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神代の英雄  作者: 朧 夕映
西側諸国
2/16

魔族と拳

 ライナの一日は太陽が上ったら始まる。テントに差し込んだ太陽の光で起きて、ボサボサの金髪を軽く梳かしてテントを出た。


「ふわあぁぁぁ」


 大きく伸びをして、昨日のうちに濾過しておいた水で顔を洗って、残り少ないパンを齧る。


「うーん、次はパスタにしようかな。パンは飽きた。」


 次の買い出しでは主食はパンだけ、なんてことはしないと誓った。


 透過防止のテントの中で下着だけ着替えたら、片付けて旅の続きだ。テントをしまって、剣を腰に下げたら結界の魔術具を解除した。




「ふんふ〜ん、ふふ〜」


 鼻歌まじりでヴィルムラックに沿って歩く。流石に王都に近いだけあって、旅商人やたまに冒険者とすれ違う。逆に、魔物や魔獣は少ない。定期的に討伐でもされているのだろうか?


 今日の夜は何を食べようかな、また魚かな、なんて考えながら歩いていると、反対側から歩いてくる人が目に入った。いや、立っているのか。こっちが近づいてるだけで。黒いローブを着て、フードも被った長身の人。全然気付かなかったが。


...え、ほんとにいなかったよね?じゃあ、あの人はどこからきたの...


 そう思ったときには、遅かった。眼の前に、その人は迫っていた。ぶわっと意識が目の前の相手に向けられた。


「?!くっ!!」


 反射的に飛び退いて、剣を抜いた。


...なんだこいつ。一瞬で距離を詰められた。動く気配も感じなかったし


 一瞬みたフードの中は真っ黒で、顔があるはずのところに顔がなかった。飛び退いて距離をとった今、警戒するとよりはっきりとその人の異様さがみえる。まず大きい。ライナは女にしては大きいのにその二倍はありそうな巨躯。真っ黒なローブには、よく見ると何やら幾何学模様が刻まれていて、なんとなく、生を感じられなかった。


「魔物、か?」


 魔物とは、魔力が濃い場所や死体、負の感情から生まれるものだ。故に肉体がなく、ライナのような剣士とは相性が悪い。ようは物理攻撃が効きにくいのだ。ならどうするのか。普通は攻撃魔術が付与された魔術具を使う。けれどそれらは高価でライナはまだ買えていない。弱い魔物なら魔力の塊なので剣で霧散させてしまえばいいがここまで大きいと難しい。切っ先を相手に向けたまま、様子を伺っても相手に全く隙がない。これでは逃げることもできない。


...くそっ、どうする?むやみに切りかかったら死ぬ。それに不気味すぎ!ちょっとは動いたらどうなの?!


 睨み合いでは拉致があかない。柄を握る手に力を込めた。


...なんとかして、隙を作るっ!!


 勢いよく走り出し、姿勢を低くして下から剣を振り上げた。間違いなく、剣はローブに届いたはずだった。けれど、切った感触がない。空気を切ったような軽い剣を振り抜き、相手へ視線をむけた。


「なっ?!」


 しかし、視線を向けた先に、黒い影はいなかった。代わりに、首元にひやっと嫌な予感がして飛び退くと、ビュン!と大鎌が振り抜かれた。自分と同じように空を切ったのに、音の重さが違う。一瞬でも反応が遅かったら死んでいただろう。嫌な汗が流れて、柄を握る手が震えた。


...勝てっこない。だって、めちゃくちゃ速いじゃん。向こうのほうがリーチ長いし、不気味だしさ!!


 圧倒的な力の差を前に、ライナは死を覚悟した。

 その時


「はっ!!」


 太い声とともに、黒い影の横腹に拳が飛んできた。ブゥンッ!!と空気が唸る音がしたと思ったら、黒い影は跡形もなく消えていた。姿が霞むほどの速度でふるわれた拳は、真っ赤な流れ星みたいだった。


「...は??」


 そして黒い影の代わりにそこに立っているのは、自分より大きい、いい体をした男だった。


...魔物を殴った?!え?あの大きさ殴れるの?!


「無事か?」


 こちらを見た20代後半くらいの男の手には、真っ赤なガントレットが装備されていて、尖った耳には赤いピアスが。短い銀髪で褐色肌の軽装備な男は荷物すら持っていない。一体何者なのだろうか?


「は、はい!助けていただいて、ありがとうございました!」


 なにはともあれお礼だ。元気よくそう言うと、男は相好を崩した。


「俺は武闘家のエルディオン。ディオンでいいさ。あんたは?」

「剣士のライナ。ディオン、さっきのはなんだったの?」


 ガントレットを外しながら、ディオンは言う。


「ライナは、何だと考えた?」


 質問に質問で返された。なんかめんどくさそうな人だなと思いながら答える。


「魔物でしょ?切ったときに肉の感触がなかったし、なんか、生きてなさそうだった。」


 するとディオンはふっと笑ってこちらをみた。


「違うな。あれは魔族だ。」

「魔族?」


 魔物と魔獣は知っている。魔族と言う存在は知らなかった。首をかしげると、ディオンが教えてくれた。


「魔族とは、人類と同等の知能を持ち、言葉を話すものだ。長命種が多く、その起源は不明だが、人類が魔法技術を身につける以前より存在し、より高度な魔法を使う。覚えておけ。」

「へ〜そんなのがいるんだ。じゃあ、さっき私の剣が空を切ったのは、あいつの魔法ってこと?」

「そうだ。まあ、結局逃げられちまったけどな。」

「ええ?!でも消えたじゃん!倒したんじゃないの?」

「瞬間移動とかその類だな。魔族は死ぬと、灰のように小さな粒子になるんだ。さっきのは違う。」


 世の中知らないことだらけだな、と改めて思った。それにしてもディオンは不思議な感じがする。武闘家って言ってたけど、なんか違う感じ。すっごくいい体をしているから強いんだろうけど、それだけじゃないと思う。


「ディオンはここで何してるの?私はこれから王都に行くの。」

「王都?...ああ、今はそうなっているのか。じゃあ、俺も行こうかな。」


 ちょっと考えたところを見るに、ディオンは外国の人なのだろうか。確かにこの辺じゃ褐色肌は珍しいけど。


「一緒に行こう!」

「ああ。」


 根拠もなく、なんだか楽しくなりそうな予感がした。

ちなみにライナの身長は165cmくらい

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