はいつもこうやって数々の惑星を乗っ取ってきたのだ。その星にいる生命体の知的好奇心を煽ることで、破壊兵器を自らの手でつくらせているのだよ。そしてその星が更地になったところで、我々はゆったりと標的にした星へ赴き、ゼロからの創造を始めるのだ。我々の手を煩わすことなく侵略ができるのだよ。君がこの星を壊したんだ。この星の母を殺した気分はどうだい?」

 つるりとした生命体には、表情こそありませんでしたが、なんとも嬉しそうな声色でした。その場にがっくりと膝を着いてうなだれるマルヤマさんには、自分をうすら笑うかのように聞こえました。

 「そういえば、お前に報酬をやらんとなあ。」

 そう言うと、生命体の体も、流線型の乗り物と同じように、お腹の辺りから卵の殻が半分に割れるように割れ始めたかと思うと、目の前にへたっていたマルヤマさんを一飲みして、自分に取り込んでしまいました。

 「我々に取り込まれるというのが、今回の褒美だ。どうだ、嬉しいだろう?」

 生命体の体は何事もなかったように細身に戻り、聞こえもしないのに滑らかに語りかけました。

 「大体、科学者が、誰かに祈るようになったら終わりってもんだろう。そうだろう?尤も、あの流れ星は、偵察に行った俺たちの乗り物を、奴が見間違えただけなんだがな。」

 流線型は、二人を乗せたかと思うと、あっという間に、海のような色をした空に消えていきました。


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