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神代の英雄  作者: 朧 夕映
西側諸国・魔法と魔術
21/23

生ける歴史書

「そして、魔族が白い板の中に消えて行きました。」


 順を追って、思い出しながら一通りの流れを話し終わった。ライナ達が代わる代わる話すのを黙って聞いていたフィオは、一段落したところでいくつか質問を始めた。


「赤目の魔族の魔法は、広範囲を一瞬で消す魔法で、間違いないですか?」

「はい。私達には、そう見えました。」


 ライナが頷くと、フィオは足を組み替え、何やら紙に書き留めながら難しい顔をした。


「赤目の魔族を発見した時、魔族は人に紛れていた。実際の姿も人間に近かった。間違いはありませんか?」

「ああ。嬢ちゃんが見つけたんだ。」

「ライナ様はどうして見つけることができたのですか?」


 ライナはディオンと目を合わせて頷いた。


「私の体には、感が良くなる魔法の魔法陣が刻まれています。街を歩いていた時、偶然、魔法陣が発動し、魔族に気付くことができました。」

「なるほど、刻まれた魔法陣ですか...。では、もう一点。話を聞く限り、魔族は何かを確認していたようですが、心当たりは?」


 それはライナも気になっていた事だ。自分ではわからないので、ライナは両隣のディオンとゼルンと顔を見合わせるが、2人とも首を横に振るばかりだ。


「そうですか...。では、聴取はこれで終わりたいと思います。ありがとうございました。」

「え、あの、私達からも聞きたいことがありまして...。」


 爽やかな笑顔に戻ったフィオが、早々に立ち去ろうとする。ライナは慌てて声をかけて引き止めた。


「何でしょう?」

「えっと、まず、フィオさんはどうして、私達が遭遇したのが魔族だとわかったんですか?」


 そう聞くと、フィオは笑顔のまま座り直して言った。


「魔族を見たことがあるからです。」

「え、ここ以外にも魔族が出現しているんですか?!」

「昔のことです。その気配を覚えていたので、今回も魔族だとわかりました。」


 なるほど。気配でわかるものらしい。ライナは自分は随分と鈍いなと思った。


...そういえば、ディオンはどうして魔族と気付いたのかな?


「他に何かありますか?」

「あっあります!今回の魔族のことについて何かわかったら、教えていただけませんか?」


 するとフィオの瞳が僅かに厳しくなった。なんだか背筋が伸びる。


「皆さんには関係のないことです。王宮にお呼びしたのは、事情聴取のためで、情報の共有ではありません。」

「え...でも...。」


 硬い声でそう告げたフィオが立ち上がる。


「出発の日時を教えていただけたら、大陸導軌の席をお取りします。それまでは王宮の部屋をお使い下さい。侵入禁止の場所には警備の騎士が立っていますので、指示に従って下さい。では、失礼します。」


 ライナは再び引き留めようとしたが、取り付く島もない様子のフィオはさっさと出ていってしまった。応接室にはライナ達の3人だけになった。


「んだあいつ!前から思ってたけど態度悪っ!!」


 だらーっとゼルンの姿勢が崩れ、ソファにもたれ掛かった。


「発着所でも助けて貰ったけど、口悪すぎ!こっちで会った時もすました顔してよぉ!そもそも見た目的に嬢ちゃんと同い年か年下だろ?生意気!正直あいつ気に入らねー。」

「ゼルン、そんな事言わない。」

「俺からしたら皆年下だ。」

「うっせえ!」


 ディオンも姿勢を楽にしている。むしゃくしゃしているゼルンはソファから落ちそうなくらい姿勢が悪い。


「そもそもフィオとか言うやつは現場に遅れて来たんだし!魔族と直接相対したのは俺らなんだから、知る権利くらいあるだろうがっ。」

「確かに私達は、フィオさんからしたら一般の冒険者だもの。危ないから、心配してくれたんじゃない?」

「んなお優しいたまじゃねえだろ、あいつ。」

「ここの王宮にも図書室があるでしょ?調べに行こうよ。」

「きーーっ!なんか負けた気分!!」

「何も勝負はしていない。」




 ライナはむしゃくしゃするゼルンとディオンを連れて、王宮の図書館に来た。

 大きな分厚い扉の前には警備の騎士が立っていて、手前の受付に文官がいる。そこで入室手続きをするようだ。紙もインクもお高めで、製本するとなると多くの労働力が必要になる。なので一般庶民は本なんてそう何冊も持てるものではない。本は図書館、または図書室で読むのが一般的だ。ちなみにライナはディオンと旅をし始めて、歴史書を買うようになった。どれも木の板で挟んだだけのものだが、1冊小銀貨4枚はする。


「一般公開区域と管理区域がありますが、どちらにしますか?」

「一般の方でお願いします。」


 そう言うと、文官は料金表を見せながら話し始めた。


「一般公開区域の入室料は、1人大銅貨5枚、筆写は1ページ小銀貨2枚です。」

「3人で、小銀貨1枚と大銅貨5枚、お願いします。」


 流石にお高い。一般的な昼食5回分くらいする。まあ、フェルグラントで結構稼いだからいいだろう。


「確認致しました。筆写に必要な道具類は中で売ってますのでご利用下さい。1度図書館から退室してしまうと、再び入室料がかかります。管理区域は別途で閲覧料がかかりますので、司書に声をおかけ下さい。一般公開区域の本は、保証金として小金貨5枚をお預かりして貸出が可能です。本の紛失、破損には大金貨1枚の支払いが義務となっています。また、室内ではなるべくお静かにお願いします。」


 入室料を払って名前を伝えると、警備の騎士が大きな扉を開けてくれた。

 長方形の建物内には、入口から見て左右と奥にぐるりと本棚が並んでいる。入って左手には筆写に必要な道具が売られていて、視線を上げると、本が傷まないように窓には薄い布がかけられていた。図書室は1階と2階に別れていて、一般公開区域は1階だ。真ん中の開けた場所に6人がけの机がいくつも並んでいていた。利用者は少なく、多くは2階にいる。高い入室料を払ってでも本を読みたいと思うのは大抵が富裕層で、そういう人らは管理区域の本に用があるのだ。

 ライナの横にゼルン、2人の前にディオンが座った。


「中々に規模が大きいな。」

「世界各地の説話や物語が集まるからな。そりゃデカくなるよ。王宮だし。」

「うわあ。今まで見た中で1番大きい...。」


 ライナが生まれた国やヴィルムシュタットにある図書館はここよりも大分小規模だった。ぜひ、魔族調べじゃなくて趣味で来たい。


「まずは、情報の整理からしよう。赤目の魔族は、人間の姿をしてたよね?」

「詠唱も魔法陣もなしに、広範囲魔法を使ってたな。人語を話し、ドクロの魔族が武器らしき大鎌を装備してた事や赤目の魔族の言動から察するに高度な知能がある。」

「...過去に現れた魔族の記録を遡っていけば、それらしいのが見つかるかなあ?」


 魔族が観測されることは少ない。魔王との戦いが激化した1000年前と、ここ50年くらいしか魔族の記録はないから、記録があれば比較的簡単に見つかるだろう。


「んじゃ、資料探すかあ。」

「そうだね。」

「とはいえ、本が多すぎる。司書に聞くしかないな。」


 図書館の中央に、円形のカウンターがあり、そこに3人の司書がいる。他にも、室内の見回りや案内、管理区域の監視している者も合わせれば10人くらいはいるのだろうか?


「魔族に関する本を探しているのですが、歴史書や図鑑はありませんか?」


 深緑の制服を来た女性司書に聞くと、にこやかに笑って首を振った。


「一般公開区域には魔族に関するものはありません。歴史書ならありますが、魔族に関するものは管理区域になら数冊置いてあります。どうなさいますか?」

「うーん...。歴史書をお願いします。」

「わかりました、では、案内します。こちらへどうぞ。」




「これと、これと...これも。」


 本棚から両手いっぱいに本を抱えて、ドサッと机に積み上げた。皮で製本された綺麗なものから木の板で挟んだだけの簡素なものまで、色々な本がある。


「うひー、ありすぎんだろ。気合い入れねえとな。」

「よし、探そう!赤目の魔族と、ドクロの魔族。」

「おう。」




 3人は一言も話さずに黙々と資料を調べ始めた。

 ライナは比較的薄めの資料から目を皿のようにして見ていると、ついにそれを発見した。


「あ、あった!あったよ!」

「お、さすが。どれどれ?」


 ライナが開いた資料を、ゼルンが覗き込んだ。


「...なんて書いてあんだ?」

「かろうじて絵が描かれているからいいんだけど...。見た目の割に随分古い資料みたいだね。写本かな?」


 ライナはディオンの前に資料を差し出した。


「ディオンは読める?」


 ディオンは読んでいた分厚い本を閉じて、資料を一目見て言った。


「...古代ヴァルミア言語。所謂古代語だな。俺は読めるが、ゼルンは読めないのか?魔術の術式にも使うだろう?」


 ゼルンは首を横に振って、持っている魔道具を机の上に出した。


「近代魔術に使われている文字は、古代語を簡略化した学術古語なんだ。古代ヴァルミアの頃の魔術具や術式によく使われている古語なら多少は知ってるけど、こういう記録はなあ...。」

「なるほど。学術古語か...。学ばねばならないことが多いな。」


 腕を組んで考えたディオンにゼルンは頭を捻る。


「ディオン、学術古語知らねえの?今までどうしてたんだよ。」

「俺の術式や魔法陣は古代語のままだし、別に必要じゃなかったから...。」

「2人とも。今は調べ物をしようよ。ディオン、読み上げてくれる?」


 2人の話が段々と逸れ始めたのでライナが2人を止めた。ディオンがその資料の文章を訳してくれた。


「白髪に赤い目。灰色の肌をした、20代前半の男性型の魔族。白く輝く魔力の板を何枚も展開し、一瞬で周辺を消し去る。我々はそれを<沈黙のシェラート>と呼ぶ。...らしい。」

「沈黙のシェラート?」

「あいつの名前がシェラートってことか?」


 すると、その資料をぱらぱらと捲ったゼルンが顔を上げた。


「これ...1000年前の資料の写本だ。てことは、シェラートは1000年前に観測されたんだよな?なら...。」


 疑わしい目のゼルンとディオンの目が合う。


「ディオン、お前もしかして、こいつのこと知ってんじゃねえの?」

「.........黙っていてすまなかった。」

「おい。」

「え、ディオン、知ってたの?」


 するとゼルンはどかっと座ってまたでろーっと机に身を伏せた。


「おかしいと思ったぜ。始めて見たはずなのに防御魔法展開すんの早えし。嬢ちゃんと相性が悪いの知ってたし。あんまり動揺してなさそうだったもんな〜。」

「まあまあ。ディオンは私達を守ってくれたし、こうしてちゃんと言ってくれたし。それに、不用意にフィオさんとかに1000年前の事を知っているなんて言ったら、どうなってたかわからないよ。」

「まあ...確かに。生ける歴史書だもんな。学者に掴まったらそれこそ旅がそこで止まっちまうから...。」


 ゼルンもディオンを責めているわけではないのだ。ゼルンが落ち着いたのを見計らって、ディオンが話し始めた。


「1000年前、魔王討伐の旅の途中で何度か戦った。ついに、倒すことは叶わなかったがな。旅が終わってからは見ていなかったが...。動き出したのを見るに、魔王の力が再び強くなってきているようだな。」

「沈黙のシェラートってなに?」

「当時の学者が付けた二つ名だ。奴が始めて現れたのはヴァルミア帝国の首都で、自らをシェラートと名乗った。2人も見ただろう?シェラートの魔法を。詠唱も魔法陣もなく、瞬きの間に全てが消える。そこからついた。」


 落ち着いたゼルンも、ディオンの話に耳を傾けている。


「もう1人のドクロの魔族は見たことないか?」

「俺はないな。...いや、なにせ1000年前の出来事だ。俺も忘れていることは多くある。」

「シェラートが、また動き出したってことは今後、他の魔族と遭遇することもあるってことだよね?」

「そうだな。魔王討伐に行けば、魔族との戦闘は避けられない。今後、遭遇することは増えるだろう。」

「......そう、だよね。」


 パッと魔族の姿が頭に流れる。威圧感、重圧、見透かされているような不快感。あんな強さの魔族がドンドン出てくるのだろうか?


...強くならなくちゃ。


「ライナ。」


 知らず知らず眉間にシワを寄せていたらしい。ディオンの指に弾かれてびっくりした。


「うわっ。」

「何考えてるかはわかってる。大丈夫、まだまだ強くなれるんだ。焦ると何も身につかないぞ。」

「そうだ。...悔しいのは、嬢ちゃんだけじゃねえ。」


 そういうゼルンは、見たことのない、苦虫を噛み潰したような表情で自分の手を見つめている。ぎゅっと両手を握って、顔を上げた瞳には、鳥肌が立つほどの強い意志が見えた。


「俺こそ、なんにもできなかった...。俺も、もっともっと、役に立ちたい。強くなりたい。だから、1人で抱え込むなよな。」


 ふっと緩んだゼルンにつられて、ライナも体の力が抜けた。


「ありがとう。2人とも。」

「ああ。」

「おう。」




 魔族に関しては一区切りつけて、次の目的地、アストラディアの情報整理を始めた。ディオンは長くいたらしいので、結構詳しい。


「魔法使いが必要なのは間違いない。現代魔法がきちんと使えるやつだ。ディオンの話だと、アストラディアで魔法使いの紹介をしてるって話だったが...。」

「ああ。アストラディアには、大陸で唯一の正規魔導師養成機関、アストラディア帝国魔導総院がある。魔法使いを名乗る者は皆ここを出る必要があるから、間違いなく魔法使いの数は大陸最多。」

「魔法使いの学校があるんだ。知らなかったな〜。」


 そう言うと、ディオンがしょうがない、と頷いた。


「ライナは知らないのも当然だ。魔法使い志望じゃないと価値のない場所だからな。そこで知り合いが働いている。そいつに聞けば、魔族のことや俺の探し物のことも分かることがあるだろう。」


 随分とその知り合いを信頼しているようだ。会えるのが嬉しいのか、頬が緩んでいる。


「その知り合い、生きてるんだろうな?」

「大丈夫。むこうも長命種だ。失脚してなければ、まだいるはずだ。」

「縁起でもないこと言わないでよ。」


 ディオンがアストラディアを指さしながら言う。


「魔導総院がある、首都・ヴァルミアへは大陸導軌もまだつながっていない。カルディアとの国境付近から徒歩で向かうと、首都に着く頃には雪がひどいだろう。アストラディアは1年の半分程、雪で覆われている。向こうに半年近くは滞在することになるな。」

「そんなに?!え、じゃあその間なんもできねえのか?」


 驚くゼルンに、ライナは得意げな表情で言った。


「アストラディアには古代遺跡型ダンジョンが多く存在していて、しかも人工発生型ダンジョンの研究も盛んだから、暇はしないと思うよ。」

「へえ、よく知ってんなあ。」

「勉強したからね。」


 腰に手を当ててふふん、と笑うと、ディオンが我が子を見るような温かい目をしていた。


「アストラディアでは魔術の研究も盛んだ。冬越するに暇はしないだろう。技術的な面での向上も期待できる。」

「だな。魔族の事を調べるにも、アストラディアの方が資料も多いんだろ?雪がひどくなる前に行こう。」

「よし!そうと決まれば、フィオさんに報告だね。大陸導軌の席とってもらお。」

「おう。」






 クロイツハーフェン発、カルディアの首都・グラーディス行。大陸導軌の1番お高くて良い席は4人席の個室で、非常に座り心地の良い一人掛けのソファが2つずつ並んで向き合っている。


「......なんでいんの?」

「成り行きです。」


 個室にはライナ、ディオン、機嫌の悪いゼルン。そして無表情のフィオ。

 

...なんでこうなったの...。


 ライナとディオンは顔を見合わせて小さく息をついた。

 











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