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第6話

 今度、見せてくださいね。絶対ですよ。


 まほろが発したその言葉を忘れてはいなかった。だけど、わたしは毎日うっかりした振りをしつづけていた。もう人に漫画を見せたくなかったからだ。


 だから、一刻も早く、その発言をまほろ本人が忘れてくれることを願っていた。しかし、その願いは叶わず、まほろはしつこくねだってくる。


「先輩、わざとうっかりしてますよね。毎晩メッセージ送ってるのにこれで本気だったら、先輩、早くも認知症ですよ」


 まほろはめずらしく強い口調で言ってきた。わたしもそろそろ言い訳のレパートリーが底を尽き、無理が出てきたと思いはじめたころだった。わたしは正直に言わざるをえなくなった。


「ごめん。わたし、あんまり人に漫画を見せたくなくて……」

「えっ、そうなんですか? どうして?」

「中学のとき、いやな思いしてるから」


 わたしは、漫画を描いていることを秘密にしようと決めたきっかけを話しはじめた。


 小学生のとき、わたしのいちばんのファンでいてくれた友だちがいた。同じ中学に上がったものの、クラスが離れたこともあって、言葉を交わす機会は激減した。

 きっと、漫画への興味も薄れていたのだろう。彼女は仲良しグループの子たちと共に、少しずつ垢抜けた外見になっていった。


 そんな変化を感じ取れたから、新作を見せることはなくなった。それどころか、廊下ですれ違うときはお互いに目をそらすようにしていた。

 わたしたちの交友関係の輪は少しずつずれ、ついには切り離されて、ふたつの円が別々に存在しているような状態になった。


 そういうこともある、と諦めがついていた。お互いに利益も損害も与えない、空気のような存在になっただけだ。小学生のころの思い出は捨てず、現在の彼女のことは忘れることにした。


 しかし、彼女はそうではなかった。

 わたしが小学生のころ漫画を描いて見せていたことを言いふらしていたのだ。しかも「下手でつまらなかった」という罵りの言葉と共に。


「その子といっしょにわたしの漫画を読んでた子たちも、ひどいこと言ってたみたい。別の小学校だった知らない子にまで『漫画描いてる変な子』みたいに噂されてた。漫画が好きで中学に上がってからも仲良くしてくれてた友だちがかばってくれてたけどさ、二年になってクラスが離れたらしゃべってもくれなくなった。わたしが何か気に障ることしたのかもしれないけど……思い当たることがないんだよね。もうそういうのはこりごりだから、漫画描いてることは隠そうって決めてたの」


 わたしの話が終わっても、まほろはなかなか顔を上げようとしなかった。終わったと気づいていないのかもしれないと思い、おしまい、と言い添えるが、やっぱり目をあわせてくれない。


 しばらく沈黙したあと、ようやくまほろは口を開いた。


「先輩、ごめんなさい。そんなことがあったとも知らずに、見せて見せてってしつこく言っちゃって」

「いや、こっちこそ、ごめん。まほろは知らなかったんだからしょうがないよ」


 まほろはおもむろに顔を上げ、遠慮がちにわたしを見つめてきた。薄桃のくちびるが、少し震えている。


「あたしが先輩に同じような思いをさせるって……、あたしに漫画を見せたら同じようなことになるって……先輩はそう思ってるんですか?」


 背中に夕陽を浴びて、まほろの輪郭は金色にぼやけていた。伸びかけの前髪がまぶたの縁までかかり、まほろは少し重たそうにまばたきをする。


 最近まほろの真剣な顔をよく見るな、と思いつつ、わたしは目を伏せた。


 もちろん、まほろがあの同級生と同じことをするとは思っていない。誓いを立てるような表情を見せられたら、ますます、裏切られるなんて想像できなくなる。


 わたしは、上手な身の守り方を知らなかったのだ。深い傷が治った今でも、かすり傷がつくことすら恐れている。ささいな痛みで古傷が開いてしまうと思っている。


 まほろは、その傷あとを癒してくれる存在なのではないか……。


 今さら気づいたけど、高校生だった当時も、そんなふうに心のどこかで感じていたのかもしれない。


「わかった。明日はかならず持ってくる。まほろには……まほろにだけは見せられる。……ううん、見せたい」


 わたしはまほろの目を見て言った。いつもより固い声だったからか、まほろはわたわたと慌てはじめた。


「えっ、ほんとですか? いや、でも、本当に嫌だったらいいんですよ。ずばっと断っちゃってください。漫画は見たいけど……見たいけど! 諦めますから!」

「せっかく決心したんだから、今さらあと戻りさせないでよ。まほろのことは信用してるんだから」

「ほんとですか?」

「ほんとだよ。人生ではじめて、他人を信用してる。信じて」


 わたしは思いあまって、まほろの手を握っていた。自分から人に触るのはものすごく久々なはずなのに、自然と手が動いていた。

 まほろの手は全体的に細く小さくて、常温に戻った保冷剤くらいのひんやり具合だった。そして、わたしの手とは比べものにならないほどやわらかかった。


 わたしらしくない、と慌てて離そうとしたのだが、引っこめかけた手を逆にぎゅっと握りしめられてしまった。


「先輩、何だか誓いの言葉みたいですね」

「いや、そういうのじゃ……ないから」

「先輩の漫画がやっと見られるのも嬉しいけど……それよりも、先輩があたしのことを信用してくれてることの方が嬉しい」


 まほろはつながった手を見つめ、とろけるようにはにかんだ。

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