別れ
ライは少し赤くなった顔を誤魔化すように軽く咳払いをして、乃愛に向かって言った。乃愛はライのそんな様子に首を傾げ、リックはライたちに背を向けて、二人に聞こえないように声を抑えて笑っていた。
「話をするなら早くして来い。すぐにここを発つ」
「あ、でも、荷物の方も取りに行かないといけないから、先に一人で取ってくる」
「お前、馬鹿か?」
ライのその一言に先ほど抑えた怒りが簡単に沸点を超え、乃愛はライに勢いよく噛みついた。
「・・・っ、馬鹿じゃないもん!馬鹿って言った方が馬鹿なんだから!!」
「子どもの反応だな」
ライは呆れたような視線を乃愛に向けて、淡々と言った。
「せっかく捕らえた獲物から目を離すわけないだろう。もし逃げられたなら、再び捕まえるのに要らぬ体力や時間を使うことになる。それに次は今回以上に苦労するのは目に見えている。そんな面倒なことをするつもりはない」
「逃げないよ。いつかは帰りたいって思ってるけど、今はあなたたちと一緒に行くって私が決めたんだから」
ライの言葉を聞き、乃愛は真っ直ぐな眼差しでライに答えた。ライはそんな乃愛を見定めるように見て、負けた、とでもいうようにため息をついた。
「分かった。お前に今のところ逃げる意思がないのは理解した」
「じゃあ、取りに…」
「だが、お前を一人で行かせることはできない。だから、俺たちも一緒に行く」
乃愛の言葉を遮り言ったライの言葉に、乃愛だけでなくリックまで驚いた顔をしていた。
「なぁ、ライ。お前が言った俺たちって、俺も含まれてるの?俺が行くことは決定事項?」
「当たり前だろ。それとも、お前は一人でここで留守番してるか?」
「冗談!お前が行くのに俺が一緒に行かないわけねぇだろ」
「それなら、問題ないだろう」
「いや、そうなんだけど、ちょっとは俺の意見も聞こうよ。俺、泣いちゃうよ?」
「勝手に泣け。ノア、さっさと荷物を取りに行くぞ。案内しろ」
ライはリックに冷たく言い放つと、乃愛の手首を掴んで歩き出した。リックはライの言葉に体を丸めていじけていたが、ライたちが店の出口に向かうのを見て、慌てて二人に追いつき言った。
「なぁ、ライ、荷物なら後で城に届けてもらえばいいんじゃねぇの?」
「まぁ、ノアがいいなら俺はそれでもかまわないが。どうする?」
そう言うと乃愛にちらりと視線をやった。
「荷物をちゃんと届けてもらえるのなら、私は良いよ」
「それなら決まりだな。荷物は後で衛兵に取りに行かせるとして、ライ、彼女に城に行く前に話させてやった方がいいんじゃねぇか?」
「話?」
「そう、さっき話しただろう?世話になってた人たちへの挨拶」
ライはリックの言葉を聞いて少し考え、乃愛を見て掴んでいた手首を離した。そして、こちらの様子をうかがっていたマンセル一家の方へと背中を押した。乃愛は突然のことに驚いて、足を数歩踏み出した。
「えっ、ラ、ライ?」
「さっさと話をして来い。終わったら、城に向かう」
「…うん。ありがとう、ライ」
乃愛はライに向かって、僅かに微笑んでペコッと頭を下げた。そして、マンセル家の人たちへと近づいて乃愛は深く頭を下げて、謝った。
「嘘をついていてごめんなさい。ここに来た理由も私の性別も、私がどういう立場なのか、も隠してた。みんなのことを、騙すつもりは、なかったけど、結果的に嘘をつくかたちに、なってしまって、本当にごめんなさい。それにすごくお世話に、なったのに、まだ何の役に、も立てて、ない。…ごめ、んなさい」
乃愛は謝りながら言葉を詰まらせるようになり、言い終えると頭を下げたままギュッと目を閉じて服の裾を握っていた。そんな乃愛の髪をぐしゃぐしゃと撫でる手の感触がした。乃愛がハッとして顔を上げるとダグラスがニヤリと笑い、そして、乃愛のおでこを指弾した。乃愛が突然のことに驚いていると、頭にぽんっと手が置かれ、ダグラスの優しい笑顔と目があった。
「そんなに謝らなくていい。隠してるなんて水臭いじゃないか。ノアは俺たちの家族だろ?それともそんなに俺たちが信用できなかったか?頼りなかったか?」
乃愛は俯いて、ふるふると首を横に振り、声を絞り出すように言った。
「…ち、ちがう。ただみんなに迷惑をかけたくなくて」
「彼らに対しても同じようなことを言っていたが、そんなことは気にしなくてもよかったんだ。言っただろ、俺たちは家族だ。お互いに心配したり、支え合うのが当たり前なんだ。だから、ノアの悩みも出来るなら話してほしかった」
ダグラスはこちらの様子を黙って見ているライたちをちらり、と見た後に乃愛にさみしそうな笑顔を向けた。乃愛はそんなダグラスの笑顔と言葉に焦り、視線を彷徨わせてるとダグラスの斜め後ろに立っていたジェナと目が合った。突然のことに乃愛が目をそらすことも出来ずに固まっていると、ジェナが乃愛の目の前まで来て、力いっぱい乃愛を抱きしめ、自分自身を責めるように言った。
「済まなかったね、気づいてあげられなくて。いきなり知らないところに来て、知り合いも誰もいなくて、不安だっただろうに。初めに会った時に気づいてあげるべきだったのにね。辛い思い、させちゃったね」
「そんなことないっ!…この世界に来て、初めて会ったのがジェナさんでよかった。見ず知らずの人間なのにみんなが私のこと家族って言ってくれて嬉しかった。少しの間だったけどすごく楽しかった。こんなに温かい場所、向こうの世界でもあんまりなかったから、本当の本当に嬉しかったんだよ、ありがとう。…だから迷惑なんてかけたくなかったんだけど、ごめんなさい。今までお世話になりました。もう会えないと思うけど、お元気で。このご恩は一生忘れません。本当に、ありがとうございました。」
ジェナの言葉を乃愛は強く否定した。そしてジェナの乃愛を抱きしめる腕をそっとはずして、頭を深々と下げて今までの感謝を伝えた。
「…じゃあ、もう行くね」
乃愛は顔を上げて、マンセル家の人たちの顔を一人一人見渡し、泣きそうになるのを堪えながら微笑み、背を向けてライたちの元に行こうとした。その時、どんっと腰のあたりに何かがぶつかってきた。普段より強い衝撃に驚いて腰のあたりを見ると、予想通りミックが腰に抱きついていた。いつもと違ったのはルースとケントも乃愛の腰にしがみ付いていたことだった。
遅くなりました。今回は中々、書けませんでした。これからもどうぞよろしくお願います。