その二
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人間らしい情を失うのが冷静なのではありません。自分の命に代えて守らなければならないものが脅かされているというのに怒らず平然としているのであれば、それは病気か極度の腰抜けなのであって全然冷静なのではありません。
冷静は怒る時には怒ります。それも激怒します。当然でしょう。人間らしい理性が働いているから怒るのです。あなたの中で冷静になる事に拠って人間らしさを失うなどという懼れが本当に出て来たと感じるならば、そんな冷静は犬にでも投げてくれてやれば良いと思います。人間らしい情に抵触する何か、そんなものの存在を私は忌む事しかしないでしょう。
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例えばここに物凄い馬鹿が居て、
「おい、あの女とくっ付いたら俺はこの会社の出世で有利になるかな?」
とあなたに近付いて来たら、返事をする代わりにそのもの凄い馬鹿の面前で嘔吐して下さい。相手が吃驚して、
「うわっ! 汚い奴だな!」
とか、
「お前、それは体調が悪いんじゃない、それは病気だぞ、絶対」
とか言ったら、
「俺はお前の顔を見て酔ったんだ。今後近寄るな。俺は吐くぞ、何度でも」
と応対してやりましょう。相手の顔を見て吐く。これは吐いた本人が相手を嫌う意志以上に、生理的な欲求に根差した行為ですからその分不可抗力感が増して、相手に伝わる侮辱の度合が増幅しますから良いと私は思います。
馬鹿には関わらないが一番です。それが物凄い馬鹿なら尚の事です。でも関わらざるを得ないなら、斯の様に押し留め難い生理的欲求でもって応対し拒否しましょう。でも、これだけやっても、まだ最後の手段ではないのですよ。最後の手段はとっておきましょう。拡散波動砲を撃つのは此方にも相当の準備と覚悟が必要ですから。
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「狭くて汚い家ですが・・・」
何か道端で誰かを助けてあげる事をして、お礼をしたいとその人の家に連れて行ってもらいたいです。細い裏道の、あまり陽も射さない感じの古い古い粗末な木造の家に入って、これまた暗い部屋でお茶を出してもらって頂く。屹度私は色々な事を尋ねると思います。その人の故郷、何の仕事をして来た人なのか、家族は居るのか、何故今この土地この家に住んでいるのか、等々。そして最後にその人の住所と名前を訊いて紙に書き留め、その後で郵便するでしょう。多分、郵便だけではないと思いますが。
大事なものは、本当に価値の有るものは、自分から動いて獲得しなければなりません。何かが向こうからやって来るのを待っているのでは駄目です。これだって大きな大きな出逢いです。時が満ちたのです。だから出逢った、繋がったのです。その背後には心有る人を見出したい、そんな人間と繋がりたいと願い続けて実現しなかった数十年が棚引いています。それあっての『運命』です。
『出逢いたい』、そう念じての毎日の暮らしであって下さい。だってそれが『普通』ではありませんか。
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お金は放っておくと『減る』のですよ。物価が上昇するからです。昨今、割合に顕著ですね。でも、だからといって、
「さあ、今のうちにつかい切って楽しもうじゃないか!」
というのはミジンコ並の馬鹿です。あなたは背骨をもっているか、あなたは脊椎動物なのかと私は問いたくなります。私が言いたいのは貯めて喜んでいるという事の虚しさです。それは錯覚です。何かしら自分の安全を守ってくれるものが城壁の如くに積み上がって行く、最早相当な高さになった、故に私は安心とそう考える事が間違っているという事です。そのお金は貯めた瞬間から価値が減じていきます。バルザックの『ウジェニー・グランデ』に出て来るグランデ爺さんみたいな守銭奴になって死ぬまでそれを後生大事に保管していても、通貨というものは時の政府によって突然無効にされたりするのです。一遍に吹っ飛びます。それよりもお金を後悔の無い事の為につかう、この事に『努力』して下さい。実際これは非常に難しい事です。努力するに値します。何も考えない馬鹿に出来る事ではありません。苦労してお金を貯めたら、今度はもっと苦労してそれを後で自分を呪わないで済む事につかって下さい。つかわないとお金が活きないからです。
金輪際遣わない事を死蔵と謂います。それこそ勿体無い話です。後悔しない、いえ、後になって自分で自分を褒めてあげる事が出来る様な、そんなつかい方をしましょう。そういう風につかえば自分自身を肯定する事が出来、励まされ、生きる意味を感じる事が出来るではありませんか。
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