不思議植物
「では、案内します。こちらへどうぞ。」
翌日、荷物をまとめたライナ達は王宮の地下にあるエルネスタの研究室に来た。エルネスタの案内で、研究室の奥の扉から地下へと続く階段を下っていくと、しばらくして広い空間が現れる。エルネスタが明かりを付けると、そこはかつての研究室のようだった。そこを見渡すと、多くの棚や机の奥に、大きな扉があることに気がついた。
「こちらの扉の向こうが研究所の植物園です。開きますよ。」
「ああ。」
エルネスタが扉に浮かんだ魔法陣に触れると魔力が流れ、扉がゆっくりと開いていった。
「おお〜すげえなあ〜。」
そこはとても地下とは思えない場所だった。巨木が立ち並び、葉の隙間からは青い空が見える。
「かつての宮廷魔法使いによって、ここには強い空間拡張の魔法がかけられています。植物がなるべく自然な環境で育つように人工の太陽や雨も降りますわ。」
「やったはディオンか?」
「違う。俺はここの存在を知らないから、俺が去った後に作ったのだろう。」
「ええ。先輩が出ていかれてから、残された研究者と魔法使いが作りあげました。私も一部関わっていますわよ。」
この植物園には区画があり、ここは巨木が立ち並ぶ森林区らしい。
「ここにはあまりそれらしい植物はありません。先へご案内しますわ。」
ライナ達は広大な植物園の木々の間をのんびりと歩き始めた。
気になっていたことがある。ライナは先を歩くエルネスタに話しかけた。
「あの、エルネスタさん。聞きたいことがあるのですが。」
「何でしょう?」
ちらっとディオンを見て聞いた。
「フェルグラントはあまり魔法や魔術を好まないと聞いていたんですけど、昔は宮廷魔法使いがいたんですよね?今も魔法に長けたエルフの血を引くエルネスタさんがいますし、この研究所も魔法によって保たれている...。なんだか、矛盾していませんか?」
そう言うと、エルネスタはそうですね、と頷いた。
「先輩や私が来た時はあまりドワーフは地上に出てきていなかったんです。当時は王宮も地上にあって、魔法や魔術もそこまで嫌われていませんでした。女王はエルフとドワーフの混血で、本人も魔法が使えたましたの。」
そんな時代があったとは知らなかった。だからエルディオンは女王と知り合えたのだろうか?
「女王陛下が先輩を気に入って、宮廷魔法使いの地位を与えました。おそらく側に置きたかったのでしょう。しかしあの通り、先輩はそういう気持ちに疎いので、ある日ふらりといなくなってしまいました。」
とても楽しそうに話すエルネスタ。彼女にとって、この話は懐かしく面白い思い出なのだろう。
「その頃、ドワーフが地上に出始めて、女王陛下も先輩の事をそれはそれは恨んで、宮廷魔法使いの地位は廃止されました。そうして、段々と魔法や魔術が嫌煙されていったんですわ。」
「...ディオンのせいっぽいなあ。」
「ふふっ、先輩がここを去っていなくても、そうなっていたと思いますけどね。けれど、加速させたことは否定しませんわ。」
そういう事だったのか。ライナはなるほどと思った。なんというか、ディオンの存在が大きいと思う。
話を聞きながら歩き、様々な区画を通り過ぎてたところで、急にドアが出てきた。金属製の物々しいそれは見るからに危ない雰囲気が漂っている。
先を歩いていたエルネスタさんがくるりと振り返った。
「ここから先は特殊な特性をもった植物が多くなります。討伐をお願いするものもあるのでよろしくお願いしますわ。」
「はい!」
扉が開くと、そこは巨大キノコが立ち並ぶ区画だった。まるで自分達が小さくなってしまったような感覚に陥る。
「すげ〜。」
「これは食用のキノコをなるべく大きくしようとしたようですね。」
「エルネスタは関わっていなかったのか?」
「ええ。私の管轄は木ですから。」
知らないキノコが沢山生えている。木のように大きなキノコ、くるぶし程の小さなキノコ。ライナとゼルンは初めて見るものが面白くて、親指程度の赤いキノコに近付いた。
「触らないで下さいね。それはルベラ・スプラングス、通称ルージュスポラと言うキノコで、触れると胞子が弾けて、もし目に入ると失明しますわよ。」
「なんでそんなキノコがあるんですか?!」
慌てて飛び退いた。まさかそんな危ないものだったなんて。ここは食用キノコを研究しているんじゃなかったか?
「ほっといたら知らないうちに新種ができていまして。全ての胞子は保存していますので、危ないものは焼いてしまって下さい。」
ゼルンが魔術具を貸してくれた。細い棒状の魔術具を軽く振るとオレンジ色の火が先端にぽんっとついた、それでルージュスポラを焼いた。
「1個ずつやってくのは大変だね。」
「群生地があれば一気にやれるんだけどな。意外と面倒な依頼だぜ。」
その後も多くの不思議キノコに出会った。
黄色く光って綺麗だけど全く美味しくないルクス・アウレア。半透明な青いかさから白っぽい角が生えているけれど、魔力を内包していて一定以上近付くと魔力を飛ばして攻撃してくるミュコス・アニマ。
...攻撃してくるキノコなんて聞いたことないんだけど。
エルネスタに教わって切ったり焼いたりしながら危険なキノコを討伐していく。
ルージュスポラの群生地では、ディオンが巨大な魔法陣を展開して一気に焼き払った。ゼルンがドン引きしていた。
「エルネスタさん、あれは?」
ライナは倒れた木の上に、1列に並んだ花のようなキノコを見つけた。赤っぽいそれのかさが裂け、花のようになっていて見るからに危険な雰囲気がある。
「これも切っちゃうんですか?」
「嬢ちゃん、ナイフ貸して〜。」
何気なくゼルンにナイフを渡し、ゼルンがナイフでキノコを切る。今日で何度もやった動きに疑念は浮かばなかった。それの動きが間違いだと気付いたのは、先を行くエルネスタが見たことないくらい焦った顔をしたから。
「3人とも!!!息を止めて下さい!!」
「うわあ?!」
エルネスタとゼルンの声が同時に聞こえた。すると驚くライナとその横にいたディオン、キノコを切ったゼルンは、瞬く間に赤い霧に包まれた。
「な、なにこれ?!」
「おーい嬢ちゃんはどこだ?」
霧を払うように手を振っていると、遠くからゼルンの声が聞こえる。
...え、なんで遠くから?すぐそこにいたのに。
赤い霧が段々薄れてピンク色になっていく。ボヤーっと視界が開けていくと、さっきまでそこにいたゼルンとディオンがいなかった。
「あ、あれ?え?ゼルンとディオンは...。」
「おーい嬢ちゃーん!」
「ライナ!!」
声は聞こえるのに、そこにいない。まさか透明になったとか?霧が晴れると、エルネスタが頭を抱えていた。
「あーあ、やっちゃいましたね。」
「エ、エルネスタさん、2人がいないんです!」
絶対に霧のせいだ。というかキノコのせいだ。とにかく声と気配はするのに、2人がいなくて動揺したライナはエルネスタの方に歩いていこうとすると、エルネスタは大きな声で止まるように言った。
「動かないで下さい!大丈夫です、2人はそこにいますわよ。」
「え?」
エルネスタが示す方をたどると、足元の地面に、小さな人影が見えた。その影はこちらに大きく手を振っている。
「.........ディオン...?」
キノコはある方にも同じような人影が。
「......ゼルン?」
そこにいたのは、確かに、小さくなったディオンとゼルンだった。何もかもそのままに、小さくなっている。
「ええぇぇえええ?!」
キノコの森に、ライナの悲鳴が響いた。
その日の夜。4人は焚き火を囲んでいた。4人と言ったものの、内2人はライナの肩に乗れるくらいの大きさなのでぱっと見はどこにいるかわからない。
「嬢ちゃん、俺もういいや。」
「ライナ、俺も。」
地面に座るライナの横にある2つの小さな影の前に置いてあるのは、小さなパンと器に入れたスープ。視界に入らないくらいに小さくなってしまったディオンとゼルンは苦労しながら2人でスープを飲んでいた。
「もういらないの?」
どうやらスープが多かったようだ。体が小さくなったんだから、食べる量が減るのは当たり前だ。それより困るのは2人の移動速度。2人が全力疾走してもライナが歩くのと同じくらいだし、下手したら踏んでしまいそうになる。結果、エルネスタの肩にディオン、ライナの肩にゼルンが乗って移動した。
「それはそうと、どうするよ、これ。」
地面に座っていては小さすぎて見えないので、ランプの上に座ったゼルンがそうぼやいた。
「ゼルン様が触ったのはグロス・カーナと言うキノコです。刺激を加えると赤い胞子を放出して相手を小さくしてしまいます。」
「なんで嬢ちゃんは小さくなってないんだ?」
「さあ...。理由はよくわかりません。」
同じく小さすぎて見えないディオンはライナのリュックに座って自分の手を見ている。
「どうしたら元に戻るんだ?これは困るな...。」
「過去の記録では1週間程で元に戻ったようですが...。エルフである先輩への影響は予測できませんわ。」
「俺の無術具も小さくなっちまったから治癒魔術具が使えねえ。どうにかしねえとな。」
体が小さいのは不便らしい。こちらとしてはなんか可愛く見えるのだが。
「まあ、時が解決してくれますよ。先輩には沢山時間がありますし。」
「俺に時間はねえ!!」
小さくなって4日目。2人は意外と楽しそうだった。小さくなったということはその辺の小さなキノコも十分大きいので、2人はまるで子どものようにキノコや葉の間を走って遊んでいる。
「か、かわいいっ!」
そして小さくなった2人に夢中なのはエルネスタだ。小さくなってからとても楽しそうに2人を見ている。
「先輩が走ってる!かわいいっ!!」
主にディオンがかわいいと言っている気がする。ライナ的には小さくて踏んでしまいそうなので早く元の大きさに戻ってもらいたい。
この植物園は円形になっていて、1週間でぐるりと一周して戻って来る計画だ。残り2日で3区画をまわらなければならない。
「ゼルン〜ディオン〜、そろそろ移動するよ〜!」
森の方へ叫ぶと、遠くから返事が聞こえてきた。これも小さくなった弊害だ。相手との距離がわからない。ライナは2人の魔力を感知することができないから困る。
「嬢ちゃん、見ろよこれ!」
目の前の草の間から出てきたゼルンは何か樹の実のヘタを頭に被っている。この胞子は精神年齢を幼くする効果もあるのだろうか?確かにかわいい気がする。
「ディオンは?」
「あいつなら後ろに...あ?どこ行った?」
「ライナ様、ゼルン様!あそこ!!」
急にエルネスタが声をあげた。ライナがその指が指し示す方を見ると、バサッと翼の音がして1羽の鳥が飛びたったところだ。足に、小さなディオンを抱えて。
「ディオン!!」
「ライナ様、追いましょう!」
ゼルンを肩に乗せて、ライナは飛んでいく鳥を全速力で走って追いかけ始めた。
「ちょっ!嬢ちゃん、揺れすぎ!!」
肩にしがみつくゼルンが少々うるさいが、そんな事気にしない。とにかく、小さくなったディオンでは自分より大きな鳥に対抗するのは難しい。焦る気持ちに従って、ライナは必死に足を動かした。
「嬢ちゃん!あいつ、高度を下げたぞ!」
「ライナ様、届きますか!?」
「やるしかないでしょう!」
確かに鳥は高度も速度も落ちている。今なら行ける、と思ったライナは最後の力を振り絞って走り、鳥の体が傾いた一瞬を狙って、飛び上がった。
「うわあああああ!!」
重力に逆らって飛び上がったので、ものすごく気持ち悪い。ぐんぐん鳥との距離が近くなり、足につかまったディオンと目があった。
「ディオン!」
無我夢中で茶色い鳥の向かって手を伸ばし、ムギュッと力いっぱい掴んだ。
...捕まえた!!
「キィ!キィィィィ!!」
鳥も鋭い声を上げて逃れようと暴れるが、ライナの方が強かった。胴体をしっかり抱え込んで、ライナは地上に着地した。
「先輩っ!」
そこへ駆けつけたエルネスタによって、暴れる鳥は一旦気絶してもらった。爪から解放されたディオンを、ゼルンが治癒魔術で回復させている。
「大した怪我はねえな。いやあ、嬢ちゃんのお手柄だな。」
「助かった、ライナ。」
「それはいいんだけど...なんで連れて行かれたの?」
気絶してもらっている鳥は、なかなかに大きくて爪もくちばしも鋭い。もしかしてディオンを餌だと勘違いしたのだろうか?
すると、鳥を見ていたエルネスタが信じられないものを見ているような表情で、ぽつりと呟いた。
「アストラ・ノクティス。......大陸では1000年前を最後に姿を消した、絶滅種よ。」
関係ありませんがエルネスタとエルネアさんは姉妹です。




