その十二
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自分の根、根源を知っておきたいのです。私とて人間です。だから新しく目を奪われる、心惹かれるものが出てきます。しかし私という人間はどこまでもあの事を支えにして生きている人間で、それから離れては所詮命の充実を得られない存在なのだと、その新しいものに心惹かれている最中にも忘れない様にしたいのです。後日立ち直れない後悔に沈まない為にです。
心惹かれるものと自分がそれ在るが故に生きていく事が出来るもの。この両者は必ずしも一致しません。後者が唯一であるのに対して前者は多様にして多種です。私はそんな事を願い思って暮らしています。
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私は小学生の頃、
「僕も人並に生きていく事が出来るだろう」
と思っていました。けれども成長するに連れてこの展望は段々と弱々しくなっていきました。
「いや、違う。他の人間が普通に実行する事を、私は普通に実行する事が出来ない。私がそれをする場合、私は他の人間とは比べ物にならない程の苦痛に感じる」
私はその意識のまま社会に出て働かなければなりませんでした。一刻も早く働く様になって家にお金を入れたかったからです。私は父の晩年の子です。だから父は既に定年を過ぎていましたから。
思えば苦しい社会人生活でした。私の予感が私に告げた通り、私は社会で非常に苦しみました。しかしここまで生きてくる事が出来ました。今この事を回想して到底言葉になりません。私がここまで来る事が出来たのは、私に言わせれば文字通り奇跡に近い。ですが現実はそうだったのです。私はそういう一生を歩きました。そしてまだこの先に或る程度の時間が残されています。私はその行程も歩き通さなければなければなりません。しかし私は今やそんなに酷く心配してはおりません。如何に考えても若い時代の方が道が定まらず不安も大きく、深く苦しんだからです。深く苦しんだ長い年月、今それが私を巌の様に守ってくれています。
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本当に自分一個の事だけを考えたら可い、誰の世話をする必要も無い立場に在るというのなら、随分冒険もすれば良いのではないかと思います。それこそ日本に居る必要も無いのではありませんか。若い時代にする冒険は後になって本当に役に立ちます。お金になるとかではなく、その人間の基本的な価値観になるからです。それは中年以降には形成出来ないものですから。一定の年齢以降では目に見える範囲が若い時とは違ってきます。だから心を用いなければならぬ事が多過ぎて新たに自己の価値観を形成する事が出来ません。また、それで良い事だと私も思います。
それだけに、無鉄砲が出来る立場に在るならやってみたら良いでしょう。私はそれを勧めたいですね。ですがそんな、他人のやらない無鉄砲をすればその分他人に抜きんでる事が出来ると決まっている訳ではありません。同じ事を、非常に有り触れた事を、延々ずっと若い時代から続けている人間の方が先に進む、そうやって蓄積されたものには絶対に及ぶ事が出来ない、そういう事も多々あるからです。要は静かな秘めた真剣さ、真摯さではないでしょうか。結局、生きて問われるのはそこなのだと思います。
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若しも私が海の近くの村に生まれていたら、大人になっても必ず時々海の近くに行って煌く波や潮の匂いを胸に吸い込む事をせずには居られないでしょう。若しも私が広大な原野の中の村に生まれていたら、大人になっても時々その茫々たる地の果てまで続く原野を眺めて風に吹かれないと自分の心の平衡を失うでしょう。それだけ幼い日の記憶というものは人の一生を『縛る』ものです。感覚の、心の、魂の一番底に基礎として敷かれます。それを自分から切り捨てる事は出来ません。真面目に、誠実に、なればなる程それは自分と不可分のもの、自分の存在の一部である事が逃れ様も無く自覚されてくるのです。
もう十分に疲れているのに『もっと遠くへ行こう』、そう心に声を聞くのも本当です。しかし私は思います。その『もっと遠く』、実は自分の生まれた、魂が属している所に『帰ろう』という事なのではないでしょうか。だからその声を意図的に聴かぬ事が出来ないのではないでしょうか。もっと遠く、それは今や遠ざかって仕舞った、自分の魂に一番近い所の事を指しているのではありませんか。私はそう思えてなりません。
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