その九
6701
何が何でも諦めなかった人。それも実利や名誉が目的なのではなく、自尊心が満たされる為でもなく、自分が心に大切に抱く人への想いを棄てなかった人、棄てられなかった人。そのために世間から疎まれ馬鹿にされ、冷たい目で見られ続けた人。それでも死ぬまで自分を変えなかった人。
荘厳な曲、これ以上無い程に美しくて優しい優しい歌は、そういう人の為にこそ相応しいと思います。私は信じ抜いた人を描きたい。私がそう思う理由はそういう人間を私が一番立派だと思うからです。私が一番倣いたいと思う人だからです。
6702
原野の淋しい中に突然の終着駅。駅舎一つ在りません。周辺に家屋も見えません。細い線路が其処で途絶え、風が吹いているだけ。本当にそんな光景があったのです。私の生まれる前に。
私は過去を遡ってそんな光景を訪ねます。私がちゃんとした人間であるなら、それは本当に見えるでしょう。
6703
宮本常一の『民俗学の旅』を読みました。明治末期から昭和初期までの庶民の暮らしぶりが書かれていますが、農耕漁撈の生業に密接に繋がった年中の行事が非常に多くあった事が書かれています。そして村中が参加するそういう行事に各家庭の子供達も参加して、後々まで決して失われない想い出を心に蓄積いったのです。皆貧しかった、しかし孤独ではなかった。現代では薬一つで助かる命を病気で失った、絶えず本当にその危険があった。けれども『豊か』なのです。人間が孤独でないだけでも十分に豊かなのです。そして宮本常一自身の家庭も本当に人間らしくもあたたかな家庭であった事が記されていました。故郷を後にして旅立つ息子に宮本常一の父は、その時代にして言ったそうです。
「これからさきは子が親に孝行する時代ではない。親が子に孝行する時代だ。そうしないと世の中はよくならぬ」
読んでいて涕が落ちました。私の亡き父と同じ考えです。同じ価値観です。その時代、そしてそういう人間、家族。私が心から人間らしいと思う事の出来る、自然に勝手にそういう感情が湧いてくる世界です。宮本常一の書くものの、あたたかさ人間らしさの間違い無くこれが源泉だと思います。私が生きたいのも書きたいのもそういう世界です。嘗て本当に在った、それだけで私には最早十分です。
6704
人でいっぱい。歩いて先に進む事も出来ない。左右に店が並び、大人も子供も老人も見える。私は他人よりも少し背が高いのでその人混みがずっと先にまで続いているのが見える。寧ろその人の波がずっと続いていてほしい。疲れたら何処かの店に入り、何か食べるか飲むかしながら店の中からその人混みが続くのを眺めていたい。
私は人が嫌いではなかったのか。人が多く居る中にこの私の居場所など無かった筈ではないか。多くの人の中に居る時私は、決まって自分一人の場所を探しに出掛けたい気持ちでいっぱいになっていたではないか。その実感は嘘だったのか。あれは錯覚だったのか、誤解だったのか。いや、そうではない、私は本気で、本心からそう思い願ったのだ。
私は間違っていたのに違いない。私は自分の気持ちが分かってもらえないものだから、その事実を押し広げて世の中の全部がそうだと思い込んだのだ。その僅かの事実で結論を出して仕舞ったのだ。しかし私の心は私がその結論の通りに行動する事を許さなかった。却って、
「そうではない。御前はまだ僅かしか知らない。御前はまだ世界のごくごく一部を見たに過ぎないのだ。現に御前は希望を抱いて、この人混みを眺めているではないか。それで良いのだ。それで正しいのだ。御前はまだ何も見ていない、何も知らない。だから新しいものを探しに出掛ける、それで良いのだよ」
と私に言った。そういう事なのだろう。
私はこの経緯に、四十年近くを費やしました。しかしそれでも遅きに過ぎたとは感じません。生きている間にそう思える様になった事、それだけで十分に幸いだと感じます。だからあなたも生きて下さい。
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