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神代の英雄  作者: 朧 夕映
西側諸国
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旅の始まり

ホルンハーゼは野ウサギに角が生えたイメージ

「よし、依頼完了。」


 後ろでくくった金髪をなびかせて、ライナは倒したばかりの魔獣の角を回収した。


...これがないと倒したことを証明できないからね。


 冒険者として生活できるようになってはや三年。私は18歳になった。住んでた村を飛び出して剣の腕を磨いてようやく魔獣狩りができるようになったはいいものの、最近は出会った人の依頼をちまちまとこなしている。この依頼の報酬が、唯一の収入源なんだからやらないわけにはいかないんだけど、正直思い描いていた冒険者と違う。なんというか、地味。壮大な戦いがあるわけでもなく、いい出会いがあるわけでもなく。山あり谷ありみたいな道でもない。


「こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」


 小さい頃、何度も読んでもらった本があった。魔王を倒した英雄のお話。意味もなく憧れて、いつか自分も、とごく自然に思うようになった。体を動かすことが好き。花より虫。可愛いよりかっこいい。お姫様より英雄が好き。家のお手伝いなんかよりも、森を探検するほうがよっぽど楽しかった。だから裁縫道具じゃなくて剣を手にとったのは当然のことだった。


...女だからとナメていた村の男達を蹴散らしたのは爽快だったな。


「私が魔王を倒す!倒して、歴史に名を残す英雄になってみせるんだから!」


 そう言って、両親の静止を振り切って村を出た




「ヴァロさん、依頼完了しました。」


 依頼を受けていた旅商人に、証拠となるホルンハーゼの角を渡した。ホルンハーゼは小型で、人に慣れた個体は可愛いが、野生で群れていると集団で襲ってくるので危険だ。街道沿いの森には結構いる。今回のヴァロさんからの依頼も街道の近くに住み着いたホルンハーゼの群れの討伐だ。


「助かったよ。ここが通れないと王都まで結構遠回りしなきゃいけないから。」

「ヴィルムラックをまわっていかないといけないんだもんね。」


 ヴィルムラックとは、国内最大の湖のことで、ヴィルムラックと海の間に王都・ヴィルムシュタットがある。ちなみに国の名前もヴィルムシュタットだ。


「はいこれ、報酬。」


 小銀貨7枚の袋を受け取った。


「ライナくんも王都に行くかい?乗せてってあげるよ。」


 ヴァロさんが後ろの荷馬車を指して言う。


「ヴィルムラック見たいし、歩いていく。王都であったら声かけるね。」

「そうかい。気を付けてな。」

「うん、またね。」


 ヴァロさんを見送って、王都に続く街道を逸れた。生まれてから一度も、湖というものを見たことがない。出身の村・ベーレナウは森しかないから。海も見たいけど、王都に行けば見えるはずだ。




「これ...食べれるかな?」


 ライナのリュックにはもうあんまり食料がない。そろそろ王都だし、と最近贅沢してたのが祟った。森の中の樹の実や山菜、魚を釣るという自給自足をしなければならない。


「あーあ。魔法使いでもいれば鑑定してもらえるんだけどな。」


 魔法使い。魔物や魔獣の技である魔法を操る人々がいる。大昔に禁じられた魔法の研究を、ひっそりと続けていた人々によって確立された魔法技術は人類の文明の発達に大きく貢献した。しかし、大陸中に魔法が広がった魔法全盛の時代は突如として終わりを迎える。魔王の出現によって魔物、魔獣の勢力が拡大し、それらに魔法で対抗する魔法使いは急激に数を減らしていった。それから1000年経った今では僅かに残った古代の資料を研究、解析して少しづつ魔法使いは増えている。それでも会ったことない人が大半で、普通に生きていればほとんど会うことはない。


 もちろん、ライナも会ったことがない。冒険者はパーティを組んでる人が多くて、そこには魔法使いがいることもあるのだが。

 なにはともあれ、食料がないと冒険ができない。眼の前の樹の実が食べれるかどうか、それは食べてみないとわからない。黄色い実を指で摘んで、ちょっとかじってみた。舌がピリピリしないから毒では無さそう。でも...


「......おいしくない。」


特になんの味もない、口内の水分を奪われるだけの樹の実だった。




「うわー!湖だー!ヴィルムラックだー!」


 樹の実を諦めたライナはヴィルムラックの岸辺に出た。視界いっぱいの水は、太陽の光を反射して結構眩しい。ヴィルムラックの西には青々とした森と高い山がそびえている。現在地はヴィルムラックの東なので、南に行けば王都につくはずだ。


「とりあえず、このへんで一泊しようかな。」


 王都へは歩いて3日はかかる。ひとまず魚でも釣るとしよう。背負っていたリュックから釣り道具を出して、竿の先端に鈴をつけておけば、魚がかかったらすぐに分かる。


「よいしょっと。」


 続いて緑色のテントを取り出した。お気に入りのこのテントは魔術付与されたちょっといいものだ。冒険者を始めて初めて買ったものである。


 魔術付与とはその名の通りで、例えばこのテントは防水と透過防止の魔術が付与されている。大銀貨三枚くらいした。少々値が張るが、結界の魔術具の買ってテントを中心に結界を張っている。まあテントから五歩も離れれば結界外だが。ちなみに釣り道具やらテントやらを取り出したリュックも空間拡張の魔術が付与されたもので、これは貰い物だ。魔術付与されたものは「魔術具」という。魔術とは術式によって生み出される力のことで、魔法に比べて比較的習得しやすいのだとか。だから魔術具は高いけど普通に売っている。用途以外の効果がないので安心安全の道具だ。そして「魔法具」も存在している。めったにお目にかかれない貴重なもので、古代の遺跡から発掘されることがほとんどだ。




 ヴィルムラックは豊かな湖らしい。餌を投げて数分で、竿につけた鈴が鳴った。


「かかった!」


 モリを片手に竿を引っ張ると、魚の影がみえる。狙いを定めてモリを投げた。モリが魚に刺さり、動きが止まるのを確認して、モリについた紐を素早く引っ張って魚をあげた。以前、もたもたしていたら大きな魚に横取りされたことがある。結果としての前腕くらいの魚が二匹釣れた。今日はこれでいいだろう。一匹は塩で丸焼き。もう一匹は捌いて水気をとって天日干しだ。




 その日の夜は、静かだった。静かすぎて、いつかの言葉がはっきりと聞こえてくる。


  「そんなおとぎ話、信じてどうする。」

  「...英雄がいたせいで、死んだ人間もいるんだ。」


 眼の前の炎が小さくなるたびに、その声が繰り返し胸に落ちてくる。

 ライナは寝袋に潜って目を閉じた。それでも、眠れなかった。




紛らわしいので王都は王都、国はヴィルムシュタットと呼んでいます。

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