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平凡な毎日がすぎていった高校三年、一学期終業式。彼がふいに言った。


「佐々木、今度の決勝見に来る?」


心臓が止まったみたいだった。



「……え?」




うれしい。かすれていた恋心が明らかに動きだすのが分かった。


「ほら、一年の時から世話になったし、やっぱ最後は、おまえに見に来てほしいなって」


当たり前みたいに言う。

そっか、最後の夏か。浅間学園はすでに決勝までコマを進め、2年ぶり7度目の甲子園出場が期待されている。



「わかった」



颯真のうれしそうな瞳の奥には、どこか安堵の表情が見えた気がした。



試合の日、グラウンドには応援の声が飛び交い、土埃が舞っていた。ブラスバンドの音、チアガールの黄色い声援で会場は盛り上がりを見せている。

彼は四番で、センター。

打席に立つと、周囲の空気が少し変わるのがわかった。


一球目、空振り。二球目、ファウル。そして三球目。



乾いた快音とともに、ボールが高く舞い上がった。

歓声。ボールはフェンスを越えた。



ホームラン。



気づいたら、私は立ち上がっていた。胸がいっぱいで、涙が出そうだった。


しかし、颯真のホームランもかなわず、結果は惨敗。甲子園出場には届かなかった。

試合終了のサイレン。歓声と、ため息と、泣き声が混ざる。

グラウンドで、颯真はうつむいたまま動かなかった。帽子のつばの影で、表情は見えない。でも、肩が小さく震えていた。夢が終わる音はこんなにも静かだ。





家に帰るとメッセージが届いていた。


「今日見てた?」


「うん、すごかった」


「佐々木が見てると思ったら、打てた」



颯真はいつもさらっと、そんなことを言う。軽い。

——え……?

きっと彼にとっての私は、『特別』なんだ。『特別』は快感だ。大切にされている証拠で、誰かにとっての一番なんだ。



「だから、これからも見ててほしい」



その文字は、告白みたいで。でも、まだ違う。

曖昧で、でも特別な距離。それが『特別』で心地よかった。




________________________________________



夏が終わる頃、私たちは自然と一緒にいる時間が増えていた。

部活も引退し、学校中が受験モードになる。テスト前は図書室で並んで勉強。帰り道は駅まで一緒。空はオレンジ色に染まり、影が長く伸びる。


「俺さ」


珍しく、彼が真面目な声を出した。


「プロ、行きたいんだよね」


まっすぐ前を見たまま言う。


「絶対行く」


その横顔は、入学式の日よりも少し大人びて見えた。



「行けるよ」


自然と口から出た。


「俺、大学野球本気でやって、ドラフト狙いたい。だから、東京の大学行って4年間本気で野球やりたい」


夢を語る姿は、まぶしかった。



「佐々木は?」



急に聞かれて、少し戸惑う。


「私は……管理栄養士になりたい」


「え、なんで?」


「スポーツしてる人、支えられる仕事がいいなって。一人暮らしもしたいから、東京の大学行って、バイトも勉強も頑張りたい。」



言った瞬間、恥ずかしくなった。まるで、彼のためみたいで。彼は少し黙ってから、笑った。


「いい夢じゃん。じゃあ、俺専属の栄養士になれるな」


彼がプロ野球選手になって、私が隣で支えてあげる未来を一瞬で想像できてしまった。その言葉に、胸が熱くなる。次の瞬間、彼は立ち止まった。



「なぁ、佐々木」


夕焼けの光が、彼の横顔を赤く染める。



「俺、佐々木のこと――」


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