依頼完了
エルネスタが調べたところによると、その鳥は1000年前に絶滅したとされる魔獣の種だった。アストラ・ノクティスと言うその鳥は、驚きの割に地味な見た目をしている。体は茶色と白で爪もくちばしも黒く、印象的な目印もない。普通のフクロウに見える。
「それがアストラ・ノクティスの特徴です。この種はとても知能が高く、羽は魔力を弾き、魔力感知の能力も持っています。主に夜行性で色も地味なので、1000年前では偵察によく使われたと聞きます。...あっていますか?先輩。」
鳥を連れて、開けた場所を今夜の野営場所とした。エルネスタと共に観察しているディオンが頷く。
「ああ。ヴァルミア帝国でも数羽飼っていた。随分色が違うが...。俺が知っているのは黒い個体ばかりだ。」
「生息地ごとに色が違うそうです。...それにしても、どうしてこんなとろこに...。」
「魔力感知ができるなら、ディオンの魔力を感知したんだな。この中じゃお前が1番魔力が多いから。」
アストラ・ノクティスは今はディオンの拘束魔法で縛ってある。魔法が効きづらいので本当は縄で縛るのが1番なのだが、今は持っていないのでしょうがない。ディオンの指輪の中に何故か鳥籠があったがディオンと一緒に小さくなっているので使えなかったのは残念だ。
「3人とも。各々の疑問は置いといて、この子をどうするのか考えよう?」
3人とも研究者だからか、会話が噛み合ってないし全然進んでいない。さっきから各々がぶつぶつ呟いているのでライナから見ると少々妙な光景だ。
「そうだな。...今夜の飯か?」
「バカ言わないで下さい!!ゼルン様にはこの鳥の価値がわからないのですか?!」
「落ち着けエルネスタ。知能が高いなら、選ばせればいいだろう。ここで生きていくか、俺達と旅をするか、エルネスタに研究解剖されるか...。」
「そんな事しません!」
「嬢ちゃんはどう思う?」
ゼルンに聞かれて、ライナはちょっと迷って言った。
「私的には旅についてきてもらえると嬉しい。この先、偵察とか連絡を取り合うのに役立ってくれそう。ディオンを気に入ったならいいかなって。」
「ここも永遠ではありませんから...。アストラ・ノクティスは寿命が長いそうです。研究所を出て、地上に出たほうがこの子も幸せかもしれませんわね。」
エルネスタの後押しもあって、捕まえたアストラ・ノクティスは地上へ連れて行く方向に決まった。
「キィィ!」
一息ついていると、気絶していたアストラ・ノクティスが目を覚ました。自分が拘束されている事に気付くと、力任せにディオンの拘束魔法をぶっちぎってしまう。
「まじか?!」
危うく踏まれそうになったゼルンが走って逃げる。ディオンは再び拘束しようと魔法陣を展開した。
「待って下さい。」
3人が臨戦態勢に入ると同時に、冷静なエルネスタの声がした。その声を聞いて、ディオンは魔法陣を展開したまま、エルネスタを見た。
「見て下さい。...攻撃の意志はないようですわ。」
アストラ・ノクティスは逃げたり攻撃するのではなく、拘束されて乱れた翼をくちばしで器用に整えていた。一生懸命、丁寧に整える姿はちょっと...いや、結構かわいい。
毛づくろいが終わるのを待って、ライナはそっと近寄った。
「こんにちは。触ってもいいかな?」
そう言うと、まるでいいよ、と言っているに頭を手に擦り付けてきた。
「かっ、かわいい!かわいい!」
その仕草にライナはかわいすぎてその場で悶え苦しんだ。ディオン誘拐未遂の犯人なのにとてもかわいい。
「おーおー、流石だな。言ってることわかんのか。」
「ラ、ライナ様っ、私も触っていいですか!」
撫でたくてたまらないエルネスタも一緒にその後しばらくはかわいいものを愛でる時間になった。女性陣が愛でている間、ゼルンとディオンはあの背中に乗って移動できないかな、とか考えていた。
「もういいか?嬢ちゃん達。」
「あ、ごめん。」
ゼルンの呆れた声で愛でる時間は終了した。さっき誘拐されかけたディオンがアストラ・ノクティスに近寄る。ディオンに反応したアストラ・ノクティスは頭を下げ、大人しくディオンに撫でられた。
「ふむ。大人しい。なんで俺を攫おうとしたんだ?」
「バカみてえな魔力を感知して敵だと思ったんじゃねえのか。」
「だったらその場で殺すだろ?なんで捕まえたんだ?」
「どこに向かって飛んでいたのでしょうね...。」
魔獣の行動は理解できない。意外と大人しいので、このまま拘束しないで連れて行くことにした。
「ひゃっほー!」
アストラ・ノクティスが安全とわかってから、ゼルンは小さい体を利用して背中に乗って移動している。高い場所が怖いと言っていたくせに、これは大丈夫らしい。本人曰く、スピードが出ているから楽しいのだとか。
「最高!!楽しい〜!」
「落ちないようにね!」
ゼルンの移動速度が上がったことで、ディオンもゼルンの心配をする必要がなくなり、飛行魔法を使って移動している。今ではライナとエルネスタが小さい2人を追いかけることが多いくらいだ。
「嬢ちゃーん、湖があるぞー!」
上空からゼルンの声が聞こえる。やはり空からの観測は便利だ。
「そっちに降りて、今日はそこで野営しよう!」
「わかったー!」
ゼルンがとても楽しそうだ。本当に精神年齢が幼くなったのではないだろうか?
地上からゼルンを乗せたアストラ・ノクティスを追って歩いていると、突然アストラ・ノクティスが急降下し始めた。勢いをつけて湖に向かってどんどん速度を上げながら落下していく。
「えっ?!」
「ゼルン!」
「うあああああ?!?!死ぬっ死ぬ、死ぬぅぅう!」
「ゼルン様が!!」
エルネスタの焦る声と同時にディオンが手をかざすと水面とアストラ・ノクティスの間に魔法陣が現れた。その魔法陣がピカっと光り、アストラ・ノクティスが魔法陣を通り抜けると、水面に衝突する寸前でスピードが落ちた。おかげでゼルンとアストラ・ノクティスは粉々にならずに済んだ。
「ディオンさすがっ!」
急いで駆けつけると、水面にアストラ・ノクティスがばたばたしていた。このままでは危ない。
ディオンが飛んで回収しようとした時、水中からゼルンが顔を出した。
「ぶはっ!あーびびった〜...ああ?」
「あ。」
「お?」
「戻りましたね。」
出てきたゼルンは元の大きさに戻っていた。きょとんとしたゼルンがなんとも間抜けに見える。
「そうか。胞子がついていたんだな。」
ディオンの発言になるほど、と頷いた。
「あー、胞子にちっちゃくなる効果があったんだ。なるほどな。」
「ならディオンも水に入ればいいってことだね。」
「くっそ〜。俺はもうちょっとちっちゃいまま飛んでたかったぜ。」
元の大きさに戻ったゼルンは溺れかけのアストラ・ノクティスを助けて湖から上がってきた。
「もしかしたら、この子はわかっていたのかもね、胞子のこと。」
「そうか?」
ディオンも胞子を洗い流して、ゼルンとアストラ・ノクティスも合わせて乾燥させてキノコ事件は膜を閉じた。
「そんなに頭いいようには見えねえんだが?」
元の大きさに戻ったゼルンは乾いたアストラ・ノクティスを腕に乗せてそう言った。撫でようと反対の手を近付けると、躊躇なく、アストラ・ノクティスはゼルンの指を噛んだ。
「痛ってえ!」
「ほら、ゼルンがバカにするから...。おいで、あー、名前なかった...。」
ライナの腕に飛び乗ったアストラ・ノクティス。黄緑色の瞳がなんとも愛らしい。
「借り名でトラとかでいいんじゃねえ?」
「可愛くないですわ。」
「こいつに可愛らしさなんていらねえ!あっ、痛っ!こいつ、また咬みやがった!」
どうやらちゃんと言葉は理解できているようだ。なかなか頭がいい。ゼルンの指の怪我はしょうがないことにしよう。
「...トト、とかはどうだ?同じ音を繰り返せば可愛らしく聞こえないか?」
「さすがですわ、先輩!」
ディオンの考えにエルネスタが賛同して、仮名はトトになった。
噛みつかれてふてくされたゼルンだけは、絶対に呼ぼうとはしなかった。
「お疲れ様でした。依頼はこれで終了ですわ。」
1週間の依頼を終えて、4人と1匹は植物園を出た。結果、楽しかった。ゼルンもディオンも小さくなったが、不思議植物に刻まれた知らない魔法陣を収集できてほくほくだ。
「王宮に部屋を用意してございますので、そちらでお休み下さい。」
「久しぶりのベッドか!嬉しいな。」
「トトはどうしますか?」
「ひとまず健康確認と簡単な生態調査をさせていただきますわ。」
「頼んだ。」
それから3日間、3人は豪華な王宮の部屋でのんびり過ごすことにした。ゼルンは王宮図書室に入り浸り、ディオンはかつての弟子の弟子らと会っている。ライナは王宮の軍の訓練に混じって剣を振った。
「おーい嬢ちゃん」
訓練場で一心不乱に剣を振っていると、そこにゼルンが現れた。
...なぜこんなところに?
「トトの色々が終わったって。会いに行かねえ?」
「色々言ってたけど、ゼルンもトトの事好きなんだね。」
「大人は心が広いんだ。」
ふいっと顔を背けたゼルンと一緒に、王宮の中庭に行った。大きめの鳥籠の中にトトがいて、その周りにエルネスタと他研究者に混じってディオン、オスヴァルト国王もいる。
「国王陛下にご挨拶いたします。」
「よい。それよりもよくアストラ・ノクティスを見つけたな。長く生きているが、私も初めて見た。」
「それは...どちらかと言えばディオンが見つかった感じなのですが...。」
エルネスタが鳥籠の戸を開けて腕を出すと、そこにトトが乗る。会わなかった間に随分人に慣れたようだ。国王にもすり寄っている。
「トトの健康状態は良好でした。とても賢く、長距離飛行も可能です。」
研究者らによると、トトは健康のようだ。トト、と言うかアストラ・ノクティスの羽は魔力を受け付けづらく、魔力感知能力がある。調査の結果、弱い魔力を正確に感知するのは難しく、ダンジョンなどの魔力が混線している場所では曖昧になるそうだ。
「フェルグラントは本来のアストラ・ノクティスの生息域ではないため、君たちの旅に連れて行ってほしいと思っている。」
国王がそう言って、腕にとまったトトを優しく撫でる。フェルグラントは鉱山が多く、都市の主は地下である。アストラ・ノクティスにフェルグラントは暮らしづらいだろう。
「わかりました。」
「嬢ちゃん、本当にこいつを連れて行くのか?あ痛っ!」
やっぱりゼルンとトトは相性が悪いらしい。
「かわいい存在がいたほうが癒やされるでしょ?それに女の子の仲間が欲しかったんだよね〜。」
ライナがそう言ってトトを撫でると、それを聞いた研究者がポロッとこぼした。
「...トトは、オスです...。」
ライナ達は、国王から大金貨5枚を受け取り、発見したアストラ・ノクティスと、今後フェルグラントの運輸艇を安く使える許可証を貰った。ディオンも新しい許可証を受け取った。
「ご苦労だった。今後、エルディオンはこの許可証を使用し、宮廷魔法使いの許可証は表に出さないように。」
「ありがとうございます。」
依頼の報酬で路銀はホクホク、ディオンは鉱山送りを免れ、かわいい仲間が増えた。植物園もなんだかんだ楽しかったし、フェルグラントの王宮に知り合いもできたのだから、依頼を受けて良かったと思う。
報酬の受け渡しが終わって、国王が足を組み替えた。こちらを探るような目で見てくる。
「ところで、君らは何を目指して旅をしているんだ?グレイム翁に依頼をしたが、断られてしまってね。随分と厄介な依頼をしたそうじゃないか?」
星骸鋼の事を言ってもいいのだろうか?ライナが英雄の剣について一瞬口籠ると、ディオンが目を合わせて小さく頷いた。
「俺達は魔王討伐を目的に、西の果て、終焉の地・エクリシアを目指している。」
「ほう。英雄と言うわけか。これで何人目だったか?英雄を見送るのは。」
魔王の力が急増し始めた50年程前から、各国から何人もの「英雄」が旅立った。おそらくフェルグラントからも送り出したのだろう。それか今の自分達のように旅の途中に会ったのか。
未だ魔王が存在するということは、つまり、そういう事だ。
「現時点で、君らが魔王を倒せる保証はなく、私も確信を持てない。よって大々的な支援は支援はしないが、フェルグラントは英雄の誕生を心待ちにしている。これも何かの縁だ。救援要請くらいは受けてやろう。」
「ありがとうございます。」
ライナは真っ直ぐに国王の目を見て、心と国王に誓った。
「私達が必ず、魔王を討伐します。」
王宮を出ようとしたとこに、エルネスタが来た。手には何やら魔術具を持っている。
「エルディオン先輩、ライナ様、ゼルン様、ありがとうございました。こちら、国王陛下よりお預かりしましたわ。お受け取り下さい。」
そう言って渡されたのは、フェルグラントの王家の紋章が刻まれた薄い金属の板だった。
「緊急時に、それを割って下さい。王宮の転移の間につながっていて、割った者の近くにいる者がこちらへ転移できます。警備の関係上、一度きりの使用ですがお使い下さい。」
「ありがとうございます。」
王のあの言葉は嘘ではなかったらしい。ライナを割れないようにそれを布に包み、リュックに入れた。
「いいえ。私も、エルディオン先輩にお会いできて本当に良かったです。また、会えたらいいですね。」
「...そうだな。では、元気で。」
「はい。皆様も、お気をつけて。」
「こんにちは、エルネアさん。」
「いらっしゃいライナさん。ゼルンさんとエルディオン様もどうぞ。」
「お気遣いなく。」
グレイム翁から鞘ができたと連絡があったので受取に来た。エルネアさんが出迎えて、工房に案内してくれる。ちなみに、報酬のお金はいくらあっても足りないので、国王からの報酬は現金でライナのリュックに入っていて、鞘が楽しみな反面、いくらになるかわからないのでちょっと怖い。
鞘を注文した広めの工房に、グレイム翁はいた。
「お久ぶりです。」
「ああ。待っていたぞ。」
相変わらずすごい威圧感だ。グレイム翁と反対の辺の椅子に座って、机を挟んで向かい合った。
「んじゃ、早速見せてもらおうじゃねえか。」
ライナよりワクワクしているゼルンがグレイム翁を急かした。するとグレイム翁は誇らしげに笑って、背後に置いてあった剣を机の上に置いた。
「最高傑作だ。」
今まで多くの剣や武器を見てきた机の上に、それが置かれた。
それを目にした瞬間から、炉の薪が爆ぜる音、外のざわめき、息を飲む音、そのどれもがいつもより大きく聞こえた。
大剣が収まった鞘は、鈍い銀色を纏い、無駄のない美しい輝きを放っていた。まるでグレイム翁自身のような無骨で繊細な鞘は、見るものの目を釘付けにした。
「抜いてみてくれ。」
「...はい。」
ライナは静かに息を吐いて、ひんやりと冷たい鞘から剣を引き抜く。するりと滑らかに剣が滑り、鞘から出てきた剣は、今までの剣とは比べ物にならない程に磨き上げられていた。黒い刀身は光りを反射して強く光っていて、刃は鋭く研がれている。
「これは...。」
感嘆のため息は誰のものか。誰も何も言えなかった。ただただ、この剣に、鞘に視線も声も奪われた。
それを満足げに見ていたグレイム翁とエルネアさんが見つめ合って笑っていた。ライナも両側のディオンとゼルンと顔を見合わせた。
「すごいね。」
「ああ。」
「こりゃ、想像以上だ...。」
下手に声に出してしまったら、この美しさを損なってしまいそうで、ライナはそれ以上何も言えない。黙って剣を鞘に戻すと、キン、と澄んだ金属の音が響いた。
「鞘には、軽量の術式を刻んである。腰に下げても問題ないはずだ。」
「ありがとうございます。」
ついでに作ってくれた剣帯を腰に巻いて、そこに剣を下げた。重さは問題ない。むしろ安心感がある剣の柄をそっと撫でた。
こんなに素晴らしい鞘と剣は感動したし嬉しいが、依頼の報酬がいくらになるかわからない。これはまずい。国王からの貰った大金貨5枚じゃ足りないかもしれない。笑う頬が引き攣った。
そんなライナを見ていたグレイム翁が、静かに首を振った。
「金はいらん。」
「えっ?!」
おもいもよらない言葉に目が飛び出そうになった。ゼルンも固まってグレイム翁を凝視している。
「材料はエルディオン様のものだし、これに値段は付けられない。」
「しかし、」
「その代わり。」
ライナの言葉を遮って、グレイム翁は3人を見つめて言った。
「この剣が成したことを、俺に伝えに来い。」
「...はい。必ず。」
そう言うと、グレイム翁は、初めて見る穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「楽しみにしているよ。」
剣を受け取って、トトを連れて、3人はフェルグラントを出発した。次に目指すのは、西側諸国の商業国、ハルデンクライスだ。
「フェルグラントとエルシュタインの国境は閉鎖されてるからな。ハルデンクライスに行きゃあどうにでもなんだろ。」
「うわあ、ハルデンクライスに行けるんだ。楽しみだなあ。」
ライナが心踊らせる横で、ディオンは首をかしげて不可解なものを見るような視線をライナに向けた。
「ハルデンクライスは何もないぞ?」
「何いってるの?ハルデンクライスは西側諸国最大の商業大国だよ。大陸中のいろーーんなものがここに集まるの。」
「フェルグラントと提携して開発した大陸導軌が走ってるんだ。ほんとに知らねえのか?」
「初めて聞いたな。」
ゼルンとライナの話を聞いて、ディオンはおかしいな、と記憶を掘り返す。
「あそこは特に何もない田舎町だったが...。時の流れは早いな。」
「言っただろ?現代常識も頭に入れとけって。」
「これは急務だな...。」
苦い顔をしたディオンを励ましながら、ライナ達はフェルグラントとハルデンクライスを繋ぐ大河に向かって歩き始めた。




