知らないこと
翌朝。ディオンはちゃんと生きていた。よかった。
「今日はちょっとペース上げて歩いていけば、夕方には王都に着くよ。問題は宿だね。夕方だと、いいところはだいたい埋まっちゃうからなあ。」
「途中で馬車が通ったら、乗せってってもらえるか聞いてみよう。」
「それでいっか。」
ちょっと話してわかったことは、自分もディオンもマイペースで無計画というか、のんびりというか、行き当たりばったりなので旅も緩い。この二人での旅にちょっとばかり不安がよぎった。
二人で街道を歩いていると、運よくこれから王都に向かう馬車が通った。
「すみません、一緒に王都まで乗せていってくれませんか?」
「ん?お?おお、いいですよ。後ろにどうぞ。」
「ありがとうございます。」
聞けば旅商人で、王都の近くの町で商売した帰りだそう。ライナが荷馬車で揺られている間、ディオンは御者の席に座って旅商人と話をしていた。声が、後ろまで聞こえてくる。
「いやあ、まさかエルフと生きている間に出会えるなんて。人生、何が起こるかわかりませんね。」
「俺自身も、同族とは長いこと会ってないですね。このへんじゃ珍しいですか?」
「ええ。ヴィルムシュタットだけでなく、世界的に見ても少ないと思いますよ。知り合いの商人でも、エルフに会った人は片手に収まるくらいですから。」
その話を聞いたライナは、ん?と眉を寄せる。
...もしかしてもしかして、話の中に出てくるエルフって、ディオンのこと?
エルフの特徴は長くピンとした耳と、長寿ゆえの絶大な魔力量。魔力量は基本、才能と生きた時間で決まる。エルフはその確固たる例だ。魔法に長けたエルフは、永遠に近い寿命を過ごし、伝説の存在として語られることも少なくない。
...うーわ、なんで気付かなかったんだろう?耳とかそのまんまじゃん!よくよく思い出してみれば魔法具の指輪を使えるんだから魔法使いとかそっち系だって気付けよ私!それに会ったときのあの不思議な感じ。あれはきっと魔力だ。ディオンは武闘家であり、魔法使いでもあるんだ!
王都のちょっと手前でおろしてもらって、ディオンの袖を引っ張った。
「ディオン!あなたエルフの魔法使いだったんだね。」
そう言うと、ディオンは少し気まずそうな笑みを浮かべた。
「あー、黙っててごめんな。隠してたわけじゃないんだが、エルフって言ったら怖がる人もいてな。」
なるほど。長寿故に魔力量が豊富なエルフはめちゃくちゃ強い。しかもディオンは見ての通り武闘家でもある。近接戦も長距離戦もお手の物だろう。確かに、ディオンの人柄を知らない人からしたら相対したくない存在だ。
「私は、怖くないよ。ねえ、それより魔法見せて!魔法!」
生まれて初めて魔法を見れるかもしれないと、ライナのテンションは爆上がりだ。キラキラした期待の眼差しでディオンを見つめた。しょうがない、とディオンは小さく笑って、右の手のひらを差し出す。するとぽわっと、なにもない手のひらに火が出てきた。
「うわあ!!」
手のひらでゆらゆらと揺れる小さな火は、いつもの見慣れた火にみえる。
「これって熱くないの?」
「俺の魔力で創り出しているから俺は熱くない。でもライナは普通に火傷するから気を付けるんだぞ。」
そう言うと小さな火は氷に変わり、氷は水へ、水は霧のようになって消えていった。
「すっご...魔法、初めてみた。私も使えるかなあ...」
何気なくそう呟くと、ディオンは不思議そうな目をこちらに向けてきた。
「え?ライナ、使えないのか?魔法?」
「え、うん。なんで?」
そんなきょとんとされても困る。こっちだって意味わかんない。そもそも魔法を使える人のほうが圧倒的に少ないのだ。ディオンのほうが変だと思う。
「あ、いや。今はいい。落ち着いてから話すよ。」
そういって、ディオンは王都へ歩き出した。
「あ、ちょっと、もったいぶらないでよ!」
「ふわ〜!」
「おお〜。」
流石王都。ヴィルムシュタットで最も栄えている街はとても賑やかだった。城壁に囲まれた街なのに嫌な匂いがしないのは大魔術でも使われているのだろうか?石畳の上を沢山の人が歩き、馬車やロバ、飼っている魔獣なんかもいる。街の中央広場には大きな時計塔が建っていて、その奥に王城があり、更に奥にお貴族様の街がある。
「ディオンも王都は初めて?」
「ああ、以前はなかったからな。」
...一応王都は300年前からあるんだけど。ディオンって何歳なんだろ?
「えっと...たしかこっちにあるはず。」
以前依頼を受けたヴァロさんのお店が何処かにあるはずだ。街の警備所に聞いて教えてもらった場所へ向かう。街の南にある商業区の一角に、ヴァロさんのお店があった。ヴァロさんは日用品店を経営していて、お店の規模を見るにまあまあ儲けているっぽい。
「あ!いたいた。ヴァロさん!」
お店のカウンターにいたヴァロさんと目が合うと、整えられた口ひげが嬉しそうにあがった。
「ライナくん!いらっしゃい、無事についたんだね。」
カウンターから出てきたヴァロさんは、ライナと軽くハグをすると、後ろにいたディオンに気付いてその長い耳を見ていった。
「おや、エルフじゃないか。珍しい。ヴァロといいます。いやあ、エルフと出会えて嬉しいですよ。」
「こんにちは、ディオンといいます。こちらこそ、あえて嬉しいです。」
2人が握手を交わしたのを見届けて、ヴァロさんに話しかけた。
「ヴァロさん、いい宿知らない?私達、王都初めてなんだよね。」
「それならちょうど、この店の上の部屋を貸し出していてね。良ければ使うかい?ライナくんには助けられたからね、ちょっと安くしてあげるよ。」
「やった!ありがとう、ヴァロさん。」
ヴァロさんの店の上に部屋を借りて、荷物を置いたらひとまずお昼ご飯と買い出しに向かった。日用品はヴァロさんの店で買うので、主に食料だ。
「せっかくだから、屋台で買って食べようよ。」
そう言ってはたと止まり、振り返ってディオンに尋ねる。
「そういえばディオンって、お金、持ってるの?」
「ん?ああ、あるぞ」
そういってチャリンと金属の音がして、指輪から数枚の硬貨が引き出される。ディオンの手に現れたお金は、少なくともヴィルムシュタットのお金ではなかった。
「...これ、どこのお金?」
「ヴァルミアの。」
「はい?ヴァルミアって、古代ヴァルミア帝国?」
古代ヴァルミア帝国は、1000年前、魔法全盛期にこの大陸全土を支配した大帝国だ。高度な術式と魔法陣の理論を築き上げ、その名を世界に轟かせた。それらの古代ヴァルミア文明は、現代の魔術・魔法文明の基礎とされ、すでに失われたものも多い。今では遺跡や古代ヴァルミア文明頃のダンジョンから出土した数少ない魔導書や術式、魔法陣でしか、古代ヴァルミアを知ることはできない。...はずなのだが。
...ってことは、ディオンは1000年は生きてるわけだ?!古代ヴァルミアを知ってるんだよね?!え、この人、誘拐とかされないかな...
「ライナ?」
「え、ああ、ごめんごめん、ひとまずこれは使えないから、指輪の奥底にしまっておいてね。」
「すまない、代わりにこれなら...」
次にディオンが出してきたのは金塊だった。小ぶりだが、いくつも持っているようだ。
「とりあえず、商業ギルドに行こうか。あそこなら適正価格で買い取ってくれるから。」
「助かる。」
ということで、商業区の真ん中にある、大きな建物にやってきた。商業ギルドは主要な都市に必ずあり、露店から大店、商品の流通や素材の買い取りなど、流通と商売を取り締まる組織だ。1階の端っこにある買い取り専用の窓口へ行く。
「金を買い取ってほしいんですけど」
「はい、かしこまりました。拝見しますね」
さっきディオンが出した、掌よりに収まる飴玉くらいの小さな金塊を一枚、カウンターに出した。その場で職員が鑑定してくれる
「こ、これは...」
鑑定していた女性職員が驚きの声を上げる。それを聞いた別の職員がカウンターの奥から出てきて一緒に鑑定するとまたもや驚きの声を上げる。
そっと後ろにいるディオンに小さな声で聞いた。
「ちょっと、あれいつの金?なんかざわついてるんだけど」
「以前、ヴァルミアの皇女からもらったペンダントだったと思う。」
「なんてもの出してんのよっ!!」
ざわついたカウンター内から、なんだかちょっと偉そうな女性が出てきた。手にはトレーに乗った金塊を持っている。
「商業ギルドのご利用、誠にありがとうございます。鑑定の結果、こちらは古代ヴァルミア帝国時代の金で、帝国の刻印が刻まれた、非常に歴史的価値の高いものになります。買い取り価格は大金貨一枚となりますが、よろしいでしょうか?」
「だ、大金貨?!」
まさかそんなにいくなんて思わなかった。金貨なんて生まれてこの方一度も見たことがないのに、まさか小金貨すっ飛ばして大金貨とは...
「あ、ありがとうございます...。」
受け取った大金貨を人目につかないように素早くリュックに入れて、目立つ前に商業ギルドをあとにした。
次にやってきたのは銀行だ。銀行は各国の王都または交易都市にしかない、国営の組織で、お金を預ける場所として、ここ以上に安全で信用できるところはない。そして、銀行でしか発行できない物がある。ルーンアクト・シグル。通称シグル。個人専用の札で、これを持っていればどこでもお金のやり取りができる。
銀行のカウンターで、銀行員の男性に申請を頼んだ。
「シグルの申請をしたいんですけど。あ、こっちの」
「ディオンです。」
ライナは以前、別の交易都市の銀行で作った。ディオンは持っていないそうなので、この機会に作ってしまおう。
「ご自身の身分や、出自がわかるものはございますか?それがあれば比較的すぐに作れますが...。」
「ああ、はい。」
ディオンがカウンターに出したのは、掌くらいの黒くて薄い板だった。角度によって、何かがキラキラと光ってみえる。板には何かの紋章っぽいものが彫ってあって、多分金属製...だと思う。
「これは...?」
「俺の身分証、です。たしか、星鋼板だっけ。」
首をかしげるライナと男性の前で、ディオンが黒い板に魔力を流し込んだ。すると、ふわっと星鋼板から水色の透明な光がでて、それが空中に文字を映し出した。その文字は全く知らない文字で、なんて書いてあるか、男性もわからなかった。
「っ?!」
ライナと男性はびっくりしずぎて言葉が出ないのに、ディオンは当然のような顔をしている。
「こ、これは...なんですか?」
「魔導院の身分証なんだが...そうか、もう使えないのか。」
2人の反応をみたディオンは静かにそれをしまった。
その後は、ディオンは色々と書類を書かされて、なんとかシグルを発行してもらえた。
「年齢...何歳だっけか?1000...いや、2000...」
「職業...魔法使い?あ、いや、魔道士?」
「生まれた村はもうないからなあ」
なんて、人の常識では理解できないつぶやきの末もらったシグルは、銀色の薄い板だ。銀行に口座を作って、そこにさっき換金した大金貨のうち小金貨9枚を入れて、小金貨一枚を現金でもらった。
腹ごしらえが終わってから、2人は商業区を散策した。ディオンにとっては初めて見るものが沢山あるようでキョロキョロしっぱなしだった。中でも一番面白そうにしてたのは地図だった。ヴィルムシュタットの地図を興味深そうに見ている。
「それ、そんなに面白い?」
「ああ。俺の持ってる地図と結構違うな。これ、いくらだ?一枚ほしい。」
紙に穴が開きそうなほど見ている地図は小銀貨3枚。王都のお店ではシグルが使えるのでディオンは嬉しそうに会計をすませた。これで次の行き先を決めようと思う。
ヴァロさんのお店の部屋に戻って、早速ディオンが床に地図を広げた。そして指輪から、自分の地図を取り出す。
「それが地図?」
ディオンが取り出したのは大金貨くらいの丸い金属だった。さっきからディオンの道具は理解できないものばかりだ。ディオンがそれに魔力を流すと、さっきの星鋼板みたいに空中に地図が映し出された。
「これはかさばらないけど、ずっと見てると気が滅入る。紙のほうがいいな。」
「個人的にはこっちのほうがかっこよくて好きなんだけど。」
2つを見比べると、結構違うところが多い。まず、海岸線の形が違う。ディオンの地図の文字は読めないし、ヴィルムシュタットがあるべきところには違う国があった。地形や森の範囲も違うっぽい。ディオンがそう呟いていた。
「今はここだから、次はノルトブランド山脈の南を超えよう。北は寒いからな。」
「王都からヴァルデンメーアのハーフェンヴァルドに船が出てるよ?」
「ライナは強くなりたいんだろう?旅をしながら、剣を教えてやる。」
「え?!ディオンって剣もできるの?!」
「ああ。昔、教えてもらったんだ。」
買った地図にちょいちょい何かを書き加えながら楽しそうにしているので、そのままそっとしておいた。次の行き先が決まったから、次の村までの食料と消耗品を買った。王都はやっぱりちょっと高い。でも、物もいいのでいいことにする。とくにポーションなんかは珍しい隣国の物が結構並んでいた。
3日後。2人は隣国。ヴァルデンメーアに向かって出発した。どうして出発までに3日もかかったのかと言うと、ディオンが部屋に引きこもって出てこなかったからだ。なんとずーっと、買った地図や魔道具、見たことない道具を分解、解析して自分の持っているものと見比べていたらしい。エルフの習性なのだろうか、のめり込むとすごい集中力だ。
今後は二人部屋で、ライナが強制的に中断できるようにすると、約束した。




