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その四

6681

 永年開けていなかった道具入れの抽斗(ひきだし)を開けてみる事、ベランダの錆びた床を新しく貼り直す為に好都合な廃材が信じ難い事に粗大ごみの日に見付かった事、家の前の物干竿を掛ける柱が朽ちて倒れ掛かっているのでそれを適当な材料で新しくする事、古く擦り切れて穴が開き更に色褪せた衣服を遂に処分してそれらが溜め込んであった押し入れのスペースを何に使おうかと思案する事。これら『小さな楽しみ』は全部一銭のお金もかからないものばかりです。でもこれらを『(みじ)め』だと思いますか。貧相、如何にも貧乏たらしくて。

 私は金輪際思いません。これこそ人間の楽しみというものだと思います。ふざけてはいけません。冗談ではありません。これらを楽しみとせず何を楽しみとするのですか。楽しいではありませんか。私はうきうきして仕舞いますよ。階段を踏み外さない様に注意しなければならない程です。大枚の費用を(つか)って旅行して、それで何を得て来るのですか。『ああ、面白かった、美味(うま)かった』で、三日もしないさきに全部忘れて仕舞うのではありませんか。そして次の浪費に心を用いるのではありせんか。それがその人の営みだとして、後に自分を支える()んなものが残りますか。何も残らんではないですか。そういうものを鼻で(わら)って、私は斯かる『小さな楽しみ』に没頭するのです。

 私は日本経済が沈滞する程物を買いません。支出しません。でも沈滞するなら沈滞すれば良いのです。私の知った事ではありません。そんな事よりも私は、そういう凄まじく低廉な営みの中にこそ真実の愉楽がある事を知り、それを私の身体に憶え込ませる事を優先します。そうです。()ういう事は頭は何の役にも立ちません。身体に直接、記憶させるのです。


6682

 収入を得てそれを全然貯金せずに本当に全部つかい切って仕舞う人は、一体何を()の様に考えてそんな風にするのでしょう。これも私の人生で永い間謎でした。そういう事をする人の心の在り様を全然想像する事が出来なかったのです。勿論収入の絶対的な金額が低過ぎて全部つかっても最低限の生活が不可能であるという場合だってあります。これは現代に於いて実際に多くある事ですが、その場合は今はさて()いて。でも最近人が何故そういう行動に出るのか、少しですが判ってきたと思っています。多分そういう人は自分が『奉仕する相手』というものを具体的にもっていないのです。楽しませたい、喜んでもらいたい人間を自分以外にもっていないのです。だからそんな行動を敢えてする事が『出来る』のです。私はそうではありませんでした。私の人生に於いては喜んでもらいたいと私が思う事が出来る人間が私の身近に絶える事がありませんでした。私は何かしらを貯えて、それをその人に喜んでもらう為につかいたかったのです。だから収入が少なくてもなにがしかは貯蓄してくる事が出来たのだと思います。

 この発見は同時に私が今までの人生でずっと、それこそ絶える事無く、私にしてみれば当然だったのですがそれが必ずしも多くの他の人に於いて当然ではなかった事情を明らかにしました。分かっていたつもりではありましたが、私に(つね)に私が奉仕すべき人が与えられていた事が私の人生に於いて私がとった今までの行動に非常に大きな影響を及ぼしていたのです。そしてその事は私を何らかの意味で破綻に導く風に影響していたのではありません。全く逆で、その事情は如何なる意味に於いても私を守っていたのです。私の暮らしも、私の人生もです。

 私は時々『導き』という言葉を口にするでしょう。あれは()ういう事を指して謂うのです。気が付くと私はその上に『既に乗っている』のです。そしてその事実には気が付かずに或る日突然、何かを契機にしてその事に思いが及びます。その事の実に長いサイクルに於ける連続が私に『導き』という観念を信じさせたと謂うべき()と思っています。


6683

 信じるには証拠は要りません。しかし根拠は必要です。その信じる事を自分にさせる、自分をしてそれを信じざるを得ざらしめる理由が。その信じる事無しには自己の存在が立ち行かない現実が。その信を欠いた時に呼吸が出来なくなる程に苦しむ事情が。

 信じるというのは、別の言葉で謂うならば『要請』です。自分の魂の在り方、その進む方向性を賭けても求める、生きる事に直接根差した感情にその発祥をもつ要請です。従って抑々(そもそも)その要請を全く抱いていない、或いは抱いていても未だその事を自覚せざる人間との間で共有出来るものではありません。()いですか、共有出来ないのです。ですから共有する必要はありません。その気持ちは他人には通じないものであると覚悟して下さい。その覚悟で正しいと思います。但しそれは覚悟として正しいのであって、生涯その気持ちは他人には通じないものだと『決定する』のは誤りです。それが自分の未来に於いて本当にそうなのか、これを見通す目は人間には許されていないからです。私の経験ではこの不可知が自覚としては何処(どこ)までも正しい覚悟を裏切るかの様に、私を支え励ます『事実』を送ってくれました。本当です。これを導きと謂わずして、他の何の呼称によって呼ぶべきでしょう。


6684

 バイクで高架のバイパスを走っていました。不図(ふと)見下ろすと高架の下を行く鉄道線を列車が走って行きます。遠くまで行く特急列車でした。その行く先には何かしら私の心を(なご)ませてくれるものがある様な気がしました。でも私は直ぐにその想像を打ち消しました。私にはまだ自分が普段暮らす家に留まって力を尽くさなければならない事があります。それを放っておいて別の何処(どこ)に私の心を満足させてくれるものを求めて()いでしょうか。

「あなたは愚かな事をしていませんか? 本当に? それについて後日後悔がやって来ませんか?」

 厳しい、容赦の無い問い掛けです。でも本当の事なのです。私は後悔の無い様に生きなければなりません。

 ブログは毎日更新しています。

https://gaho.hatenadiary.com/

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