発覚
乃愛がライとリックの二人にあってから1週間経っていた。その間にライたちは、乃愛の働く店に2日とあけずに通い、その度に乃愛は寿命が縮まる思いがした。ライの側はこの1週間で乃愛を城に迎えるための外堀を着実に埋めていき、準備は万端整い、後は乃愛の正体が神子だということがばれるのを待つだけとなっていた。
そして、この日もライたちは店に姿を見せていた。
「…どうぞ、お冷になります」
乃愛はビクビクしながらも、ライとリックにの前に水を差し出した。その様子を見てライは面白そうな、リックは同情的な視線を向けてきた。そんな視線に気づかずに乃愛は言った。
「…何にしますか?」
「まだ決めかねているところだ」
「ごめんな、食べた料理がどれもおいしかったからついつい迷ちゃってさ」
「いえ、大丈夫です。では、注文が決まったら呼んでください」
「あぁ、分かった」
ライの了承を聞いて乃愛が厨房の方に向かおうとすると、乃愛の腰のあたりでポスッと音がして、ぎゅっとしがみ付いてくるものがあった。乃愛が視線を下に向けると、ミックが子犬のような目で訴えかけてきた。
「ノ~ア~、ぼくもおなかすいた~。はやくごはんたべよー?」
ミックのあまりの可愛さに乃愛は母性本能がくすぐられた。
「(可愛い!こんな弟いたら、すごく甘やかしちゃいそう。いや、むしろ、今すぐ甘やかしたい!甘やかして、お持ち帰りして、…はっ、危ない思考回路になってる。危ない危ない)…そうだね、ジェナさんたちに言って、ルースたちと一緒にご飯食べよう。ルースたちはまだ外?」
「うん。まだおそとだよ。おねえちゃんたちごはんことすっかりわすれてるみたい」
「そう、じゃあ、一緒に迎えに行こう?」
「うん!」
乃愛とルースたちは普段お昼のピークを過ぎたくらいに食堂の片隅でダグラスに作ってもらった料理を食べるようにしていた。ミックに対してメロメロな気持ちを顔には出さず、乃愛はにこっと笑いかけて手をつないだ。そしてルースたちを迎えに行こうと普段三人が遊び場にしている食堂の裏手の敷地に行くため、厨房にある勝手口に足を向けた。
その時だった。乃愛たちの後ろでガシャンっと、何かが割れるような大きな音がした。
乃愛が慌てて後ろを振り返ると、顔を赤らめた一人の男が立ってテーブルを蹴飛ばそうとしていた。テーブルの下にはお皿やコップが散らばっていて、さっきの大きな音の原因であることは一目瞭然であった。男は、テーブルを蹴り倒し、意味不明な言葉を言いながら暴れていた。それを見ていた乃愛は、不安そうに彼女の服の裾を握るミックを見て、厨房の方に避難しようとした。すると、バタバタとした足音が聞こえてきた。音を聞きつけてダグラス夫妻が厨房から出てきたのだ。乃愛たちはダグラスたちのところに駆け寄り、声をかけた。
「ジェナさん、ダグラスさん」
「ノア、ミックも、大丈夫だった?ケガはない?ルースたちは?」
「大丈夫、あの男の人が暴れているところからは離れてたから。ルースたちはまだ裏で遊んでると思う。でも、早く辞めさせないと他のお客さんに迷惑が掛かっちゃう」
乃愛は、少し離れたところで顔を真っ赤にして、怒鳴り散らしている男を見ながら言った。乃愛の言葉を聞き、乃愛とミックの二人に特に怪我がないことを確認すると、ダグラスもジェナも安心したように笑った。そして、暴れている男に視線を移して、ダグラスは男が暴れている方に足を向け、ジェナは乃愛たちのところに留まった。男のそばまで行くとダグラスは男に向かって、やんわりと声をかけた。
「お客さん、そんなに暴れられては他の方の迷惑になります」
「んだとっ!?なんでてめぇにそんなこと言われねぇいけねぇんだ!!こんな風に憂さでもはらさねぇとやってられねぇんだよ!!!」
男は怒鳴り声をあげながら、男の周りに置いてあるテーブルなどに当り散らしている。他の客は時折悲鳴を上げながら、店の隅の方に避難をしていた。だがライとリックの二人は男が暴れているところから2,3メートル離れたところでいつでも動けるように男の動向を注視していた。
ダグラスはその間にも男を止めようといろいろ言っていたが、男は聞く耳を持たず、ついには椅子を持ち上げてダグラスに向かって投げつけた。ダグラスは椅子を避けようと身をかがめようとしたが、そこに店の裏手で遊んでいたルースとケントが食堂の中の様子がおかしいことに気づいて、厨房へと繋がる出入り口から店の中に入ってきた。食堂内の騒然とした雰囲気にびっくりした様子の二人に気づいて、自分が椅子を避けるとルースたちに当たってしまうと判断したダグラスは、反射的に体を起こしていた。すると、次の瞬間椅子がダグラスに当たり、どさっと大きな音を立てて、ダグラスは頭から血を流して仰向けに倒れこんだ。
「「ダグラス(さん)!!」」
「「「お父さん!!」」」
乃愛とジェナ、ルースたちは急いで、倒れたダグラスの元に駆け寄った。そして、僅かにうめき声を上げるダグラスの様子に一先ず安堵のため息をついた。とりあえず、命に別条のないことに安心した乃愛は、ダグラスをこんな目にあわせた男に向き直った。
そして、乃愛は男に食って掛かった。
「何てことするの!?もし椅子の当たり所が悪かったらどうするつもりなのよ!!」
「…っ、避けなかった方が悪いんだよっ!もし死んじまってても自業自得だろっ!!」
「ふざけないでよっ!なんで自業自得なのよっ!!あんなもの投げるなんてっ!!」
乃愛は怒りで我を忘れて、知らず知らずのうちに男の子言葉づかいではなく普段の通りの言葉遣いになっていた。周りもあまりの騒ぎ気づく者もいなかったが、ライとリックだけは気づいていた。男の方はまさか、本当に椅子が当たってしまうとは思っていなかったらしくバツが悪くなって逆切れをして、乃愛に向かって怒鳴り返していた。
乃愛と男のやり取りはヒートアップしていき、ついに男は乃愛に掴みかかった。乃愛の方も男に掴みかかろうとしたが、体格差があり、それに男女の力の差によって思うようにいかなかった。そして、男は乃愛の髪を掴んだ。乃愛は短い悲鳴を上げ、髪を掴んでいる手を何とか離させようとした。その様子を見て、リックが止めに入ろうとしたがライが手で制した。まだ手を出すな、と目が語っていた。
そして、男は乃愛の髪を掴んだまま突き飛ばした。それによって軽くではあるが少し動き回るだけでは落ちないように留めていたウィッグが外れ、隠れていた黒髪がさらりと解けてしまった。乃愛は倒れこんだ時の痛みに目を閉じて耐え、次の瞬間には目を開けると、先ほどまで興奮して顔を真っ赤にしていた顔が驚愕に染まっていた。その男の手に持っている茶色の塊を見て、急いで自分の頭を触り、髪の色を確認した。乃愛はあまりの事態に呆然として、ふと視線を下にやると自分の服に何かがついていた。それを摘まんでみると、コンタクトレンズだった。目に手をやり、瞬きをすると、コンタクトレンズをつけているときの違和感がなかった。慌てて下を見るとやっぱり
もう片方のコンタクトレンズが落ちていた。
そして、周りを見ると、さっきまでの騒がしさが嘘のようにしーん、と静まり返り、驚愕としか言えないような顔が並んでいた。その中でライと目が合い、ニヤリ、と笑われたような気がした。
ついにばれてしまいました。次回はライの暴走?になります。