天才支援魔術士
ディオンは186cmくらい。ゼルンは180cmくらい。
「天才支援魔術士?」
ゼルンと名乗る男が胸を張って言った名前は知らない名前だ。魔術士ってなに。魔術師の間違い?そして立ち上がってわかったが、ゼルンはガタイがいい。ディオンより少し背が低いくらいで、いい体してる。
「そ。俺は治癒魔術、魔術具をメインに研究、解析、作製をしている。他にも簡単な攻撃魔術具やその他支援魔術具も扱ってる、天才だ。わかりやすく言うと天才治癒師だ。」
「余計に意味わかんないんだけど。」
「かっこいいだろ。」
2人が言い合っていると、背後からまた大きな音がして地面が揺れた。ハッとして振り返ると、もう一体の新しいゴーレムがこちらへ向かってきている。
「......くそ。新手か。嬢ちゃんはすっこんでな。そこのエルフは嬢ちゃんの護衛だ。」
「っ、まって、」
「死ぬ気はねえし、死なせる気もねえ。わかったら黙ってな。」
「は?!ちょっと待ってあなた、さっき自分で治癒師だって言った!!」
ライナの静止を振り切り、ゼルンは懐から何やら小さい矢のような物を取り出し、走り出した。治癒師なのにバカなのか。後方支援専門の人間にそこまで戦闘能力があるわけない。ゼルンを止めるために飛び出そうとしたが、ディオンがそれを止めた。
「ディオン、あの人バカだ!助けないと!」
「大丈夫だ。」
そういうディオンの声は落ち着いていて、視線はじっとゼルンを追っている。
「見ろ。手に持っているあれは攻撃用の魔術具だ。それに他にも、防御、加速、反動軽減...。それら全部、補助として重ねがけする前提の作りのようだ。」
「......治癒師、だよね?」
今のを聞くに、とても普通の治癒師には見えない。治癒師はパーティの後方で、負傷した者を治癒するのは仕事だ。なのにあの人は...自ら突っ込んでる時点でおかしいと思う。
「ああ。......だが、あれは怪我人を出さないための、前衛だ。」
ディオンを見上げると、何故かちょっと嬉しそうだった。さっきまであんなにびっくりして困っていたのに。
ゴーレムを危なげなくゼルンが討伐した後。3人は広場の隅で火を起こした。
「で、で、で!エルフ!お前に話というか聞きたいことがあるんだ!」
「まって!怪しい人をディオンに近付けるわけにはいかないの!」
「怪しくない。全く怪しくない。だからどけ。」
「本当に怪しくない人は自分で怪しくないって言いません!」
結局、ディオンが困った顔で仲裁に入ってくれて、とりあえず落ち着いて自己紹介をしようということになった。
「私は剣士・ライナ。冒険者3年目。18歳。」
「俺は武闘家・エルディオン。ディオンでいい。」
ディオンがそういうとゼルンは首をかしげた。
「それはおかしいだろう?ディオンはエルフで、さっき防御魔法を使ってた。お前、魔法使いじゃねえの?」
「魔法使いはついでだ。」
「羨ましい限りだぜ。」
「じゃなくて、ゼルンのことを話してよ。なんで治癒師が前衛なの?」
そう言うとゼルンは待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべて話し始めた。
「俺は天才支援魔術士、29歳。魔術が好きで、とある物を追いかけてる。だがそれに近付くにはダンジョンなんかに潜って術式やら魔法陣やらの解析をせにゃならん。わざわざ人を雇うのは金の無駄だ。だから1人でも潜れるように今のスタイルになったんだ。」
「それはまた...変人だ。」
「お前らに言われたくないぜ。特にエルディオン。お前にはな。」
すると先程までのふざけた態度はなりをひそめ、すうっと冷たい目になった。
「お前は何者だ。お前は俺の魔術具の術式を一瞬で見破った。嬢ちゃんの靴とランプ、それにそのガントレットと指輪。それ魔法具だろ。魔術具もこの俺が見たことない形だ。さっきの防御魔法だって、現代じゃもう使われていない、古代の魔法陣。お前、いつから生きてる?」
自分のことではないのに、ライナはその冷たい目にドキッとした。横のディオンをそっと見ると、ディオンは大丈夫、と言ってゼルンに向き合った。
「俺はエルフで、2000年以上前から生きている。...怖がらせたなら悪い。しかし、俺は君たち人の歴史を歪めたり、害をなそうとは思っていない。」
「2000年っ......神話の時代じゃねえか!!!」
ディオンの告白にびっくりして腰を抜かしたゼルンは目をまんまるにしてディオンを、そしてライナを見た。
「嬢ちゃん、知ってたのか?」
「嬢ちゃんじゃなくて、ライナ。...知ってたよ。でも私は当時歴史なんて知らなかったし、2000年なんて規模が大きすぎてよくわかってないのが本音。」
「おいおいおい。嬢ちゃん、見た目の割に肝すわってんなあ。」
ライナと軽い掛け合いをする頃には、冷たい目は引っ込んで元の好奇心丸出しの目に戻っていた。
「ま、俺も正直よくわからん。神話の時代のエルフって言われてもピンとこねえし、ディオンが魔王とかそっち系とかやばい奴とは思えねえ。...それに、ディオンが何年生きてたって、貴重な古代文明を知るやつってことには変わりないからな!」
そう言うとゼルンはディオンにぐっと近寄って、何やら早口で語りだした。
「古代式の魔法陣って多層展開なんだよな?」
「ガントレットの起動条件って言語型?それとも思考連結型?」
「古代式って術式短いわりに魔力効率異常だったよな?現代式と比べて、発動までのラグあるのか?」
「魔術具の空気中魔力の捕まえ方、今と違うのか?古代魔術具はブラックボックスが多くて手がつけれねえんだ。」
早口と専門用語でライナは意味がわからない。でもディオンは興味深そうに頷いてはひとつひとつの質問に丁寧に答えていった。ゼルンはどうか知らないが、ディオンはこうなると止まらないことは今までの経験からわかっている。今日はここから動けなさそうだ。
「変人が増えた。」
ライナは2人をほっといて、テントと夕飯を作り始めた。
翌朝。ライナが起きると2人はまだ話していた。おまけに散らかっている。何かをメモしていたのか、ゼルンの周りには分解された魔術具と紙とペン。ディオンの周りには沢山の魔術具が転がっている。
「おはよ〜。...あんたたち、飽きないね。」
「ん?あ、もう一晩経ったのか。」
「嬢ちゃん、こいつはすごいぞ!今まで読み方がさっぱりだった魔導書がだなあ...」
「悪いけど、私達ずっとゼルンに構ってられないの。」
そう言うとゼルンは一瞬ポカンとしてはっと我にかえった。
「え、あ、そっか。2人は目的があってここにいるんだもんな?」
「まあ。とりあえずこのダンジョンのくまなく探索しようってことにはなってるよ。」
そう言うとゼルンは俺もいく!と言って立ち上がった。
「俺は3週間近くここに潜ってるんだ。ここより下にも行ったこともあるし、他の冒険者とも顔見知りだ。俺もつれていけ。役にたってみせる!」
「本音は?」
「ディオンをつかまえておきたい!!」
本音が全面にでている。まあ、本人にやる気があって、戦えるなら問題ないだろう。
「よろしくね。」
「おうよ。」
ディオンとゼルンの案内で、3階層はあっという間だった。もうすっかり慣れた地図の魔術具を出したら案の定ゼルンが食いついた。ゼルンもやりたい!としつこく言うので呆れたディオンがもう一つ魔術具を出してゼルンに渡した。
「ゼルンはずっと追ってる物があるんだよね?何を追ってるの?」
「ああ、まあ、いっか、特別にみせてやるよ。これなんだが...。」
ゼルンが持っていた分厚い本を開くと、そこには沢山の文字がびっしり書かれていた。そのページの真ん中に、何かの印が描かれている。剣のような絵の上に、真ん中に眩しく太陽があって、色はついていないが綺麗だ。
「これなに?」
「俺が追ってる、”玉座の鍵”だ。しかし現物を見たものはいない。形状も大きさも、どこにあるかもわからない。大勢の研究者が長年追っているこれは、今も見つかっていない。俺もこれを探して長いが、その玉座の鍵に、これが刻まれていることがわかった。...一応聞くが、ディオンも見たことないんだよな?」
「ああ。知らないな。少なくともヴァルミア帝国にはなかった品だな。」
「よかったよ。」
何でも魔術に興味をもってからかれこれ20年、ずっと探し求めている品だそう。今回はその調査で深く潜る予定で来たらしい。
「このダンジョンの最深部はおろか、最深層へはまだ誰も到達できていないんだ!ぜっっっったい、何かあると思うんだ。だから、俺は何しても、最深部へたどり着く!」
「なのに3階層に3週間近くいたの?計画性なさすぎじゃない?」
「そこは突っ込むな。」
「変人。」
3階層で少しずつ薬草採集をしながら進んでいる間、ゼルンは興味津々でいろんなことを聞いてきた。
「なあ、嬢ちゃん達はここだけじゃなくて色々度してんだろ?目的はなんだ?」
「私は魔王と倒して英雄になりたいんだ。」
「へー......は?嬢ちゃんが?ディオンはわかってて一緒にいんの?本気?」
「知ってる。俺も一緒に魔王城を目指している。」
「ふ〜ん......。わけありの旅、ね。」
にやにやしているゼルンを小突いた。
「うるさい。...そういえば、ゼルンって変人の友達いる?」
「なんで?」
「私達、ヴァルデンメーアで魔術具のお店に行ったんだけど、そこの息子さんが、多分ここに潜ってるんだよね。知らない?」
「ふっ、ふはっ、あっははっははは!」
急に笑い出したゼルンを、ディオンとライナはちょっと引きつった顔で見ていた。
「あははっ。あーおかし。それ、俺だよ。俺。嬢ちゃん達があった人、俺のばあちゃんだよ。」
「......ええ?!?!」
3日かけて、3人は5階層へたどり着いた。4階層も5階層も真っ暗で、魔獣はほとんどいない。代わりに多くの魔法陣が残されていた。あまり冒険者が立ち入っていないようだ。ディオンとゼルンが夢中で書き写したり、ブツブツ呟いていた。
「仲間がほしいなあ。」
2人が夢中で解析している間、ライナはすることがない。強いて言えば周辺の警戒だが、この階層に来てから、魔獣に出会ったことはなかった。
ダンジョンへ潜って6日目。明日はいよいよ最深層だ。5階層を探索して、最深層へ続く階段を見つけた。
「最深層へは明日行こう。今日はこのあたりで一泊だ。」
「わかった。火起こすから、ディオンとゼルンはテントと薪拾ってきてね。」
焚き火を囲んで、各々が自分の武器の手入れをしている。静かな空間に、パチパチと火の音が響いていて、なんともしんみりした気持ちになった。
「...明日。このダンジョンの最深部へ行く。そこには2年前に現れた、強大な魔獣がいるはずだ。俺達はゼルンと闘ったことがない。だから事前に情報共有をさせてほしい。」
「いいぜ。望むところだ。あんたらの戦闘スタイルはどんなだ?」
ディオンが、地面に枝で絵を書きながら説明する。
「俺の主な攻撃は拳による打撃技だ。その他にも多少魔法が使えるから、中距離もカバーできる。」
「私も剣士だから、2人も近接戦がメインなの。いつもは私が前に出て、ディオンがカバーしてくれてる。」
「おいおい。命は大事にしろよ?つーかディオンは多少じゃねえだろ。魔法使って援護射撃できんだろ?」
そう言うとディオンは気まずそうに苦笑した。
「あー......できなくはないんだが...。」
「言ってみろ。」
「......最近の魔法はまだ不完全なんだ。だから古代魔法を使うことになるんだが、そうするとどうしても、威力が...。」
「威力が、何だ?」
「...威力が、強すぎるんだ。加減しないとこのダンジョンが吹っ飛ぶ。調整するには少し時間が必要になる。」
そんな、意味わからないことを言ったディオンを、2人は見つめる。
「...なあライナ。俺よくわからないんだが。」
「とりあえず、ダンジョンが吹き飛ぶのはまずいよね。」
結局、ライナが前衛。ゼルンがその後ろで魔術具でライナとディオンの援護。ディオンは臨機応変に対応、ということに決まった。
「よーし、英雄への第一歩だ!頑張ろう!!」
「ああ。」
「嬢ちゃん、気合入れろよ。」




