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神代の英雄  作者: 朧 夕映
北側諸国・アストラディア帝国
24/24

魔法の中心地

 古い城壁を抜けると、そこはまるで別世界だ。

 通りの中央を走る商導軌は、角の立たないなめらかな輪郭をしていた。金具には細工が施され、淡い空色の車体が陽を受けて静かに光っている。

 沿道の建物もどこか柔らかい。壁はゆるやかにふくらみ、窓枠や手すりには蔓や星を思わせる模様が刻まれている。塗りは決して派手ではないのに、明るく澄んでいて、通り全体が穏やかな色に包まれていた。

 人々の衣服も、建物に負けないほど整っている。石畳は滑らかで、店先には花や布がきちんと並べられ、せわしなさよりも余裕が先に立つ。


...これが、平民の暮らす区画?


 あまりの美しさに、ライナは息を呑む。


「……うわあ」

 

 ここは本当に、今まで旅してきた街と同じ大陸なのだろうかと疑問に思った。あまりにも、平民の生活水準が高い。

 横に立つゼルンも、ぽかんとして街を見ている。さっきから口が開きっぱなしだ。


「すっげえな...。まじ?アストラディアの帝都には貴族しかいないのか?」

「国自体が裕福なんだ。特に帝都は他国の貴族の出入りも多いから、平民街も美しく整備されているんだよ。」


 2人の後ろで、ディオンとフィオは柔らかな表情で懐かしそうに街を見ている。


「懐かしい?」


 ライナが2人を振り返ると、目を細めたディオンが頷いた。


「ああ。久しく来ていなかったが...。雰囲気は変わらないな。建物も綺麗なままだ。保護魔術でもかかっているのか?」

「そのようですが...。」

「んな大規模な魔術を展開するには魔術師が何人いても足んねえ。どっかに起点となる魔術具が...。」


 ふらふらと街の方へ行こうとするゼルンの腕を反射的に掴んだ。フィオも研究者気質なところがあって、3人が考え始めると止まらないことは既に経験済みだ。


「ゼルン。どこへ行くつもり?」

「あ、じょ、嬢ちゃん...。いや、何でもねえぞ。」

「そうだよね。ディオンとフィオも。最初は宿の確保。トトも呼んで、まずは今後の予定を決める!いいね?」


 元はマイペースで成り行きまかせの旅をしていたライナだが、自分よりも気ままな人達と一緒にいたせいで計画性が身についたと思う。

 建物を眺めながら、美しい街並みを歩いて行った。大通りは賑やかで、自分と同じような格好をした人もいる。冒険者も多いのだろう。


「今は、この辺りにいます。」


 店で買った帝都の地図を見ながら、フィオがおおよその現在地を指さした。

 帝都は、外壁に囲まれた円形の都だ。外壁は今は使われておらず、壁面には大昔に魔族との戦争の名残がある。

 外壁を越えた先に広がる帝都。そのさらに奥、重厚な石の内壁に守られた一角、内郭と呼ばれる場所がある。そこには皇宮、政務城、貴族街、魔導総院があり、帝国の心臓部が揃っている。


 現在地は帝都の西門付近。外壁側に行くほど、身分の低い平民が暮らしている。南側には例外的に、貴族が住んでいる区域もあるらしい。


「宿ってどの辺り?」

「私達は魔導総院へ行くので、北側の内壁に近い方へ行きましょう。」




 宿に行くまでに、何人かの魔法使いとすれ違った。どうして魔法使いだとわかったかと言うと、杖を持っていたからだ。


「ねえねえ、あの、杖を持っている人って魔法使いなんだよね?」

「そうです。魔導総院で、自分で杖を作りますから、杖は、魔導師の証と言えます。」

「魔導師って?魔法使いとは違うの?」

「魔法使いと魔術師、その他魔法を扱う研究者や魔導総院で教鞭をとっている者を魔導師と呼ぶんだ。もちろん、魔導総院を卒業した者だけだがな。」 


 なるほど。ならディオンもフィオのお兄さんも魔導師だ。


「色んな杖があるんだね。」


 何人か見たが、みんな大きさも見た目も違う。短剣くらいの長さの杖から、自身の身長よりも長い杖。杖先に何かの意匠が飾ってあったり、色も太さも装飾も違う。魔導師に聞いてそれぞれの杖を見せてもらいたいくらいだ。


「杖には芯があって、芯の大きさは変更できません。なので芯の大きさに合わせた杖を作ることになります。外装は個人の自由なので、個性的な見た目の物も多いですね。」


 杖の話を聞いて、ふと疑問に思った。さっき魔法を使っているとこを見たが、その人は杖を振って魔法を使っていた。ディオンが杖を振っているところを見たことがない。


「...ディオンは魔導院出身だから、杖持ってるんだよね?見たことないよ?」


 するとディオンは、笑ってどこからか杖を出した。指輪からだと思う。男性の手より少し大きいくらいの長さで、特に飾りはなく、濃い茶色の杖だ。


「一応持ってはいるが、最近は使わないな。」

「へえ。...なんか、地味だね?」

「外見に気を取られてはいけない。これは魔導院で機能美を追求した俺の時間そのものだからな。...とは言ったが、ここ数百年は手入れもしてないしな。たまには使ってやろう。」


 杖は、魔導総院の卒業制作として課題にされるらしい。ディオンも、魔導院にいた期間に作ったようだ。こだわりが詰まった杖を、ディオンは適当に振った。


「使わなくても魔法が使えるの?」

「杖は、魔力を扱いやすくする為の道具なので、熟練者は杖の補助なしでも魔法が使えるのです。」

「へえ。なんかかっこいい。...もしかして、フィオも?」


 そう言うと、フィオは、カバンから杖を取り出した。ディオンのよりも長く、前腕程の長さがある杖だ。表面には、フィオと同じ色の宝石が埋め込まれている。


「わあ、綺麗!これは何?」

「アメシストです。杖は己を表す物なのでどこかに自分の要素を入れると、杖と自身の魔力が馴染みやすくなります。」

「すごい...。とっても綺麗...。」


 フィオの杖を心ゆくまで眺めて杖に関して色々教えてもらった後、一応ゼルンにも聞いてみた。


「ちなみにゼルンは...。」

「俺は魔導総院には行ってねえ。魔術は独学で、正式な魔術師じゃねえよ。」

「まあ、そんな気はしてた。」


 ゼルンは野良魔術師だった...。




 北側の、内壁に近い場所にある宿屋に到着した。1階は食事処で2階と3階が宿になっている。


「4人でお願いします。」


 運よく、それぞれ一人部屋を取ることができた。とりあえず2週間で会計をした後、上に上がろうとしてライナは立ち止まった。2階に上がる階段に、見慣れない装置がある。


「なにこれ...?」


 階段を塞ぐように銀色の棒がかけられていて、棒を跨ぐには高いし、潜って行くには低い。これは何だろうか?正しい通り方があるのだろうか?


「ああ、識別棒だ。ここは魔法使いが多いからな。安全対策として身分証を提示する代わりに魔力を登録して通るんだ。」

 

 ディオンが、先程受付でもらった鍵を見せた。鍵に1度触れた時点でそれに魔力が登録されていて、階段脇に設置された認証の魔術具に鍵を触れさせると通れるようになるらしい。

 この宿は、1階は食事処、上階が宿泊部屋になっている。上階に上がる者を、これで制限しているのだろう。

 ディオンが棒に触れると、銀色で、見るからに硬い棒がスッと消えた。びっくりして声を出しそうになったのを我慢して、ライナもドキドキしながら棒に触れてみた。ひんやりとしていて、硬い。鍵を認証させると、瞬間、その棒が消えた。


「へえ、不思議...。」

「帝都じゃよく見る物だ。直に慣れる。」




 夕飯は、1階の食事処で食べることにした、

 一応、料理の一覧が書いてあるが、料理名を聞いてもよくわからないものが多いので、お店の人に人気の料理をいくつか頼んだ。


「はい、ドゥルムザウの赤辛煮麺。うちの1番人気だよ。」


 色々な料理が並んだ中で、ライナが最初に目を付けたのは1番人気、と言われた料理だ。

 白い深皿いっぱいに、どろりと赤い汁。油が光っていて、ところどころ黒い肉片が沈んでいる。湯気の奥で麺が絡まり、匂いだけで喉がひりつく。


「ねえディオン。ドゥルムザウって、あのドゥルムザウ?」

「そうだな。あれだな。」


 以前に蒼樹の迷都で出くわしたやつだ。懐かしい。

 そう言えば、ドゥルムザウは美味しい魔獣だった。ここらでは普通に食べるのだろうか?見るからに辛そうだが、ライナは麺をくるくるとフォークで巻いて食べた。


「っ、辛っ!!」


 油断したつもりはないが、思ったよりも唐辛子が効いている。辛い。

 グッと水を飲んだが、唇のヒリヒリ感は消えない。でも旨味はあるし、お肉は美味しいし、なんだか癖になりそうだ。


「はっははっ。そうか、ライナは知らなかったか。」


 辛くてヒーヒー言っているライナを見てディオンが笑う。


「北の方は寒いから、辛い料理が多いんだ。ほら、体が暖かくなって、汗が出てくるだろう?」

「汗をかいたまま外に出て体を冷やすとまた風邪を引くので、きちんと拭いて下さいね。」


 フィオが布を取り出して汗を拭いてくれた。確かに熱い。上着を脱いで、袖を捲った。


「ありがとう。そっかー、これも北側諸国特有なんだね。ディオンは何食べてるの?」

「ブラウフィシュの痺れ煮、と言う料理だ。」

「辛い?」

「痺れる辛さだ。...うん、美味しいな。」


 丸ごとの魚に、鮮やかな赤い煮汁がたっぷりとかかっている。刻んだ青い葉が散らされ、皿の縁まで汁が広がり、色合いがとても綺麗だ。

 ディオンは辛いものを食べ慣れているのだろうか?美味しそうに食べている。


「嬢ちゃん、これ辛くねえぞ。」

「ほんと?!」


 机を挟んで向かい側に座っているゼルンが、自分が食べていた料理と、ライナのドゥルムザウと交換してくれた。

 赤みのない濃い茶色の麺。角切り肉と、細かく砕いた焼きパンが雪のようにかかっている。油は控えめで、ほのかに香ばしい匂いが立つスパゲッティ...だと思う。


「ドゥルムザウの焦がし麺だって。」

「ドゥルムザウ人気だねえ。」


 グローズハーゼの紅揚げ、と言う料理も一緒に、4人でちょっとずつ分けながら完食した。美味しいけど、辛すぎるものは食べられなさそうだ。

 ちなみに、お酒も有名だそう。体温を上げる為、度数の高いお酒が多い。食後はゼルンとディオンが、他の客と一緒にお酒を飲み始めた。それを見たフィオにライナはさっさと部屋に戻されたので、気になって理由を聞いたらすうっと顔を逸らされた。




 翌日、ライナが起きて1階の食事処にいくと、ディオンとゼルンが既に朝食を食べながら何やら話していた。お酒を飲んでいたくせに、相変わらず寝起きがいい。ちなみに、フィオはどちらかと言うとライナの仲間だ。布団から出るのが遅い。

 食事処で、辛くないスープとパンを食べていると、フィオが降りてきたので、今日の予定を立て始めた。


「魔導総院に入るには、俺達は許可証を得なければならない。入れるようになるのは数日後だ。今日は帝都を回って、情報を集めよう。どうせ帝都には長く滞在するんだしな。」


 昨日ディオンが買った帝都の地図を見ると、内郭は北に魔導総院、南に貴族院、中央に城がある。内郭にも壁があって、魔導総院とそれ意外で区画が別けられていた。


「二手に別れよう。北は魔導総院の出入り口、南は第3階級の貴族がいる区画がある。俺とフィオは魔導総院に入るための手続きに行ってくる。ライナとゼルンは帝都に慣れるためにも、街を見ておいた方がいい。」

「え?!いいの?やったー!」


 南の方が、質のいい店が多いらしい。貴族や、大きな商会が揃っているので期待が膨らむ。

 ここでしか手に入らない物があったり、見たことない道具があるかもしれない。もしかしたら、いい装備にも巡り合えるかも、とライナは笑顔になった。




 ディオンとフィオが北地区で魔導総院関係の情報収集、ライナとゼルンは南地区で買い物と偵察に行くことになった。


「絶対に、騒動を起こさないで下さいね。」


 怖い顔のフィオに見送られて、ライナとゼルンは南地区へ向かった。

 南地区も美しく、北地区と比べて人通りが少ない。通り沿いに様々な店が並んでいて、ところどころに紋章が刻まれた馬車が止まっている。貴族の馬車だろう。


「こっちには商導軌がないんだね。お貴族様は乗らないのかな?」

「そうだな。帝都の中なら自分の馬車で移動するほうが、安全でいいんだろうなあ。大陸導軌と違って小せえしどうしても必要ってわけじゃねえし。」




 大通りに面した店の大きな窓の奥に、ひときわ淡い色が揺れている。薄桃色のドレス。

 胸元には小さな金の星が散り、裾へと流れるにつれて、色は夜明けの空のような紫と青へ溶けていく。重ねられた薄布には、白い星々。腰には深い青のリボン。まるで夜空を結び留めているようだ。

 思わず、ライナは足を止めた。


「......綺麗。」


 隣を歩いていたゼルンも立ち止まった。ドレスを見つめるライナは、魔王討伐に向かう剣士とは思えない程、穏やかで可愛らしい女の子の顔をしている。


「前も思ったけど、嬢ちゃんって意外とこういうの好きだよな。」

「今まではそうでもなかったんだけどね。」


 そう。以前のライナは、桃色なんてむしろ嫌いだった。ヒラヒラした服を可愛いと思う日が来るなんて思わなかったし、旅を始めてから余計に、自分を着飾ることはしないし無駄だと思っていた。しかしこの帝都の住人はみんな、綺麗な服を着て、自分を着飾っている。すれ違う人の格好を、素敵だと思った。しかもこの美しい帝都にいると、なんだかそれに見合う格好をしたくなってきた。


「なーんか可愛いと思っちゃうんだよねー。まあ、着ていくようなとこ、ないんだけどね。」

「そうだな。お貴族様じゃねえと、こんなドレスを着る機会はないよな。」

「ね。」


 1つ頷いて、また大通りを歩き始めた。




「ゼルン!見てみてこれ、めっちゃかわいい!」

「...俺、嬢ちゃんの趣味がよくわからねえ...。」


 次にライナが入ったのは武器店だ。美しい刃と装飾が施された短剣に一目惚れして衝動買いした。それをかわいいといいながら頬ずりするライナをゼルンが遠巻きに見た。


「ゼルンは買わない?」

「俺は武器にあんまし興味ねえしなあ。貴族がいる地区にあんま長居したくねえよ。」

「そっか〜。じゃあそろそろ戻ろっか。なんか街が綺麗すぎて、思ったより面白くないかも。」


 平民のライナは静かすぎる南地区は肌に合わなかった。悲しい。


「んじゃあ、東側回って行くかあ。」


 帝都の東側は港になっている。あちら側は平民が多いので楽しそうだ。お魚が安く売ってたら嬉しいな、くらいに感じで、大通りから外れてゼルンが好きそうな魔術具店をさがしながら歩く。


「アストラディアは魔術の研究も盛んだからなあ。未知の魔術が見られるかもしんねえなあ。」

「あんまり変なお店行かないでね。」

「ちょっと怪しいくらいがちょうどいんだよ。」




 裏路地は綺麗だが、表通りの整った屋敷群とは違い、ここらは灯りが少ない。建物の影から何かが出てきそうな、不気味な雰囲気が漂っている。


「裏路地はどこの街も似たような雰囲気なんだね。」


 話しながら曲がり角を抜けた瞬間、ゼルンの足が止まった。それにつられてライナも立ち止まる。

 細い路地の奥。二つの影が向かい合っている。いや、二人ではない。4人だ。濃紺の外套を着た男が2人。胸元に銀糸で縫い取られた紋。もう2人は深緑の外套。こちらは金の縁取り。どちらも、いかにも私兵といった体つきの男だった。


 深緑の外套の一人が、懐から包みを取り出す。布が解かれ、中から現れたのは小さな木箱。手のひらを二つ並べたほどの大きさ。帳簿に挟む便り札ほどの寸法しかない。だが、その箱は妙に重々しく見えた。蓋の中央には、くっきりと刻まれた家紋。三枚に裂けた羽の意匠。黒地に金の刻印が、灯りを鈍く弾く。濃紺の外套の男が、それを受け取る。


「確かに」


 低い声。次の瞬間、箱を渡した男の視線がわずかに動いた。黒く、鋭い目がこちらを見た。

 ゼルンの指が、無言でライナの袖を引く。が、もう遅い。


「……誰だ」


 靴音が、石畳を踏み、空気が張り詰める。ライナが一歩下がって囁いた。


「走るよ。」


 その声と同時に、背後の路地へと駆け出した。背後で怒声が上がる。足音からして2人が追ってくる。重い足音。近い。


「ゼルン、目眩まし!」

「あいよ!」


 ゼルンが取り出した魔術具は、最近作っていた光る魔術具だ。試しに使ってみたら非常に眩しくて最悪だった。

 ゼルンよりもライナの方が良く飛ぶので、受け取った魔術具を振り返って追手に向けて思い切り投げた。


「よっ!と。」


 壁に向かって投げると、ぶつかった衝撃で魔術具が作動してピカッと眩しい光が裏路地を照らした。追手の足音が止み、光が消えないうちに全力で路地を入り抜けた。

 やがて人通りのある通りへ飛び出し、振り返ると、もう追手の姿はない。巻けたようだ。

 ライナの胸は早鐘のように鳴っていた。頭に焼き付いているのは、あの小さな木箱。そして、蓋に刻まれた紋。


「……帝都って」

「思ってたより物騒だな。」


 ゼルンは息切れをして苦しそうだったので、少し休憩してから、妙な道に入らないようにして東側に移動した。






「逃がしたか。」


 南地区の裏路地を、2つの影が走る。標的が逃げた先は人がいる通りなので、追跡をやめた。

 帝都で見覚えのない者だった。金髪の女は大剣を持っていた。男が渡した魔術具を投げていたので、男は魔術師である可能性が高い。あの大きさの剣なら、数日で正体が判明するだろう。


()に追跡させろ。例の計画が外部に漏れてはいけない。」

「直ちに。」


 命令を受けた部下が一瞬で消える。男は無言で外套を脱いだ。

 指先で襟元を整える。現れたのは、質素な使用人服。濃紺の上衣に白い襟。皺ひとつないズボン。固められた黒髪はきっちりと撫でつけられ、光を鈍く弾いている。黒い瞳に先ほどまでの鋭さはない。


 一歩路地を出ると、途端にざわめきが押し寄せる。待ちゆく人の靴音。馬車の車輪の軋み。陽光に照らされた石畳。男は歩幅をわずかに狭め、白い手袋をはめた。視線は低く、足取りは控えめ。誰の目にもただの従順な使用人に映る男は、大通りに停まった質素な馬車に乗り込んだ。














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