一致団結
お互いの兵士が、ここまで自分の王が窮地を迎えているのを初めて見た。チャンドラ、ヨームの2人の一騎討ちは激しさを増すばかり。高速で槍を連発するヨームに斧でなんとか受け切っていたと思えば、一呼吸の隙をついた左拳でヨームの腹にクリティカルヒットを決める。しかし、吹き飛ばしたはずのチャンドラの左頬から血が垂れる。どうやらヨームは吹き飛ばされながらも槍を上手く振ったようだ。面白い。呟いたと同時に追撃を開始するチャンドラ、重い一撃を恐れたヨームが下がろうとするが、長時間の戦いによるものだろうか。足の腱が切れており避けきれないと察す。仕方ないと、槍を構え斧の攻撃に集中する。バカ正直に縦に振り下ろされた斧をなんとか槍で受け止める。が足に負担がかかり、ぐっ...と言葉を漏らす。しかし、このままでは左拳が飛んでくると覚悟を決めたが、ついぞや左拳が飛んでくる事は無かった。よく見れば、左拳から大量に流血している。いくら強靭な装甲を施し、自らの拳を鍛えていたとしても、ヨームの激しい槍を何度も受けていた拳はもう限界を迎えていたのだ。誰もがその戦いの行く末を見守っていた途端。1人のヨーム兵士がその輪の中に入り、チャンドラの後ろ側から駆け出す。誰もその異物に反応が追いついていなかった。「辞めんか!」とヨームが叫ぶももうその男には聞こえていない様子。チャンドラに余程の恨みでもあるのだろうか。それとも功を急いでいるのだろか。ヨームは最後の力を振り絞り、チャンドラに思いっきり槍を投げる。そのような素ぶりに周りからは見えたが、狙いは違った。槍はチャンドラの後方で接近していた兵士の胸部を捉え、後ろに倒れ込んだかと思えば絶命した。両軍に動揺が広がる。「貴様らぁ!卑怯者があ!」「お、俺達は関与しないぞ!」たちまち火蓋が斬られそうになる。瞬間。「鎮まれえぃ!」とチャンドラの怒号が響き渡り「まだ一騎討ちは終わってはおらんぞ。」と語る。その通りだ。一騎討ちとは神聖な勝負であり、決着がつくまでは誰かが止めてはならない。だがしかし、もう決着は着いているだろう。最後の力で槍を投げたヨームは地面に倒れ込んでいる。それに、たとえ最後の槍投げが無かったとしても、足の腱が完全に切れ、機動力を失っていたヨーム側が不利に見えていた。これを皮切りに勝負が着いた。ヨームの敗因として、そもそも敵の器量を見誤った事、そして最後に勝ちに貪欲になり切れなかった事だろう。ヨームの兵士達は今ならなんとかチャンドラを殺せるかもしれないと邪心がよぎる。「俺の負けだ。首を切り、この内乱を貴様の手で終わらせよっ!しかし、兵士達にはどうか一考の余地を。」仰向けに倒れ込みながら発するヨーム。それに斧を引き摺りながら歩むチャンドラ。「よろしい。だがその前に、お主には我の命令を一つ聞いて貰わねばならぬ」はっ!と笑い死に損ないの俺に出来る事は少ないぞと告げると、チャンドラは倒れ込んでいるヨームに告げた「俺の軍門に下れ。夜王ヨームよ。」
無事帰還を果たした北軍総大将グローム大将軍と南軍総大将ゲベーツが互いの軍の状況を報告する。直接戦闘がほぼ行われなかった南軍に対し、まともにぶつかった北軍には中々の被害が出ていた。ほぼ作戦通りに動きをしたが、多少の誤算で被害が広がったのだ。特に、大きい誤算はハリムナ将軍の死だろう。彼に与えた任務はカール大帝を亡き者にすると言うものだった。カールに対して、剣聖ラグナルト、元アヒューラ王国大将軍で、連合軍の英雄ザボロ、流石にその2人には見劣りするだろうが、ゲベーツ帝国きっての猛将だったのがハリムナ将軍だ。彼ならば、2人のサポートをしてカールを殺せるだろうと組んでの配置だったのだ。だが、彼は遂にカールと刃を交える事すらなかった。いや、首だけの状態で出逢いはしたが。敵兵ながらバルサのドマン将軍には天晴れと言わざるを得ないだろう。初戦でザボロとぶつかり、敵味方から死んだと思われていたドマンは、もはや一騎で敵陣を暴れ回りながら遂に、主カールの死すらも救いとって見せたのだ。とてつもない生命力だ。しかし結果としてはこちらの大勝利と言っていいだろう。初め、この勝利に乗じてバルサ帝国に攻め込むべきだとバルボッサに伝えたがそれは却下された。確かにその判断は正解だったようだ。バルサ内部は今、混乱の渦に苛まれているからだ。それは決して、今回の敗戦だけが原因ではない。予めバルボッサが、帝国に根回しを行っていたのだ。今のバルサ帝国はもう、超大国とは言えない。あくまでも7大国の一つという位置まで格下げした。今1番動向が気になるのは、我らの国の北に位置しているアトランカ連邦だ。アトランカはつい最近、内戦が終結した。そして、新たにアトランカ連邦いや、名を改めアトランカ王国の統一者となったのはチャンドラと言う男だ。まだ多くの情報は上がっていないが、かなりの実力者なのは間違いないだろう。そのチャンドラからゲベーツ宛に文が送られた。内容は、プラトン連合を正式に脱退すると言うものだ。それに、7大国には及ばないまでも、ある程度力をつけた数カ国からも、同じような文面が届いたのだ。これは連合としては非常に由々しき問題である。今まで、バルサ帝国と言う絶対的障害が力を失いつつある今、帝国の影になりを潜め連携していた国々の鎖が、少しずつ、確実に綻んでいく。
ジルキーン法国の若き将軍、サルナ将軍。彼は現在、ジルキーン領と隣接しておりつい最近連合脱退表明を掲げた国に対し、進撃中だ。今回の軍編成としては、サルナ将軍・ジーン将軍・イル将軍の3人の将軍それぞれが連携して行っている。なんと彼ら3人は訓練兵時代の同期で、共に競い合った仲だ。同時に3人もの将軍が誕生するのは今までのジルキーンの歴史になかったことで、他の訓練兵時代の同期達や先輩達からは「奇跡の世代」と持て囃されている。そしてお互い将軍という立場になった今も、それぞれの功を競い合っているのだ。今回の戦は、イルが騎馬隊の機動力を活かし、敵兵を完全に圧倒していて先をこされている状態だ。このまま終わる気はない。こちらもそろそろギアを上げるかと息巻いていたところに突然、本国から全軍撤退するようにとの報告が上がる。どうやらきな臭い事になってきたようだ。
サラディーナ王国が大軍をジルキーン法国領土内に差し向けたのは、バルサ帝国敗戦から僅か1週間後の事だった。ジルキーンはバルサとの戦いに多くの兵士を出したわけではないので迎撃する兵士は残っていたが、問題は周囲の連合加盟国の兵力が疲弊しており、大した援軍が期待出来ない事だ。コレにより、ジルキーン側はサラディーナとの決戦にほぼタイマンに近い状態で望まなければならない。ジルキーン法国にサラディーナ王国、どちらも同じ7大国ではあるがサラディーナ側の方が単純に国土が大きく人口も多い為、苦戦は必至だ。大陸の勢力規模は今変わりつつある。繁栄を極めていたバルサ帝国が落ち目の今、この大陸で最も影響力を持っている国こそがサラディーナ王国だろう。ジルキーン法国王都、パルメサ。ここに軍議をかわすのは聖騎士長ジルザエル、同じく聖騎士長のキャマドル。将軍のサルナ・ジーン・イル、それと同じく将軍級の面々達。その兵士達に対峙するような位置にこの部屋で最も華美な装飾が施された椅子に座っているのは、ジルキーン法国の最高指導者、法王ムルローナ。今彼ら騎士が法王ムルローナに嘆願しているのは国家総動員令の発令である。正直、今回のサラディーナ軍の規模は想像を絶していた。物見の報告によれば、30万を超える大軍でこのジルキーン領内に進行中との事だ。その規模を目の当たりにした最前線の城主は戦う事なく開城し、全面降伏という姿勢に出た。そして、戦う事を選んだ城はもれなく落城。援軍が到着する前に一瞬で叩き潰されたのだ。既に、サラディーナ軍の侵攻により3城を落とされている。更には今現在、次の城に向け大軍が侵攻中なのだ。この4つ目の城はシュノン城という名で堅城だ。しかし、もしこの城を落とされた場合、王都パルメサとシュノン城の間には城が1つしかなく、ここを抜かれれば王都に直接攻め入られる事になるため、なんとしてでも落城は避けなければならないのだ。この守城を任されているのはセルン将軍。兵力としては6000程だろう。今王都から出せる全戦力でも16万だ。これでは足りない。サラディーナ兵をこの国から追い出すにはもっと多くの兵士が必要だ。その為、兵士達の意見を代表し、ジルザエルがムルローナに国民にも戦ってもらえるよう願い出ていた。しかしムルローナはそう簡単に首を縦には振らない。もし国家総動員令が発令された場合。とりあえず戦える即戦力を集める事は出来るだろう。だが実態はどうだろう。彼ら民兵は勿論戦いの訓練に参加したことなど一切ない者達ばかりな為、敵兵士の標的になるだろう。弱い所から攻めるというのは軍の基本戦術だからだ。そもそも戦う気のない者達だから多くの民が死ぬ事になるだろう。それほど、民と一般的な兵士では戦力に差が出る。自分が法王として慕ってくれていた民をみすみす殺させたくはない。しかしその一方、彼ら兵士の気持ちも痛い程に理解出来る。彼ら兵士とて人間である。この国家存亡の危機である戦争に勝利する為、少しでも不利盤面を覆す為、民達にも戦争に参加してほしいと思うのはごくごく普通の考えだろう。そして「国家総動員は許さぬ。」法王の低く重い声が響いた。これを聞き兵士達目を伏せるが法王は更に言葉を続けた。「しかし儂に考えがある。」この日、ムルローナは自らの足で王都パルメサで最も人が集まり広場に出向いた。大して護衛もつけていなかったため初め民達は気づかなかったが、1人1人と気づいていくうちに、すぐに異例の法王の広場への出向きに気付き驚きの声を上げる。そして広場に大きな人だかりが出来るようになってから法王は民達に静まるよう指示を出す。これにより、すぐに民達の声は一斉に静まり返り、普段の広場での喧騒が嘘のような音のない空間になる。これを見届けてから、ムルローナは口を開く。「皆知っての事だとは思うが、我は法王ムルローナだ。」一瞬おぉ、と民達の中から声が出る。「今我が国はサラディーナ王国から攻撃を受けており、このままでは勝てぬかもしれない。」これを聞き、民達は不安の声を漏らす。負けるわけがない。王都にまで奴らが攻めてくるのか?やはり噂は本当だったか。早く逃げる準備をしよう。反応はそれぞれだったが、彼らには兵士達ほど現状が理解出来ていないため当然の反応だ。「無論、ジルキーンの兵士達が一丸となり、この国を守るために尽力する。しかし!」と続けた。近くで民に紛れつつ護衛を行なっていたサルナは、これから王がいったいどのような言葉を続けるのか全く予想出来ていなかった。「この国を守るために、彼ら兵士達に全ての重荷を乗せて良いのだろうか?それではダメだ。この国を築き上げてきたのは誰だ?他でもない。ジルキーン法国に住む全ての民達だ!このままでは皆の先祖達が戦い、守ってきたこの国が地図上から消える事になるだろう。そのような事!許されて言い訳がない!次のサラディーナ軍との戦い。我自らが先陣を切り戦う。」その声に民達が高揚する。法王自らが、それも先陣を切るなど今までの歴史でも類を見ないような突貫作戦であり、あまりにも危険だというのに彼はそれを行うと言うのだ。それを聞いたサルナはすぐに、今の言葉を訂正するよう前に出ようとしたが、それを同期のイルが止める。「頼む!ジルキーンの民達よ!我と共に、ジルキーンの兵士達と共に!この国を守るため武器を持ち、戦ってくれ!」その一声に一瞬静寂が包まれ、おおおおぉ!と、手をかざし法王への賛同を示す。命令により無理に、強制的に戦わせるのではなく、王自らの行動により民達の心を動かしたのだ。その後、広場では夜明けまで法王ムルローナへの万歳の声が響き続けた。




