蒼樹の迷都
ドゥルムザウは猪のイメージ。突っ込んでくるところも似てる。
無事に依頼をこなして入ったダンジョンの入口は白い石が積み上げられたアーチ状になっていて、そこかしこに木の根が張り巡らされている。天井から滴る水のせいでちょっと湿度が高い。青っぽい光のおかげで、幻想的な空間になっていた。それほど長くない階段の先は、不思議と明るかった。先程までの青い光ではなく、まるで本当に太陽の光が届いているようだ。
「あれ?私達、地下に降りたんだよね?なのになんで明るいの?」
「魔力だ。この階層全体に魔力が行き渡っていて、それが発光しているのだろう。」
そういったディオンは小さな魔術具をほいっと渡してきた。
「地図の魔術具だ。記しながら進もう。赤いところを押すと地図が出てくる。教えるから、ちゃんとやれよ。でないと迷都と言うだけあって、迷って出られなくなるからな。」
言われた通り押してみると、なにもない空間に光でこれまたなにも写っていない画面が出てきた。真ん中に現在地を示す赤い点が現れて、自分がむいている方角を矢印で示している。
「基本は、持って歩いていれば魔術具が道を記憶して縮尺も正確に記しておいてくれる。だが発見したものや通っていない横道、天井の高さや道幅なんかは自分で書き込む。詳しく書き込めば書き込むほど、魔術具の補助も精度があがり、道幅から推測して壁の厚みなんかも出てくる。」
「すっご。なんかいいな、こういうの。ワクワクする!」
自然発生型と融合しているだけあって、ダンジョン全体が植物で覆われている。苔で滑って非常に歩きづらい。床にも太い木の根が横たわっているのでつまづきやすく、虫なんかもいる。そして古代遺跡を飲み込んでいるのであちこちに綺麗な彫刻があったりする。
いわゆる1階層は見知らぬ薬草や短草、苔や蔦で覆われた階層で、沢山の池もある。濁った池の中に、沢山の魚の影を見た。
「魚にみえるが、全部魔獣だ。食われないようにな。」
「私が食べられる側?!」
横道や部屋、古代文字などを見つけたら、その都度マップに書き込んでいく。これが思ったより楽しかった。なんだか自分も魔法使いになった気分だ。書き込むには、まず地図上の目的の場所を拡大する。拡大すると、画面の右側に「文字」「部屋」「道」「宝箱」「罠」などの絵が出てくるので、絵を指で2回叩いて書きたい場所をまた2回叩くとそこに絵が描かれるのだ。
「んふふ。楽しいね、これ。よーし、どんどん行こう!」
「昔は一般的な道具だったんだけどな。」
最初はライナの方がうきうきしていたが、ダンジョンが進むにつれてディオンのほうが楽しそうだった。聞けば、このダンジョンには200年前来たことがあったそうで、その時はまだ3階層までしかなかったみたいだ。200年のうちに構造や植生など色々なところが変わっていて、当時は発見できなかったものがあるらしい。自分で見つけた物と、ディオンが発見したものもマップに書き加えながら進んだ。
「ライナ、待て。」
楽しく歩いていると、不意にディオンに腕をひっぱられた。急に身をかがませられてびっくりしたが、こんな場面で大声を出すのはご法度。ぐっと声を飲み込んだ。すると、ディオンがささやき声で曲がり角の先を指さしながら言った。
「そこ、まがったところに魔獣がいる。あまり強くなさそうだから、例の魔術具を試してみてほしい。」
実は、以前ディオンにもらった魔術具がある。もともとはディオンが使っていた物だったが、ライナ用に調整した一点ものだ。
「わかった。頑張る。危なかったら助けてね。」
「安心しろ。」
まだ実戦では試したことがない。ディオンを相手に試したが、魔獣と戦うのとはやはり違うので実戦が一番だ。腰にさした剣を抜いて構え、廊下へ飛び出した。
「ドゥルムザウだ。」
ドゥルムザウとはグレーの硬い毛と大きな牙が特徴の中型の魔獣で、お肉が美味しい。魔法で強化した四肢を武器に、ものすごいスピードで突っ込んでくるのだ。
真っ赤な目がこちらを捉えた。同時に後ろ足が地面を強く蹴ってビュン!と一瞬で最高速度に達し、こちらへ一直線にかけてくる。大きな牙は固く、正面から受け止めれば剣が折れてしまう。
...どうする?このままじゃ吹き飛ばされる!
どんどん迫ってくるドゥルムザウを反射的に避けようとして、ライナは足に力を入れてドゥルムザウとすれ違う様に前方へ飛んだ。
「うええ?!」
想定していない高さとスピードで空中へ飛んだライナは見事に空中で体勢を崩した。着地で剣を地面に突き刺してなんとか踏ん張ったが、魔術具の威力に驚きを隠せない。ライナは、自分が履いているブーツを見た。
ディオンにもらったそれは「反踏」。足首までのブーツの形をした魔術具で、無骨な銀色が光り、見た目の割に軽く動きやすい。反踏は踏み込み、体重移動、重心制御を極限まで正確に行うための補助魔術具で、発動条件は正確は踏み込み。雑な動きではただの靴だが、使用者の動きと噛み合うと絶大な効果が現れる。一番の特徴は、その名の通り、地面を踏み込んで飛ぼうとすると、瞬間的な反発力を生むこと。反発の力は連続使用不可で、慣れないと難しい。
「思ったより飛んだなあ」
剣を床から引き抜いて、再びドゥルムザウに向ける。壁に突っ込んだドゥルムザウは頭を引き抜き、ドン!ドン!と前足で地面を蹴って、こちらに向かって走り出した。
「飛ぶんじゃない......流すんだ。」
...さっきの飛んだ感じ、跳ねてた。でも違う。もっと、正確に、しなやかに、流れるように。
静かに息を吐いて、迫りくるドゥルムザウを見つめる。そしてぶつかるギリギリで、ライナは右足を斜め前に踏み込んだ。すると靴の反発で体が横に流れるように移動し、その動きについていけないドゥルムザウはまっすぐ遺跡の石柱に牙が突き刺さった。
その、隙ができた一瞬、ライナは反踏の力を使わずに飛び上がり、全体重をかけて剣を振り下ろした。ずば!っと剣はドゥルムザウの首を切り裂き、ドゥルムザウはその場に倒れた。
「...ふあっ!びっっくりした〜!」
がっと一点集中したライナはドゥルムザウが倒れた途端に一緒にその場に座り込んだ。集中が切れた。深く息を吸って吐いているとディオンが笑顔で近付いてきた。満足げな表情で反踏を見て、ドゥルムザウを収納しながら頷く。
「いいね。うまく使えてる。コツは掴んだ?」
「なんとなく。ただ、スパルタすぎると思うけど...。」
「普通だ。」
それから、魔獣が出るたびにライナが討伐した。反踏の魔術具に慣れる為とはいえ、ひどいと思う。
1階層をくまなく探索して、ディオンはそこかしこにある古代文明の文字を写し取ったり、魔法陣を記録しながら進んだ。
「そんなに何を見てるの?そもそもここって古代ヴァルミアの遺跡?」
「いや、ここはヴァルデンメーアの建国より前あった魔法国家の時代の神殿だ。800年くらい前だったか。ヴァルデンメーアができたのが、その200年後の600年前。200年間で魔法国家の名残は大分消えてしまったんだ。」
「じゃあ、ここにはその魔法国家の貴重な資料が?」
「ああ。まあ、探検され尽くしてほとんど残っていないだろうが。」
その日のうちに、2人は2階層へ進んだ。2階層は薄暗く、湿り気があまりない。苔よりも短草が多いようで、低木が見える。
「明かりをつけないとね。」
「以前渡したランプがあるだろう?それを使え。」
ああ、そういえば。リュックからランプを出して明かりを最大にした。結構明るい。同時にディオンも魔法でライトを出した。以前、アルカナ族の壁画の地下室で出したものだ。
「ねえ、ディオンがライトを出すならランプはいらなくない?」
「所詮は魔法だ。俺に何かあって魔法陣へ魔力の供給がなくなればライトは消える。明かりが無くては不便が多いからな。」
「縁起でもないこと言わないで!」
「ディオン!ディオン、こっち!」
「なんだ?」
ライナが見つけたのは、小さな部屋だった。殺風景な空間にポツンと宝箱がある。いかにも何か入っていそうな綺麗な宝箱を、ライナは今すぐ開けたくて仕方なかった。
「初めて見た!これ、開けてもいいよね?!」
「待て。」
ディオンはおもむろにその宝に手をかざすと、宝箱がふいにぼわーっと赤く光る。それを見たディオンは首を振って言った。
「これは宝箱じゃない。ミミックだ。宝箱や壺なんかに擬態して、ライナみたいに寄ってきた人間を捕食するんだ。」
「なにそれ怖い。じゃあ、今のは判別の魔法とか?」
「ああ。ミミックを判別する魔法。赤く光ればミミック。青く光れば宝箱。」
「でもでも、ミミックの倒し方も知りたい!」
そう言うとディオンはまあいいか、と呟いてミミックの背後にまわった。
「ミミックは、外側は硬いが、内側は柔らかい。俺がミミックを開けるから、口が閉まる前に中を刺せ。」
「え、ちょっと、まって、口ってな」
なに、と言う前にディオンがミミックをコツンと叩いた。するとミミックが反応して、口を大きく開いてライナへぬるぬるの舌を伸ばす。どこに口があるのだろうと思っていたが、蓋というか、箱自体が口のようだ。暗い内側に白く鋭い歯がずらりと並んでいる。
「きもっ!!」
ミミックの口が閉まる前に、言われた通りに素早く剣を突き刺した。ぐにゃんと柔らかい感触が剣を通して伝わってくる。気持ち悪い。
ミミックは、わかりにくいが魔獣の一種だ。擬態に特化した魔獣で、本体はこれまたわかりにくい外側の箱。最初は手のひらサイズの小さな入れ物。成長するにつれてより大きく、綺麗な見た目の宝箱へ変化していく。討伐した後は内側の口が消えて、頑丈な箱として利用される。後で売れるように回収しておこう。
以前来たことがあるというだけあって、ディオンの案内で2階層も地図に書き足しながら順調に進んでいった。薄暗いからか物陰から襲ってくる魔獣が何匹かいて、その度に、ライナは反踏に慣れるために討伐した。
「ねえ、今日はここで休もう。ちょうど場所もあるし。」
「そうしよう。ドゥルムザウもあることだし、俺が料理をしよう。」
「ありがとう!」
翌日から3階層に入った。今までと違って緑の植物が少なく、木の根が目立つ。視界は暗くて、先が見えない。ディオンがライトの明かりと量を増やした。
「ここから下は魔法陣が増える。術式もそこかしこにあるな。気をつけろよ。」
「え、壁から火が出るとかそういうとこ?」
「まあ、ざっくり言えば。」
静かな暗闇の中を進んでいくと、突然前方からドォン!!と大きな音がして地面が揺れた。魔獣が暴れているのだろうか?ディオンを見ると怪訝な顔をしていた。
「この階層にはここまで大型の魔獣はいなかったと思うんだが...まあ、200年前の記憶だしな。行ってみよう。」
「そうだね。他の冒険者がいるかも。」
急いで音がした方向へ向かうと、そこは大きな広場のようにひらけていて、上空にはライトが浮かんでいて、その下には大きな大きな土の巨人がいた。
「ゴーレム?!」
ゴーレムは基本的に大人しく、何もしなければ襲ってこないし怒らない。普段は地面で眠っていて、動かず静かだ。しかし眼の前のゴーレムは普段の青い目を真っ赤にして怒っていた。巨大な拳を振り上げ、無造作に振り回している。
「何をしたらこんなにゴーレムが怒るの!」
「あれだ。」
ゴーレムの背中に何やら色々刺さっているのが見える。あれは...魔術具だろうか?横たわったゴーレムに気付かずあそこで魔術具をいじっていた?だとしたら間抜けとしか言いようがない。そんなことをする変人はどこにいるのだろう?
「くらえっ!」
どこからかそんな気合の入った声が聞こえて、視界の端から男が飛び出してきた。コートを着た白髪の男が高く飛び、何かをゴーレムに投げつけた。それはゴーレムに触れる直前、ものすごい爆発を起こし、巻き込まれたゴーレムもろともふっとばした。なんという威力だ。あれでは爆破魔法と変わらないんじゃないか?
「うわっ!」
「防御魔法。」
ぱっとディオンが手をかざすと、透明で虹色っぽく光る魔法陣が出現し、眼の前に大きく広がる。
「おお〜。すごい!防御魔法?綺麗だね〜」
「魔力の消費が大きいし、咄嗟に出せるようになるには時間がかかる。盾のほうが扱いやすい場合もあるな。」
爆発が収まるのを待って、防御魔法を解いた。まだほんのり土埃がまっているが、ゴーレムを怒らせてこの爆発を引き起こした張本人の元へ向かった。ライトの下、床にだらしなく足を伸ばして座っている男が一人。白い髪、赤い目、フレームが細い眼鏡をかけて、くたびれた黒いロングコートを着た男。見た目は20代後半くらいだろうか?
「ああ?お前たち、誰だ?」
そして口が悪い。目つきも悪い。初対面で悪いが、すでに抵抗がある。
「...ディオン、行こう。なんか嫌。」
「あ、おいっ!ちょっと待て!あんた!!」
ディオンの腕を引いて立ち去ろうとしたら、男は立ち上がってディオンの反対の腕を掴んで引っ張った。え、と振り返ると、男はらんらんと目を輝かせてディオンを見つめてた。ぐっと顔を寄せてディオンに詰め寄る。
「その耳!耳っ!お前エルフだよなっ!なっ」
「...ライナ。助けて。」
初めて聞くディオンの戸惑いに満ちた声。このままじゃディオンが危ないと思って男とディオンの間に入った。
「やめてください。ディオンが困ってる!変人はディオンに近付かないで!」
「おいおい、待てって。俺は変人だが、そこまで変人じゃない。」
「意味わかんないです!ていうかあなた誰ですか!!」
一呼吸置いた男はふう、と息を吐いて笑顔で胸を張って自信げに言った。
「俺はゼルン。天才支援魔術士だ。」




