企み
ここ、バスティア国は比較的温暖な気候で、一年中が春のような陽気なので、その気候のおかげか農業が盛んに行われている。そして、その豊かな土地を狙って、近隣諸国は何度も攻め入ろうとしたがその度にこの国の優れた軍事力に阻まれ、国を落とせる機会が来ても、何か目に見えない大きな力に邪魔をされてしまう。そしていつの間にか、バスティア国は神の加護を受けているという噂が広まり、どの国も攻めようとはしなくなった。それから、戦争をしなくなって100年がたち、バスティア国は農業や軍事だけでなく、産業や商業も発達してきてますます豊かな国になっていった。
ライは、自室の執務机に座りながら机を挟んで自分の正面に立つエルに淡々と周囲の状況について問いかけた。
「エル、大臣たちはどう言っていた?」
「一部の大臣たちを除いて、概ね友好的に神子様を王宮に迎えることを了承していらっしゃいますね」
エルの言葉に、ライはピクリと片眉を上げた。
「…その一部は神子が王宮に入ることを認めていないということか?」
「認めていないというよりは、むしろ、できることなら元の世界に帰ってほしいと思っているでしょう」
「それを願っているのはデズモンド・ベントリーか?」
「はい。女神からの神託通り、神子がこの国に現れていたとしても真実その者が神子であると証明することはできないのだから、そんな得体のしれない人間を王宮に迎えることは賛成できない、そう言っておられました」
「馬鹿な、今回で神子が現れたのは6人目だが、今まで現れた神子はみな、女神と同じ黒髪黒目であったと言われている。この国では黒い髪や目の人間は見たことがない。それが神子だという証拠だろうが」
「わたしもそう告げてみたのですが、国政を操ろうとしている者が神子が現れたことを聞いて、髪を黒く染めることは可能であり、南の国々には髪も目も濃い人間が多いので、その辺りの娘を神子に成りすまさせている可能性もあると、その神子に成りすました娘が国政を傾けるかもしれないならば王宮に迎えるべきではないと仰っていました。」
「ふんっ、国政を操りたいのは自分だろうに、あんっの古狸め」
ライは、エルの報告を聞きながら、国政を虎視眈々と狙っている者の筆頭たる男の顔を思い浮かべ、イライラを募らせた。そして、ライはデズモンド・ベントリーのさらなる監視を続けるようにエルに命じた。その間、壁に寄りかかって黙って話を聞いていたリックは壁から背を離して二人に近寄った。
「まぁ、その古狸のことはエルに任せるとして、神子サマの件はどうするんだよ」
「どうするとは?」
リックの問いに、ライはきょとんとしながら小首を傾げた。すると、ライの首にかかるぐらいまである髪がさらりと流れた。女性がすると可愛らしいが男がしても気持ち悪いだけの仕草が、ライがすると驚くほど様になっていた。世の女性たちが見たら悶絶しそうな色気ではあったが、もちろんエルもリックも女性ではないし、いくら顔が良いとはいえ、男相手にときめくような趣味もないのでいつもの事として話を先に進めた。
「神子サマにどうやって王宮に来てもらうんだよ?」
「わたしもそれは気になっていました。どうなさるおつもりですか?」
「どうやっても何も、神子としての正体がばれたら引っ張ってくればいいだけの話だろう?」
「お前、無理やり連れてくる気か?あの食堂で働く神子サマを見ただろ?そんなことしたらお前、一生嫌われることになるかもしれないんだぞ?!分かってるのか?!」
「神子だと俺が直感した段階で引っ張って来なかっただけ昔よりも成長したと褒めてほしいものなんだがな」
ライは目を見開いて驚く忠臣の二人の様子にムッとした顔をして、ぷぃっと横を向き呟くように言った。ライの反応にエルは呆れたようにため息をつき、リックは頭痛がするとでも言うように頭を抱え込んだ。
(俺、こんな我儘な王様によく付いて行ってるよな。十数年の慣れってとこかねぇ)
(ライは本当に我儘ですね。まるで大きな子どもだ。育て方を間違えたのかな…)
エルとリックはライに対してそれぞれ呆れた印象を抱いていた。
ライとエル、リックの三人は今の肩書は上司と部下だが、その一方で幼馴染であり、友人関係であった。ライはバスティア国の国王に史上最年少で就いた王であり、エルは王を補佐する宰相であり、リックは王を護衛する近衛の隊長である。三人の中で最年長はエルで26歳、次にリックが24歳、ライが最年少で21歳、エルとライは5歳離れており、幼いころから一緒だったのでライにとってエルとリックは兄のような存在であり、二人もライのことを弟のように可愛がっていた。
ライがエルに会ったのは、ライが6歳の時、エルが11歳の時で、エルが父親に連れられて登城した時だった。最初にあった時のお互いの印象は最低最悪だったのだが、何度か会って話すうちにある出来事がきっかけとなり、仲良くなっていった。それから数か月たった頃、当時国王だったライの父親の計らいでライの母方の従兄であるリックがライの遊び相手として王宮に呼ばれたのだった。そしていつの間にか、ライたち三人は一緒に遊ぶようになり、たまに、王宮をこっそり抜け出して城下街で遊ぶこともあった。
そして、今から約一年前、ライの父親であるクライド王が突然、自分はもう年なのでライに王位を譲って国のはずれにある別宅で隠居をすると言い出したのだ。しかも、ライに王位を譲る根回しを入念に行って断れない状況を作るという計画的犯行である。隠居宣言から2か月後、ライの母親であるフィオナ王妃を連れて本当に移り住んだのであった。ちなみにライには今年14歳になる妹と今年12歳になる弟がいる。妹のリリアンはこの頃大人ぶったことを言うようになり、弟のルークの方は兄の役に立とうと必死に勉強に打ち込んでいる。ライもこの二人には敵わず、今も王宮に住み、暇を見つけては兄のところに遊びに来ている。
「ところで、明日はどうするんだ?」
リックは、明日も乃愛のいる食堂に行くのか、と遠回しに聞いてきた。
「いや、明日は時間がないからな、明後日行く」
「時間がないのはいつもの事ですし、無くても無理にでも作っているのに明日はどうかしたのですか?」
「古狸とその取り巻き連中に釘を刺しとかないとな。俺に逆らったらどうなるのか」
ライの何かを企むような顔に、少なからず二人はそのライの標的となる人物に同情した。
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