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神代の英雄  作者: 朧 夕映
西側諸国・予言の子
14/16

最高の鍛冶屋

 ゼルンの案内で宿を取って、その日は終わった。本格的な散策は明日からだ。




 ライナは英雄の剣をしっかり布で巻いて宿を出た。街の建物はどれも美しい形で、アーチや小さな時計塔、装飾的な窓などがあり、そのどれもがカラフルに塗られている。オレンジ色の宿を見た時は心踊った。


「よし、これから馴染みの鍛冶屋に行く。ディオンはそのガントレットしまえ。ライナは剣にきっちり布巻いとけよ。」

「わかった。」




 またライナとゼルンが青くなりながら、3人は工業都市・ブロムに向かった。実はグラートよりブロムの方が深い場所にあるらしい。ライナは螺旋階段を想像した。


 降り立ったブロムは、グラートとまるで違っていた。余裕のあるグラートに比べて、こちらの建物はところ狭しとぎゅうぎゅうに建てられていて、それらも建物と言うより設備の方が正しいかもしれない。剥き出しの梁り、角張った形、鉄の色がそのままの屋根。職人通りから聞こえるハンマーと金属の高い音、蒸気の吹き出し音、焦げ、油、煤の香り。人の熱が伝わってくる街だ。


「うわあ...これぞドワーフって感じ。」

「すっげえだろ?俺はこの感じ気に入ってんだ。さ、こっちだ。」


 職人通りに店を構える鍛冶屋にやってきた。ゼルンがずかずかと工房に入っていくのをライナは心配でじっと見ている。


「嬢ちゃーん、ディオン、来いよ。」


 中からゼルンの声がして、ディオンと顔を見合わせて入った。

 工房内は少し暑くて、熱が籠もっている。端で立ち話をしているゼルンの前には例の職人さんがいた。


「作ってもいいが、ものを見ねえと始まらん。その剣を見せろ。」


 黒いあごひげをたくわえた、ライナよりも小さい男性だ。だけど指が太いし体も大きい。毎日工具を振っているだけあって、ムキムキだ。


「嬢ちゃん。剣を。」

「あ、うん。」


 ライナは布を取って剣を渡した。ライナが持つとちょっと重いために片手では扱えないのに、ドワーフの職人さんはそれを軽々と持ち上げて、隅々まで観察し始めた。


「......うーむ、見たことない鉱石じゃなあ。...硬いな。衝撃にも強い。おまけに魔力耐性もある。こりゃあ俺じゃあ研ぐこともできねえ。」

「親父さんでもできねえのか...。」


 どうやら星骸石は非常に珍しいものらしい。幻の金属とか言ってたが、普通のドワーフは知らないのだろうか?


「こりゃグレイム翁じゃねえと無理かもな...。」

「誰だそりゃ?」


 そう言うと、職人さんは工房の外に出て、都市の端っこの方を指さした。


「向こうに工房がある。グレイム翁はこのフェルグラント1の腕を持つ、最高の鍛冶屋だ。他国への献上品や王からの依頼も受ける、凄腕さ。紹介状書いてやるから、一度行ってみな。」

「ありがとうな、親父さん。」




 と、言うことで、言われた場所にやってきた。工房は入口なくて一瞬どうしようと思ったが、その横に玄関っぽいところがあった。


「こんにちは〜。」

「どなたでしょう?」


 どこからか聞こえてきた声に驚いていると、奥から女性が出てきた。ドワーフ...だろうか?街中で女性のドワーフも見たが、この人は彼らに比べて圧倒的に線が細い。滑らかな朱色の髪が印象的な綺麗な女性だ。


「こんにちは、グレイム翁に依頼がありまして。」


 ゼルンがそう言うと、女性は嬉しそうに笑って言った。


「そうなんですね!わかりました、ヴァルドのところへ案内します。」


 グレイム翁はヴァルド・グレイムと言う名らしい。女性に案内されて、大きな工房に入った。


「あの、あなたは?」


 気になってライナが聞くと、女性は歩きながら簡単に自己紹介をしてくれた。


「申し遅れました、エルネア・グレイムといいます。ヴァルドは私の夫です。」


 それを聞いた3人は目を丸くする。


「へえ、グレイム翁、奥さんがいるんだ...。」

「意外だな。」




 連れて行かれたのはドアの前だった。この中にグレイム翁がいるらしい。


「ヴァルド。お客さんですよ。」

「...今日はもう客は取らん。」

「ささ、どうぞ。」


 ライナは引きつった顔でゼルンを見る。


「明らか歓迎されてないんだけど...。」

「行くしかないだろ。」


 笑顔で扉を開けてくれてるエルネアさんに見送られて薄暗い部屋に入った。そこは更に暑くて、壁には沢山の工具と床には鉱石が入った木箱が積み上げられている。


「グレイム翁?」


 奥に、1人の男が座っていた。背中を見ただけで、只者ではない雰囲気がわかる。長い銀髪を簡単に括り、オレンジ色の光りを手元に灯して作業をしている。


「今日は客は取らん。出ていけ。」

「グレイム翁。紹介状を貰ってきました。どうか話だけでも聞いていただけませんか?」


 そう言うとグレイム翁は深い溜息をついて振り返った。真っ白の長いひげを結んだ、厳しい目の人だ。さっきの職人さんとは比べ物にならないくらい肩幅が広く、筋肉もすごい。ガタイだけならディオンよりしっかりしている。関節が太く、黒い何かで汚れた指。長年使い込んでいるであろう工具や装備。「翁」と呼ばれるだけの貫禄があった。


「ふん、若輩者の紹介所なんぞ、役に立たん。どうしてここにきた。」


 声も低くて太くて、声を聞いてるだけでなんだか心臓がきゅっとなる。


「はい、ある剣の鞘を作っていただきたくて来ました。」


 ゼルンの目配せでライナは一歩前にでて、腰に下げた剣を差し出した。


「英雄の剣です。」


 そう言っても、グレイム翁は剣を受け取ろうとしない。逆に鋭い目でライナを見た。


「英雄の名を借りた鉄屑は山程見てきた。仮にそいつの鞘をつくったとして、お前に扱えるようには見えん。」


 ライナはドキっとした。この人の前では何も誤魔化せない。そう思わせる瞳に見つめられ、ライナは深呼吸をして早鐘を打つ心臓を鎮めようとした。


「剣は、振るう者の生き方そのものだ。それを収める鞘もまた同じ。覚悟のない者の腰に、俺の仕事は下げられん。ほかを当たれ。」


 はっきりと言い切ったグレイム翁。ライナはその圧倒的な威圧感に剣を持つ手が震えた。


「何をしている、さっさと行け。俺は忙しい。」


 そう言うとグレイム翁はまた作業に戻ってしまった。その後何度話しかけても、返事はなかった。




「あ〜なんだあの爺さん。言うだけ言ってよお。」


 賑やかなグラートに帰ってきたライナ達。宿についた途端、ゼルンがベッドに倒れ込んでそう言った。


「グレイム翁、なんかすごい人だったね。」

「けどさあ、いくらなんでももうちょっと愛想よくできねえの?!奥さんがいんのが信じられん。」


 ライナはあれから言われた事をぐるぐると考えていた。グレイム翁の目が忘れられない。まるで金縛りにあったような苦しさが蘇ってくる。


「...私、ちょっと外に出てくるね。」


 ライナは頭を冷やしに、1人で部屋に戻った。




「なあディオン。」


 ゼルンは部屋を出るライナを見送って、同室のディオンに話しかけた。


「お前、全部知ってんだろ?」


 そう言うと、ディオンが一瞬ピクッとした。そんなディオンを見て、ゼルンはふっと笑う。


「わかりやすいなあ、お前。...なあ、あの剣と、ライナって何者なんだ?」


 ゼルンは何も言わないディオンを小突いた。


「あれ、英雄の剣なんだろ?俺らに見えねえ剣を嬢ちゃんは見えたんだ。それを引き抜いた時、やっと見えた。なら嬢ちゃんは英雄になる運命なのか?お前、あいつに頼まれたって言ったけど、あいつって誰だ?お前はなにもんだ?」


 何を聞いても、ディオンは黙っている。2000年を生きているらしいこのエルフは、謎が多すぎて、ゼルンはいまいち納得ができない。そんな心を察知したのか、ディオンがやっと重い口を開いた。


「...あれは間違いなく1000年前の英雄が残した、英雄の剣だ。...運命と言えば聞こえはいいが、其の実呪いと変わらない。ライナが英雄になるかは、ライナが決めていくことだ。俺はライナの選択を手伝うだけだ。」

「ディオンは嬢ちゃんの味方だと?」

「そうだ。」


 謎の多いディオンの確かな部分。ディオンは何があってもライナの味方らしい。ゼルン自身、一緒に旅をし、ライナとディオンのことは好いている。ディオンがライナの味方なら、ゼルンもライナの味方だ。


「ま、今はそれで許してやるよ。」


 時折、自分より遥かに歳上のはずのディオンが、自分より幼く見える。ゼルンはそんな背中をバシッと叩いた。


「いつか、ちゃんと言ってくれよな。」

「ああ。...わかっている。」


 そう言ったディオンは、どこか遠くを見ていた。




 翌日は1日自由時間だ。ライナは2人に言って、またグレイム翁の工房に来ていた。


「あら。昨日の方。」


 エルネアさんがそう言って、自分達が名乗ってもいないことに気付いた。


「ライナといいます。昨日は失礼しました。...今日も、依頼の話をしに来ました。」

「はい、どうぞ。ヴァルド〜。」


 柔らかなエルネアさんとは対照的な低い威圧的な声が聞こえてきた。


「誰だ。」

「昨日の剣の娘よ〜。」

「帰れ。」


 昨日と同じように、帰れと言う声のする部屋へ笑顔のエレネアさんに案内された。


「入ってもいいんですか?」

「大丈夫よ。」




「こんにちは。グレイム翁」


 昨日と変わらずオレンジ色の光の前で仕事をしているグレイム翁はこちらを見ようともせずにぶっきらぼうに言った。


「帰りな。」


 ぐっと拳を握りしめた。


「グレイム翁。私なりの答えを、言わせて下さい。」


 一晩中、ぐるぐる考えたんだ。せっかくここまで、フェルグラントに来たのにこのまま帰れるわけがない。ライナは震えるを剣に添えて、その大きな背中に向かって話し始めた。


「...この、英雄の剣を振るうにふさわしいかは私にはわかりません。ですが、ですが私は。...私は、この剣と、これを残した英雄を、知りたいと思いました。」


 この剣を手に取った時やフェルグラントのアーベントでの記憶が蘇る。


「英雄とは、何者なのか。英雄と言う存在の意味を知りたいと願っています。剣を振るったその先に、誰かの未来があるなら、私は迷わず剣を振るいます。これが、私の生き方です。」


 柄を強く握り、ライナはそう言い切った。昨日、グレイム翁の言葉に何も言えなかったことがなんだか悔しかった。だから今日は自分の思いを全部、グレイム翁に伝えに来た。少しでも、伝えられただろうか?


 少しの沈黙の後、ヴァルドは体を起こし、立ち上がった。


「お前が英雄の剣を持ってきてくれて、良かった。」

「え?」


 こちらを見るグレイム翁の目は、相変わらず厳しいが、ほんの少し柔らかくなった気がした。予想してなかったグレイム翁の態度に目を白黒させた。大きい手が伸びてきて、ポン、とライナの頭を軽く叩く。


「鞘は俺が受け持とう。...エルネア。表にいる奴らを連れてきてやってくれ。」

「は〜い。」


 グレイム翁の行動にライナがびっくりしていると、エルネアさんがディオンとゼルンを連れてきた。


「お前ら、つけてくるならもっと魔力消さないとだめだ。」

「あんた、魔法わかんだな。ドワーフのくせに。」


 ゼルンは昨日のグレイム翁に何か思うところがあるらしい。口が悪すぎる。


「ゼルン、グレイム翁に鞘作ってもらえることになったから、大丈夫だよ。エルネアさんもありがとうございました。」

「いいえ〜。...そうね、お話するなら、ここじゃ狭いもの、移動しましょうか。」

「お話?」




 エルネアさんとグレイム翁に連れられて、もうちょっと大きい工房に来た。


「おい嬢ちゃん。どうやってあのグレイム翁おとしたんだよ?」

「なんかこう、覚悟を語った。」

「かっけえ。」


 ゼルンにも頭をグリグリされた。




「じゃあ、その英雄の剣を見せてもらおう。」


 テーブルを、グレイム翁と3人で囲んだ。ライナが布を取って剣を置くと、グレイム翁は一瞬で剣に使われている金属を見破った。


「星骸石だな。これ全部。」

「ああ。」


 ゼルンが頷いた。


「ほう、星骸石を知っているのか。...この金属は星骸鋼からとれるものだ。硬度が極めて高く、衝撃にも強い上に魔法耐性も持つ、剣にするには最高の金属だが...。」

「硬度が低い鉱物を近付けると崩れてしまうんだ...。」


 ゼルンの言葉にグレイム翁はそうだ、と肯定して説明してくれた。


「星骸石は不思議なことに微量な引力を発していて、それが金属の結合を壊してしまう。結果、鞘を作るには同じ星骸石が最も適しているな。」

「しかしもう手に入らないんだろう?」

「...少しでも手に入ればいいのだが...。」


 するとグレイム翁はゼルンの横に座っているディオンを見た。


「あんたなら、持ってるんじゃないか?」

「え?」


 ライナはディオンへ視線を向けた。ディオンの表情からは感情が読めない。


「貴方、宮廷魔法使いだったエルディオン様でしょう?」

「え?」

「は?」


 ゼルンとライナから気の抜けた変な声が出た。目をぱちくりしてディオンにちらーっと視線を送った。確かに、前に435年前?の許可証を出していた気がするが...。


「......そうだ。が、申し訳ないが、君のことは覚えていない。」

「それはいいです。...あの頃以前から生きるエルディオン様なら、星骸石をお持ちなのでは?」

「エルディオン様...?」


 威圧感半端ないこの国最高の鍛冶屋がディオンに敬語なんてすごく変な感じがする。ゼルンと変だね、と話しているとディオンが気まずそうに指輪から星骸鋼を取り出した。ディオンの拳1つ分くらいの大きさの金属。それを見たグレイム翁は満足げに頷いた。


「これを使え。俺では扱えないからな。...しかし、量が足りないのでは?」

「いいえ、これで十分です。」


 グレイム翁はふっと笑って星骸石を見た。


「鞘の全てを星骸石で作ったら、国庫が空になる。だから星骸石を使うのは、鞘に最も近い内側だけだ。外側は違うもので作る。」

「そんなことが可能なのか?」


 ゼルンは眉をひそめると、グレイム翁は得意げに笑う。


「可能だ。最高の鞘を作ってやろう。」






「それにしても、運命ってあるんだな。」


 ライナ達が帰った後のヴァルドの工房。妻のエルネアが少しは休憩をしろと言ってお茶を持ってきた。


「それってライナさんのこと?」

「どっちも、かな。」


 ヴァルドは遠い昔の記憶を随分と久しぶりに思い出した。



 435年前。当時78歳だったヴァルドは、ドワーフとしては珍しく魔力が多かったせいもあって、魔法が好きだった。その年に新たに設けられた「宮廷魔法使い」という地位についた3人の内1人はエルフで、彼は様々な魔法技術を国にもたらしてくれた。ヴァルドは彼の圧倒的な魔力量と美しい魔法陣に心底惚れ込み、弟子にしてくれと頼んだ。しかし無情にも彼はバッサリと自分を切り捨て、別の者を弟子として抱え、10年ほど教えた後、宮廷を去ってしまった。


 結局、強大でこの国史上最強の魔法使いとは自分が勝手に名前を知っているだけの関係に終わってしまった。いや、始まってもいなかったのかもしれない。その後、魔法の実力が伸び悩み、今の道に進んだ。

 



 当時は仕方なく手に取ったハンマーだったが、今はその選択をした過去の自分に感謝している。


「あの選択のおかげで、君に出会えたんだ。エルディオン様に選ばれなくて良かった。」

「急にどうしたのよ。」

「ちょっと過去の事を思い出してね。」



 実は一度だけ、エルディオン様の立ち話を偶然聞いてしまったことがある。


<<運命の子が誕生する時が迫ってきている。英雄の意志を見つけ出し、その子が掴めるようにするのが我々の役目だ。>>


 きっと、運命の子、と言うのがあのライナと言う少女なのだろう。まさかこんな形で運命の子とエルディオン様に会うなんて思わなかった。これもおそらく、運命が引き寄せた出会いなのだろう。


「それで、鞘のお代はどうするの?星骸石なんて、現代じゃ値段が付けられないわよ。」

「...金は取らない。」


 眼の前にある英雄の剣と、エルディオン様が置いて行った星骸石は値段がつけられないほど貴重なものだ。視線を、愛する妻に戻す。


「俺の作った鞘とこの剣が、何を成したのか、君が見届けてくれ。」


 ヴァルドはドワーフの寿命より遥かに長生きしていて、今はドワーフの最高齢を更新している。おそらくこれが、最後の大仕事になるだろう。


「...わかった。だから、貴方は後悔しないように最高の仕事をしてね。」


 おそらく妻は自分より長く生きる。だから、彼女が未来で寂しくないように、未来に残る仕事しようと心に決めた。










 


 

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