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「普通に働きなよ。チェーン店の飲食とか。」

私の言葉は空虚な空に溶けていく。返ってきた言葉は一番彼らしかった。



「夜、夜や。ずっとやりたかったし、ホスト」

冗談だと思った。でも彼は本気だった。

「え」

「やるなら歌舞伎町っしょ。金が一番動く」


彼はもう、調べ尽くしていた。売上の相場。ナンバー争い。バック率。初回荒らしの客層。

「トップは月2000とかいく」

目が光る。

「俺、数字強いからさ」



彼は、数字にとらわれて生きている。ものでうまくいかないのなら今度は、人の気持ちを、数字で。

「そっか、応援するよ」


「ありがとう。俺が稼いで、聖菜のこと幸せにするよ。好きなもん、何でも買うたる」


なぜだろう。もっと派手で、もっと壊れそうな世界を私はなぜか、知りたくなった。見に行きたくなった。だから、彼がホストになっても、別れようと思わなかった。



________________________________________



その重いドアは、まるで外の世界との境界線だった。暗い、でも、光が多すぎてまぶしい。

LEDの青と紫。鏡張りの壁。シャンパンボトルが並ぶ棚。

「いらっしゃいませー!」

一斉の声。

その揃い方が怖かった。黒のソファは柔らかく、深く沈む。テーブルに置かれたメニューは分厚い。席に着くと見慣れた顔が隣に座る。



「今日は、月見神楽だからね。」



——月見神楽



そこにいたのは、誠也とは全くの別人だった。



一番安いボトルで数万円。高いものは、軽く三十万を超える。

「これ、普通に出るの?」

小声で聞くと、

「余裕で」

と神楽は笑った。

売り上げが伸びてきたから見に来てほしいといわれ、体験入店として招待された。恐怖も、罪悪感も、夜の世界に対する後ろめたさもない。だって、彼氏のバイト先に遊びに来ただけだから。

________________________________________


里香の彼氏が働くカフェに遊びに行ったのは、2か月前のことだ。


「ねえ、聞いちゃったんだけどさ、聖菜の彼氏ってホストやってるの?サークルで噂になってるよ」

里香がカフェオレを飲みながら言う。


「うん、最近調子いいらしい」


里香は、吹奏楽のインカレサークル仲間だ。長期休みには二人で韓国旅行に行くほど仲がいい。

「それさ、普通にやばいよ。私だったら、彼氏がホストなんて嫌だよ。」

何百回と聞いた。里香もそっち側の人間だ。さすがに自分でも自覚している。私が、『じゃない方』の人間であるということを。



「でもね、なんか期待しちゃうんだよね。手段は卑怯かもしれないけど、彼は何でも買ってくれるし、この前だって記念日にハワイ旅行連れてってくれたし。ちゃんと私が一番って言葉にしてくれるし。」


怖かった。誰かに気づいて欲しかった。彼の口から放たれる「大好き」はきっと口だけだとわかっていた。誰かに自分の恋愛を打ち明けるということは、共感してほしいのではない。自分を正当化して、見たくない部分をきれいに塗りつぶしているだけだ。まだ希望があると、思い込ませたいだけだ。


「聖菜がいいならいいんじゃない。でも、聖菜が悲しむ姿は見たくないからさ。」


まだ、私を見捨てていない。いや、呆れているのだろう。でもその事実だけでも私は救われた気がした。女が一番恐れているのは、自分以外の女に見捨てられることだ。


一瞬その風がよぎった気がして、胸が締め付けられた。


里香の彼氏は中堅私立大学に通い、サッカーサークルの友達も多いようだ。カフェと塾講師のバイトを掛け持ちし、コツコツ貯金をし、デート代に使っている。休日にはドライブ、全休の日にはよく映画デートをしている。そんな里香を見ていると、いかに自分が危ない橋を渡っているのかが分かる。



「嫌いにならないでほしいな。」



里香は笑いながら腕を組んだ。



「逆にうらやましいよ。聖菜はほんとに人生してて。私には足りない、おもいきりがあるというか。聖菜らしくていいと思うよ。」



私は里香がうらやましかった。世間的な『普通』の恋愛がしたかった。

少し背伸びをして表参道のモーニングに行ったり、下北沢でおそろいのスウェットを買ったり、みなとみらいで誕生日を祝いたかった。家で映画デートをして、次の日の1限を飛ばして、バイトも飛んじゃえーって親戚死んだことにして店長に電話を掛ける。そういう『普通』が欲しかった。



1年記念日をハワイで過ごしたって、定期テストのご褒美にmiumiuのカバンをもらったって、昼間は会えない。クリスマスもバレンタインも会えない。それでも、使い古した「大好き」を聞くために私は誠也を手放さなかった。



なぜなら、彼にとっての『特別』だから。歌舞伎町の有名ホストクラブの人気メンバー。そんな彼の『特別』に私は、溺れていた。


「そっか」

そう言って私は、冷めたブラックコーヒーにミルクを注いだ。



________________________________________


——ここに里香は連れてこれないな



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