その十一
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昔私がよく列車を見に行っていた国鉄の踏切に六歳前の息子を連れて行って、一緒に列車を観ました。急行列車は既に国内から姿を消し、走って行くのは近郊区間列車の列車ばかりで長距離を行く特急列車も滅多に見ません。あとコンテナの貨物列車が時々通るくらいです。しかも機関車にバリエーションがありません。
「お父ちゃんが子供の頃には、色んな列車が走っていたの?」
「ああ、特急、、急行、寝台列車。みんな、遠い遠い所まで走って行く列車だったよ。お父ちゃんは心の底から憧れたよ。いつになったら乗れるんだろうって」
私に与えられた果ても無い夢を、私は何うやって、如何なる方法で、息子にやればよいのでしょうか。あの長距離の昼行特急電車を、必死の音を立てて走って来るディーゼル急行を、そして見るからに私は優等列車ですという寝台特急電車や、この世ならぬ程に優雅な軽量客車長大編成の夜行急行が私にくれた憧れを、私は如何な風にして息子に・・・。
遠い過去と現在とが、間に何の夾雑物も無く瞬時に繋がって仕舞います。そして繋がった瞬間、もう私には課題が与えられているのです。私が父親の役目を果たす事が出来ます様に。私は亡き吾が父に祈るばかりです。
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深く話せる友人が見付からない時には是非本に、書物に、自分の相手を見付けて下さい。古来多くの人がそうやって『対話出来る』存在を見付けたのです。日常の会話があまりにも即物的過ぎる、何の意義も無い浅薄な些事にばかり関わっている、自分が悩む事に就いて全く関与する事が無い、そういった物足らなさ、不満の解決を書物に求めて下さい。自分の想いの漂う次元の遥かに深い所を、遠く昔日の人間が悩み格闘し既に解決していた記録に触れるのです。深い深い感動があります。低い天井に窒息しそうになっていた精神が深呼吸出来る様な爽快に接して、見る世界が違って見えるでしょう。
私は幸いにして大学時代にこれを経験する事が出来ました。以降、本は私の生活にずっと伴走してくれています。それこそ、そういうものこそ、真実に友と呼べる存在ではないでしょうか。生まれた時代環境は違っても精神は同じ地平に在る、同じ世界に居るのです。私はあなたに本を読む事を勧めたいですね。
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思想書、純文学の小説、或いは誠実な学者の日記に近い様な文章を読んでいると、私が知らなかった事を『教えられる』以外に、既に知っているけれども言葉には出来なかった、そういうものに『気付かされる』事が多いと私は思います。既に何か、今までにそういう事を感じた事があるのです。でも自分の中で言葉には出来なかった。しかしそうやって誰かに言われた事に拠って初めて気が付くのです。
「ああ、私は昔、この事を感じたのだ。私があの時心に感じたのは、これだったのだ。今、やっとそれが分かった」
良い本を読むのは、自分の知識を増やす為でも、書き或いは口にする文章をより整える為でも、況やその本を読んだという実績が欲しい為にする事でもありません。呼吸です。単純に自分が普通に生きていく為に必要な事なのだと思います。自分が生きて何を思い何を感じたのか、それを自ら知って生きて行く為に。
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純粋に善良という資質一つすら、生きる事の悲しみに裏打ちされていなければ人間の心にまた相貌に現われてはこないでしょう。道行く貧しい旅人に聊(いささ)かの食や金銭を恵むという善良さの背後には、旅人をしてそうやって貧しく不安な旅をせざるを得ざらしめる人の世の事情を知る悲しさがあります。それが動力となって善良さは単なる雰囲気や気分から脱して現実の行動になるのです。それも力強い信念に満ちた。
誠実に暮らして、この世を生きて、生きる事の悲しさをよく知って下さい。今がその時なのであれば、つらいでしょうが却ってその悲しみの苦きを味わう心持ちをもって過ごして下さい。それは実に苦くつらいのですが、必要です。欠く事が出来ません。真実に人間らしく生きる為には。
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