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——ここに里香は連れてこれないな


グラスに注がれた赤色のワインがやけに黒くて、カフェで飲んだブラックコーヒーを思い出した。

ドリンクが運ばれ、横に神楽が座る。距離が近い。太ももが触れる。甘い香水。


「セイナ、今日可愛い」


——今日「も」ではない。ここでは彼女ではない。神楽は担当で、セイナは姫だ。


その声は、少しだけ低く、柔らかく加工されていた。そう思った瞬間、胸が痛んだ。隣の卓で、シャンパンが開く音がした。


「コールいきまーす!」


手拍子。ホストたちが集まり、大声で煽る。


「ジュリア様〜!神〜!女神〜!」


ボトルが一気に空く。隣の卓の女の子は泣きながら笑っている。カードを差し出す手が震えている。


「今日でこの子、200いく」

神楽が耳元で囁く。


——200万。

お金が、感情より大きな音を立てていた。はじめて、怖いと思った。誠也のことを。義務教育で教えてもらった道徳は、意味をなしていなかった。






吐瀉物と尿を避けながら、ひたすらにあるいた。新宿西口の朝4時半は、以外と閑散としている。


「火、持ってへんよな」


「ごめん、ない」


「だよな」


少し不機嫌そうに電子タバコに持ち替えた誠也は、どこか清々しい表情を浮かべていた。


——たばこ



誠也が吸っているところは今まで一度も見たことがなかった。でも、神楽は吸う人だった。



「そろそろ店戻んなきゃ。今日は体入扱いだから、会計こっちでつけとく。」


「わかった。ありがとう。」


手を振って振り向くころには、もう角を曲がっていた。私は、だれと付き合っているのだろう。



________________________________________

彼はすぐに売れた。納得だった。


「顔がいいだけじゃ無理やねん」


そう言いながら、彼は営業を徹底していた。LINEは常に未読ゼロ。

「今何してるの?」

「寂しくない?」

「今日きてくれたらうれしいな」


一人一人、文面が違う。絵文字もハートの数も変えている。


「依存強い子は、間空けると不安になるんや」


何一つ恋じゃない。完全なマーケティング。金を増やす戦略。


ある夜、彼の部屋で売上表を見た。女の子の名前と金額。横にメモ。

「親と不仲」「自己肯定感低」「押せば200は出る」

頭が真っ白になった。


「ちょっと、何これ。この女の子たちは、物じゃない。人間だよ」


震える声で言った。彼は冷静だった。



「俺も人間や、俺は金が欲しいだけ。需要と供給なんやこれも。」

欲しいだけ。それだけで、ここまで来た。



「でもね——聖菜は特別」



——『特別』



その『特別』が戦略の一部じゃない保証はない。

数年前には大好きだった、その『特別』。快感だった。でも、今ならわる。『特別』はロマンではない。ネオンの光とともに私は学んだ。理性が焼ける瞬間、溺れる感覚。それが刺激的で、儚い愛だと錯覚してしまった。自分が壊れていく音を、わざと美しいメロディーに変換しようとした。


________________________________________



彼はすぐに1位に上がった。店の前に大きく写真が出る。煌びやかなスーツ。

「今月はトップ狙う」

その目に、私は映っていなかった。一度だけ聞いた。


「もし私が、店に通ったら?」


彼は少し笑って、

「やめとけ。俺、情で負けないから」



その言葉が、すべてだった。私は勝てない。彼の中で一番なのは、お金だ。恋は花火だと思っていた。でも違う。ここで咲いているのは、値札のついた光だ。一番高く払った人が、一番美しくて煌びやかな大輪を夜空に咲かせることができる。私は、その世界のルールを知らなかった。知りたくなかった。



損得で考えたら、私はもう利益を生まない。



「別れよ」


青山一丁目のおしゃれなカフェで、静かに別れを告げたとき、彼はメロンソーダのアイスをスプーンですくっていた。


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