その十四
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挑戦して下さい。特に若い時には。でも挑戦したその結果を静かに考えてみて下さい。勝利か敗北かはどちらでも構いません。その挑戦をして何が良かったのかと何が悪かったのかをちゃんと自分で承知し、納得しておく事が大事なのです。
次があるからです。その大きな挑戦、実はまだ人生で何度かあるのです。その時に今回の挑戦の結果を『活かす』事がどうしても必要です。一度の挑戦の結果というのが勝利か敗北かどちらでも構わないのはそれが理由です。そんな事よりも次に活かす為に、挑戦の結果が自分にとって如何なるものであったのかを把握しておいて下さい。自分のその行動の意義を掴んだのであれば、個別の敗北など実に微々たる事です。取るに足りません。
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自分で自分を励ます、本当にそうでしょうか。自分で自分を励ますというのは実は自分の中に在る自分ではないものが自分を励ますのではありませんか。迷っている当の自分が自分を励ますというのは出来ない事ではないのでしょうか。流されている当人に信頼出来る固定安定が得られないのと同様に。私はそんな風に思います。
だから心に支えに出来る人が必要なのです。私ならそれ無しには怖くてこの世を生きる事が出来ません。何が恐いといって、自分と心相通じる存在無しにずっと独り行く事程恐い事はありません。
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しっかりした人というのはそうでない人と比べて、『着眼点』が一番違うと私は思います。物事のどこを視るのかが違うのです。しかもしっかりした人が視るところは大抵の場合似て来る、いやはっきり言うならば皆同じところを視る様な気がして仕方がありません。
そこを見ればその何ものかの根幹が分かる、意義が見通せる、そういうものが真っ先に目に付く私でありたい。屹度その為には私の生活を善くする必要があるのだと、日頃私はよく思います。
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本当に病人になる前に病人と同じ様に健康の有難さを身に感じていたいです。老いたる母の居る間に母の未だこの世を去らざる有難さを忘れない様にしたいのです。私が本当に望む事は全て頭でする事ではありません。心でする事ばかりなのです。
私が情というものに信頼している理由がお判りでしょう。最初から私は理知に何らの期待をかけていません。理知を用いて私を豊かにする事は出来ません。そんなものの限界は、私は最初から知っているのです。
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