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神代の英雄  作者: 朧 夕映
西側諸国・予言の子
15/16

宮廷魔法使い

視晶はメガネの事。


 グレイム翁がなんとか1ヶ月で鞘を作ると言ってくれたので、しばらくはフェルグラントに滞在することになった。

 1ヶ月もいるとなると、宿代がかさむので、住居が広がる地下都市の安い宿に変えた。




 各自自由な時間を過ごして、1週間ぶりに3人揃って買い出しに出かけたある日。何度乗っても慣れない運輸艇に乗って地上の商業区へ向かった。


「せっかくフェルグラントにいんだから、なんか武器買おっかな。宿で魔術具つーくろ。」

「程々にね。」


 ライナは時折城壁の外に出て討伐依頼をこなしていた。ディオンは以前宮廷魔法使いをしていた時代と変わった部分が多くて面白いと言っていろんなところを歩き回っている。




 昇降所から出ると、いつもの赤い制服を来た男性が珍しく話しかけてきた。


「すみません、エルディオン様でしょうか?」


 3人で顔を見合わせる。昇降所の運輸艇も政府が運営しているのでもちろんこの男性も政府の人間だ。ということはディオンのことが政府にまでまわったのだろう。昔の宮廷魔法使いなのだから、いずれこういう事はあるだろうと思ってはいた。


「俺のことだ。」


 ディオンが前に出ると、男性が部屋に案内してくれた。


「エルディオン様にお客様です。こちらの部屋へどうぞ。」

「私達も、いいですか?」

「はい。」


 室内にはテーブルを挟んで三人掛けの大きなソファが向かい合わせに置いてあって、入口側に男性が座っていた。ライナ達が入ってくると、男性は弾かれたように立ち上がった。


「お待ちしておりました、エルディオン様、ライナ様、ゼルン様。」


 スラリと線の細い男性は黒髪をきっちりとまとめ、落ち着いた青の服を着ている。几帳面そうな若い男性は丁寧な動きでライナ達をソファに促した。


 3人が座ると、男性はぴしっと背筋を伸ばして話し始めた。


「エルディオン様。国王陛下がお呼びでございます。明日、王宮に来るようにと。」

 

 驚いた。まさか王宮に呼ばれることになるなんて。目を瞬かせてディオンを見ると、特に驚いている様子はなかった。きっと、呼ばれると思っていたのだろう。


「...わかった。」

「あの、私達も一緒に伺ってもよろしいですか?」

「呼び出しはエルディオン様のみでございます。」


 ディオン1人はちょっと心配だ。経験も考え方も自分達よりずっと大人だが、現代の情勢や常識に疎いところがある。そしてこちらに合わせてくれているが、長寿だからか、ディオンは時間間隔が自分達とは違う。ちょっと寄り道のつもりが10年もアルカナ族の集落にいたり、ライナが急かさないと何日も宿から出てこない。だから王様と変な約束とかして10年もフェルグラントにいることになったら、こちらとしてはたまらない。


「でも、私達はディオンの仲間で...。」

「今回、私共は元宮廷魔法使いのエルディオン様に話があるのです。」


 そうばっさり断られて、話は終わってしまった。




「ディオン。なんで王宮に呼ばれたのか検討ついてんのか?」


 宿に帰ってきた3人は、ディオンとゼルンの部屋に集まっていた。ゼルンもまた、王宮について行けないことにもやもやしているようで、ものすごくだらしない姿勢で椅子に座っている。


「いや...。心当たりは...。当時世話になった者はもういないはずだしな。」

「そもそも、どうしてディオンはここで宮廷魔法使いをしてたの?」

「そうだ、それを聞かなきゃ話になんねえ。」


 2人でディオンに詰め寄ると、ディオンは苦笑いをして話してくれた。


「フェルグラントでしか星骸石は採れなかったから、俺もここに買いに来たんだ。研究のためにな。そしたらたまたま当時の女王と知り合って、俺にも利があったからここの宮廷魔法使いになったんだ。別に大した意味もなかったが、それなりに楽しかったよ。研究ができて。」

「お前、意外とさっぱりしてるよな。」

「そうか?」


 ディオンとしては何も咎められるようなことはしていなかったらしい。だから今回の呼び出しも全く心当たりがない。めんどくさそうだったら断って来るから安心しろ、と言っているディオン。

 安心なんてまったくできないが、2人は行けないので見送ることしかできない。


「...気をつけてね。」




 翌日、ディオンは王宮のある政治都市に向かった。いつもと同じ格好で行こうとするディオンと引き止めてゼルンと2人で綺麗な格好をさせて送り出した。


「ゼルンは今日は何するの?」

「俺は部屋で魔術具作ってる。嬢ちゃんは?」

「剣の練習してる。」

「宿ふっとばさないでくれよ。」




 昼食後、休憩していると、泊まっている宿に誰かが訪ねてきた。


「はーい。」


 下のごはん屋さんに降りると、見覚えのある青い服の女性がいた。ライナが近付くと、女性は飲んでいたカップを置いた。


「こんにちは。ライナ様ですね?」

「はい。...もしかして、王宮の方ですか?」

「ええ。国王陛下より、ライナ様とゼルン様を王宮へ連れてくるように仰せつかりました。」


 ディオンが何かしたのだろうか。でなければライナ達が呼ばれるはずがない。正直面倒ごとは嫌だし、王宮なんて緊張で胃が痛くなりそうだが、王の呼び出しを無視するなんてできるはずがない。急いでゼルンを呼びに行って、女性とともに政治都市の王宮へと向かった。




 政治都市は他の都市に比べてとても静かで綺麗だった。この都市には政治に関わるような要人が住んでいるらしい。大きな屋敷が点在している。


「あのー、ディオンが何かしたんですか?」

「私は存じあげません。ああ、見えてきました。あちらが、王宮です。」


 フェルグラントの王宮は、とても洗練された形をしている。過度な装飾はなく、しかし地味でもない。まさにゼルンの言う「機能美」の通りだ。


「嬢ちゃん。俺、王様とか会ったことないんだけど。なんていやあいいんだ?」

「私もだよ。ゼルン、失礼ないようにね。」

「嬢ちゃんこそ。」




 入室を促された部屋に行くと、扉の前に門番がいた。何だがものものしい。


「ライナ様とゼルン様をお連れしました。」

「入りなさい。」


 男性の声がして、門番によって扉が開けられた。

 中に入ると、そこは広い応接間だった。国王と思われる身なりのいい人物が1人、ソファに座っている。そしてその足元に捕縛されて転がっているのは...。


「ディオン?!」


 ディオンはライナ達が入ってきた音に気付いて、ん?と視線をこちらへ向けた。背後のゼルンもびっくりして大声を出さないように口元を押さえている。


「ディ、ディオン、なんで縛られてんの?」

「逃げようとしたら、こんな感じに。」


 ディオンを助けていいのだろうか?どうしよう、と思っているとソファに座った男性と目があった。


「どうぞ。」

「っ、ありがとうございますっ。」


 許可が降りたのでゼルンと協力して縄を解いた。幸いきつく縛られていたわけではないのだが、ライナとしては仲間のディオンをこんなふうに拘束して床に転がしたことが許せない。


「大丈夫?」

「ああ。なんともない。巻き込んで悪いな。」

「え、俺ら、巻き込まれんの?」


 すると、ん"っと咳払いが聞こえた。慌てて男性とテーブルを挟んで反対のソファに座ると、男性が足を組み替えて話し始めた。


「はじめまして。フェルグラント国、国王のオスヴァルト・シュヴェルクーネだ。」

「ライナです。こちらはゼルンといいます。」


 そう名乗った男性は、とてもドワーフの王には見えない。長い金髪に濃い緑色の瞳。色白で、線が細い。そして素直に綺麗な顔だと思った。白い服に沢山の金色の装飾が施された衣装がとても良く似合っている。


「国王陛下、なぜ、ディオンは縛られていたのですか?」


 すると国王はふっと心底愉快そうに笑った。


「母上の代わりのこのエルフに仕返しをしただけだ。」

「母上...と言うと、前女王様でしょうか?」


 1代前のフェルグラントの王は女王だった。結構有名な方で、この工業が盛んな国で歴史上唯一の女王。彼女とディオンにどんな関係があるのだろうか?


「おや、エルディオンは話していないのか。」

「俺には関係ない。」

「ない訳ないだろ。」


 ライナもゼルンと同意見だ。縛られたのに関係ないわけない。とりあえず聞いてみよう。


「このエルフは、こともあろうか母上を誘惑し、挙げ句自分に惚れた母上を捨てて逃げた男だ。」

「ちょっとまて、事実と違うことを言うな。」

「え?!ディオンそんな事してたの?!」


 ゼルンはめちゃくちゃ冷めた目でディオンを見ている。部屋中のじとーっとした視線がディオンに向けられると居心地悪そうに訂正し始めた。


「誘惑した事実はない。俺は女王の心など知らんし、拾ってないから捨ててもいない。行くなとは言われたが、ここにいる義理もないから旅にでた。それだけだ。誤解を招く言い方をするな。」


 ライナは心の中で頭を抱えた。ディオンは気が利くが、自分に向けられた好意に鈍感すぎる。話を聞いた感じ、どっちも悪くない気がするが、双方がもう少し歩み寄ったら解決するのではないだろうか。


「あー、私達はこの話の仲裁に呼ばれたんですか?」

「ああ、そうでしたそうでした。この件はエルディオンの問題ですのでお気になさらず。あなた方を呼んだのは1つ、依頼をしたいのです。」

「依頼ですか。」


 王族からの依頼。なんだろう?厄介事な気がする。


「そう身構えずに。冒険者として、エルディオンにも依頼を受けてもらいます。それで、母上の件は手打ちにしましょう。」


 そう言って国王は部下から受け取った地図を見せた。


「城の奥深くに、研究所がある。今はもう閉鎖されているが、段々と管理が難しくなってきているんだ。その処理を頼みたい。」

「...破壊と言うことですか?」

「いや、当時の研究物がそのままだから、うちの研究者と共にそれらの調査と処分を。詳しくはそこのエルネスタに任せてある。」


 エルネスタと呼ばれた人は、壁際に静かに立っている女性だ。ドワーフ...いや、エルフだ。耳が尖っている。青い髪を後ろに流し、前髪を真ん中で左右に分けていて、こちらをにこやかな表情で見ていた。


「私はこれで失礼する。依頼を完了できれば期限は問わん。報酬は...表に出せる話ではないからな、大金貨5枚でどうだ?出来によっては追加で報酬をやろう。」

「なっ...。」


 予想外の金額にライナは絶句した。こんな報酬を提示されて断れる冒険者がいるだろうか?


「わ、わかりました。」

「ライナ。受けなくていい。女王のことはなんの問題もないから...。」

「依頼を受けないのであれば、エルディオンは鉱山送りだが?」

「受けます!!受けさせていただきます!!」


 鉱山送りになんてされたら出てくるのに何年かかるのやら...もしかしたらライナはもう生きていないかもしれない。

 ライナの返事を聞いた国王は満足げに笑って退室していった。


「ディオン、依頼をちゃんとこなして、許してもらおうね?」

「許すもなにも...。」

「お前が悪いと思うぞ?女王陛下のお気持ちを無下にしたのはお前なんだからな。」

「...わかった。ちゃんとやる。」


 国王が退室すると、先程のエルネスタが近寄ってきた。


「はじめまして。陛下より研究所の管理を任されております、エルネスタ・グリューネヴァルドといいます。...お久しぶりですね、エルディオン先輩。」

「先輩...?」


 エルネスタはうふふ、と笑って、鼻梁にかけた視力を補うための小さなレンズ、「視晶(ししょう)」を指でくいっと押してかけ直した。


「ええ。私は、先輩と共に宮廷魔法使いになった者です。今は研究者として宮廷におりますわ。」

「でも、宮廷魔法使いのなかでエルフはディオンだけなんですよね?」

「私は厳密にはエルフではないのです。私の先祖はエルフなのですが、人間との混血ですのでハーフエルフと言われる存在ですわ。」


 なるほど、そういう種族もいるのか。聞けば、人間より魔力はあって長生きだが、エルフほどではないという。


「ディオンは、エルネスタさんのこと覚えてるの?」

「まあな。あまり見ない種だし、一応は。」

「私はよく覚えていますよ、先輩の事。」

「忘れてくれ。」


 雑談はこの辺にして、エルネスタは説明を始めた。


「研究所では、かつてこの鉱山が多い国でなんとか農業ができるように、植物を改良していました。しかし制御しきれなくなった植物はやがて放置され、研究所は閉鎖されました。皆様への依頼は、それら植物の判別と処理です。」

「なあ、それって、安全そうなら採集してもいいのか?」


 研究所が閉鎖される程に危険度が高い植物園に行くと言うのに、ゼルンは知らない魔法陣が見れるのではないかとウキウキしている。まあ、こんなに変人だったから1人でダンジョンに潜っていたのだろうが。


「いいでしょう。安全なら、ですけど。」

「それで...依頼はいつから...?」

「明日からです。」

「明日?!」


 ゼルンが驚くと、エルネスタは、はい、とにこやかに頷いて立ち上がった。


「目安は1週間。その間は研究所内に泊まります。今日は一度帰って、荷物をまとめて来て下さい。食料の心配はいりません。こちらで用意します。水も研究所内に飲水が流れていますので大丈夫ですわ。」

「エルネスタ。他の研究員は動向するのか?」

「いいえ。戦闘ができないので。」


 つまりエルネスタは戦闘も可能というわけだ。エルフの血が流れている者はみんなこんなに万能人なのだろうか?


「わかりました。では、明日。」

「ええ。お待ちしております。」


 こうして、ライナたちは不思議な植物達がいる研究所に入ることになった。




 












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