⑤
彼は、最初から少しだけ歪んでいたのかもしれない。
「世の中、金がすべてだから。」
それは冗談みたいに軽い口調で言われるのに、どこか祈りのようでもあった。
上京して一年がたったころ、通信系のアルバイトで出会った柚木誠也に一目ぼれをされ、気づけば付き合っていた。
柚木誠也は転売屋だったことが発覚したのは、出会ってからすぐだった。この時に分かれるべきだった。その頃の私はこれが『東京』だと思い込んでいた。デートの帰り道に、ヨドバシカメラに並ばされるのは日常茶飯事だった。
限定スニーカーの発売日は、朝五時にアラームが鳴る。
「アラーム早いよ」
眠い目をこすりながらつぶやくころには、彼はパソコン3台と向き合っていた。積まれた未開封のスマホの箱が目に入る。箱の隣には空のエナジードリンクの缶が二本。私が寝ている間に飲み干していたのだろう。そして三本目を開け始めた。
「今、大事だからあとでね」
抽選フォームを同時に何十件も開き、リロードを繰り返す。見慣れた光景。スマホ、タブレット、ノートパソコン、アニメのキャラクターフィギア、ゲームのカード。パソコンのボタン一つで、すべてが金に化けていく。
「数打ちゃ当たる戦法やから」
画面に映る“当選”の文字を見て、彼は子供みたいに笑った。
箱のまま積まれる未開封の段ボール。ブランドのロゴが並ぶ部屋。パソコンのコードだらけのたこ足配線はキャパオーバ―寸前だった。
鳴り響くクリック音。売れた瞬間に、彼の目は輝いた。
「ほら、倍」
数字の画面を見せられる。数万円が、十数万円になる。その快感が狂気だ。
「これってさ、ちょっと悪いことじゃない?」
私が聞くといつも同じ答えが返ってくる。
「ちょっとネズミが顔出すくらい。需要と供給。ただの手段。」
倫理より、効率。罪悪感より、利幅。大学生のくせに、財布には常に何十万も入っていた。
でも、不思議だった。あれだけ稼いでいるのに、安心した顔を一度も見たことがない。
東京都庁の展望台から見える夜景はきれいだった。
「誠也の夢ってなに」
「タワマンの最上階に住むこと」
淡々と話す彼の目は何を考えているのかわからない。
その日は雨が降っていた。雨の日のかすむ空に負けないほどの光が目に飛び込んでくる。
「わー、人が歩いてるのが見えるよ」
下の方をのぞき込んで指をさしながら、無邪気にそんなことをつぶやく。
「高いところから人眺めるとさ、人間が蟻に見えるよな」
彼には人間の心がなかった。
「だからタワマンに住みたいの?」
「物理的に見下せる感じがたまらへん」
冗談なのか、本心なのか。もう、どちらでもよかった。
「誠也君はさ、いくらあれば満足するの?」
彼は少し考えて、
「そんなんわからへん。まあ、持ってる側やないと嫌やな」
——持ってる側。
転売は、少しずつ厳しくなっていった。政府からの監視も厳しくなったからだ。
アカウントが凍結され、規制が増え、ライバルも増えた。
「効率悪くなってきた」
そのときの彼の顔は、焦っていた。
「普通に働きなよ。チェーン店の飲食とか。」




