攻防戦
乃愛の突然の変貌に周囲の空気が固まってしまった中、乃愛に近づいてくるライの姿があった。ライは乃愛と視線を合わせながら、カツカツと足音を立てて一歩一歩乃愛との距離を詰めてきた。乃愛は突き飛ばされたまま座り込んだ格好でいたので自然とライを見上げる形となっていた。ライは乃愛の傍まで来ると、しゃがみ込み視線を合わせて口を開いた。
「やはり、お前が俺たちが捜していた娘だったんだな」
「ち、違います!私は神子ではありませんっ!!」
「俺は神子を探しているとは一言も言っていないが?まぁ、探していた娘が神子なのは間違いないが」
「だから、神子じゃないって言ってるじゃないっ!!」
乃愛はライに向かって叫ぶように否定した。その訴えにライは不意に乃愛の髪に手を伸ばした。乃愛はライの突然の行動にびくっと体を縮こまらせたが、ライは乃愛のその反応を無視して髪に触れて指に絡ませて、感触を楽しんでいるようだった。ライの普段の姿からは考えられないような優しい手つきに乃愛はどうしていいか戸惑ってしまった。そんな乃愛の様子を面白そうに見ながらライは言った。
「これほど見事な黒髪は見たことがない。黒い瞳も神秘的な輝きを放っている。この国の女神として信仰されている神と同じ髪と瞳の色だな」
「それはっ!」
乃愛は反論を試みようとしたが、ライに遮られてしまった。
「この国には黒髪黒目は突然変異か別の国の人間でなければありえない。そして、突然変異で黒髪黒目の子どもが生まれたという話は聞いたことがない。ここより南の方の国では黒い髪や眼をした人間が生まれるというがその者達は同時に肌も濃い褐色をしているという、だが、お前の肌はこの国の人間と同じような白色に近い色をしているな」
「それが私が神子であるという証拠になるっていうの?!」
「いや、疑いを強くする要因にはなるだろうが、決定的証拠にはならないだろうな」
「それなら、私が神子だということを確実に証明することはできないじゃない!」
「だが、疑うにたる要因はまだ他にもある。お前が本当の姿を周囲に隠して、性別まで偽っていた理由だ」
「…っ、それは神子だということがバレたら周りに迷惑が掛かるだろうと思って」
「まぁ、確かに神子であろうがなかろうが黒髪黒目であることで周りが騒ぐ原因にはなるだろうが、世話になっていた家の人間にまで隠すような理由にはならないだろう?」
「…それはジェナさんたちにもつかなくてもいい嘘をつかせることになってしまうと思って」
「それも一理あるだろうが、それだけが理由ではないだろう?自分が神子だということを隠しておきたかったからじゃないのか?」
「だから違うって言ってるじゃない!それにあなたには関係ないでしょっ!?もう私のことなんて構わないで!!」
「そういうわけにもいかない。お前が神子ならば俺は無関係ではいられないからな」
「…?、どういうこと?」
ライは不敵に笑い、乃愛の耳元に口を近づけて周りには聞こえない音量で囁いた。
「俺はこの国の王だ。つまりはお前の夫となる人間ということだ」
乃愛はライの言葉をすぐさま理解できず、思考が停止した。確かに、歴代の神子がその当時の王と結婚しているという話は噂で聞いてはいたが、それがイコールとして自分やライのことに繋がらなかったのだ。そして、徐々にそのことが脳に浸透していくと目を見開き、慌ててライから体を遠ざけてまじまじとライの顔を見つめた。普段はフードに隠れて見えない顔が見えていた。髪と目の色は分かりにくいが、切れ長の瞳、すっと通った鼻筋にうすい唇、まるで彫刻のように整った顔立ちで、乃愛は一瞬見惚れてしまった。
「……っ、あなたが…?嘘よ。そんな証拠がどこにあるっていうの?」
「そんなものはいくらでも証明するものはある。証言してくれる人間もな。なんならここで俺の連れに証言させてやってもいいがこれ以上の騒ぎになるのはお前も避けたいんじゃないのか?」
「それは…」
ライは話しながら、連れであるリックをちらりと見た。乃愛もその視線を追いながら、ライの言葉を何とか否定しようとしたが、反論する言葉が喉から出ず、言葉に詰まってしまった。
「どうやら納得してもらえたようだな。異論がないなら行くぞ」
「待って!まさか本当に私に連れて行くつもりなの?私、貴方と結婚しなくちゃいけないの?!」
乃愛はライが本気で自分を城に連れて行こうとしていることを感じ取り、思わず口をついて出ていたこの言葉で自分が必死に否定していたことを認めてしまったことに気が付かなかった。しかし、ライは聞き逃さなかったようで、乃愛の髪を指に絡めて遊んでいたのを止めて、してやったりと笑ってから右の手首をしっかりと掴んだ。乃愛の方はしっかりと掴まれた手首とライの顔を見比べて、驚いた顔をしていた。
「えっ、と、なに?なんなの?」
「認めたな」
「えっ?」
「今の言葉で神子ということを認めたな」
「私がいつ…、っあれは、その、違うの。そういう意味じゃなくて、あの、えっと…」
乃愛は自分の言動を振り返って失言したことに動揺するあまり、何と言ったらいいのか分からなくなって必死に首を横に振り、先ほどの言葉を否定してライから逃げようとした。けれど、ライは乃愛を逃がす気はさらさらなかった。乃愛の手首をより一層強く握りしめて立ち上がった。そして、乃愛のことも無理やり立ち上がらせて、ずっと気になっていたこと聞いた。
「今更否定しても何の意味もない。そんなことより、俺と一緒に来るのがそんなに嫌か?」
「…嫌、というか、私は元の場所に帰りたいの。でもあなたについて行ってしまったらもう一生帰れなくなる気がする。だから、行きたくない」
乃愛はライの偉そうな言葉にムッとした顔をしながらも、しぶしぶ言葉を濁して口を開いた。ライの方もその言葉を受けて、面白くなさそうな顔をしていたが、乃愛は顔を俯けていたために気づかなかった。
「だが、俺はお前を連れて行くぞ。例え、どんなに抵抗されたとしてもな。それに神子だということが周知の事実となってしまったからにはお前は俺と一緒に来るしか道はないはずだ。お前がどうしても俺と来ないというのなら、お前が世話になっていた者たちにも要らぬ咎めがあるかもしれないな」
その言葉で、乃愛はライをはっとした顔で見た。ライは続けて言った。
「そうなってくるとここで店をやるのも難しくなるかもしれないな。もしかしたら、不当に神子を隠していたと噂が流れて、ここに住めなくなり、他の街へ行くか最悪国外に出て行かなければならなくなるかもしれない。だが、お前が一緒に来るというのなら、彼らはここで店を続けられるし、咎めを受けることもない。どうする?」
「酷いっ!私は神子なんかじゃないのに!元世界に帰りたいだけなのっ!!ねぇ、帰してよっ!!それができないならせめてここに、この人たちのところにいさせてよっ!!」
「お前がどう言おうとお前は神子だ。お前が神子である以上俺と来る以外選択肢はない。それに理由はどうあれお前は彼らを騙していたんだ」
ライの言葉に顔を歪ませ、泣きそうになりながらそれでもライを真っ直ぐに見つめた。それからジェナたちに視線を移して、こちらを不安そうな顔で見ている五人にジェナと出会ってからの楽しかった日々が走馬灯のように過った。そして、親切にしてもらった恩を少しも返せていないことを謝りたくなった。
(確かに神子だということがバレた以上ここにいたら、みんなに迷惑がかかる。それに事情はあったけど、嘘をついてたことに変わりはないし、許して、もらえないよね…)
ライの言葉で乃愛はライに付いていくしかないのだと思い知り、今まで自分がついていた嘘を振り返って、ますます落ち込んだ。それから、両目をぎゅっと瞑り、両手を強く握りしめて決意すると、ライを真っ直ぐに見つめて言った。
「…私、あなたと一緒に、行きます。でも、あなたと結婚するために、行くんじゃないです。ここにいたら、たくさんの人に迷惑が掛かるから行くんです。そして、私はいつか元の世界に帰ります。この世界にずっといるわけじゃない。そのことだけは覚えておいてください。私は決してあなたの思い通りになんて動かない」
「今はそれでもいい。お前が俺と一緒に来るというのならば、な。そのうち帰りたくないと言い出すようになる」
乃愛の真っ直ぐな視線を受けて、ライは不敵に笑った。
今回はライが意地悪でした。書いてて、どうなのこれ、と自問自答してました。まだまだ未熟者ですが、これからもよろしくお願いします。