②
小宮颯真と出会ったのは、浅間学園高校の入学式だった。
まだ少し肌寒い四月。新品の制服に袖を通しながら、これから始まる三年間に胸を高鳴らせていた。体育館に差し込む春の光が、新入生たちを淡く照らしている。
浅間学園は、長野県では珍しい、部活と勉強の両立を掲げる私立の進学校。運動部も文化部も全国レベルの強豪校だった。
その中に、ひときわ目を引く存在がいた。
野球推薦で入学したという彼。
鍛え上げられた無駄のない身体と、すらりと伸びた高身長のシルエット。日に焼けた肌に、整った顔立ち。潔い坊主頭が、やけに似合っていた。
――かっこいい。
ただそれだけで、心臓がうるさくなるには十分だった。
入学式が終わり、教室へと誘導される。席に着くと、不意に低い声が降ってきた。
「お前、名前は?」
さっき体育館で見た横顔がすぐ目の前にあった。思ったより近くて、思ったよりまっすぐな瞳。
「……佐々木聖菜」
緊張で少しだけ声が震えた。
「覚えるわ、佐々木。よろしく」
そう言って、彼は当たり前みたいに笑った。
――それが、すべての始まりだった。
放課後のグラウンドで、泥だらけのユニフォーム越しに交わす視線も。
テスト前に並んで問題集を広げる静かな時間も。
何気ない「おはよう」と「また明日」が、かけがえのない宝物になっていった。
月日が流れ、気づけば、彼は私の毎日の中に自然に入り込んでいた。
世界が少し変わった気がした。
「佐々木、次の答え教えて」
さっきまで寝ていた颯真が、数学の問題集を振り返って見せてくる。
野球推薦で入った彼は、勉強はあまり得意じゃないらしい。野球のために学校に来ている彼らは、授業の時間は退屈で仕方がないのだろう。
「またー?」
「いつものことだろ。いいから、はやく」
「えっと……ここ、公式当てはめるだけだよ」
私はノートを差し出す。
彼は真剣な顔で覗き込み、すぐにシャーペンを走らせる。
距離が、近い。柔軟剤と、ほんのり汗の匂いが混ざった、彼の匂い。
それだけで、胸が落ち着かなくなる。
「はい、じゃあ次、小宮」
先生のかすれた声が響く。颯真は慌てて返事をする。
「は、はい!」
「答えは?」
「3です!」
「正解だが、なぜその答えなのか、説明してもらえるか」
「えーっと、か、勘ですかね」
教室中が和やかな笑いに包まれる。
「おめえ、さっきまで寝てたからだろ」
「また佐々木に答えきいたんちゃうか」
クラスのムードメーカーである颯真は太陽みたいにまぶしい。
「まったくおまえはあきれたやつだ。家で確認してこい。」
「さーせん」
お決まりのセリフで颯真は腰を下ろす。
「佐々木マジ天才じゃん、いつもサンキューな」
「あ、うん」
「明日も頼むわ」
まっすぐな言葉。照れも、駆け引きもない。
だからこそ、ずるい。
授業中に寝ている彼がいとおしいと思えるのは、彼の本当の姿を知っているから。
放課後になると、彼はグラウンドへ向かう。私は校舎の三階の窓から、それを見ていた。
白いユニフォーム姿で走る背中。声を張り上げる横顔。泥だらけになっても、決して諦めない姿。ボールを打つ乾いた音が、夕焼けの空に響く。
ただ、かっこよかった。
________________________________________
平凡な毎日がすぎていった高校三年、一学期終業式。彼がふいに言った。
「佐々木、今度の決勝見に来る?」
心臓が止まったみたいだった。
「……え?」




