その十五
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本当に心から歌いたい歌は人前では歌えません。声が詰まって泣いて仕舞うからです。だったら人前でその歌を歌わなければ良いのです。
それと全く同じ事ではないでしょうか。本当に心から言いたい事を人前で言わないのは。ずっと、ずっと、この世を去る時まで自分の胸の中であたため続ければ良いのです。そうする事がその大切なものに対して自分が尽くすべき礼節であり、それに捧げるべき尊崇、その実際の姿勢であるべきだと私は思っています。
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私の欲しいものは学識に拠らずとも屹度辿り着く事が出来るものです。真摯に善良に生きた人ならば必ず掴む事の出来る筈のものです。無学が理由で到達出来ないのは殆どの場合知識です。私が他人から伝えられたい、欲しいと願うものは、如何なる意味に於いても知識ではありません。それを欲しいと思う私なら、学問をしたと思いますから。
智慧でしょうか。そうかも知れません。けれども抑々(そもそも)名を付ける必要など無いでしょう。触れれば、否、もう近付くだけでいきなり私を蘇生させる力のある『それ』。私は自分の求めるものに名を付けられない事を恐れはしません。恐れるのは到底それを得る資格の無い自分である事だけです。私が低劣で卑劣で、結局は自分一身の安泰だけを願っている大馬鹿者である事だけです。私は吾が父の子として絶対にそれであってはいけません。
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私は、所謂人間性を必要としない様な学問であれば、そんなものに何らの魅力を感じません。それはどこに行き着くか判ったものではありません。どうせ碌でもないものしか生み出さないでしょうし、多分最初からそんなものは無かった方が皆幸せだったよねといった結果にしかならないと思うからです。
私は人間性から離れてはいけません。役に立ちそうな顔をして近寄って来ても、追っ払わねばなりません。私はこれを私の人生に必要な事として認めます。要らないものを自分の周囲に積み上げていては駄目だと思います。
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夜、子供を寝かせる為に子供と一緒に早くに布団に入りました。台所では奥さんが子供の保育園の明日のお弁当日の為に、お弁当の下拵えをしてくれています。
「お母さん、頑張ってくれてる。お父ちゃんはお母さんに喜んでもらう事をしないといけないなあ」
私がそう言うと、五歳九ヵ月の息子が私に答えました。
「もう十分してあげてるじゃない」
吃驚しました。息子との会話、意志疎通、それが次の段階に入ったと思います。心せねば。
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