大陸導軌旅
時は1日程遡る。
出発の日の前日。ライナ達は、フィオに言って大陸動機の席をとってもらった。
「どこまで行きますか?」
「アストラディアまでお願いします。」
「わかりました。4席、とっておきます。」
その言葉に、ライナは眉を寄せる。
「......4席...?」
「ええ。私も、旅に同行します。」
「んっ?」
さも当然の顔で言うフィオに、ライナは戸惑うばかりだった。
向かい合ったディオンと顔を見合わせて、ゼルンとフィオの様子を伺った。
「......おい、紫髪。なんでお前が来てんだよ。成り行きってなんだ?」
「成り行きは成り行きです。」
足を組んで、頬杖を着いたゼルンの目が三角になっている。不機嫌全開だ。フィオは肩から掛けたカバンから、上質な紙でハルデンクライスの印を押された手紙を取り出した。
「アルブレヒト国王陛下からの命です。皆さんの旅に同行します。」
手紙を受け取ったゼルンが、紙を破らないように丁寧な手つきで内容を確認する。手紙を読んだゼルンの眉間に皺がよった。
「国王の命令だからって、見ず知らずの俺達の旅に同行する理由が見つからない。言ってなかったが、俺達は魔王討伐の旅をしているんだ。この旅は命懸けだぞ。」
「知っています。」
「なら尚更だ。そもそもお前、俺達に魔族の情報提供しようとしなかったくせに、今更すぎ。怪しすぎんだよ。信用できるかよ。」
ゼルンのイライラが爆発しそうだったので、ライナは2人の間に割って入った。
「ゼルン、私と席交代しよう?」
「ふんっ。」
隣の席のゼルンと席を変わって、ライナはフィオを向き合う。フィオはすました顔をしていて、ゼルンの機嫌なんて気にしてなさそうだ。
「フィオさん。本当に、旅に同行するんですか?」
「はい。」
「どうしてですか?」
「王命は絶対です。...それとは別に、気になることがあります。」
「気になること?」
すると、今まですました顔だったフィオが硬い表情に変わった。
「はい。実は数年前から魔族の動きが妙です。...トゥルムハインで魔族の目撃が増えています。」
トゥルムハインとはカルディアの隣に位置する国で、魔王の支配が強い、終焉の地・エクリシアに面している。魔王軍との戦争の最前線で、今も戦争が行われている。
「トゥルムハインで?んなこと聞いたことねえぞ。」
「情報統制がされていますから。」
それを聞いて、ライナは首をかしげた。
「...どうして話してくれたんですか?」
「信用していただくために、隠しておいて良いことはありません。」
フィオの手がグッと握られた。
「...今まで観測されなかった魔族が多く目撃されています。ライナ様が発見したように、人に紛れていた魔族もいたそうです。私は個人的に魔族には恨みがあります。この手で、奴らを皆殺しにしたい...。」
そう語るフィオは怒りを抑えるようにきつく目を閉じて、息を整えている。
そして顔を上げて、真っ直ぐにライナと目を合わせた。
「言い方が間違っていました。...私を、旅に同行させて下さい。必ず力になってみせます。」
ライナがどうしようか迷うと、それまで黙って成り行きを見守っていたディオンが頷いた。
「いいんじゃないか?南側諸国に比べて北側諸国は身分格差がはっきりしている。交渉も気をつけることも多い。フィオ...さんは、そう言った面でも役にたってくれるんだよな?」
ディオンの言葉に、フィオは力強く頷いた。
「ええ。その点に関しては問題なく対処できます。」
「...わかりました。よろしくお願いします。ゼルンもいいよね?」
「まあ。俺達のボスは嬢ちゃんだからな。」
ゼルンはまだ不服顔だが、フィオが旅の仲間に加わった。ライナは、フィオと握手を交わした。
一件落着。なんとなく漂うピリピリした雰囲気をどうにかしたくて、ライナは笑顔でパンッと手を叩いた。
「よし。じゃあ、改めて自己紹介しようか。アストラディアまで結構時間かかるんでしょ?おしゃべりしようよ。ねっ!」
ライナは明るい声で言った。ライナの考えを感じたディオンも、姿勢を楽にして足を組んだ。
「そうだな。俺はエルディオン。ディオンでいい。武闘家だが魔法も使える。」
それに続いて、ゼルンも不機嫌ながら素直に自己紹介する。
「ゼルン。天才支援魔術士。29歳。ガキは敬え。」
「私はライナ。敬語はなくても...いい、ですか?」
「ええ。」
「良かった。私は剣士だよ。フィオは何ができるの?」
フィオは少し考えて、改めて自己紹介を始める。
「フィオ・ヴェルゲ。フィオでいいです。特に役職名はありません。王宮で貴族との交渉、魔法陣の観測、使用人や騎士への一般教養などの教育もしてました。」
「へえ、色んな事できるんだ。すごいなあ。」
聞くと、魔法も使えるが、ゼルンと同じように日常生活用の魔法を少し使えるだけらしい。魔法陣の観測は魔法を使うが、せいぜい1日2つ程度だと言う。荷物は、ライナと同じように空間拡張の魔術が付与された肩掛けのカバンに入れているようだ。
すると、段々と大陸導軌の速度が落ち始めた。この大陸導軌はグラーディスまで、数カ所の発着所に止まる。発着所で人が乗り降りしているのを見ていると、窓からスーッとトトが入ってきた。
「大陸導軌を追ってきたのかな?」
「流石に疲れたんだろう。休ませてやれ。」
ライナの膝の上にトトが乗ると、前に座ったフィオからものすごい視線を感じた。顔を上げると、トトを凝視するフィオと目があう。
「そ、それは...ア、アストラ・ノクティスっ!!」
「知ってるの?」
「ええ、それはもう!うわあ、夢みたいだ...。」
勢いよく頷くフィオは頬を紅潮させて、感動のあまり目が潤んでいる。こんなに感情的なフィオは初めて見た。
フィオが震える手をそっとトトに近付ける。怖がらせないようにゆっくりと頭の下から。するとトトはフィオが危険じゃないと思ったのか、その手にすっと頭を擦り寄せた。
「ふああぁぁぁ...。か、かわいい...。」
ライナはトトに始めて触った時のことを思い出した。エルネスタもこんな感じだったと思う。感動しているフィオを3人が生暖かい目で見守っていると、それに気付いたフィオは耳まで真っ赤になってしまった。
「トトって言うの。フェルグラントで見つけて、それ以来一緒に旅してるんだ。」
「キィ!」
「な、なるほど...。」
顔が赤くなったフィオは1度咳払いをし、トトから手を引いた。
「ト、トト...。」
「キィ」
「っっ!」
トトの返事にフィオの心臓が撃ち抜かれる。フィオは、しばらくトトを悶えながら愛でていた。
「フィオ。聞きたいことがあるんだけど、いい?」
そろそろいいかな、とライナはトトに夢中なフィオに話しかけた。
「ん?ああ、はい。」
「私達、魔法使いを勧誘したくてアストラディアに行くんだけど、情報源がディオンの記憶しかないの。アストラディアの事、教えてくれる?」
上の空だったフィオは、1つ息を吐くと顔を上げて話し始めた。
「もちろんです。近年は、魔法や魔術の普及は進み始めたので、魔導総院に入る見習いの数は年々増加しています。卒業しても魔導総院を拠点としている魔法使いも多いので、勧誘も可能でしょう。」
それを聞いたゼルンが身を乗り出す。フィオへのイライラは収まったのだろうか?
「ディオンが言うには魔法使いの紹介をしているとこがあるらしいが、まだあんのか?」
「以前は紹介所がありましたが、今は魔導総院がその役を兼任しています。」
「よかったぁ。安心した。ディオンの情報はちょっと古いからね。」
ライナがほっと一息つくと、ディオンがムットした表情を見せる。
「心外な。」
「ちょうどいい。フィオから最近の情報、叩き込んで貰えよ。」
そこから、フィオ先生による現代の地理や歴史の授業が始まった。ライナはコツコツ勉強していたので、補足説明のような感覚で聞いていたが、ディオンとゼルンは難しい顔をしていた。特にディオンは、今まで購入した地図や歴史書を睨みながらだ。
ライナが面白いなと思ったのはやっぱり魔導総院の事だ。
アストラディア帝国魔導総院は大きく分けて魔法使いの教育機関と、大陸の魔法使いの管理所の、2つの役割がある。魔法使いの卵がいっぱいいて、想像するだけで楽しそうだ。
...魔法の授業とか、絶対楽しいじゃん!
魔導総院は今年でちょうど200周年を迎えたらしい。魔導総院の前身は、古代ヴァルミア帝国の魔法文明を支えた「ヴァルミア帝国魔導院」で、ディオンは以前、魔導院に所属していたようだ。
「ああ、あの星鋼板って魔導院の身分証なんだっけ?」
「そうだ。とても懐かしいな。」
「ディオンは魔導院の出身なんですね。私の兄も、魔導院出身です。」
「へえ、兄が......。あ?」
和やかなディオンの思い出話を聞こうと思っていた所で、フィオ以外の全員の頭にハテナが浮かんだ。
「ちょっと待て。200年以上前の魔導院に行ってた兄がいる?大昔に通っていた親族がいる、じゃあなく?」
「ええ、実の兄が。今も生きています。どこにいるのかは、わかりませんが。」
「ちょーーーっと待てよ?んじゃあ、お前は今何歳だ?」
ゼルンがゴクリと喉を鳴らし、身を乗り出して聞くと、フィオは平然と答えた。
「今年で360歳になります。」
「じ、じ、じいさんじゃねえか!!」
ライナは目を瞬かせた。開いた口が塞がらない。びっくりしすぎて声も出ない。自分と同じ年か、年下くらいだと思っていたのに、まさかの人生の大先輩だった。
「う、うそ...。」
驚いていると、フィオはフッと笑ってゼルンを見た。
「敬え、年下。」
「このやろっ。」
どうやらフィオはゼルンの言葉を根に持っていたようだ。まあまあ、ともっと歳上のディオンが仲裁して、ひとまずその場の混乱は収まった。
「360年...すごいなあ、尊敬だよ...。でもエルフじゃないよね?」
見たところ、フィオの耳は尖っていないし、ドワーフのように骨が太いようにも見えない。ライナが首を傾げると、ゼルンもうんうんと頷いた。
「ええ。私はリミナです。」
「リミナぁ?んだそれ。」
ゼルンが頭を捻る横で、ライナはうーーーんと頭を抱えた。
「どっかで読んだ気がする...。」
それを見たディオンが、我が子を見るような温かい目をライナに向けた。
「ライナはよく勉強しているな。境界人じゃないか?」
「そう!!それだ!」
ディオンのヒントで完全に思い出した。フェルグラントの歴史書で読んだのだ。
「リミナ。境界人とも呼ばれる種族で、確か、定まった領土を持たないんだよね?」
「そうです。エルシュタイン、フェルグラント、オルディクス、アルカディオスにまたがるノルトブランド山脈の一部を、移動しながら生活していました。」
その言葉に引っ掛かりを覚え、ライナが聞き返す。
「していた?」
「...約200年前。我々の集落は、魔族の攻撃を受けて滅びました。」
「え...。」
そう言ったフィオにはあまり悲壮感はない。むしろ淡々としている。
「ご家族は...。」
「魔族が来た時、私の家族は皆、集落にはいませんでいた。リミナの子は、100歳を超えると、皆外国へ旅に出る風習があり、兄と私はそれぞれ旅に出ていました。弟は襲来後に生まれたので、無事でしょう。」
「弟もいたのかよ。」
「兄や弟の行方は?」
「知りません。どこかで生きていると思いますが...。」
淡々と語り、感情が読みにくいが、ライナには、フィオがどこか諦めているように見えた。今の時点では何もできないが、ライナはなんとなく、フィオの手を握った。
「生きてるよ。また、会えたらいいね。」
「...はい。」
大陸導軌はカルディアで乗り換えだ。正午、こちらで言う第2時鐘にカルディアの首都・グラーディスに着いた。
「おお〜。魔術具の国!!」
主にゼルンが嬉しそうだ。宿と、アストラディア行の大陸導軌はすでにフィオが取ってくれているので、今日はゆっくり買い物ができそうだ。
「じゃ、買い出しは任せた。」
「あ、ゼルン待って...。」
引き止める前に、ゼルンはさーっと街へ行ってしまった。きっと魔術具の店を周るのだろう。
「許してやれ。ストレス溜まってたんだろ?」
「誰がストレスの元ですか。」
「何も言ってない。」
「ちょいちょい。誰も何も言ってない。ね?」
少々無神経なディオンと細かいフィオの相性も意外に悪いかもしれない。
「フィオはカルディアに来たことあるんだよね?」
「はい。こちらの宮廷とも交流がありましたから。」
「じゃあ、買い出ししたいから、街を案内してくれる?」
「いいですよ。」
「やったあ!ディオンはどうする?」
隣に立つディオンに聞くと、ふっと小さく笑って街の方に顔を向けた。
「...俺も一緒に行くよ。ライナとフィオのカバンじゃあ、全部入らないだろう?」
「た、確かに...。」
カルディアの建物は、クロイツハーフェンで見たアストラディア様式に似ていた。淡い色合いの、繊細で美しい彫刻が目を引く建物が立ち並び、ゆったりとした時間が流れている。
「すっごく綺麗...。」
「この辺りは旧ヴァルミア正統国、ヴァルミア地方と呼ばれているところですから、かつてのヴァルミア帝国の名残があるのです。」
「懐かしい。この辺りは多くの貴重な魔導書や資料がある。少し探しに...。」
「買い出しに行くんでしょ。」
魔導書に釣られそうなディオンを引っ張りながら、フィオの案内で市場に向かった。
新しい仲間が増えたライナ達。フィオとゼルンは仲良く旅できるのでしょうか...?




