噂のダンジョン
アルカナ族の壁画から5日歩いて、ようやくヴァルデンメーアの王都、ハーフェンヴァルドが見えてきた。ずっと木しか見ていなかったので、人工物をみるとテンションが上がる。
まだ距離があるので今夜はハーフェンヴァルドの近くにある村に泊まることにした。
「ディオンはヴァルデンメーアに来たことあるんだよね?500年前に。その時はどんな国だったの?」
宿で明日の準備をする傍ら、何気なく聞いてみた。するとディオンは、指輪からいろんな魔術具を取り出した。今の魔術具とは違い、滑らかで継ぎ目がなく美しい装飾が施されたそれは、魔術具に疎いライナでも一目で現代の物ではないとわかった。
「すっごく綺麗...。」
「これらの魔術具は、以前来た時に購入したものだ。当時も今と変わらず、ヴァルデンメーアは魔術の研究に関しては世界有数の国だった。」
ディオンが小さな魔術具を発動させる。拳より小さな玉を曲線を描いた金属が囲み、先端にはフックのような部品がついているそれは、真ん中の玉がふわっと光って、ディオンが埋め込まれた石?に触れると光量が調節された。
「これは、ベルトやカバンに付けるランプだ。便利なのは、ほとんど重さを感じないこと。それに今と違って手入れをしなくていいから、当時の旅人には人気の品だった。つけておくといい。」
「...つけてたら目立ちそうなんだけどな...。」
ちょっと目立つけど、気に入ったのでリュックにつけておいた。その後もディオンが色々と説明してくれる。物に被せて乾燥させる魔術具。ライナが持っているリュックのように空間拡張の魔術が施されたポーチ。それに、現代では珍しい治癒魔術が施された使い捨ての魔術具もあった。
「治癒魔術は現代ではあまり見ていないな。治癒魔法は高度で膨大な魔力が必要だ。多少扱いやすいとはいえ、治癒魔術も希少なものだからかな。」
「昔はそうでもなかったの?」
「同じく希少だったが、現代ほどではない。実際、500年前のヴァルデンメーアには多くの魔術具があったし、研究も進んでいた。しかし、ヴァルデンメーアは400年前に内戦があったからな。それで技術が断絶してしまったのだろう。」
内戦のことは初めて知った。つくづく、自分は知らないことが多すぎると思う。今度歴史書を買おうと決めた。
「ディオンは治癒魔法使えるの?」
「簡単なものばかりだが。治癒する規模によって必要な魔力の量が桁違いなんだ。一人のときに大きな治癒魔法を使う必要があるのは、どんな時かわかるか?」
「大怪我した時。あ、そっか。大怪我した時は魔力も失ってるから、一人のときはあまりに大きな治癒魔法は使えないんだ。」
そう言うと、ディオンは魔術具から陽気な音楽を流した。
「正解。大怪我してるときに自分に大きな治癒魔法を使うと、怪我は治るが魔力が尽きてしまう。魔力が尽きたら回復するまでに時間がかかるし、動けなくなるからかえって危険だ。」
そう言って使い捨ての治癒魔術具をみせる。
「その点、魔術具は素晴らしい。自身の魔力を使わずにある程度まで回復できる。高度な術式故に使い捨てだが、一人の旅人にとってはありがたい。」
「ディオンは怪我したらそれ使ってたの?それとも魔法で?」
「俺は時間がたっぷりあるから、大体は自然治癒だ。ほっとけば治る。」
「なんてワイルドな...。」
通りすがりの荷馬車に揺られて2時間ほどで王都・ハーフェンヴァルトに到着した。ヴィルムシュタットの王都が精巧な石畳と金属の装飾の「石の都」だとしたらハーフェンヴァルトは蔦と木組みの家が寄り添う「木の都」。通りゆく人も、ヴィルムシュタットと比べてこころなしかゆったりとしている。
「うわあ。結構好きかも。この感じ。」
「こう見えて、街のいろんなところに魔術具が使われるんだ。...昔は、だけど。」
ハーフェンヴァルトにも港がある。そこで、以前買えなかった帆船の説明本を買ったディオンがご機嫌だった。王都を歩いていると、そこかしこに見たことない魔術具が売っている。へえ、と関心しながら歩いていると、ディオンはそれを片っ端から買っていった。
「ねえ、お金あるの?」
「なくなったらまた金を売ればいい。」
ディオンと一緒に宿をとって、荷物をおいたらあとは自由行動だ。久しぶりの沢山の新しい魔術具に囲まれて嬉しそうなディオンを部屋に置いて、ライナは買い出しに出かけた。
「これと、これも5個お願いします。あ、そっちの薬草も。」
ハーフェンヴァルトは森に囲まれているだけあって、山菜や薬草が多く採れるようだ。市場には見たことない薬草が沢山ならんでいる。ハーブティに使えそうなものをいくつか買った。そしてヴィルムラックではあまり見ない毒消草もあったので沢山買っておく。もちろん、本屋で歴史書も買った。
王都の端っこの方。住宅街の入口あたりに、小さな魔術具のお店を見つけた。中を覗いてみると、薄暗い店内に沢山の魔術具が並んでいた。値札もついていない魔術具たちは、見慣れない形をしていて、だけどどこか見覚えのある形としている。
「こんにちは〜」
静かに入ったお店の中に客は誰もいなくて、店番もいなかった。
「見ても...いいんだよね?」
誰もいなくて繁盛していなさそうな店の割に、とても美しい魔術具が並んでいた。中には用途がわからないものもあったが、どれも綺麗だ。
その中に、見たことがある形状のものがあった。
「治癒魔術の、魔道具...?」
それは昨夜ディオンに見せてもらった治癒魔術具に似ていた。これも使い捨てなのだろうか?こんなに綺麗なのに、もったいない。
...あ、そうか。ここにあるもの全部、昨日ディオンにみせてもらった魔術具に似てるんだ。
せっかくだから買っていきたいと思ってカウンターに持っていったが、店員がいない。
「あの〜......。これ買いたいんですけど〜。」
そう言ってちょっとまっていると、カウンターの中からふくよかで優しそうなおばあさんが出てきた。ちょっと腰がまがった、杖をついたおばあさんはライナがカウンターにおいた治癒魔術具を見て目を細めた。
「おや、お嬢さん、旅人かい?」
「は、はい。...あの、これ買いたいんですけど...。」
「はい、大銀貨3枚だよ。」
流石にお高い。でもまあお金に余裕があるのでいいことにしよう。
「ここの魔術具、おばあさんが作ってるんですか?」
梱包してくれている間に、カウンターの下に置いてある魔術具を見ながら聞いた。するとおばあさんはふふっと笑って首を振った。
「違うのよ。これは私の息子が作ったの。とっても綺麗でしょう?」
「...ええ。あまり見ない作りですね。息子さんは、ここにはいないんですか?」
「息子は魔術具が大好きでね。ここじゃ作る場所がないっていって、街の外の小屋を工房してずうっとそこにいるのよ。」
そう言いながらも嬉しそうに笑うおばあさん。ふふっと笑うおばあさんのあったかい雰囲気にどうしようもなく癒やされた。
「帰ったよー。って、ディオン!」
宿を出たときよりも床に転がった魔術具で扉が全部開かない。開いた隙間から体をねじ込むと、ディオンを中心に魔術具が散乱していた。いつものことだ。ディオンは気が済んだらちゃんと片付けるのでいつも放っておいてる。
「ちゃんと片付けてね。」
「ああ、うん。おかえり。」
こちらを見ない空返事のディオンの眼の前に、さっき買った治癒魔術具を出した。
「見てみて。綺麗でしょ?治癒の魔術具だと思うんだけど、こんなに綺麗だと、使い捨てるのがもったいないね。」
それをみたディオンは、ん?と眉を寄せて、魔術具を受け取った。くるくると魔術具を隅々まで観察し、少しだけ魔力を通すとポワンと魔術具が緑色の光を放った。
「へえ。すごいな。綺麗だ。」
「でしょでしょ?大銀貨3枚だったんだ。」
「え、治癒魔術具が大銀貨3枚だった?...おかしいな、大金貨1枚でもいいのに。」
「そんなに高いの?!」
ディオンは頷いて、魔術具をみた。
「まず治癒魔術具だけで小金貨1枚はする。それにこれには...古代魔術具の名残があって、みて。これには継ぎ目がないだろう?それに見たところ、術式の効果を抑えることで、繰り返し使うことができるようだ。...それに、あまり見ない術式だな。ああ、ここに制御紋があって......そうか、吸魔の術式を省略しているのか。なるほど、大気の魔力を直接核に流れ込むようにすることで...。」
あっという間にディオンは一人、考察し始めた。こうなると長くかかる。ブツブツと呟くディオンをおいて、ライナは再び宿を出た。
翌日、ディオンが行きたいと言うので、昨日治癒魔術具を買ったお店へ向かった。今日は入ったときからおばあさんがカウンターに座っていた。
「おや。また来たのかい。今日はお連れも一緒なんだね?」
「こんにちは。一緒に旅をしているディオンだよ。あ、私はライナ。」
「そうかい。来てくれてありがとうね。ライナちゃん。」
おばあさんはディオンを見上げてふふっと笑う。
「ディオンさんは、エルフなんだね。珍しいねぇ。」
「こんにちは。ここの魔術具、全部売っていただけますか?」
「......ん?」
驚きの声は、どちらのものか、おばあさんもライナもぽかんとした顔でディオンを見上げた。
「いやいやいやいや、何言ってんのディオン!流石にダメだよ?!3つまでにして?!」
「全部売ってくれ。」
「いいけども…お金、あるのかい?」
結局、ディオンはお金が足りなくて全部は買えなかった。5つを厳選して買って、名残惜しそうに他の魔術具を諦める姿に、おばあさんと2人で笑ってしまった。だってものすごく悲しそうだったから。何度も振り返りながら店をでるディオンをみたおばあさんは、しょうがないと言って、ライナとディオンを引き止めた。
「私の息子は、魔術具が大好きでね。息子が作った魔術具のうち、ここにあるほとんどは手入れがいらないんだが、倉庫にあるものはそうでないものもある。私にはよくわからないものも多くてねえ。手伝ってくれないかい?報酬は用意するさ。」
「いいんですか?!ぜひ!!」
勢いよく食いついたディオン。全力でガッツポーズをするディオンを挟んで、ライナとおばあさんは小さく笑った。
おばあさんに案内されて店の裏の倉庫に来た。空間拡張の魔術が張られているから中は見た目よりも広い。と入っても3倍くらいなのだが。
「うわっ、いくらなんでも多くない?」
壁の棚にはズラリと魔術具が並んでいて、そこに並びきらない分は箱に入って積み上げられている。大量の魔術具にうんざりしたライナに対して、ディオンは感極まっておばあさんに感謝の言葉を送っていた。
「ここにある分は私が手入れしたから大丈夫よ。それ以外をお願いできる?」
そう言って依頼されたのはほとんど全部だ。おばあさんでは仕組みが分からない物も多く、体も悪いので全部は出来なかったそう。ディオンは嬉々として依頼を受けていた。
「あくまでディオンの依頼だからね。私はサポートだけにする。」
正直ライナも魔術具のことはさっぱりだ。この依頼はあくまでディオンが魔術具を買うためのお小遣い稼ぎだから、ライナは今回はお手伝いに徹しようと思う。
「ありがとう。じゃあ、手入れのための道具を持ってくるよ」
あれから2週間。ディオンは毎日おばあさんの倉庫に通っていた。朝から夜までぶっ通し。最初は徹夜しようとしていたが、おばあさんの迷惑になるし、健康の為にもライナが辞めさせた。一方ライナはディオンと一緒にお店に通って、おばあさんとお話をしていた。息子さんも滅多に帰ってこないので1人だったらしく、誰かとおしゃべり出来て嬉しいと言っていた。
「そういえば、息子さんは今どこに?本当に帰ってこないんですね。」
「あの子は変な子でね。基本的にどこにいるか分からないんだよ。国からは出てないと思うんだけど……。」
「変、と言うと?」
おばあさんは笑って言った。
「魔術具が好きすぎて、1人でどこまでも探しに行ってしまうんだよ。この間はダンジョンに行くって言って、帰ってきてないんだ。あんまり危ないことは、しないで欲しいんだけどねえ。」
「この近くにダンジョンがあるの?」
ひとりでダンジョンに潜ると言うことは、ある程度戦えないとダメだ。魔術具が好きということは研究者っぽ想像を想像をしていたので驚いた。
…その息子、本当に変な人なんじゃない?
「ええ。ここらじゃ有名なんだよ。馬車が出ているから、良かったら見に行ってみな。中には、入れないんだけどね。」
「え?ダンジョンなのに中に入れない?なんで?」
おばあさんは壁に貼ってあったひとつのチラシ指さした。
「2年前に、そこのダンジョンに強い魔獣が観測されて、それ以来戦闘能力がないと入れなくなったんだよ。昔は近所の人が薬草なんかを取りに行ってたんだけどねえ。」
「2年前なのに、まだ討伐されてないの?」
「ああ。魔獣がいる最深部へは、まだ誰もたどり着いていないのさ。」
そんなおもしろそうな話を聞いたら行かない理由がない。ディオンに言って、ライナは乗り合い馬車で噂のダンジョンへ向かった。もちろん、一人で潜らないことを約束して。
ついたのは馬車で2時間ほど揺られた場所で、そこには村があり、ダンジョンの噂を聞いて来た旅人や冒険者がちらほら見えた。
「わっ!これ、満月の光で咲く月光花ですよね?!あ、こっちには火車草も!」
「お嬢ちゃんよく知ってるねえ。冒険者は持っていたほうがいいよ〜。」
「商売上手ですね。」
どれもダンジョン産の珍しい薬草や花だ。ダンジョンでしか採れないものも売っているそう。人々は強い魔獣に怯えて暮らしていると思っていたら、意外とそんなことはないみたいだ。みんなのんびりしている。
穏やかな村人を横目に、村を出て道を歩くと森の中に大きな木が佇んでいた。大樹が古代の遺跡を飲み込んでいる。枝は高く高く広がり、それが別の木とも絡みついていて、根本の遺跡が入口になっているようだ。大樹に魔力が通っているからか、葉が淡く発光していてとても綺麗だ。入口には、検問所のように小屋がある。おそらくそこでダンジョンへ入る人の選別をしているのだろう。
ダンジョンには4つの種類がある。魔力が濃い場所に自然が歪んで迷宮化した、自然発生型ダンジョン。
古代文明が残した施設や神殿などの遺跡が長い年月をかけて迷宮化した、古代遺跡型ダンジョン。
自然発生型ダンジョンと古代遺跡型ダンジョンが長い歳月を経て融合した、融合型ダンジョン。
あまりないが、意図的に作り出された比較的安全な人口生成型ダンジョン。
眼の前のこれは融合型ダンジョンだろう。特徴として、古代の魔法陣・術式が壁や床に埋め込まれている。魔力濃度が高く、魔獣も凶暴化が進みやすい。古代の貴重な魔導書や魔法陣、術式などが発見されることが多く、内部はとても広いらしい。
「うわ〜。一度潜ってみたかったんだよね。ディオンに言ってみよう。」
検問所っぽい小屋に近付くと、中から警備所の制服を着た男性が2人出てきた。青い制服を着た若い男性と、中年であごひげが生えた男性だ。
「こんにちは。冒険者ですか?」
「はい。でも、今ダンジョンに潜りたいわけではなくて...。」
「後日、潜りにくると?」
「今日は下見なんです。えーっと、ダンジョンに潜るためには戦えることを証明しないといけないんですよね?」
おばあさんが言っていた。そう聞くと、もう一人の中年の男性が頷いて教えてくれる。
「ああ。この近くには魔獣が多くてね。一つ、討伐依頼をこなしてもらう。完了したら、実力を認め、ダンジョンへ潜ることが許可されるんだ。」
「なるほど。もう一人、仲間がいるんだですけど、その場合は2人一緒に依頼を受ける必要が?」
「もちろん。今度潜るなら、その時に2人で依頼を受けにおいで。」
「わかりました。ありがとうございました。」
「と、言うわけで!そのダンジョンに潜ってみたい!!」
おばあさんのお店でディオンを拾って、宿に帰ってきたライナは胸のまで手を合わせてディオンに言った。
「もしかしたらもしかしたら、ディオンの探し物もあるかもしれないし、面白いものもあるかもしれない!」
「あそこには何もなかった気がするけど...。まあ、いいか。もうすぐ依頼も終わる。ダンジョンに潜ってみるのも経験のうちだ。潜ってみよう。」
「やった!」
3日後、ディオンは魔術具の手入れの依頼を終えた。その日の夕方、ほくほくの笑顔のディオンは、無事に報酬をもらって、店内にあった魔術具の半分を買っていった。流石に足りなかったらしい。とりあえず満足したのでディオンはまた来ることを告げてお店を出た。
「ありがとうございました。」
「またおいで。」
「よし、道具も食料も買ったね。」
「前に渡したランプもつけとけよ。」
ダンジョンへは2週間潜ることを想定して、ディオンの異次元の指輪に大量の食料と薬草、新調した道具を入れた。そして2人は例のダンジョン・蒼樹の迷都に向かった。




